毎年九月末に346が開催している『秋の定期ライブ』は中間決算を締め括る重要な催しだ。そしてデビューして間もない新人アイドルに経験を積ませるための場でもある。昨年も当時常務だった美城専務の企画でデビューした〈プロジェクト・クローネ〉のアイドルが出演しており、今年は891とのコラボ企画〈プロジェクト・ディーバ〉のアイドルが一組参加するとあって、例年以上の賑わいを見せていた。
 何より891以外で、最先端のARを用いたステージが開かれるのは初めてのことだ。そのため業界関係者にも広く注目されていて、連日のようにテレビで取り上げられ、このライブへの関心度の高さが窺える。それに今回は正木商会の台頭によって一家に一台普及しているとされるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を用いたVR放送のインターネット配信も予定されていた。
 家にいながらライブの臨場感を味わえるとあって評判は上々で、既にネット配信の予約数は二百万を突破している勢いだ。この賑わいも当然と言えるだろう。

「外、見ました? す、凄い人ですよ……」
「うん。ネットの配信予約も二百万人を突破したってテレビで言ってたしね」
「に、二百万……」

 その数に圧倒され、唖然とする少女の名は島村卯月。武内プロデューサーが企画を担当した〈シンデレラプロジェクト〉でデビューしたアイドルの一人だ。
 個性豊かな346のアイドルのなかでは余りパッとしない印象を受ける彼女だが、現在では346のなかでも上位の人気を誇るアイドルにまで成長していた。
 そして、そんな彼女と話す落ち着いた印象を受ける黒髪の少女は渋谷凛。彼女も〈シンデレラプロジェクト〉でデビューを果たしたアイドルの一人だ。
 ニュージェネレーションズ――通称『ニュージェネ』と呼ばれるユニットに卯月と共に参加していて、後に〈プロジェクト・クローネ〉のメンバーに選ばれてからは『トライアドプリムス』というユニットでも活躍していた。
 卯月も最近は同じ事務所に所属する小日向美穂や五十嵐響子と共に『ピンクチェックスクール』というユニットで活躍をしており、〈ニュージェネ〉として一緒にステージに立つのは久し振りのことだった。
 それだけに今日を迎えるのを楽しみにしていたのだが、まさかこんなにも大勢の人に注目されているとは思ってもいなかったのだろう。
 ガチガチに緊張した様子の卯月に、凛は水の入ったペットボトルを差し出す。

「これでも飲んで落ち着いて。もうデビューして一年以上経つんだし、こういうのにも少しは慣れたでしょ?」
「む、無理ですよ……会場に入りきらないくらい、お客さんきてるんですよ? そ、それに二百万人って……」

 デビューしたてのアイドルのような反応を見せる卯月を見て、凛は溜め息を漏らす。
 凛も緊張していないと言う訳ではないが、大きな舞台を経験するのはこれが初めてではないし、長く続けていれば慣れてもくる。
 その点は卯月も同じはずなのだが、元来の性格なのだろう。一年経っても変わらない初々しさは、彼女の持ち味とも言えた。

「しまむー。もしかして緊張してる?」
「み、未央ちゃん!?」

 突然、後ろから抱きつかれて驚く卯月。
 明るい癖のある短髪で、ボーイッシュな印象を受ける彼女の名は本田未央。
 卯月や凛と同じく〈シンデレラプロジェクト〉でデビューを果たした〈ニュージェネ〉のリーダー的存在だ。
 最近は役者としてドラマや舞台での活躍が目覚ましく、こうしてレッスン以外で三人が揃うのは春のライブ以降、半年振りのことだった。

「うんうん、わかるよ。凄い注目集めてるもんね」
「……そういう未央ちゃんは平気そうですね?」
「そりゃ、昔に比べたら舞台とかやって度胸も付いたしね。でも、しまむーだって一緒でしょ?」
「わ、私はそんなこと……」
「あるよ。テレビとか雑誌を見てると、頑張ってるのわかるもん。最近、凄く良い感じだって」
「……だね。卯月は凄く頑張ってると思う。私も負けてられないなと、何度も励まされたし」

 未央と凛の口から聞かされた思わぬ高評価に、少し照れ臭そうに頬を掻く卯月。

「それに、こんなところで緊張してたら、冬の合同ステージでは失神するかも……」
「ああ、凄いことになってるもんね。891のステージは私も前に見たことあるけど、確かにあれはなあ……」

 しかし不安になることを言われ、一転して暗い表情で肩を落とす。
 891のステージは卯月も覚えがある。運良くチケットが手に入り、一度はステージに足を運んだこともあるのだ。
 正直に言って「凄い」という感想しか出て来なかった。
 あのステージに自分も……そんな風に考えると、また不安が込み上げてくる。

「大丈夫! どんな大舞台だって、私たちならやれるよ」

 そんな卯月を未央は「大丈夫」と励ます。

(そうだ。私は一人じゃない。未央ちゃんや凛ちゃん、プロデューサーさんや皆が一緒なんだ)

 仲間と力を合わせれば、きっと頑張れるはず。笑顔でステージに立てるはず。
 ギュッと拳を握り締め、大きく息を吸うと卯月は覚悟を決めた様子で、これまでに何度も繰り返した言葉を口にする。

「はい。島村卯月、頑張ります!」

 弱気な自分を励ますことで、卯月はこれまで頑張ってきた。
 確かに不安はある。でも、それ以上のドキドキとキラキラがステージには待っている。
 一人ではダメでも、三人一緒なら――
 そんな思いが詰まった言葉でもあったのだ。

「それでこそ、しまむーだ! じゃあ、軽く振り付けだけでも合わせておく?」

 未央にバンバンと背中を叩かれ、「痛いですよ」と涙声を漏らす卯月。
 しかし先程までの強張った表情は消え、いつもの笑顔に戻っていた。
 そんな二人を見て、凛も「仕方ないな」と合わせる。
 別々の道へ進んでも心は繋がっている。離れていた時間を埋めるように、三人はダンスを通して調子を確かめ合う。
 そして――

「お、やってるねー」

 舞台裏でダンスの最終確認を行っていると声を掛けられ、三人は振り返った。

「美嘉姉!」

 一早く声の正体に気付いた未央が名前を叫ぶ。
 城ヶ崎美嘉。部署は違うが彼女たちの一年先輩で、346を代表するアイドルの一人だ。
 特に未央は美嘉を慕っていてデビューしたての頃は、よく相談を持ち掛けていたりもしたのだ。
 そんな美嘉が891へ移籍すると言う話は、当然三人の耳にも入っていた。
 どう接していいかわからないと言った様子で固まる三人を見て、美嘉は苦笑しながら自分から話を切り出す。

「そろそろ集合の時間だよ。一緒に行こっか」

 そして「はい」と声を揃え、未央たちは美嘉の後を追い掛けるのだった。


  ◆


「相変わらずだね。キミは……」

 作業着でスタッフに混じって作業をしている太老を見て、今西部長は苦笑する。
 初めてのARを用いたステージと言うことで、太老にスタッフの指導と監督を頼んだのは346の方だ。やり方に文句を付けられる立場にないことは理解しているが、組織の上に立つ人間が汗と埃にまみれてスタッフと一緒に設営の作業をしている光景を見せられれば、一言いいたくもなるのも無理はなかった。

「あれこれと指示をだすだけより、こうして身体を動かしてる方が性に合ってるので。あ、アルバイト代を寄越せとか言いませんよ?」
「……面白いことを言うね。まあ、そういうことにしておこうか」

 今西部長は何やら納得した様子で頷く。
 同じ夢を見る少女たちの絆。そんな少女たちを支え、応援するスタッフ。
 一見、華やかに見える舞台の裏側には、多くの人たちの働きがある。
 それは城の上から眺めているだけでは、決して見ることの出来ないものだ。
 現場を第一に考えての行動なのだろうと、太老の言葉を深読みしてのことだった。

「少し良いかね? 皆にキミのことを紹介しておきたいのだが……」
「ああ、はい。丁度一段落したところなので」

 そのままの格好で行こうとする太老を見て、今西部長は注意すべきかと考えるが……首を横に振る。
 そして――

『よろしくお願いします!』

 今西部長が太老を連れ、出演アイドルたちの集められた場所へ顔をだすと、一斉に少女たちは頭を下げる。
 場に張り詰めた空気。緊張した少女たちの姿を見て、今西部長は太老の考えを察した。

(そういうことか……実に彼らしい)

 高級なスーツで身を飾り、ぞろぞろと供を伴って顔をだせば、一層の重圧を彼女たちに掛けることになる。
 時には適度な緊張を与えることも必要だが、今回は話が別だ。
 これまでにない注目を集め、緊張している少女たちに余計な負担を掛けまいと考えたのだろう。
 実際、彼女たちは太老をスタッフの一人と思い込んでいるようで気付いている様子がなかった。
 一部を除いて――

「た、太老さん!?」

 太老に気付き、最初に声を上げたのは美嘉だった。
 タロウ? と首を傾げるアイドルたち。しかし段々と周囲の様子がおかしいことに気付き始める。
 そして――

「ま、正木会長!? よろしくお願いします!」

 太老が帽子を取ったところで、輪の中心にいた川島瑞樹が慌てて頭を下げた。
 それでようやく正体に気付いた様子で、一斉に頭を下げる少女たち。
 無理もない。自分たちが所属しているプロダクションが提携している大会社のトップが目の前にいるのだ。
 本来であれば、真っ先に挨拶をすべき相手をスルーしたことになる。
 なんで作業着なのか? 混乱する最中、太老に声を掛けられ、

「よろしく。何かわからないこととか、困ったことがあったら気軽に相談してくれ」

 少女たちは呆気に取られるのだった。


  ◆


「なんか、思っていたより軽い人だったね……」
「うん……凄い人だって聞いてたから緊張してたんだけど……」
「私、普通にスタッフさんかと思ってました……」

 太老と今西部長が立ち去ったことで、未央、凛、卯月の三人は緊張が解けた様子で一斉に溜め息を漏らす。
 他のアイドルたちの反応も似たようなものだった。
 しかし太老と面識のあるアイドルたちは納得した表情を浮かべていた。

「まあ、でも緊張はほぐれたんじゃない?」

 そう言ってフォローする美嘉の言葉に、確かにと少女たちは頷く。ある意味、ドッキリを仕掛けられた気分だ。
 驚きと呆気に取られることの方が大きくて、ステージに対する緊張は薄れていた。
 そして少し疲れた表情で皆が解散していくなかで、未央は美嘉に声を掛ける。
 呼び止められて驚くも、未央の真剣な表情を見て「ごめん。先に行っててくれる?」と奏たちに一言断りを入れると、

「どうかしたの?」

 美嘉はそう尋ねた。そして――

「美嘉姉が891へ移籍するって話を聞いたから、一度ちゃんと話を聞いておきたいと思って……」
「わ、私も気になってたんです。急な話で驚いちゃって……」
「莉嘉に話を聞いたんだけど、お兄ちゃんが出来たとか、虫取り勝負で負けたとか要領を得ない話ばっかりで……」

 ああ……と三人の話を聞いて、納得の表情を見せる美嘉。何を三人が聞きたいかは薄々わかってはいたのだ。
 凛の話を聞き、ちゃんと話が伝わっていないのだろうということも察することが出来た。

「美嘉姉は……私の目標だったんだよ?」

 三人が初めてステージに立ったのは、美嘉のバックダンサーとして舞台に立った時だ。
 あの日の感動は、いまでも忘れられない。
 切っ掛けをくれた美嘉には感謝していたし、トップアイドルを目指す三人にとって彼女は目標でもあったのだ。

「そう言ってくれると嬉しいけど、アタシより凄い人は一杯いるからね」
「そんなことない! 美嘉姉は凄いよ。まだ全然追いつけてないし、それに……!」

 思わず、声を張り上げる未央。だが、そんな未央の言葉に美嘉は首を横に振る。
 この三人に限った話ではない。いろんな人たちに迷惑と心配を掛けていることは美嘉自身、自覚している。
 それでも891への移籍を決めたのは――

「新しい自分に挑戦したかったから、かな?」
「……新しい自分?」
「アタシはもっと輝きたい。いまより、もっと高みを目指したい。それはアンタたちも同じでしょ?」

 違うとは、三人も答えられなかった。
 美嘉の話を聞き、ふと一年前のことが未央たちの頭を過ぎったからだ。
 三人がそれぞれ別の道を歩み始めた時、相談に乗って励ましてくれたのが美嘉だった。
 自分の中にある別の可能性。美嘉はきっと、その何かを見つけたのだろうと三人は思う。
 だから、凛は尋ねる。

「346じゃ無理なことなの?」
「ここでやれることは、すべてやりきった……なんて格好良いことは言えないけど、アタシに別の可能性を気付かせてくれたのは他の誰でもない。太老さんだからね」

 そう話す美嘉の表情は、これまで三人が見たことがないくらい晴れ晴れとしていた。
 自分たちにしてくれたように、今度は美嘉自身が夢を叶えるために新たな一歩を踏み出そうとしている。
 感情的には美嘉が他所の事務所に移るのは寂しい。でも、そんな風に言われると納得するしかなかった。

「大丈夫。アンタたちなら、きっと――」
「が、頑張ります!」

 まだ何処か浮かない表情を見せる未央と凛を、美嘉が励まそうとしたところで、勢い余った卯月が声を挟む。
 凍り付く空気。呆気に取られる一同。だが――

「ぷっ――」

 気付けば美嘉は声を上げて笑っていた。
 え? え? と困惑する卯月に「やっぱり面白いね。アンタたち」と笑いながら話す美嘉。
 そして――

「一足先に上で待ってるから」

 と言い残すと、美嘉は手をヒラヒラと振って立ち去って行った。

「結局いいところは、しまむーがもってっちゃったね」
「うん。卯月らしいと思う」
「未央ちゃん!? 凛ちゃんまで……私、変なこと言いました?」

 本気でわかっていない様子の卯月は不満げな声を漏らす。
 でもだからこそ、と未央と凛は笑う。
 この三人なら、もっと高く、遠くへ――

(待ってて、美嘉姉。私たちもきっと)

 あの輝きの向こうへ辿り着けるはずだから――



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