「……これって、どういう状況ですかね?」
「……私に聞かれても困るわよ」

 最悪の事態を想定し、覚悟を決めてまつろわぬ神が封印された祠へと足を踏み入れたと言うのに――
 どう言う訳か、甘粕とエリカは猿や少女と共にテーブルを囲み、ゲームに参加していた。
 三人と一匹が行なっているのは、トランプを代表するゲームの一つ『七並べ』だ。
 どうやらエリカが一番優勢なようで、次に甘粕。そして、巫女服の少女――ひかりに続いて猿と所持しているカードの枚数が多い。

「ぐぬぬ……誰じゃ、ハートの3を止めておる奴は!?」

 思うようにカードがだせず苛立ちを募らせる猿。
 そんな猿の姿に苦笑を漏らしながら、子供をあやすように宥めるひかり。
 本当は猿の方がずっと長生きなのだが、どちらが年上なのかこれでは分からない。

「こういうゲームって性格がでますよね」
「それって、どう言う意味かしら?」

 甘粕の何気ない一言に青筋を立て、眉間にしわを寄せるエリカ。
 しかし甘粕の言うように、この手のゲームは素直な性格の者ほど勝負に弱い傾向がある。
 逆に言えば強い人間と言うのは、それだけ性格が捻くれていて強かとも取れると言うことだ。
 ピンポイントで相手の嫌がるところを止めているあたり、エリカの性格が良く出ていると言えるだろう。
 とはいえ、甘粕もエリカに次ぐ順位につけていることを考えると、彼も大人気ない性格をしていると言えるのだが――

「相手は子供と猿よ? そっちこそ、少しは手加減してあげたら?」
「勝負の世界は非情ですから」

 そこに大人も子供もない、と話す甘粕にエリカは溜め息を吐く。
 子供と猿を相手に全力をだしている時点で、人のことを言えないと思ったからだ。
 とはいえ、

(……あれって、どう考えても普通の猿じゃないわよね?)

 成り行きでトランプに付き合うことになったが、いまの状況は普通ではない。
 恐らく目の前の猿が、ここに封じられているまつろわぬ神であろうことはエリカも察していた。
 だからこそ下手に抵抗をせず、こうしてゲームに加わったのだ。
 しかし封じられている所為か、神と呼べるほどの気配は感じない。
 僅かに神気のようなものは感じ取れるのだが、それも微々たるもので神獣よりも遥かに気配が弱い。
 害意もなく、ただの喋る猿と言ったところだ。

「ふむ。我の正体が気になるか?」

 見透かされた――と目を瞠り、警戒を顕にするエリカ。
 力を封じられていると言っても、目の前の存在が神であることに違いない。
 こんな姿をしていても、侮っていい相手ではないと再確認したのだろう。

「まあ、そのように警戒せんでもよかろう。ここにおるのは名を封じられ、力を持たないただの猿じゃよ」





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第48話『誤算』
作者 193






「では、どうして祠の封印を?」

 力を封じられていると言っても、相手はまつろわぬ神だ。
 彼等は人間にとって、存在そのものが天災と言っていい存在。
 目の前の神が封印から解き放たれ、祠の外で暴れることをエリカは警戒しているのだろう。

「あの……その封印を解いたのは、私です」
「あなたが? そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私はイタリアの魔術結社〈赤銅黒十字〉の大騎士、エリカ・ブランデッリよ。あなたも関係者なら〈紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)〉の名くらいは耳にしたことがあるんじゃない?」
「えっと……ごめんなさい」

 こんな場所にいることから裏≠フ関係者だと思っていたのだが、ひかりの反応を訝しむエリカ。
 自慢ではないが〈紅き悪魔〉の名は、魔術師の世界で知らない者はいないと言っていいほどに有名だ。
 ましてや祠の封印を自分が解いたという発言や服装から見ても、目の前の少女が只人とは思えない。
 恐らくは、恵那と同じ媛巫女で間違いないだろう。
 なのに〈赤銅黒十字〉の名前は勿論、一度も〈紅き悪魔〉の名を耳にしたことがないなどと本当にあるのだろうかと思ったのだ。
 しかし、ひかりの様子を見る限りでは、嘘を吐いているようにも見えなかった。

「甘粕冬馬です。あなたは……万里谷ひかりさんですね」
「え、はい。どうして、私の名前を?」
「お姉さんの万里谷祐理さんには、お世話になっていますから」

 その会話の内容から甘粕が正史編纂委員会の関係者だと、ひかりは察する。
 しかしエリカは、イタリアの魔術師だと自身のことを名乗った。
 甘粕とエリカ。二人の関係がよく分からず首を傾げるひかり。
 そんな彼女を見て、演技などではなく本当に何も知らないのだとエリカは悟る。

「万里谷ひかりです。これでも一応、媛巫女です。まだ見習いなのですが……」
「……見習い?」

 見習いと聞いて、どういうことなのかと訝しむエリカ。
 仮にも、まつろわぬ神を封じた祠の封印を解けるような媛巫女が見習いなどと、俄には信じがたかったからだ。
 ひかりのことを恵那と同じ媛巫女だと考え、自分のことも知っているはずだとエリカが誤解をしたのも無理はなかった。
 そんなエリカの疑問を察して、ひかりは答える。

「それは、私が禍払い≠使えるからです」
「禍払い?」
「はい。例えば……甘粕さん、何か適当な術を使って見せてもらえませんか?」

 ひかりの意図を察して、それならと手に持ったトランプのカードに呪力を込める甘粕。
 すると、トランプがまるで意思を持っているかのように動き始める。
 規則正しく整列するトランプの一枚に、ひかりが手を伸ばすと――

「これが禍払い≠ナす」

 パタリと動きを止め、術をかける前の普通のトランプへと戻った。
 それを見て、ひかりの能力を察するエリカ。
 言ってみれば、これは触れたものの呪術や魔力の効果を消し去る能力と言った感じなのだろう。
 確かにこれなら、祠の出入り口にかけられた強固な結界を解除できたことにも説明が付く。

「珍しい能力ね」

 使い方によっては有用な能力だと、ひかりの力を認めるエリカ。
 恵那の降霊術も稀有な能力ではあるが、ひかりの禍払いもそれに劣らず珍しい。
 恐らく媛巫女と言うのは、特異な力に目覚めやすい傾向にあるのだろう。
 実際、欧州でもアリスのように特異な能力を有した魔女が少なからず存在する。

「西天宮の媛巫女は、この禍払いの力を使えることが条件なのですよ。もう、かれこれ百年ほどは空位のお役目だったはずです」

 ひかりの話に、甘粕は補足を入れる。
 しかし、それなら目の前の少女がここにいる事情も納得できると、ようやく理解の色を示すエリカ。
 恐らくは封印を解いて祠の中へ入るには、この禍払いの力が必要不可欠なのだろう、と――
 だからこそ、他の媛巫女では役目を担うことが出来ないのだと。

(封印の管理が仕事? いえ……)

 恐らく、それだけではないとエリカは察する。
 ただ封印しておくだけなら、ずっと祠に封じておけば良い話だ。
 態々、外の封印を解いて祠の中に入る必要はない。
 だとすれば、他にも重要な役目があるはずだとエリカは考えたのだ。

「まつろわぬ神とトランプをするのが仕事……と言う訳ではないわよね?」
「カカッ、我の遊び相手も重要な役目の一つじゃがな。他にも毛繕いや膝枕もしてもらったりするの」

 エリカの疑問に対して、まったく悪びれずにそう答える猿。
 そのご機嫌な様子からも、こうしてトランプに興じていることも、まったくの無意味ではないのだろう。
 西天宮を預かる媛巫女にとっては、大事なお役目の一つと言うことだ。
 しかし、

「我が求める賦役など些細なものじゃ。その見返り≠ニして、少しばかり剣呑≠ネ頼みごとをされることはあるがな」
「なるほど、そういうことなのね」

 ひかりが負っている役目を、エリカは猿の話から察する。
 日本には神頼み≠ニいう言葉がある。
 ひかりの負っている役目とは、その言葉どおり神≠ニ直接対話し、助けを乞うことなのだと――
 目には目を歯には歯を、と言ったように、まつろわぬ神にはまつろわぬ神をぶつける。
 カンピオーネを有さないこの国が、まつろわぬ神という脅威に対抗するために編み出した術なのだろう。

「とんでもないことを考えるものね。でも……」

 まつろわぬ神を封印し、使役するなどと普通の人間には不可能な所業だ。
 これだけ大掛かりな仕組みを構築したのが、ただの人間とは思えない。
 だとすれば――

「ええ、エリカさんの想像通りだと思いますよ」

 甘粕はエリカの考えを見抜き、それを肯定する。
 正史編纂委員会が古老≠ニ呼ぶ存在。それらも、神霊の類であることは分かっている。
 となれば、人間には難しいことでも古老の力を借りることができれば、もしかしたらとエリカは考えたのだ。

「呪術で我の荒ぶる神格は封じられておる。嘗ては『まつろわぬ神』であった我も、いまは少しばかりお茶目な猿に過ぎぬよ」

 その言葉に嘘はないのだろう。
 実際、目の前の猿からは、アテナやウルスラグナのような圧倒的な呪力の気配は感じ取れない。
 名と共に力の大半を封じられているというのは、本当のことなのだろう。
 しかし、羅翠蓮がその封印を解こうとしていたことは明らかだ。
 そして、まだ封印が完全に解けていないと言うことは、恐らく何かしらの条件を整える必要があるのだろうと推察できる。
 羅翠蓮の思惑を阻止するためにも、その条件を知っておく必要があるとエリカは考えた。

「……封印を解く方法を伺ってもよろしいですか?」
「構わぬが、御主が神殺し≠フ代わりに解いてくれるのか?」
「羅濠教主……やっぱり、ここへきたのね……」

 まったく隠す素振りのない猿の話から、ここに羅翠蓮がきたのだとエリカは察する。
 だとすれば、ひかりをこの場所へ連れてきたのも羅翠蓮なのだろう。
 ひかりは自分のことを見習い≠セと言った。
 幾ら彼女にしか担えない重要な役目とは言っても、まだ裏の世界のこともよく分かっていない少女に任せるには荷が重すぎる仕事だ。
 百年もの間、空位だったのだ。せめて、ひかりが一人前に成長するまで、更に十年延びたところで役目に支障がでるとは思えなかった。
 となれば、余ほど切羽詰った事情があるか何かしらの思惑があって、事を急いだのだと考えるのが自然だ。
 恐らくはそれが、羅翠蓮の都合と思惑でそうなったのだと――

「我をこの地に封じる『弼馬温』の呪法を一時的に解くには、三つの条件が必要じゃ」

 一つ、鋼の宿敵たる竜蛇の神格が顕れること。
 二つ、術を弱める式を編み込んだ宝刀があること。
 三つ、禍払いの巫女に宝刀を持たせ、霊力を使わせること。
 それが、この場所から現世に自身を解き放つ条件だと猿は語る。
 一時的と言うことは、恐らく竜蛇の神格を持つ神が討たれたら封印の力が戻り、祠に戻されるのだろう。
 確かによく出来たシステムだ。

「……宝刀?」
「ああ、これのことだと思います」

 ひかりはテーブルの下から一本の小太刀を取り出して、それをエリカに見せる。
 それは、ここへ連れて来られる前、九法塚家の若様――幹彦から渡されたものだと話す。
 幹彦が操られていたところはエリカも確認している。
 となれば、それも恐らくは羅翠蓮の仕業なのだろう。

「条件の内の二つは揃っていると言うことね。でも……」

 残りの一つ、竜蛇の神格を持つ神など、そう都合良く顕れるものではない。
 羅翠蓮はどうやって封印を解くつもりだったのかとエリカは考えるが、そこで一つの可能性に思い至る。
 古老と手を組み、リリアナを連れ去った訳。
 最初はそちらに太老を釘付けにするのが狙いだと思っていたが、実は別の思惑があったのだとすれば?
 考えて見れば、幽世――アストラル界というのは、簡単に行き来できるような場所ではないのだ。
 そう考えると、羅翠蓮が太老の行動を完全に予測していたとは考え難い。

「まさか、羅濠教主の狙いは……」

 太老のことを調べていたのなら、太老が悪魔と神を従えているという噂も耳にしているはずだ。
 となれば、羅翠蓮の思惑も見えてくる。
 ――竜蛇の神格を持つ女神、アテナをこの地に呼び寄せること。
 そのための餌≠ニして自分たちは誘き寄せられたのだと、エリカは羅翠蓮の狙いに気付くのだった。


  ◆


「――なるほどね」

 ようやく合点が行ったと言った表情を見せる桜花。
 そして、

「アテナなら、どれだけ待ってもここには来ないわよ。留守番を頼んでおいたからね」

 羅翠蓮に向かって、そう告げる。彼女の企みを知ってのことだった。
 自身の狙いを見透かされたことで、驚く羅翠蓮。
 どうやってそのことを知ったのかと考えるが、その答えはすぐに見つかる。
 いつの間にか、桜花の使役していた神獣の姿が見えなくなっていたからだ。
 戦いに夢中で気付かなかったが、二匹の神獣が何処へ消えたかなど答えを聞くまでもない。
 恐らくは、こっそりとエリカと甘粕の後をついて行かせたのだろう。

「そういうことですか。まんまと出し抜かれたと言う訳ですね」

 まさか、自分がこうも手玉に取られるとは思ってもいなかったのだろう。
 驚きつつも、どこか楽しげな笑みを浮かべる羅翠蓮。
 というのも、既に羅翠蓮の標的はまつろわぬ神などではなく、目の前の少女――桜花へと変わっていた。
 まつろわぬ神との戦いのために余力を残して勝てるような相手ではないと、桜花の実力を正しく評価してのことだ。
 この戦いを中途半端に終わらせるのは惜しい。そうも考えたのだろう。
 それに――

「尋ねたいことがあります。あなたが義兄(あに)と呼ぶのは――正木太老のことですね」
「そうだけど?」
「では、もう一つ問います。あなたの義兄は、あなたよりも強い≠フですか?」
「当然」

 桜花の答えに満足したのか?
 心の底から愉しそうに、それでいて華やかな笑みを浮かべる羅翠蓮。
 ヴォバンが敗北したとの噂は耳にしたが、それでも太老が『最強の魔王』などと呼ばれていることに羅翠蓮は懐疑的だった。
 誰が相手でも、同じ魔王が相手であろうとも自身が負けるはずがない。
 最強の名を冠するのは羅濠であると、疑ったことは一度としてなかったからだ。
 しかし目の前の少女は、自身と対等の実力を有している。
 そして、その少女が寸分の迷いもなく自分よりも強いと断言する太老は、一体どれほどの極致へと至っていると言うのか?
 とっくに武の頂点を極めたと思っていただけに、更なる高みが存在すると知って驚きよりも喜びが勝ったのだろう。

「武道家として、これほどの喜びはありません。あなたに感謝を――」

 だからこそ、桜花に心からの感謝の言葉を贈る。
 しかし、

「ですが、この戦いを勝利で飾るのはわたくしです。その上で正々堂々≠ニ、あなたの義兄と雌雄を決しましょう!」

 だからと言って勝ちを譲るつもりなどなかった。
 桜花にも、そして彼女が兄と慕う太老にも、羅翠蓮の名に懸けて負けられない。
 自身こそが武の頂点に立つ最強の魔王であると、証明するために――
 それが彼女の導き出した答えだったのだろう。しかし、

「……正々堂々って」

 すっかり自分のやったことを忘れているらしい羅翠蓮に呆れ、桜花は溜め息を吐く。
 どんな取り引きを古老と交わしたのかまでは分からないが、リリアナを誘拐するなど正々堂々とは程遠い。
 とはいえ、それを指摘したところで聞く耳を持つ相手には見えなかった。
 自分の考え、自分の行いこそが正しいと、少しも疑っていないことが言動からも見て取れるからだ。

(お兄ちゃんと会わせたら、面倒事しか起きない気がする……)

 太老と会わせたら、また変なフラグが立つかもしれない。
 とっくに手後れかもしれないと思いつつも、

「いいよ。そういうことなら完膚なきまでに敗北を味あわせてあげる」

 太老のため、そして自分自身のため――
 桜花は本気で羅翠蓮を叩き潰すことを決意するのだった。





 ……TO BE CONTINUDE



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