「アリスンは! 彼女は無事なんですね!? 元気なんですね!?」

 いまにも掴みかかりそうな勢いでアドルたちに迫り、大きな声を上げる男性の姿があった。
 探索を行っていると、ラクシャの言っていたように遺跡に隠れ住んでいた彼を見つけたのだ。
 そこでロンバルディア号の乗客であることを確認して、漂流村のことを告げると返ってきたのが、この反応だった。
 様子から察するに、彼がアリスンの捜していた夫だろうとラクシャは確信する。

「え、ええ……アリスンさんは無事に保護して、現在は漂流村にいらっしゃいます。ですから、取り敢えず落ち着いてください」
「あ、これは失礼……」

 思わず取り乱してしまったことを謝罪するエド。しかし、それほどに妻のことを心配していたのだ。
 出来るだけ最悪の可能性は考えないようにしていたつもりでも、不安を覚えない日は一日としてなかった。
 そんな半ば諦めかけていたところに、アドルたちが現れたのだ。
 しかもアリスンが漂流村で保護されていると聞いて、いてもたってもいられなくなるのは仕方がなかった。

「改めて、僕はアリスンの夫でエドと言います。街で仕立て屋を営んでいて、ロンバルディア号には夫婦で乗船していたのですが――」

 海に流された時に妻と離れ離れになり、途方に暮れていたところを同じ漂流者に助けてもらったとエドは話す。
 正直エド一人であれば、今日まで無事だった可能性は低い。恐らくは獣に襲われて、命を失っていただろう。
 だが、他にも一緒の漂流者がいると聞いて、アドルたちは納得する。

「では、ここにはもう一人いらっしゃるのですね? その方はどちらに……」
「いや、いまは食べ物を探しにでてるけど、あと二人いる。本当は僕を含めて、最初は四人いたのだけどね……」

 最初は四人いた、というエドの話を聞き、険しい表情を浮かべるアドルたち。
 もしかしたらキルゴールのように命を失った漂流者がいるのかもしれないと考えたからだ。
 しかし、そんなアドルたちの様子を見て、エドは少し慌てた素振りで、

「ああ、勘違いしないでくれよ? 何かあったと言う訳じゃない。ただ、まだやることがあると言って、どこかへ行ってしまってね」

 と説明する。
 最初エドを助けたのは、その別行動を取っているという帽子を被った若者だったそうだ。
 見たこともない飛び道具を使い、獣を追い払って助けてくれたと、帽子の若者の話をするエド。
 そして一通りの説明を終えると、

「それより、アリスンだ! 僕を彼女のところに連れて行ってくれ!」

 そう言って土下座をするような勢いで頭を下げるエドを見て、アドルとラクシャは顔を見合わせる。
 見つけた漂流者をどうやって連れて帰るのか? そこまで考えてはいなかったからだ。
 さすがにエドを連れてジャンダルムを越えるのは危険が過ぎる。
 それにエドだけでなく、他の漂流者も一緒に連れて行く必要があるだろう。
 となると、

「彼等に連絡して、迎えを寄越してもらう以外になさそうですね」

 ラクシャの案にアドルも頷く。その時だった。

「アドル兄、ラクシャ姉。誰かが近付いてくる」

 一早く、何者かの接近を察知したリコッタが声を上げたのだ。
 他の漂流者が帰ってきたのかとアドルとラクシャは考えるが、何か様子がおかしいことに気付く。
 残りは二人と聞いていたのだが、足音のする方へ視線を向けると、姿を見せたのは一人の若者だったからだ。
 随分と慌てている様子で、息を切らせながら走ってくる姿が見て取れる。そんな若者の顔にアドルは見覚えがあった。

「カシュー?」
「アドル! そこにいるのはアドルなのか!?」

 名はカシュー。
 その白の下地に青のストライプが入った制服からも分かるように、彼はロンバルディア号の船員だった。
 臨時の水夫として乗船していたアドルは、彼に仕事の面倒を見て貰っていたので顔をよく覚えていた。
 生きていてくれたことを喜ぶ一方、ただならないカシューの様子に表情が強張る。

「助けてくれ!」

 そうしてカシューは、アドルに助けを求めるのだった。


  ◆


「話があるということでしたが、どうかされたのですか?」

 突然、話があると呼び出されたバルバロス船長は、怪訝な表情を浮かべリィンに尋ねる。
 集落の広場に設けられたテントの一つ。そこには同じようにリィンに呼び出されたドギが同席していた。

「アドルたちが島の北部で、ロンバルディア号の乗客と思しき漂流者を複数発見したそうだ。そのなかにはアリスンの旦那もいるとの連絡があった」

 思わぬ情報に驚きと喜びの声を上げるバルバロス船長とドギ。
 漂流者が見つかったということもそうだが、そのなかにアリスンの夫が含まれていたのは彼等にとって嬉しいニュースだったからだ。
 エドが生きている可能性は絶望的だということは、バルバロス船長やドギも察していた。
 そんななかアリスンが体調を崩して倒れ、何か自分たちにも出来ることはないかと、やきもきしていたところだった。
 早く報せてやらないと、とアリスンのもとへ向かおうとするドギを、まだ話は終わっていないとリィンは引き留める。

「喜ぶのは、まだ早い。あっちは大変なことになっているみたいでな」
「……大変というのは?」
「漂流者たちが隠れ住んでいる遺跡に、無数の古代種が向かっているらしい」

 その数は千を超えているとリィンが説明すると、バルバロス船長とドギは目を瞠る。
 集落を襲ってきた獣の数は、多くて二百から三百と言ったところだった。しかも、そのほとんどがただの獣だ。
 一体でも厄介な古代種が群れとなって襲ってくるなど信じがたい、まさに絶望的な状況と言えた。
 アドルたちがどれほど危険な状況にあるかを理解して顔を青ざめる二人に、リィンは話を続ける。

「取り敢えず、フィーとシャーリィを先行させた。ベルはここに残すが、これから俺も救援に向かう」
「……わかりました。我々は集落(ここ)を守ればいいのですね?」
「さすがに察しがいいな」

 古代種の暴走を食い止めるには、戦力を集中させるしかない。
 この場合、最大戦力であるリィンたちが救援に向かうのが最善の手だ。
 だが、そうすると集落の守りが手薄になる。ベルの結界があるとはいえ、古代種が相手では万全とは言えないからだ。
 ここに自分たちが呼ばれた理由を察して険しい表情を浮かべるドギに、リィンは木箱から取り出した一丁の銃を放り投げた。

「ドギ。もしもの時は、こいつを使え」
「ん? なんだ――って、うおッ!? なんだ。こりゃ!」

 受け取った銃を見て、驚きの声を上げるドギ。

「それは銃≠ニいう武器だ。生憎とヒイロカネの銃弾までは用意が間に合わなくてな。古代種には通用しないと思うが牽制程度にはなる」

 それに獣程度なら十分に撃退が可能な殺傷能力があると話ながら、リィンはライフルの使い方を説明する。

「これが、銃ですか。以前、同じものを見たことがありますが……」

 バルバロス船長が見たことがあると言っているのは、ロムン帝国で製造された銃だった。
 しかし素人目にも分かるくらいリィンの用意した小銃は、ロムンのものとは一線を画す技術で作られていることが見て取れる。
 それもそのはずだ。リィンが用意したのは、ラインフォルト社で製造された猟兵が好んで使う火薬式の軍用銃だった。
 導力式の銃が主流となりつつあるリィンたちの世界では既に骨董品扱いされるような代物だが、バルバロス船長が知る銃とは一線を画す威力と命中精度を持つ代物だ。
 そのなかでも比較的扱いやすい銃を、リィンは物資の補給のついでにノルンに送ってもらっておいたのだ。

「全員に行き渡るだけの数はあるはずだ。銃弾はそちらの箱に入っているのを使え」

 使う機会がないに越したことはないが、島の様子がおかしいことには以前からリィンも気付いていた。
 だから密かに準備を進めておいたのだ。万が一に備えて、集落の守りを強化するために――
 少なくともバルバロス船長やドギなら、獣に襲われても自分たちが戻るまでの時間を稼ぐくらいのことは出来るだろうと信頼してのことだった。
 その信頼に応えようと、

「集落の守りは、我々にお任せください」
「アドルたちのことを、よろしく頼む」

 神妙な顔で頷くバルバロス船長とドギに背を向け、リィンはアドルたちの待つ戦場に向かうのだった。


  ◆


 古代種の群れは西の峡谷から迫っていた。

「くッ! これ以上は無理だ! 僕たちも逃げないと――」
「泣き言を叫んでるんじゃないよ! 男なら、もっと気合いをいれなッ!」

 貴族風のレイピアを手にした男が古代種の群れに気圧されて後ろに下がると、入れ違いに巨大な剣を携えた老婆が前にでる。
 彼女の名はシルヴィア。〈銀翼の鷹〉の異名を持ち、現役時代には無敗の記録を打ち立てたロムンの剣闘士だった。
 齢七十を重ねる老婆ではあるが、キレのある動きと鍛え上げられた肉体は衰えを感じさせない。
 一瞬にして間合いを詰め、群れの中に飛び込むと豪快な動きで身体を回転させながら大剣を振り回す。
 剣圧だけで風を巻き起こし、無数の古代種を転倒させると闘気を剣に宿して、一閃した。
 大地がひび割れ、放たれた闘気の刃が硬い表皮で覆われた古代種の身体を斬り裂く。

(む、無茶苦茶だ!?)

 まさに人外のシルヴィアの強さに脅え、驚く貴族風の男。彼はオースティンと言った。
 本来は古代種に襲われているシルヴィアを見つけて、颯爽と助けに入るつもりでいたのだ。
 だが実際には助けるどころが、シルヴィアの戦いに圧倒されていた。
 自分はいなくてもいいのでは――とオースティンは考えるが、

「その格好から察するにアンタは貴族だろ? まさか、かよわい年寄りをおいて一人で逃げるなんて言わないだろうね?」

 どこがかよわいのか甚だ疑問だが、逃げたら殺されると涙を滲ませながらオースティンは武器を構える。
 だが、オースティンの言うように追い詰められているのは確かだった。
 倒しても倒しても絶え間なく襲ってくる古代種の群れ。
 このままでは、体力が尽きるのが先だとシルヴィアも考える。
 しかし、

「ここを通りたければ、アタシたちを倒してからいきな!」

 カシューやエドが逃げるくらいの時間は稼いで見せると、シルヴィアは剣を一閃し、気合いを入れ直す。
 現役を退いたとは言っても、我が身可愛さに敵に背を向けることは出来ない。
 それが生涯無敗の伝説を打ち立てた剣闘士シルヴィアの誇りでもあった。
 そんなシルヴィアの気迫に気圧されたのか? 動きが鈍る古代種たち。
 そこに勝機を見出し、戦線を押し込むためにシルヴィアが大地を踏みしめた、その時。
 シルヴィアと古代種の間に、赤い髪の少女――シャーリィ・オルランドが割って入るように空から降り立ったのだ。

「いいね。そういうの嫌いじゃないよ。だからさ……シャーリィも愉しませてよねッ!」

 シャーリィが愛用のブレードライフル〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉を一閃すると鮮血が舞う。
 突如現れた敵とも味方とも分からない相手。
 血の雨が降り注ぐ中で笑い、踊るような戦いを見せるシャーリィを見て、オースティンは顔を青ざめる。
 一方でシルヴィアはと言うと、

「ほう、なかなかやるもんだね」

 シャーリィの戦い振りを眺めながらも動揺することなく、逆に感心した様子を見せていた。
 コロシアムの剣闘士なんてやっている輩は、一癖も二癖もある人間が多い。
 なかには人を斬ること、殺すことに快感を覚えるような異常者もいたくらいだ。
 そうした狂気に取り憑かれた人間を、シルヴィアは大勢見てきた。
 そういう意味では、まだ敵と味方の判別が付いているシャーリィはマシな方だ。
 シャーリィの放つ攻撃的な闘気を全身に受けて、若い頃を思い出し、血が滾るのをシルヴィアは感じていた。
 それに、

「どうやら、まだ天に見放されてはいないようだね」

 銀色の風が戦場を駆け抜ける。
 縦横無尽に戦場を駆け、シャーリィの討ち漏らした敵を殲滅する〈妖精〉の姿があった。
 シャーリィ・オルランド。そしてフィー・クラウゼル。
 そんな二人に負けじと、大剣を振うシルヴィア。その豪快な戦い振りに、フィーは少し驚く。

(あのお婆さん……〈光の剣匠〉と良い勝負かも)

 リィンとヴィクターの戦いを思い出しながら、そんなことを心の中で呟くフィー。
 卓越した剣術、練り込まれた闘気、キレのある隙の無い動き。
 超一流の達人であることは疑いようのないシルヴィアの実力に感心してのことだった。

「ぼ、僕だって――」

 最初は身体が震えて動けずにいたオースティンも形勢が有利に動き始めたことを察して、お荷物ではいられないと奮起する。
 本当は怖い。すぐにでも逃げ出したいくらい身体が今も震えている。
 しかしシルヴィアに言われたように、オースティンは貴族だ。未熟であろうと彼にも貴族の誇りがあった。

「うおおおおッ!」

 大きな声を上げることで自分を奮い立たせ、前線を抜けてきた一匹の古代種に向かって直進するオースティン。
 繰り出される鋭い突き。並の獣なら一撃で倒せるほどの威力がある攻撃を放つが、

「僕の剣が!?」

 オースティンが戦いを挑んだのは、サイのような姿をした小型の古代種だ。
 しかし小さいとは言っても古代種。鋼鉄の武器をも通さない硬い表皮を持つことに変わりはない。
 闘気を纏った一撃ならまだしも、ただのレイピアでは貫けるはずもなく、金属を弾くような音と共に剣身が半ばから折れてしまう。
 そのまま古代種の体当たりを受け、オースティンは地面を転がる。

「……カハッ!」

 肺から空気を吐き出し、土に塗れながら肩で息をするオースティン。
 次の瞬間――大地を蹴り、迫る古代種を目にして表情が絶望に変わる。

「ひぃ、助け――」

 折角入れた気合いも抜け、両手で頭を抱え、助けを求めるオースティン。
 絶体絶命かと思われた、その時だった。
 風が盾となり、庇うようにオースティンの身体を包み込んだのだ。

「いまです!」
「合点承知!」

 その声は、ラクシャとリコッタのものだった。
 風の障壁に阻まれ、動きを止めた古代種に目掛けてリコッタの放ったウィップメイスの一撃が決まる。
 弾かれるように宙を舞う古代種。そこに距離を詰め、大地を蹴って飛び上がったアドルが追撃を仕掛ける。

「アドル!」
「アドル兄!」

 ラクシャとリコッタの声が響く中、一閃。
 風を斬り裂くような一撃を放ち、アドルは古代種を両断するのだった。



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