「なるほど、このコアに刻まれている陣が回路になっている訳ね」

 ここ数日、アリサは自身の工房に籠り、リィンが持ち帰った理法具の解析を行っていた。

「イオちゃん、こっちの理法具にも理力を流してみて」
「また? もう、さすがに疲れてきたんだけど……」
「ほら、早く」

 少し疲れた様子で、アリサの勢いに押されて「はいはい」と頷くイオ。
 イオが壺のようなものに理力を流し込むと、近くにあった椅子が一瞬にして姿を消し、アリサは目を瞠る。
 壺に吸い込まれたのだと言うのは何となく察せられたが、壺の大きさは片手で持てる程度だ。とても椅子が入るような大きさではなかった。
 それは『風魔の壺』――半径十アージュ以内のイメージした物を吸い寄せ、壺の中に収容するエタニア時代に使われていた運搬用の理法具だった。
 イオから壺についての説明を受けたアリサは感心した様子で頷く。

「凄いわね、これ。どのくらいの物が入るの?」
「使用者の理力によるけど、荷馬車二〜三台分は運べるんじゃないかな?」

 物資の運搬が楽になるだけの話ではない。流通そのものを変革しかねない画期的な技術だとアリサは考える。
 この他にも、遠くの景色を見通す〈白鷹の水晶眼〉や水の中でも息が出来る〈仙魚の鱗〉など、使い方によっては便利な道具が幾つもあった。
 これまでは教会しかアーティファクトの解析は困難とされてきたが、この理法具に関しては違う。
 理術の扱いに関しては、エタニアの歴史上並ぶ者なしとまで言われた初代・大樹の巫女イオがいるのだ。
 理法具の技術を応用したアプリや、オーブメントの開発も不可能な話ではないとアリサは目算を立てる。
 とはいえ――

(出来るだけ、秘密裏に進める必要があるわね)

 この件が教会に知られるのだけは避けなくてはならないとアリサは警戒する。
 教会はアーティファクトの管理を主張している組織だ。理法具の存在を知れば、確実に教会は引き渡しを要求してくるだろう。
 ましてや、教会は〈結社〉を除けば、アーティファクトの技術を独占している組織だ。
 自分たち以外の組織が、アーティファクトの技術を手にするのを快くは思わないだろう。

(……となると、ラインフォルトもダメね)

 ラインフォルトも教会とアーティファクトの所有権を巡って、過去に何度か衝突したことがある。
 そして一つの例外もなく、発掘されたアーティファクトを教会に引き渡す結果に終わっている。
 教会からアーティファクトを守り通せるだけの力が、ラインフォルトにはないと言うことだ。
 更に言えば、ラインフォルトも一枚岩の組織ではない。むしろ組織が巨大なため、細部まで目が行き届いていないのが現実だ。
 そんなところに理法具を持ち込めば、確実に情報は漏れると思っていいだろう。足を引っ張る輩が必ず出て来る。

「イオちゃん、ここにある理法具と同じ物を作れるのよね?」
「材料さえあればね。特に理法具は術式を刻み込むコアが重要だから――」

 理法具のコアには高純度のヒイロカネが用いられている、とイオは説明する。それさえ手に入れば、理法具の量産は可能と言う訳だ。
 ヒイロカネのサンプルに関しても、アリサはリィンから受け取っていた。
 この世界には存在しない鉱石。硬度だけならゼムリアストーンすら凌駕する素材に最初は驚かされたのだ。
 導力との相性は良くないようだったが、逆に一流の武人や猟兵が使う闘気を纏わせるには最適な武器だと判明していた。

「これで代用は出来そう?」
「ううん……ちょっと難しそうかな」

 アリサがイオに手渡したのは、七耀石を加工することで作られたオーブメント用のクォーツだ。
 このクォーツに術式を書き込みことで、戦術オーブメントは力を発揮する。
 導力との相性が悪いと言うので察してはいたが、やはりこれでは代用は難しいかとアリサは他の手を考える。
 クォーツが代用できるなら、そのままオーブメントに応用できると考えたからだ。
 しかし、それが難しいとなると――

「理法具に使われているコアも、クォーツも仕組み的には同じもののはず。なら……」

 七耀石ではなくヒイロカネでオーブメント用のクォーツを作ることは出来ないかとアリサは考える。
 もしそれが可能なら、既存のオーブメントの技術をそのまま理法具に転用することも可能なはずだ。
 イオが使っている理術も、もしかすると誰にでも使えるようになるかもしれない。

「試してみる価値はあるわね」

 量産するには足りないが、実験に使用するには十分な量のヒイロカネがここにはある。
 早速、実験に取り掛かろうとするアリサを見て、イオは他人事のようにソファーで休もうとするが、

「何やってるの? ほら、実験を始めるからついてきて」
「え? もう終わったんじゃ……」
「そんな訳ないでしょ? いまのところ理術を使えるのは、あなただけなんだから納得行くまで付き合ってもらうわよ」

 研究意欲に火がついたアリサを止められるはずもなく、イオの悲鳴が工房に響くのだった。


  ◆


「――やるなッ! また腕を上げたんじゃねぇか!?」
「ん……ヴァルカンこそ」

 クロスベル警備隊の演習場で、激しい攻防を繰り広げる二つの人影があった。フィーとヴァルカンだ。
 そして、トップクラスの猟兵の戦いを真剣な表情で見守る一団。彼等は政府からの依頼で、ヴァルカンが鍛えている警備隊の精鋭たちだった。
 クロスベルの警備隊は、元々練度はそれほど低くない。個人用の装備も最新鋭のものとは行かずとも充実している方と言えるだろう。しかし自治州法でクロスベルは軍隊を持つことを許されておらず、これまでは戦車や飛空艇と言った兵器の保有も認められていなかった。唯一、法律の抜け道を突くことで所持を認められたのが、警備隊の主戦力となっている装甲車と言う訳だ。しかし、戦車や飛空艇と言った最新鋭の兵器とでは比べようもなく、実際の戦いでも〈赤い星座〉には通用しなかった。
 帝国に併合されたことでそうした制限も解除され、法律の改正に伴い試験的に機甲兵や戦車が導入されたが、それも共和国の空挺部隊と張り合えるほどのものではなかった。名目上はアルフィンが総督に着任したことから導入が決定されたものだが、本当のところは帝国政府が復興の財源を確保するために、維持するのにも金が掛かる旧式の兵器をクロスベル政府に売りつけたと言うのが実情だったからだ。

 実際に共和国の侵攻を食い止め、抑止力となっているのは警備隊はなく〈暁の旅団〉だ。
 それは彼等も理解しているが、だからと言ってこのままで良いとは誰も思ってはいない。
 だから、こうしてヴァルカンに指導を仰いでいると言う訳だ。
 どれだけ優れた装備や兵器があろうとも、それを使うのは人だ。
 猟兵の持つ経験と知識。それは今のクロスベルに必要なものだと考えてのことだった。

 これが帝国や共和国の軍人であれば、プライドが邪魔をして猟兵に教えを乞うなんて真似は出来なかっただろう。
 猟兵に良い感情を持っていない人間は、クロスベルのなかにも少なからずいる。〈赤い星座〉に街が襲撃されたことは記憶に新しい。
 しかし、そんなクロスベルの街を解放してくれたのもまた〈暁の旅団〉――猟兵なのだ。
 そして今も〈暁の旅団〉に頼らなければ、この平和を維持することが出来ない。
 そのことを最もよく知り、自分たちの無力さを痛感しているのは警備隊の隊員たちだった。
 だから、彼等は猟兵に教えを乞うことを恥だとは思っていなかった。
 恥辱や辛酸なら、もう嫌と言うほど舐めてきた。いま為すべきことは、自分たちの力でこの街を守れるようになることだ。
 そんな想いが、フィーとヴァルカンの戦いを真剣な表情で見守る彼等の視線からも伝わってくるようだった。
 だからこそ、ヴァルカンもそんな彼等の想いに応えようと思い、フィーに演習の相手を頼んだのだ。

 この世界では、個の力が近代兵器を凌駕し、時に数に勝ることがある。
 そうした領域に立つ達人を、ヴァルカンは幾人も知っている。超一流と呼ばれる猟兵がまさにそれだ。
 嘗て、クロスベルの警備隊が為す術もなく翻弄された〈赤い星座〉。その部隊を率いていたシャーリィも、そんな猟兵の一人だ。
 いまのフィーは当時のシャーリィに迫る実力。いや、凌駕する力を秘めているとヴァルカンは見立てていた。
 だからこそ、この戦いを彼等に一度見せておくべきだと考えたのだ。

 数でも兵器の質でも大国に劣っている彼等が〈暁の旅団〉を抜きに街を守るには、圧倒的な強者との戦い方を学ぶしかない。
 敵を知り、己を知るのは大切なことだ。
 現在の自分たちと、どの程度の差があるのかを分析し、敵わないのであれば負けない≠スめの手段を講じる。
 それが今のクロスベルに必要なことだと、ヴァルカンは感じていた。
 この戦いから、少しでも何かを学び取ってくれれば――そう考え、フィーとの演習を仕組んだのだ。

「前に戦った時よりも、ずっと反応が良い。隠れて訓練してた?」
「副団長を任された以上、若い連中に負けたままじゃいられねぇからな」

 強さだけならシャーリィの方が自分よりもずっと上だと、ヴァルカンは認めていた。
 リィンが自分に期待しているのは、そうした純粋な強さなどではなく猟兵として培ってきた経験や知識の方だと言うことも――
 それでも猟兵にとって最も重視されるのは強さ≠セ。弱者は仲間を危険に晒し、戦場では足枷となりかねない。
 暁の旅団の副団長を名乗る以上、最低でも〈西風〉の部隊長と同程度の実力を身に付けなければ、リィンの足を引っ張るだけだ。
 それが、ヴァルカンが自身に課した当面の目標だった。そのため、密かに鍛練を続けてきたのだ。

「ん……じゃあ、これにもついて来られる?」
「なッ――」

 一瞬にして視界から姿を消したフィーに目を瞠るヴァルカン。
 以前に戦った時は比べ物にならない速度にヴァルカンは内心焦りつつも、間一髪のところで袈裟斬りに放たれた双銃剣の一撃を右手に携えたガトリング砲で受け止める。

「ぐッ! どんな手品だ!?」

 飛び散る火花。全身にズシリと来る衝撃に耐えながらヴァルカンは反撃に移ろうとするも、一瞬にして視界から姿を消すフィー。それは人間に出来る動きではなかった。
 いまのフィーは闘気を纏わせるだけでなく、脳のリミッターを解除することで全身の筋肉をフルに活用していた。
 そんな真似をすれば、常人であれば十秒と身体が保たないだろう。しかし、いまのフィーは不死者だ。
 回復力に長けた強靱な不死者の肉体を酷使することで、限界を超えた人間には不可能な動きを可能としていた。
 人の眼では捉えきれない神速≠フ領域へと足を踏み入れ――風と一つなり、尚も加速する。

「ちッ! さすが〈妖精(シルフィード)〉ってところか!?」

 フィーの二つ名を思い出しながら、ヴァルカンはその身体能力に舌を打つ。
 しかし、驚いているのはフィーも同じだった。

「……非常識」
「それを、お前たち兄妹≠セけには言われたくねえな……」

 見えてはいないはずだ。
 だが、ヴァルカンはギリギリのところで致命傷となる一撃を見抜き、フィーの動きに対応して見せていた。
 ただの勘だけで反応しているのだとすれば、驚異的なことだ。十分にヴァルカンも怪物じみている。
 このまま続けても、ヴァルカンの防御を突破するのは難しいとフィーは考える。
 だが、それはヴァルカンも同じだった。フィーの動きを捉える手段が彼にはないからだ。

「こういうのって、千日手って言うんだっけ?」
「……東方の言葉か? よく、そんなの知ってるな」
「昔、リィンに教えてもらった」

 リィンが妙に東方の文化に詳しいことを知っているヴァルカンは、なるほどと納得した様子で頷く。
 とはいえ、このまま続けても埒が明かないのは確かだった。
 どうしたものかと考えていると、

「次の一撃で決められなかったらヴァルカンの勝ち。それで、どう?」
「いいのか? 随分とこっちに有利な条件だが……」
「いい。そのくらい出来ないと、リィンに追いつけないから」

 思いもしなかった提案をされ、ヴァルカンは目を丸くする。
 だが、背筋が凍り付くような殺気を向けられ、ヴァルカンはフィーの本気を悟る。
 本気で勝つつもり――いや、リィンに並び立つつもりでいるのだと。
 個で数を圧倒する超一流の猟兵たち。だが、そんな実力者たちですら敵わない人外の強者がこの世界には存在する。
 ヴァルカンがリィンに相手を頼まなかったのは、その領域にリィンが立っていると知っているからだ。
 自分のところの団長を捕まえて言うのもなんだが、あれは一種の災害のようなものだとヴァルカンは思っていた。
 敵に回さないことが最善の策だと思える相手だ。戦い方を研究したところで、参考になど微塵もならない。
 才能や努力だけで届く領域ではない。なのに本気で並び立つつもりでいるフィーにヴァルカンは心の底から驚き、笑みを漏らす。

「ハハッ、これだからクラウゼルってのは……」

 無理だから、届かないからと諦めてしまうのが凡人だ。
 だが、本物の高みへと至れる天才と言うのは『諦める』という言葉を知らない。ルトガーがそういう男だった。
 誰もが不可能だ。困難だと思う仕事を成し遂げ、戦場から幾度となく生還を果たしてきたからこそ、彼は『猟兵王』と呼ばれるようになったのだ。
 西風に所属している者に限らず、猟兵にとってルトガーという男は希望≠サのものだった。
 ヴァルカンもあんな男になりたいと憧れたものだ。だが、出来なかった。復讐に取り憑かれ、諦めてしまったからだ。
 だからこそ、そんな自分とは違うものを持っているフィーの姿が、ヴァルカンには眩しくて仕方がなかった。

「来い! そして、俺に見せてくれ!」

 目的を忘れ、ただ純粋にフィーの力を見たいとヴァルカンは叫ぶ。
 嘗て、猟兵団〈アルンガルム〉を率いていた男――ヴァルカン。
 強者に憧れ、戦場に身を置き、力を求める。

 彼もまた生粋の猟兵≠セった。


  ◆


「……それで、このような状況になったと?」

 声を震わせながら指先で眼鏡を持ち上げ、理知的な印象を抱かせる一人の女性。
 彼女の名はソーニャ・ベルツ。以前は警備隊の司令官を務めていたのだが、クロスベルの解放作戦において自分のやったことは軍の規律を乱す行為だと職を辞意。その後、本人は隊規に従って裁かれることを望んだのだが、新たに司令官に着任したダグラスに乞われ、相談役として警備隊の仕事に関わっていた。
 そんななかで新たな訓練を取り入れた教導部隊が設立されることになり、指導を依頼した〈暁の旅団〉との橋渡し役を彼女が任されたのだ。
 隊員たちも自分たちの力不足を自覚していると言っても、猟兵と警備隊員では立ち位置が違えば考え方も異なる。
 そうした隊員たちの不安を〈暁の旅団〉との間に立ち、解消するのがソーニャに与えられた役目だった。
 隊員たちから絶対的な信頼を寄せられているソーニャであれば、適任だとダグラスも考えたのだろう。
 だが、

「連帯責任です。ここにいる全員で、明日の朝までに元通りにしてもらいます」

 隊員たちから不満に満ちた声が上がるのを、ソーニャは睨み付けることで黙らせる。
 フィーとヴァルカンの戦いによって、演習場は見るも無惨な光景を晒していた。
 演習場の中央には大地の裂け目が出来、その周囲にも箒状に広がった亀裂のようなものが幾つも確認できる。
 それだけではない。砦と演習地を隔てる頑強な塀は、何か鋭い一撃によって縦に斬り裂かれたかのような傷跡を残していた。

「何処へ行こうとしているのですか?」
「ああ……やっぱり、俺たちもか?」
「当然です」

 他人事のように立ち去ろうとしていたヴァルカンに声を掛け、ソーニャは引き留める。
 彼等の協力には感謝しているが、それはそれ、これはこれだ。
 十分な報酬を支払っているからには、後始末まできちんとしてもらわなくては困る。
 ソーニャに睨まれ、観念した様子でヴァルカンは肩をすくめる。

「仕方ねえな。フィー、お前も……」

 一緒に頑張るか、と声を掛けようとしたところでフィーの姿がないことにヴァルカンは気付く。
 いつの間に!? と大きな声を上げるヴァルカン。
 そんな彼の足下には、真っ二つに両断されたガトリング砲≠フ砲身が転がっていた。



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