群衆が見守る中、オルディスの空港から飛び立つカレイジャス二番艦〈アウロラ〉の姿があった。
 ミュゼやアルフィンたちを乗せた飛行船(アウロラ)が向かうのはレミフェリア公国。三日後に開催される通商会議に参加するのが目的だ。
 政治や経済、国際問題について議論が交わされる本会議は今年で三回目の開催となる。
 一回目は通商会議の開催を提唱したクロスベルで開かれ、昨年はリベール王国で催しは執り行われた。
 例年通りであれば八月に開催が予定されていた本会議だが、そもそもの話、今年は開催自体が危ぶまれていたのだ。
 というのも、この通商会議。これまでに一度として何事もなく平穏に終わったことなどなく各国の政府関係者からは『呪われているのではないか?』と言った声が上がり、会議の様子を見守る一般の人々からも不安視する声があったからだ。
 そんな状況では開催国として名乗りを挙げる国が現れるはずもない。また何か≠れば、自分たちの国が矢面に立たされるかもしれないのだから尚更と言えるだろう。
 最悪の場合、それ見たことかと非難の的にされ、責任を追及される恐れすらある。
 それだけに今年の開催は勿論のこと、しばらくは各国の首脳が集まるような大々的な催しは難しいだろうという見方が強まっていた。
 しかし、そんななかレミフェリア公国が七曜教会を味方に付け、名乗りを挙げたと言う訳だ。

 本来こうした政治の絡む国際的な催しに教会が関与することは少ない。
 あくまで教会の立場と言うのは中立で、それぞれの国の内政や国際的な問題には介入しないというのが教会のスタンスだからだ。
 要請があれば仲裁に動くこともあるが、それも極めて稀な例と言って良いだろう。
 なのに教会がレミフェリアの求めに応じて通商会議の開催を後押しした理由は、やはり黒の工房≠フ存在が大きい。
 というのも、ここ最近の帝国の不審な動きの背景には〈黒の工房〉の存在があると教会は考えていた。
 仮に帝国が完全に〈黒の工房〉の影響下に入っていた場合、問題はノーザンブリアとの話だけに留まらないかもしれない。
 下手をすれば共和国との戦争。最悪の場合、大陸全土を巻き込んだ世界大戦へと発展する恐れすらあると警戒したのだろう。
 実際、帝国は宣戦布告とも取れる強気な発言で共和国を刺激しており、共和国内でも帝国に対する反発が強まっている現実があった。
 そのため、この件では星杯騎士団が所属する封聖省だけでなく僧兵庁までもが独自の動きを見せていた。
 本来、アルテリア法国の防衛を担うはずの彼等が動いているのは教会内の派閥争いも理由にあるのだろうが――

「本来であれば我々が解決すべきところを〈暁の旅団(かれら)〉が解決したことで、こちらは騎神の件でも大きく譲歩することになった。そのことを上の方々は随分と危惧されているのですよ」

 教会が焦っている理由。それにはトマスの言うように〈暁の旅団〉の存在が大きく関係していた。
 本来、アーティファクトの管理は教会が担っている使命だ。そこから考えると騎神も教会の管理下に置かれるのが必然なのだが、そんな真似をしようとすればリィンと対立することになる。アーティファクトの回収は星杯騎士団の役目ではあるが、リィン率いる〈暁の旅団〉と正面からぶつかれば仮に勝利できたとしても大きく戦力を損なうことは確実だ。そんなことになれば今後の活動に支障をきたすばかりか、結社への対抗手段も失うことになるだろう。騎士団を率いる者の一人として、そんな分の悪い賭けにはでられないというのがトマスの考えであり、これには総長のアイン・セルナートも同意していた。
 だが、そのことに納得していない教会関係者も数多くいると言うことだ。
 エレボニウスの件も本来であれば、教会主導で事件を解決へと導きたかったのだろう。

「だから、今度こそ自分たちの手で事件を解決しようってこと? でも、それなら尚更星杯騎士団(アンタたち)≠燻d事をした方がいいんじゃないの?」
「耳の痛い話ですが、封聖省としては〈黒の工房〉の一件は静観するという考えでして……」
「聖職者が聞いて呆れるわね」

 トマスの説明を聞いて、心の底から呆れた様子を見せるサラ。
 身内同士で足の引っ張り合いをしていると聞けば、本気で解決する気があるのかと呆れるのも無理はなかった。

「それじゃあ、アンタやロジーヌがリィンたち(こいつら)≠ニ行動を共にしてるのって……」
「勿論、最悪の事態を避けるためです。正直、黒の工房とやり合うよりも彼等を敵に回すことの方が損失が大きいと騎士団は考えていますので……」
「……噂の総長さんでもリィンに勝てないと考えてるの?」
「考えたくはありませんが万が一にでも彼女を失えば、騎士団は存続自体を危ぶまれかねないので……」

 星杯騎士団を率いるアイン・セルナートは最強の騎士にして教会が誇る最高戦力だ。
 鋼の聖女にも匹敵すると噂される彼女が敗北するようなことになれば、騎士団に与える影響は計り知れない。
 仮にアインが死亡すれば、騎士団の活動自体にも大きく影響を与えることになるとトマスは考えていた。
 故にそのような自体は可能な限り避けたいというのが本音なのだろう。

「アンタ、めちゃくちゃ警戒されてるわよ?」
「猟兵なんだから今更だろ? 俺たちは正義の味方≠ニ言う訳でもないしな」

 サラに話を振られ、どちらかというと悪党の方だろうとリィンは答える。
 外道と言う意味ではアルベリヒに及ばないかもしれないが、リィンの手も多くの血で塗れている。
 しかし、それはサラにも言えることだった。いまでこそ遊撃士をしているが、彼女も元は猟兵だったのだ。
 だからこそ、リィンの言わんとしていることが理解できるのだろう。
 複雑な心境を表情に滲ませるサラに、今度はリィンが質問を返す。

「それより、お前の方こそよかったのか?」
「なんのこと?」
「元VII組の教官として救出作戦に参加しなくて」

 リィンの疑問に納得した様子で、そのことかと溜め息を漏らすサラ。
 確かに気にならないと言えば嘘になる。しかし、

「あの子たち≠ヘもう一人前よ。アンタも信用してるから任せたんじゃないの?」
「否定はしないが、素直に言ったらどうだ? ノーザンブリアのことが、愛しの大佐(パパ)の動向が気になるってな」
「ぐっ……わかってるなら一々聞くんじゃないわよ! 本当に嫌な性格をしてるわね」

 サラがアリサたちの作戦に参加せず、自分たちについてきた理由にリィンは最初から察しをつけていた。
 今回の通商会議にはノーザンブリアの使節団も招かれているからだ。
 もしかしたらバレスタイン大佐も一緒かもしれないと、密かに期待しているのだろう。
 サラの養父でもあるバレスタイン大佐は〈北の猟兵〉を起ち上げたノーザンブリアの英雄とも呼べる人物だ。
 使節団がノーザンブリアを代表して通商会議に参加するのであれば、メンバーに選出されている可能性は高いだろう。
 それでなくとも使節団の護衛として〈北の猟兵〉を率いている可能性は十分に考えられる。
 もっともそれは――

「大佐が裏で地精と繋がっていなければな」

 確証はないが死んだはずのバレスタイン大佐が生き返り、騎神の起動者となっている以上、その疑念は晴れない。
 帝国とノーザンブリアの戦争を煽っている元凶の一人かもしれないと言うことだ。
 今回の通商会議の趣旨には、帝国とノーザンブリアの戦争回避も議題に含まれていると見て良いだろう。
 仮にアルベリヒと通じて戦争を煽っているのだとすれば、バレスタイン大佐がそんな会議に出席する可能性は低い。
 英雄という立場を利用して、味方を騙しているという可能性も考えられるが――

「何を考えているのか察しが付くけど、それだけは絶対にないと言い切れるわ」

 サラはリィンの考えを否定する。
 その背中を見て育った娘として、バレスタイン大佐が祖国を裏切ることだけは絶対にないと言い切れるからだ。
 誰よりも大佐はノーザンブリアの将来を案じていた。そんな彼が祖国を売るような真似をするはずがないと――
 だからこそ、不思議に思うのだ。どうして大佐がリィンと同じ騎神に乗っているのかと。

「何か理由があるはずなのよ。それを聞くまでは……」

 何があろうともバレスタイン大佐を最後まで信じるつもりなのだろう。
 バレスタイン大佐が祖国を裏切っている可能性については、実際のところリィンも低いとは考えていた。
 しかし、それがアルベリヒと通じていないという確証にはならない。
 例え気に食わない相手であろうとも目的のためであれば利用する。
 バレスタイン大佐が猟兵であるのなら、そうした考えで動いていても不思議ではないからだ。

「まあ、好きにすればいいさ。だが、忘れるなよ?」

 戦場で敵として立ち塞がるのであれば、誰が相手であろうとも殺す。
 それは大佐だけでなく、サラに向けた警告でもあった。


  ◆


「サラ教官が裏切ると考えているのですか?」

 廊下で待っていたロジーヌから先程の話を蒸し返すように尋ねられ、やっぱりその質問かと納得した様子を見せるリィン。
 ロジーヌが立ち聞きしていることに最初から気付いていたからだ。

「そうならないことを祈っているがな」

 理性と感情は別だ。
 バレスタイン大佐は娘を庇って戦場で死んだ。そのことはサラ自身の負い目にもなっている。
 再び父親が目の前で殺されようとしている状況に陥った時、サラが冷静でいられるという保証はない。
 いや、冷静でいることなど出来ないだろうとリィンは考えていた。

「……彼女を殺すつもりですか?」
「言っただろ? 敵≠ニして立ち塞がるのであれば、誰であろうと容赦はしないと」

 猟兵としては正しくはあるが、それがリィンの本心ではないとロジーヌは察する。
 確かにリィンは敵に対して容赦のない一面があるが、冷酷無比と言う訳ではない。
 どちらかと言えば、一度懐に入れた相手に対しては寛容だ。
 でなければ、リーシャやシャーリィ。それにマリアベルも殺されていただろう。
 他にもリィンに救われた人々をロジーヌは大勢その目で見てきた。
 だからこそ尋ねはしたが、本心ではそこまで心配はしていなかった。

「……ロジーヌ。少し意地が悪くなったか?」
「そう感じるのであれば、原因はリィンさん≠ノあるのかもしれませんね」

 以前と比べてロジーヌが手強くなったと感じるリィン。
 その原因の一端を自分が担っているという自覚はリィンにもあるのだろう。
 もっとも、トマスにも原因はあるのだろうが――

「そう言えば、彼――真面目に頑張っているみたいですよ」
「ん? なんのことだ?」
「リィンさんの指示じゃないんですか?」
「……すまないが、最初から説明してくれるか?」

 話が噛み合わず、心の底からロジーヌが誰のことを言っているのか分からず説明を求めるリィン。
 ロジーヌの話によると、以前捕虜にした結社の強化猟兵。ギルバートがシャーリィの副官のようなことをしているとの話だった。
 たいした情報を持っている様子もなく、人質にする価値も薄いことから放置していたのだが――

「もしかして、リィンさん……」
「いや、忘れてた訳じゃないぞ? ちょっと扱いに困ってただけで」
「随分と頑張っているみたいですよ。書類整理や報告書のまとめなんかも完璧で、仕事の手際も良いとか」
「まあ、元秘書って話だしな……」

 ギルバートの意外な才能に驚きつつも、しばらく様子を見るかと口にするリィン。
 悪人には違いないが、口や態度が大きいだけの小物に過ぎない。大方、シャーリィに脅されて従っているのだろう。
 上手く行けば、誰もやりたがらないシャーリィのお守り役を押しつけられるかもしれないと考えたのだ。
 実際、シャーリィの副官が務まるのは〈赤い星座〉のガレスくらいのものだろうが、ギルバートが代わりを務められると言うのなら掘り出し物と言っていい。

「一応、本人に釘を刺しておくか」

 とはいえ、シャーリィの下に就くと言うことは〈暁の旅団〉に所属するということだ。
 この後、リィンに覚悟を問われ、正式に見習いとして団に所属することを認められるのだが――
 ギルバートは後に自身の選択を後悔することになるのであった。




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