キーアやツァイトの助けを借り、無事に転位して戻ってきたと思えば、目の前の光景にエマは呆然と呟く。

「リィンさん、あれって……」
「ああ、共和国の空挺部隊みたいだな」

 ヴァリマールの操縦席で、隣に寄り添うように座るエマの問いにリィンは淡々と答える。敢えて動揺を隠しているかのように見える態度は、ある意味で現実逃避と言ってもいいものだった。
 二体の騎神と正面から向かい合っているのは共和国の空挺部隊だ。地上に目を向けると、かなりの数の戦車や歩兵も確認できる。ふと何かに気付いた様子でリィンが視線を外すと、碧い輝きを放つ大樹の姿が目に入った。
 そして眉間にしわを寄せ、頭痛を堪えるようにリィンはこめかみに指を当てる。

「リィン。ここって帝国じゃないよね?」
「ああ、あっちに見えるのは〈碧の大樹〉だな。地形や位置的に考えて、タングラム門の近くと考えていいんじゃないか?」

 シャーリィの問いにも淡々と状況を確認するようにリィンは答える。そして――

「あの駄犬! 転位先を間違えやがったなッ!」

 僅かな逡巡の後に、溜めていたものを吐き出すようにリィンは叫んだ。
 本来であれば、今頃は帝国に帰還していたはずなのだ。なのにクロスベルにいると言うことは転位座標がズレたとしか思えない。
 しかも、よりによってこのタイミングで、こんな場所に転位するなど女神の悪戯にしても度が過ぎる。案内役の聖獣にリィンが文句を言うのも無理はなかった。

「ねえ、リィン。あれ()っちゃっていいの?」
「良い訳がないだろ。共和国軍の部隊だぞ。とはいえ……」

 あちらは逃がしてくれる気はないだろうな、とリィンは考える。
 それに騎神の操縦席で、もう既にやる気満々になっているシャーリィを見て、リィンは溜め息を漏らす。
 頼もしくもあり不安にもなる。そんな、いつものシャーリィだった。

「仕方ないか……適当に相手してやれ。全滅させる必要はない。撤退させれば十分だ」

 念のため、やり過ぎないようにとリィンが釘を刺すと、それを待っていたとばかりにシャーリィは一気に敵陣目掛けて飛び出した。
 すれ違い様、一瞬にして機体を真っ二つにされ、地上へと落下する共和国の飛空挺。更にシャーリィはテスタ・ロッサの左腕に一本の槍を出現させ、それを地上へと投擲する。
 大量の土砂と共に宙を舞う戦車。まさに地獄絵図と言っていい一方的な殺戮が繰り広げられていた。

「さすがは〈千の武器を持つ魔人〉ってところか」

 緋の騎神――テスタ・ロッサの能力については、リィンもエマから説明を受けていた。
 前に魔煌兵を斬り裂いた戦斧も、マナを物質化することでテスタ・ロッサが造り出した武器だ。そして現在、護身用にとヴァリマールが手にしている二本の剣も、マナを物質化することでテスタ・ロッサが造り出した武器だった。
 本当に便利な能力だとリィンは思う。まだ慣れていないこともあって複雑な機構の武器は造れないとのことだが、状況に応じて多彩な武器を使い分けることが出来るというのはテスタ・ロッサにしかない最大の強みだ。しかも霊力の続く限り、武器の消耗を気にしなくて良いということだ。まさに戦場を渡り歩く猟兵向きの機体と言って良い。若干その能力を羨ましく思うリィンだが、テスタ・ロッサの場合は機体性能よりも特殊能力に特化しているのだろうとエマは言っていた。
 本来であれば、前線にでて戦うような機体ではなく、その能力を用いて後方で味方をサポートする指揮官タイプの機体なのだろう。ああやって戦えているのは相手が弱すぎるということもあるが、一番は起動者の実力と考えてよかった。この僅かな期間で手足のように騎神を操って見せているシャーリィの適応力は、やはりズバ抜けて高いことをリィンは再確認した。
 未知の敵を前に、共和国軍は混乱の最中にあった。どれだけ数がいようと、普段通りの力を発揮することが出来ない相手など烏合の衆と変わらない。
 自分の出番はなさそうだなと思いつつ、リィンは伏兵を警戒しながら周囲を観察する。

「共和国軍が侵攻してきてるというのにクロスベルの動きが遅い。何を考えてる?」

 共和国の軍が侵攻してきているというのに、クロスベルの国防軍の姿が見えないことにリィンは違和感を覚える。

「とにかく、いまは目の前の敵を退けるのが先か――」

 気にはなるが、リィンは一先ず目の前の問題に意識を集中することにした。


  ◆


 騎神と共和国軍の戦いを、遠く離れた場所から遊撃士たちは見守るように観察していた。

「噂に違わぬ……いえ、噂以上に凄まじいわね」
「ミシェルさん、あれの正体を知っているんですか?」

 何かを知っている様子のミシェルを不思議に思い、皆を代表して一人の女性が尋ねる。エオリアという名前の異国風の美人だ。
 大陸随一の医療先進国であるレミフェリア公国の出身とあって遊撃士にしては珍しく医師免許を持っており、相棒のリンと共に若手のなかでも一番の有望株として期待を寄せられている遊撃士の一人だった。
 ただ彼女、大が付くほどの可愛いもの好きで相方だけでなくミシェルもよく困らせている問題児でもあった。その証拠にレンが彼女だけは警戒して傍に近寄ろうとしないくらいだ。
 話を戻すが、そんなエオリアの質問にミシェルはどう説明したものかと頭の中で情報を整理すると、おもむろに口を開いた。

「帝国の内戦に深く関わっていた機体よ。ラインフォルト社が開発した機甲兵の元にもなった遺産(アーティファクト)で、『騎神』と呼ばれているらしいわ」

 帝国で活動するトヴァルと綿密に連絡を取り合っていたこともあり、ミシェルはその辺りの事情にも精通していた。
 もっとも知っているのは、あくまで帝国の遺跡で発見された騎神と呼ばれる機体が機甲兵の開発の元になったことや、帝国の内乱にその騎神が関わっていたということくらいだった。

「ちょっと待って。じゃあ、やっぱりクロスベルの件は帝国が裏で糸を引いていたってこと?」

 ミシェルの話に首を傾げながら声を上げたのは、エオリアの相棒のリンだ。
 泰斗流の達人であり、素手での戦いならクロスベル支部に所属する遊撃士の中でも一、二を争う実力を持つと噂される遊撃士が彼女だった。
 さっぱりとしながらも男勝りな性格で、エオリアとは正反対と言っていい性格をしているのだが、それが逆に互いの短所を補うカタチで上手く噛み合っていた。

「そう決めつけるのは早いわ」

 そんなリンの考えを、ミシェルは決めつけるのは早いと否定する。トヴァルから帝国の内戦の顛末について話を聞いていたということもあるが、正直なところミシェルは帝国の現体制がクロスベルと通じているなどと思ってはいなかった。むしろ気になるのはツァオの言っていたことだ。
 共和国はクロスベルの一件を、ギリアス・オズボーンの策略であると考えているとツァオは言っていた。そして、そのことはミシェルも否定する気がない。帝国がクロスベルと通じていたとは思わないが、ギリアス・オズボーンが何かを企み、今回の一件に深く関わっているという点においては、ミシェルも共和国と同じことを考えていたからだ。
 以前からギリアスの子飼いとされるレクター・アランドールが度々クロスベルを訪れ、何かをしていた形跡をギルドは掴んでいた。最初は〈赤い星座〉とギリアスの繋ぎ役を担っていると考えていたが、いまになって思えば、それすらも本命を隠すための囮に過ぎなったのではないかとミシェルは考えていた。だとするなら、やはりクロスベルに残ることは危険だとミシェルは判断した。
 少なくともエステルたちだけでもリベールへ帰らせるべきだと考え、ミシェルはヨシュアとエステルの二人に声を掛ける。

「どちらにせよ、これで少しは時間を稼げるはずよ。エステル、ヨシュア。あなたたちはやっぱり一度、リベールへ帰りなさい」

 ミシェルに突然そんな話を振られて、エステルは困惑した表情を見せる。
 一方で、ヨシュアはミシェルがそう言うであろうことがわかっていたのだろう。特に驚いた様子を見せない。それよりも問題は――
 スカートの裾をギュッと掴み、俯くレンにヨシュアは視線を向ける。そんなヨシュアの視線に気付き、ミシェルは溜め息を漏らす。

(仕方ないわね……)

 ミシェルは慈愛に満ちた表情を浮かべ、その逞しい手で優しくレンの頭を撫でた。
 突然なにをされたのか分からず、呆然とした顔でミシェルを見上げるレン。そんなレンをミシェルは優しく諭す。

「正直あなたに対しては、どう接していいか私も複雑なのだけど……でもオルキスタワーの件では感謝しているし、その悔しいと思う気持ちも少しは分かるつもりよ。だから、いまは堪えて力を蓄えなさい」

 レンの境遇を考えれば同情の余地はあるが、それでも罪は罪だ。執行者としてレンの犯してきた罪が消えるわけではない。組織を預かる者としてエステルやヨシュアと違い、ミシェルは彼女を全面的に受け入れ、許せる立場になかった。
 しかし、それは組織の人間としてだ。作戦は失敗に終わったとはいえ、レンの協力がなければ多くの犠牲者がでていた可能性がある。
 レンが〈パテル=マテル〉と共に神機の一体を破壊してくれたからこそ、ここにいる全員が生きているのだとミシェル個人は感謝していた。
 だから、レンには出来ることなら立ち直って欲しい。どれだけ辛くても前を向いて欲しいとミシェルは願う。

「私の言葉を信じられないなら、それでもいい。でも、そこの二人のことなら信じられるでしょ?」

 ミシェルに言われ、ふとレンが顔を横に向けると、そこにはエステルとヨシュアの姿があった。

「レン……」
「大丈夫。ちゃんとわかってるから……」

 心配するエステルにレンは笑顔で応えようとするも、自然と涙がこぼれ落ちる。
 レンも本当はわかっていたのだ。〈パテル=マテル〉が伝えようとしたこと、残した言葉の意味を――
 新しく出来た家族。ずっと心のどこかで求めていたもの。
 最後に〈パテル=マテル〉がくれたのは、前へ踏み出す勇気だった。

(パテル=マテル、いままでありがとう)

 エステルの胸の中で嗚咽を漏らしながら、レンは家族(パテル=マテル)に別れを告げた。


  ◆


「何者かが因果に干渉し、転位先をズラしたようだな」

 次元の狭間から、ツァイトはクロスベルでの出来事を観察しながら話す。

「……キーアだね。無意識にクロスベルを守るための力を求めて、結果――あの場所へリィンたちが呼ばれた」

 そんなツァイトの話を、彼の背に乗りながら蒼い髪の少女キーアは補足する。
 キーアはキーアでも、それを為したのは彼女ではなく、リィンたちの世界のキーアだ。
 いや、正確には〈零の巫女〉を核として顕現した〈碧の大樹〉の力と言った方が正しいだろう。
 クロスベルを守りたいと願ったキーアの想いが、リィンたちをあの地へ転位させたのだ。

「ツァイト。……私はやっぱり消えるべきなのかな?」
「同じような悩みを嘗て〈幻の至宝〉と呼ばれた少女も抱いていた。だから自らの消滅を願ったのであろう」

 オリジナルの〈幻の至宝〉もキーアと同じように意思を持っていた。
 本来であれば、人を堕落させることなく正しく導くために授けられた心。だが人の性と業、世界の不条理に晒されることで、至宝に植え付けられた心は段々と摩耗していった。そして自らの存在意義と矛盾に苛まれ、守るべき人々を傷つけてしまうことを恐れた至宝は、最後に自らの消滅を願ってしまった。それが〈幻の至宝〉が消滅した理由だ。
 その歴史が再び繰り返されようとしていることに、ツァイトは複雑な想いを抱きながらキーアの疑問に答える。

「私は至宝の行く末を見守る存在だ。故に、どんな選択をしようとお前の意思を尊重する」
「……うん」
「だが、あの者のことで気に病んでいるのなら、それは不要な心配だろう」

 キーアが何を気に病んでいるのか、ツァイトにはわかっていた。
 自分の願いが呼んでしまった青年。生み出してしまった罪。
 リィンに対し、キーアが罪悪感を抱いていることを承知の上で、ツァイトは言う。

「あの者も言ってたはずだ。誰かの言いなりになるつもりはない、とな」

 リィンはキーアを責めなかった。世界の意思に従ってキーアを殺すつもりなどリィンにはなかった。
 それは彼女に原因があろうと、そのことと自分がどう生きるかは別の問題だと考えているからだ。
 リィンは何も至宝(キーア)に求めてなどいない。そのことはキーアにもわかっていた。

「ツァイト。ありがとね」

 ツァイトの背に身を預けながらキーアは感謝を口にする。
 嘗ての〈幻の至宝〉と違いがあるとすれば、キーアは一人ではないということだ。
 彼女は人の強さを、愛情の深さを知っている。万能の神を必要とするほど人間は弱い存在ではないことも――
 もう一人の自分にも出来ることなら、そのことに気付いて欲しいとキーアは願った。



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