――グランセル城・空中庭園。
 侍女の案内でリィンたちが議場に足を運ぶと、既に会議は後半へと差し掛かろうとしていた。
 現在、主に話し合われているのは貿易や経済に関することだ。会議への出席を許されてはいるが、リィンたちは国家の代表と言う訳ではなく、あくまでゲストでしかない。国と国の問題に口をだすつもりはないため、リィンは大人しく自分たちの出番が来るのを待ちながら会議の出席者へと目を向けた。
 向かって右側の席に目を向けると、カルバード共和国のロックスミス大統領と補佐官のキリカ・ロウランの姿が――
 その隣にはレミフェリア公国の国家元首、アルバート・フォン・バルトロメウス。そして最奥の席には、アリシア二世の姿が見える。
 そのすぐ隣にはクローディアの姿が確認でき、どうやら会議の進行を彼女が取り仕切っているようだった。
 会議の様子を見守るように、各国の使者の他にユリア准佐たち親衛隊の姿が壁際に確認できる。
 カシウスの姿が見えないことは少し気に掛かるが、恐らくは外で警備の指揮を執っているのだろうとリィンは推察した。

(たいした顔ぶれだな。それに……)

 左側の席に目を向けると、オリヴァルトと話に聞いていたカール・レーグニッツの姿があった。その隣にクロスベル独立国の初代大統領ディーター・クロイスが、少し険しい表情で座っている。ここまでは想定通りの顔ぶれと言っていい。問題はディーターの後ろに控える人物だった。

(マリアベルは分かる。しかしコイツ等まで一緒とはな)

 白いスーツに身を包んだマリアベルの左右には、まるで護衛のように二人の男が立っていた。
 かかし男の異名を持つギリアスの腹心、レクター・アランドール。
 そして黄金の髪をなびかせる貴公子然とした風采の男――ルーファス・アルバレア。
 さすがにユーゲント三世やギリアス・オズボーンは一緒ではないようだが、百日戦役の真実を公表して以来ずっとなりを潜めていた彼等が表舞台に姿を見せるのは、実に半年振りのことだ。それだけに彼等の狙いにも、ある程度の察しが付く。

(リィンさん、あの二人は……)
(こちらの手に対抗するためのカードと言ったところだろうな)

 耳打ちをして尋ねてくるエリィに、リィンは周囲に聞かれないように小声で答える。
 そして背後に不穏な気配を察し、リィンは溜め息を漏らしながらリーシャを嗜めた。

(リーシャも落ち着け。少し殺気が漏れてるぞ)
(あ……すみません)

 リーシャが警戒するのも無理はないと思うが、ここで一戦をやらかすつもりはリィンにはなかった。
 元より話し合いで解決するとは思っていないが、ここで先に手をだせば自分たちの立場を悪くするだけだ。開催国のリベールの面目も潰すことになる。通商会議への参加を了承し、帝国だけでなく共和国やギルド。それに教会にも根回しを進めてきたのは、クロスベルとの戦争に横槍を入れさせないためというのもあるが、余計な敵を作らないためでもあった。
 追い詰められたクロスベルが、他の国と手を結ぶ可能性はゼロとは言えない。敵の敵は味方と言ったように交渉を持ち掛けられれば、クロスベルに手を貸す国や勢力も少なからずいるだろう。〈暁の旅団〉は精鋭揃いだが、〈赤い星座〉や〈北の猟兵〉と言った他の猟兵団に比べると数が少ない。消耗戦に持ち込まれた場合、自分たちが不利になることをリィンは理解していた。
 幾ら帝国の後ろ盾があるとは言っても、それはあくまでアルフィンやセドリック個人との繋がりに過ぎない。
 帝国政府や軍の中には〈暁の旅団〉を危険視する声も少なくないことを考えれば、完全な味方とは言えなかった。
 さて、どうしたものかとリィンが思案する中で、クローディアの声が議場に響く。

「では次の議題に入る前に、本日のゲストをご紹介したいと思います」

 周囲の視線が集まる中、リィンはエリィとリーシャを伴い、議場の中央へと足を進めた。


  ◆


「遂に始まりましたね」
「ああ……」

 ティオの言葉に険しい表情で頷くロイド。大勢の人々が注目する中、通商会議の様子は各国の通信社を通じて周辺諸国に中継されており、ロイドとティオも潜伏しているアジトの端末で会議の様子を見守っていた。
 これほどにこの会議が世間に注目される背景には、やはりクロスベルの独立と〈暁の旅団〉の存在が大きく関係していると言っていい。クロスベルからすれば独立が認められるかどうかだけでなく、会議の結果次第では戦端が開かれる可能性も含んでいるのだから他人事とは言えなかった。
 市民のなかにはリィンの宣戦布告を虚仮威しと捉え、本気にしていない人々もいるが、ロイドとティオは先日のヘンリー・マクダエルの一件で、彼等が口だけの相手でないことを理解している。場合によっては街が戦場となることも考え、警戒を強めていた。
 そんななかで開かれた会議だ。そこにリィンも招かれていると聞けば、見ないでスルーすると言う選択はなかった。

「エリィ……」

 リィンと共に議場に姿を見せたエリィとリーシャの姿を見て、ロイドは複雑な表情を見せる。
 リーシャから受け取ったエリィの手紙を見た時から、こうなることはわかっていたことだ。
 それでも、まだ心の何処かで嘘であって欲しいと願う自分がいたのも確かだった。
 しかし、こうして現実のものとして見せられれば、信じないわけにはいかなかった。

 エリィ・マクダエルは〈暁の旅団〉と手を結んだのだと――

 手紙には記されていなかったが、その理由についてもロイドは察しが付いていた。
 エリィが他の誰よりも、クロスベルの行く末を案じていたことを知っているからだ。
 ロイドが捜査官の資格を取ったのは、兄が殺された原因を究明するためだ。
 罪を暴き、真実を明らかにすること――それがロイドの行動理念と言ってもよかった。

 しかし、そこには未来に対するビジョンがない。真実を追究し、罪を暴くのはいい。法に則って、犯罪に関わった者たちを逮捕するのも構わないだろう。しかし、その先に訪れるであろう問題に対処する力をロイドは持ち合わせていなかった。
 当然だ。彼は警察官であって政治家ではない。幾ら洞察力に優れていても、なんの権限も持たない一人の警察官に出来ることには限りがある。或いはレジスタンスのリーダーとして組織を率いる覚悟がロイドにあれば、また違った選択もあったかもしれないが、それを彼は望まなかった。いや、出来なかったと言っていいだろう。
 人の上に立つ者は時に、真実に目を瞑らなければいけないことがある。正義感だけでは、どうにもならないのが政治の世界だ。大を救うために小を切り捨てる。真実を明らかにすることで多くの人々にとって不利益となるのであれば、例えそれが法に触れる行為であろうと受け入れ、黙認できなければ為政者は務まらない。
 国を背負う。人々を導くとは、そういうことだ。ロイドには、その覚悟が足りなかった。
 そのことにエリィも気付いていたのだろう。いや、目を背けていた。覚悟が足りていなかったのは彼女も同じだ。
 リィンと出会うことで自分と向き合い、ようやく気持ちに区切りを付けることが出来た。ただ、それだけのことだった。

 そのことを考えれば、政治家として生きる道を選んだエリィがロイドの元を離れ、リィンと手を結ぶことは必然だったと言える。
 警察官として、人として、アリオスやイアンの罪を正そうとしたロイドの行動は間違いではない。大義名分があれば、何をやっても許されると言うことではない。教団を裏で操り、クロイス家のやったことは到底許されることではないだろう。しかしキーアを救い、本気でクロスベルを守りたかったのなら、彼はその先について考え、覚悟と責任を負うべきだった。
 そうしなかった。いや、出来なかったのはロイドのエゴだ。そのことはロイド自身も理解していた。

「ロイドさん、どうしますか?」

 ティオが少し迷いを孕んだ声で、ロイドにそう尋ねるのには理由があった。
 エリィが〈暁の旅団〉と手を結んだと言うことは、彼等の計画とエリィの目的は利害が一致していると言うことだ。その邪魔をすると言うことは、リーシャだけでなくエリィとも敵対することを意味する。
 ティオとしては、嘗ての仲間とそんな風に争いたくはないのだろう。エリィがリーシャに手紙を託した理由も、そう考えれば納得が行く。本当は彼女たちもロイドたちとの争いを望んでいないと言うことだ。
 ロイドもティオの言いたいこと、エリィの手紙の意味は理解していた。本音で言えば、ロイドもリーシャやエリィと争いたくはないのだ。しかし〈暁の旅団〉は目的のために手段を選ぶような相手でないことは明らかだった。
 クロスベル支部の受付をしていたミシェルから、ギルドと〈暁の旅団〉の間に相互不干渉の契約が結ばれたという話を聞いてはいるが、だからと言って街に被害が及ばないと考えるのは早計だ。戦争になれば、住民への配慮などあってないようなものだろう。そんな相手を信用するのはロイドとしても抵抗があった。

「随分と迷っているようだね。まあ、それも仕方がないか」

 そんな時だ。ふと、かけられた声に驚き、ロイドとティオは一斉に扉の方へ振り向く。
 すると、そこには青を基調とした騎士服に身を包んだ中性的な美貌の青年が立っていた。

「ワジ!?」

 懐かしい顔に驚き、ロイドは名前を叫ぶ。
 ワジ・ヘミスフィア。嘗て特務支援課に所属していた外部協力者の一人だ。
 元は旧市街に拠点を構えるテスタメンツと呼ばれる不良グループのリーダーで、その正体は星杯騎士団に所属する騎士だった。そのなかでもケビンと同じく魂に聖痕を刻まれた守護騎士(ドミニオン)と呼ばれる特別な騎士の一人で、オルキスタワー攻略戦の後に消息を絶ったまま連絡が取れないでいた。
 そんな彼が何の前触れもなく姿を見せたことに、ロイドは困惑と驚きを隠せない。

「久し振りだね。半年……いや、八ヶ月ぶりくらいかな?」
「どうやってここを……いや、それより今までどうしてたんだ?」
「少し野暮用で法国に戻っていてね。詳しくは話せないけど、彼等の所為で本当に大変だったよ」
「……彼等?」
「さっきキミたちも相談してたじゃないか。〈暁の旅団〉のことだよ」

 思いもしなかった名前をワジの口から聞き、ロイドは息を呑む。
 だが同時に僅かな期待を込めて、ロイドはワジに尋ねた。

「彼等は教会とも揉めているのか?」
「まあね。というか、揉めていたと言うのが正しいかな?」
「……揉めていた?」
「騎神のことを知っているなら事情は察してもらえると思うけど、リベールでちょっとした事件があってね。事件に関与していた関係者の首が飛ぶまでは想定内だったんだけど、グラハム卿が帰国するなり今度は総長が単身リベールへ乗り込もうとしてね。騎士団総出でどうにか総長の暴走を止めることには成功したんだけど、さすがに上も懲りたみたいで……教会は今後〈暁の旅団〉に手をださないという方針が示された」

 教会が〈暁の旅団〉と敵対関係にあるなら、密かに協力を結べるのではないかと考えていたロイドは肩を落とす。
 そんなロイドを見て、彼の勘違いを察した様子でワジを苦笑を漏らす。しかし、そう考えるほどに追い詰められていると考えれば、ロイドの早とちりも分からない話ではなかった。実際〈暁の旅団〉には教会も苦汁を舐めさせられている。間接的にワジも被害を受けているだけにロイドの気持ちが分からなくもない。

「期待をさせてしまったようで申し訳ないけど、そう言う訳で今回の一件に教会(ボクら)は協力できない」
「いや、いいんだ。ワジの立場も理解しているつもりだ。でも、それならどうしてここに?」

 ワジが会いに来てくれたのは嬉しい。彼のことも気に掛けていたからだ。
 しかし、その一方で何の意味もなくワジが自分たちに会いにきてくれたとは、ロイドも思ってはいなかった。

「本当なら、こんなカタチでキミたちと再会をしたくはなかったんだけど、これも仕事でね」
「仕事? ワジ……キミは一体なにを……」
「僕はキミたちの護衛兼、案内役だ。〈暁の旅団〉団長リィン・クラウゼルから騎士団に依頼された内容に従って僕はここにいる」
「――ッ!?」

 目を瞠り、ロイドとティオは咄嗟に武器を構える。
 考えたくはなかったが、教会が〈暁の旅団〉への態度を決めたのなら分からない話ではない。
 ギルドと同じように教会が彼等と何らかの取り引きを結んだのなら、ワジの行動にも合点が行った。
 しかし警戒する二人を見て、ワジは慌てて争う意思がないことを伝えるため両手を挙げる。

「警戒しないで欲しい。無理矢理、捕まえて連れて行こうって話じゃないから。でも、話くらいは聞いてもらえないかな? キミたちにとっても悪い話じゃないはずだ」
「……信用できません。胡散臭すぎます」
「酷いな。これでも僕はまだ、キミたちのことを仲間だと思っているつもりだよ?」
「なら、黙って協力してくれても良いと思いますが?」
「友情と仕事は別。きちんと公私は分けるのが僕の流儀でね」
「だから信用できないんです」

 ガンナーモードへと変形させた魔導杖を構えながら、はっきりと信用できないとティオに告げられ、ワジは困った顔を見せる。
 仕事の内容は話した通りだが、こんなに警戒されるとは思ってもいなかったのだ。
 ちょっとした悪ふざけのつもりだっただけに、内心ではかなり焦っていた。

「依頼を受けるに至った経緯を説明すれば、さっき話した事件のお詫びでもあるんだ。もう敵対しないと言ったところで言葉だけじゃ信じてもらうのは難しいからね。だから彼等の要求を呑み、キミたちと面識のある僕が派遣されたわけなんだけど……」
「自業自得だと思いますけど? 騎神の件と言うことはアーティファクト絡みですよね?」
「財団に所属しているキミなら、こちらの事情も少しは理解してもらえると思うけど?」
「ええ、理解していますよ。ですが、それとこれは話が別です」

 エプスタイン財団と七耀教会の関係は長い。というのも、導力魔法は教会の秘術が元になっているとも言われており、導力器の開発には教会も深く関与していた。その関係は導力器の発明から半世紀が過ぎた現在も続いており、教会の回収したアーティファクトを解析することで、財団は様々な技術を世に送りだしている。
 実際、教会からの依頼でメルカバを開発したのもエプスタイン財団だ。〈ARCUS〉を始めとした最新の導力器や、ティオの使用している魔導杖にも、そうした技術が用いられていた。故に教会の行いだけを非難することは出来ない。教会がアーティファクトの回収を使命としているのは、理解できない力を理解できないままに振った結果、確実に訪れるであろう不幸から人々を守るためだ。
 技術の発展と普及によって世界平和へ寄与しようというエプスタイン財団の理念と、教会の思惑が一致した結果とも言える。エプスタイン財団がギルドへ優先的に最新の導力器を提供しているのも、そうした活動の一環と言っていい。その恩恵を各国も受けている。だからこそアーティファクトの件に限って言えば、教会の内政干渉とも取れる行為に目を瞑ってきた背景があった。
 そのことをティオは否定するつもりはなかった。騎神に教会が目を付けるのは、話の流れから言って理解できなくはない。しかし交渉が決裂すれば、騎士団を使って強硬手段に打ってでる。それはいつもの教会のやり方と言えるが、そうした教会の傲慢さが招いたツケを相談されたところで「はいそうですか」と納得できるはずもなかった。

「ティオ、いいんだ。武器を下げて欲しい」
「……ロイドさん?」
「ワジに敵意がないのは見れば分かる。それに彼が俺たちに不利なことをするとは思えない」

 ティオも本気でワジが攻撃をしてくるとは思っていなかった。
 しかしだからと言って、彼の言葉を全面的に信用できるかと言えば別の話だ。
 この場合、ティオの反応は正しい。それだけにワジもロイドの言葉には疑問を抱いた。

「……良いのかい? 自分で言うのもなんだけど、ティオくんの反応は普通だ。信じられないのは無理もないと思うよ?」
「教会や〈暁の旅団〉を信用したわけじゃない。でも、いまでも仲間だと思っているとキミは言ってくれただろ? それは俺たちも同じだ。七耀教会の守護騎士ではなく、特務支援課の仲間であるワジ・ヘミスフィアを俺は信じたいと思う」

 その言葉に、ワジはキョトンと目を丸くする。
 誤魔化しや嘘を言っていないのは、ロイドの真剣な表情を見れば分かる。
 しかし、まさか先の発言を引き合いにだされ、そんな返しをされるとは思ってもいなかった。

「相変わらずキミはなんというか……」
「ロイドさんですから……」

 これにはティオも呆れた様子で溜め息を漏らす。
 それと同時にガンナーモードを解除するティオを見て、ワジは少し驚いた様子で尋ねた。

「いいのかい? 彼はこう言っているけど、納得していないんだろ?」
「ロイドさんが信用すると言ったんです。なら、私も信じます。ですが、その信頼を裏切るような真似をすれば、今度こそ容赦をするつもりはありません」
「……肝に銘じておくよ」

 ティオに釘を刺され、ワジは今度こそ降参と言った様子で両手を挙げるのだった。



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