「暴徒と化していた人たちが、徐々に正気を取り戻しているそうよ。この様子ならじきに騒ぎも収まるわね」

 ケストレルの操縦席で空を見上げながら、スカーレットはそう話す。
 クロスベルの街に降り注ぐ光の粒。これが人々をグノーシスの精神支配から解放した原因だろうとスカーレットは当たりを付けていた。
 更に言えば、大体の予想は付く。教会でも不可能な奇跡。こんな真似が可能なのは、彼女の知る限りでは一人しかいなかったからだ。

「ええ……ってことは、もう終わり?」
「……もう十分過ぎるほど暴れたでしょ? まだ足りないの?」

 不満そうな声を上げるシャーリィに、スカーレットは呆れた声で話す。周囲を見渡せば、十を超える機甲兵が破壊され、その残骸を晒していた。他にも国防軍の装甲車や飛空艇の姿が確認できる。スカーレットは手伝っただけで、ほとんどこれをやったのはシャーリィだ。これだけ暴れておきながら、まだ暴れ足りない様子で話すのだからスカーレットが呆れるのも無理はなかった。
 戦闘が終了したのであれば、ここに残っていても仕方がない。
 まずは船に戻って状況を確認すべきだろうと考え、スカーレットがシャーリィに声を掛けようとした、その時だった。

「なに今の!?」
「クッ! 喜んでる場合じゃないでしょ! これって……」

 空が光ったかと思えば、建物の屋根や看板を吹き飛ばすほどの衝撃が二人に襲い掛かる。
 突然のことに状況が呑み込めず、何事かと周囲を確認するスカーレット。
 その視線の先、直径にして五十アージュと言った範囲の地面が、まるで最初から何もなかったかのように消滅していた。
 思わず息を呑む。どんな力を使えば、こんなことが可能なのか?
 ふとスカーレットの頭を過ぎったのは、結社の神機によって消滅させられたガレリア要塞の姿だった。
 騎神の操縦席で、じっと空を見上げながらシャーリィはスカーレットに尋ねる。

「さっきのってアイツの仕業だよね?」
「白い騎神……いえ、あれが報告にあった〈結社〉の神機とかいう奴ね」

 やはり、あれが原因かとスカーレットは白い神機を睨み付ける。
 このまま、あの神機を見逃すというのはありえない。さっきの一撃からも明らかなように放って置けば、クロスベルの街は消えてなくなるだろう。
 そこまで街のことを考えたのかどうかは分からないが、シャーリィの決断は早かった。
 獰猛な笑みを浮かべるとシャーリィは騎神に命じ、空に向かって飛び上げる。

「アイツの相手はシャーリィに任せて! いくよ〈緋の騎神(テスタ・ロッサ)〉」
「え!? ちょっと――」

 止める間もなく、あっと言う間に飛び去った〈緋の騎神〉を呆然とした表情でスカーレットは見送る。

「はあ……やっぱりこうなるのよね」

 そして溜め息を漏らす。
 強敵の出現を前に、シャーリィが大人しくしていられるはずがない。こうなる予感はしていたのだ。
 とはいえ、戦闘に熱くなったシャーリィが周囲に配慮するとは思えない。
 このままでは被害を食い止めるどころか、更に被害を広げかねないと考えたスカーレットは通信機のスイッチを押した。

「ヴァルカン聞こえる?」
『あん? スカーレットじゃねーか。どうした?』
「無事のようね。シャーリィが暴走したわ」

 スカーレットのその一言で、何があったかをヴァルカンは察する。

『ああ……となると、ここもやべえな。取り敢えず、こっちもオルキスタワー周辺の制圧は完了した。タワーに監禁されていたターゲットも確保したが、やはり(やっこ)さんの姿はなかったぜ』

 ターゲットと言うのが誰のことを指しているか、スカーレットはすぐに理解する。
 ヴァルカンがリィンに命じられていた仕事の一つが、ユーゲント三世の身柄を確保することだった。
 そして、もう一人。ヴァルカンが捜していた人物。それは――

「となると、団長の読み通りみたいね」

 ギリアス・オズボーン。鉄血宰相の名で知られるエレボニア帝国の元宰相だ。
 やはりオルキスタワーにはいなかったかと、スカーレットは嘆息する。
 リィンはあらかじめ、こうなることを予見していたのだ。
 そしてヴァルカンたちもまた、そう簡単に大人しく捕まるような相手でないことは承知していた。

『この手で片を付けたかったところだが、まあ仕方ねえな』
「……あなたはそれでいいの?」
『機会を与えてもらっただけでも十分だ。最後の詰めは団長に任せるさ』

 本音で言えば、志半ばで死んでいった嘗ての仲間たちのためにも、自分たちの手で決着を付けたかったという思いはあるが、こうして機会を与えてもらえただけでも十分だとヴァルカンは感謝していた。
 それにギリアスとの決着を託す資格がリィンにはある。理由としては、それで十分だった。

『シャーリィの件は了解した。予定通り部隊は撤収させる。それとスカーレット』
「……なに?」
『余り一人で抱え込むんじゃねえぞ?』

 その言葉を最後に通信が切れ、一人残されたスカーレットは苦笑する。

「敵わないわね。団長といい、ヴァルカンといい、ほんと身内には甘いんだから。でも……」

 無理をしていたことに気付かれていたのだろうとスカーレットは思った。
 団の生活が嫌なわけじゃない。しかしリィンやヴァルカンのように割り切れるかと言うと、スカーレットは猟兵という生き方に馴染んでいなかった。
 星杯騎士団に所属し、従騎士にまでなった経歴を持つとは言っても、彼女は農場の生まれだ。戦いとは縁の無い環境で生まれ育ち、教会に才能を見出されるまでは普通のどこにでもいる少女と変わりのない生活を営んでいた。従騎士となった後も本格的な任務に就く前に教会を去ったため、戦場を経験することはなかった。
 その後に入った帝国解放戦線でも、血生臭い仕事はギデオンとヴァルカンの二人が担っていたこともあって、彼女が血で手を染めると言ったことは余りなかった。
 いま思えば、あの頃からヴァルカンには守られていたのだとスカーレットは思う。

「甘えてばかりもいられないわよね」

 確かに団に入ったばかりの頃は、猟兵として生きることに戸惑いはあった。
 でも、この世界で生きていく覚悟を決めたのは他の誰でもない。彼女自身だ。
 ならば甘えてばかりもいられない。
 空を見上げるスカーレット。その視線の先では、神機と騎神が激しい戦いを繰り広げていた。


  ◆


 緋の騎神の背後の空間が揺らぎ、そこから放たれた無数の武器が神機に迫る。
 しかし放たれた武器が神機の目前で動きを止め、大気に溶けて消失する。
 神機を囲うように展開された球状の結界。
 あれが騎神の攻撃を防いでいるのだと、シャーリィは判断した。

「それならッ!」

 騎神の右手にマナを集中させ、戦斧を作り出すシャーリィ。
 その斧を両手で構えると、神機の放つ光の帯を最小限の動きで回避しながら、一気に間合いを詰める。そして――

「はああああああああッ!」

 結界の上から叩き潰すつもりで、その巨大な斧を神機の頭上へと振り下ろした。
 しかし、シャーリィの振り下ろした戦斧は先程と同じように結界に阻まれ、神機には届かない。
 その場からピクリとも動かず、まったく堪えた様子のない神機を前にシャーリィは苛立ちを見せる。

「――ッ!?」

 その直後、頭上から降り注いだ光が神機を呑み込んだ。
 突然のことに驚き、空を見上げるシャーリィ。すると、そこには一体の巨人の姿があった。
 神機とも騎神とも異なる外観。尾を持ち、背に羽根を生やした悪魔のような出で立ちをした漆黒の巨人。
 その漆黒の仮面の奧に潜む黄金の瞳が禍々しい威圧感を放ち、シャーリィたちを見下ろしていた。
 そんな悪魔から、幼い少女の声がする。

「この時を待っていたわ。〈パテル=マテル〉から生まれた〈もう一人の私(アルター・エゴ)〉――あなたの力をレンに見せて頂戴!」

 黄金の瞳に光を宿し、少女の声に呼応するように力を全身に漲らせる巨人。
 パテル=マテルの残骸より生み出された〈もう一人の私(アルター・エゴ)〉を冠する機動兵器。
 通称はアル。それが悪魔の正体であり、殲滅天使の異名を持つ少女――レンの新たな相棒の名前だった。
 この瞬間をレンは待っていた。
 クロスベルで待ち構えていれば〈暁の旅団〉の姿に誘われて、博士が神機を戦場に投入することは予測が出来ていたからだ。

パテル=マテル(パパとママ)が、あなたより劣るなんてレンたち≠ヘ認めない」

 アルの操縦席でレンは吼える。博士は神機がゴルディアス計画の最終型だと言った。
 しかし〈パテル=マテル〉が意思の通わない人形に劣っているなどと、レンは認めることが出来ない。
 彼女の目的は、ただ一つだ。ヨルグから研究成果を奪い、レンから家族を奪った博士に負けを認めさせ、後悔を抱かせること。
 そのためにも博士が造った神機よりも、ヨルグが完成させたアルの方が優れていることを証明する。
 これは、そのための戦いだった。しかし、

「ああ、もうッ! シャーリィの獲物を勝手に取らないでよ!」
「違うわ。こいつはレン≠ニアル≠フ標的よ。邪魔しないで!」

 突然、戦いに割って入ったレンに文句を言うシャーリィ。
 レンに譲れない理由があるように、獲物を横取りされるのはシャーリィも我慢がならなかった。
 しかし、そんな言い争う二人の耳に聞き覚えのある声が届く。

「戦闘中よ。二人とも喧嘩なら後になさい。でないと――」

 二人が声に気付き、地上を見下ろすと、紅いケストレルの姿があった。
 すぐにその声がスカーレットのものだとシャーリィは気付く。
 レンもカレイジャスで世話になっていた頃、何度か話をしたことがあったので彼女のことを覚えていた。

「団長に言い付けるわよ」

 ウッ……と言葉に詰まるレンとシャーリィ。口にはださないがレンはリィンに負い目と借りがあり、シャーリィも好き勝手やっているように見えてもリィンのことを団長として敬っていた。
 それに彼女も猟兵だ。戦場での勝手な振る舞いが、仲間を危険に晒すリスクを理解できないわけではない。普段は余り団員のやることに口をださないが、団の規律や猟兵としての流儀に反する行為には、リィンが殊更厳しいことをシャーリィは知っていた。実際アリサとエマの二人には、クロスベルの一件が片付いたら以前申し渡していたペナルティを受けてもらうと通知がされている。この件が明るみになれば、シャーリィも他人事のように笑ってはいられなくなるだろう。
 ましてや好意を寄せる相手に嫌われるようなことはしたくないと言うのは、年頃の少女であれば当然だ。
 そんな二人の気持ちをついたスカーレットの言葉は効果覿面だった。

「……特別に一緒に戦うことを許してあげるわ」
「それは、こっちの台詞なんだけど……まあ、ようするに早い者勝ちってことだよね!」
「あっ、狡い! アル――あんなのに負けちゃダメよ!」

 仲が良いのか悪いのか?
 一応は理解したようだが、まだ言い争う二人を見て、スカーレットは深い溜め息を漏らす。
 しかしよく観察してみれば、意外と連携は取れていた。そういう意味では相性は悪くないのだろう。

「はあ……二人ともお子様なんだから……。エマ、話は聞いていたわね」
『はい。聞きたいことは、その神機についてですね』
「ええ、攻撃が通じない理由に心当たりは?」

 ブリッジに連絡を取り、スカーレットはエマに神機への対策を相談する。
 健闘はしている様子だが、二人の攻撃が神機に通じていないことは誰の目にも明らかだった。

『恐らくは〈空〉の属性の力で空間を歪め、攻撃を防いでいるのだと思います』
「空間を? そんなことが可能なの?」
『はい。もっとも、そんな結界を常時展開し続けるには、膨大なエネルギーが必要ですが』

 魔術でも同じようなことは出来るが、それを常に展開し続けるのはエマでも不可能だった。
 強力な結界になるほど、使用する力は大きくなる。ましてや空間を歪ませるほどの結界を常時維持するほどの霊力というのは、想像が付かないほどだ。
 それだけの力をどこから確保しているのかと言った謎が浮かび上がる。
 ふと二人の話をブリッジで聞いていたエリィの頭に過ぎったのは〈零の至宝〉のことだった。

『ガレリア要塞を消滅させた時のように、至宝から力が供給されているということかしら?』
『恐らくそれはないかと。〈零の巫女〉が眠りに付いていることは確かです。だとするなら、そちらから至宝の力が流れているとは考え難い。それに力の発生源は大樹ではなく、あの神機から感じ取れます』

 しかし、そんなエリィの想像をエマは否定する。キーアが〈碧の大樹〉の深層で眠りに付いていることは確かだ。エリィの話だけでなく、リィンやノルンにも確認を取った話だから、そのことをエマは疑っていなかった。
 それにエマは魔力の流れをある程度読むことが出来る。大樹から力が流れ込んでいるのであれば、そのことに気付くはずだ。
 ましてやエマの見立てでは、神機のエネルギーは機体の腹部に集中していた。そこに何かがあると予想する。

『リィンさんなら結界を打ち破ることも可能だと思いますが……』
「団長の帰りを待つ時間はなさそうね」

 リィンの力なら、結界を消滅させることも出来るだろうとエマは話す。
 しかし、その時間は残されていないと、スカーレットは街を見渡しながら返事をする。
 このまま戦いが激しさを増せば、クロスベルの街は大きな被害を受けることになる。
 そうなったら戦いには勝利できても、戦後の計画に大きな支障をきたすことになるだろう。

『まずはこれ以上、街への被害を広げないことが最優先ね』

 そんなエリィの考えに、エマとスカーレットは同意する。その時だった。
 ブリッジに差し込む眩い光に気付き、エマは空を見上げる。そして目を瞠った。

『気を付けてください。また何かが転位してきます。これは通常の転位魔術じゃない? まさか精霊の道=H』

 空間の揺らぎを再び観測して、エマは注意を促しながらも困惑の声を漏らす。
 精霊の道は、七耀脈の流れを利用するという点で通常の転位とは異なる。
 それを自在に扱えるのは騎神の他に、精霊や幻獣と言った高位の存在だけだ。
 一体なにが――と空を見上げる人々の目に、巨大な生物の影が映った。

「りゅ、竜ッ!?」

 スカーレットの驚きの声が、それを目にした全員の心境を表していた。
 光と共に現れたのは深緑の鱗を持ち、巨大な翼を広げる一匹の竜だった。
 その背に複数の人影のようなものが確認できる。じっと目を凝らすスカーレット。そして――

「カシウス・ブライト」

 その名を呟く。
 竜の背に立つリベールの英雄。そして、その傍らには彼の息子と娘の姿があった。



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