「なあ、俺たちだけで本当に大丈夫なのか?」
「今更ビビってるのか?」

 街を出て三十分ほど経ったところで弱気なことを口にする仲間に呆れ、挑発するような言葉を口にする碧眼の青年。
 アッシュとは幼い頃からの付き合いで、チームの実質ナンバー2と呼べる人物。それが彼、ブラッドだった。

「猟兵王の息子かなんか知らないが、所詮は親の七光りでチヤホヤされてるだけの奴だろ?」

 年齢だって自分たちとそう変わらないことを考えれば、本当にあてになるかすら怪しい。
 金だけ受け取って、分が悪くなればトンズラされる恐れすらある。
 なら他人の力などあてにせず、これまで通りに自分たちの手で街を守るべきだとブラッドは主張する。

「大体、いままでだって俺たちの力でどうにかなってきたんだ。街の外の人間に頼るのは最初から反対だったんよ。それをアッシュの奴……」

 憎々しげにアッシュの愚痴を溢すブラッド。
 口は悪いが腕っ節の強さと面倒見の良さから慕われ、常にリーダーシップを発揮してきたアッシュの二番手にブラッドは甘んじてきた。だが、それでも良いと以前は思っていたのだ。スラムの不良たちにとってアッシュが頼れる存在であるように、彼にとっても自慢の友人だったからだ。
 しかし、アルスターが襲撃を受けたとの噂が流れ始めてからと言うものチームに寄せられる依頼は減って行き、薬草採取や魔獣討伐と言った街の外の仕事はほとんどなくなってしまった。そこでブラッドは原因を探って可能であれば自分たちの力で解決すべきだと提言したのだが、それをアッシュは拒否したのだ。
 アッシュは変わってしまった。慎重と言えば聞こえはいいが、臆病風に吹かれたと言ってもいい。
 挙げ句、自分たちの手に負えないからと、どこからか助っ人を連れてきたことがブラッドは気に入らなかった。
 アッシュとなら、なんだってやれる。大人に頼らずとも自分たちの力だけで生きていける。
 そう考えていた彼にとって、アッシュの行動は裏切りと言っても過言ではなかったからだ。

「――隠れろ!」

 何かに気付いて仲間たちに注意を促すと、そっと岩陰から様子を窺うように覗き込むブラッド。
 肩にライフルを提げた見張りと思しき男が二人。その近くに洞窟が確認できることからも、仲間はその奥で休んでいるのだろうと察することが出来た。

「ブラッド。まさか、アイツ等が……」
「ああ、間違いない」

 街の近くで銃撃戦をやった連中なのは間違いない、とブラッドは確信する。
 アルスターを襲ったのと同じ連中かは分からないが、どのみち街にとって危険な連中であることに違いはない。
 奥に何人いるのかは分からないが、見張りは二人だ。一方で、ブラッドたちは十人以上いる。
 数の上では有利。それに魔獣を討伐するために買い揃えた武器で、しっかりと装備を整えてきていた。

「相手は完全に油断している。チャンスだ。一気に仕掛けるぞ」
「あ、ああ……」

 一気に制圧しようと、場の雰囲気に呑まれ掛かっている仲間にブラッドは活を入れるが――

「――なッ!?」

 岩陰から飛び出そうとしたところで、周囲から一斉にライトを当てられ、驚きに目を瞠る。
 何が起きているのか分からないまま、慌てて周りを見渡すファフニールのメンバーたち。
 すると、

「か、囲まれてる!?」
「ブラッド! どうしたら――」

 仲間たちの悲痛な声を聞き、ブラッドは肩を震わせながら唇を噛み締める。
 恐らくは山道に入った時点で気付かれ、いままで泳がされていたのだと察したからだ。
 囲んでいる敵の数は二十人を超えているだろうか? ブラッドたちの倍以上いる。
 その上、全員がライフルで武装しており、とてもではないが街の不良にどうにか出来る状況ではなかった。
 ライトの光を背負った女性と思しき人影が、そんな恐怖に震える不良たちに最後通告とも取れる警告を発する。

「二度は言わないよ。死にたくなかったら武器を捨てな」

 その警告に不良たちは戦意を失い、自発的に武器を捨てて投降するのであった。


  ◆


 ブラッドたちが捕まって半刻ほどが過ぎた頃――
 ライフルで武装した猟兵と思しき集団を、離れた場所から密かに観察するリィンたちの姿があった。

「さすがだな。悪くない位置取りだ」
「いえ、そんなにたいしたものじゃ……」

 リィンに褒められ謙遜するマヤだが、敵に察知されない位置取りと言うのは難しい。
 見晴らしの良い場所は当然警戒をされるし、岩や木々などが密集した身を隠すのに適した場所も同じように警戒される。
 程々の距離を取りつつ警戒の穴を突くには、地形を完全に把握していなければ出来ない。
 何より、こういうのは経験がものを言う。マヤが優れた狙撃手であることは一目瞭然だった。

「ですが、どうするつもりですか? 思っていた以上に、警戒が厳しいようですが……」

 ラクシャの言うように、敵に気付かれずに潜入するというのは難しいように思えた。
 明らかに素人離れした統率の取れた動き。警戒も相当に厳しいことが見て取れる。
 この距離だからどうにか気付かれずに済んでいるが、もう五十アージュも距離を詰めれば接近に気付かれる可能性は高い。
 それでもリィンが本気をだせば、制圧することは不可能ではないだろう。だが、ブラッドたちの安全は保障できない。
 下手に追い詰めて、人質として利用されても厄介だ。ラクシャが慎重になるのも当然と言えた。

「ん? もしかして、アイツ等……」
「あの猟兵たちに心当たりがあるのですか?」
「ああ、見覚えのある顔が何人かまじっててな」

 リィンが猟兵であることを思い出し、相手が同じ猟兵であるならそういうこともあるかとラクシャは納得する。
 しかし知り合いだからと言って、手を抜いてくれるほど甘い相手ではないだろう。

「正面から交渉を持ち掛けてみるか」
「……本気ですか?」

 と考えていたのに、リィンの言葉にラクシャは驚きながら尋ねる。
 いつものリィンなら相手が例え顔見知りであったとしても、そんなことを口にするとは思えなかったからだ。
 確かにラクシャの考えは間違っていない。血の繋がった家族が相手であったとしても、戦場でまみえれば殺し合う。知り合いだからと言って、戦場で手を抜く猟兵はいない。相手が自分と同じ猟兵≠ナあれば、リィンも交渉なんて無駄なことは考えなかっただろう。
 しかし、

「アイツ等は、厳密には猟兵≠カゃない」
「……え?」

 相手は猟兵だと思っていただけに、リィンの口から返ってきた答えにラクシャは驚く。
 なら、何者なのかと尋ねようとしたところで、

「あ、もしかして……」

 敵の正体に気付き、先にマヤが声を上げるのであった。


  ◆


「やっぱりラクウェルの悪ガキどもか」

 報告を聞き、呆れた口調でそう漏らすポニーテールの女。
 彼女の名はレオノーラ。この武装集団のリーダー的な存在だった。

「で? 連中をどうするつもりだ?」
「どうするも何も、ちょっと灸を据えて街へ帰すつもりだよ」
「甘いな……」

 レオノーラの判断を甘いと断じながらも、小さく苦笑する金髪の男。
 同じ団≠ノ所属する仲間にして、レオノーラにとっては歳の近い兄のような存在。それが彼、ハーマンだった。
 幼い頃から同じ船の上で、生活を共にしてきたのだ。それだけに互いの性格はよく理解している。
 こう言いだしたらレオノーラが簡単に意志を曲げないことは、ハーマンが一番よく分かっていた。

「まあ、二度とバカな考えを起こさないように、しっかりと灸を据えておいてやるとするさ。それよりも……」
「ああ、分かってるよ。これが〈銀鯨〉――最後の仕事だからね」

 二人は海賊を成り立ちとする護衛船団〈銀鯨〉の団員だった。
 と言っても、嘗ては二百を超えていた団員も現在は十分の一近くまで数を減らしていた。
 団長不在で船もなく、いまは〈銀鯨〉の元団員と言った方が正しいだろう。
 三ヶ月ほど前のことだ。ラマール州の暫定政府から、軍への協力要請が船団に届けられたのは――
 先の内戦から激しい戦闘が続いたこともあって、正規軍以上に領邦軍は力を大きく落としていた。そのため、ノーザンブリアとの戦争に備えて領邦軍の戦力を強化しておきたい狙いがあったのだろう。そこで、このラマール州で最も有名な護衛船団〈銀鯨〉に目を付けたのだ。
 だが、銀鯨の団長はそんな政府の要請を拒否した。
 これに激怒したバラッド候が船団に解散を命じ、彼等の商売道具とも言える船を領邦軍に接収させたのだ。
 船を取り上げられてしまっては仕事を続けられるはずもない。結果、団員たちの多くは団から離れて行ってしまった。
 レオノーラたちも新たな生活を始めていたのだが、銀鯨の団長が政治犯として軍に拘束されたとの噂が流れてきたのだ。

「絶対に失敗は出来ない。団長の容疑を晴らすためにもね」

 銀鯨の団長に掛けられた容疑は、ノーザンブリアと取り引きのあった商船と結託し、軍から横流しされた武器の密輸に関わっていたというものだった。明らかな濡れ衣だとレオノーラには分かっていたが政府や軍が相手ではどうすることも出来ず、打つ手のない状況に頭を抱えていた彼女の前に現れたのがクライスト商会≠フ人間だったと言う訳だ。
 最近オルディスに進出してきた新進気鋭の商会で、余り良い噂を聞かない商会ではあったが他に打つ手がなく彼等の話に乗ることにしたのだ。
 軍と取り引きがあり貴族にも顔が利く彼等であれば、団長の容疑を晴らすことが可能かもしれないと考えた末の決断だった。
 それに――

「しかし、クライスト商会の連中どういうつもりなんだろうな。アルスターを襲った連中から、ラクウェルの街を守って欲しいなんて」

 クライスト商会が持ち込んできた仕事と言うのが、アルスターを襲った者たちからラクウェルの街を守って欲しいと言うものだった。
 これが人の道理に外れることであれば、銀鯨の名を汚す訳にはいかないとレオノーラも断っていただろう。
 そんなことをして助けだしたとしても、団長が喜ぶとは思えないからだ。
 だが、アルスターの件はレオノーラも耳にしている。そのアルスターを襲った連中がラクウェルも狙っていると聞かされれば、放って置くことなど出来なかったのだ。

「でも、どうしても腑に落ちないことが一つあるんだよね。アルスターを襲撃したのは〈北の猟兵〉って噂だったけど」
「ああ、確かに妙だな。連中が使っていた武器。あれはヴェルヌ社≠フものだった」

 ヴェルヌ社と言うのは、帝国のラインフォルト社と双璧を為す共和国の巨大総合企業だ。
 レオノーラたちが先日相手取った武装集団が手にしていたライフルは、そのヴェルヌ社のものだった。
 一応、帝国にもヴェルヌ社製のライフルは数こそ少ないものの流通はしている。
 金を積めば手に入らないものではないのだが、どうもそこがレオノーラは引っ掛かっていた。

「まあ、考えたって仕方がないだろ。どのみち、俺たちのやるべきことは変わらない」
「……そうだね」

 謎の武装集団の目的がはっきりと分かっている訳ではないが、このまま放置も出来ない。
 ハーマンの言うように相手が誰であれ、やるべきことは変わらないと言うのはレオノーラも同意見だった。

「た、大変だ!」

 哨戒に行っていた仲間が息を切らせながら、拠点としている洞窟に飛び込んできた。
 傍らのライフルを手に取り、周囲を警戒しながら「襲撃か!?」と尋ねるハーマン。
 先日追い返した連中が、またやってきたのでは? と考えたからだ。
 しかし、

「ち、違う。いや、違わないのかもしれないが……もっと、やばいのがきた!」
「……は?」

 要領を得ない仲間の話に、心の底から意味が分からないと言った表情を見せるハーマン。
 敵がきたのかきてないのかはっきりとしろ、と仲間に迫るハーマンを見かねて、レオノーラは間に割って入る。

「落ち着いて話しな。何があった?」

 レオノーラにそう言われ、ようやく落ち着いてきたのか大きく深呼吸をする男。
 そして、自分の見てきたものを――いや「お前等の頭に伝えろ」と言われたことを正確に話す。

「〈暁の旅団〉の団長が仲間を連れて、すぐそこまで来てる。リーダーに会わせろって……」

 予想もしなかった事態に、レオノーラとハーマンは目を瞠ることになるのだった。



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