「会長さんが、そんなことを……意外と的を射てるわね」

 よく周子のことを見ていると、太老のことを評価する奏。
 太老のもとを訪ねた翌日、美嘉は奏たちの尋問にあっていた。
 最初から奏はそのつもりで、美嘉を焚き付けるようなことを言ったのだろう。
 美嘉が相手なら太老も本心を語ってくれるのではないか、と言った計算もあったに違いなかった。
 しかし、

「罰だと思ってたから美嘉ちゃんたちを頼らなかっただけで、別にあたしは……」

 美嘉の口から太老の本心を聞かされても、今一つ納得が行かないのは周子だった。
 確かに誰の助力も求めなかったことは認めるが、それは秘密を漏らした罰だと思っていたからだ。
 楽が出来るなら楽をしたと主張をする周子に、奏は呆れた口調で反論する。

「あら? なら、どうして私には頼らなかったの? ちひろさんに秘密を漏らしたという意味では、私も同罪≠謔ヒ?」
「うっ……それは……」

 ちひろに相談しようと最初に言いだしたのは周子だ。しかし、周子の案に同意した時点で奏も同罪と言える。
 なのに周子だけが罰を受けるのはおかしい。そうした奏の反論は決して間違ったものではなかった。
 罰と言うのなら二人で協力して、皆の引率をやればよかっただけの話だ。
 プロデューサーの手伝いを片方が受け持つだけでも、負担を減らすことは出来たはずだ。
 しかし最後まで、周子は奏を巻き込むことはしなかった。

「なんだかんだと要領よくレッスンをサボるし、周子が適当なことは認めるわ」
「でしょ……って、そんな風に納得されるのも腑に落ちないんだけど……」
「でも、本番でミスをしたことも、仕事に穴を空けたこともないでしょ? 普段だらけてるのにやるときはやる。それって根は真面目ってことじゃない?」

 不真面目に見えて、陰ながら周子が努力をしていることを奏は知っていた。
 そうでなければギフテッドを持つ志希は別として、真面目にレッスンを受けている美嘉についていけるはずもない。
 奏は勿論のことフレデリカでさえ、ライブ前になると練習に真剣に取り組んでいるのだ。
 どちらかと言えば、周子は真面目な性格だ。奏を巻き込まなかったのも、自分から言いだしたという自覚があるだけに責任の一端を感じているからだろう。
 美嘉たちを頼らなかったのも同様の理由だ。自分の不始末に友人を巻き込みたくはなかったのだろう。
 そうした人間がただ楽をしたいという理由だけで、レッスンを休むような不真面目な人間であるはずもない。
 ただ、一つ欠けているものがあるとすれば――

「周子。あなた、どうしてアイドルになろうと思ったの?」
「え? それは実家を追い出されて……プロデューサーさんから名刺を貰ってたから他にあてもなかったし……」
「それは前にも聞いたわ。でも、勘当されたわけじゃないんでしょ?」

 周子の話を聞く限り、両親との仲は悪くない。その気になれば、実家に帰ることは出来たはずだ。
 しかし周子は偶々出張で京都にきていたプロデューサーから貰った名刺を頼りに、東京にまで出て来た。
 スカウトをされたとは言っても、友人も家族もいない大都会で、年頃の女の子がひとり暮らしを決断する理由としては弱い。

「うーん。他に理由を尋ねられても困るんだけど、敢えて言うなら『面白そう』……だったから?」

 ただなんとなく、このまま和菓子屋を継ぐ程度にしか、周子は将来のことなんて考えたことはなかった。
 そのために店の手伝いを幼い頃からしてきたし、他にやりたいことも特になかったからだ。
 プロデューサーに声を掛けられるまでは、自分がアイドルになるなんて想像は欠片もしたことがなかった。

「和菓子の修行とか店の手伝いとか親に言われてやってただけで、真剣に何かに取り組んだことなんてなかったしさ。ちょっと楽しかったんだよね」

 だからだろう。アイドルになりたい、ではなくやってみても≠「いかなと思ったのは――
 真剣にアイドルを目指す少女たちと比べれば、動機は弱いかもしれない。でも周子には、それで十分だった。
 いまでも時々、面倒臭くなることはある。でも、こうしてアイドルを続けていられるのは、いまを楽しい≠ニ思えるからだと周子は感じていた。

「なら、アイドルになった′繧ヘどうしたいの?」
「どういうこと?」
「面白そうだからアイドルになった。やってみて楽しかった。理由は人それぞれだし、私もそこは否定するつもりはないわ。でも……」

 成り行きに任せてアイドルを続けているのであれば、それは実家にいた頃と同じだ。
 奏はカルティアに憧れてアイドルになった。美嘉は更に自分を磨くために891への移籍を決めた。
 志希やフレデリカにも、そういった自分だけの目的や理由がある。だけど周子からは、そうしたものが見えてこない。
 アイドルを続ける動機はあるのに、目指す場所が周子には見えていない気がして、奏は尋ねる。

「あなたは、どんなアイドルになりたいの?」


  ◆


「どんなアイドルになりたいか……」

 正直、奏に聞かれるまで考えもしなかった。
 アイドルの仕事は嫌いじゃない。むしろ実家でダラダラしていた頃と比べると、いまは充実していて楽しい。
 でも、きっとそれでは奏の質問の答えになっていないのだろう。

「ごめん。アタシが余計なことをしたから……」
「あ、気にしないで。むしろ、ちゃんと理由を聞けてよかったっていうか」

 美嘉ちゃんに申し訳なさそうな顔を浮かべられると反応に困る。
 皆に心配を掛けている自覚は、さすがのあたしにもあったからだ。
 あたし自身、自覚はなかったけど……空回りをしていたのかもしれないと、思い当たる点はあった。
 実験都市でのことは、奏たちを頼るという選択肢自体が思い浮かばなかったことは確かだ。
 ただの罰だと思っていたことが、あたしにそのことを気付かせるために仕組まれた計画だったなんて想像もしていなかったから。
 ううん。それはきっと奏の言うように、ただの言い訳なのだろうと思う。

(会長さんには悪いことしたかな……)

 会長さんがどんな思いであんな質問をしたのか、いまなら分かる気がする。
 プロデューサーと同じように、真剣にあたしたちのことを考えてくれていたのだろう。
 でも、あたしは会長さんの期待を裏切ってしまった。理由を聞いた今でも、はっきりとした答えは返せない。
 奏のように誰かに憧れてアイドルになったわけでも、美嘉ちゃんのように明確な目標があるわけでもないからだ。
 これじゃあ、テキトーになんとなくアイドルを続けてると言われても否定することが出来ない。
 富や名声を得て、印税暮らしで快適な余生を――と、杏ちゃんみたいなことも考えてみた。
 それも目標≠ノは違いないんだろうけど、あたしらしいかって言うと何か違う気がするんだよね。

「自分らしさってなんだろ?」
「そういう哲学的な質問をされても困るかな……」

 確かに、あたしもこんな質問をされても困る。
 自分でもわからないことが、他人に聞いて理解できるはずもないことはわかっていた。
 それでも何かに縋りたくなる。こんなに悩んだのは生まれて初めてと言ってもよかった。

「でも、わからないなら無理に答えをだす必要はないんじゃないかって、アタシは思う」
「……そういうもの?」

 珍しく真剣に悩んでいると、美嘉ちゃんの口から思いもしなかった言葉を聞いて、あたしは目を丸くする。
 それでは、奏や会長さんの質問の答えにはなっていない気がしたから。
 でも――

「アタシも偉そうなことが言えるくらい自分のことをわかっているわけじゃないしね。いつも迷って落ち込んで空回りして、それでも……前へ進むしかない。情けない姿を莉嘉やファンに見せたくないから……アタシは城ヶ崎美嘉(アタシ)≠精一杯演じてるんだと思う。だから……えっと、ごめん。なんか上手く伝えられなくて……」

 美嘉ちゃんが本当は純情で可愛い性格をしていることを、あたしたちは知っている。
 でも、ファンにとっての彼女は『カリスマアイドル』の城ヶ崎美嘉なのだと、美嘉ちゃんの話を聞いて再確認させられる。
 きっとそれが、美嘉ちゃんの目指すアイドルの姿。自分らしさなのだろう。
 なら、あたしは?

「そっか」

 ストンと、何かが腑に落ちた気がした。
 自分でも、はっきりとしたことは言えないけど、目指す方向性は見えた気がする。

「美嘉ちゃん、ありがとね」
「え? あ、うん」

 正しい答えなんて、きっと誰にもわからない。あたしにだって。
 誰かに憧れる気持ちや上を目指すと言った意欲も、あたしにはないし理解のできないものだ。
 でも、どうしてアイドルを続けるのか? と問われたら、一つだけはっきりとしていることがある。
 いまのあたしを見せたい人がいる。歌を聞かせたい人たちがいる。伝えたい想いがある。

「今度のライブ、ちょっと真面目に頑張ってみようと思う。だから――」

 力を貸して欲しい。それが素直な、あたしの気持ちだった。


  ◆


「周子から? なんで態々……」

 俺宛に送られてきた郵便物のなかに、周子からの手紙を見つけて俺は首を傾げる。
 なんの飾り気もない白い封筒。何か入っている様子だが、態々手紙を送ってきた理由がよくわからない。
 言いたいことがあるのなら、直接会った時にでも話せば済むことだ。
 遠慮をするような間柄でもないし、手紙で気持ちを伝えると言った回りくどいことをする性格には見えない。
 まあ、恋文という線はないだろう。なら、果たし状とか?
 実験都市の件とか、リーダーに推薦した件とか、結構不満を漏らしてたみたいだしな。その線がないとは言い切れない。

「……チケット?」

 恐る恐る中身を確認すると、入っていたのは手紙ではなく実験都市で開かれる合同ステージのチケットだった。
 出演するアイドルには一人当たり三枚の関係者チケットが配られている。これは、そのうちの一枚だろう。
 しかし、俺に送ってきた理由がわからない。当然、主催者側として俺もイベントには参加する予定だ。
 チケットを貰っても余らせるだけで、そのことは周子もわかっているはずなんだが……。

「なんか、書いてあるな……」

 チケットの裏に何か書かれているのに気付く。

 ――あの夜の答えはステージの上で!

 気合いの入った字で、そう書かれていた。恐らく、これを書いたのは周子だろう。
 あの夜って……実験都市での夜のことか?
 ステージの上でっていうのはよくわからないが、もしかして誤解は解けたのだろうか?

「まあ、当日になればわかることか……」

 何を企んでいるのかはわからないが、珍しくやる気をだしているようだし、水を差すことはないだろう。
 しばらくは様子を見守ることにする。そして俺宛に送られてきた、もう一通の封筒に目を向ける。
 その手紙には――

「これだけ、差出人が分かり易い手紙はないな」

 Dr.クレー(タコ)のマークが封蝋として使われていた。



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