ラクシャとノルンがリーヴスの街へ潜入している頃、リィンはシャーリィから島での話を聞いていた。
 一応、カレイジャスを経由して定期的に報告は受けているが、当事者の口から話を聞いておきたいと考えたためだ。

「久し振りに暴れられると思ったのに、まったく張り合いがなくてね」

 期待外れだったと話すシャーリィに、それはそうだろうとリィンは頷く。
 何を期待していたのかは知らないが、そもそもこちらの世界とあちらの世界では技術力に差があり過ぎる。
 その上、こちらの世界でも圧倒的な力を誇る騎神を持ちだせば、勝敗は結果を見るよりも明らかだ。
 ましてや〈紅き終焉の魔王〉の力を完全に取り込み、覚醒した〈緋の騎神〉はルシファーモードのヴァリマールに迫る力を有している。
 単純な話、リィンでさえもノルンの協力なしに今のシャーリィと戦って確実に勝てるとは言い切れないのだ。
 負けるつもりはないが、かなりの苦戦を強いられることは間違いない。そのくらいリィンはシャーリィの強さを認めていた。

「で、そんな時にバルデル伯父さんが生き返って、戦争も起きそうでリィンたちが大変だって聞いてね」

 目を輝かせながら期待に満ちた表情で事の経緯を説明するシャーリィに、やっぱりそういうことかとリィンは納得する。
 大凡、予想していたとおりの話の流れだったからだ。
 とはいえ、圧倒的に人手が足りていない現状を考えると、シャーリィの協力が得られるのは確かに助かる。
 そもそもシャーリィをセイレン島に残したのは、ロムンに騎神の力を見せつけることで抑止力とすることにあった。
 エタニアを国として認めさせるため、後の交渉を有利に進めるためだ。そう言う意味では、既にシャーリィは十分な働きをしてくれていると言っていい。
 これからのことは政治的な話が絡んでくるため、シャーリィは役に立たない。グリゼルダやサライたちの仕事だ。

「そう言えば、ダーナはどうしてるんだ?」
「他の護り人たちと一緒にクイナの手伝いをしてるよ」

 カレイジャスからの報告にはその辺りのことが抜けていたため、シャーリィに尋ねるとそんな答えが返ってくる。
 ノルンが先輩≠ニしてクイナにいろいろと手解きをしていたみたいだが、進化の護り人たちからも様々なことを教わっているらしい。
 サライが女王として実務的な面を担う一方で、大樹の巫女であるクイナはエタニアの象徴的な存在と言っていい。
 政治に直接口を挟めるような権力は持っていないが、だからと言って無関係でいられる訳では無い。
 国の象徴であると言うことは、国を背負って立つと言うことでもあるからだ。今後は公の舞台に顔をだす機会も増えてくるだろう。
 ダーナも巫女をしていた頃は恥を掻かずに済むようにと、政治や歴史に関する知識やマナーの勉強などを強いられてきたのだ。
 よく寺院を脱走して教導師を困らせていたのは、いまとなっては懐かしい思い出だ。そのダーナがクイナの教師をしていると言うのだから時の流れは面白い。

「まあ、クイナって凄く頭が良いから覚えるのも早くて、ダーナたちも驚いてたみたいだけどね」

 シャーリィの言うように、自分の頃と比較して教師役のダーナが落ち込むほどの成長をクイナは見せていた。
 ヒドゥラも政務の合間にクイナの勉強を見ているらしく、最近は理法の習得にも手を出し始めているほどだった。
 ちなみにネストールは島の周囲の警戒と監視を、ミノスは〈はじまりの大樹〉がある森の守護と管理をクイナから任されていた。
 そうした話をシャーリィから聞いて、リィンは上手くやっているようだと安堵しつつも少し当てが外れたと言った顔を覗かせる。

「ダーナがどうかしたの?」

 そんなリィンの様子に首を傾げながら、そう尋ねるシャーリィ。

「手が空いてそうなら、こっちを手伝ってもらおうかと思ったんだがな」

 さすがにヒドゥラやネストール。それにミノスは見た目からして人間離れしているので、魔獣と勘違いされて騒ぎになりかねない。
 しかし、擬態の能力を持つウーラもといサライや、エタニア人のダーナは別だ。長身なだけで、見た目はリィンたちと変わりが無い。
 特にダーナはエタニア人のなかでも小柄だったと言うだけあって、女性にしては少し背が高いと言った程度だ。
 サライには女王としての仕事があるため、さすがに団の仕事を手伝ってくれとは言えないが、ダーナならとリィンは考えたのだ。

「クイナの教育も順調みたいだし、リィンが頼めば普通に手伝ってくれるんじゃない? というか、そんなに手が足りてないなら、なんでシャーリィに声を掛けてくれなかったの?」

 不満げに尋ねてくるシャーリィの視線を避けるように、リィンは顔を背ける。
 最近は余り聞くことがなくなったが、『血塗れ』の二つ名は伊達ではない。
 シャーリィの性格をよく知っているだけに安心できなかったのだ。
 とはいえ、今回はやり過ぎを心配するような相手でもないことを考えれば、シャーリィに自制を促す理由はない。
 リィンが来てしまったものは仕方がないと、シャーリィの同行を許可したのもそうした理由からだった。

「お二人とも、さっきから何の話をしているんですか?」

 エマたちと昼食の準備をしていたレイフォンが、リィンとシャーリィの間に割って入るように声を掛けてくる。
 今度こそリィンに手料理を食べてもらおうと自分からエマの手伝いを申し出たのだが、先程から二人の様子が気になっていたのだ。
 とはいえ、レイフォンは〈暁の旅団〉への入団を希望しているとはいえ、まだ正式な団員と言う訳ではない。
 どう説明したものかとリィンが迷っていると――

「リィンからダーナたちのことを聞かれて、話してたんだけど?」
「おい!?」

 あっさりとシャーリィが話の内容を暴露して、思わずリィンの口からツッコミが飛ぶ。

「え? 新入りじゃなかったの?」
「その予定だが、まだ正式に団員と認めた訳じゃない」
「なんで? 結構、腕は立ちそうだけど?」
「腕はそこそこだが、実戦経験が足りてないからな……」

 オリエには悪いが、まだまだ道場剣術の域を出ないとレイフォンの腕をリィンは評価する。
 それはクルトにも言えることだ。技術はあっても、命の懸かった戦いの経験が足りなさすぎる。
 いまの二人では、実力を発揮する前に殺されるのがオチだとリィンは見ていた。
 だが、そんなリィンの評価に対して――

「死んじゃったなら、その程度だったってことじゃない? 戦場にでれば死ぬ可能性があるのなんて普通だし、実戦を経験しないと強くならないでしょ?」

 と、もっともらしい言葉で反論する。
 この辺り、強さこそが信条の〈赤い星座〉で育ったとあって、シャーリィの方がリィンよりもドライな考え方をしていた。
 リィンも別にシャーリィの言い分が間違っているとは思っていない。少しばかり特殊な力を持っていたとは言っても、リィンも最初から強かった訳では無いからだ。
 死にそうな目に何度もあって、それでも戦場に身を投じ続け、実戦を積み重ねることで今の強さを得たのだ。
 だが、それは他に選択肢がなかったからだ。

 ルトガーに拾われ、物心ついた頃から戦場にいたリィンにとっては、それが当たり前の環境だった。
 しかし、レイフォンは違う。こう言ってはなんだが、レイフォンは普通の家庭で生まれ育った普通の人間だ。
 普通が悪いと言っている訳ではなく、まだレイフォンは引き返せる位置にいる。アリサたちのように特殊な事情を抱えている訳でもない。
 猟兵なんて危険な仕事に身を投じなくても、ヴァンダールの剣士なら就職先に困るようなことはないだろう。
 それに、

「動機が不純というか……まだ、大金が欲しいとかなら納得できるんだが……」

 そもそも団に入りたい理由が『好きな人の役に立ちたい。一緒にいたい』という理由なのだから、リィンが覚悟を問うのも当然ではあった。
 レイフォンの態度や表情から、リィンが何を心配しているかを察するシャーリィ。

「うーん……それって、フィーたちと何も変わらなくない?」

 しかし、またもやリィンにとって頭の痛い――反論しにくい言葉を返す。
 この手の話になると、圧倒的に自分の方が不利だとリィンは悟っていた。
 フィーやアリサたちの好意に気付かないほど、朴念仁ではないからだ。
 だが、

「リィンさん!」
「……なんだ?」
「ダーナさんって、女の人ですよね? その人も、リィンさんの愛人≠ネんですか!?」

 真っ先に気になるのはそこか、とリィンは溜め息を漏らす。
 こう言った残念なところを見ていると、アルフィンと似た雰囲気を感じずにはいられない。
 リィンがレイフォンに厳しく接する一番の理由は、実はそういうところかもしれなかった。


  ◆


 同じ頃――

「ううっ……ティオ先輩酷いです」

 テーブルに頭を預け、酔っ払いのように愚痴を溢すユウナの姿があった。
 補足しておくと、彼女が飲んでいるのはただのジュースだ。少しもアルコール成分を含んでいない。
 だが、ジュースをお酒と錯覚するほどに、彼女にとってショックな出来事があったのだ。
 それは――

「こんなオジさんを押しつけて、私を置いていくなんて!」
「ユウナくん? ちょっと、それは酷くないかね?」

 ユウナの余りの物言いに、渋い顔でツッコミを入れるロバーツ。
 ロバーツは勿論のこと、ユウナも書類上はエプスタイン財団の関係者と言うことになっている。
 確かな証拠もなく二人を勾留すれば、最悪の場合はエプスタイン財団を敵に回すことになる。
 となれば、一時的に拘束されたところで、すぐに釈放される可能性が高い。
 自分たちについてきて危険を冒すよりは――と考え、ティオはロバーツに後のことを任せて、ユウナを置いていったのだろう。
 実際、事情聴取を受けることにはなったが、二人はすぐに釈放された。
 財団と対立するリスクを嫌ったのもあるだろうが、ロバーツはともかくユウナは特務支援課に憧れていると言うだけで、極普通の一般家庭で生まれ育った普通の少女だ。警察学校に在籍しているとは言っても、現在は休学中で捜査官の資格を所持している訳でもない。そうしたことから、たいした情報を得られないと判断されたのだろう。

「とにかく、明日の便でクロスベルに戻ろう。チケットを取ってきたから」

 そう言って、二人分の飛行船のチケットをユウナに見せるロバーツ。
 ユウナには言っていないことだが、ロバーツはクロスベルまで彼女を送り届ける約束をティオとしていた。
 たいしたことは出来ないが、ロバーツはロバーツなりにティオの力になろうと心に決めていたからだ。
 しかし、そんな思いはユウナには伝わらなかったようで、

「うっ……うわあああああん!」

 泣き叫びながら走り去るユウナの背中を、ロバーツは呆然と見送ることしか出来ないのだった。


  ◆


 リーヴスは帝都から鉄道で三十分程度移動したところにある近郊都市だ。
 そんな街の北側に別荘地を作る計画があったのだが、資金面の問題から頓挫したことで長らく放置されていた施設があった。
 地下に室内プールなども完備した巨大な建造物。別荘地に隣接するレジャー施設として利用するつもりだったのだろう。
 そこに街の外からやってきた猟兵崩れが居座り、住民を人質に取って立て籠もっていると言う訳だ。
 その人質のなかに修道服に身を包んだ金髪の女性――シスター・ロジーヌがいた。

(見張りは二人。たいした相手ではなさそうですけど……)

 じっと息を殺しながら、怪しまれないように周囲を観察するロジーヌ。
 見張りの猟兵は二人。いずれもライフルで武装しているが、従騎士の訓練を受けているロジーヌであれば対処可能な人数だ。
 しかし、ロジーヌ一人ならともかく他にも人質がいる現状では迂闊に動くことは出来ない。

(やはり、助けが来るのを待つしかなさそうですね)

 戦闘になれば流れ弾が人質に当たる可能性があるし、敵は目の前にいる二人だけではない。
 人質の数はロジーヌをいれて十六名。なかには子供や年寄りも交じっている。
 それだけの人数を守りながら、ここから脱出するのは困難だとロジーヌは判断する。

(でも、彼等は一体……)

 最近、噂となっている紫のプロテクトアーマーを猟兵たちは身に纏っていた。
 帝都での襲撃事件も彼等の仕業だとすれば、逃げ切れないと悟ってリーヴスに立て籠もったという線は考えられる。
 しかし、だからと言って彼等が〈北の猟兵〉だと決めつけるのは早計だ。判断材料が少なすぎる。
 もしかしたらリィンなら何か分かるかもしれないが、生憎とロジーヌは猟兵についてそれほど詳しい訳ではなかった。
 分かることと言えば、大凡の実力を見抜けるくらいだ。ロジーヌから見て、目の前の二人はたいした使い手には見えない。
 北の猟兵は練度が高いという話だが、装備はしっかりとしているものの目の前の二人は、とても腕利き≠フ猟兵には見えないのだ。
 そんな風に周囲を観察していると、

「大丈夫です。きっと助けが来ますから」

 肩を震わせる女性に気付き、安心させるように手を取りながら小声で話しかけるロジーヌ。
 女性の名はリーザ。二ヶ月ほど前、この街へ引っ越してきたばかりで『ルセット』と言う名前の喫茶店を経営していた。
 仕入れのための買い付けにでていたところで事件に巻き込まれ、他の買い物客と一緒に人質にされたのだ。
 不安を抱えているのは、リーザだけではない。人質たちの顔には疲労の色が滲んでいた。
 そろそろ限界が近いことを悟りながら、ロジーヌは最悪の事態を想定して密かに覚悟を決める。
 しかし、いま動くのは自殺行為だ。何か、状況を好転させる材料はないかと機会を窺っていると――

「なんだ? そいつらは?」
「観光客らしい。施設の周りをウロウロとしているところを捕まえたそうだ。他の奴等と一緒に放り込んでおけ」

 新しく連れて来られた人質を見て、ロジーヌは目を瞠る。
 貴族と思しき二十歳前後の若い金髪の女性と、蒼い髪の少女。
 金髪の女性に見覚えはないが、その隣にいる少女の顔に見覚えがあったからだ。
 そして、確信する。

(彼女がここにいると言うことは……)

 近くまで、リィンが来ていると言うことに――



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