「リアンヌ……」
「久し振りですね、ロゼ。二百五十年振りと言ったところでしょうか」

 アリアンロード――いや、盟友(リアンヌ)との再開に複雑な感情を滲ませるローゼリア。
 無理もない。こうして二人が顔を合わせるのは、実に二百五十年振り。獅子戦役以来だ。
 どうして自分に何も言わず、一人で姿を消してしまったのか?
 悩み、考え、言葉では語り尽くせないほどの想いと葛藤がこれまでにあった。
 だからこそ――

「どうして、今頃になって御主は……ッ!」

 いまになって自分の前に姿を見せるのか?
 いや、違う。どうして、これまで自分に頼ってくれなかったのかとローゼリアは憤りを顕わにする。
 水鏡が見せた二百五十年前の真実。それをローゼリアは知ってしまったからだ。
 だからこそ、分かってしまった。リアンヌが何も言わずに自分の前から姿を消してしまった理由が――

 黒の騎神――イシュメルガ。
 獅子戦役を始め、これまでに帝国で起きた数々の事件の裏で暗躍し続けた諸悪の根源。
 獅子戦役を終えた後、ドライケルスはイシュメルガの見せる悪夢に苛まれていた。
 自身の起動者となることを拒むドライケルスに向かって、イシュメルガは呪いのように言葉を囁き続けたのだ。
 それこそがドライケルスがこの時代、ギリアス・オズボーンとして新たな生を受けた理由。
 ドライケルスを自身の起動者とするために、イシュメルガは二百五十年に渡る壮大な計画を企てていたのだろう。

 ギリアスの妻が猟兵に殺され、子供のリィンが致命傷とも言える傷を負ったのも、すべてイシュメルガが仕組んだことであった。
 瀕死の重傷を負ったギリアスの息子――リィンの命を助ける。
 その願いと引き換えに、ギリアスに自身の望みを聞くようにと誘導したのだ。
 だが唯一の誤算があったとすれば、それはホムンクルスの技術を用いて蘇生したリィンが、イシュメルガの想像を遥かに超えた力を宿していたことだ。
 そして恐らくギリアスは、リィンの秘めた力に気付いていた。
 だからこそ、イシュメルガと共に自身を殺させようとしたのだろう。

 結果的にはギリアスだけが死にイシュメルガは消滅を免れた訳だが、それでもイシュメルガは計画の大幅な変更を余儀なくされるほどに追い詰められてしまった。
 呪いの影響を受けることなく巨イナル一の力を引き出せるリィンは、イシュメルガの計画を妨げる最大の脅威と言っていい。
 イシュメルガの目的は巨イナル一の力を自身が手に入れ、女神に代わる新たな神となることだからだ。
 そして恐らくリアンヌはイシュメルガの計画を始め、ギリアスの思惑についても最初から気が付いていた。
 クロスベルでリィンの前に立ち塞がったのは、ギリアスの想いに応えられるだけの力が彼に本当にあるのか確かめようとしたのだろう。
 戦いは終わっていなかった。
 ドライケルスとリアンヌだけは、二百五十年経った今でも戦い続けていたと言うことだ。
 そして、そのことにローゼリアは気付くことが出来なかった。
 何一つ相談してもらえなかったことが悲しい。そして気付いてやることが出来なかった自分が許せない。
 ドライケルスも、リアンヌも、誰も悪くないことは頭では分かっている。すべてイシュメルガが仕組んだことだと――
 だが、だからこそ――自分にも相談をして欲しかったと言うのが、ローゼリアの本音なのだろう。

「ロゼ……」

 当然そのことはリアンヌも分かっていた。
 しかしローゼリアのことを大切に思っているからこそ、彼女にだけは言えなかったのだ。
 それに――

「謝って済むことではないと承知しています。許して欲しいとも言いません。しかし、彼はこう言っていました」

 これは、あくまで人の業なのだ。
 平穏を取り戻した人の世ですらロゼに泣きつくようでは、他の至宝の二の舞。
 生涯を終えようという老いぼれが、それでは余りに格好がつかぬだろう、と――
 それが生前、ドライケルスがアリアンロードに託した言葉だった。
 だからこそ、リアンヌはドライケルスとの約束を守り、ローゼリアに相談をしなかったのだ。

 それにローゼリアに頼るべきではないと言うのは、リアンヌも同じ考えであった。
 少々特殊な事情を抱えているとはいえ、ローゼリアの正体は女神の遣わした聖獣だ。
 聖獣の役割は、どのような結果になろうとも至宝の行く末を見守ることにある。
 結果に介入することは、女神との契約を破ることになる。
 それがローゼリアにどのような影響を及ぼすかまでは分からないが、神との契約だ。最悪の事態も考えられる。
 だからこそリアンヌは、この件にローゼリアを関わらせるつもりは最初からなかったのだ。
 いま、こうして彼女の前に現れたのも同じ理由からだった。

「ドライケルスがそのようなことを……」
「ですから、何も言わずに引き返して頂けますか?」
「御主……まだ、そのようなことを!?」

 リアンヌが自分のことを心配してくれているというのは、ローゼリアにも分かる。
 ドライケルスが託した想いも分からない訳ではない。
 だが、リアンヌがそうであるようにローゼリアも彼女のことを心の底から心配していた。
 この二百五十年。自分の前から何も言わずに姿を消した彼女のことを一時も忘れたことなどない。
 だからこそ、引き下がれない。その願いだけは聞く訳にはいかなかった。

「ちょっと良いかしら? このまま立ち去らなかったら、どうするつもり?」
「強制的に排除させてもらいます。わたくしたちの作戦に、あなたたちの力は不要ですから」

 このままでは話はずっと平行線だと考え、二人の間に割って入るヴィータ。
 しかし銀の聖機人から返ってきたのは、淡々とした拒絶の声。
 取り付く島なしと言った答えに、どうしたものかとヴィータも困った様子でクロウに尋ねる。

「クロウ、彼女に勝てる?」
「無茶を言わないでくれ……」

 聞くまでもなく分かっていたことだが、ヴィータの無茶振りに呆れた声を返すクロウ。
 実力差が分からないほどにクロウはバカではない。
 リアンヌ――いまはアリアンロードと名乗っているが、彼女は結社最強とも呼ばれる槍の達人だ。
 実力的には完全に格上の相手。しかも同じ起動者である以上、条件は互角と言っていい。
 いや、むしろ二百五十年の経験がある分、騎神の扱いに関しても彼女の方が上と考えるべきだろう。
 命を賭して挑んだところで、いまの自分では万が一にも勝ち目はないだろうとクロウは考えていた。
 シャーリィなら或いは――とも考えるが、

「……ん? おい、シャーリィ・オルランドはどこだ?」
「そう言えば……」

 クロウの言葉で、ヴィータもシャーリィの姿がないことに気付く。
 銀と緋の騎神が二体で火口へ向かっていたことは、遠見の魔術で確認している。
 しかし、目の前に現れたのは銀の騎神――アリアンロードだけ。
 ならシャーリィは今どこに、と考え、先程アリアンロードが口にした言葉がヴィータの頭に過る。

「さっき、私たちの作戦って言ったわよね? 一体、何をするつもりなの?」

 アリアンロードは私の作戦ではなく、私たちの作戦と口にしたのだ。
 それは即ち、シャーリィもアリアンロードの作戦に同意し、協力していると言うことだ。

「まさか――」

 何かに気付き、オルディーネの腕から地底目掛けて飛び降りるローゼリア。
 まさかのローゼリアの行動に、さすがのアリアンロードも僅かに反応が遅れる。
 その隙を狙って――

「クロウ! 少しで良いから時間を稼いで頂戴!」
「ちょっ! 洒落になってねえぞ!?」

 アリアンロードの足止めをクロウに託し、ヴィータもローゼリアの後を追うのであった。


  ◆


「やはり、こういうことじゃったか」

 魔女に伝わる浮遊術で、ゆっくりと降下しながら地底を見下ろすローゼリア。
 その視線の先には、無数の武器に全身を貫かれ、地面に磔にされた土の聖獣――アルグレスの姿があった。
 誰がそのような真似をしたかなど考えるまでもない。
 このようなことが出来るのは、この場に一人しかいないからだ。

「そこまでじゃ!」

 アルグレスのすぐ傍で巨大な剣を振りかぶる騎神に向かって、大きな声で叫ぶローゼリア。
 テスタロッサ。千の武器を持つ魔人の異名で知られる騎神。起動者はシャーリィ・オルランド。
 一目見て、シャーリィが何をしようとしているのか、ローゼリアは察したのだろう。

「あれ? もう来たんだ。あっさりと通しちゃうなんて、あのお姉さんも甘いね」
「そんなことはどうでもよい! その転位陣を使って、アルグレスをどこへ転位させる気じゃ?」

 地面に縫い付けられたアルグレスの下には、薄らと光る巨大な転位陣が展開されていた。
 転位陣を発動した際に抵抗されないように、アルグレスの自由を奪ったのだろう。
 装甲から武装に至るまでゼムリアストーンで作られた騎神では聖獣の命を奪うことは出来ないが、殺すことは無理でも拘束することは不可能ではない。
 勿論、口にするほど容易いことではないが、シャーリィほどの実力者と魔王の力に覚醒した緋の騎神であれば難しいことではない。
 動きを封じ、アルグレスを精霊の道へ放り込むことで遠く離れた別の場所へ転位させる。
 その方法であれば、アルグレスを殺せずとも異界化を止めることは可能だ。
 この異界はアルグレスが造りだしたものだ。主を失えば、自然と崩壊する。
 しかし、結局のところそれは一時凌ぎにしかならない。
 転位した先でアルグレスが暴走すれば、その場所が再び異界に呑まれることになるだけだ。
 それだけに――

「アルグレスを転位させたところで問題を先送りするだけじゃ。むしろ、更に被害を大きくする可能性の方が高い」

 どこへ転位させるつもりかは分からないが、結果が分かっている行為を見過ごすことなど出来るはずもなかった。
 ローゼリアの言っていることが分からないほど、シャーリィも状況を理解していない訳ではない。
 しかし、それは――

「なら、トドメを刺す? シャーリィは別にそれでもいいけど」
「何を言って……まさか、御主!?」
「騎神の力はきかないみたいだけど、この世界のルールから外れた力なら通じるよね。きっと」

 シャーリィが何を言っているのかを察して、絶句するローゼリア。
 この世界のルールから外れた力。それは即ち、外の理へと通じる力に他ならない。
 紅き終焉の魔王。異界から召喚されし、かの魔王の力であればシャーリィの言うように聖獣にも効果があるだろう。
 実際、アルグレスを地面に縫い付けているのは騎神の能力ではなく魔王の能力だ。
 オルトロス・ライゼ・アルノールでさえも使いこなすことの出来なかった力。
 しかしシャーリィの口振りから言って、完全にその力を制御しているのだとローゼリアは察する。

「待つのじゃ!」
「なんで? 転位させるのがダメなら殺すしかないよね? それとも何か代案でもあるの?」
「そ、それは……」

 他に方法がないと言うのであれば殺すしかない。シャーリィの言っていることは正しい。
 実際、ローゼリアも最悪の場合は自身の手でアルグレスを殺すことを考えていたのだ。
 しかしアルグレスがいなければ、この国はとっくに巨イナル一の呪いによって滅びていたかもしれない。
 いや、帝国だけの問題ではない。呪いの浸食が進めば、世界そのものが危うい状況に置かれることとなる。
 ――暗黒時代の再来。それを避けることが出来たのは、間違いなくアルグレスのお陰と言えるからだ。

「婆様を虐めるのは、そこまでにしてあげて頂戴」
「あ、エマのお姉さんもきたんだ」
「ヴィータでいいわよ。クロウも世話になったみたいだしね」

 そんなローゼリアを見かねて間に割って入ったのは、少し遅れてやってきたヴィータだった。
 二人の会話と地面に縫い付けられたアルグレス。それに転位陣を見て、状況を察したのだろう。

「シャーリィの手を借りたのは聖獣を拘束するためでしょうけど、あの聖女さんが自分たちが助かるために無関係の人たちを巻き込むような非道な真似をするとは思えないわ。だとすれば――」

 この転位陣が繋がっている先には、少なくとも一般人≠ヘいないと推察できる。
 適当に転位先を選んだのではなく、最初から転位させる先を決めてあったのだろう。
 詳しくは転位陣を解析してみないことには分からないが――

「転位先の予測はなんとなくつくわね。呪われた聖獣をどうにか出来そうな人物って限られているし……」
「まさか……」

 ローゼリアも気付いたのだろう。
 アリアンロードが何をしようとしているのか?
 そして、それならばシャーリィが協力した理由にも納得が行くと――

「聖獣を殺せば抑え込んでいた呪いが溢れ、地精の長の計画を助けることになる。かと言って、このまま放置して異界化を見過ごせば、結果は同じことです」

 地底に反響する声、それはアリアンロードのものだった。
 銀色の羽を広げ、ゆっくりとテスタロッサの傍らに降り立つアルグレオン。
 右手には先程まではなかった巨大なゼムリアストーン製のランスが握られている。
 恐らくはクロウを振り切って、追い掛けてきたのだろう。

「もう追い付いてきたの? クロウは?」
「殺してはいません。少々、痛い目を見てもらいましたが」

 殺されることはないと思っていたが、ヴィータの額からは冷たい汗が零れる。
 比較する対象が化け物揃いで目立たないだけであって、ああ見えてクロウはかなりの実力者だ。
 その上、ここ最近はシャーリィとの特訓で、目に見えて腕を上げている。
 そんな彼を鎧袖一触するなど、普通の人間に出来ることではない。
 まさに結社最強の武人。人の身ではかなうはずがないとまで例えられる伝説の騎士だと実感させられる。

「では、やはり……」
「これを見られてしまっては、隠しごとをしても無駄でしょう。ええ……」

 ローゼリアの問いに対して、観念した様子でアリアンロードは答える。
 本来であれば関わらせたくなかったが、これを見られてしまっては隠しても無駄と悟ったのだろう。

「聖獣を彼≠フもとへ送ります。地精の計画を阻止し、イシュメルガの希望を打ち砕くために」



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