「……皆、揃ってどうかしたの?」

 一日の仕事を終え、事務所に顔をだした奏は不思議そうに首を傾げながら声を掛ける。
 珍しくユニットのメンバーが全員が揃い、テーブルを囲んでテレビを見ていたからだ。
 そんな奏の問いに、真っ先に反応したのは美嘉だった。

「周子が太老さんから視聴を勧められた番組があってね。折角だから、皆で見ようってことになって」
「ケーキもあるよ〜。かな子ちゃんも大絶賛! 幻のキャロットケーキ!」
「くんくん、甘くて良い匂い〜。じゃあ、あたしは飲み物入れるねー。奏ちゃんは紅茶でいいんだっけ?」
「え、ええ。ありがとう」

 フレデリカにケーキを、志希に紅茶を勧められ、戸惑いを見せながら奏はソファーに腰掛ける。
 そして、まだ少し腑に落ちない表情を見せる奏。
 美嘉の説明で状況は理解したが、一つだけわからないことがあった。

「なんで周子は、そんなに難しい顔をしてるのよ」
「だって会長さんのオススメだよ? なんか裏があると思って警戒するでしょ?」

 周子にそう言われると、奏も納得をせざるを得なかった。
 あの志希が『先生』と呼び、フレデリカが家族のように信頼を寄せる人物だ。
 実験都市の一件からも他人が本気で嫌がることはしないが、サプライズを好む性格であることはわかっていた。
 特に、太老の思いつきに振り回されている周子が口にすると説得力がある。何か裏があると考えるのは自然なことだ。

「あ、高槻やよいちゃん」

 時間になり、テレビに映った一人のアイドルを目にした美嘉が声を上げる。
 毎週木曜日の十九時から放送しているのは、アイドルと共に日本の伝統文化を紹介するバラエティ番組だった。
 MCを務めるのは、高槻やよい。二年ほど前から名前を耳にするようになった話題の事務所のアイドルだ。
 当然、奏もテレビや雑誌を通して、やよいのことは知っていた。
 彼女と同じ事務所に所属する四条貴音とも、一緒に仕事をしたことがあったからだ。

「確か、765プロのアイドルよね? 知ってるの?」
「ああ、うん。アタシは直接の面識ないんだけど、莉嘉が友達になったって自慢してたから」

 そう言えば、他所の事務所のアイドルを太老が連れてきたと言う話を、先週チラッと耳にしたことを奏は思い出す。

『――では、こちらの店で和菓子職人の方にお話を伺いたいと思います』

 そうして番組は進み、一軒の店の前で映像は止まる。
 時代劇に登場するような歴史を感じさせる風情のある建物。そして紹介される和菓子の数々。
 あのお団子も美味しそうーと話しながら、パクパクとケーキを口に運ぶ志希とフレデリカ。
 最初は余り興味がなさそうだった奏も、細工をこらした和菓子の美しさに魅せられていく。
 そんななか周子はと言うと――

「ま、まさか……いや、でも……」

 いつになく動揺した様子を見せていた。
 その次の瞬間、

『周子、元気にしとる? 今度の舞台、絶対見に行くから頑張るんよ。ほら、アンタも――』
『いや、俺は……』
「ぶふ――ッ!」

 和菓子職人の夫婦が紹介されたところで、周子は口に含んでいた紅茶を噴き出す。

「なにしとるん!?」

 我を忘れて、テレビに怒鳴り声を上げる周子。
 どこか周子に似た雰囲気を持つ着物姿の女性。そして如何にも頑固そうな職人堅気の男性。
 周子の反応からテレビに映っている二人が、彼女の両親なのだと一同は悟る。
 周子の実家が和菓子屋を営んでいると言うのは、美嘉たちも知っていたからだ。
 しかし、こんな偶然……偶然?

「太老さんが周子に見るように言ったのって……」
「この番組、CMがタチコマくんのだ。提供『正木商会』ってなってるねー」
「ああ、うん。なんとなく裏が読めたわね……」

 美嘉、志希、奏の三人は、太老が周子に視聴を勧めた理由を察する。
 恐らく悪気はないのだろう。両親の元気な姿を見せてやろうと言った親切心なのかもしれない。
 だが――

「周子、落ち着いて!」
「落ち着けるわけないやん! テレビであんな――」
「あ、これ。全国放送みたい」
「うわあああああああ!」
「ちょっ、志希ちゃん! 周子を刺激するようなこと言わないで!」

 嬉し恥ずかしいサプライズを体験した当事者はそれどころではなかった。
 暴れる周子を必死に宥める美嘉。火に油を注ぐ志希。
 場が混沌とするなか、フレデリカは満面の笑みでケーキを頬張る。
 そして、

「うーん、トレビアーン♪ ほら、カナデちゃんも食べて食べて」
「そうね。頂こうかしら……」

 奏は早々に事態の収拾を諦め、フレデリカに勧められるがままケーキを口に運ぶのだった。


  ◆


「ううっ……二人も、ちょっとは手伝ってよ」

 涙目で助けを求めながら、大浴場の床磨きをする水子の姿があった。
 レセプシーの件が水穂と林檎にバレたのだ。

「自業自得でしょ? ほら、手を動かす」
「そうそう。この程度の罰で済んでよかったじゃない。美嘉ちゃんに感謝しなきゃね」

 そんな水子を遠巻きに監視する音歌と風香。
 連帯責任と言うことで彼女たちに与えられたのは、水子がサボらないように最後まで仕事を監督することだった。
 この程度の罰で済んだのは、美嘉が間に入ってくれたからだ。ここで手を貸せば、罰が重くなることは目に見えている。

「早く終わらせないと、いつまで経っても終わらないわよ。この後は、書庫の整理もあるんだから」

 風香の話に、風呂掃除で終わりだと思っていた水子は「え?」と驚きの声を漏らす。
 続いて駄目押しとばかりに、林檎から託された仕事の予定を読み上げる音歌。

「それが終わったら宿舎の掃除に倉庫の在庫確認。来週には瀬戸様のところの女官が到着する予定だから、そっちは最優先でね」
「え? あの……休憩とかは?」
「あるわけないじゃない。もう十二月よ? 月末にはイベントだってあるんだから、一ヶ月くらい寝なくても大丈夫よ」
「いやいや!」

 生体強化を受けているとは言っても疲労が溜まらないわけじゃない。
 一ヶ月も寝ずに仕事をするなんて出来るはずがないと顔を青ざめる水子に、風香は隠し持っていたビニール袋を手渡す。

「これ、差し入れ」
「……栄養ドリンク」

 中に入っていたのは、太老特製のドリンクだった。
 嘘でしょ? と確認を取るように音歌と風香の顔を見る水子だったが、

(あ、これ本気だ)

 本気だと悟る。
 冗談などではなく、寝ずに仕事をしろと言っているのだと……。

「いやああああ! もうヤダ! 私、おうちに帰るー!」
「アイリ様みたいなこと言わないの。林檎ちゃんの怒りを買ってもいいの?」
「鬼、悪魔! 人でなし!」
「あなたも含めて私たち全員、その鬼の手下じゃない……」

 もっともな音歌の言葉に、グッと息を呑む水子。
 彼女たちは『鬼姫の金庫番』の異名を持つ立木林檎の部下だ。
 どれだけ拒絶しようと、その肩書きから逃れることは出来なかった。


  ◆


「あれは……」

 仕事を終えて商会の車で事務所へ帰る途中、駅の近くで見慣れた黒髪の少女の姿が目に入る。
 うちの新人アイドルにして、346とのコラボ企画で先日デビューしたばかりの白菊ほたるだ。
 何やら困っている様子の彼女を見て、俺は道路の脇に車を停車すると声を掛けた。
 一応、眼鏡と帽子で変装はしているが余りに目立っているため、正体が知れるのも時間の問題だと感じたからだ。

「あ、会長さん!」
「取り敢えず、こっちへ。話は車の中で聞くから」
「は、はい……」

 助手席の扉を開き、ほたるを車内へ招き入れると事情を聞く。

「実は……」

 仕事を終えて帰ろうとしたところで、定期券を入れたポシェットがないことに気付いたらしい。マネージャーに連絡をして確認を取ったところ、イベント会場の楽屋に忘れていたことが発覚したそうなのだが時間は夜の九時を回っており、さすがに今日これから忘れ物を取りに行くと言う訳にはいかず、一先ず自費で家に帰ることをしたそうだ。
 しかし、いざ帰ろうとしたところで天気予報にもなかった今シーズン初の大雪に見舞われ、その影響で電車が動かなくなったらしい。
 ならばとタクシーを使おうとしたが財布の中には千円札が一枚しか入ってなく、銀行のカードもカードケースごと家に忘れてきたとか。
 バス乗り場も混雑していて、どうしようかと途方に暮れていたところに俺が声を掛けたと言う訳だった。

「そりゃ、災難だったな……」
「すみません。きっと、この大雪も私の所為で……」

 ないと言い切れないから困る。彼女は西南ほどではないが確率に偏りのある体質をしていて、いろいろとツイてないんだよな……。
 彼女と知り合ったのも、前にいた事務所が倒産して途方に暮れていたところを声を掛けたのが切っ掛けだった。
 命に関わるような不幸ではないが、日常生活に関わる細かなことで彼女は運が悪い。
 そのためか悪いことが起きると、なんでも自分の所為だと思い込んでしまうところがあった。

「気にするな、折角だから、このまま家まで送って――」

 と言いかけたところで、エンジンが掛からないことに気付く。
 さっきまで動いていたのに、なんで……あ、ほたるの顔が段々と涙目になっていく。

「大丈夫だ。このくらいすぐ直るから心配するな」

 取り敢えず整備を怠った奴には後で文句を言ってやろうと心の中で愚痴を溢しながら、車の外へ向かうのだった。


  ◆


 結論から言うと車は直ったのだが、今度は積雪が原因の事故で渋滞が起きた。
 そのため、このまま車を走らせるのは危険と判断して、事務所へ帰ってきたわけだ。
 都内では二十年振りの大雪を記録と、テレビでは緊急特番まで組んで警戒を促している。
 ほたるはというと、事務所のソファーで暗い表情を落としていた。
 そんな彼女に、あったかいコーヒーを入れて手渡す。

「……すみません」

 さっきから謝ってばかりのほたるを見て、俺も溜め息が溢れる。
 偶然が重なっただけ。彼女の所為ではないとわかっているのだが、それを言ったところで慰めにはならんだろうしな。
 下手な慰めは、余計に落ち込ませることになりかねん。こういう時は――

「腹、減ってないか?」
「そう言えば、少し……」
「なら、一緒にメシを食うか。あと今日はもう遅いし、泊まっていけ」
「…………ええ!?」

 お腹が減っているから余計に憂鬱なことばかりを考える。
 そういうときは腹一杯、美味い物を食べて、しっかりと睡眠を取るのが一番だ。
 それに、こんな天気のなかを中学生の女の子を一人で帰らせるわけにはいかないしな。
 幸い、このビルには宿泊用の設備がある。ご両親には、水穂か林檎に連絡を頼めば大丈夫だろう。

「と、泊まっ……それって会長さんも一緒にですか?」
「ん? そりゃまあ、そうなるな」

 一応、社宅はあるが事務所からだと、ちょっと距離がある。それに半ば、ここが俺の家みたいなもんだしな。

(大体こんなところを見せられたら、放って帰るわけにもいかないしな)

 恐らく一人で心細いのだろう。ほたるの反応を見れば、そのくらいは俺も察することが出来る。
 そんな彼女を事務所に残して、一人で帰るなんて真似が出来るはずもなかった。

「とはいえ、こんな天気じゃ出前も無理だろうしな」

 時刻は二十二時を少し回ったところだ。さすがにこの時間になると、ビルにはほとんど人は残っていない。
 一階のカフェも閉まっているだろうし、守蛇怪に連絡して侍従の誰かに食事を用意してもらうか?
 いや、でも秘密を知らないほたるを船へ連れていくわけにはいかないしな。バレるような行動は慎むべきか。
 となると、缶詰などの非常食の備蓄が倉庫にあったはずだが――

「あれ? 電気がついてる?」

 夕食の用意に悩んでいた、その時だった。
 聞き慣れた声の女性が両手一杯の買い物袋を抱えて、プロジェクトルームに姿を現す。
 そう、自称十七歳のアイドル。ウサミンこと安部菜々だ。

「あ、会長さん帰ってたんですか?」

 いつものウサ耳は頭になく、近くのコンビニに買い出しに行ってきた帰りみたいな格好をしている。
 確かに、これなら正体を見破られることはないだろう。
 ウサ耳をつけていなければ、誰にも気付かれないというのも納得できる姿だ。

「菜々さん、お疲れさまです」
「ほたるちゃんもいたんですね。あ、もしかして、この雪で帰れなくなったとか?」
「もしかして、菜々さんもですか?」
「あはは……まあ、そんなところです」

 両手に抱えたビニール袋を見せながら苦笑する菜々。

「よかったら、ほたるちゃんも一緒にどうですか? こういう時って、たくさん買っちゃうんですよね」
「わかります。不謹慎だとは思いますけど、ドキドキしちゃいますよね」

 比喩ではなく、実際にコンビニへ買い出しに行ってきた帰りなのだろう。
 袋の中には弁当の他、スナック菓子やおつまみ、缶ビールなどが入っていた。
 それを見た、ほたるは――

「お酒? 菜々さん、確か未成年じゃ……」
「はっ! いえ、これはその――」

 誤魔化すように、こちらを見る菜々。そして俺と目が合うと、

「か、会長さんの分に決まってるじゃないですか!」
「そうですよね。驚きました」

 内心、涙を流しながら缶ビールの入った袋を俺に差し出すのだった。



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