「すっかり街はクリスマス一色だね〜」
「まあ、あたしたちはクリスマスも変わらず仕事だけどね……」

 だらけきった表情でテーブルに頭を乗せ呟く志希に、周子はそう言って答える。
 周子が手にしているのは、一週間後に開催が予定されているクリスマスライブのパンフレットだ。
 十二月はイベントや特番が目白押しでアイドルにとって一年で最も忙しい月だ。そこに加えて美嘉たちの移籍騒動が話題を呼び、雑誌やテレビで『ユニットとしての活動は今年一杯が最後か?』と噂されていることもあって、〈LiPPS〉に対する世間の注目度は非常に高い。そのため年末年始と仕事の予定はびっしり詰まっており、クリスマスだからと浮かれていられる余裕は彼女たちにはなかった。
 今日も朝からテレビの収録をこなし、ようやく取れた休憩時間だ。また一時間もすれば、年越しライブの販促を兼ねた取材が待っている。フレデリカはラジオの収録、奏と美嘉は雑誌の撮影と別行動を取っており、プロデューサーも年越しライブの準備と並行してスケジュールの調整に慌ただしく方々を駆け回っていた。周子が志希と行動を共にしているのも、仕事をサボらせないためのお目付役的な意味が強い。

「相変わらずみたいね。志希」
「んー?」

 名前を呼ばれて志希が気怠そうに顔を上げると、そこには白いスーツ姿の金髪女性が立っていた。
 カフェで休憩を取っていると、突然現れた外国人と思しき女性に声を掛けられ、驚きを隠せない様子で「知り合い?」と周子は志希に尋ねる。
 そんな周子の質問に対し、志希は――

「ううん。知らない人」
「ちょっと! 何度か会ってるでしょ、大学でほらッ!」

 覚えがないと答える志希に、金髪女性は激しく動揺した様子で詰め寄る。
 興味のないことには、とことん記憶力が働かないのが志希という少女だ。
 思い出して貰おうと必死な女性を見て、さすがに可哀想と思ったのか、周子は助け船をだす。

「志希ちゃん、ほんとに覚えてないの? 一度会ったら忘れられそうにない個性的な人だと思うんだけど」
「……フォローしてくれるのは嬉しいんだけど、なんか微妙に貶めてない?」

 周子のフォローになっているようでなっていない言葉に、金髪の女性は訝しげな表情で不満を漏らす。
 そんな時。ふと、何かを思い出したかのように、志希はポンと手を叩いた。

「ダディのところにいた」
「そうそう!」

 ようやく思い出してくれたかと喜びを顕にする金髪女性。
 しかし、

「マロンさん」
「ミロンよ! なによ、そのちょっと甘くて美味しそうな名前は!?」

 余りに酷い間違いに、思わず金髪の女性――ミロンは我を忘れツッコミを入れるのだった。


  ◆


「アンタが日本に帰国したと聞いた時には驚いたわよ」
「もう、大学でやりたいことは全部やっちゃったしねー。それに研究なんて別にどこでだって出来るじゃん? なのに『こうしろ、ああしろ』って面倒臭い人ばっかりだしさ〜」
「アンタって、昔からそうよね……」

 ミロンは志希の父親の教え子だった。その頃から、志希の才能を彼女は見抜いていたのだ。
 だからいつの間にか大学を辞め、日本に帰国したという話を聞いた時には驚かされたのだ。しかし本人から理由を聞けば、納得の行く話でもあった。
 ミロンが認めるほどの才能を確かに志希は持っているが、昔から極端に飽きっぽい性格をしている。自由奔放で他人に強制されることを嫌い、自分が興味を示すことにしか労力を使いたがらない。それは世界中を飛び回り、一箇所に留まることを知らない志希の両親にも言えることだ。
 そのことを考えれば、志希が誘いの話をすべて蹴って、逃げるように日本へ帰国した理由も察することが出来た。

「それで今度は太老のところに弟子入り?」
「あ、先生に会ってきたんだ」
「先生ね……」

 懐かしい呼び方を耳にして、ミロンは少し複雑な心境を表情に匂わせる。
 ミロンもまた、昔は志希の父親のことを『先生』と呼んで慕っていた時期があったからだ。

「で、今日はなんか用? あたし、この後まだ仕事があるんだけど」
「アンタの口から、そういう真面目な話を聞くとは思わなかったわ……人間変われば変わるものね」
「サボると美嘉ちゃんが怖いんだよね。周子ちゃんにも見張られてるしさ」

 こっそりと離れた場所から様子を窺う周子を見て、ミロンは「大変ね」と溜め息を交えながら呟く。
 実のところ志希の父親も失踪癖があり、よくミロンがその尻拭いをさせられていたのだ。
 そう言う意味では、美嘉たちに同情する点が多かった。

「まあ、いいわ。アンタに聞きたいのは、太老の隠している計画のことよ。生徒なら少しは聞いてるんでしょ?」
「直接、先生に聞きに行ったんじゃないの?」
「上手くはぐらかされてしまったわ。ほんと南田とは違った意味で、食えない男よね」

 そう言って、肩をすくめるミロン。
 別にスパイを頼まれたと言う訳ではないのだが、ミロンは太老が隠している計画に興味を持っていた。
 太老のことを信用していないわけではないが、信用することと盲信することは違う。
 地球人に目を向けてくれたことに感謝する一方、太老がただのお人好しでないことをミロンは見抜いていた。

「もしかして、ここにあたしがいることを教えたのって先生?」
「そうよ。アイドルをしてるなんて聞かされた時には驚いたわよ。才能の無駄遣いも良いところじゃない……」

 なんでも人並み以上に器用にこなす志希だが、それでもミロンからすれば才能を持て余しているようにしか見えない。
 志希なら、もっと社会に影響を与える大きな仕事が出来るはずなのだ。
 いつもの気まぐれだというのは察しが付く。
 しかし太老に弟子入りまでして、なんでアイドルを続けているのかわからないというのが、ミロンの本音だった。
 そんなミロンの気持ちを察してかはわからないが、志希は「そういうこと」と一人納得した様子で頷く。
 そして、

「まあ、いっか。もう、手後れだろうし」
「……手後れ?」
「そ、実験都市の開放を今になって迫ったらしいけど、それじゃ遅いんだよね。先生がなんであの街を造ったのか? 目先のことばかり気にして、そこのところをみんな理解してないみたいだし」

 志希が何を言っているのか理解できず、困惑の表情を浮かべるミロン。
 実験都市の話はミロンも聞いている。各国が日本政府に対し、実験都市の開放を迫ったという件についてもだ。
 年越しライブの開催地が実験都市に選ばれたのも、そうした政治的な思惑が絡んでいることも察しが付いていた。
 だが、他にも何かあるような言い方だ。
 一体どういうことなのかとミロンが尋ねようとした時、逆に志希はミロンに質問を返した。

「地球が恒星間移動技術を手にするまで、どのくらい掛かると思う?」
「……千年? いえ、いまは正木商会のこともあるから、早くて五百年と言ったところかしら?」

 どうして急にそんなことを聞いてきたのか疑問に思いながらも、ミロンは自分の見解を答える。
 千年とは言ったが、それは希望的観測によるところが大きい。最悪そこまで科学が発展する前に、文明が滅びる可能性もゼロではないからだ。
 正木商会の介入があっても半分に縮めるのがやっと。早くとも五百年は掛かるというのがミロンの見通しだ。
 しかし、志希の予想は違っていた。

「あたしの見立てじゃ二百年と掛からない。下手すると、百年を切るかもね」
「嘘でしょ!? そんなのどうやったって――」

 無理だ。そう言おうとしてミロンは一つの可能性に思い至り、固まる。
 志希は言った。既に手遅れだと。太老が実験都市を造った理由に皆は気付いていない、と。
 もし、それが真実なら、最初から前提が間違っていたのだとすれば――

「まさか!」
「そう、アカデミーの創設。実験都市はその布石。哲学士の育成機関をこの星に作ることが、先生の最終目標だよ」

 実験都市が持つ本当の意味。それを知ったミロンは目を瞠るのだった。


  ◆


「ナナおねえちゃん、ここまちがってる」
「え、そんなはずは――」
「ここもほら」

 すべて他人任せにするのではなく、多少のことは自分で出来た方がスキルアップに繋がるとルレッタから指摘を受け、マネジメントに関する勉強を菜々は少しずつ始めていた。
 しかし、まさか小さな子供に計算間違いを指摘されるとは思わず、菜々は眉間にしわを寄せながら会計報告書を睨み付ける。
 そして改めて計算し直してみると、確かに計算間違いがあったことに気付き、菜々は溜め息を漏らす。

「すみません。子供たちの面倒を見て頂いて……」

 落ち込んでいるところに声を掛けられ、はっとした様子で振り返る菜々。
 すると、振り返った先には樹雷の着物に身を包んだ立木林檎の姿があった。
 林檎に気付き、駆け寄っていく子供たち。微笑みながら、そんな子供たちの頭を林檎は優しく撫でる。

「いえ、普段お世話になってますから、このくらいは!」

 ここは太老が出資する孤児院の一つ、実験都市にある養護施設だ。
 いつも子供たちの面倒を見ている保育士の女性が風邪を引いて休んでいるとの話を聞き、昨日から菜々が手伝いにきていた。

「でも、こんな孤児院まで経営してるなんて知りませんでした」
「商会の活動と言うよりは、太老様個人……財団としての活動と言った方が正しいですけどね」
「財団ですか?」
「ええ、子供たちの夢を応援するために設立された銀河で二番目に大きな財団です。その運営資金はすべて太老様の発明品――そのパテントで賄われているんですよ」

 そんな慈善活動を太老がしていると知らなかった菜々は、感心しながらも驚いた様子を見せる。

「それに、ここの子供たちは特別ですから」
「特別?」
「ギフテッドと呼ばれる特別な才能を持って生まれてきた子供たち……それがこの子たちです」
「それって志希ちゃんと同じ……」

 ――ギフテッド。その言葉には、菜々も聞き覚えがあった。
 一ノ瀬志希。自由奔放な行動が目立つ彼女もギフテッド≠フ持ち主だったからだ。
 太老との関係を知った今では納得できるが、以前から志希が他の人と違うということは、菜々も薄らとではあるが感じていた。

「でも、どうしてそんな子たちが……」
「才能を持って生まれてくることが、必ずしも幸せに繋がるとは限りません。それを持たない多くの人々にとって、彼等は異質な存在です。眩しすぎる才能、強すぎる力は妬みを生み、恐れの対象となることもある。社会に馴染めず、家族からも見放された、そんな子供たちがここには集められています」

 そんな話を聞かされ、菜々は悲しげな表情を見せる。
 ギフテッドを持つ者が、すべて志希のように才能を開花させるわけではない。
 環境に恵まれず、折角の才能を埋もれさせる子供たちの方が寧ろ多いだろう。
 日本は良く言えば平等、悪く言えば杓子定規。こうした子供たちに対するケアが十分に整っているとは言えない国だ。
 ここには親からも見放され、そうした才能を持て余し、一般社会に馴染むことの出来ない子供たちが集められていた。

「ナナおねえちゃん、あそぼ!」
「わたし、ウミサンの歌がききたい!」

 そんな悲しい過去を持つとは思えないほど、明るく元気な姿で駆け寄ってくる子供たちを見て、菜々の顔にも自然と笑みが溢れる。
 ここに親はいない。しかし血は繋がっていなくとも同じ悩みを抱え、喜びや悲しみを分かち合える家族はいる。
 林檎がギフテッドを持つ子供たちを保護しているのは、商会の利益を考えてのことだけではない。
 正木の麒麟児と呼ばれ、赤ん坊の頃から特異な環境で育ってきた太老の過去をよく知るが故に、純粋に子供たちの行く末を案じてのことだ。
 その想いを子供たちも感じ取っているのだろう。だからこそ、この施設では子供たちの笑顔が絶えることはなかった。

(あ……)

 そんな子供たちを見て、菜々は幼かった頃の自分の姿を重ねる。

(そうか、だからナナは……)

 諦めきれず、ずっと追い続けたアイドルになるという夢。
 頭に手をやり、ふと指が触れたウサ耳には、そんなアイドルに憧れた一人の少女の想い≠ェ詰まっていた。

(今度はナナが子供たちに夢を届ける番です!)

 夢を叶えた今だからわかる。
 子供の頃、ステージの上で輝くアイドルの姿を見て、思ったのだ。

「愛と希望をひっさげウサミン星よりやってきた安部菜々ことウサミン!」

 私もこんな風に輝きたい。皆に夢を届けるアイドルになりたい、と――
 だから、

「リクエストに応え、今日もはりきって歌います!」

 今度は自分がこの子たちに夢を届けよう。
 それが菜々の目指す、アイドルのカタチだった。



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