「パロのことを? それは一体……」

 困惑の声を漏らすバルバロス船長を見て、やはり無関係かとリィンは確認する。
 バルバロス船長がリトル・パロを裏から操っている可能性や、逆に操られている可能性を疑っていたからだ。
 だが、少なくともその線は薄そうだとリィンは考える。他の漂流者にも目をやるが、怪しい人物は特にいなかった。

「その話をする前に幻獣≠ニ言うものを知っているか?」

 念のため警戒を残しつつ、リィンは探りを入れるように尋ねる。
 しかしバルバロス船長の反応は変わらず、本当にわかっていない様子で質問を返す。

「いえ、その幻獣と言うのは?」
「簡単に言うとマナの力を借りて――」
「すみません。その……マナと言うのは?」
「そこからか。そうだな……厳密には少し違うが、ようは魔力や霊力と言った力のことだ」

 こんな感じのな、とリィンは右手の人差し指を立てて炎を灯す。
 リィンが炎を纏っている姿はバルバロス船長も目にしてはいたが、何もないところから現れた炎に驚きを隠せないでいた。
 他の皆も似たような反応だったが、特に気に留めることもなくリィンは話を続ける。

「こうした力の影響を受けて実体化した現実には存在しないはずの生物=\―それが幻獣だ」

 現実には存在しないはずの生物と言われると、物語に登場するような空想上の生き物が頭を過ぎるだろう。
 しかしリィンの説明を聞いて、ラクシャの頭に真っ先に浮かんだのは別のものだった。

「気付いたみたいだな」
「存在しないはずの生物。それは既に地上の何処にも存在しない……絶滅している生き物も含まれるのですね? 例えば古代種≠フような――」

 古代種とはその名の通り、遥か太古の時代に地上を支配していたと考えられている巨大な獣のことだ。
 古い地層などで稀に化石が発掘されることはあるが既に絶滅していて、生きた古代種がいると言う話は噂にも聞いたことがない。
 だと言うのに、この島にだけ古代種が当時の姿のまま生息していることに、ラクシャはずっと疑念を抱いていたのだ。

「この島に生息している古代種はすべて幻獣の一種だと俺は考えている。だが、本来マナで肉体を構成されているはずの幻獣は倒されれば消えるはずなんだが――」
「ん? それはおかしくないか? ワシ等、普通に古代種を料理して食ったと思うんだが?」
「え! 古代種を食べたのですか!?」
「おう、リィンが料理してな」

 思い出したらまた食いたくなってきたなと、しみじみと語るサハドを見て、ラクシャは頬を引き攣る。
 魚や野鳥くらいは獲って食べたことはあるが、古代種を料理するという発想がそもそもなかったためだ。
 美味しいのでしょうか……と真剣に考えるラクシャを見て、リィンは溜め息を交えつつ話を続ける。

「サハドの言うように、シャーリィやフィーが倒した古代種は幻などではなく確かに実在していた。だが、俺が倒した二体の古代種。あれは――」

 身体がマナで構成された俺のよく知る幻獣だった、とリィンは話す。
 しかしそうすると二通りの古代種が存在すると言うことになる。
 その違いについて、リィンは一つの予想を立てていた。

「恐らく――」
「受肉した古代種は召喚されたのではなく、島の動植物が姿を変えた存在」

 リィンが説明する前に、ベルが割って入って答えを口にした。

「……気付いていたのか?」
「予想はしていましたもの。恐らくは、なんらかの力が島の環境を造り変えているのでしょう」

 この島がおかしいのは古代種の存在だけではない。
 森の植物なども、現在では生息が確認されていない古い時代のものが混じっていることを、リィンとベルはラクシャから聞いていた。
 となれば、古代種を生み出している力が島そのものに作用していると考えるのが自然だ。
 それは即ち、

「古代種が生息していた時代へと、時計の針を巻き戻すかのように――」

 回帰していると、ベルは話す。
 それが、これまでに得た情報からリィンとベルが導き出した答えだった。

「……信じられないような話ですが、この島で何かとてつもないことが起きているというのは理解しました。ですが、そのこととパロにどういう関係が?」

 一応の納得はしたものの、バルバロス船長には一つ分からないことがあった。
 その話がどうしてリトル・パロと繋がるのか、想像も出来なかったからだ。
 当然そうした疑問を抱かれることはリィンも予想していた。
 だから最初に、古代種のことや幻獣について説明したのだ。
 二つの違いを理解してもらうために――

「さっきも言ったようにシャーリィが倒した古代種と、俺が倒した古代種には明確な違いがある。前者は元々島に生息していた動植物が姿を変えた存在。後者は何者かによって召喚≠ウれた存在という違いがな」

 基本的には、この島の古代種は実在する動植物が姿を変えたものであることは間違いない。
 ――太古への回帰。それが、この島で起きている不可思議な現象の正体だ。
 しかしリィンが戦った二体の古代種は、それとは別の存在だった。
 マナによって身体を構成された幻獣≠ノ限りなく近い性質を持った古代種。自然に発生することが皆無とは言わないが、狙ったかのようなタイミングで姿を現したことが偶然とは考え難い。
 何者かによって意図的に呼び出されたと考えるのが自然だった。

「まさか……」
「そのまさかだ。リトル・パロが俺を襲った二体の古代種を召喚したと考えている」

 俄には信じがたい話だった。
 しかしリィンの話を聞き、バルバロス船長は何かに気付いた様子で考える素振りを見せる。

「心当たりがあるようだな」
「確たる証拠があるわけではありませんが……」

 リィンに言われるまで気付かなかったが、バルバロス船長もリトル・パロのことは普通のオウムとは違うと感じてはいたのだ。
 というのも、当然のようにアドルたちの探索の手伝いをするようになっていたが、バルバロス船長はリトル・パロを特に調教したつもりはなかった。いや、調教の必要がなかったと言っていい。徐々に言葉を覚えて行ったと言うよりは、最初から人の言葉を理解していたかのようにリトル・パロは完璧に意思の疎通が出来ていたからだ。
 普通に考えれば、無人島に生息する野生のオウムが最初から人間の言葉を理解しているなど、ありえない話だ。
 だが不思議と、そのことにバルバロス船長を含め、誰もが疑問≠抱くことはなかった。
 リィンに言われて初めて、何かがおかしいと感じることが出来たのだ。
 とはいえ、

「確かに不審な点はあるように思えます。ですが、何か証拠はあるのですか?」

 リィンの言っていることはただの憶測に過ぎず、仮に何か重大な秘密を抱えていたとしても、リトル・パロが古代種を召喚したと裏付ける証拠は何一つない。ラクシャの疑念は当然だった。
 それにリトル・パロは人ではないと言っても、共に頑張ってきた仲間に違いは無い。
 だから証拠もなく疑うような真似をしたくないという思いが、ラクシャのなかにはあった。
 しかしリィンはそんなラクシャの思いとは逆に、リトル・パロがこの件に深く関係していると確信を得ていた。
 その理由の一つが――

「クイナ。どうやって船に忍び込んだのか、もう一度みんなの前で話してくれ」

 クイナにあった。
 一斉に視線が集まるのを感じてビクッと肩を震わせるも、リィンに説明を促され、クイナは少しずつ語り始める。

「広場で遊んでたらパロがやってきたの。それで気になって後を追い掛けてたら、真っ白な雲の中にいて……」
「雲……もしかして霧≠ナしょうか? ですが、霧がでていたなんて話は……」

 霧自体はそう珍しいものではない。しかし、この島で生活を初めて一ヶ月以上が経つが、ラクシャは霧がでているところを一度も目にしたことがなかった。
 ましてや、今日の天気は快晴だった。
 ゲーテ海の気候は温暖で、何日も雨が降っていないことを考えると何の前触れもなく昼間から霧が発生するとは考え難い。
 クイナが嘘を吐いているとは思わないが、霧が発生していたのなら他に誰も見ていないというのは考え難かった。

「その雲を抜けると浜辺に立っていたの。それでドギたちが作った小舟があって、近くには誰もいなかったから……」

 チャンスだと思って小舟に積まれていたシートの下に隠れてしまった、とクイナは話す。
 そこからは以前リィンに話をした通りの流れだ。だが、問題はそこではなかった。

「集落から作戦地点の浜辺までは半刻ほどの距離がある。だが、クイナが集落から後を付けていたなら誰かが気付いていたはずだ」

 本当にクイナが後を付けてきていたなら、誰一人として気付かなかったのはおかしい。
 ましてや、気配に鋭いシャーリィやフィーを欺くのは、プロの暗殺者でも難しいのだ。
 素人に――それも子供に出来る芸当ではない。となれば、何か別の要因があると考えるのが自然だ。
 リトル・パロを追い掛けていたら遭遇したという霧。その霧を抜けると、クイナは浜辺に立っていたと話した。
 それもタイミング良く小舟の周りには誰もいなかったと言うのは、どう考えても話が出来すぎている。

「ちょっと待ってくれ。最後に船の点検をしたのは俺とバルバロス船長だが、ずっと浜辺にいたんだぞ?」

 子供が船に近付けば、さすがに気付くはずだとエアランは話す。
 だが、その言葉を疑うわけではないが、実際にクイナは船に乗っていたのだ。
 クイナが嘘を吐いていないとすれば、考えられることは一つしかない。

「なるほど、だからパロを疑っているのですね? その霧≠ェクイナの姿を隠し、我々の目を欺いたと……」

 バルバロス船長の問いに、リィンは静かに頷く。
 それにリトル・パロが怪しいと感じているのは、それだけが理由ではなかった。

「霧のことだけじゃない。あのオウムは俺の放った銃弾を避け、一瞬で姿を消した。そんな真似の出来るオウムが、ただの鳥であるわけがない」

 リィンはリトル・パロを、セリーヌやグリアノスのような〈使い魔〉に近い存在ではないかと考えていた。
 もしそうなら、リトル・パロの背後にはマスターがいることになる。
 島の環境を造り変え、古代種を召喚できるような強大な力を持った存在がだ。
 もしそうならリトル・パロを通して、あの場に幻獣を召喚することが出来ても不思議ではない。

「一瞬で姿を消した? それはキルゴール先生との戦いで使ったという?」

 ベルが治癒魔術を使ったことや、突然現れたことなどラクシャはドギから話を聞いていた。
 最初は目の錯覚ではないかと疑っていたのだ。
 しかし実際にリィンの呼び掛けに応え、〈灰の騎神〉は何もない場所から姿を見せた。

「〈転位〉のことか? あれは一瞬で離れた場所を行き来できる魔術だ」

 あっさりと認めたリィンを見て、ラクシャの頭に一つの疑問が過ぎる。

「……その力を使えば、島から脱出できるのでは?」

 当然と言えば、当然の疑問だった。
 しかし、そもそもラクシャが思いつくようなことを、ベルが考えつかないはずがなかった。

「残念ながら、そう簡単には行きませんわ。〈転位陣〉は長距離の移動には向いていませんし、イメージの出来る場所にしか飛べませんもの」

 その上で、現実的ではないと判断したのだ。
 転位先のイメージの問題が解決したとしても、転位の魔術は一緒に〈転位〉する人数や重量・距離に応じて必要な魔力量が変化する。
 セイレン島から一番近い港町までの距離を計算しても、ベル一人の魔力では一緒に〈転位〉させられるのは二人が限界。それも片道分だ。
 消耗した魔力が自然に回復するのを待っていたのでは、普通に脱出用の船を造るよりも日数が掛かる上、ベルの負担が大き過ぎる。
 更に言えば、集落の安全が確保されているのはベルの張った獣除けの結界があるからだ。結界の維持が困難になるほど、ベルの魔力を消耗させるわけにはいかないという事情もあった。
 それなら安全を確保しつつ、確実な方法で島からの脱出を試みた方がいい。
 そう考え、まずは航路の安全を確保するために古代種討伐の作戦をベルは提案したのだ。

「魔術というのも万能ではないのですね」
「才能による個人差はありますが、基本的には人間の使う技術≠ナすもの。神の奇跡≠ニ違い、出来ることと出来ないことがありますわ」

 魔術が万能なら、人は奇跡≠求めたりはしない。
 千年もの間、幻の至宝を追い求め続けたクロイス家の錬金術師だからこそ、ベルはそのことがよくわかっていた。
 魔法のような力が使えるとは言っても、一人の人間に出来ることには限界がある。
 とはいえ、

「それでも、どうしてもやれと仰るのなら協力しますわ」
「珍しいな。自分から、そんなことを言うなんて」
「何を考えて、すべてを語ったのかは想像が付きますもの。後々のことを考えなくても良いのであれば、方法がないわけでもありませんし」

 リィンが秘密を打ち明け、古代種や幻獣の話に触れ、敢えて〈転位〉についても説明した理由をベルは察していた。
 それにベルはあくまで協力者だが〈暁の旅団〉の関係者であることに変わりは無い。
 団を率いる者としてリィンが下した決定にまで異を唱えるつもりはなかった。

「お二人は、何を……?」
「目の付け所は悪くないという話をしているのですわ」

 二人が何を言っているのか分からず、ラクシャは困惑する。
 転位の話を聞いて疑問に思ったことは確かだが、彼女も本気でリィンやベルが悪意があって、そのことを隠していたとは思っていなかった。
 なんらかの理由があるとわかっていたからだ。
 それに〈転位〉に拘らずとも、ロンバルディア号を沈めた古代種は既に討伐された後なのだから、普通に船を造って島を脱出すれば良いことだと考えていた。
 だがラクシャの考えを読んだリィンは首を横に振り、そんな彼女の考えを否定する。

「俺がなんで、さっきの話をしたと思う? 古代種を生みだすことが出来ると言うことは、どれだけ倒しても補充がきくと言うことだ」
「あ……」

 確かにその通りだ、とラクシャは自分が大きな勘違いをしていたことに気付かされる。
 古代種を召喚したり生みだすことが出来るのなら、ロンバルディア号を襲った古代種が再び現れる可能性がまだ残されていると言うことだ。
 また船が海に沈むことになれば、今度も無事に助かるという保証はない。それは船での脱出が困難になったと言うことに他ならなかった。

「では、どうしたら……」
「それは先程、ご自身で口にしたではありませんか。〈転位〉で島を脱出すれば良い、と――」

 転位による島からの脱出は難しいと口にしたのはベルだ。
 なのに前言を翻すような話をされ、ラクシャは困惑する。
 一体どうするつもりなのかと、皆の視線が集まる中――

「〈精霊の道〉を開く」

 リィンはそう告げるのだった。



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