「――太老!?」
「あれ? エリカか?」

 再び転移した先で、エリカと再会した太老は呆然とした様子で驚きの声を漏らす。
 とはいえ、太老が戸惑いを覚えるのは無理もない。
 エリカと甘粕は桜花と共に日光へ向かったものと思っていたからだ。
 それはエリカも同じだ。
 スサノオのもとへと向かった太老たちが、どうしてこんなところへ? と、疑問が頭を過る。
 だが、自分たちがいま∞どこ≠ノいるかを思い出すエリカ。

「妙な感覚がすると思っていたけど、やっぱりここは……」

 まつろわぬ神を封印している空間という時点で、どこか普通ではないと感じていたのだ。
 この空間はアストラル界へと通じているのだと、エリカは確信する。
 いや、もう自分たちは生と不死の境界≠ヨと足を踏み入れているのだと――
 それならばリリアナを追って、アストラル界へと向かった太老たちが突然現れたことにも説明が付く。
 しかし、

「なんで、ここに? 桜花ちゃんと日光へ向かったはずじゃ?」
「いろいろとあってね……それよりも太老こそ、どうしてここへ?」

 問題はどうして太老はスサノオのもとへ向かわず、こちらへやってきたのかがエリカには分からなかった。
 エリカから逆に質問を返され、どう説明したものかと逡巡したところで、一匹の猿が太老の目に留まる。
 どうしてこんなところに猿がと疑問に思いながらも、何かに気付いた様子を見せる太老。

「エリカ……もしかしてそこにいる猿≠チて?」
「ええ、ただの猿ではないわ。……まつろわぬ神よ」

 エリカから返ってきた答えに、やはりと確信を得る太老。
 何を勘違いしているかと言うと――

(まさか、恵那の言ってたおじいちゃま≠ェ猿だったなんて!?)

 と言うようなことを考えていた。
 とはいえ、天叢雲剣の道標で転移した先で、まつろわぬ神と遭遇したのだ。
 太老がそのような勘違いをするのも無理はない。

「そっちの女の子は?」
「彼女は万里谷ひかり。万里谷祐理さんの妹さんですよ」
「万里谷祐理?」
「恵那さんと同じ媛巫女よ。リリィとも面識があるらしいわ」

 ひかりのことを太老に尋ねられ、甘粕の説明に補足を入れるエリカ。
 しかし、それが更なる誤解を生む。
 リリアナと面識のある媛巫女の妹が、偶然この場に居合わせたと考えるのは不自然だ。
 そもそも、ここは『生と不死の境界』とも呼ばれる現実世界とは異なる次元に存在する異界。
 零式やアテナのような特異な存在ならともかく、人間の少女が偶然迷い込めるような場所ではない。
 となれば、リリアナと同様、何者かによって連れて来られたと考えるのが自然であった。

(リリアナだけでなく、こんな小さな女の子まで……)

 猿もといスサノオ(?)への怒りを顕にする太老。
 怒りを滲ませる太老の迫力に気圧され、息を呑むエリカと甘粕。
 何かが太老の逆鱗に触れたのだと察した、その時であった。

「くくッ……よもや、このような方法≠ナ我にかけられた呪縛を弱めるとは――礼を言うぞ! 西洋の女神よ!」

 猿――の姿をしたまつろわぬ神の身体から、先程までは感じなかった膨大な呪力が溢れ出すのだった。





異世界の伝道師外伝/新約・異界の魔王 第50話『猿の神』
作者 193






「これは――神君の封印が解けた!? どうして――」

 エリカの頭に、猿が言っていた言葉が頭を過る。
 封印を解く条件は三つあると、猿は言ったのだ。

 一つ、鋼の宿敵たる竜蛇の神格が顕れること。
 二つ、術を弱める式を編み込んだ宝刀があること。
 三つ、禍払いの巫女に宝刀を持たせ、霊力を使わせること。

 本来であれば、この場に封印されている限りは、簡単に満たすことの出来ない条件と言っていい。
 そもそも最初の条件からして、一筋縄には行かないのだ。しかし――

(――アテナ!?)

 太老と共にいるアテナを見て、しまったと言った表情を浮かべるエリカ。
 いまのアテナは完全な状態ではないと言っても、それでもトップラスの知名度を誇る女神だ。
 神君の封印を解くための条件を満たすには、十分だと考えたのだろう。

「まずい! ひかりさん!」
「もう、遅いわ!」

 猿の次の狙いに気付いたエリカは、ひかりを助けようと手を伸ばす。
 しかし、そうはさせまいと電光石火の如き動きで、ひかりとの距離を詰める猿。
 そして、ひかりの腕を一早く摘まむと、(かすみ)のように姿を消すのだった。


  ◆


「……まずいことになったわね」

 ひかりと共に姿を消した猿。
 力を取り戻した猿が、次にどういう行動にでるかは予想が付く。
 現世に舞い戻り、まつろわぬ神の(さが)に身を任せるがまま、暴れ回るつもりなのだと――

「俺の前で、幼い少女に手を出すなんて良い度胸じゃないか」

 少しも怒りを隠そうとしない太老の態度に、エリカはかける言葉を失う。
 これほどまでに怒り顕にした太老を見るのは、はじめてのことだったからだ。
 しかし、以前リリアナから聞いた話をエリカは思い出す。
 そう、ヴォバン侯爵に集められた少女たちを救いだしたという四年前の事件のことだ。

(そう言えば、あの時も……そう、そういうことなのね)

 何かに気付き、一人納得した様子で頷くエリカ。
 太老は敵に対しては容赦のない一面を持つ一方で弱き者を助け、力なき者に慈悲を与える『王の中の王』とも呼べる人物だとエリカは考えていた。
 まさに魔術師たちが王と崇めるに相応しい存在。そんな太老が傷ついた子供を前にして、黙っていられるはずがない。
 ひかりのことを尋ねたのも、恐らくは羅翠蓮の目的に気付いたからだろう。
 だからこそ、子供を利用した彼女に怒りを覚えているのだと――

(羅濠教主との戦いは避けられそうにないわね……)

 それに太老のことだ。あの猿の姿をしたまつろわぬ神も放っては置かないだろう。
 そうなったら最悪、この日本は地図から消えるかもしれない。
 同じ考えに至ったのであろう。甘粕の顔からも血の気が引き、段々と青ざめていく。

(エリカさん! どうにかならないのですか!?)
(無理よ。太老をここまで怒らせてしまったら、もうなるようにしかならないわ。運命だと思って、受け入れなさい)
(そ、そんな……)

 これ以上、太老を刺激しまいと小声でエリカに訴える甘粕。
 しかし、そうは言われてもエリカとて、どうしようもないというのが本音であった。
 ここまで本気で怒った太老を目にするのは、これがはじめてなのだ。
 太老がどういった行動にでるかまで予想するのは難しい。
 だが、ヴォバン侯爵の一件から考えるに、このまま何事もなく穏便に終わるとは到底思えなかった。

「まさか、このようなことになるとは……」

 その時だった。
 突然、背後からかけられた見知らぬ声に驚き、振り返るエリカ。
 甘粕と恵那。それにアリスも何かを感じ取った様子で、警戒の構えを取る。
 そんななか――

「御主……神祖じゃな?」

 アテナは遅れてやってきた介入者=\―玻璃の媛の正体を、あっさりと看破するのだった。


  ◆


「さすがに智慧の女神≠フ目は誤魔化せないようですね」
「最初から隠す気など癖によく言う。こうして姿を見せたのは、太老に用があるからじゃろ?」
「そこまで見抜いておいででしたか……」

 アテナの慧眼に感服した様子を見せる玻璃の媛。
 神祖とは、嘗て女神であった存在だ。
 同じ竜蛇の神格を持つアテナの目を欺けるとは、玻璃の媛も考えてはいなかったのだろう。

「神祖ってことは、グィネヴィアと同じか? アンタは一体……」
「現世の名は既に捨てた身、好きにお呼びください。ですが、敢えて名乗るであれば、こう名乗った方が分かり易いかと――」

 ――古老と、そう玻璃の媛は太老の問いに答える。
 そんな玻璃の媛を、どこか白々しいものを見るように冷めた瞳で睨み付ける太老。
 彼女が古老と言うことは、正史編纂委員会を裏で操る黒幕の一人と言うことだ。
 即ちそれは、リリアナを誘拐したスサノオの仲間であると言うことを意味する。
 そして、タイミングを見計らっていたかのような登場。
 何かを企んでいるのではないかと、太老が警戒するのは当然であった。

「恵那のおじいちゃまの仲間か。どういうつもりだ?」
「……お怒りはもっともだと存じます。首を差し出せと仰るのであれば、この命を差し上げましょう。ですが、その前にわたくしの話を聞いては頂けないでしょうか?」

 あっさりと自分の首を差し出すという玻璃の媛に、戸惑いを覚える太老。
 この手の反応には慣れてきたとはいえ、実際に極悪非道な魔王を演じられるかと言えば話は別だ。
 リリアナのことは怒っている。ひかりのことも許した訳ではない。
 だからと言って、命を奪うと言ったことまでは最初からするつもりはなかった。
 スサノオに関しても、少し懲らしめてやる程度の考えでしかなかったのだ。
 ましてやスサノオと同じ古老と言っても、玻璃の媛からはまだ特に何かをされた訳ではない。
 根が善人でお人好しな太老からすれば、やり難い相手と言っていいだろう。

「……わかった。だが、どうするかは話を聞いてからだ」
「それで構いません。どのような裁きも受ける覚悟は出来ています」

 潔い玻璃の媛の態度に、少し頭が冷えたのか?
 毒気を抜かれた様子で、太老は小さな溜め息を溢すのだった。


  ◆


「くはッ――」

 桜花の放った掌打を胸に受け、土砂や樹木を巻き込みながら弾け飛ぶ羅翠蓮。
 それでもどうにか宙で体勢を建て直すことで地面を転がるのを避け、追撃に備える。
 一瞬にして間合いを詰めると、羅翠蓮の頭部を目掛けて鋭い蹴りを放つ桜花。
 だが、羅翠蓮も負けてはいない。左腕で桜花の放った蹴りをいなすと、大きく息を吸い込み――

「――喝!」

 一喝することで、魔風を解き放つ。
 竜吟虎嘯大法。羅翠蓮が所持する権能の一つで、インドの女神ガーヤトリーから簒奪した権能だ。
 声や息吹を魔風として吐き出すことで衝撃波を生じさせる権能で、吟じる時間が長いほど威力が増すため、本来は詩に乗せて使うことの多い権能だが、そのような隙を桜花が与えてくれるはずもない。
 だから声に呪力を乗せ一喝することで、衝撃波を発生させたのだろう。
 それでもトラック程度であれば、宙に浮かせるほどの破壊力を持つ。
 並の相手であれば、その一撃で宙を舞っていたところだろう。しかし、桜花は違った。

「はあああッ!」

 羅翠蓮の放った衝撃波に対して、拳を振り抜くことで相殺する桜花。
 大気を震わせるような轟音が二人の間で響く。

「見事! よもや力尽くで我が権能を打ち破るとは!」
「馬鹿力の次は、声で風を起こすとか……」

 歓喜の声を上げる羅翠蓮に対して、どこか疲れた様子で呆れのまじった声を漏らす桜花。
 超能力のようなものだと考えれば、カンピオーネの権能は理解できないと言ったほどのものではない。
 しかし、そうした能力者ほど能力に頼った戦いに慣れがちだ。だが、羅翠蓮は違う。
 彼女自身優れた武芸者であると同時に、権能はあくまで戦いを楽しむための手段の一つとしか捉えていない。
 傲岸不遜な態度とは裏腹に、戦い方は至って冷静。こうした相手ほど、厄介極まりないと桜花は考えていた。

「もう少し、楽に勝てるかと思ってたけど……認めるわ。さすがは魔王と呼ばれるだけのことはあるって」

 そもそも人の身で神を倒すような者たちが、普通であるはずがないのだ。
 更に言うのであれば、まつろわぬ神と呼ばれる存在はほとんどの場合、魔王よりも地力で勝っている相手が多い。
 そうした相手と戦い、勝利を収めるには正攻法では難しい。ありとあらゆる手を使って、勝ちに行く必要がある。
 それは羅翠蓮とて同じこと。正々堂々と戦うことに固執して負けてしまっては意味がない。
 強敵を前にすれば、軍略の限りを尽くして勝ちに行く。それが本来の羅翠蓮の戦い方なのだろう。

「でも、そっちがそのつもりなら、私もあらゆる手≠使って勝ちに行くわよ」

 だが、それは桜花も同じだった。
 皇家の樹の力を借りれば、この戦いを一方的に終わらせることだって出来たのだ。
 そうしなかったのは一人の武芸者として、羅翠蓮との戦いに応じていたからだ。
 しかし、羅翠蓮があらゆる手を使って本気で勝ちに来ると言うのであれば、遠慮をする理由などない。
 エリカたちについて行かせた船穂と龍皇を呼び寄せようとした、その時だった。

「この気配は――」

 一早く何かの気配に気付いた羅翠蓮に続き、桜花も強大な力を感知する。
 アテナやウルスラグナに匹敵するかもしれないほどの強大な呪力。
 それが、エリカと甘粕の向かった祠の方から光の柱となって立ち上っていた。

「まさか、あれって……」
「そのまさか≠ナしょう」

 うんざりとした表情を浮かべる桜花に、羅翠蓮はその予想が当たっていることを告げる。
 最初から嫌な予感がしていたから、エリカの後を船穂と龍皇に追わせたのだ。
 だと言うのに、どうしてこんなことになったのか?

「こんなことならこっちをお兄ちゃんに任せて、私がリリアナお姉ちゃんを助けに行くんだったかな……」

 ――まつろわぬ神。
 祠に封じられていた神が復活したのだと、桜花は察するのだった。





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