ラクウェルの郊外。いまは使われていない列車の集積場に響く剣戟。
 デアフリンガー号が一時的に停車しているそこで、ラクシャとクルトは立ち合いを行なっていた。
 日課の鍛練に励んでいたラクシャに、クルトの方から模擬戦を申し込んだのだ。
 暁の旅団の正式なメンバーではないと言う話だが、あのリィンが実戦に連れて行くほどの強者。それがラクシャだ。
 実際その剣筋を見れば、彼女が歴戦の剣士であることは窺い知れる。
 だからこそ一人の剣士として、彼女と剣を交えてみたいと考えたのだろう。

「二人とも凄いですね」

 ほとんどが身内ではあるが、多くの見物人が見守る中で一進一退の攻防を繰り広げる二人。そんな見物人のなかにマヤの姿があった。
 スナイパーとしては一流でも、マヤは近接戦闘を余り得意としていない。
 護身術程度ならまだしも本格的に武術を学んだことはないので、剣術に関しては素人と言ってよかった。
 しかしそんな彼女の目から見ても、ラクシャとクルトの剣の技量は卓逸していた。
 ラクシャは勿論のこと、クルトの方も技量だけであれば達人の域に迫る実力だ。
 一見すると、互角の良い勝負をしているようにも見える。
 しかし――

「うーん。やっぱり、まだクルト坊ちゃんには厳しいか」

 そんななかで正しく二人の間にある差を見抜いている者がいた。
 クルトと同じ道場に通うヴァンダール流の門下生、レイフォンだ。
 同じ道場に通っていたと言っても、彼女が得意とする武器は大剣だ。双剣術について、それほど詳しい訳ではない。しかし、同じ剣士として大凡の実力を測る程度のことは出来る。その上で、いまのクルトではラクシャに勝てないとレイフォンは見抜いていた。
 得物の違いはあるが、二人の間に技術的な差はほとんどないと言っていい。なら、何が違うのかと言えば、それは経験≠フ差だ。
 ラクシャの方が明らかに実戦慣れしている。何度も死線を潜り抜けてきた歴戦の剣士だけが持つ強者の気配。オリエやミュラーにも匹敵する達人の空気を、レイフォンはラクシャから嗅ぎ取っていた。
 クルトもそのことに気付いていて戦っているように見える。恐らくは、その上で勝負を挑んだのだろう。
 ラクシャとの戦いの中で、何かを掴み取ろうとしているのだとレイフォンは察する。
 ヴァンダール流の双剣使いとして、更なる高みへと上るために――

(これは、私もうかうかしてられないかな)

 元々レイフォンとクルトの間には、実力的に大きな差はなかった。
 道場での立ち合いの戦績は、僅かにレイフォンの方が勝っているかと言った程度の差でしかなかったのだ。
 しかし、リィンとの出会いがレイフォンを変えた。
 漠然としていた将来に、はっきりとした目標が出来たこと。そして、リィンとの立ち合いのなかで自身が目指すべき強さの頂き≠自覚したことで、この三年間ずっと足踏みを続けてきた自身の殻を彼女は破ろうとしていた。
 問題はその後一歩が険しく、なかなか思うように壁を越えることが出来ずにいるのだが――
 故に二人の戦いを見て、レイフォンも感じるところがあったのだろう。

「ラグナストライク!」
「シュトラグリッツェン!」

 そうこうしている間に決着の時が来る。
 双剣に雷を纏わせ、一気にラクシャとの距離を詰めるクルト。
 クルトの放つ奥義に対して、ラクシャも同じく奥の手で迎え撃つ。
 レイピアに闘気を纏わせ、流星雨の如き無数の突きを放つラクシャ。
 二人の放った奥義の余波が、辺りを白く染め上げるのであった。


  ◆


 結果から言えば、レイフォンの予想した通りラクシャの勝利に終わった。
 文字通り、全身全霊の一撃を放ったのだろう。
 奥義を放った後、気力を使い果たしたクルトは眠るように意識を失ってしまったからだ。
 消耗はしているものの普通に意識のあるラクシャと比べれば、どちらに分があるかは一目瞭然だった。
 それに今回の試合。ラクシャは一度もアーツを使用していないのだ。
 あくまで剣士としてクルトの意気込みに応えたのだろうが、これが実戦なら決着はもっと早くに着いていただろう。

「やっぱり、いまのクルト坊ちゃんじゃ及ばないか。まあ、私もラクシャさんには一度も勝てたことはないんだけど……」

 この数日、レイフォンもラクシャに何度か挑んではいるのだが、実のところ一度も勝てていなかった。
 その点から言うとクルトのことを偉そうには言えないのだが、これは実力の差以外にも相性の悪さも要因の一つにあるだろう。
 レイフォンが得意とする武器は大剣だ。一撃の破壊力が高く魔獣を狩るには強力な武器ではあるが、ラクシャの得意とする細剣と比べるとスピードがなく小回りが利かない。相手の命を奪うことが目的ではないため、寸止めが条件の模擬戦ではレイフォンの方が不利なのは仕方がなかった。
 オーレリアのような超級の達人ともなれば、そうした武器の不利も覆せるのであろうが、残念ながらレイフォンにそこまでの力量はない。そもそも片手で大剣を振り回すオーレリアやヴィクターのような存在が規格外も良いところなのだが……。

「前から思ってたんですけど、ラクシャさんってどこで剣を習ったんですか? 帝国の剣術じゃなさそうですけど……」

 丁度良い機会だと考え、前から気になっていたことを尋ねるレイフォン。
 言葉の節々から感じ取れる教養や立ち居振る舞いからも、ラクシャが貴族の出身だということは察しがつく。
 しかし、ロズウェルという家名の貴族は耳にしたことがないし、ラクシャの剣術は帝国の宮廷剣術とも型が違う。
 だから異国の貴族だというのは察しがつくが、何処の国で習った剣術なのか気になったのだろう。
 世界中の流派を知り尽くしている訳ではないが、ラクシャほどの腕の剣士がこれまで無名だったことを不思議に思ったからでもあった。

「とても遠い異国です。簡単には行き来できないような……」

 嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。
 そのことはレイフォンにも察せられたが、敢えてそれ以上追及しようとは思わなかった。
 気にはなることは確かだが、ラクシャの秘密を無理に暴こうとは最初から思ってはいなかったからだ。
 それにリィンがラクシャの素性を知らないとは思えない。
 その上でラクシャを信頼しているのだから、自分が口を挟むことはでないと考えたのだろう。

「レイフォンさんは、この国の生まれなのですよね?」
「はい。お貴族様と言う訳じゃなくて、極普通の家ですけどね」

 特別裕福と言う訳ではないが、貧乏と言う訳でもない。帝都の下町にある一般家庭でレイフォンは育った。
 剣の才能を見出され、ヴァンダールの道場に通わなければ、今頃は普通に結婚して家庭を持っていたかもしれない。
 それだけにラクシャは疑問を持つ。

「どうして、猟兵になろうと?」

 猟兵というものがこの世界でどのようなイメージを持たれているかは、ラクシャも一般知識程度ではあるが知っている。
 極普通の一般家庭に生まれ育った女性が、夢を見るような職業では決してない。どちらかと言えば、他に選択肢がないから猟兵をしている者の方が多いだろう。普通の生活を送ることが難しい事情を抱えた者たちが、最後に行き着く仕事という印象をラクシャ持っていた。
 実際その認識は間違っているとも言えない。幼い頃から団で育ったリィンたちが特殊なのであって、基本的には元軍人だったりテロリストや裏稼業を生業としていたりと、他人には話せないような暗い過去を持つ人間が多い職業ではあるからだ。

 そもそも腕に自信があるのなら、遊撃士になるという選択肢だってある。猟兵と比べれば稼ぎは少ないが、それでも命を落とすリスクは減る。魔獣と戦う以上は危険がない訳ではないが、そのためにギルドはランク制度を導入し、遊撃士の力量に見合った仕事を斡旋する仕組みを設けているからだ。
 調子に乗って無茶をしなければ最低限のリスクで、そこそこの収入を得ることは可能だ。
 遊撃士協会は各国の内政に干渉しないことを明言しているため、遊撃士が戦争に駆り出されることもない。
 猟兵と遊撃士。どちらが命のリスクが小さく安全な職業かと言えば、誰にでも分かるようなことだった。

 それに最も大きな違いとして、猟兵は『戦争屋』などと皮肉られることはあるが、遊撃士のことを悪く言う人は少ない。それはギルドが民間人の保護を理念に掲げ、地域の安全と平和に貢献している組織だからだ。
 そうしたことから各国の軍隊や上層部からは煙たがられている側面もあるが、民間人からは絶大な支持を得ていた。
 どちらの方が遣り甲斐のある仕事かと言えば、普通は遊撃士だと誰もが答えるだろう。
 人に感謝をされて、嬉しく思わない者はいない。それで文句を言うのは、一部の捻くれ者だけだろう。
 ようするに猟兵とは、極普通の家庭で育った少女が憧れるような職業では決してないと言うことだ。
 幾ら恋は盲目と言ってもリィンのことが好きと言うだけで入団まで決意するのは、少し行き過ぎではないかとラクシャは感じたのだろう。
 しかし――

「リィンさんって、凄く格好良いと思いません?」
「え……ま、まあ……ルックスは悪くはないと思いますが……」

 予想外の答えが返ってきて、反応に困った様子を見せるラクシャ。
 リィンの姿が頭を過り、思わず頬が熱を帯びるの感じる。
 確かに誰もが振り返る美男子と言う訳ではないが、容姿はかなり整っている方だろう。
 服の上からでも分かる無駄なく鍛え上げられた肉体は、顔だけの貧弱な男よりも評価できる。
 何より年齢不相応なあの大人びた雰囲気は、ラクシャやレイフォンの同年代の男にはないものだった。
 普通リィンくらいの年齢の男なら、もう少し落ち着きがなかったり調子に乗っても不思議ではないからだ。
 たまに子供っぽいところを見せるが、それは悪い意味ではなく大人の余裕を感じさせるものであった。
 そう言う意味では、ファザコンを拗らせているラクシャのストライクゾーンにリィンは入っていると言える。

「いえ、確かに容姿も好みですけど、そっちじゃなくて生き様≠ニいうか在り方≠ェです」
「……え?」

 自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付き、顔を真っ赤にして固まるラクシャ。
 しかし、そんなラクシャの勘違いなど気にした様子もなく、レイフォンは話を続ける。

「だから思ったんです。この人が見ている世界を、私も一緒に見てみたいっって」
「でも、戦争をするかもしれないのですよ?」

 ハッと我に返り、その覚悟はあるのかとラクシャは尋ねる。
 確かにレイフォンの言うように、リィンが他の男と違うことはラクシャも認めている。
 少し融通の利かないところはあるが、それは彼が揺るぎない信念を持っているからだと思う。
 しかし、それでも彼は戦争を生業とする猟兵≠ネのだ。
 人の命を奪うということは、魔獣を殺すのとは違う。
 その覚悟があるのかと、ラクシャが問うのは当然であった。

「リィンさんが間違ったことをするとは思えませんから」

 理由が必要だと言うのなら、それで十分だとレイフォンは答える。
 そもそもリィンと出会わなければ、他の門下生と同様に帝国軍に入隊していた可能性が高い。
 そして、ヴァンダールの剣士に求められることと言えば、結局のところは他を圧倒する力だ。
 軍隊に入ったところで、実戦に駆り出される可能性は高い。なら、やることは変わらないと考えたのだ。

「平和なのが一番だと思いますけど、残念ながらこの国は敵が多いですから。覚悟ならヴァンダールの門を叩いた時から、とっくに出来ています」

 どうせ、いつかは戦争に参加することになるのであれば、自身が納得の行くカタチで力を振いたい。
 それが帝国軍ではなく自分の場合、リィンのもとで剣を振うことだったのだとレイフォンは答えを既にだしていた。

「そういうラクシャさんは〈暁の旅団〉に入らないんですか?」
「……え?」
「リィンさんから頼りにされてるし、もう関係者と言っても間違いじゃないですよね?」

 自分と違いラクシャが望むのであれば、リィンは入団に条件をつけたりはしないだろうとレイフォンは考えていた。
 少し悔しくもあるが、ラクシャの実力はレイフォンも認めている。
 だからこそ、彼女ならと納得もしていた。
 それだけに分からなかったのだ。

「リィンさんのこと、好きなんですよね?」
「はい!?」

 ラクシャが何を迷っているのかが――
 しかし返ってきた予想外の反応に、自分の予想が間違っていたのかとレイフォンは首を傾げる。
 てっきりラクシャも自分と同じように、リィンを異性として意識しているのだと思っていたからだ。

「何を話しているのかと思ったら……リィンから話は聞いてたけど、そういうところ少しシャーリィに似てるわね」

 いつから話を聞いていたのか?
 そんな二人の会話に、溜め息を交えながらアリサが割って入る。
 レイフォンのことは話に聞いていたが、リィンが気に掛けるのも理解できると思ったからだ。
 どことなく天然が入っているところなどは、シャーリィによく似ている。
 他にも言いたいことはあるが、取り敢えず先に用事を済ませようと話を切り出すアリサ。

「リィンが探してたわよ」
「え? それって、私をですか?」
「ええ、任せたい仕事があるそうよ。その働き次第では、今度こそ入団を考えてやってもいいって」

 アリサから思い掛けない話を聞き、目を瞠るレイフォン。
 先程までラクシャとしていたやり取りも忘れ、アリサに詰め寄るとリィンの居場所を聞いて走り去ってしまう。
 その勢いに圧倒されながらも、明らかにリィンの手の平の上で踊らされているレイフォンに同情するアリサ。
 リィンは考えてもいいと言っただけで、入団を認めてやるとは一言も口にしていないからだ。
 逆に言えば、それだけ彼女には期待を寄せているとも取れるのだが、リィンの性格をよく知るだけにアリサの口からは溜め息が溢れる。
 レイフォンの苦労が報われる日は、まだ遠いと悟ったが故だった。

「あの……助かりました」
「助けたつもりじゃないんだけどね。私もラクシャさんにはいろいろ≠ニ聞きたいことがあるし」

 そう話すアリサに対して、蛇に睨まれた蛙のようにビクリと肩を震わせるラクシャ。
 まだ危機は去っていなかったことを、このあと彼女は嫌と言うほど思い知らされることになるのであった。



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