セドリックの幽閉先――〈赤い星座〉の拠点が判明した。
 それはリィンもよく知る場所。原作でも何度か登場したことのある謎多き場所だった。

「まさか、ローエングリン城とはな」

 帝国の南東部にある町――レグラムの湖畔にある城だ。
 エリゼから伝言を受け取ったリィンはアルフィンの待つ会議室へ急ぎ、そこで予期せぬ顔を二つ見つけ、疑問を口にした。

「なんで、クレアとエリオットがいるんだ?」
「セドリック殿下の幽閉場所が判明したとか」
「どうして、それを知っているのか聞きたいんだが……」

 さっきトヴァルから連絡があったばかりだ。
 幾らクレアが情報局の人間だからといっても、余りに情報を入手するのが早すぎる。
 疑いの視線をアルフィンへと向けるリィン。しかし、アルフィンは首を横に振って自分ではないとアピールする。

「トヴァルさんに連絡を頂きました。オリヴァルト殿下からも、リィンさんたちに力を貸してあげて欲しいと」
「くっ……あのバカ皇子!」

 オリヴァルトの仕業とわかり、苦々しげな表情を浮かべ、舌打ちをするリィン。
 少なくともクレアに情報を流したのは、単純にリィンたちの心配をしてというわけではないだろう。

「それに正規軍にとっても、セドリック殿下の安否は無視できない問題です。第四機甲師団は動かせませんが、鉄道憲兵隊(われわれ)であれば力になれることもあるのではないかと」
「戦力としてあて≠ノしていいってことか?」

 どちらにせよ、トヴァルに協力を求めた時点で、ある程度の情報が漏れることは覚悟していた。
 それにクレアなら、まだ正規軍の力を直接借りるよりは、やり易いだろうとリィンは考えて尋ねる。
 問題は、戦力としてあて≠ノしていいのかと言うことだ。鉄道憲兵隊は帝国軍所属ではあるが、正規の軍人とは異なる性質を持つ。どちらかといえば、治安維持を目的とした警察よりの組織だ。精鋭部隊という話だが、戦争のプロというわけではない。それに、鉄道を貴族連合に押さえられており、隊員も帝国各地に分断されている状態だ。実際、クレアが引き連れていた実働部隊も二十人に満たない数だった。

「私を含めて、いま動かせるのは五名が限界です。正直、相手が相手だけに心許ないとは思いますが……」

 苦しげに、そう話すクレア。実際、厳しいことは彼女も理解してのことだろう。
 本気で〈赤い星座〉とやり合うことを考えれば、五人では話にならない。オルランド一族の強さが際立っている分、他に余り注目が集まっていないが、団員たちも高ランクの猟兵に相応しい実力を備えている。個人の強さだけでなく集団戦闘における練度の高さでも、数ある猟兵団のなかでトップレベルの戦闘集団だ。幾ら鉄道憲兵隊が精鋭揃いだと言っても、戦争のプロが相手では分が悪い。
 ましてや、シャーリィだけでなく部隊長クラスがもう一人いれば、例え戦力のすべてをぶつけたとしても勝算は低いだろう。

「大尉以外の動ける隊員をすべて、ユミルの防衛に回せないか?」
「……ユミルですか?」
「一度、ユミルは貴族連合の襲撃を受けている。いま、あそこにアルフィンはいないが、それでも報復の対象となる可能性は残ったままだ。それに、こっちにはエリゼもいるからな。男爵家の皆や、ユミルを人質に取られる危険は避けたい」
「なるほど……確かに、その懸念はもっともだと思います」

 後ろのことが気になっていては満足に戦えない――そんなリィンの言い分はもっともだとクレアも頷く。
 戦力が少しでも欲しいのは事実だが、あの〈赤い星座〉が相手では数人増えたところで戦況が有利になるわけでもない。それに、目的はあくまでセドリックの救出だ。〈赤い星座〉に戦いで勝利することはない。それなら少しでも心配を減らしておきたいというのが、リィンの考えだった。
 ヴィータとの取り引きを思い出しながら、どこまで期待していいかは分からないが「戦力のあて≠ネらある」とリィンはクレアに答える。

「戦力のあてですか? それは〈紅き翼〉のことではありませんよね?」
「詳細は言えない。ただ、そこそこ期待してくれて大丈夫なはずだ」
「……わかりました。そういうことなら、ユミルの守りはお任せください」
「助かる。それじゃあ、そっちはいいとして……エリオットはなんでここにいる?」

 この件に関して、エリオットは部外者だ。それどころか、ただの学生に過ぎない。
 まだ軍人のクレアは分からないでもないが、エリオットにはこの場にいる理由がない。
 だから、リィンは尋ねた。

「ぼ、僕にも協力させ――」
「却下だ。帰れ」

 問答無用で、エリオットの話を却下するリィン。

「でも、僕にだって手伝えることがきっとあるはずです! 邪魔はしません。だから、お願いします!」

 そうして頭を下げるエリオットを、リィンは無言で睨み付けた。
 額から汗を流し、顔を伏せた状態で固まるエリオット。

 ――息が出来ない。

 リィンから発せられる威圧感(プレッシャー)に、エリオットは完全に呑まれていた。

「ぷは――」

 部屋全体を包み込んでいた重苦しい空気が消えたことで、エリオットは息を吐きだす。
 恐る恐る顔を上げ、化け物を見るような目で、リィンの顔を覗き込むエリオット。
 目の前の人物が、自分とほとんど歳の変わらない青年だとは、エリオットにはとても思えない。
 どんな環境で育ったら、こんなとてつもない殺気を放てるようになるのか?
 サラの話から、リィンが凄腕の猟兵だということは、エリオットにもわかっていた。いや、わかっていたつもりだった。
 それでも、エリオットは猟兵≠フ怖さ、戦場というものを本当の意味で理解していなかった。
 顔を恐怖に染め、心が押し潰されそうになるのをぐっと我慢して、エリオットはリィンの返事を待つ。

「相手は戦争のプロだ。戦場を知らない学生の出る幕なんてない。たかが学院の実習で少し経験を積んだくらいで、やれる気になってるんだとしたら勘違いも良いところだ」
「そんなつもりじゃ……」
「邪魔だと言っている。力も、覚悟も足りない奴が、しゃしゃり出てくるな」
「確かにキミに比べたら力不足かもしれない! でも、僕だって覚悟は――」
「お前のそれは覚悟なんかじゃない。ただの無知と無謀だ。分かったら、さっさと出て行け」

 これ以上、話すことはないとばかりに手を振り、エリオットを追い払うリィン。
 何も言い返せない悔しさから拳を強く握りしめ、涙を浮かべてエリオットは部屋を飛び出していった。
 これには、黙って様子を見守っていたエリゼとアルフィンも苦言を漏らす。

「兄様、少し言いすぎです……。あれではエリオットさんが可哀想です」
「わたくしも先程のは少しどうかと思います。もう少し言葉を選ばれるべきかと……」
「子供のお守り≠ヘ契約に含まれていない」

 まったく反省した様子を見せないリィンを見て、エリゼとアルフィンは溜め息を吐く。
 エリオットのことを嫌ってリィンがあんなことを口にしたとは、アルフィンとエリゼも思ってはいなかった。
 とはいえ、あんな誤解を招くような言い方をしなくても――と、リィンの不器用さに呆れる。
 そんななか、エリオットの後を追うように、部屋の隅で話を聞いていたフィーの姿が消えていた。


  ◆


 VII組の皆に、もう一度会いたい。そして出来れば、皆とまた学院に通いたい。
 そのためには、この内戦で自分に何か出来ることがないか? ずっとエリオットは考えていた。
 そんな時、偶然――クレアとトヴァルの通信を聞いてしまった。
 セドリックとは直接の面識はないが、オリヴァルトやアルフィンを通じて名前くらいは知っていた。
 人質として捕らえられ、何も出来ない無力さや恐怖感は、エリオットもよく知っている。
 オリヴァルトやアルフィンのためにも、自分に何か出来ないかと考えての行動だった。しかし――

「逃げるの?」

 リィンに拒絶され、トボトボと廊下を歩いていると、銀色の髪をした一人の少女がエリオットの前に立ち塞がった。
 フィー・クラウゼル。彼女のことはエリオットも知っていた。
 助けてくれた相手だから――というだけじゃない。学院祭でエリゼやアルフィンと一緒にいるところを目にしていたからだ。
 どうして彼女がこんなところにいるのか? 自分を追ってきたのか?
 そんな疑問を抱くエリオットに、フィーは唐突に昔話を始めた。

「私も昔、団長に似たようなことを言われたことがある。覚悟のない者が戦場に立つなって」

 それはフィーの過去。猟兵として戦場に立つ前の話だった。
 エリオットのように自分も皆と一緒に仕事がしたい。そう団長に直談判したことがフィーにはある。
 しかし、その時は団長に一蹴され、結局許しがでたのは十歳の誕生日を迎えた日のことだった。

「覚悟なら僕だって……」

 自分にも覚悟がある。少なくともエリオットはそう思っていた。
 しかし、フィーはそんなエリオットに首を横に振って答える。

「たぶんエリオットの思っている覚悟と、猟兵(わたし)たちの考える覚悟は違う」

 確かにフィーやリィンのように強くはないかもしれない。自分が経験の浅い学生だということも、エリオットは否定するつもりはない。それでも、強くあろうと努力してきた。仲間たちと力を合わせて、どうにかこれまでやって来られた。その努力まで否定されることは我慢できなかった。
 あんな風に脅されて、何も言い返せなくて、そんな自分が悔しくて――気付けば、逃げるように部屋を飛び出していた。
 なのに今更そんなことを言われても、エリオットは余計分からなくなる。
 フィーの言う覚悟と、自分の覚悟の何が違うのか? 困惑の表情を浮かべるエリオットに、フィーは助け船をだす。

「作戦に参加したいというなら止めない。怒られるかもしれないけど、リィンに口添えをしてあげてもいい」
「なんで……どうして、そこまでしてくれるの?」

 フィーはリィンの義妹だ。彼女がリィンに深い信頼を寄せていることはエリオットにも分かる。
 なのに、そのリィンの言葉に逆らってまで、どうして自分にここまでしてくれるのか?
 エリオットには、フィーの真意が分からなかった。
 そんなエリオットの疑問にフィーは答える。どこか懐かしくも寂しげな表情を浮かべて。

「戦場で生きてきた私とリィンには、そうするしか道≠ェなかった。でも、エリオットはたぶん違う。リィンがどうして突き放すような真似をしたのか、もう一度考えてみて」

 アルフィンやエリゼといるのは楽しい。同世代の少年少女たちと学院祭を回って、こんな風にリィンと一緒に学院に通ってみるのも悪くないと思ったこともあった。でも、何かが違うとフィーは感じていた。
 無意識のうちに団にいた、あの頃の自分と比べてしまう。そして思い出す。
 硝煙と血に塗れた戦場の空気を懐かしいと感じてしまう自分は、やはり猟兵なのだと――
 でも、エリオットは違う。彼は、まだこちら¢、の人間ではない。

「待って――」

 困惑した表情で、フィーを呼び止めようとするエリオット。
 しかし、フィーは振り返ることなく、

「さっきまでのは学院祭での御礼。後は自分で考えて」

 そう口にして、姿を消した。


  ◆


 結局、エリオットの一件もあって、会議は後日に持ち越された。
 それに、準備もなしにレグラムへ向かうわけにもいかない。特にクレアは指揮官だ。ユミルの件もそうだが引き継ぎもあるということで、一日空けることになった。
 アルフィンも、リィンたちの行動の正当性を証明するために、後々必要となるであろう関係書類の用意に忙しそうにしている。エリゼは、そんなアルフィンの手伝いを。フィーとアルティナは弾薬や食糧の手配にと、それぞれやるべきことを行っていた。酔い潰れて宿舎で休んでいる一名(サラ)を除いて――
 リィンはというと、情報収集がてらクレアの資料整理を手伝っていた。
 さすがに軍の機密書類を閲覧するような許可は降りなかったが、レグラム周辺の地形が描かれた資料を手にリィンはクレアに尋ねる。

「エリオットが盗み聞きしてたこと、気付いていたんだろ?」
「フフッ、さて……どうでしょうか?」

 何食わぬ顔でリィンの質問をはぐらかすクレア。
 素人に盗み聞きされるようなヘマを、鉄道憲兵隊に身を置く彼女がするはずもない。
 態とエリオットに聞こえるように話をしたと考える方が自然だった。

「そういうあなたこそ。態とあんな言い方をして……損な役回りですね」
「そうしなければ、大尉が悪役を演じていたんじゃないか?」

 そんなクレアの企みに気付いていたからこそ、リィンは態とエリオットにきつくあたった。別にクレアを気遣ったわけではない。ただ思惑が一致していただけの話だ。
 若さ故とでも言うべきか、あの様子では何を言ったところでエリオットは納得しなかっただろう。クレアが情報を漏らす漏らさない関係なく、あのまま放って置けば一人で飛び出していたかもしれない。それだけの目的が、エリオットにはあるように見えた。当然、VII組絡みだろうということにもリィンは気付いていた。
 しかし、現実はエリオットが考えているほど甘くはない。エリオット一人が無茶をしたところで仲間と合流することは勿論、士官学院を貴族連合の手から取り戻すことも叶わない。それどころか、今度こそ命を落とす可能性だってある。だから一芝居打ったのだ。エリオットに無茶をさせないために――

「かもしれませんね。ですが、少しだけ期待もしていたんです」
「……期待?」

 エリオットの何に期待したのか、と首を傾げるリィン。
 別にエリオットが悪いというわけではない。今時珍しいくらい性根が真っ直ぐで、仲間思いの良い青年だと思う。
 しかし、それとこれは話が違う。優しさだけで勝てるほど戦争は甘くない。戦場で生き残るのは狡くて賢い人間だ。
 残念ながらエリオットに、その素質はない。まだ自分の身を自分で守れるだけの強さがあれば別だが、相手はあの〈赤い星座〉だ。多少アーツが使える程度では話にならない。〈赤い星座〉の一件でエリオットが役に立てることなど、何一つなかった。そのことが分からないクレアとは思えない。それだけに、リィンにとってクレアの言葉は意外だった。

「オリヴァルト殿下の言葉を借りるわけではありませんが、若さに……でしょうか? 私もトールズ士官学院の卒業生ですから」
「若者よ、世の礎たれ……か」
「ご存じでしたか」
「あの学院のことは、俺もいろいろ≠ニ調べたからな」

 核心には触れずに、はぐらかすようにそう答えるリィン。

「てか、大尉も十分若いだろ……」
「十代のあなたに言われると複雑な気持ちになりますが、ここは素直に御礼を言っておきます」

 クレアはまだ二十四。リィンに至っては十八歳だ。確かに、こんな話をするには若すぎる。
 とはいえ、リィンには前世での記憶がある分、見た目通りの年齢とは言いづらい。
 クレア自身、余り年下と話をしているという感覚がなかった。だから、こういう話も出来るのだろう。

「私が、協力すると決めた本当の理由――何も訊かないのですね」
「決めるのは俺じゃないからな。でもまあ……出来れば、敵にならないことを祈ってるよ」

 資料を棚に戻しながらそう話すリィンを見て、クレアはどこか寂しげな表情を浮かべた。



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