「……ガイア?」

 ノルンから古代竜の正体がガイアだと教えられた直後、リィンは頭痛に耐えるように右手で額を押さえる。
 走馬燈のように浮かび上がる記憶。それはリィン・クラウゼル≠ニして新たな生を受ける前の――前世の記憶だった。
 映画のフィルムを巻き戻すかのように記憶の映像が浮かんでは消える中、見覚えのない少女の後ろ姿が頭を過ぎる。
 腰元まで伸びた長い銀色の髪が太陽の光に反射して虹色の煌めきを放ち、風でなびく白いワンピースの裾が天使の羽のようにも見える。
 昔のフィーに似て寂しげな笑みを浮かべる少女に、リィンは目を奪われた。
 どこか懐かしい雰囲気を纏った少女のことを思い出そうと、リィンは自問するが答えはでない。

「リィン……大丈夫?」

 ノルンに声を掛けられ、ハッと我に返るリィン。
 あの少女が誰なのか? 思い出すことは出来ない。だが、はっきりと思い出せたこともあった。
 緋色に染まった空がひび割れていく光景。崩壊していく建物。塵となって消えていく人々。
 昨日まで当たり前だった日常が、非日常に変わる瞬間。
 ずっと疑問だった。どのように死んだのか? どうして転生したのかと――
 だが、これではっきりとした。事故や病気で亡くなった訳じゃ無い。

 あの日、世界は終わりを告げたのだ。

 しかし、自分の生まれ育った世界が消えてしまったと言うのに、不思議と悲しくはなかった。
 今更だと、前世のことだと割り切れているからか。それとも――

「ノルン。ガイアってのは、前に言っていた世界の意志。修正力のことだな」
「……気付いてたの?」
「気付いてたというか、思い出したというか……」

 薄らとではあるが世界の消滅と共に意識が呑まれていく中、黒い獣の姿を見た記憶が残っていた。
 その時に何があったのかは、具体的な内容を思い出すことは出来ない。だが、一つだけ分かっていることがある。
 どうして自分だったのかは分からないが、あの時――確かに世界(ガイア)と繋がった気がしたのだ。
 そして気付けば、リィン・クラウゼルとして生まれ変わっていた。

「ガイアは世界をあるべきカタチに戻そうとする意志。抑止力とも言うべき力が具現化した守護聖獣≠フことだよ」

 ノルンも抑止力の影響を避けるために、次元の狭間に身を隠していた。
 神が人の世に極力干渉せず、神としての力を直接行使しないのは、この抑止力を警戒してのことだとノルンは話す。
 即ち〈はじまりの大樹〉や〈始まりの地〉とは、ガイアの覚醒を避けるための封印装置でもあると言うことだ。

「至宝もそうだよ。神様が直接世界に干渉しちゃうと、ガイアを刺激しちゃうからね」
「……ってことは、あれが目覚めたのは俺が原因ってことか?」
「うん。リィン、またあの姿≠ノなったでしょ?」

 あの姿と言うのが、精霊化――メルクリウスのことを言っているのだということは、すぐにリィンも察することが出来た。
 錬金術に置ける奥義、アルス・マグナの究極形態。原初の炎。無への回帰を体現した姿。
 はじめて発動した時は〈碧の大樹〉が造り出した異界≠フ中だから、ガイアの干渉を受けることはなかったが、今回は違う。
 大地神マイアが創造した世界。はじまりの命――ガイアを封じている夢の中で、その力を発動したのだ。
 気付かれて当然。リィンの力がガイアを呼び覚ましたのだと、ノルンは説明する。

「てっきり、ベルから注意を受けてると思ったんだけど……その様子だと聞いてなかった?」
「くッ! あいつ……こうなることが最初からわかってたな」

 今回の計画を、ベルは実験≠セと言っていた。
 となれば、ベルのことだ。ガイアが目覚めることまで予想していて、計画を企てたと考えるのが自然だ。
 だが、ベルだけを責めることは出来なかった。
 使えるものはなんでも使うのが猟兵のやり方だが、異能に頼り過ぎたということはリィンも自覚しているからだ。
 こうなることを予感していて、ルトガーはこの力を出来るだけ使わないように戒めたのかもしれない、と今更ながらにリィンは反省する。

「でも、こうなったらリィンが後始末をつけるしかないと思うよ? そのつもりで、私を呼んだんだよね?」

 ベルの考えを読んでいた訳では無いが、ノルンの言うように予感はしていた。だから保険を掛けておいたのだ。

「ツァイトはどうしてる?」
「フィーやベルを迎えに行ってる頃だと思うよ。でも、よかったの?」

 万が一を考えるなら、アドルたちをあちらの世界に避難させることも出来た。
 そうしなくてよかったのかというニュアンスで尋ねてくるノルンに、リィンは首を縦に振る。
 自分たちだけが助かることを、アドルやラクシャが望まないことは分かっていたからだ。
 それはグリゼルダも同じだろう。それに――

「問題ない。報酬を取りっぱぐれるつもりはないからな」

 まだグリゼルダやサライからは報酬を受け取っていない以上、失敗をするつもりはなかった。
 そのために――

「ノルン。力を貸してくれるか?」
「うん」

 ノルンを呼んだのだ。
 迷うことなくリィンの問いに頷くと、ノルンは〈零の至宝〉の力を解放してヴァリマールと同化する。
 その直後、ヴァリマールの秘めた力が呼び起こされ、全身に満ちていくのをリィンは感じる。
 空に向かって立ち上る黄金の炎。炎の中、灰から白へと――光を纏い、ヴァリマールは覚醒する。

 ――ヴァリマール・ルシファー。

 それが闇を打ち払う、光の巨神の名だった。


  ◆


 召喚した無数の武器を古代竜――ガイアに叩き付けるテスタ・ロッサ。
 しかしダメージを与えるどころか、身体に触れることすら出来ず召喚された武器はマナへと還元される。
 敵の力を喰らい、糧とする〈紅き終焉の魔王〉の力。その魔王の力をガイアは喰らい返す。
 マナとは、星の生命力そのもの。そしてガイアとは、星が生み出した守護聖獣だ。マナを用いた攻撃がガイアに通用しないのは当然だった。
 それは、マナの結晶体であるゼムリアストーンにも同じことが言える。
 騎神はゼムリアストーンを素材に用いたゴーレムだ。星より生まれたガイアとの相性は最悪と言っていい。
 辛うじて戦えているのは、シャーリィの技量によるところが大きかった。

「ああ、もう!」

 圧倒的に不利な中、よくやっている。だが、それでも納得が行かず、苛立ちを口にするシャーリィ。
 負けるつもりはない。しかし攻撃が通じない以上、このままでは勝ち目がないことを理解していた。
 だからこそ、焦りが募る。リィンに追いつくために更なる力を求めたというのに、それでも尚、届かないのだから――
 相性を理由に諦めきれる話ではなかった。
 武器が――ガイアに通用する武器が欲しい、とシャーリィは騎神に願う。
 テスタ・ロッサの別名は、千の武器を持つ魔人。起動者が求める武器を創造する能力を持つ。
 だが、マナを糧とする以上、テスタ・ロッサの武器はガイアには通用しない。なら――

 騎神の力が通じないなら、魔王の力を使えばいい。

 魔王と意識を同調することで、外の理との接続を試みるシャーリィ。
 マナに頼らない力。リィンがやっているように、世界の外側≠ゥら力を引っ張ってくればいい。
 シャーリィの瞳が黒く濁り、赤い光を放つ。全身に浮かび上がる紋様。
 嘗て光の巨神によって倒されたエレボニウス≠フように――黒いオーラを纏い、騎神の姿も禍々しく変貌していく。

「アアアアアアアアッ!」

 シャーリィの口から上がる獣のような雄叫び。
 マイアが言っていたように、虚無の力とは人の身に余る力だ。
 無理に取り込もうとすれば、力に呑まれ暴走するか、命を失うことになる。
 幾らシャーリィが強いとは言っても、彼女は人間だ。
 本来であれば、神々と同じように虚無から生まれた魔王の力を制御できるはずもない。
 そう、普通の人間なら――

 オルランド一族は、ただの人間ではなかった。
 中世の暗黒時代、その苛烈な戦い振りから『狂戦士(ベルゼルガー)』と呼ばれた一族の末裔だ。
 シャーリィにも邪気や瘴気と言ったものと親和性が高い、呪われた一族の血≠ェ流れている。
 闘争に魅入られようと、狂気に呑まれることがない真の狂戦士たる血統。それがオルランド≠セった。

「アハッ」

 人では制御できない力なら、魔と一体化すればいい。
 敢えて暴走を引き起こすことで、魔王と一つになる道をシャーリィは選ぶ。
 テスタ・ロッサが半身を後ろに引くように構えると、出現する巨大な弓。

 ――魔弓バルバトス。

 緋の騎神を魔王たらしめる至宝の一つ。
 外の理へと通じる力の一端。そうして――

 漆黒の炎を纏った火矢を解き放つのだった。


  ◆


『……シャーリィって人間だよね?』

 黒い業火に呑まれるガイアを見て、リィンに念話でそう尋ねるノルン。
 シャーリィが非常識なのは今に始まったことではないが、驚いているのはリィンも同じだった。
 テスタ・ロッサが使用した力。ガイアにダメージを与えているところから見ても、それはリィンの〈王者の法〉と根源を同じくする力で間違いない。
 虚無の力。神を神たらしめる能力。原初の炎。
 まさか、それをシャーリィが使えるとは思ってもいなかったためだ。

『あ、でも限界みたい』

 身に纏っていた黒いオーラが消え、崩れ落ちるように肩を落とすテスタ・ロッサを見て、リィンはヴァリマールを加速させる。
 全身に火傷を負いながらもテスタ・ロッサ目掛けて、漆黒のブレスを放つガイア。
 直撃するかと思った直後、寸前のところで間に割って入ったヴァリマールが光の障壁でガイアのブレスを受け止めた。
 術式に込められた魔力ごとマナへと分解するリィンの戦技。七耀の盾〈スヴェル〉だ。

「シャーリィ、大丈夫か?」
「……うん。でも、さすがにもう無理かも……ちょっと休む」

 あとはお願い、と口にすると通信越しに寝息が聞こえてきて、一先ずリィンは安堵の息を吐く。
 最悪、力を制御しきれず暴走してしまうのではないかと危惧していたからだった。

(まったく、たいした奴だ)

 貪欲なまでに強さを追い求めるシャーリィの姿勢に、ある意味でリィンは感心させられる。
 本来なら余り無茶をするなと注意するところなのだろうが、原因の一端が自分にあると理解しているだけにリィンは何も言えなかった。
 それにシャーリィは猟兵だ。力を求めることが悪いこととは言えない。
 誰よりも強くありたいという気持ちは、リィンにも理解できることだった。
 とはいえ――

(シャーリィとの再戦は命懸けになりそうだな……)

 近いうちに訪れるであろう未来のことを想像して、リィンは冷や汗を流す。
 シャーリィが力を求める理由を考えれば、再戦は避けられないと理解しているからだった。

『リィン、くるよ』

 咆哮を上げ、翼を羽ばたかせ迫るガイアを見て、ノルンの声が響く。
 だが、リィンは一歩も後に退くことなく前へでる。
 リィンにも〈暁の旅団〉を率いる者としての意地がある。
 シャーリィにあんな戦いを見せられて、距離を置いて戦うなんて真似が出来るはずもなかったからだ。

「次は俺たちが見せる番だ」
『うん!』

 確かにシャーリィは強い。想像を超えるスピードで成長を続けている。
 だが、それでも――亡き養父より受け継いだ最強の猟兵≠フ座を譲るつもりはなかった。
 炎で出来た光の翼を羽ばたかせると、一気に加速し、ガイアとの距離を詰めるヴァリマール。
 リィンが力を流し込むと、アロンダイトが黄金の輝きを放つ。
 巨神との戦いのなかでリィンの力を限界を超えて受け止めたアロンダイトは、魔剣ケルンバイターと同じ〈外の理〉の武器へと性質を変化させていた。
 謂わば、それは魔剣ならぬ神剣。闇を切り裂き、すべてを無へと回帰する原初の炎。

黄金の剣(レーヴァティン)!』

 リィンとノルンの声が重なる。
 すれ違い様、振りかざした剣を袈裟斬りに一閃するヴァリマール。
 その直後、ガイアの身体に一筋の光が奔り、黄金の炎が円を描くように巻き上がる。
 空に向かって真っ直ぐ立ち上る灼熱の光。
 それは空間に風穴を開け、セイレン島の空を明るく照らしだすのだった。



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