会場の熱気は最高潮を迎えていた。
 タチコマネットを通じたネット中継も一億プレビューを超え、まだ増え続けている。
 地球だけでなく銀河全体で数えると、実際の数字はその数千〜数万倍に膨らむだろう。
 そんな多くの人々が見守るアルテミスと双蛇の戦いは拮抗しているように見えて、僅かに双蛇が押し始めていた。

「妙だな」

 アルテミスに積まれているオリジナルクリスタルは、銀河結界炉の力を使って精製した特別製だ。
 ましてや現在のアルテミスは戦いを見守る人々の想念を集め、第三世代の〈皇家の樹〉に迫る力を発揮している。
 幾ら双蛇が天騎の力を得ているとは言っても、所詮は第五世代だ。
 どれだけ数を集めたところで、本来はアルテミスに敵うはずもないのだが――

『会長さん、こんなの聞いてませんよ! 死ぬ!? 死んじゃいます!』

 通信越しに菜々の悲鳴が聞こえてくる。
 万が一アルテミスが大破するようなことになっても、緊急脱出用の転送装置が機能するように設計されている。
 そのことは菜々にも事前に説明したはずなのだが、

「例え機体が大破しても、コアと一緒にパイロットも転送されるように設計してあると説明しただろ?」
『会長さんと一緒にしないでください!? ナナは普通の女の子≠ネんですから!』

 女の子と言う部分を強調して反論する菜々。
 若干納得の行かない部分もあるが、確かに生体強化を受けているとは言っても菜々は地球人だ。
 ロボットに乗った経験なんてないだろうし、戦闘に不慣れなのも仕方がない。
 俺や剣士みたいに、幼い頃から鷲羽の実験――もとい特別な訓練を受けてきた言う訳でもないしな。

「とにかく戦闘に集中しろ。大丈夫だから」
『そんなこと言われたって! 無理なものは無理って――むぎゅ』

 べったりと画面にへばりついた菜々の顔がモニターに映る。
 とてもではないが、ファンには見せられない醜態だ。
 ――って、これ音声は一応切っているが、コクピットの映像は中継されてるんだっけ?

「受けてるみたいだぞ……アルテミスのパワーも少し上がってるな」
『物凄く、複雑な心境なんですけど……』

 涙目で真っ赤になった鼻を押さえながら、愚痴を溢す菜々。
 とはいえ、俺としては菜々をアルテミスのパイロットに起用してよかったと思っている。
 最初は志希かカルティアを乗せようかと思っていたのだが、ハーモニクスの数値を見る限りでは菜々の方が適性は上だ。
 それに――

「菜々。俺の言葉が信じられないなら、アルテミスを信じろ」
『え?』
「iDOLはただの機械じゃない。人間と同じように心を持っている」

 iDOLに搭載されているAIはただのAIではない。アストラルを持つAIだ。
 皇家の樹とマスターの関係のように、パイロットとの絆を深めることで本領を発揮する。
 その性能を完全に引き出せば、零式や魎皇鬼にだって迫れる力をだせるはずだ。
 菜々とアルテミスには、それだけのポテンシャルがある。

「怖いのは、お前だけじゃない。信じてやれ。お前と共に歩む〈iDOL〉の力を」


  ◆


 これが夢に近付くための一歩になるならと引き受けた仕事だけど、正直に言うと怖かった。
 ウサミン星人を名乗ってはいるけど、実際のところナナは普通の地球人だ。
 こんなロボットを操縦したことも、戦いの経験なんて勿論ない。
 大丈夫だと言われても、心の底から安心することなんて出来ない。
 あんな大きな宇宙船に勝てるところなんて、まったくと言っていいほど想像することが出来なかった。
 でも――

『怖いのは、お前だけじゃない。信じてやれ。お前と共に歩む〈iDOL〉の力を』

 会長さんの言葉が頭を離れない。
 アルテミス――この子には心≠ェあると会長さんは言った。
 機械などではなく、人間と同じように意思を持っていると――
 だから――

「……あなたも怖いの?」

 そう尋ねると、アルテミスの感情が伝わってくるような感じがした。
 困惑、恐怖、興味――様々な感情が入り乱れ、複雑な気持ちが伝わってくる。
 元々、好奇心旺盛な子なのだろう。生まれたばかりで、子供のような純粋さと危うさが感じ取れる。

「そっか、アルテミス――ううん、アルちゃんもナナと一緒なんだね」

 きっと、この子もナナと一緒で戸惑っているのだ。
 なのにナナは自分のことばかりを考えて、まったくこの子の気持ちを考えようとも知ろうともしなかった。

「怖いよね。痛いのは嫌だよね。ナナも、それは同じ……」

 怖くないはずがない。痛いのは誰だって嫌だ。それは、この子も同じ。
 ナナも出来ることなら逃げだしたい。
 でも、本当に仕事というだけで、会長さんの頼みを引き受けたかというと違う気がした。
 だって――

「でも、地球(あそこ)にはナナの大切な人たちがいる。応援してくれるファンの皆がいる」

 この星にはナナの大切な人たちが、ナナたちのことを応援してくれるファンの皆がいるから――
 子供も大人も関係無く、皆が一緒になって浮かべる笑顔が好きで、ナナはアイドルを続けている。
 その笑顔を身勝手な一部の大人たちの思惑で曇らせたくない。
 ナナが目指すアイドルは、たくさんの人に夢と希望を――
 笑顔を届けるアイドルなのだから――

「だから、力を貸してくれる? ナナも頑張るから一緒に戦ってくれる?」

 そのためなら、ナナは頑張れる。

「うん。ずっと一緒だよ」

 アルちゃんの力強く、優しい気持ちが伝わってくる。
 そうだ。会長さんの言うように、ナナは一人じゃない。
 アルちゃんが一緒にいてくれるなら――
 ナナたちを応援してくれるファンの皆が後ろにいる限り――

「ナナたちは二人で――」

 ナナたちは負けない。
 だって、ナナとアルちゃんは――

「――アイドルなんだから!」


  ◆


「お父様の娘は、零だけでいいのですよ!」

 零式は双蛇を自分の手足のように操り、

「逃げても無駄です! さあ、さあ、さあ!」

 狂気に満ちた表情で、アルテミスを追い詰めていく。
 最初は拮抗していた戦いも徐々に物量で勝る双蛇が押し始め――
 絶え間なく降りそそぐ攻撃に、遂にアルテミスは逃げ道を失う。
 間髪入れず、アルテミスへと迫る双蛇の主砲。

 ――直撃は避けられない。

 零式が勝利を確信した、その時だった。

「――って、なんですか! それ!?」

 ――光鷹翼。アルテミスを守るように現れる光の盾。
 またしても、あと一歩というところで攻撃を防がれたことに零式は憤慨する。
 同じAIでも、零式とアルテミスでは蓄積された戦闘経験に大きな差がある。
 だが、攻めきることが出来ない。それは純粋にアルテミスと双蛇の性能差にあると零式は考える。

「くっ! やっぱり第五世代程度じゃ相手にもなりませんか」

 天騎を取り込んだとは言っても、天騎に使われている〈皇家の樹〉は第五世代のものだ。
 一方でオリジナルクリスタルは、それそのものが第三世代に迫る力を秘めている。
 まだ目覚めたばかりで完全に力を使いこなせていないとは言っても、第五世代程度ではどれだけ数を集めても太刀打ち出来る相手ではない。

「なら、零だって奥の手を……」

 このままでは負けないまでも、アルテミスに勝つことは出来ない。
 そう考えた零式は奥の手を行使する決断を下す。
 太老がいなければ船の能力を十全に使えないとは言っても、まったく使えないと言う訳ではない。
 皇家の樹の力を借りずとも、いまの守蛇怪・零式なら単艦で第三世代に迫る力を発揮することが出来るのだ。
 条件は同じ。それなら自分がアルテミスなどに負けるはずがないというのが、零式の導き出した計算だった。
 早速、双蛇に収容された守蛇怪から力を取り込もうとする零式だったが、

『こんなことだと思ったわ……』
「……あれ?」

 双蛇に力が流れ込んでこない。
 そればかりか、完全に船のシステムを掌握しているはずなのに、零式の意思に反して何者かが回線に割り込んできた。
 そしてモニターに映った人物の顔を見て、ピシリと表情を強張らせる零式。
 無理もない。そこに映っていたのは、守蛇怪の船内に閉じ込められているはずの水穂と舞貴妃だったからだ。

「なんで――」
『太老くんから念のために、これの隠し場所を聞いておいて正解だったみたいね』
「マスターキー!?」

 水穂の手に握られている刀の柄のようなもの。それは零式のマスターキー『絶無』だった。
 本来は実体がなく、幾つかの条件を満たさなければ使えない代物だが、太老は特別な触媒を用いることで限定的に使用可能なものを作りだしていた。
 絶無が持つ能力――アストラル海と繋がる『鍵』としての力はないが、マスターキーである以上、船のコントロールを管理下に置くことが出来る。
 水穂はいざという時のために、太老からマスターキーの隠し場所と取り出すための暗号を教えられていた。

「……まさか、態と捕まった振りを?」
『フフッ、あなたと一緒ね。尻尾をだすのを待っていたのよ』

 にこやかに笑ってはいるが、心から笑っていない。
 どこか寒気すら感じる水穂の笑顔に、零式は嫌な予感を覚える。

「あの……このことをお父様には……」
『しっかりと、ここでのことは映像に記録して〈MEMOL〉に送信済みよ』

 だらだらと額に汗を垂らし、床に突っ伏す零式。
 太老に内緒で進めていた計画が、太老に知られるということ――
 それが意味する結果は、容易に想像が付く。

「お、お父様に叱られる……」

 口封じをしようにも、既にデータを送信した後となっては意味がない。余計に罪を重ねるだけだ。
 水穂もそこまで計算して、このタイミングで姿を見せたのだろう。
 こうなったら当初の予定通り洗脳≠ウれていたということで、クレーにすべての責任を押しつけるしか――
 この危機的状況をどうにか回避しようと、零式が最後の悪足掻きを企んでいた、その時だった。

「え?」

 アルテミスを中心に、地球を包み込むように花開く、五枚の花弁。
 本来、皇家の樹が使用できる光鷹翼は三枚のはずだ。
 アルテミスに搭載されているオリジナルクリスタルは、第三世代相当の力しかない。
 始祖・津名魅を除けば、第一世代の〈皇家の樹〉にすら不可能なことだ。
 そんなことが出来るのは――

「お父様! まさか――!?」

 アルテミスに使われている技術。人々の想念を束ね、一つの力とする能力は、零式が元となっている。
 だが更に原因を辿れば、零式がその力を使えたのは彼女が太老のパーソナルデータ≠ゥら生まれた存在だからに他ならない。
 そして同様にアルテミスにも、アストラルを持ったサポートシステムを開発するために、開発者(太老)のデータが使われていた。
 謂わば、文字通りアルテミスは零式の妹。太老の娘≠ニ言う訳だ。
 なら、零式に出来たことが、アルテミスに出来ない道理はない。

『水穂様、森が……』
『まさか!? これって、あの時の――』

 舞貴妃に言われて、バルコニーから船のなかに固定された亜空間の森を見渡す水穂。
 その頃、実験都市の会場でも、フレデリカの腕に抱かれたマシュマロが眩い光を放っていた。

 ――皆を守ってやってくれ。

 太老から託された願い。
 マシュマロの『皆を守りたい』という強い意思と、皇家の樹たちの想いが集い――
 ナナとアルテミスの『この星を守りたい』という願いが一つになった結果――

 太老の計算すら超える奇跡≠ェ起きようとしていた。



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