番外『暁の東亰編』



 リィンにとっては、まさにアウェーと言った空気の中、作戦会議は進行していた。
 シーカーへの対策としてリィン、シャーリィ、エマの三人は予定通り〈災厄の匣(パンドラ)〉への突入部隊へ組み込まれることが決まり、そのなかにはコウたち杜宮学園の関係者で構成された〈適格者〉も含まれていた。
 もっとも、ゴロウやシオは怪我を負い入院中のため、作戦会議にも出席していない。参加するのはコウ、ソラ、リオン。それにアスカとミツキの五人。ユウキはというと、

「もう二度と、あんな風に足を引っ張るのなんて御免だからね。僕は僕にしか出来ないことをするよ」

 そう言って作戦本部のメンバーに加わっていた。
 今回の作戦を立案するのにあたり、国防軍やアングレカムの収集した情報の分析を行ったのがトワとユウキだ。
 シーカーの一件で思うところがあったのか、彼なりに自分の為すべきことを探した結果がそれなのだろう。
 トワの横に並び立ち、作戦の概要を説明するユウキはどこか決意に満ちた表情をしていた。
 その一方で、会議中ずっとリィンを睨み付けている少女がいた。――リオンだ。

(ありゃ、相当に嫌われてるな)
(自業自得です)

 小声でボソッと呟くリィンに、エマは遠慮のないツッコミを入れる。
 コウもまだ若干のわだかまりがあると言ったところで複雑な表情を浮かべ、リィンに決闘を申し込んだ当事者のソラはというと自分が原因を作っただけに居心地が悪そうにしていた。ミツキは相変わらずと言ったところで、少し困った表情を浮かべているのが印象的だ。そのなかで一人、何を考えているのか分からない少女がいた。ネメシスから派遣されている執行者、アスカという名の少女だ。
 本人は気付かれていないつもりなのかもしれないが、時々彼女が向けてくる視線がリィンは気になっていた。
 敵意とも警戒とも違う。何か、探るような視線。特に何かをしてくる様子もないため放置していたが、一番厄介そうな少女に目を付けられたなとリィンは辟易とする。そんな微妙な空気の中で会議は進み、最後にそれぞれの役割と持ち場を再確認して一時間ほどで会議は終了した。

「……どうにかなりませんか?」

 会議が終わって、さっさと立ち去ろうとしたリィンを「少し話があります」と引き留めたのはミツキだった。彼女について屋上にまで足を運ぶと、恨めしそうな目でミツキは話を切りだしてきた。会議中のあのなんとも言えない空気。その原因を作ったリィンに思うところがあるのだろう。
 とはいえ、そんな話を振られてもリィンにはどうしようもない。今回の件は自分でも大人気なかったという自覚はある。しかし間違ったことを言ったとも思っていない。猟兵なんて生き物は基本的に何処に行っても嫌われ者だ。主義主張どころか、生き方や考え方そのものが一般人とは大きく異なる。嫌われることをしていると本人が自覚してやっている以上、改善の余地などあるはずもなかった。

「仕事に影響がでないように関係を円滑にするのもプロの仕事だと思うのですけど……」
「それを言うなら、素人を裏の問題に関わらせること自体、問題だろう」

 互いに一歩も譲らないミツキとリィン。それぞれの主張は平行線を保っていた。
 そもそもの話、コウたちが突入メンバーに選ばれたのは、問題の当事者という以外に〈適格者〉であるという部分が大きな理由だ。怪異には通常兵器は通用しない。聖別された弾丸や武器、それに気や魔力と言った生物が潜在的に備える特殊なエネルギーを用いた攻撃でしかダメージを与えることが出来ない。それは怪異の身体の大半がマナで構成されているためだ。
 リィンたちの場合、闘気や魔力を武器に込めることで難なく怪異を倒しているが、通常はソウルデヴァイスを用いなければ効率よく怪異を滅することなど出来ない。〈適格者〉が異界事件において重視される理由がそれだ。そういう意味で言えば、リィンたちはまさにこの世界にとってイレギュラーと言える存在だった。
 故に考え方が相容れないのも仕方はない。〈適格者〉であろうとなかろうと、戦いは結果がすべてだ。コウたちが未熟であることに変わりはなく、リィンはソウルデヴァイスやそれを扱える〈適格者〉を特別なものと考えず、あくまで手段の一つとしか見ない。その一方で素人を裏のことに関わらせるべきではないと思いつつも、ミツキが彼等に許可を与えているのは彼等が〈適格者〉だからだ。そこに考えの大きな隔たりが存在した。

「戦力が足りてないというのは分かる。俺たちみたいな素性の知れない奴をあてにするくらいだからな。だからと言って、限度があるだろう?」
「それは私を含めて、彼等が足手纏いだと……?」
「いまのままならな。それは、お前自身が一番よくわかってるんだろ? だから、俺たちを作戦に組み込むことに積極的だった」
「それは……」

 リィンからすれば突入メンバーの選出についても疑問はあったのだ。本来であれば、国防軍や各組織から選りすぐった精鋭を突入メンバーに加えた方が、作戦の成功確率はずっと高くなるはずだ。仕事に影響がでないようにと言うのなら、本来であれば素人を連れていくのではなくそうすべきだろう。しかしミツキは勿論のこと、キョウカまでそのことを指摘しなかったのはリィンからすれば不思議でならない。
 あちらの世界で帝都攻略作戦の際、リィンが煌魔城にエリオットたちを連れて行かなかったのはそれが主な理由だ。やる気だけがあっても実力が伴わなければ意味がない。足手纏いがいては本領が発揮できず、結果的にパーティーを危険に晒すことになる。他のことならいざ知らず、あの一件に関してはエリオットたちの手に余ると考えたからこそ、突き放すような真似をしたのだ。今回も、それに当て嵌まる事件と言えるだろう。シーカーに手も足もでなかった時点で、彼等の手に余る問題なのは明らかだ。

「俺は俺の主義を曲げるつもりはない。前にも言ったが、気に食わないなら勝手にやらせてもらうだけだ」

 そう言われては、ミツキとしても折れるしかなかった。


  ◆


「むうう……」

 作戦会議が終わってからずっと、納得の行かない様子でリオンは唸っていた。
 彼女もバカではない。シーカーの力を目の当たりにした現状では、リィンたちの力が必要だというのは理解している。それでも感情の上で納得が行くかと言えば、そうではなかった。

「リオン。あなたまだそんなところで唸ってるの? そろそろ準備をしないといけないんじゃ……」
「……わかってるわよ。だから、こうして精神統一をしてるんじゃない」

 ただ唸っているだけにしか見えず、ハルナはそんなリオンを見て溜め息を漏らす。
 大方ギリギリまで、リィンたちと顔を合わせたくないのだろう。だから自分たちのところにいるのだとハルナは察していた。
 ハルナたちは今、各避難所を慰安で回るための準備を進めていた。あれから連絡の付かないマネージャーやスタッフのことも気に掛かるが、いま自分たちに出来ることは何かを考えた時、それは歌で皆を勇気付けることしかないと考えたからだ。出来ればリオンにも一緒にきて欲しかったが、コウや皆の力になりたいと話す彼女の邪魔をしたくはなかった。
 とはいえ、まさかリィンとリオンがこんなにも険悪な仲になるとは、ハルナたちからしても予想外だった。
 いや、彼女の性格を考えれば、ある意味で必然なのかもしれないが――リオンにとって、それだけコウたちは大切な友人なのだろう。

(少し嫉妬しちゃうわね)

 養成所時代からリオンと付き合いのあるハルナは、そんなことを思いながら苦笑する。
 しかしハルナだけでなくSPiKAのメンバーは皆、少なからず彼等に感謝していた。リオンを救ってくれたこともそうだが、こうして今も五人揃って活動できているのは彼等のお陰だと思っていたからだ。だが同時に、リィンにも同じくらい恩を感じていた。
 だからこそ出来ることならリオンには、リィンたちと仲良くして欲しいとハルナは思う。とはいえリオンの性格を考えると、それを言えば余計に意固地になるだけだということもわかっていた。だから、どうしたものかとハルナが首を傾げていると、

「……リオン先輩、どうしちゃったんですか?」
「好きな人をバカにされて怒ってるのよ。子供よね」

 いつもと様子の違うリオンを見て心配そうに尋ねるワカバに、レイカはリオンに聞こえるように大きな声で答える。
 案の定、顔を真っ赤にしてレイカに詰め寄るリオン。

「違うわよ! あ、あたしとコウくんはそんな関係じゃ――」
「コウくん……ね」
「――ッ!?」

 しまったと言った顔で後ずさるリオン。その顔を見れば一目瞭然だった。
 実際には友達以上恋人未満と言ったところだろうが、リオンが自分の気持ちに気付くのも時間の問題だろう。アイドルとしてそれはどうかと思わなくもないが、友人としては応援したい気持ちになる。その気持ちはメンバー全員が同じだった。
 とはいえ、いつものリオンなら考える前に突っ走っているはずだ。こんなところで、うじうじと悩んではいない。それを知っているアキラは、

「リオン先輩」
「な、何よ……」
「いまの先輩、少し格好悪いです」

 リオンにそう告げる。
 アキラの言葉に打ちのめされ、両手両膝を床に付くリオン。
 可愛がっている後輩に言われると、ダメージも一際大きかったようだ。

「あなたの負けね。リオン」
「ハルナ……」
「あれこれと考える前に当たって砕けてる方が、あなたらしいと思うわよ」
「ハルナ先輩……当たって砕けるのはダメなような……」

 ワカバの冷静なツッコミが入り、ハルナは「そう?」と悪気のない笑みで応える。
 なんだか気の抜けた様子で、盛大な溜め息を漏らすリオン。

「それもそうよね……」

 正直リィンのことは気に入らない。コウに言ったこと、ソラにしたこと何もかもが許せない。
 それでも――コウたちの力になりたいと決めたのは他ならぬ自分だ。
 逃げていても何も始まらない。リオンはそう自分に言い聞かせ、前を向く。

「当たって砕けてくるわ」

 そう言って走り去るリオンの背中を、優しげな笑みでハルナたちは見送った。


  ◆


 二〇一五年七月八日、正午過ぎ――遂に作戦は決行された。
 アクロスタワーへと続く道を左右から挟み込むように、国防軍・ネメシス・ゾディアックと言った各勢力の混成部隊が攻め込む。その数、三百名以上。とはいえ、そのほとんどは〈適格者〉ではなく、ただの人間だ。しかし怪異に効果のある聖別された武器と人海戦術を用いることで、A級以上の怪異とも互角の戦いを繰り広げていた。

「いまのところは順調か。このまま上手く行って欲しけど……」

 聖霊教会から国防軍に協力するため杜宮市へ出向している武装騎士、小日向純は難しい顔でそう呟く。
 白いマントを翻し、光輝く白銀の剣を片手にジュンは怪異の群れへと突っ込み、その卓越した剣捌きで瞬く間に怪異を斬り伏せていく。
 怪異を相手取りながら視界の端に一台の車を見つけ、ジュンは笑みを漏らす。

「コウ、皆……頑張って」

 杜宮で出来た友人にエールを送るジュン。国防軍の要請を受け、一年半前に聖霊教会から派遣されてきたジュンは杜宮学園の生徒として潜伏していた。学生という立場は任務を円滑に進めるための表の顔に過ぎなかったはずなのに、いつの間にかコウたちのお節介に影響されて、気付けば杜宮(ここ)での生活を悪くないと思うまでになっていた。
 聖霊教会の武装騎士という立場がある以上、いつまでこの地にいられるか分からない。ならせめて、この地を去るその日までは彼等の友人の小日向純でいたい。この街を守るため――そして幼馴染み(シオリ)≠助けたいという友人の当然の願いに応えるために、ジュンは彼等の道を切り拓くと決めたのだ。
 だが、気掛かりなこともある。リィンたちのことだ。顔を合わせたのは作戦会議の時が初めてだが、武装騎士として数多くの実力者を目にしてきたジュンから見ても、彼等の実力を推し量ることは出来なかった。特にリィンに至っては、まったく底が見えなかったと言っていい。
 あれほどの実力者が、いままで名を知られていなかったというのも不思議だが、ある日突然この地に現れたかのように、ゾディアックが調査をしても一切の痕跡が掴めなかったというのは異常としか言えなかった。
 本来であれば、どれだけ警戒をしても足りない相手だが、話に聞くシーカーに対抗するためには彼等の協力が不可欠という点において、ジュンもまったくの同意見だった。教会から応援を呼ぶにしても時間が足りない。それはゾディアックやネメシスも同様だろう。

「……情けないけど、いまは彼等に頼るしかない」

 悔しさを表情に滲ませ、コウたちの無事を祈りながらジュンは剣を振い続けた。


  ◆


(どうしてヤクザと不良みたいな奴等もいるんだ?)

 空の上から戦場を俯瞰しながら、リィンは余りに統一性のない顔ぶれに首を傾げる。国防軍やゾディアックと言った組織の面々は理解できる。だが、そこにヤクザや不良のような連中まで一緒というのは違和感が大きかった。
 ヤクザに関しては一般人とは言わないが、そんな連中が曲がりなりにも団結し、国防軍も参加している作戦に従っているというのだから驚きだ。

(世界は違っても、トワはトワってことか……)

 この作戦を立案し、調整に奔走したのが彼女だということはリィンも聞いていた。
 各戦力の効果的な配置に、数千通りの戦術シミュレーション。情報収集と分析に長けたユウキの助けがあったとは言っても、そこらにいる普通の教師に出来ることではない。進む道を間違えたとしか思えないほどの能力の高さだ。そんなトワの立てた作戦は所謂、陽動作戦だった。
 おおまかに敵の注意を引く囮の部隊と、〈適格者〉を中心とした突入部隊の二つに分かれ、アクロスタワーを目指すというものだ。兵法の基本に沿ったシンプルな作戦ではあるが、敵の正確な数が不明な以上、数に任せて正面から攻めると言った真似は出来ない。それに重要なのは怪異の殲滅ではなく元凶を止めることだ。なら、如何に被害をださず主戦力をアクロスタワーに送り込めるかに作戦の成否は掛かっている。現状取れる作戦としては、最も成功確率の高いものがこれだった。そして突入する部隊も念を入れて二つに分けられていた。
 地上を行くのは、コウ・ソラ・アスカ・ミツキ。それに運転手のキョウカとシャーリィを加えたチームで、彼等は北都グループの所有する特別仕様のワゴン車でアクロスタワーへと続く中央の道を突き進んでいた。
 そして時を同じくしてリオン・リィン・エマの三人は、北都と名を連ねるゾディアック傘下の企業、御厨グループの所有する最新鋭の軍用ヘリコプターで空からアクロスタワーへと向かっていた。

「どうだね? このヘリの乗り心地は! 御厨グループが技術の粋を集め、秘密裏に完成させた霊子ミサイルを搭載した最新鋭の軍用ヘリだ。これなら例え、グリムグリードが相手でも容易く――」
「なら、任せるから頑張ってくれ」

 操縦席で紫色の派手なスーツを着たワカメ頭の男が自慢気に語る様子を見て、リィンはヘリの外に視線をやりながら適当に答える。リィンの視線の先、ヘリの進行方向に羽を生やした無数の怪異の姿があった。
 天使型、鳥類型、昆虫型と種類も様々だ。それを見て、先程までの自信はどこにいったのか? 唖然とした表情で肩を震わせながらワカメ――もとい御厨グループの御曹司、御厨智明はリィンに泣きついた。

「いや、少し手伝ってくれてもいいんだが……すみません。手伝って頂けないでしょうか?」

 あっさりと前言を撤回したトモアキに呆れるリィン。そもそも今回の作戦が決まった際、ミツキから作戦遂行のアドバイザーとして紹介されたのが彼だった。
 とはいえ、組織に名を連ねる大企業の御曹司が、自らヘリを操縦して前線に赴くなど普通は考えられないことだ。何をやらかしたのかは知らないが、ミツキにどんな弱味を握られているのか気になるところだった。

「おい、何を――」
「あたしは足手纏いにはならないから」

 そう言ってリィンが止めるのも聞かず、ヘリから飛び降りるリオン。
 直ぐ様、翼型のソウルデヴァイス〈セラフィム・レイヤー〉を展開して、緋色の空を縦横無尽に飛び回る。
 翼の先端からレーザーのようなものを発射して次々に怪異を落としていくリオンを見て、リィンは感心した様子で声を漏らした。

「へえ……やるな」

 確かに空を飛ぶ敵には効果的な攻撃手段だ。彼女がこちらのメンバーに選ばれた理由をリィンは察する。
 しかし先程の台詞を振り返ると、やはりコウやソラとのことを根に持っているのは確実だった。
 とはいえ、仕事は仕事だ。リィンも頭を切り換え、戦闘の準備に入る。

「エマ。魔術で彼女の支援を頼む」
「はい。リィンさんは?」
「でかいのをやる」

 エマにリオンのサポートを任せると、リィンは腰から二本のブレードライフルを抜く。
 一本はマクバーンとの戦いでダメにしたため、シャーリィから返してもらった一本と、形見分けでゼノより譲り受けたルトガーのブレードライフルが、いまのリィンが持つ武器のすべてだった。
 本来なら導力地雷なども用意したかったところだが、〈緋の騎神〉との戦いでシャーリィがリィンの隠し持っていたものも含めて全部使ってしまったために手元に在庫はない。代わりとなるものをゾディアックや国防軍から供給してもらうことも考えたが、怪異に通常兵器は効果がないという話でもあるし、聖別された武器や弾薬にも限りがある。そうしたことから慣れない武器を使うよりはと、リィンは武器を手持ちの二本に絞っていた。

「こいつを使うことになるとはな」

 念のため予備として持ってきていたが、こんなところで役に立つとはリィンも思ってはいなかった。
 リィンの養父でもある猟兵王ルトガー・クラウゼルが、死の間際まで使っていた武器。銘はないがゼムリアストーン製の一級品だ。マクバーンに折られた武器と比べても遜色のない一品だった。
 ギュッと柄を握り締める手に力を込めるリィン。いつもより気持ちが引き締まるのを感じながらリィンがフッと息を吐いた瞬間――
 黒色の光がヘリを中心に広がって行き、緋色の空を宵闇に染め上げる。
 そして――

「オーバーロード・集束砲形態(カノン・モード)

 リィンは内なる力を解放した。



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