「それじゃあ、行ってくるね!」
「やり過ぎるなよ」
「りょうかーい」

 本当にわかってるんだろうなと溜め息を吐きながら、リィンはシャーリィの背を見送る。
 まだ集落の東側では戦闘が続いているとの話から、シャーリィを救援に向かわせたのだ。
 本当は自分で行くべきかと思ったが、アドルたちの反応を見るとシャーリィをここに残すわけにはいかなかった。
 あちらでも同じようなことになるかもしれないが、やり過ぎるなと釘は刺したし、その時はその時だとリィンは腹を括る。

「久し振りですね」
「アドル・クリスティン……私のことを覚えていてくれたようだな」

 シャーリィのこともあって、まだ完全に警戒を解いたわけではない。
 しかし敵では無いとアドルが思えたのは、知り合いが目の前にいたからだった。
 セルセタ総督グリゼルダ。嘗て、アドルはグリゼルダの依頼でセルセタに広がる樹海の地図を作成したことがあったのだ。

(アドル・クリスティンね……)

 一方でリィンはというと、赤毛の剣士――アドルの名前を聞き、内心では少し驚いた様子を見せていた。
 リィンが持つ前世の記憶。そこには原作知識≠ニでも呼ぶべき数多の物語の記憶がある。
 もはや概要程度しか思い出せない物語もあるが、その薄れつつある記憶の中に『アドル・クリスティン』の名前があったからだ。

(確か、冒険家だったか? 名前くらいは知ってるけど、やったことはないんだよな……)

 アドル・クリスティンと言えば、晩年に至るまでに百を超える冒険を成し遂げたとされる冒険家だ。
 イースシリーズとは、そんな彼の冒険を題材としたテレビゲームだった。
 しかしリィンは、前世でこのゲームを手に取ったことがない。記憶にあるのはイースの主人公が『アドル・クリスティン』であると言うことや、雑誌やネットなどで何気なく目にした程度の情報でしかない。なんとなく『セルセタ』という地名にも覚えがあるような気がするが、その程度の知識しかなかった。
 しかし、だ。ここが、もしアドルを主人公とした『イース』の世界なら――

(この島も冒険≠フ舞台と言うことか……)

 益々、昨夜のベルの言葉が無視できない展開になってきたとリィンは溜め息を吐く。
 この島に何かが隠されていることは間違いない。それもベルの話では〈始まりの地〉に近い何か≠ェだ。
 早速、本命と思しきものに当たったことを喜ぶべきか?
 自分のトラブル体質を嘆くべきか?
 リィンとしては複雑な心境だった。

「あの……もしや、あなたは……」

 リィンがアドルの名前を耳にして思考に耽っている傍らでは、戸惑いの表情を浮かべるラクシャの姿があった。
 その視線の先にいるのはグリゼルダだ。
 ラクシャはガルマン王国の貴族ロズウェル家の令嬢。
 グリゼルダがロムン帝国の皇女であることを知っていたとしても不思議ではない。

「……私はセルセタの総督。いまは貴殿たちと同じ一人の漂流者に過ぎない」

 しかしグリゼルダは首を横に振って、ラクシャの問いを否定する。
 グリゼルダの反応に半ば確信を得たラクシャだったが、本人が否定したことで追及を止める。
 何か事情があるのだと察したからだ。
 そんなラクシャの気遣いに感謝しながら、グリゼルダはリィンに声を掛ける。

「リィン、悪いが自己紹介を頼めるか?」

 グリゼルダに名乗りを求められ、リィンは素直に応じる。
 シャーリィの件で警戒されていることを、彼女なりに心配してくれてのことだと察したからだ。
 アドルと顔見知りの自分が仲介した方が、警戒も和らぐと考えたのだろう。

「リィン・クラウゼルだ。うちの暴走娘≠ェすまなかったな」
「い、いえ……助けて頂いたことには感謝しています。ご挨拶が遅れましたが、わたくしはラクシャ。ガルマン貴族ロズウェル家の娘です」

 身構えていたラクシャだったが、どこか気遣いを感じさせるリィンの言葉に戸惑いを覚えながら挨拶を返す。

「もう名前は知っていると思うけど、僕はアドル・クリスティン――冒険家だ」

 ラクシャに続いて名前を名乗るアドル。

「さっきは助かったよ。ありがとう」
「助けたのはシャーリィだ。礼なら、あいつに言ってやれってくれ」
「そうだね。出来れば、そうしたいんだけど……」

 指で頬を掻きながら何やら答え難そうにするアドルを見て、リィンは何があったかを察する。
 恐らくシャーリィに気に入られたのだろう、と――

(これがアドル・クリスティン≠ゥ)

 実際に戦っているところを見なければ正確なことは言えないが、かなりの実戦を潜り抜けていることはリィンも見抜いていた。
 シャーリィは強者を見分けることに関しては、天性の嗅覚を持つ。気に入られたと言うことは、最低でもリーシャに近い実力は有していると見ていい。
 だが、恐らく目に見える強さがアドルの真価ではない。
 彼は凄腕の剣士ではあるが剣術で食っているわけでも、リィンたちのように戦闘を生業にしているわけでもないからだ。
 本人も言ってたように彼は冒険家だ。

「その腰に下げてる武器。少しだけ見せてもらってもいいかな?」

 シャーリィが目を付けた戦闘力よりも、この好奇心の高さの方が厄介だとリィンは頬を引き攣る。
 リィンとシャーリィの使用している武器は、猟兵が好んで使うことで知られているブレードライフルだ。シャーリィの〈テスタ・ロッサ〉は少々特殊だが、基本的にはリィンが腰に帯びた二本の武器も同種のものと言っていい。実弾を放つことも出来るが、オーブメントの技術が用いられていて〈導力〉や〈闘気〉を圧縮して放つことも出来る代物だ。
 探せば似たような武器はこの世界にもあるだろうが、剣や槍と言った一般的な武器と比べると機械仕掛けの外見は異質だ。
 見たことも聞いたこともない武器。未知の技術で作られていると言う点に、アドルは興味を惹かれたのだろう。
 だからと言って、

「悪いが遠慮してくれ」

 猟兵にとって武器は大事な商売道具だ。見せてやる義理はない。
 そう言ってリィンが断ると、心底残念そうな顔を浮かべてアドルは肩を落とすのだった。


  ◆


「傭兵ですか。なるほど、彼女の強さにも納得が行きました。わたくしはその手の話に疎いのですが、さぞ名のある方々なのでしょうね」

 グリゼルダと一緒にいることから、ロムンで活躍している傭兵の一団だとラクシャは考えたのだろう。
 リィンも誤解を解く必要性を感じず、話を合わせる。
 そしてリィンたちの紹介を終えたところで、グリゼルダはこれまでのことをアドルに尋ねた。

「貴殿たちは、これまでどうしていたのだ?」

 そんなグリゼルダの疑問にアドルは、島へ流れ着いたロンバルディア号の乗客を保護しながら集落を作っていたと説明する。
 現在十人ほどの漂流者が集まって生活を共にしていると話を聞き、グリゼルダは驚きつつも安堵の表情を滲ませた。
 自分と同じ境遇にあるロンバルディア号の乗客のことを、ずっと気に掛けていたからだ。

「アドル。その説明では少し……というか、かなり不十分です」

 しかし、そんなアドルの説明にラクシャは苦言を漏らす。

「ここからは、わたくしが説明します」

 グリゼルダが感心しているような計画性のある行動ではなく、半ば行き当たりばったりのような冒険で死にそうな目に何度も遭ったとラクシャは説明する。
 山を駆け、森を抜け、洞窟を探検し、巨大な猪や蜘蛛や蛙の姿をした獣とも戦ったと涙ながらに話す。
 アドルと一緒に朝から晩まで、時には夜通し島の探索を行っていたと話を聞いたところで、

(……シャーリィが気に入るわけだな)

 さしものリィンもラクシャに同情し、アドルに対する呆れの視線が強くなった。
 リィンは出来るだけ野営地には戻るようにして、夜の探索を控えてきた。
 地の利がなく危険な獣が徘徊する島で、無理をするのは危険だと判断したからだ。
 アドルも旅に慣れているのなら理解しているはずだが、恐らくは好奇心が勝ったのだろう。

「アドルには困ったものです。冒険は結構ですが、命知らずにも程があります!」

 ラクシャは本気で怒っていた。泣きそうになっていた。かなり苦労したのだろう。
 シャーリィもよく探索中に目を放すといなくなっていることがある。
 好奇心から珍しい獣を見ると自分からちょっかいを掛け、避けられるはずの戦闘をしたことが何度もあった。
 よく分かる苦労だけに、ラクシャに対する視線が自然と優しくなるリィン。

「その様子だと、相変わらずのようだな」
「はは……」

 一方で全員から非難の目を向けられ、返す言葉もないと言った様子でアドルは笑って誤魔化す。
 自覚はあるのだ。しかし目の前に未知の世界が広がっていると思うと好奇心を抑えきれないのが、アドル・クリスティンという冒険家だった。
 とはいえ、

(まさか、南部と西部の探索を終えて、地図まで作ってしまうとはな……)

 ベルの作った地図ほど精度の高いものではないが、アドルたちも島の地図を作っていたのだ。
 それも素人が見よう見まねで作ったものではなく、かなり精度の高い地図だった。
 しかも、たった二人で島の南と西の探索をほぼ終えたと話を聞き、リィンは本職の凄さを感じ取っていた。

「しかし漂流村か。どう思う?」
「……俺に聞くのか?」

 集落には、既に結構な数の漂流者が集まっているという話だ。
 ならリィンに漂流者の捜索を依頼したグリゼルダの望みは、半ば叶ったようなものと言える。

「そちらの方針に従うという条件だったからな」

 しかしグリゼルダは依頼を取り下げるつもりはないようだった。
 まだ行っていない場所に取り残されている漂流者がいるかもしれないというのもあるが、全員が無事にこの島をでるにはリィンたちの助けが必要になると考えていたからだ。
 船の件もある。ベルは船の設計が出来ると言っていた。
 ならば他の漂流者の力を借りれば、島をでるための船を造れるのではないかという打算もあった。
 そんなグリゼルダの考えをリィンは察するが、

「まずは集落の代表と話をするのが先だな」

 ここにいる人間だけで決められるような話でもないと考え、アドルに視線を向ける。
 話の流れから言って、アドルが集落の代表者ではないかと考えたからだ。
 しかしアドルから返ってきた答えは、リィンにとって意外なものだった。

「そういう話なら、バルバロス船長が適任だと思う」
「――ッ! 船長も無事なのか!?」

 アドルは首を横に振って、自分よりバルバロス船長が適任だと答える。
 一方で驚きの声を上げるグリゼルダ。漂流者が集まっているとは聞いていたが、ここにロンバルディア号の船長もいるとは思ってもいなかったのだろう。
 しかしリィンの驚きは別にあった。

(沈没船の船長が代表とか……どうなってるんだ?)

 てっきりアドルが皆を率いていると思っていたのだ。
 それがロンバルディア号の船長が代表をしていると聞いて、リィンは内心驚いていた。
 能力的に問題はないのかもしれないが、沈没した船の船長が代表でよく不満がでないものだと思ったからだ。
 どういう事情があるにせよ、船が沈んだ責任が船長にまったくないとは言えないはずだ。
 普通は罵詈雑言を浴びせられても文句は言えない。口にはださずとも不満の一つや二つは抱えているものだろう。
 それもなく上手く行っていると言うことは――

(……余程の人物と言うことか)

 能力だけでなく人格的に優れた人物であることが窺い知れる。
 実際に会ってみなければ最終的な判断は下せないが、それならと現実的な案をリィンは提示する。

「話し合いの結果次第だが、受け入れてもらえるなら、ここへ保護している漂流者を連れて来ようと思う。ベルに結界を張ってもらえば、獣に襲われる心配も減るだろうしな」
「……結界ですか?」
「獣除けの魔術というか……まあ、そういう便利なものがあると理解してくれればいい」
「はあ……」

 魔術と聞いて、ピンと来ない様子で曖昧な反応を示すラクシャ。
 一方で、

「……興味があるのか?」
「キミたちのことを含めて、いろいろとね」

 興味津々と言った表情を浮かべているアドルを見て、リィンは溜め息を吐く。
 ラクシャが涙を浮かべながら苦労を語るはずだと理解してのことだった。
 そうこうしていると、アドルの名前を呼びながら近付いてくる一人の男の姿がリィンの目に入った。

「おい、アドル! 無事か!?」

 ズボンは履いているが、上はシャツすら身に付けておらず、ベストだけという大胆さ。
 余程自分の身体に自信があるのだろう。その証拠に腕の太さはアドルの倍近くあり、鍛え上げられた肉体をしていた。
 彼の名はドギ。四年前の古代王国イースを巡る冒険でアドルと知り合ってから、腐れ縁のように彼と旅を共にしてきた相棒だった。

「そっちも片付いたのかい?」
「ああ、赤い髪の嬢ちゃんのお陰で大体な。まあ、いろんな意味で驚きを隠せない戦いではあったが……獣どもに同情する日が来るとは思わなかったぜ」

 アドルとドギの話を聞いて、「やっぱりやらかしてたか」とリィンは溜め息を吐く。
 そんなリィンに気付いて、アドルに説明を求めるような視線を向けるドギ。

「紹介するよ。彼等は――」

 ドギにリィンたちを紹介するアドル。
 ロンバルディア号沈没から二十日余り――
 猟兵と冒険家が巡り逢うことで、セイレン島を舞台とした物語は新たな局面を迎えようとしていた。



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