【Side:林檎】

 東京某所にある施設の一室で、日本政府の代表と私は向かい合っていた。
 神木家経理部――別名『鬼姫のハイエナ部隊』と称される経理部の主任にして、銀河最強の軍事大国『樹雷(じゅらい)』の裏の最高権力者と恐れられる『神木(かみき)瀬戸(せと)・樹雷』様にお仕えする女官の一人。それがこの私、立木林檎(たつきりんご)

「条件の確認になりますが、こちらの世界で利用が可能なエネルギー資源や鉱物の提供。それに制限は付きますが、契約範囲に基づいた技術供与。この二点でよろしいですね?」
「はい。我が国としても申し分のない条件です。ですが、その……」
「ご安心を――貴国に敵意はありません。勿論、侵略の意思も――。私達は平和的な解決と対等な交渉を望んでいます。私達がこちらで行動をするに当たり、少しばかり便宜を図って欲しい……と、ただそれだけのことです」

 この世界での私の肩書きは、異世界からやってきた先行調査員にして『樹雷』を代表する全権大使。桜花ちゃんの『お兄ちゃん』――私の恩人にして大切なあの方の捜索と、現地組織との交渉が主な役割。樹雷最高評議会の承認を得て、この件は全て私に一任されていた。

「……了承しました。ただ当面は非公式な扱いになりますが……」
「ええ、勿論です。無理を言っているのはこちらの方ですから――」

 三日に渡って連日続いた交渉も大詰めを迎え、予定よりも随分と早く現地政府の協力を得ることに成功した。
 こちらが支払った対価は、この世界で利用が可能なエネルギー資源と鉱物。そして、この世界の文明レベルにあわせた範囲での技術供与。異世界とはいえ、こうして現地組織に接触すること自体、本来は余り好ましい方法ではないのだが、今回に限って言えば仕方のない面があった。
 それに支払った対価に関しても、この世界では貴重な資源であっても、私達の世界で同じだけの価値があるかというとそうでもない。特にエネルギー問題に関する捉え方は私達の世界とこちらでは天と地ほどの開きがあり、こちらで重要と考えられている資源も、私達の世界ではさほど重要な物とは言えなかった。

「それでは、これにて失礼致します」

 無茶な要求をされるとでも考えていたのか、無事に交渉を終えたことで安堵の表情を浮かべる高官達。異世界人や宇宙人といったものとの遭遇に免疫がないのは仕方が無いとして、突然のことで考えに整理がつかず、まだ困惑している様子が窺えた。
 次元を隔てた平行世界に存在する地球に似たもうひとつの世界。樹雷にとって、銀河にとっても大切なあの方が飛ばされたと予測される候補地は全部で百ほどに上り、その一つにこの世界が含まれていた。
 事前調査により、この地球と程近い近隣世界にあの方の足跡がある可能性が高いと考えた私達は、私達のよく知る地球と文化や生活水準のよく似たここに拠点を置くことを決め、非公式に祖国『樹雷(じゅらい)』と『第二の地球(セカンドアース)』との間で国交を築き、捜索のための準備を進めることを決めた。その第一交渉の相手として選んだのが、ここ日本と言う訳だ。

「今後も良いお付き合いが出来るよう、願っていますわ」

 小さく会釈をし、交渉の場を後にする。
 日本を選んだ理由。それは簡単。最初に繋がったゲートが日本の海鳴市だった事と、桜花ちゃんが初めに知り合った現地住民の方に、政界や財界に顔が利く方がいたからだ。
 出来る限り早く現地組織との窓口(コネクション)を作りたかった私達にとって、その話は渡りに船だった。
 瀬戸様に送る報告書を考えながら、私は一組の兄妹を思い出す。高町恭也さんと高町美由希さん。交渉が予想以上に上手く進んだのも、彼等の父親――高町士郎さんの協力があったからこそ――その点に関しては、非常に感謝していた。

(高町……それに御神流)

 もう一つ特筆すべき点があるとすれば、あの兄妹の力。身体能力は生体強化を受けていない点からも私達と比較になるはずもないが、足の運びや身のこなし、身に纏っている雰囲気は只者では無いことが窺える。戦闘技術という一点だけをみれば、恐らくは達人(マスター)クラスの腕前。
 瀬戸様辺りが知れば、玩具にして喜びそうな凄い子達。それだけに――

(このことは報告書に載せない方がよさそうね……)

 現地協力者を売り渡すような真似をしたくはない。相手が、あの瀬戸様であれば尚更だ。
 彼等が面倒に巻き込まれないように、瀬戸様が興味を示しそうなことは報告書に記さない方向で考える。悪い方ではないのだけど、心の底から良い人ですと紹介できないのが、あの方の難点だった。
 悪癖というか、状況をなんでも楽しもうとするその癖は、あの方の長所であり欠点とも呼べる部分。結果、どれだけ大勢の人達が迷惑を(こうむ)り、泣かされてきたか……。

(後は桜花ちゃんの方だけど……)

 工房のアイテムが流出した件に関して、桜花ちゃんが夕咲様に知られるのを恐れていることはわかる。ただ、この件に関しては私が報告をするしないに関わらず、既に手遅れだと考えていた。
 桜花ちゃんに被害額の半分をもたせることで、報告書に記載する経費を誤魔化してはいるものの、それにも限度がある。次に大きな被害が街に出た場合、自然と瀬戸様の知るところとなるのは確実だ。
 私に出来ることは、報告書に桜花ちゃんが頑張っているということを書き記し、夕咲様の怒りを少しでも緩和できるように協力することくらい。
 遅かれ早かれ、あの方達の耳に入ることは避けられない運命だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/マッドライフ 第11話『限定解除』
作者 193






「彼女を安全なところに」
「……うん。でも、フェイトちゃんは?」

 ジュエルシードの力を吸収し、周囲の機械を取り込み、破損した箇所の再生をはじめるガーディアン。以前にも増して大きく、そして禍々しい姿へと変わっていく。
 なのはとフェイト、二人の放った渾身の一撃も一時的に(ガーディアン)の動きを止めただけで、致命的なダメージを与えるほどには至っていなかった。
 フェイトは考える。このまま戦闘になれば、この間と同じことの繰り返し。桜花からもらった薬のお陰で体力と魔力は回復しているが、それでも二人一緒に戦ったところで普通に戦えば勝てる可能性はゼロに近い。だが――

「……大丈夫。今度は負けない」

 たった一つだけ、普通ではない方法がある。零パーセントの勝率を百に変える方法が。
 フェイトはギュッと戦斧(バルディッシュ)を握る手に力を込めた。
 自惚れや慢心とは違う……その深紅の瞳には、勝利への絶対の自信が籠められていた。

「……フェイトちゃん?」
「ごめん。私から離れて。誰も巻き込みたくないんだ」

 思わず、なのはは息を呑む。
 フェイトの強い決意の籠もった言葉に、なのはは何かを感じ取った様子で、

「ファリンさんを安全な場所に避難させたら、直ぐに戻ってくるから」

 とフェイトの言葉に応え、ファリンを後から抱えると、靴から光の羽を広げて空高く舞い上がった。
 なのはが行使する飛行魔法(フライアーフィン)は、初級の上といったくらいの簡単な魔法ではあるが、高い魔力と資質を持った魔導師にしか扱えない特別な魔法でもある。空を飛べない魔導師のことを『陸戦魔導師』。なのはやフェイトのように自由に空を駆ける魔導師のことを、『空戦魔導師』と管理局は呼称していた。

「あの子を……なのはを傷つけたくないから……」

 なのはとファリンが離れたことを確認すると、キュッと唇を締め直し、手にしたバルディッシュを高々と空に向かって構えるフェイト。
 次の瞬間、バルディッシュの中心に嵌められた金色のクリスタルが、夜空に瞬く月のように強い光を放った。

「バルディッシュ――限定解除(リミットリリース)

 フェイトを中心に巨大な力の奔流が溢れ出す。世界を染め上げる金色の光。
 それこそが、バルディッシュに隠された運命を切り拓くための力――

「フェイト! ダメだ! その力は――」
「大丈夫。あの頃の私と今の私は違う。お兄ちゃんとリニスから託されたこの力で」

 後方でユーノと一緒に待機していたアルフが状況に気付き、慌てて声を上げた。
 
(護りたい人たちがいるんだ)

 そう心の中で呟き、フェイトは想いを馳せる。
 
 ――魔法を学ぶ理由はいつしか変わっていた。お兄ちゃんのようになりたい、お兄ちゃんに認められたい。そう考えるようになって、一生懸命勉強して練習して使えるようになった魔法。そして今は、ジュエルシードを集めるという目的だけでなく、『友達になりたい』と言ってくれた優しい子達を護りたかった。
 ――助けてくれた。与えてくれた。教えてくれた。

 大切な人達に託されたこの力で、お兄ちゃんがしてくれたように。
 フェイトは生まれて初めて、友達のために戦斧(ぶき)を構えた。


   ◆


 コンマ数秒の世界。その場に居た誰もが、何が起こったのか理解できないほど一瞬の出来事。
 光の軌跡が見えたかと思った瞬間。その光がガーディアンの身体をすり抜け、四肢を切断。腕が、足が、機械の胴体が宙を舞った。

「光……いや、雷?」

 ユーノの見立ては正しかった。
 人間の限界を超えた異常な速度。まるで本物の雷のような、目で追えない素早い動き。
 理論上どれだけ速く動けたとしても、人が雷の速さで動くなんて出来るはずもない。
 だが、それは現実として目の前で起こっていた。

 やったのは他の誰でもない。フェイト・テスタロッサ。金色の魔導師。
 黒で統一されたBJ。レオタードにスパッツのみと少し大胆な姿。
 マントの代わりに背中には二枚の光り輝く羽を広げ、同じように全身にも電気を帯びていた。
 これがフェイトの奥の手。バルディッシュの限定解除(リミットリリース)

「再生なんてさせない」

 再びフェイトの姿が消える。いや、雷へと変わった。
 ガーディアンを中心に、蜘蛛の巣のように網目状に広がっていく光の軌跡。
 防御壁を物ともせず、機械の身体を切り刻んでいく光の刃。
 なのは達の目にはフェイトの姿が消え、光の糸がガーディアンの身体を切り刻んでいく様子しかわからない。

「――――ッ!」

 だがガーディアンの方も、そのまま大人しくやられるほど甘くはなかった。
 全身を発光させ、周囲の瓦礫を取り込んで斬られた手足を再生すると――肩と膝、胸と背中の至るところから、三六〇度全方位に高出力のレーザー砲を放つ。
 あたれば巨大なビルですら一撃で蒸発させるほどの破壊力を持つ、ガーディアンの切り札にして最強の攻撃。
 放たれた青い光が、金色の光を呑み込んだかのように思えた。しかし――
 逆に青い光が黄金に浸食され、光の粒となってバルディッシュのクリスタルに吸い込まれていく。
 ――ジッ!
 一瞬の出来後だった。フェイトがバルディッシュを大きく振り下ろし、
 ガーディアンの脳天から股に掛けて、縦に線が光ったかと思うと――

「な、何!? フェイトちゃん!」
「これは――なのは、伏せて!」
「フェイト――ッ!」

 空間の裂け目を中心に吹き荒れる力の奔流。
 大気が、いや世界が揺れ動くかのような振動。
 フェイトの放った一撃により――――次元が震えた。

「あわわわ! な、なのはちゃん!」
「ファリンさん! 暴れないで!」

 小さな次元の裂け目に吸い込まれるように、光の粒になって消えていく機械の身体。
 物質だけでなく次元の壁を、あらゆるものを切り裂く黄金の刃。
 その光に触れた物質は再生も回復もかなわず、光の粒へと変換され消えていく。

「ジュエルシードが……」

 呆然としたユーノの視線の向こう――
 ガーディアンの体内に取り込まれていたジュエルシードが、光の(ちり)になって消えた。


   ◆


 管理世界に置いて、『次元の海』と呼称される超空間を旅する一隻の船があった。
 時空管理局L級次元巡航船アースラ――それがこの船の名前。

「みんなどう? 今回の旅は順調?」
「はい。予定に遅れ、ありません」

 艦長のリンディ・ハラオウン提督は、ブリッジに姿を現すなり真っ直ぐ艦長席に腰掛け、オペレーターの青年に現状の確認を取った。
 腰まで届く長い髪に、髪の毛と同じエメラルドグリーンの瞳。見た感じ年は二十代後半。仕事をバリバリとこなす女盛りといった姿ではあるが、これでも今年十四になる子供を持つ一児の母。端整な顔立ちと豊満なバスト。引き締まったヒップは、子供を持つ女性とは思えない瑞々しい大人の色気をかもしだしていた。
 早速、オペレーターから送信されたデータに目を通すリンディ。
 パッと空中に表示されるモニター。そこには第九七管理外世界『地球』の観測データが映し出されていた。

「第九七管理外世界――現地名称『地球』ね」
「はい。ロストロギアの捜索依頼が出ていた世界です」

 艦長を相手に全く怯む様子も無く、堂々とした受け答えをする少年。この黒髪黒服の少年こそ、リンディの息子。弱冠十四歳にして、管理局の執務官を務める優秀な魔導師。クロノ・ハラオウンだった。
 元々、輸送中の事故で管理外世界に散らばったジュエルシードの捜索依頼が、管理局にでていた。ユーノが先行調査に出る前に管理局に提出した被害届だ。
 しかし、地球は管理外世界。管理局の規則(ルール)では、管理外世界には不干渉が原則。魔法絡みの事件がないと、管理外世界に干渉することは出来ない。
 そのため、管理外世界で起こった事件には余り人員を割くことが出来ず、どうしても初動が遅くなってしまうのは、法を厳守する組織であるが故の頭の痛い厄介な問題だった。
 今回の件もその例に漏れず、不用意な管理外世界への干渉は避けるという管理局の規則に従い、巡航途中で事件が起こったらロストロギアの回収に向かう――そうした艦長の方針の下、観察と警戒を続けていた……最中のことだ。
 今から四時間と半前――管理外世界で次元震の発生が確認された。

「小規模なものとはいえ、次元震の発生は見過ごせないものね」

 次元震の発生は、管理局にとって見過ごせない事態の一つ。
 過去、この次元震によって幾つもの世界が次元断層へと呑み込まれ消滅した事件は、管理世界に生きる人々にとって忘れることの出来ない負の記憶として残っていた。
 ロストロギア絡みの事件となれば、尚更。可能性は現実味を帯び、その危険度は飛躍的に跳ね上げる。巡航中に管理外世界で発生した小規模次元震を感知したアースラは、より正確に事態を把握するために地球へと進路を向けていた。
 主な目的はジュエルシードの回収。それに――

「艦長、気になることが一つあります」
「気になること?」

 エイミィ・リミエッタの話に興味を示すリンディ。
 クロノとは士官教導センターで同期だった頃からの付き合いで、今は管制主任兼クロノの執務官補佐。
 茶色のショートヘア。顔立ちはまだ少女の幼さが残るが、仕事に対する姿勢や物腰は二歳年下のクロノよりも落ち着いてみえる。クロノとはただの仕事仲間というよりは、姉や弟に近い親しい関係を築いていた。

「魔力が感知されなかった?」
「はい。いえ、正確には魔導師と思われる魔力反応があったことは確かなのですが……」

 次元震を引き起こしたと思われる強大なエネルギー。
 最初はジュエルシードが原因と考えていたエイミィだったが、観測データの検証を続けた結果、おかしな点に気付いた。
 その検証データをリンディやクロノにも見えるように、エイミィはブリッジの大型スクリーンに表示する。

「これは……」

 驚きの声をあげるリンディ。純粋な魔力とは違う未知のエネルギー。
 次元震が発生した瞬間――膨れ上がったジュエルシードの魔力反応が消滅し、代わりに強大な別のエネルギーが観測されていた。

「まさか、これが次元震の発生を抑えた?」
「いえ、次元震を引き起こしたのも多分……」

 ブリッジの空気が張り詰める。
 エイミィの推測は正しかった。しかし地球で何が起こっているのか?
 その問いに答えられる者は、この場に誰一人としていなかった。





 ……TO BE CONTINUED



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