「了解。それじゃ、歓迎の準備しておくから案内を頼む」

 守蛇怪・零式の船内に固定された亜空間。そのなかにある人工惑星。
 全高一キロを超える大樹の上に建てられた豪邸のリビングで寛ぎながら、太老は誰かと通信を取っていた。
 飲み物を片手にリビングへ顔をだすと、そんな太老を見かけて桜花は声を掛ける。

「お兄ちゃん、誰かから通信? もしかしてエリカお姉ちゃん?」
「ああ、お客さんを連れてくるって」
「お客さん?」

 お客さんと聞いて、小さく首を傾げる桜花。
 これまでにも太老に面会を求める魔術師は大勢いたが、そのほとんどは太老のもとにまで話が回ってくることはなくエリカが対応をしていた。太老がそういう堅苦しいのを嫌っているからと言うのも理由にあるが、王に取り入ろうとする有象無象の輩を近付けることで、太老の機嫌を損ねたくないという〈七姉妹〉の総意もあったからだ。
 そのエリカが太老に確認の連絡を入れてきたと言うことは、少なくとも無視できないほどには重要な客が来ていると言うことだ。

「誰なの?」
「日本からのお客さんだって。なんか、パオロさんも一緒らしい」

 エリカの叔父の名がでたことで、益々怪しいと言った顔を浮かべる桜花。
 赤銅黒十字の総帥が直々に案内してくる人物と言うことは、かなりの重要人物だと想像できる。
 しかも、日本から海を渡って遠く離れたイタリアまでやってくるからには相応の理由があるはずだ。
 太老のトラブル体質を知っている桜花からすると、厄介事の臭いしかしない話だった。

「えっと……お兄ちゃん? もしかして、ここで会うの?」
「うん? そうだけど? エリカやアンナさんだけでなく、リリアナやカレンも普通に出入りしてるし、今更だろ?」
「まあ、それはそうだけど……」
「いざとなれば、権能だって誤魔化せばいいしな。便利だよな。権能だって言っておけば、深く追及されることもないんだから」

 魔王と呼ばれることには諦めがついたみたいだが、妙な方向で吹っ切れた様子の太老に桜花は嫌な予感を覚える。
 この人工惑星のことは秘密と言うほどでもないが、一応ここは恒星間移動技術を持たない初期文明の世界なので、余り大っぴらにするのはどうかと思ったのだ。
 とはいえ、銀河法が連盟の外――それも異世界にまで適用されるかは微妙なところだ。そもそも、こんなところにまでGPが取り締まりに来ることはない。他に面倒なことがあるとすれば、船の秘密を知って欲をかく連中が現れないかと言うことだ。
 魔術師であれば魔王の名を恐れて大それた行動には出られないだろうが、この世界に住む人々の大半は魔術の適性を持たない人間なのだ。何処から情報が漏れるとも分からない以上、そうした連中から要らぬちょっかいを掛けられないとも限らない。いや、太老の体質を考えると、何も起きない可能性の方が低いだろう。これまでのことを振り返ると、桜花が心配になるのも当然だった。

「お兄ちゃん、何処へ行くの?」
「よくよく考えて見ると、この世界でちゃんとお客さんを招くのは初めてだなと思って。それにパオロさんには普段から世話になってるし、歓迎の準備をしてくる」

 そう言って軽くスキップをしながら部屋を出て行く太老を、桜花は溜め息を交えながら見送るのだった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第33話『歓迎の宴』
作者 193






「こ、これは……」

 昼間だと言うのに、微かに星の瞬きが見て取れるほどに澄み切った空。
 地平線まで続く広大な森。その森の中央には、雲にまで届きそうな大樹がそびえ立っている。
 まさに御伽話の世界。この世のものとは思えない雄大な景色に甘粕は目を奪われ、息を呑む。

「ごめん。甘粕さん……何かあっても守ってあげるのは無理だと思うから、覚悟は決めておいてね」
「……え?」

 突然、隣にいる少女から不穏なことを言われて振り向くと、甘粕は目を瞠る。
 いつもなら自信に満ちた表情を絶対に崩さない少女が、余裕のない表情で肩を震わせていたのだ。

「……媛巫女が修行に使う霊山とか、そんなレベルじゃない。ここは神域≠ニ呼んでも良いくらい清浄な空気に満ちている」

 少女――恵那が畏れ、震えている理由をようやく察する甘粕。
 景色にばかり目を奪われていたが、確かに外界と空気そのものが違うことに気付かされる。
 恵那のように特異な力を持つ媛巫女は、定期的に山籠もりをして外界の穢れを祓う必要がある。
 その時に利用するのが、人里から離れ、文明と切り離された場所にある『霊山』と呼ばれる修練場だ。
 しかし、ここは恵那の知るどんな修練場よりも清浄な空気に満ちていた。
 そんな神域とも呼べる世界が船の中≠ノ広がっているなんて、誰かに話したところで信じてもらえないだろう。

「これが、カンピーネの権能と言う訳ですか……」

 日本には今、カンピオーネと呼ばれる人物はいない。そのため、噂くらいは知っていても実際にカンピオーネが戦うところや権能を目にしたことがある者は少ないのだ。
 カンピオーネに対して邪な考えを抱き、甘い幻想を抱く者が後を絶たないのも、そのためだった。
 だが、この光景を見せられれば嫌でも理解させられる。カンピオーネが、どれほど埒外な存在なのかを――
 甘粕自身、まだ心の何処かで甘く考えていたのだと痛感させられる。
 人の身で神に挑み、その神様を殺してしまうような存在なのだ。人の常識が通用するような相手であるはずがない。

「どう? 驚いたでしょ?」
「……これは、やはり正木太老様が?」
「ええ。大体、地球と同じくらいの広さがあるらしいわ」

 分かっていたとはいえ、エリカから返ってきた答えに甘粕は目眩を覚える。
 まだ宇宙へと生存圏を広げていない人類にとっては、地球が世界のすべてと言っていい。
 そんな地球と同じ広さを持つ惑星。それは一つの世界を創造したと言っているも同じだからだ。
 太老が何人の神を殺したかは分からないが、日本神話に登場するイザナギ・イザナミのような造物主に分類される神を手に掛けた可能性が高いと甘粕は考える。
 それだけでも、正木太老がどれほど強大な力を持つ王であるかを察せられると言うものだった。
 対応を間違えれば、日本が滅ぶ。そんな最悪のシナリオが頭を過ぎって、甘粕は逃げ出したい気持ちをぐっと堪えながら、この仕事を自分に振った上司を恨む。

「これで、少しは太老の凄さを理解したかしら?」
「うん。想像していたよりも、ずっと凄いから驚いちゃった。でも、凄いのは王様であってエリカさんじゃないよね?」

 自分のことのように誇らしく自慢しながら釘を刺してくるエリカに対して、にこやかな笑顔で鋭い返しをする恵那。
 互いに一歩も引く気はない様子で、笑顔の裏でバチバチと火花を散らせるエリカと恵那に、甘粕は冷や汗を滲ませる。
 太老の力の一端を知った今となっては何が地雷となるか分からない以上、エリカを刺激するような真似は謹んで欲しいと言うのが甘粕の本音だからだ。
 カンピーネの――太老の機嫌を損ねれば、そこで日本は終わる。甘粕がそう考えるのも無理はない。
 そんな甘粕の心情を察してか、パオロは二人の間に割って入る。

「そろそろ案内を頼めるだろうか? 余り王を待たせるのは不敬だろう」
「……叔父様の言うとおりね」

 太老ならその程度のことで機嫌を損ねるようなことはないだろうが、パオロの顔を立ててエリカは引き下がる。
 そんな姪の大人気ない態度に、やれやれと肩をすくめながら苦笑を漏らすパオロ。
 そして、

「まだまだ子供ですわね」

 お前が言うな、と言った台詞を口にするアリスに一同は呆れるのだった。


  ◆


 ――どうしてこうなった?
 そんな台詞が、エリカの頭に浮かぶ。

「美味い……こんなに美味い酒を飲んだのは初めてだ」
「これ、太老様がお造りになったお酒なんですよ。たくさんありますから遠慮せずに飲んでください」

 カレンから勧められた酒の味に感動を覚えるパオロ。
 しかも、太老が造った酒だと聞いて、本当に多才な王だと感心した様子で頷く。
 その反対側の席に目を向けると――

「上司が人使いが荒くてですね……こっちの都合なんてお構いなし。話なんて全然聞いてくれないんですから困ったものですよ」
「分かりますわ。わたくしも話の通じない部下の所為で、ずっと不自由な生活を強いられていましたから……」

 酒瓶を片手に、甘粕とアリスが互いの上司や部下の愚痴を溢し合っていた。
 アリスのは半ば自業自得のようなものなのだが、甘粕も相当にストレスが溜まっていたのだろう。
 二人の口からは、これでもかと言うくらいの不満が飛び出す。

「エリカ! 今日という今日は言わせてもらうぞ!」
「酒臭い!? リリィ……あなたまさか、お酒を飲んだの?」
「……酒? これのことか? うむ。太老様がお造りになられたジュース≠轤オい。ほら、エリカ。お前も飲め」
「ちょ……!」

 突然絡んできたリリアナに、なみなみとグラスに酒を注がれるエリカ。
 甘い香りの漂うグラスに興味をそそられるも、このままでは巻き込まれると察して逃げようとする。
 しかし身体が動かないことに気付き、腰に回された腕に気付いて振り返ると、顔を赤くしたアリアンナに背中から抱きつかれていた。

「アリアンナ!? あなたまで――」
「まあまあ、エリカ様も一緒に飲みましょうよ〜。それとも、私の酒が飲めないって言うんですか?」
「あなた、性格が変わってるわよ……」
「いまだ!」

 一瞬の油断を突かれ、リリアナに酒の入ったグラスを口に押し当てられるエリカ。
 それでもどうにかアリアンナの腕を振り解き、逃げようと抵抗するのだが――

「あら、美味しい」

 いままで味わったことのない酒の味に驚き、思わずグラスの中身を飲み干してしまう。
 美味いのは当然だ。その稀少性から滅多に市場へ出回ることはなく、過去に銀河オークションへだされた時には居住可能な惑星一個分の値段が付いたこともある幻の酒だ。
 その名も――神樹の酒。皇家の樹の実を原材料とすることから、樹雷皇家の関係者でなければ口にすることすら難しい貴重なお酒だった。
 本来であれば、このような宴会の席で樽一杯に振る舞われるなんてことはない酒なのだが、天樹へ自由に出入りすることが可能な太老は仲良くなった〈皇家の樹〉から貴重な実を定期的に分けて貰っていた。そのため、自分たちだけでは使い切ることが出来ないほどの材料をストックしており、酒以外にも樹の実から作ったジュースや栄養ドリンクなどを生産しているくらいだった。
 ちなみに、この栄養ドリンク。エリカたちが霊薬(エリクサー)と勘違いしているものと同じものだ。
 怪我などは治せないが体力や気力を立ち所に回復し、風邪などの病を吹き飛ばし、虚弱体質の改善にも役に立つ優れものだった。

「美味いジュースだろ?」
「ええ……って、やっぱりお酒≠カゃない!?」

 まだジュースで押し通そうとするリリアナに、思わずツッコミを返すエリカ。
 とにかく一旦退避しようと二人を振り解き、立ち上がったところで――

「……しまった」

 周囲を見渡しながら、太老と恵那の姿がないことに気付くのだった。


  ◆


 宴会場から少し離れた建物の屋根の上に、四つの小さな影があった。
 桜花とアテナ。それにウルスラグナとグィネヴィアの子供組≠セ。
 と言っても、見た目が幼いと言うだけで全員が全員、見た目通りの年齢ではないのだが――

「前から一度聞いておこうと思ってたんだけど、アテナはともかくアンタはこれでいいの?」

 神樹のジュースを片手にお菓子を抓みながら、そんなことをウルスラグナに尋ねる桜花。
 すっかりとここでの生活に馴染んでいるから忘れそうになるが、ウルスラグナは人間たちに災厄の化身と畏れられる存在なのだ。半身を失っているために完全な状態とは言えないアテナと違い、ウルスラグナは『まつろわぬ神』としての性(さが)を完全に取り戻している。負けたとはいえ、大人しく太老に従っているのは不思議でならなかったのだ。

「どんな勝負であれ、負けは負けじゃ。二度も後れを取って、負けを認められぬほど落ちぶれてはおらぬよ」

 最後は少し締まらない幕引きだったが、負けは負けだ。ジャンケンなど無効だと騒ぎ立てるような情けない真似を、ウルスラグナはするつもりはなかった。
 どんな条件、どのような勝負であっても勝利して見せると決めたのは、他の誰でもない。ウルスラグナ自身だからだ。
 一度自分が口にしたことを反故にするようでは、神とは言えない。ましてや、太老もリスクを負わなかった訳ではない。
 負ければ命を落としていたかもしれない。魂を契約に縛られ、死ぬまでウルスラグナに隷属を強いられていたかもしれないのだ。
 そんなリスクを負いながら太老が望んだことは、一つだけ。人間に迷惑を掛けない≠ニ言うことだけだった。

「それにあのような願いをされては、もはや自由気侭に地上を流離うことなど出来ぬよ」

 まつろわぬ神とは、そこに存在するだけで周囲に災厄を撒き散らす存在だ。
 人間に迷惑を掛けないなどと約束させられてしまえば、自由に地上を流離うことなど出来るはずもない。
 これではまつろわぬ神も廃業だ、とウルスラグナは心の底から愉快そうに笑い、宴会場からくすねてきた酒を呷る。

「まあ、ここに引き籠もっておる限りは問題なかろう。いろいろなものがあって退屈もせぬしな」

 そんなウルスラグナの話に相槌を打つように、アテナも書庫から持ってきた本をパラパラと捲りながら答える。
 智慧の神とも称される彼女だが、まさか今になって新たな知識を得るために本を読むことになるとは思ってもいなかった。
 異世界の本がたくさん眠る屋敷の書庫は、アテナにとって新たな発見を促す知識の宝庫と言っていい。
 百年、千年引き籠もっていても本好きなら退屈することはないだろうと思うだけの書物が、太老の書庫には収められていた。

「ククッ、確かに。それに料理や酒も美味いからの」

 神というのは基本的に、娯楽に飢えている。特に美味い酒や料理に目がない神は多い。
 それだけでも、ここに定住しても良いと答える神は少なくないだろうとウルスラグナは考える。
 そういう彼も、神樹の酒に魅了された一人だった。こうも胃袋を掴まれては、今更まつろわぬ神に戻ろうとは思えない。
 まつろわぬ神として地上に顕れてから数百年――思えば随分とやんちゃをしたものだ、とウルスラグナは苦笑する。
 多くの神、多くの魔王と矛を交えたが、その一度として敗北を味わうには至らなかった。だから自分を倒してくれる誰かが現れるのを、ずっと待ち続けていたのだ。
 そう言う意味では、そろそろ潮時だったのかも知れないと考える。
 まさか、こうして生きて引退するとは思ってもいなかったが、またそれも一興だった。

「まあ、アンタたちがそれでいいなら、別にいいけどね」

 太老の敵にならないのであれば、どちらでも良いと言った態度を取る桜花。
 この場に零式がいれば、同じようなことを言っただろう。
 遠回しな警告だと受け取りつつも二柱の神は、特に気にした様子もなく思い思いに余暇を楽しむ。
 そんなゆったりとした時間が流れる中、沈黙を破るように何かに気付いたグィネヴィアの声が響く。

「あそこにいらっしゃるのは太老様でしょうか?」

 グィネヴィアが指さす方へ同じように視線を向ける二柱と一人。
 確かに、その先にいたのは太老だった。それも、どうやら一人ではないようだ。

「黒髪の女子高生? ああ、日本からお客さんが来るとか言ってたっけ」

 制服姿の恵那を見て、そう言えばと昼間に太老が言っていたことを思い出す桜花。
 十中八九、酔っ払いに絡まれるのを察して、宴会場には態と近付かないでいたのだ。
 しかし恵那と楽しそうに話をする太老を見て、モヤモヤとした感情が湧き起こる。
 やっぱり顔をだすべきだったかもと後悔しつつ、いまからでも遅くはないと桜花が腰を上げようとした、その時だった。
 桜花よりも先に、エリカが二人の間に割って入ったのだ。

「何やら、揉めておるようだの」
「同じようなシーンをテレビで見たことがあります。修羅場≠ニ言う奴ですね!」

 そんなアテナとグィネヴィアの会話に、半分ほど上げかけていた腰を下ろす桜花。
 自分も昼ドラのネタにされてはかなわないと、しばらく様子を見守ることにするのであった。





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