「すみません。勝手な真似をして……」
「いえ、謝らないでください。あなたの判断は適切だったと思いますよ」

 頭を下げるヨシュアに、少し困り顔で声を掛けるギルド職員。彼の名はエルナン。ここグランセル支部で受付を担当している男性だ。
 一見すると人当たりの良い優男と言った印象を受ける彼だが、有事の際にはギルドと政府の交渉をまとめる顔役としての役割も担っており、レマン自治州にある本部にも一目置かれているやり手の職員として名が通っていた。
 ヨシュアからリィンとの会談のことや、昨日起きた空港での騒ぎについて報告を受けたエルナンは仕方なしと言った様子で頷く。
 出来ることなら事前に連絡が欲しかったというのは確かだが、状況を考えればヨシュアの判断が間違っているとは言えなかった。
 むしろ、ギルドとしても〈暁の旅団〉の扱いには困っていたのだ。有益な情報を持ち帰ってくれたと評価こそすれ、彼を責めるような真似が出来るはずもなかった。
 ただ、エステルとレンの姿がないことにエルナンは不安を抱き、ヨシュアにそのことを尋ねる。

「それで、お二人は?」
「原因の調査にレンの協力が必要とのことで、彼女だけを残しておけないとエステルも船に残りました」
「……大丈夫なんですか?」

 仮にも猟兵団の船だ。エルナンが心配するのも無理はない。
 しかし、ヨシュアはそんなエルナンの不安を、首を横に振ることで否定する。

「よく統制の取れた団ですし、団長のリィン・クラウゼルは用心深く頭の切れる男です。そのことを考えれば、いまのところ彼等に二人を害する理由はありません。敵に回さない限りは大丈夫だと思います」

 少なくとも敵に回さない限りは安全だと、ヨシュアはリィンのことを判断していた。
 もっとも、いまのところはという条件が付くが、そこまで恐れていては話をすることも出来ない。エステルが対話を望んだということもあるが、ヨシュアとしても出来ることなら〈暁の旅団〉と事を構えたいとは思っていなかった。
 そしてそれはエルナンも同じ意見だった。だが――

「ヨシュアくんが、そこまで言う相手となると……少々、厄介かもしれませんね」
「それは、どういう意味ですか?」
「さっき私にしてくれた話。自分でも、どこかおかしいと思いませんでしたか?」
「……ギルドへの相互不干渉の提案ですか?」

 相互不干渉。その話自体は歓迎すべきだとエルナンも考えている。
 地域の安全と平和。民間人の保護という観点から考えても、あれほどの戦力を有した猟兵団と争うのはギルドとしても得策ではない。出来ることならクロスベルとの戦争をやめさせたいが、それが叶わないのであれば、せめて民間人の安全を少しでも確保しておきたいというのがギルドの願いだった。
 恐らく上に問い合せても、同じ判断をするだろうとエルナンは思う。しかし、気になることが一つあった。

「どうして彼は、そんな提案をしてきたのでしょう?」
「それはギルドの介入を警戒して……」
「確かにそれもあるでしょうが、さっき自分で言ったじゃないですか。敵に回さない限りは大丈夫だと――。それは逆に言えば、敵には容赦がないという意味でもあります。ヨシュアくんから見て、彼等は目的のために民間人が犠牲になることを躊躇うような相手に見えましたか?」

 民間人を人質に取られれば、ギルドの行動は大きく制限される。このような提案をせずともギルドの動きを封じる方法は他に幾らでもあったと言うことだ。しかしリィンは敢えてその方法を取らなかった。
 リィンが話の分かる人間であることは理解できるが、それでも猟兵であることに変わりはないはずだ。
 ヨシュアの話を聞いても、目的のために他人の命を奪うことを躊躇うような人間には思えない。そのことがエルナンには引っ掛かっていた。

「……見えません。恐らく他に方法がなければ、躊躇いなく実行に移すと思います」
「だとするなら、相互不干渉をギルドへ提案したのは何故でしょう? ギルドの動きを警戒していることは確かでしょうが、彼等は我々の力を恐れていると思いますか?」
「いえ、それはないと思います。彼等が本気になったら僕たちでは止められない……」
「私も同意見です。あの騎神という兵器がでてくれば、我々にはどうすることも出来ない。ましてや、あれほどの戦力を有した猟兵団と事を構えるなら、こちらも総力戦になる。そんな許可は恐らく上もださないでしょう」

 暁の旅団と本気で争うつもりなら、リベールやクロスベルの遊撃士だけでは足りない。それこそ本部に応援を頼む必要があるとエルナンは感じていた。
 そして、そんなことになれば例え戦いに勝利したとしても、ギルドの活動に大きな支障をきたすことになるのは確実だ。
 多くの遊撃士が命を落とすことにもなるだろう。そんな決定を本部が下せるはずもないとエルナンは考える。

「なら考えられること一つ。可能な限り民間人に犠牲をだしたくない事情が、彼等にもあると言うことです。ひょっとしたら噂の皇女殿下の意向なのかもしれませんが、我々には見えていない目的がそこには隠されているのかもしれません」

 ギルドを脅威に感じていないのであれば、他に理由があると考えるのが自然だ。
 そのことから考えられることは一つ。民間人に犠牲をだしたくない理由が、リィンにもあるのだとエルナンは推察した。そしてそれはヨシュアも感じていたことだった。
 難しい表情で何かに気付いた素振りを見せるヨシュアに、エルナンは尋ねる。

「ヨシュアくんには、何か思い当たることがあるようですね」
「帝国は今回の一件を利用して、クロスベルを併合しようとしている節があります。実際に彼はそれを否定しませんでした。だとするなら……」
「例えクロスベルの併合に成功したとしても、民間人に多くの犠牲がでてしまえば内部の反発を招きかねない。そうなれば、街の統治にも影響がでる。だから可能な限り、民間人に犠牲者をだしたくないと?」
「帝国は大きな内戦を経験したばかりです。そのため、争いの火種となるものを抱えたくはないと考えているはずです。だからと言ってクロスベルの問題を静観すれば、遅かれ早かれ共和国が出て来る。だから放置も出来ない」

 クロスベルを取り込むことはメリットばかりではない。いまはよくとも先を見越した場合、帝国にとってクロスベルは大きな火種となる可能性を含んでいた。
 だからと言って国防上の問題からも、共和国にクロスベルが取り込まれるのを黙って見ていることなど出来るはずもない。
 長くクロスベルが緩衝地帯として中立を維持することが出来ていたのは、そうした事情が背景にあってのことだ。下手に併合して反発を招くよりは、そこから得られる利益を優先したと言うことである。だがクロスベルが独立を宣言し、宗主国である両国に反旗を翻したことで、微妙に保たれていたバランスが大きく崩れてしまった。

「確かに筋は通っています。ですが……」
「はい。それはあくまで帝国の事情です。依頼だから従っているという可能性もありますが、それだけが理由ではないように思います」

 話の筋は通っているように思えるが、それだけが理由とはヨシュアには思えなかった。


  ◆


 アルフィンに後処理を丸投げされたこともあって、あれからリィンは船に残って事件の詳細をまとめたレポートを作成していた。後で尋ねられた時にクレアやオリヴァルトに説明をするためと言うのもあるが、王国側に優位な証言だけを残さないためだ。
 猟兵というと学のないイメージがあるが、クライアントへの報告も重要な仕事のため、こうした書類仕事も欠かせない。シャーリィのように部下に丸投げしているケースもあるが、リィンは昔からこうしたことは自分でやらないと気が済まない損な性格をしていた。こういうところは『企業戦士』と揶揄されることもある日本人だった頃の記憶や習慣が未だに残っているということでもあるのだろう。
 そんなこんなでリィンが艦長室で仕事に没頭していると、コンコンとノックする音が聞こえ、扉の向こうからアリサが姿を見せた。
 手に抱えているのは、昨日頼んでおいた調査報告書だろうとリィンは見当を付ける。それを受け取って、報告書に目を通しながらリィンはアリサに尋ねた。

「暴走の原因が分かった?」
「ええ」

 まさか、こんなにも早く原因が分かると思っていなかったリィンは素直に驚く。
 以前にも言ったが、騎神は謎の多い兵器だ。何千年も前に造られたものと言うことで、現代では再現の難しい技術が数多く使われている。
 機甲兵も騎神が開発の元になってはいるが、その性能を十分に再現できているとは言えなかった。
 そんな解析の難しい未知の兵器だけに、暴走の原因が分からなかったとしても仕方がないと半ば諦めていたのだ。
 それが僅か一日で原因の特定に至るなど、どんな魔法を使ったのかとリィンが不思議に思うのも無理はなかった。

「ヴァリマールに協力してもらったのよ。あとエマにも確認を取ったんだけど、〈緋の騎神〉の潜在意識がレンちゃんの想いに同調したのが原因みたいね」

 だがアリサの説明で、その手があったかと納得の表情を浮かべるリィン。
 長く封印されていた影響で記憶に曖昧な部分があるとはいえ、ヴァリマールは会話による意思の疎通が可能だ。
 騎神のことは騎神に聞くのが一番早い。そこに加えて魔女の協力も得られるのであれば、これほど早く原因を特定できたのも分からない話ではなかった。
 しかし理由に納得は行ったが、アリサの説明には疑問が残る。

「どういうことだ? レンは起動者ではないはずだ? それとも起動者でもないのに騎神を動かすことが出来たとでも言うつもりか?」

 適性を持つ者は稀にいるが、騎神は試練を終え、契約を結んだ起動者でなければ動かせない。少なくともリィンはそう認識していた。
 実際、テスタ・ロッサはシャーリィにしか動かせないし、ヴァリマールはリィンにしか動かすことは出来ない。もしレンが起動者でもないのに騎神を動かせるとなったら、それはこれまでの常識を覆す話となりかねなかった。
 しかし、アリサはそんなリィンの誤解を否定する。

「適性があるのは確かみたい。でも、リィンやシャーリィみたいに騎神を自在に動かすことは出来ないはずよ。ただ、エマも凌ぐ強力な感応力を身に付けているらしくて、テスタ・ロッサの自我に直接働きかけたみたいね。まあ、本人も無自覚だったみたいだけど……」

 操作したのではなく、レンの想いが騎神を動かした。その話にリィンはそういうことかと理解の色を示す。
 先にも言ったように騎神には意志がある。そのため起動者が操縦せずとも、騎神の意志で勝手に動くことが出来る。基本的に起動者以外の命令は受け付けないため、そこまで気になる問題でもないのだが、それが今回はレンの強い感応力にテスタ・ロッサの自我が刺激されたと言うことなのだろうとリィンは解釈した。
 そんなアリサの話を聞いて、リィンは難しい顔を浮かべる。テスタ・ロッサだけが特別なのか、それとも感応力の影響を他の騎神も受けるのか、そこまでは分からないが操縦者の意志を無視して勝手に動く兵器というのは厄介極まりない。それが起動者の頑張りでどうにかなる話ならいいが、なんらかの対策は必要だと考えた。
 今後のためにも見過ごせる話ではない。そう考えたリィンは、アリサにより詳しい説明を求める。

「……結局、レンは騎神に何を願ったんだ?」
「パパとママを返して――本人から直接聞いたわけじゃないけど、エマが騎神によって増幅されたレンちゃんの思念を受け取っていたみたい」
「それで、エマは?」
「レンちゃんに付き添っているわ」

 エマが一緒じゃないのは、それが理由かとリィンは理解した。
 そういうことなら無理は言えない。エマからは後で詳しく話を聞くかと、一先ずリィンは納得する。

「それで……私とエマからお願いがあるんだけど……」
「レンを罰するのはやめて欲しいってか?」

 アリサがそう言いだすであろうことは、話の流れから察しが付いていた。
 本来であれば、当事者であるレンにもなんらかの罰を与えるべきなのだろうが、彼女は〈暁の旅団〉のメンバーではない。
 子供だからと甘い裁定をするつもりはないが、今回に限って言えば、自分たちの落ち度もあるとリィンは思っていた。

「今回の件は、こちらの落ち度でもあるしな。ただ、お前とシャーリィには、この件が終わったらペナルティを受けてもらうぞ」
「うっ……わかってるわよ」

 多少の不満はあるが、レンのことを思えばと素直にリィンの決定を受け入れるアリサ。
 彼女の立場を考えれば、シャーリィの行動を黙認した時点で、まったく責任がないとは言えなかった。
 もっとも監督責任と言う意味では、自分にも責任があるとリィンは思っていた。
 故に、元々アリサ一人に厳しく当たるつもりはなかったのだ。

(しかし、パパとママか……)

 実の両親のことではないだろうとリィンは思う。レンがそう呼ぶのは〈パテル=マテル〉しかいない。
 しかし〈パテル=マテル〉は結社の神機と相打ちになって破壊されたはずだ。そのことはヨシュアにも確認を取っていた。
 そうなると気になるのは、レンがどうして『パパとママを返して』と心の中で叫んだかと言うことだった。
 あの時は不幸な偶然が重なっただけだと思っていたが、最初からテスタ・ロッサがオーバルギアに反応していたのだとすれば――

(確認を取る必要があるな……)

 まずはエステルに確認を取るのが先かと、リィンは席を立った。



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