(先程の勝負、態と負けましたわね?)
(なんのことだ?)

 念話を使い、頭の中に直接語りかけてくるベルに対してリィンは白を切る。しかし、その反応だけでベルには十分だった。
 幾らヒュンメルの勝負勘が鋭く、この手のゲームに強いと言っても遊び慣れているリィンに敵うはずもない。
 引きの強さや勝負勘の鋭さなら、リィンもヒュンメルに決して劣ってはいないからだ。
 いや、むしろリィンの方が上だということは、普段から遊びに付き合っているベルが一番よくわかっていた。
 だが、ベルがリィンのことをよくわかっているように――

(タナトスの情報を渡した後は、島からの脱出とセルセタまでの切符を交渉の材料に、また吹っ掛けるつもりだっただろ?)
(あら? やはり気付いていましたのね)

 ベルのやりそうなことはリィンもお見通しだった。だからヒュンメルに勝負を持ち掛けたのだ。
 リィンが勝利の対価にヒュンメルに提示したのは、ベルが交渉の材料に使おうとしていたものだ。
 恐らくは勝ちを譲られたことにヒュンメルも気付いているはずだ。
 リィンは貸しを作ったつもりはないが、たいした利益も見込めないのに危険を冒して、こんな島にまでやってくるような男だ。
 運び屋の仕事にプライドを持っていることもそうだが、義理堅いことが察せられる。
 ベルのように選択肢を奪い仕事を受けさせるよりは、後々のことを考えて良好な関係を築いた方が有益と判断したが故の行動だった。

(シャーリィとは違った意味で、少しやり過ぎだ。悪い癖≠セぞ?)
(……エリィみたいなことを言いますのね)
(そのエリィから、いろいろと聞いているからな)

 ベルは頭が良い。それ故に、なんでも策を講じすぎるきらいがある。
 人は感情のある生き物だ。時に人は理屈や損得勘定を抜きに感情で動くことがある。
 ロイドたちの行動をベルが読み切れていたかと言えば、そうではないとリィンは考えていた。

(人間を見下すな、とは言わない。だが、人間を甘く見るな)
(……それもエリィの入れ知恵ですの?)
(経験に基づくアドバイスだ。前にも言ったが、面倒事はお断りだからな)

 邪魔になるようなら切り捨てると言い含めるリィンに、ベルは何も答えずに念話を解除する。
 相も変わらずの態度に呆れるも、ほぼ心配は要らないだろうとリィンは見ていた。
 絶対と言い切れないのが少し不安だが、合理的であるが故に愚かな選択はしないと信用しているからだ。

「そろそろですわね」

 ベルが見上げる先には、全高三十メートルほどの巨大な樹へと成長した〈想念の樹〉の姿があった。
 満ち溢れる力は、オベリスクを解放する前とは比べ物にならない。
 いまや〈はじまりの大樹〉に迫る存在感を放っていた。
 残るオベリスクは一つ。ダーナのものだけだが――

「アドルたちがクイナの説得に成功したら、どうするつもりなんだ?」

 ずっと抱いていた疑問をリィンはベルにぶつける。
 自分の出て来る夢が原因というのは少しばかり気になるのは確かだが、仮にベルが誘導したことであろうと決めたのはクイナだ。
 クイナが覚悟を持って自分で決めたことなら、リィンは止めるつもりはなかった。だが、アドルたちは違う。
 一人の犠牲で世界が救われるなどと言われても、彼等は納得しないだろう。
 物分かりの良い性格をしているなら、島に残りはしなかったはずだからだ。

「そうなると少し困りますわね」
「……全然、困って無さそうな顔で言われてもな」

 キーアの件もそうだが、ベルは決して強要したりはしない。
 クロイス家の悲願だと言いつつも、あくまでキーアに『どうするのか?』と問い続け、選択の余地を残していたのだ。
 零の至宝の力を手に入れたキーアなら、その気になればベルに逆らうことだって出来たはずだった。
 そうしなかったのは、結局のところキーア自身が望んだことだからと言うのが理由として大きい。
 クイナの件もそうだ。クイナが望まなければ、ベルは彼女を計画に組み込んだりはしなかっただろう。
 だとすれば、クイナが使えない場合の計画。当初考えていた案が別にあるのではないかとリィンは考えたのだ。

「お前、もしかして……」
「さすがに気付いたみたいですわね」

 以前、ベルが語った〈始まりの地〉に関する説明をリィンは思い出す。
 ベルは不必要なことは話さない。基本的には自分さえわかっていれば良いという考えで動いているからだ。
 彼女が饒舌に何かを語る時は、自分一人の力では解決できない問題がある時だけだ。
 なら、どうしてあんな説明をした? 答えは簡単だ。リィンの力が必要だからだ。
 神が世界の摂理を築く場所は、導力ネットワークでいうところの管理者権限を有する制御室のようなものだとベルは語った。
 本来は資格≠ェなければ立ち入ることは出来ない。だからベルは〈想念の樹〉を成長させ、その力を利用することで入り口をこじ開けようと考えたのだろう。
 しかし、そんな面倒な方法を取らずとも入り口をこじ開けるだけなら、もっと簡単な方法がある。
 それは――

「俺に〈王者の法(アルス・マグナ)〉を使わせるつもりだったな?」
「フフッ。もっともその方法を取った場合、世界が一度リセットされるのは回避できませんけど」

 クイナを巫女に仕立てたのは、大地神マイアの眷属に代わってシステムを管理する者が必要だったからだ。
 だが、リィンに出来るのは破壊≠セけだ。システムを乗っ取り、世界を管理するなんて器用な真似は出来ない。
 リィンにも出来ることと言えば、すべてを壊して一から新たな摂理を築くことくらいだった。
 しかし、古い摂理を廃して新たな摂理を築くと言うことは、世界を生まれ変わらせると言うことだ。
 それはダーナとクイナが見た〈緋色の予知〉が、現実の物になることを意味していた。

「言って置くが、神になんてなるつもりもなければ、世界の管理なんて面倒なことはお断りだぞ」
「大地神マイアが眷属に任せているみたいに、イオさんやノルンさんに管理を丸投げすれば良いのでは?」

 その手があったかと一瞬納得しそうになるも、リィンは頭を振る。
 このままでは、ベルの思惑通りに事が運んでしまうと考えたからだ。
 いや、既に遅いのかもしれない、と考えリィンは苦い顔を見せる。
 そもそも、どちらに転んでもベルに損はない。最初からベルの手の平で転がされていたと言うことだ。
 敵に回せば厄介極まりない相手だが、味方でも油断のならない相手だと再認識させられる。

(とはいえ、アドルたちがクイナの説得に成功すれば、俺は俺に出来ることするしかない)

 フィーのこともあるが、女神の話を聞いてしまっては放置など出来ない。
 空の女神に関する情報を得るためにも、少なくとも大地神マイアを引き摺り出す必要があった。
 優先順位は、はっきりとしている。そのためなら、リィンはこの世界を滅ぼすだろう。

「もっとも、その心配は必要ないと思いますわよ」
「……どういうことだ?」

 リィンにそうさせないために、クイナはベルに願ったのだ。
 彼女がアドルたちの説得に応じることはない。

「あの子の一番≠ヘ、はっきりとしていますもの」

 そう、ベルは確信していた。


  ◆


「これは……どういうことですか?」

 ラクシャが困惑の声を漏らすのも当然だ。
 最後の階層は、これまでの階層と大きく様子が違っていた。
 徘徊する幻獣が一匹もいないばかりか、オベリスクへと続く道は一つのみ。
 更に、これまで通りなら〈オベリスクの間〉に到着した時点で立ち塞がった守護者が姿を見せないのだ。
 目の前にオベリスクがあると言うのに、これではどうすれば良いのか分からない。

「そっか、そういうことだったんだ」
「……フィー?」

 何かに気付いた様子でオベリスクを見上げるフィーを見て、ラクシャは怪訝な表情を浮かべる。

「よく見て。あのオベリスクには、エタニア人の想念なんて入ってない」
「……え?」

 フィーに言われて、オベリスクを注意深く観察するラクシャ。
 確かに言われてみると、これまでのオベリスクとは感じ取れる気配の密度が大きく違っていた。
 オベリスクそのものが放つ輝きも小さい。既に封印が解かれているかのようだ。
 しかし、それはおかしい。まだ守護者と戦ってすらいないのにとラクシャは疑問を持つが、

「ダーナは完全に〈進化の護り人〉となる前に自分から眠りについたんでしょ?」
「あ……」

 フィーの話を聞いて、ラクシャも合点が行ったという顔を見せる。
 ダーナは完全に〈進化の護り人〉となった訳では無い。そうなる前に自分から眠りについたのだ。
 だとすれば、エタニア人の想念は何処に行ったのか?
 答えは簡単だ。

「彼等の想念は〈セレンの園〉に注がれたままと言うことか」

 アドルの言うとおり、最初からエタニア人の想念はオベリスクに囚われてなどなく〈セレンの園〉にあったと言うことだ。
 その光景はアドルも夢で見ていた。なら、オベリスクにエタニア人の想念が囚われていないのも納得が行く。
 しかし、そうすると一つ疑問が浮かぶ。

「なら、この回廊は……あのオベリスクは一体……」

 こうして五つ目の回廊が存在すると言うことは、ダーナが〈進化の護り人〉となってしまったことを意味する。
 それに弱々しくはあるが、オベリスクは小さな輝きを放っていた。
 だとすれば、あそこには誰かの想念が封印されていると言うことだ。

「たぶん、それは……」

 ずっと様子を窺っていたイオが口を開き、ラクシャの疑問に答えようとした、その時だった。

 ――やっぱり、きちゃったんだね。

 頭に声が響き、身構えるアドルたち。
 その声にアドルたちは聞き覚えがあった。
 忘れるはずがない。聞き間違えるはずがない。
 彼女に会うために、ここまでやってきたのだから――

「このオベリスクに封じられているのは、ダーナと歴代の巫女≠スちの想念」

 白い光を放ち、青い髪をなびかせながら少女が姿を現す。
 外見は十三か、十四歳くらい。
 羽衣のような白く透き通ったドレスに身を包む、その少女は――

「クイナ!」

 髪が伸び、身体は少し成長しているが、アドルの言うように間違いなくクイナ≠セった。
 憂いを帯びた瞳でアドルたちを見詰め、少し悲しげな笑顔を浮かべるクイナ。
 そして、

「ここは歴代の巫女の魂が眠る場所」

 語る。
 ここが、どういう場所かを知ってもらうために――
 アドルたちには話を聞く権利があると思うから――

「ようこそ〈始原の回廊〉へ」



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