一瞬の隙を突き、手にした〈死神の鎌(デスサイズ)〉で天騎の四肢を切断する黒い聖機人。
 そして死角から襲い掛かってきたもう一体の天騎の剣撃を、デスサイズを振り抜いた勢いで機体を半回転させ、柄の部分で受け止める。

「そんな攻撃で――」

 漆黒の光を背から放ち、高速で移動する黒い聖機人。天騎との距離を一定に保ちながら、ドールは攻撃の機会を窺う。
 パワーでは天騎の方が、聖機人を上回っていた。その証拠に一撃を受け止めたドールの聖機人は、弾き飛ばされるように後方へ押し退けられた。
 だが、機体の性能やパワーだけが勝敗を分けるのではない。
 機体性能で劣っていようが、足りないところは技術でカバーすればいいだけの話だ。
 そして彼女には、それだけの力があった。

「動きが単調なのよ。もう、その動きは見切ったわ」

 天騎がガンブレードより放ったビームを最小の動きで回避しながら、距離を詰める黒い聖機人。
 現在のドールは聖機人を用いた一対一の戦いであれば、剣士とも互角に戦えるほどの実力を身に付けていた。
 ましてや彼女が使っている聖機人は、太老が改造を施したものだ。
 ドール用に調整されたその機体は、過去に彼女が戦った聖機神をも凌駕するポテンシャルを秘めている。
 だからこそ、こんな相手に負ける訳にはいかない。
 それは太老より機体を託された彼女の――

「これで終わりよッ!」

 意地でもあった。


  ◆


「……随分と呆気なかったわね」

 宇宙空間に漂う天騎の残骸を眺めながら、ドールはそう呟く。
 第五世代以降とはいえ、皇家の樹の力で動く天騎のパワーは太老の造った聖機人を凌駕していた。
 ドールが二体の天騎を受け持ったのも、本来はアオイたちが他の二機を無力化するまでの抑えのつもりだったのだ。
 しかし戦いの決着は、ドールたちの予想とは異なるものだった。

 手応えがなさすぎる。

 パワーは確かにあった。しかし、それだけだ。
 最初は驚きもしたが、慣れれば単調で読みやすい動きだった。
 機械のように統率された動き。手本のような正確無比な攻撃。
 来るとわかっていれば避けられないほどのものではない。
 逆に言えば、正確であるが故に動きが単調で読みやすいと言うこともあるのだから――

「まさか……」

 ドールは黒い聖機人を手足のもげた天騎に接近させると、胸もとの装甲を強引に剥がす。
 そして目を瞠るドール。
 そこにあるはずのもの――いるはずの人間≠ェいなかったからだ。

「無人? 転送装置で事前に脱出した? いえ、これは……」

 最初は転送装置のようなもので逃げたのかと考えたが、すぐにそれは違うとドールは頭を振る。
 転送装置を使えば、必ずその痕跡は残る。一切の兆候を見せずに転移することは不可能と言っていい。
 それに――

『どうやら、そちらも無人だったみたいね』
「まさか、そっちの二機も?」

 アオイたちが相手をしていた二機の天騎も無人だったと聞き、眉をひそめるドール。
 だが、これで確信する。
 もし無人機であったのなら、予測のしやすい機械染みた動きにも納得できたからだ。
 並の相手であれば、それでも十分に通用しただろう。
 しかしドールやアオイを含め、ここにいるのは聖機師のなかでも屈指の実力を持つ精鋭ばかりだ。
 プログラムされた動きしか出来ない無人兵器など、彼女たちの相手ではなかった。
 何故、人間のパイロットではなく機械に頼ったのかという疑問は浮かぶが、

「取り敢えず残骸を回収して、解析は太老に任せましょ」
『そうね』

 ドールの話に、アオイも納得した様子で頷く。
 いろいろと理由は考えられるが、いまはそれよりも優先することがあると考えてのことだ。
 そうして残骸の回収を隊員に指示し、次の行動に移ろうとした、その時だった。

「なッ――!?」
『まさか、自爆!? 皆、離れて――』

 動かなくなった天騎が急に発光を始めたのを見て、一斉に距離を取るドールとアオイたち。
 自爆を警戒してのことだったのだが、一向に爆発する気配がないことに気付き、訝しげな表情を浮かべる。

『……何が起きてるの?』
「わからない。でも、嫌な予感がするわ」

 困惑を口にするアオイ。警戒した様子で、天騎の動きを観察するドール。
 そして、

「あれは!?」

 瞠目する。
 それぞれの天騎の胸もとからコアと思しき四つの光が飛び出したからだ。

「まさか……」
『間違いない。あれがターゲットの船――双蛇よ!』

 その光が向かった先には――
 月を背にした『双蛇』の姿があった。


  ◆


 回収部隊によって、実験都市の地下格納庫へ運び込まれた一体の天騎。
 その胸もとから飛び出したコアが結界に阻まれ、光を放ちながら宙で動きを停止していた。

「これは……」

 恐らく天騎が機能を停止した際、コアを回収するために施された仕掛けだと思うが――

「もしかして……」
「共鳴しているみたいだね」

 聞き慣れた声を耳にして慌てて振り返ると、そこには――

「げっ!?」

 マッドがいた。
 自称、宇宙一の天才科学者。俺の育ての親にして、師匠でもある白眉鷲羽だ。

「また、この子は……私のことは『ママ』って呼んでって、いつも言ってるでしょ?」

 また本気か冗談かわからないことを口にして、上目遣いであざとく媚びるマッド。
 こういうときは下手に反応しないのが最善だ。
 俺の反応を見て、楽しんでいることはわかっているからな。
 そんなことよりも――

「……なんで、ここに?」
「かすみ殿から招待状を貰ったんで、折角だから祭≠フ見物をしようと思ってね」

 フフンと勝ち誇った笑みで、胸を張る鷲羽。
 しかし俺はマッドが喜ぶような反応をするつもりはなかった。
 母さんがマッドを招待した以上、追い返すような真似は出来ないが、せめてもの抵抗と言っていい。

「プロダクションを立ち上げる時にも、いろいろと手を貸してやったっていうのに……私に声の一つもかけないなんて薄情な子だよ」
「そこは感謝してるけど、それとこれは話が別だから。大体来ようと思えばチケットがなくたって、いつでも来れるだろ?」

 実質的な経営は林檎やルレッタが担っているが、銀河での活動にはマッドのネームバリューに助けられているところがある。
 まだ出来て数年の実績の少ない事務所だしな。レセプシーで活動も行っているが、それもマッドの紹介がなければ叶わなかった。
 故にその気になれば、どんなイベントやライブでも関係者として、堂々と出入りすることが出来るだけの権限をマッドは持っていると言う訳だ。
 幾つか肩書きはあるが、立場的には名誉顧問と言ったところか? 会長をやっている俺よりも偉そうだったりする。
 まあ、実際それだけの影響力を持っているわけなんだが……銀河アカデミーの偉いさんなんかも頭が上がらないと聞くしな。

「それより、アレ――放って置いていいのかい?」
「あ」

 格納庫に張り巡らされた亜法結界が突破されるとは思えないが、俺は空間倉庫から取り出した銃を構え、コアに向かって回収用のジェルを射出する。
 そして勢いを失い落ちてきたコアを、手元の端末を操作して切り取った周囲の空間ごと凍結した。
 嘗てガイアの盾を封じていた空間凍結の結界を、俺なりに工夫して小型化したものだ。
 ここまでしておけば、再び動き出すことはないだろう。解析は後からでも出来るしな。

「やっぱり、さっきの光は……」
「共鳴のことかい?」
「そう、それだ。なんで、天騎のコアが……」

 天騎のコアに〈皇家の樹〉が使われていることは、俺も知っている。
 しかし天騎に用いられている〈皇家の樹〉は、すべて幼生固定されている。
 それは〈皇家の樹〉から善悪の判断を奪い、戦いを強要するためだと聞かされていた。
 種子の状態で幼生固定された〈皇家の樹〉は、感情のままに動く子供と大差がない。
 それ故に無邪気で、残酷にもなれるのだが――

「子供だからだろうね。だからこそ、意思を誘導しやすい」

 そう話すマッドの言葉に、そういうことかと俺は不満げな表情で納得する。
 複数の〈皇家の樹〉の力を合わせることで、上位の世代に匹敵する力を一時的に得ることが出来る技術――それが『共鳴』だ。
 だが力を合わせるということは、意思を束ねるということだ。
 皇家の樹は、一つ一つが意思を持った高次元生命体だ。それ故に性格の違いから、相性が合わないこともある。
 機械とは違う以上、人の思うように動かないのは当然だ。
 皇家の樹のマスターは、樹の考えに反する嫌なことは絶対にさせないし、そんな人間はマスターに選ばれることはない。
 簾座で幼生固定された〈皇家の樹〉が用いられているのには、そうしたところも理由の一つにあるのだろう。
 だが、それとは別の問題もある。

「だけど、最上のものでも第五世代相当なんだろ? なら……」

 天騎に搭載されている種は上位のものでも第五世代が大半を占めるという話だ。
 それに回収された天騎は、観測できるエネルギーの総量から考えて、第五世代相当と行ったところだった。
 皇家の樹は、第三世代より上の世代でなければ感情は希薄で、明確な意思を持たない。
 そのことから第五世代の〈皇家の樹〉に共鳴を行えるほどの意思があるとは思えなかった。

「そういうことか。だから、零式を……」

 何かに気付いた様子で、ポンと手の平を打つマッド。
 零式が一体どうしたって……いや、まさか?
 鬼姫から提案され、俺の船で現在行っている実験が頭を過ぎる。
 第四世代以降の〈皇家の樹〉の感情を育み、意思の覚醒を促すという実験。
 理由はわからないが、零式には〈皇家の樹〉と意思を通わせ、成長を助ける力があるらしい。
 実際、効果はでていた。いま一番成長しているのは、フレデリカのもとで『マロ』と呼ばれている〈皇家の樹〉だ。

「覚醒を促し、皇家の樹の意思を束ねているブレーンがいる。それが恐らく――」

 ――零式。
 その話に、俺はなんとも言えない感情を覚えるのだった。


  ◆


「攻撃がきいてない!? それに、あの光の盾って――」

 双蛇が展開する三枚の光の盾に、ドールは驚きの声を上げる。同じものを過去に目にしたことがあったからだ。
 ――光鷹翼。皇家の樹のみが使えるとされる絶対防御。
 簾座の主力兵器でもある機甲騎は『天騎』と呼ばれる最上位の機体でも、第五世代以降の〈皇家の樹〉が主流だ。
 簾座を代表する五家の首都には第三世代の〈皇家の樹〉があるとされているが、それでも最高で第三世代。
 本来、光鷹翼は単独で使用する場合、第二世代以上の〈皇家の樹〉しか展開することが出来ないとされていた。

「敵が簾座から奪った兵器は、最高でも第五世代以降だったって話じゃなかったの!?」

 双蛇より放たれた無数の弾幕を回避しながら、説明を求めるドール。
 そんなドールの言葉に真っ先に反応し、答えたのはアオイだった。

『そう聞いているわ。それに実際に戦った四体の天騎は、間違いなく第五世代以降のものだった』

 第五世代であっても、恒星間規模の宇宙船を常時戦闘状態に出来るほどの力が〈皇家の樹〉にはあるのだ。
 第四世代よりも上の力を持つ〈皇家の樹〉を搭載した機甲騎が相手なら、幾ら無人機が相手でも苦戦を強いられたはずだ。
 幾ら太老が改造を施した聖機人とはいえ、それ以上の力を持つ機甲騎を相手にするのは難しい。
 ましてや光鷹翼はありとあらゆる攻撃を防ぐ絶対障壁。聖機人の攻撃力で突破できるものではなかった。

「……このままじゃ、ジリ貧ね。なんとか、あの防御を崩す方法を考えないと」

 光鷹翼も厄介だが、それ以上に双蛇の放つ弾幕を避けるのに精一杯で、接近することも出来ずにいた。
 攻めあぐねるドールたち。聖機人の防御力では、一撃かするだけでも致命傷となりかねない。
 そんななか展開した光鷹翼を一つに束ね、双蛇は主砲にエネルギーを集め始める。

「エネルギーを集束させて、あいつ何を――まさか!?」

 ドールはアオイたちに向かって「散って!」と叫ぶ。
 双蛇の狙いが自分たちではなく、地球だと気付いたからだ。

『そんな!?』

 アオイの悲痛な声がコクピットに響く。
 光鷹翼を発生させるほどのエネルギーだ。
 そんなものを攻撃に転用すれば、地球など跡形もなく消滅する。
 輝く閃光。響く轟音。
 双蛇より放たれた一筋の光が地球に迫り、万事休すかと思われた、その時だった。

「……まさか、あれも光鷹翼?」

 地球を守るように現れた光の障壁によって、双蛇の放った一撃が防がれたのだ。
 呆然とした表情で、その光景を眺めるドールたち。
 その視線の先には、地球を背に立つ〈白き巨神〉の姿があった。
 間違いない。巨神を中心に地球を守るように展開された三枚の盾。それは光鷹翼だとドールは確信する。

「愛と希望を両耳にひっさげ、ウサミン星よりやってきた――」

 通信を通して聞こえてくる声。それは軽やかな女性の声だった。
 Immortal Defender of Legatee(遺産相続人の永遠の守護者)――通称iDOL。
 機体名称は、アルテミス。
 操縦者(マスター)の名は、

「安部菜々ことウサミン! 地球の平和は、ウサミンにお任せです!」

 安部菜々。
 ここに銀河を舞台にしたアイドルマスターの伝説が幕を開けようとしていた。



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