「あれから二週間。そろそろ団長さんたちが動きだす頃合いかしら?」
「うん、もうすぐだと思うよ」

 キーアの勘は良く当たる。彼女の能力を簡単に説明するなら因果律の可視化。
 未来へと繋がる因果の糸が微かに視えると言った感じの能力だが、その能力の有用性はレンも認めていた。
 でなければ、キーアに自分の仕事を手伝うようにと誘ったりはしないだろう。
 その結果、二人して捕まってしまった訳だが――

「まあ、何があってもレンが守ってあげるから安心なさい――と言いたいところだけど、正直助けがいるか微妙なところよね……」
「そんなことない。凄く頼りにしてるよ」

 限定的とはいえ、未来が見える力というのは強力だ。
 実際キーアはこうなることすら予期していたのではないかと思える節がレンにはあった。
 勿論、何が起きるかを知っていた訳ではないだろう。
 だが、自分の身に危険が迫っているくらいのことは勘付いていたはずだ。

「一つだけ聞いておきたいのだけど、レンの誘いに乗ったのは暁の旅団≠動かすため?」

 仮にキーアが一人で家にいるところを誘拐されたなら、エリィの頼みであってもリィンは対価を要求しただろう。
 しかしカレイジャスで起きた事件なら、暁の旅団は――リィンは動かざるを得ない。
 だからこそ、キーアは自分の誘いに乗ったのではないかと、レンはそう考えたのだ。

「そこまで計算して動いていた訳じゃないけど、たぶんレンの誘いに乗るのが一番いい結果になるって、そんな気がしてね」

 やはり何が起きるかまでは本人も理解はしていなかったのだと、その言葉からも分かる。
 しかし、自身にとって最良の結果を導きだす勘の鋭さは、やはり侮れるものではない。
 とはいえ、ノルンの能力を把握しているリィンが、キーアの力に気付いていないとは思えない。

(団長さんは団長さんで、私たちを利用するつもりなのでしょうね)

 勿論、レンとキーアが誘拐されることを予想していた訳ではないだろうが、リィンは自分が持つ力の大きさや影響力を理解している。
 もっと自由に振る舞うことも出来るのに、そうしないのが何よりの証拠だ。
 気に食わないからと理由や証拠もなく力で敵を叩き潰すような真似を繰り返せば、無駄に敵を増やすだけだ。
 下手をすれば、世界中の国々が〈暁の旅団〉を危険と見なし、排除に動く可能性すらある。
 だからこそ、リィンは自分に課した流儀(ルール)≠竍契約≠ノ拘るのだろう。
 そう言う意味でカレイジャスが襲撃され、レンとキーアが誘拐されたことはリィンにとっても都合が良かったと言える。
 教会やギルドに遠慮することもなく、堂々と〈黒の工房〉の拠点を攻める大義名分を得ることが出来たのだから――

(もしかして、私たちをここへ連れてきた人物の目的って……)

 今回の誘拐事件、犯人はアルベリヒではない可能性が高いとレンとキーアは予想していた。
 仮にアルベリヒが二人を誘拐した犯人でない場合、誰が企てた計画なのか?
 少なくとも〈黒の工房〉の関係者であることは間違いないだろう。問題は犯人の目的だ。
 それがずっと気になっていたのだが、キーアのようにリィンを動かすことが狙いであったのだとしたら?
 犯人はリィンの性格をよく知っている人物と言うことになる。

「うん。レンの考えているとおりだと思うよ」
「もしかして、最初から犯人の目星を付けてた?」
「私が分かるのは、団長さんの顔見知りってことくらいだけどね。たぶん、直接会ったことはないと思うから」

 それでも十分に凄いとレンは感心するやら呆れるやら複雑な溜め息を吐く。
 キーアの直感にロイドの捜査官として培った洞察力が加われば、ほぼ解決できない事件はなくなるだろう。
 そこに加えて、ティオやエリィ。それにノエルと言った各種エキスパートの人材が協力者についているのだ。
 特務支援課が帝国に警戒されるはずだと、いまのキーアを見ているとよく理解できる。

「まあ、あの子(ミリアム)がレンたちの前に現れた時点で何かあるとは分かっていたけどね」

 ミリアムは確かに〈黒の工房〉で生み出された存在だが、根っからの悪人と言う訳ではない。
 どちらかと言えば、彼女自身に悪意はない。性格的にも善人と言っても良いだろう。
 そんな彼女が心の底からアルベリヒの計画に納得して手を貸すだろうかと言う疑問はあった。
 操られているなら話は別だが、洗脳を受けているような様子は見られなかったからだ。

「霊脈が活性化してる。たぶん、これって……」
「ええ、誰かが道≠開こうとしているみたいね。それじゃあ、こっちも行動を開始するとしましょう」

 大人しく囚われのお姫様を最後まで演じるつもりはレンとキーアにはなかった。
 自分たちの予想が正しければ、この事件には別の真相が隠されている。
 最悪の事態を回避するため、取り返しがつかなくなる前に二人の少女は独自の行動を開始するのだった。


  ◆


「まさか、このような場所に隠れ住んでおるとは……見つからぬ訳じゃ」

 空間に投影されたモニターに映し出された帝国の地図。そこに記された場所。
 北緯50.94、西経105.90――帝国北西部ラマール州の東に位置し、滅多に人が足を踏み入れない深い森と山岳に囲まれた秘境。
 グレイボーン連峰。その地下千アージュの位置に存在する大空洞に〈黒の工房〉の拠点は隠されていたのだ。
 八百年もの間、地精の足取りを追ってはいたが、これでは見つからないはずだとローゼリアは溜め息を漏らす。

『解析結果によると出入り口は存在しないみたいですわね』

 恐らく特別な道具を使って転位で出入りしているのだろうと、通信越しにベルは話を補足する。
 続いて、どこから入手したのか? 黒の工房の詳細な見取り図をモニターに表示するベル。
 さすがにこれにはローゼリアも目を瞠り、驚きの声を漏らす。
 ガイウスたちノルドの戦士の力を借りて、帝国各地の特異点に設置した楔より放たれる霊力の波動を解析するため――
 オルキスタワーの魔導演算器とベルの力を借りはしたが、まさか拠点の位置だけでなく工房の見取り図まで手に入れているとは思っていなかったのだろう。

「この短期間でこんなものをどうやって……御主、やはり最初から知っておったのではないか?」
『誤解ですわ。確かに彼等とは過去にいろいろとありましたが、こちらも本拠地までは掴んでいませんでしたもの』
「いま一つ信用ならんのじゃが……今代のクロイス家の錬金術師は性格が捻くれていると評判じゃしの」
『あら、わたくしの名前はベル・クラウゼルですわよ。どなたかと勘違いされているのでは?』

 まったく悪びれる様子も無く堂々とシラを切るベルに、ぐぬぬと納得の行かない様子で唸るローゼリア。
 一見すると子供の喧嘩と言ったやり取りだが、二人の正体を知るエマの口からは溜め息が漏れる。
 見た目相応の幼女ならいいが、目の前にいる二人は最高位の魔導師だ。
 それこそ、魔術に対する造詣の深さと経験値だけで言えば、あのヴィータですら及ばないほどの大魔導師だった。
 低レベルな争いを見せられたら、エマが呆れるのも無理はない。

「姉さんも笑ってないで、お祖母ちゃんを止めてください」
「そうは言っても、あれって喧嘩にすらなってないわよ」

 どちらかと言えば、軍配はベルに上がる。
 口論にすらなっておらず、遊ばれているのはローゼリアの方だとヴィータは指摘する。
 ベルはホムンクルスの身体に自身の精神を移し、若返ったと言っても中身はほとんど変わっていない。
 一方でローゼリアは八百年の歳月を生きていると言っても性格が大雑把で見た目相応に幼いところがある。
 肉体年齢に精神が引っ張られていると言うよりは、これが彼女本来の性格なのだろう。

「……仕方ないわね。婆様で遊ぶのは、その辺りにしてもらえるかしら?」
「誰が遊ばれておるじゃ!? 我の方が年長者なのじゃぞ!」
「話が面倒臭くなるから、お祖母ちゃんは黙ってて」
「ひぃっ!」

 間に割って入ったヴィータに抗議しようとするも、エマに睨まれて思わず身をすくめるローゼリア。
 その姿を見れば、この家における彼女たちの力関係がよく分かる。
 実際、立場の違いはあれど、ヴィータもエマには頭の上がらないところがあった。
 それに――

(最近はめきめきと魔術の腕も上達しているみたいだし、私もうかうかしてられないわね)

 保有する魔力の量で言えば、既にエマは自身を超えていることにヴィータは気付いていた。
 エマの魔力が急激に高まった要因として、恐らくリィンの眷属≠ニなったことが理由として大きいのだろう。
 もっともだからと言って、まだまだヴィータはエマに後れを取るつもりはなかった。
 姉弟子としての意地もあるが、魔女としての経験と魔術への造詣は自身の方が上だという自負があるからだ。
 だが――

(クロイス家、最後の錬金術師マリアベル・クロイス。彼女だけは底が見えないわね)

 魔導師としての格はベルの方が自信よりも何枚も上手だと、ヴィータはベルの実力を見抜いていた。
 千二百年にも及ぶ間、クロイス家の錬金術師たちが築いてきた叡智だけでなく、記憶や魂をもベルは継承しているのだ。
 言ってみれば、彼女は地精の長アルベリヒに最も近い存在と言える。
 確かにローゼリアは八百年以上の歳月を生きているのかもしれないが、ベルにも千二百年分の経験の蓄積がある。
 ヴィータが百年に一人の天才であったとしても、二十年やそこらの研鑽で追いつける相手ではないと気付いているのだろう。

(正直、どういうつもりで彼は彼女を仲間に引き入れたのかしら?)

 エリィの望みであったとしてもベルを仲間に引き入れるのはリスクが高すぎると、以前からヴィータは考えていた。
 しかしリィンはベルの命を救い、教会と密約まで交わして〈暁の旅団〉で保護することを決めた。
 ここだけの話、リベールの異変で命を落とした結社の使徒〈白面〉の後釜に彼女を据える話もあったのだ。
 盟主の計画通りにクロスベルで起きた異変がロイドたちの手で解決へと進んでいれば、彼女は新たな使徒として結社に招かれていたかもしれない。
 しかし、盟主の決めたこととはいえ、彼女を結社に迎え入れることにヴィータは反対だった。
 確かにベルの持つ知識は得がたいものだが、それでもいつ裏切ると分からない相手を仲間に引き入れるのはリスクが大きすぎるからだ。
 いまはリィンのもとで大人しくしているようだが、彼女に仲間意識や忠誠心のようなものはないだろう。恩義を感じているかも怪しい。

『フフッ、何を考えているかは想像が付くけど、そういうことは顔に出さない方がいいわよ』
「自覚があるようだし忠告をさせてもらうけど、私の可愛い妹に何かしたら後悔≠キることになるわよ」
『あら、怖い。蒼の深淵の二つ名を持つ大魔女にそんなことを言われると、震え上がってしまいそうになるわね』

 言葉とは裏腹に、まったく脅えている様子を見せないベル。
 とはいえ、最初からこの程度の脅しが通用するとはヴィータも思ってはいなかったのだろう。
 最初から分かっていたと言った表情で、ヴィータは深々と溜め息を吐き――

『心配しなくても裏切ったりしませんわ。わたくしの望みを叶えられるのは、彼以外にいませんもの』

 少女とは思えない妖艶な笑みを漏らすベルを見て、何を言っても無駄と諦めるのであった。


  ◆



 それから、オルキスタワーの魔導区画にて――
 エマたちとの通信を終えたベルは、イオと二人で休憩がてらアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 そんななか、こっそりと隠れて話を盗み聞きしていたイオは、先程の件をベルに尋ねる。

「それで、本当に知らなかったの?」
「フフッ、彼等の本拠地の正確な位置≠ワでは把握していなかったのは嘘ではありませんわよ」

 ようするに、それ以外は本当のことを言っていないということだ。
 予想できたいつも通りのベルの答えに、安心するやら呆れるやら微妙な反応を見せるイオ。
 クロイス家の錬金術師が、過去に地精と繋がりがあったことは間違いない。実際、ベルもアルベリヒと過去に面識を持っているとの話だった。
 と言っても、利用し、利用される気の置けない関係だったと言う話だが、ベルの性格を考えるとよく分かる。
 実際、工房の見取り図を用意できたということは、随分と前から準備を進めていたのだろう。
 機が熟したところで、彼等の持つ知識と技術を根こそぎ掠め取るのが目的だったと考えるのが自然だ。

「それと、心配しなくても〈蒼の深淵〉に言った言葉は嘘ではありませんわ」
「あ、やっぱり気付いてた?」
「大方、わたくしが暴走しないように見張っておけとでも、リィンさんに頼まれたのでしょ?」
「当たらずといえども遠からずってところかな。そっちはついで≠セから」

 あくまで努力義務であってリィンも期待していない様子だったと答えるイオに、さすがに自分のことをよく分かっているとベルは苦笑を漏らす。

「そちらがついでと言うことは……本題は鐘≠フ件ですわね」

 ベルの問いに首を縦に振ることで肯定するイオ。
 それだけでリィンが何を警戒しているのか、ベルも察する。
 実際、カレイジャスが襲撃を受けているのだ。一度あったことが二度ないという保証はない。
 そして恐らく二度目があるとすれば、敵の狙いは――

「まったく本当に人使いが荒い。退屈する暇もありませんわね」

 そう口にしながらも、ベルは心の底から愉しげな笑みを浮かべるのだった。



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