(シャーリィと比べれば、強くはない。だが――)

 ランディはリィンを近付けさせないよう一定の距離を取って銃弾を放ち続ける。
 正直に言って単純な強さだけを見た場合、ランディの実力はシャーリィに遠く及ばない。
 しかし見るべき点は、そこではないとリィンは感じていた。

(上手いな。ブランクがあるはずなのに戦い慣れてる。いや、戦いの中で勘を取り戻そうとしているのか?)

 強さで勝る相手と正面から撃ち合うのは愚か者のすることだ。実際の戦争では力が拮抗していることの方が少ない。如何に損耗を少なく戦うか、相手に実力を発揮させないで勝利するか、それが猟兵に求められる一番の能力だった。そういう意味では、ランディの戦術は基本に忠実だ。
 ウォークライを見せたのも真っ向勝負をすると見せかけて、最初から事前に仕掛けていた罠の方へ誘き寄せ、リィンの足を封じるのが狙いだったのだろう。

「やるな。想像以上だ」

 だが、それならそれでやりようがあるとリィンはギアを一段引き上げる。全身から黒い闘気を放ち〈鬼の力〉を解放した。
 髪の色が白く染まり、姿の変貌したリィンに目を瞠るランディ。だが驚きは、そこで終わらなかった。

「嘘だろ――ッ!?」

 作戦は上手くいっている。なのに予想よりも効果を上げられない状況にランディは焦っていた。
 リィンが強いことは理解していたつもりだった。それでも、ここまで常識外れな強さだとは思ってもいなかったためだ。
 地雷が爆発するよりも素早く戦場を駆け抜け、自分に迫る銃弾だけを的確に見抜き、ブレードライフルの刃で弾き飛ばす。
 罠があるのなら罠ごと食い破ればいいと言った強引な方法だが、それが出来る実力があるのなら最も効率的な方法と言えた。
 だが、そんな非常識な真似を出来る人間が、自分の知る限りで〈赤の戦鬼〉以外にいるとはランディも思ってはいなかった。
 いや、シャーリィならもしかしたらと思うが、それにしたって足止めにすらならないというのは理不尽極まりないとランディは思う。

「カハッ――」

 遂にはリィンの接近を許してしまい、咄嗟にベルゼルガーを盾にして受け止めるも、全身を貫くような衝撃に襲われてランディは弾け飛ぶ。

「確かになかなかやると認めたが、それは並≠ニ比べればだ」

 地面に転がるランディを見て、リィンはそう言い放つ。猟兵としては正しい戦術だ。しかし、それが通用するのは常識で計れるレベルまでだ。
 常識を逸脱した一部の怪物たちには、その程度の小細工など通用しない。〈赤い死神〉と呼ばれていた頃のランディなら気付くことが出来たはずだ。
 この程度だろうと敵の実力を甘く見積もった結果がこれだ。足止めなどと生温いことを言わず、殺すつもりで罠を仕掛けるべきだった。
 それが過去と現在の違い。長く戦場から遠ざかっていた現在のランディの限界だった。

「特務支援課」
「――ッ! お前、どこでそれを!?」
「やっぱりな。団に戻ったのは、それが理由か」

 リィンにとってランディのその反応は予想できたものだった。
 リーシャやシャーリィから話を聞いて、ある程度はクロスベルで起きたことを知っているとは言っても、自分の知る未来の知識とどの程度の差違があるのかをリィンは確認しておきたかった。
 だから、ランディに尋ねる。どうしても確かめておきたいことが、もう一つあったのだ。

「一つだけ聞かせろ。〈赤い星座〉はクロスベルにまだ′ルわれているのか?」

 碧の大樹が健在ということは、ランディたちの作戦が失敗したことは予想が付く。
 しかしそれなら〈赤い星座〉はまだクロイス家に雇われたままなのかとリィンは気になっていた。
 彼等は猟兵だ。仕事が終われば、ここに留まる理由がない。

「それが答えか。まあ、そうだよな。クロイス家とまだ繋がっているなら、お前が団に戻るわけがない」

 故に沈黙するランディを見て、リィンは確信を得る。碧の大樹がもたらすものは、神の奇跡によって正しく管理された争いごとのない平和な世界だ。
 シャーリィ以上に闘争を好むシグムント・オルランドが、本気でそんなものを肯定するとはリィンにはとても思えなかった。
 だから、ずっと不思議だったのだ。シグムントがどうして、この仕事を引き受ける気になったのか?
 リィンの思いつく限り、その理由は一つしかない。いや、一人しかいないと言うべきだろうか?

「――どこまで知ってやがる!?」
「さてな。ただまあ、お前が負け犬だってことはよく分かる」

 哀れむような目でランディを見るリィン。恐らくはシグムントの真意にも気付いていないのだろうと思ってのことだった。

「古巣の力を借りて対抗しようってか? そんな他力本願でどうにかなるほど猟兵(オレたち)の世界は甘くない」

 ランディが猟兵に戻った理由。それは仲間のためだということは、リィンにもわかっていた。
 大方シグムントあたりに『団長になった暁には、どこに肩入れするも望むままだ』とでも唆されたのだろうが、そんな他人の力をあてにするような根性で生きていけるほど猟兵の世界は甘くない。そして、そのことをシグムントが理解していないはずがない。だからこそ、シグムントは自分の誘いに乗ったランディの目を覚まさせるために、こんな茶番を演じたのだとリィンは察した。

「どうして〈赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)〉が俺の元へお前を差し向けたのか理解したよ。目を覚まさせるためだ。甘い世界に浸って腑抜けてしまった、お前の目をな」

 苛立った様子でリィンはランディにそう話す。
 面倒事に巻き込まれた挙げ句、利用されたのだと考えると沸々と怒りが湧いてくる。
 シャーリィを始め、オルランド一族には振り回されてばかりだとリィンは思った。

「甘いだと? ふざけるな……俺たちは……」
「結果をだせなければ意味がない。そのことは猟兵だったお前が一番よく理解しているはずだ。そして、お前たちは負けた。結果をだせなかった。だから、こんなところで泥に塗れているんだろう?」

 だから自然と言葉も厳しくなる。ランディを冷たい眼で見下ろすリィン。
 地面に転がり泥に塗れた惨めな姿は、嘗て〈死神〉と恐れられた男と同一人物とは思えなかった。

「いまのお前は見るに堪えない。見逃してやるから俺の前から消えろ」

 そう言って〈鬼の力〉を解くと踵を返して立ち去るリィンを見て、ランディは地面に拳を打ち付ける。
 昔に比べて弱くなったことは、リィンに言われるまでもなくわかっていた。そう言う意味で〈赤い星座〉の力をあてにしなかったかと言えば嘘になる。
 だが――猟兵に戻ると決めたのは、それだけが理由ではなかった。痛みに耐えながら、ランディはゆっくりと起き上がる。

「……待てよ」

 立ち去ろうとするリィンを呼び止めるランディ。
 そんなランディの行為に若干呆れた様子で、リィンは頭を掻きながら振り返る。

「どういうつもりだ?」
「……まだ、俺は戦える」

 それが明らかに虚勢であることは見て取れた。
 全力ではなかったとはいえ、手加減をしたつもりはない。骨の数本は逝っているはずだ。そんな身体で立ち上がるということは自殺行為に他ならない。
 故に、リィンは尋ねる。

「シャーリィの身内だから殺さないと思ってるのか? なら甘い考えだ」

 漆黒の闘気が漏れ出し、自然と瞳が真紅に染まる。
 リィンの双眸から放たれた濃密な殺気がランディに襲いかかり、場を支配した。

(なんて殺気だ……こいつマジで叔父貴と同格か、それ以上の化け物だ)

 リィンの放つ強烈な殺気に気圧されるランディ。全身から嫌な汗が流れる。
 ランディとて猟兵の世界がどういうものか理解はしているつもりだ。本気でリィンが自分を殺さないとは思っていない。だが、それでは何のために古巣に戻る覚悟を決めたのか分からない。命が惜しいからと逃げるわけにはいかなかった。
 そんなランディを見て、リィンは不思議に思う。幾ら戦場から遠ざかっていたとしても、勝てない相手に挑むことの無謀さを計算できないほどランディがバカだとはどうしてもリィンには思えなかった。

「……そんなにお仲間が大事か?」
「それもある。だが、それ以上に俺は弱い自分が許せない」

 やはりそういうことかと、リィンは呆れながらも納得した表情を見せる。

「猟兵に戻った本当の理由はそれか」

 ランディが団に戻ったのは、自分を鍛え直すためなのだとリィンは納得する。
 仲間のためでもあるのあろうが、何よりも悔しかったのだろう。その気持ちはリィンにも理解できた。
 ただの男の意地だ。弱いから仕方がないと割り切ることの出来ない男の意地。戦場では早死にするタイプだが、その人一倍負けず嫌いなところは、やはり猟兵(オルランド)の血がランディにも流れている証拠なのだろうとリィンは思う。
 バカではなく大バカだったと言うことだ。しかし、こういうバカはリィンも嫌いではなかった。
 諦めが悪いという意味ではリィンも負けてはいない。その気持ちがなければ、ここまで強くはなれなかっただろう。

「気が変わった。望み通り、気が済むまで付き合ってやる」
「……は?」
「その代わり、俺が勝ったら何があったかを教えろ。出来るだけ詳しくな」
「ちょっと待て、一体どういう――」

 突然リィンの態度が変わったことで、意味が分からず困惑した表情で尋ねるランディ。
 しかし問答無用と言った様子で話を最後まで聞くことなく、リィンはランディ目掛けて剣を振り下ろした。


  ◆


 結果から言えば、ランディの敗北で終わった。
 それも当然だ。ランディが団を抜け戦場から離れていた間も、リィンは強くなるために足掻き続け、先の帝国の内戦でも第一線で活躍をした現役の猟兵だ。ブランクのあるランディが最初から敵う相手ではなかった。

「……負けちまったな。ほんと情けねえ」

 しかし、そうとわかっていても悔しくないかと言えば嘘になる。
 完膚なきまで敗れ、情けなく地面に横たわっている自分がランディは惨めだった。
 そんなランディに容赦のない言葉が向けられる。

「当然だ。猟兵王の名を継ぐ男だぞ。あれは――」

 振り返らずとも、その声の主が誰か分からないランディではなかった。
 シグムント・オルランド。〈赤い星座〉の副団長にしてランディの父親バルデル・オルランドの弟だ。ランディからすれば叔父にあたる人物だった。

「勝てないとわかってて、けしかけたのかよ……」
「闘神の名を継ぐなら避けては通れない相手だ。覚悟を試すには、これ以上ない相手だろう」

 リィンの実力を見抜いておきながら、以前よりも弱くなったランディを戦わせる。一見すると無謀とも言える行為だが、シグムントなりに考えがあってのことだった。
 最悪ランディは死んでいたかもしれないが、その場合は運がなかったというだけのことだ。しかし逆にリィンに殺す気がなかったということもあるが、それでも生き残ったのであれば、それはランディの実力だと言えた。
 どれだけ強い人間でも運に見放されれば、あっさりと死ぬ。それが戦場というものだ。
 だからランディの覚悟を試すと同時に、猟兵に戻ってやっていけるのか、それをシグムントは確かめたかったのだろう。

「アンタへアイツからの伝言だ。『今回の件は貸し一つ』だそうだ。案外、高い借りになったかもしれないぜ」
「……そうか」

 シャーリィの件でも、リィンには借りがあるとシグムントは思っていた。それだけにランディの件でも、また一つ借りが増えたことをシグムントは実感する。一切そういうことを口にはださないが、シグムントも子を持つ親と言うことなのだろう。だから、こんなにもランディのことを気に掛けていた。
 団の行く末を案じているというのもあるが、やはり〈闘神〉の血を引くランディには団を継いで欲しいという願いがシグムントにはあった。それをランディが望んでいないとしても、最後までバルデルがランディのことを気に掛けていたことをシグムントは知っているからだ。
 だが、そのことを口にだしたりはしない。それが兄と弟の交わした最後の約束だからだ。

「お前はまだまだ未熟だ。以前と比べれば遥かに弱い。だが、覚悟は見せてもらった」

 故にシグムントはランディの覚悟を否定しない。
 ランディが急に団に戻ると言いだした理由を知っていて、シグムントはそれを受け入れたからだ。

「……合格ってことか?」
「ギリギリと言ったところだがな。手加減されて、あの様では先が思いやられる」

 調子に乗るなと釘を刺すシグムント。覚悟は見せてもらったが、ランディには足りないものが幾つもある。ブランクを埋めるには相応の時間が掛かるだろう。
 とはいえ、その程度で満足されても困るというのがシグムントの本音だった。以前の力を取り戻すことは最低限の課題だ。本当に〈闘神〉の名を継ぐつもりなら、〈猟兵王〉の名を継ぐと噂されるリィンと互角になってもらわなければ、兄貴も浮かばれないとシグムントは思う。
 
「ランドルフ。本気で〈闘神〉の名を継ぐつもりなら、まずは〈戦鬼(オレ)〉を越えて見せろ。話はそれからだ」

 故にシグムントは厳しい口調でランディを突き放し、去って行った。ようするに、この状態で一人で帰って来いということなのだろうとランディは思う。
 挙げ句、強さだけなら〈闘神〉と互角とまで言われた〈赤の戦鬼〉を越えろというのはハードルが高かった。

「あの化け物どもを越えろってか。本当に無茶を言ってくれるぜ。だが……」

 そのくらいしなければ、目的は果たせそうにないとランディは苦笑する。

「一度負けたくらいで、へたっていられないよな。なあ、ロイド……」

 今頃はどうしているか分からない仲間のことを考え、ランディはそう呟く。それは自身へ向けた言葉でもあった。
 とっくに過去と決別したつもりでいて結局は逃げていただけなのだと、いまになって気付くとはランディも思ってはいなかった。
 逃げたところで犯した罪が消えるわけでもない。死んでしまった友人が帰ってくるわけでもない。
 大切なのは、どう過去と折り合いを付けて、自分と向き合っていくかなのだとランディは知った。
 それが、リィンとの差なのだろうとランディは思う。

「俺は強くなる。前よりも、ずっと強く……」

 右腕で瞼を隠し、悔しさを滲ませながらランディはそう呟いた。


  ◆


「リィンさん、大丈夫ですか?」
「問題ない。あの程度の相手ならな」

 心配するエマに怪我一つないことをアピールするリィン。とはいえ――
 まだ敵と呼べるほどではないが、将来は恐ろしい敵になるかもしれないとリィンは考える。
 一方シャーリィは不思議そうに首を傾げていた。

「リィン。前から少し気になってたんだけど、もしかして調子悪い?」

 そう思ったのはリィンが〈鬼の力〉を除いて、ほとんど異能を使わなかったことにあった。
 リィンの性格を考えると相手が同じ猟兵の場合、相手の実力に合わせて手加減をするとは思えない。だとするなら、本気をだせない理由があるとシャーリィは考えたのだ。そして、その勘は当たっていた。
 相変わらず戦いのことに関しては良い勘をしている奴だと頭を掻きながら、リィンは観念した様子でシャーリィの疑問に答える。

「前に話した〈塩の杭〉を消滅させた技の後遺症でな。異能の使用に制限が掛かってる。多少は回復したが〈オーバーロード〉はともかく〈王者の法(アルス・マグナ)〉の解放は出来ない。あとは〈鬼の力〉がどうにか使えるってところだな……」
「どうして、それを早く言ってくれないんですか!?」

 大声でリィンを叱りつけるエマ。そうだと知っていれば、リィン一人を戦わせたりはしなかったと言いたいのだろう。しかし思い当たることは幾つかあった。この世界に戻ってくる前にリィンの落とした武器を探しに別世界へ行ったのだが、そこでもリィンは異能の使用を控えていた。あの時は目立たないように慎重に行動しているのだろうと思っていたが、それは間違いだったことにエマは気付く。
 心配してくれるエマの気持ちは嬉しいとリィンも思うが、覚悟を決めて出張ってきたランディの気持ちを考えると、全員で袋叩きにすると言った非道な真似はさすがのリィンも出来なかった。

「でも、それってランディ兄に全員で襲いかかるってことだよね? エマって結構……鬼畜?」
「ち、違います! そういう意味ではッ!?」

 敢えてリィンが口にしなかったことを、シャーリィは遠慮なく口にする。
 そして、やっぱりこうなったかと溜め息を吐くリィンを見て、シャーリィは珍しくまともなことを口にした。

「んー。だとすると、しばらく戦闘は控えた方がいいかもね」
「そのつもりだ。ゆっくりと休めば回復するとは思うが、こんなこと初めてだからな」

 別世界まで足を運んで一ヶ月、どうにか異能を使える程度まで力は回復したが、〈王者の法〉は未だに〈オーバーロード〉を用いた限定解放しか出来ない。言ってみれば、Sクラフトを封じられているような状態だった。あと何日――いや、完全に回復するまで何ヶ月かかるか分からないというのが、リィンの正直な感想だ。強力な反面、ラグナロクやレーヴァティンの使用は控えるべきだろうとリィンは考えていた。

「まあ、その間はシャーリィがリィンを守ってあげる!」
「それはそれで物凄く不安なんだがな……」

 シャーリィに守られることに、リィンは何とも言えない不安を覚える。
 これがフィーやリーシャならまだ安心できるのだが、シャーリィの場合は何をするか分からないと言った不安の方が大きかった。
 その話は追々でいいだろうと問題を先送りして、リィンは踵を返す。

「それじゃあ、帰るか」
「……よろしいのですか?」

 ふと、そんなことをエマに尋ねられ、リィンは「あー」と口にしながら返事をした。

「聞きたいことは聞けたしな。ここにもう用はない」

 そう言って、ヴァリマールの元へ歩みを進めるリィン。一方的な約束だったとはいえ、リィンはランディから一通りの情報を引き出していた。
 結果、幾つか分かったことがある。予想通りオルキスタワーの攻略は失敗に終わっていた。その後は散り散りに逃げ、仲間の行方も分からないと悔しそうに口にしていたことからランディの話は真実と考えていいだろう。
 そして一番驚いたのが、ギリアス・オズボーンがクロスベルにいるということだ。しかもユーゲント三世やルーファス・アルバレアも一緒になって亡命政府を立ち上げ、あれほど秘密にしてきたハーメルの真実を公表したというのだからリィンは驚いた。だが、悪くない手だとも思う。世論を煽動し、悪いのは貴族派というイメージを植え付けることで自分たちへの非難をかわし、亡命政府を立ち上げるに至った経緯の裏付けや大義名分を得たことになる。こうも先手を打たれては帝国は勿論のこと、百日戦役で被害を受けたリベールも困っていることだろう。下手をすると、この一件で二年前にリベール、エレボニア、カルバートの間で締結された不戦条約が吹き飛ぶ恐れすらあった。
 そうなればクロスベルの問題どころではない。エレボニア、カルバートと言った大国の争いが再び激化する恐れがある。いや、それこそギリアスの狙いなのかもしれないとリィンは考えていた。

(……激動の時代か)

 そんな時代がくれば、それこそ猟兵は引っ張りだこだろう。仕事に困ることはない。とはいえ、一年中ずっと戦場にいたいかというと、リィンはそこまで仕事熱心でもなかった。
 そんな緊張感のないことを考えていると、ふとエマの視線の先が気になってリィンは立ち止まる。
 エマが見上げていたのは遥か遠くに見える〈碧の大樹〉だった。さっきから気にしていたのは、そのことかとリィンは納得する。

「あの大樹のことなら気にするな。クロスベルに害をなさない限りは無害だ。……いまのところはな」
「……え?」

 キーアから聞いた話の通りなら、あの大樹は因果を操作し、歴史を歪める力を所持しているはずだ。
 それを大丈夫と話すリィンに、エマはポカンと呆気に取られる。
 正気に戻ると慌ててどういうことか尋ねながら、エマはリィンの後を追い掛けた。



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