「え? 帰るって、異世界にですか?」
「そうだ」

 あの戦いからまだ半日と経っていないのにリィンから別れの挨拶をされ、ラクシャは困惑する。
 一応、はじまりの大樹の件は決着がついたと言っても、ラクリモサそのものが無くなった訳ではない。
 テオス・ド・エンドログラムと同化し、大地神マイアの眷属となったクイナに〈はじまりの大樹〉の管理が委ねられただけだ。
 それに、今回の件でロムンやグリークを始めとした大陸の国々がセイレン島に注目するのは時間の問題だった。
 エタニアの復興やセルセタの抱える問題。グリーク海軍や、その背後にいるロムン帝国への対応も協議する必要がある。やるべきことは山積みに残っていた。
 しかも、どの問題に対処するにもリィンの力が必須だ。〈暁の旅団〉の協力がなければ、エタニアの復興どころかグリーク海軍に対抗することすら難しい。
 こんなにも早くリィンがこの世界を去るとは思っていなかっただけに、ラクシャが慌てるのも無理はなかった。

「誤解のないように言っておくが、この島やセルセタの問題を放置するつもりはない。ベルとシャーリィは残して行くつもりだ」

 他にも島の開発に必要な人材や物資を手配する必要があることを、リィンはラクシャに説明する。

「では、その準備のために一度あちらの世界に?」
「勿論それもあるが……少し、やることがあってな」

 はっきりとしないリィンの受け答えに、訝しげな表情を見せるラクシャ。
 だが、言っていることは間違っていない。幾らリィンたちが強いと言っても、四人では出来ることに限りがあるからだ。
 エタニアの復興を進めると一口に言っても、やることは山のようにある。
 街を造るからには最低限、衣食住の確保とライフラインの構築が必須だ。
 家屋の建設や街道の設置。島での生活を考えれば、湾岸設備の整備も必要となるだろう。
 それらの作業を、これだけの人数で進めるのは不可能だ。
 港や街を造るには、大量の物資だけでなく人手が必要不可欠。そのための準備がいるというのは理解できる話だった。
 とはいえ――

「よりによって、あの二人ですか……」

 チラリとリィンの隣に立つフィーに視線をやると、そう呟くラクシャ。
 出来ればベルやシャーリィだけでなく、フィーにも残って欲しいというのが本音なのだろう。
 一番気心が知れている相手なだけに、フィーに甘えるラクシャの気持ちは分からなくもなかった。
 しかし、

「頼ってくれるのは嬉しいけど、今回はベルとシャーリィの方が適任だから」

 フィーは首を左右に振りながら、そう答える。
 これから進めようとしている計画で、最も必要とされるのはベルの知識と技術だ。
 それに高い確率で、この世界の国々と衝突する可能性がある以上、騎神が必要になる時が来る。
 なら、島に残るのはベルとシャーリィの方が適任だとフィーは判断したのだ。
 シャーリィが素直にリィンの指示に従い、こちらに残ることを了承したのも戦争になるのを見越してのことだった。

「性格に難はあるが、ベルはああ見えて優秀だぞ? 様々な分野に精通した知識を持ち、政治や経済にも明るい。シャーリィも戦力として見れば、申し分ない存在だ。それこそ、ロムンの艦隊が襲ってきてもシャーリィと騎神がいれば、どうとでもなるくらいにはな」

 リィンの言っていることは分かる。ラクシャもベルとシャーリィの能力を疑っている訳では無かった。
 だが、リィンがあちらの世界に帰ると言うことは、いざという時にその二人を抑えられる人材がいないと言うことだ。
 少なくとも、あの二人がリィン以外の言うことを素直に聞くとは思えない。
 リィンですら完全にベルとシャーリィを御し切れているかと言えば、そうではないのだ。
 そうしたことからラクシャが何を心配しているのか、察せられないリィンではなかった。
 しかし、

(あっちも面倒なことになっているみたいだしな……)

 実はリィンはアルフィンからの手紙をノルンから受け取っていた。昨晩の内にクロスベルへ帰ることを決めたのも、そのためだ。
 ベルとシャーリィだけを残すことに不安がないと言えば嘘になるが、エリゼとの約束もある。
 あれから一ヶ月余りが経過していることを考えれば、そろそろ一旦クロスベルへ帰る必要があった。
 ここで手紙を無視すれば、アルフィンやエリゼのことだ。痺れを切らせて押し掛けてこないとも限らない。
 いや、確実にそうなるだろうという予感がリィンのなかにはあった。
 故に大変だろうが、ここはラクシャに頑張ってもらうしかないとリィンは判断したのだ。

「大丈夫だ。お前なら、やれる」
「え?」

 ポンとリィンに肩を叩かれ、一瞬なにを言われているのか分からず、呆けるラクシャ。
 しかし、すぐに何を期待されているのかを察し、ラクシャは顔を青ざめる。

「無理! 無理です! そういうことを頼むなら、もっと適任な人物が――例えば、アドルとか!」
「……アドルなら今朝早くに島をでたぞ」
「え?」

 ドギを乗せた〈エレフセリア号〉がセルセタから戻ってくるなり、逃げるように島を出て行ったとリィンは説明する。
 実のところオーブメントは預けたままなので、いつでもアドルと連絡を取ることは出来るのだが、リィンは敢えてそのことをラクシャに教えるつもりはなかった。
 アドルにはこのまま旅を続けてもらった方が、団としても得られるものが多いと考えたからだ。
 それにアドルが急いで旅にでた理由を、なんとなくではあるがリィンは察していた。だから黙ってアドルを送り出したのだ。
 とはいえ、さすがにラクシャ一人にベルとシャーリィの面倒を押しつけるほど、リィンは薄情ではなかった。

「心配するな。いざとなれば、クイナに頼ればいい」

 少なくともクイナの頼みであれば、ベルも無碍にはしないということがわかっていての助言だった。
 負い目とは少し違うが、女神の被害者という点でベルはクイナやノルンのことを気に掛けていた。
 それに本人も言っていることだが、ベルは基本的に可愛い女の子が好きだ。特にイジメ甲斐のあるタイプが好みだと言う。
 ベルとシャーリィの面倒をラクシャに頼むことにしたのは、ベルがラクシャに目を掛けていると察してのことだった。

「シャーリィもベルの言うことは、そこそこ聞くしな」

 なんだかんだとシャーリィとベルは気が合う。相性が良いと言っていいだろう。
 自分にはないものを持っているベルに対してシャーリィは一目を置いているので、余程のことでなければ指示には従うはずだ。
 どちらかと言えば、あの二人を一緒にして困るのは、味方よりも敵の方だとリィンは思っていた。
 困った二人ではあるが、敵に回すとこれ以上無いほど厄介な二人であることを知っているからこその評価だ。

「そこそこ、というのが逆に不安ではありますが……わかりました」

 責任感が強いだけに、どちらにせよ放っては置けないと判断したのだろう。
 リィンが敢えてクイナの名前をだしたのも、こう言えばラクシャのことだ。引き受けざるを得ないだろうと考えてのことだった。
 ラクシャには悪いと思うが、利用できるものはなんでも利用するのが猟兵だ。
 とはいえ、

「代わりと言ってはなんだが、お前が望むなら復讐≠ノ手を貸してやってもいい」
「……え?」

 働きには相応の対価を――それが、リィンのやり方≠セった。


  ◆


「ラクシャの復讐に協力するって本気?」
「本人がそれを望むならな」

 ヴァリマールに乗り込もうとしたところでフィーに声を掛けられ、リィンはそう答える。
 ラクシャがロズウェル家を没落に追い込んだ貴族への復讐を望むなら、リィンは本気で協力するつもりでいた。

「こっちにもメリットはある。上手くやれば、ガルマン王国を味方に引き込めるかもしれないしな」

 ラクシャからの依頼というカタチであれば、堂々とガルマン貴族に仕掛けられる。
 それにグリークにせよ、ガルマンにせよ、結局のところはロムンが強大な軍事力を持つ国だから従っているに過ぎないのだ。
 貴族とは、利に聡い生き物だ。力に従うと言うのであれば、力を示してやればいい。
 最強を謳っているロムンの艦隊があっさりと壊滅すれば、これまでロムンに従っていた国はどういう反応を示すか? 想像するのは難しくない。
 セルセタをロムンから解放するには、同じように各地で独立の気運を高めるのが手っ取り早い方法だとリィンは考えていた。
 既にその方向で、グリゼルダやベルとは計画を詰めている。あとは相手の出方次第と言ったところだ。

「ラクシャの立場を利用するってこと?」
「話に乗ってくればな」

 だが、可能性としては低いだろうとリィンは思う。ラクシャの性格を考えれば、復讐を望むとは思えなかったからだ。
 結局のところ、ロズウェル家が没落したのは自業自得だ。一見、どうしようもない絵に描いたような貴族に見えるカーラン卿でも、しっかりと自分の領地を治めているのだ。領民からすれば貴族の争いなど、どうでもいい話だ。日々の暮らしに影響がなければ、誰も気に留めたりはしない。なのに領民の反発を招いたと言う時点で、領主としては失格だったと言わざるを得なかった。
 古代種の研究に没頭する余り、領地経営を蔑ろにしたダメ領主。
 あっさりと他家の謀略に嵌まり、失脚させられた長男。
 そうした現実を直視できず、屋敷に引き籠もってしまった夫人。
 領民のことを考えれば、むしろ没落してよかったのではないかとさえ、リィンは思う。
 ラクシャもそのことは理解しているはずだ。だからこそ、ロズウェル家の再興や復讐を望むとは思えない。
 それでも一応の提案をしたのは、どちらに転んでも損は無いと判断したからだった。

「リィンって……なんだかんだとラクシャのことを結構気に掛けてるよね?」

 とはいえ、ラクシャのことを気に掛けていなければ、そんな提案はしないだろう。
 リィンが敢えて、ラクシャの気持ちを確かめるような提案をしたのは、踏ん切りを付けさせるためだとフィーは察していた。
 ラクシャが家族のことをまだ引き摺っているのは、フィーも気付いていたからだ。
 そんなフィーの視線に居心地の悪いものを感じて、誤魔化すように話題を変えるリィン。

「そんなことより、本当によかったのか?」

 リィンがなんのことを尋ねているかを察して、フィーは「ん……」と迷いなく頷く。
 はじまりの大樹に刻まれた紋様の件だ。
 テオス・ド・エンドログラムと同化することで、クイナがラクリモサの管理を受け継いだ。
 それは即ち、進化の護り人たちは〈大樹の巫女〉クイナの眷属となったと言うことだ。
 当然、クイナは盟約を解除すると言ったのだが、それを望んだのはアドル一人だった。

「メリットの方が大きいし、クイナならいいかなって」

 少々のことに目を瞑っても、不老不死の身体と言うのはメリットが大きい。
 眷属となったからと言って行動を縛られることがないのであれば、デメリットはほとんどないと言っていいだろう。
 嫌な相手に仕える気はないが、クイナならそうした心配もないと言うのがフィーのだした答えだった。
 それに、フィーにとってクイナは妹のような存在だ。眷属となったからと言って、今更その関係が変わるわけでもない。
 仮にリィンとマイアが険悪な関係なら少しは躊躇したかもしれないが、敵意を剥き出しているのはベルだけで、むしろリィンとマイアの関係は良好だ。
 それどころか、リィンはマイアと二つの盟約を交わしていた。

 リィンたちが外敵からこの世界を守る代わりに、マイアは移住先を提供する。
 ラクリモサの管理はクイナに任せ、マイアは基本的に地上の問題に干渉しない。

 それが、リィンとマイアの間に交わされた盟約だ。
 謂わば、移住先の提供を条件に自分たちを雇え、とリィンは猟兵らしく女神相手に取り引きを持ち掛けたのだった。
 エイドスの危険性を一番最初に指摘したのはマイアだ。故に万が一に備えるのであれば、悪くない取り引きだと感じたのだろう。
 まだ少し納得していない様子のリィンを見て、フィーは「それにね」と言葉を付け加える。

「前にも言ったけど、これならリィンとずっと一緒にいられるでしょ?」

 一瞬呆気に取られるも、観念した様子で溜め息を漏らすリィン。
 そんな風に言われては、反対など出来るはずもなかった。


  ◆


「よかったの? お別れを言わなくて?」
「うん。これで最後って訳じゃ無いから」

 空に立ち上る光の柱を見送りながら、そう答えるクイナにダーナは微笑みを返す。
 そんな二人の後ろには、サライを始めとした〈進化の護り人〉たちの姿があった。
 片膝をつき、恭しく頭を下げるサライたちを見て、クイナは眉根を寄せる。

「そういうのは止めて欲しいんだけど……」

 眷属としたことは確かだが、クイナは彼等を縛るつもりはなかった。
 なのにこんな態度を取られたら、どう反応していいか分からなくなってしまう。
 だが、そんな護り人たちを見て、ダーナは思う。彼等の気持ちも分からなくはないのだ。
 クイナにはクイナの願いがあったとはいえ、彼女がその身を犠牲にしてラクリモサを止めたことは事実だ。
 誰もが果たせなかった願い。それを叶えてくれたクイナに護り人たちが感謝を示し、忠誠を誓うのは必然だった。
 しかし、

「ふむ。巫女様がそう言うのであれば、妾は依存ない」

 そう言って立ち上がるネストール。彼女だけは他の護り人たちと少々事情が違っていた。
 元々ラクリモサを進んで受け入れたネストールは、今回のことで特別クイナに感謝しているわけではなかったからだ。
 とはいえ、忠誠を誓っていないと言う訳ではない。世界のために必要なことであれば、どんなことでも受け入れる覚悟は出来ていた。
 そうでなければ、消えていった眷属たちの犠牲が無駄になってしまう。
 だから、この世界を末永く維持していくためにクイナを見守り、補佐していくと誓ったのだ。

「お前さんは相変わらずだの……」

 そんなネストールの態度に呆れた様子を見せるミノス。
 ネストールのなんでも達観した態度は余り好ましいものではなかった。
 クイナの覚悟に心を打たれて、力を貸すことを決めたミノスからすれば尚更だ。

「ですが、彼女の言い分も一理あります。巫女が望まぬことをするのは、我々の本望ではありませんから」

 そんな二人の間に立ち、ヒュドラは仲裁する。
 もう何千、何万年と繰り返してきた光景だ。これが彼等の関係だった。
 それでも上手く行っているのは、同じ境遇、同じ使命を背負った仲間という意識があるからだろう。

「巫女様……いえ、クイナ様」
「クイナでいいのに……」
「そう言う訳にはいきません。クイナ様は、エタニアの象徴≠ニなられる御方ですから」

 サライの回答に余り納得していない様子で、不満げな表情を浮かべるクイナ。
 とはいえ、エタニアにおいて〈大樹の巫女〉とは、それだけの立場と権威を持つ存在なのだ。
 ましてや大地神マイアの眷属という時点で、歴代の巫女と比べてもクイナの価値は大きい。
 エタニアの女王とはいえ、いや国を預かる立場だからこそ、サライが神の代行者たるクイナに気を遣うのは当然だった。

「ダーナ……」
「ごめん。こういうことにサライちゃんは厳しいから、一緒に頑張ろ?」

 味方はいないと悟って、クイナは肩を落とす。
 しかし、今更『巫女を辞める』などと言えるはずもない。
 人間を辞めることも、もう二度と故郷に帰れないことも、育ててくれた両親と会えないことも――
 すべてを覚悟の上で、クイナは〈大樹の巫女〉となったのだ。
 だから――

(うん、頑張らないとね)

 自分の選択は間違っていなかったと胸を張りたい。
 次に会う時は、少し成長した自分をリィンに見て貰おう。
 決意を新たにして青空を見上げるクイナの視界を、一羽のオウムが祝福するかのように横切るのだった。




後書き

幕間のようなカタチでセイレン島やセルセタの様子を挟んでいくとは思いますが、イース8編は一旦ここで終わりです。
次回からは『ノーザンブリア編』へと突入。果たして、アルフィンがリィンに宛てた手紙の内容とは?
閃3で活躍したキャラクターたちも、徐々に登場します。



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