「……それで被害の方は?」
「幸いなことに空港の施設が一部破損したくらいで人的被害はありません。取り敢えず空港の職員には、ラッセル博士の名前をだして納得してもらいました」

 ユリアの報告を聞いて、ほっと安堵の息を漏らすクローディア。これで街に被害が出ていれば、こうも簡単に騒動を収めることは出来なかっただろうが、空港の施設が一部破壊される程度で事なきを得たことは、最悪の事態を想定していたクローディアからすれば不幸中の幸いと言えることだった。とはいえ、ラッセルの名前をだすだけで国民の理解を得られるというのは、次期女王として複雑な心境と言っていい。
 先の百日戦役ではカシウス・ブライトの功績がばかりが目立つが、実際に帝国の占領を免れることが出来たのは、アルバート・ラッセル博士が開発した飛行艇の存在によるところが大きい。カシウスが立案し、航空戦力の有用性を示すことになった反攻作戦だ。そのため、国にとって重要な役割を占める企業だからと、ZCF(かれら)のことを優遇し過ぎたのが、そもそもの原因かもしれないとクローディアは考え始めていた。

「悪かったな。うちのシャーリィが迷惑を掛けて……」
「いえ、こちらこそ、博士がご迷惑を……」

 落ち込むクローディアを見て、リィンはバツが悪そうな顔で頭を下げる。今回の件、リベールだけの責任ではないとリィンは考えていた。
 シャーリィのテスタ・ロッサがオーバルギアに攻撃を受けたことは確かだが、最初に何の連絡もなしに騎神を発進させたのは〈暁の旅団〉の落ち度だ。
 レンを乗せたら勝手に動きだしたとの話だったが、なにしろ騎神は謎の多い兵器だ。現在アリサがエマと調査を行っているが、原因についてはまだはっきりとしていなかった。
 なんにせよ、クローディアには悪いことをしたとリィンは反省していた。こうなることを危惧してシャーリィを一人にしないように気を付けていたと言うのに、何事もなく無事に帰ってきたことで油断をしていたのが失敗だった。今更ながら監視を付けておくべきだったと考えるが既に遅い。今回はシャーリィだけの落ち度とは言えないが、それでも少しは反省してもらわなくては割に合わなかった。

「私の開発したオーバルギアが……」

 そんななかでスクラップと化したオーバルギアの傍で呆然と膝をつくエリカの姿を見て、こちらの問題もあったかとリィンは溜め息を吐く。クローディアが止めるのも聞かず騎神の姿を発見するや否や、車に積んであったオーバルギアで飛び出して行ったらしい。地面に叩き付けられる前に脱出して怪我一つなかったようだが、自分の身体よりもオーバルギアが破壊されたことの方がショックが大きかったようで、先程からずっと機体の傍でブツブツと呟いていた。
 そんなエリカを見れば、自ずとアルフィンからの通信の内容も察することが出来るというものだ。実際クローディアが低姿勢なのは、エリカに原因があると言っていい。
 先に城に戻ったというアルフィンに心の中で恨み言を呟きながら、リィンは諦めに近い溜め息を漏らす。
 エリカが落ち着くのを待って、クローディアはエリカに声を掛けた。

「博士。ご紹介します。この方が――」
「知ってるわよ。リィン・クラウゼル。〈暁の旅団〉の団長でしょ? しかし、こうして実物を見ると随分と若いわよね。あなた、歳は幾つ?」
「五月で十九になるが……」
「ううん……勘が鈍ったかしら? 歳を誤魔化してない?」

 大人びて見られることはあるが、そんな風に疑われたのは初めてのことだ。前世からの年齢を足せば、確かに精神的な年齢はエリカを超えるだろうが、それをパッと見ただけで察するとは侮れない感覚の持ち主だとリィンは驚く。
 だが、敢えてそのことを教えてやる義理はない。証拠など出て来るはずもなく、リィンは平然とした顔で白を切る。
 まだ腑に落ちない様子だが、そもそもの目的はリィンの年齢を詮索することではない。思考を切り替えるとエリカは本題に入った。

「私のオーバルギアを壊した責任を取りなさい」
「具体的には?」
「あの騎神とかいう兵器の引き渡しを要求するわ」

 ある意味で予想通りと言った要求に、リィンはアルフィンが逃げた理由を察する。
 隣で顔を青くして肩を震わせるクローディアを見れば、自然と納得が行くと言うものだった。

「無茶を言うな。それに警告もなしに戦闘を仕掛けてきたのは、アンタの方だろ?」
「そ、それは……でも、こっちはオーバルギアを破壊されたのよ?」
「自業自得だ。むしろ、騎神に喧嘩を売って生きているだけ、運がよかったと感謝しろ」
「ぐっ……二体もあるんでしょ? ケチな男はモテないわよ?」

 的外れなエリカの要求を若干呆れた様子で、リィンは正面からバッサリと切り捨てる。
 今回の件、リィンは自分にも責任があると考えているが、エリカや王国側になんの責任もないとは思っていない。エリカの勝手を許した王国側にも責任はあるし、当然ながらクローディアの警告を無視して騎神に勝負を挑んだエリカの責任は重い。恐らくは騎神の性能を直に確かめたかったのだろうが、明らかに今回のはやり過ぎだ。その結果、オーバルギアを破壊されようと自業自得だとリィンは考えていた。ましてや、その件を持ち出して騎神を引き渡せなど厚顔無恥にも程がある。喧嘩を売っていると思われても仕方がない要求だった。
 とはいえ、この場でエリカをどうにかするつもりはリィンにはなかった。
 テスタ・ロッサの件で責任を感じているというのもあるが、エリカの処分は最初からクローディアに任せるつもりでいたからだ。
 とにかく間違った認識を正しておかないことには話が進まない。そう考え、リィンはエリカの誤りを指摘する。

「そもそも騎神は乗り手を選ぶ意志のある兵器だ。起動者以外に動かすことは出来ない以上、機体だけを手に入れたところで無駄だ」
「意志を持った兵器? 例のゴルディアス級みたいなものかしら……」
「〈パテル=マテル〉のことか? それなら最近、感応力を制御システムに利用した兵器をエプスタイン財団と共同開発してなかったか?」
「レマン自治州で開発されたエイドロンギアのことね。それ、財団の機密情報のはずなんだけど……まあ、いいわ。お察しの通り、エイドロンギアはエイオンシステムを用いた支援兵装よ。ああ、エイオンシステムって言うのは――」

 間違いを指摘したはずが、何故か話が脱線していく二人。
 ZCFが主導で行っているオーバルギア計画については、実のところリィンも気にはなっていたのだ。

「……お二人は何を話されているのでしょうか? ユリアさん、わかります?」
「いえ……さすがに専門的なことは……」

 リィンとエリカがなんの話をしているのか、クローディアとユリアは半分も理解できないでいた。
 無理もない。ZCFやエプスタイン財団が秘匿している最先端技術に関する情報だ。ある程度の事前情報と専門知識がなければ、話を聞いたところで理解できる類の話ではなかった。

(強いだけでなく専門的な知識にも通じているなんて……)

 それだけに妙な勘違いから、リィンの評価を更に上げるクローディア。リィンとて導力地雷などの罠を自作したり、簡単な機械の修理や整備をするくらいの知識はあるとはいえ、前世の記憶がなければエリカの話の半分も理解できなかっただろう。
 実際には、エリカの説明で曖昧だった知識の部分を補っていると言った部分の方が大きかった。

「なかなか勉強しているみたいね。ここまで私の話に付いてこられるなんて驚いたわ。猟兵なんてやめて、私の助手とかやってみない?」
「生憎といまの生活が気に入っているからな。猟兵を辞めるつもりはない」
「残念ね。有望な助手と騎神がセットで手に入る名案だと思ったのに……」

 油断も隙もないと、この期に及んで諦めきれない様子のエリカにリィンは呆れながらも、腑に落ちないものを感じる。
 科学者であれば、騎神を研究してみたいと考えるのは自然なことかもしれないが、どうにもエリカを見ているとそれだけが理由ではないような気がしてならなかった。

「どうして、そこまで騎神に拘る?」
「うっ……それは……」
「もしかしてオーバルギアの開発に行き詰まってるのか?」

 そのため、気になって口にした質問だったのだが、どうやら的外れな質問ではなかったようで、エリカは反応に困った様子を見せる。しかし少し考えてみれば、分からない話ではなかった。
 騎神という完成品があっても、機甲兵の完成には数年の歳月が掛かっている。そのことを考えれば、オーバルギアは開発がスタートして二年と経っていない。まだ発展途上の技術と言っていいだろう。

「騎神を参考にしたところで機甲兵もどきが出来るだけだと思うが……」
「機甲兵ってあれでしょ? ラインフォルトの開発した有人兵器の……あんな前時代的なセンスの欠片もない機械と、私の開発したオーバルギアを一緒にしてもらっては困るわ」
「聞き捨てならないわね」

 オーバルギアと機甲兵を一緒にするなとエリカは抗議する。一早く人型有人兵器の開発に成功したラインフォルトをライバル視しての発言だったのだが、タイミングが悪かった。
 後ろから掛けられた声の主を察して、リィンは面倒なことになったと天を仰ぐ。

「オーバルギアなんて大層な名前が付いてるけど、土木工事くらいにしか役に立たない代物でしょ? あんなの兵器とは呼べないわよ」

 リィンが振り返れば、予想通りそこにはアリサがいた。
 身も蓋もないアリサの物言いに、エリカはピクピクと額に青筋を立てて肩を震わせる。

「……あなた名前は?」
「アリサ・ラインフォルト。グエン・ラインフォルトの孫娘よ。そしてカレイジャスの技術顧問をしてるわ」
「そういうこと……ラインフォルトの人間なのね……」

 導力技術に携わるものであれば、グエン・ラインフォルトの名前を知らない者はいない。
 特に機甲兵の件で、ラインフォルトをライバル視しているエリカからすれば、その孫娘は敵側の人間と言っても過言ではなかった。
 睨み合う二人を見て、リィンは気が抜けた様子でポリポリと頭を掻く。

「……帰っていいか?」
「困ります!?」
「困ると言われても、あの博士(ひと)はリベールの人間だろ?」
「それを言ったら、彼女はリィンさんの船の乗組員ですよね!?」

 雲行きが怪しくなってきたことで立ち去ろうとするリィンを、クローディアは逃がすまいと必死に繋ぎ止める。
 ここでリィンにいなくなられたら、自分一人ではアリサとエリカを抑えられないと思ってのことだ。
 もはやクローディアの精神は限界にまで追い詰められていた。
 そして、苦労を背負い込む人物がもう一人――

(准将……私はもうダメかもしれません)

 何とも言えないカオスな状況にユリアはこれからのことを考え、胃がキリキリと痛むのを感じていた。


  ◆


「……さ、三十億ミラああああああっ!?」

 王都から届いた緊急の電報に目を通したZCFの総責任者マードック工房長は顔を青ざめ、建物全体に響くほどの大声で叫んだ。
 無理もない。王政府がZCFに対して三十億ミラもの制裁金を科してきたからだ。そこには当然、空港の修繕費なども含まれていた。
 事件から僅か半日。これほど早く関係者の処分が採決されたのは、ユリアとクローディアが率先して動いたことも理由にあるが、それだけ政府も事態を重く受け止めているということでもあった。

「困った。まさか、こんなことになるとは……」

 エリカが王都で騒ぎを起こしたことは、マードックのもとにも報告がきていた。しかし、よもや政府がこのような対応に出て来るとは思っていなかったマードックは頭を抱える。ZCFが研究と開発を行っているものは、リベールにとっても重要なものだ。この損失を埋めようと思えば、そうした幾つかの研究に穴が出来ることは間違いない。それだけに多少のことには目を瞑り、見逃されてきた部分が大きかったのも事実だった。
 だから今回のことも、いつものことと甘く見ていたのだ。その結果がこれだ。こんなことなら身体を張ってでもエリカが飛び出して行くのを止めるべきだったと、マードックは後悔するが既に遅い。

「工房長さん。大声をだして、どうかされたんですか?」
「ティ、ティータくん!? い、いやこれは……な、なんでもないんだよ? う、うん」
「でも顔色が悪いですよ? また、お爺ちゃんやお母さんが何かしたんじゃ……」

 叫び声を聞きつけてやってきた少女に、マードックは心配を掛けまいと首を左右に振る。
 少女の名はティータ・ラッセル。あのアルバート・ラッセルの孫娘にしてエリカの実の娘だ。
 母親譲りの癖のある金髪を帽子で纏め上げ、恐らくは作業着をアレンジしたと思われる赤を基調とした動きやすい衣装に身を包んでいた。薄汚れた作業用手袋と頭のゴーグルを見るに、隣の開発室で何か作業を手伝っていたのだろう。今年で十四歳の誕生日を迎える彼女の容姿は、若い頃のエリカに瓜二つと言っていいほどよく似ていた。祖父や母親に似て機械弄りが好きなところも、血は争えないと言ったところだ。そんな母親と異なる点があるとすれば、幼い頃から家族の奇行に苦労させられている所為か、見た目よりもずっとしっかりとしている点だ。
 それだけにエリカが原因で政府から制裁金を科せられたことを知れば、ティータが余計な責任を感じることは間違いない。だから何としても、このことをティータに知られるわけにはいかないとマードックは内心焦っていた。
 とにかく証拠となるものを片付けなくては――と、机の上に散乱した資料に手を掛ける。
 が、焦っていた所為か王都から届けられた電報の紙が手からこぼれ落ち、ハラリとティータの足下に舞い落ちた。

「だ、ダメだ! ティータくん、それは!?」

 マードックの制止も虚しく、紙を拾い上げて中身を確認するティータ。
 そんなティータを見て、「ああ……」とマードックは床に両手両膝をついて項垂れる。

「工房長さん」
「は、はい!?」
「お母さんは、いま王都にいるんですよね?」
「そ、そうです」
「少し家を留守にします。お父さんとお爺ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 呆然とした表情でティータの後ろ姿を見送りながら、マードックは心に誓う。
 絶対にティータを怒らせてはならない、と――



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