「オルディーヌ、動けそうか?」
『背翼スラスターと膝関節の損耗により機動力が四十八パーセント低下しているが、通常動作には問題ない』
「むしろ、その程度で済んだのは不幸中の幸いと言うか……」

 アリアンロードと銀の騎神の力は圧倒的だった。
 シャーリィとの特訓でクロウの戦闘力も向上しているとはいえ、今回ばかりは相手が悪かった。
 武人としての実力も、起動者となってからの時間もアリアンロードの方が圧倒的に上。
 二百五十年もの歳月を研鑽に費やし来た化け物とやり合って、この程度で済んだのは御の字と言っていいだろう。
 いや、恐らくは手加減されたのだろうと、クロウは言葉を漏らす。

「さっさと、こんなところはおさらばしたいところだが……」

 ほんの数分前に起きた地震といい、地の底から響いてくる爆発音といい、何かが起きていることは間違いない。
 本当なら、これ以上面倒なことに巻き込まれる前に撤退したい。
 しかし一人だけ逃げたら、あとでヴィータに何を言われるか分かったものじゃないとクロウは溜め息を漏らす。
 長い付き合いだからこそ、ヴィータだけは怒らせたくないと心の底からクロウは思っていた。
 最近は少し丸くなってきたように思うが、性格なんてそう簡単に変わるものじゃないと分かっているからだ。

『――ロウ。クロウ、聞こえる?』

 噂をすれば、なんとやら。
 操縦席に響く声に、まさか監視されてないよなと若干慌てながらクロウは通信に応答する。
 相手は言うまでもなく、ヴィータだと分かっていた。
 結界で念話や通信は封じられているとの話だったが、恐らくはシャーリィの〈ユグドラシル〉を使ったのだろう。

「聖女を行かせたことに対する文句なら勘弁してくれ。あの化け物を相手に、これでも健闘した方だと思うしな……」
『そのことじゃないのだけど……この会話、その聖女さんにも聞かれてるわよ?』
「おいッ!?」

 洒落にならない答えが返ってきて、慌てるクロウ。
 手加減をされたからどうにか生きているのであって、今度戦えば間違いなく死ぬとクロウはアリアンロードとの力の差を理解していた。
 それだけに出来ることなら、ヴィータの次に怒らせたくはない相手だと思っていた矢先にこれだ。
 なんてことしてくれてるんだと、悲鳴を上げたくなるのも無理はなかった。

『まあ、そんなことはどうでもいいのだけど』
「どうでもよくねえよ……」

 お前は俺に何の恨みがあるんだと愚痴を溢したくなるクロウ。
 とはいえ、ヴィータに何を言ったところで、軽く受け流されるだけだ。
 むしろ、下手ことを言うと状況を更に悪くするだけだと分かっているだけに何も言えなかった。

『その近くで、大きな音が聞こえない?』
「ああ、さっきからずっと聞こえてる。……てか、近付いてきてるな」

 地の底から響くような音は、段々とクロウの方に近付いてきていた。
 巨大な何かが衝突するような――爆発音と呼んでいい大きな音が建物に反響しているのが分かる。
 若干ではあるが建物全体が揺れていることからも、クロウの脳裏に嫌な予感がよぎる。

「おい、まさか……」
『そのまさかよ。火口に封印されていた大地の聖獣に、一瞬の隙を突いて逃げられてしまったわ』

 やっぱりかとヴィータの話を聞いて、頭を抱えるクロウ。
 次にヴィータの言いそうなことなど、容易に察しが付くからだ。

「その聖獣を捕まえろってか? まあ、聖女の相手をするよりはマシだろうが……」

 アリアンロードと比較すれば、聖獣の方が遥かにマシだろうとは思う。
 万全な状態なら、ヴィータの要求に応える程度の自信はクロウにもある。
 しかし、現在のオルディーヌはアルグレオンとの戦いで損傷し、戦闘の継続は難しい状態だ。
 捕獲するどころか、倒すことも難しいだろうというのがクロウの本音だった。
 となれば――

「いまの俺に出来るのは足止めが精一杯だ。そっちにはシャーリィもいるんだろ?」

 まともに戦わなければ良い。
 回避と防御に専念すれば、時間くらいは稼げるだろうというのがクロウのだした答えだった。
 その間にシャーリィが追い付いてくれば、聖獣を捕獲することも可能なはずだ。
 というのも、聖女と戦って確信したことがクロウには一つあった。
 シャーリィの強さは間違いなく人間の限界を超えていると――
 だからこそ自分は時間稼ぎに専念して、あとのことは安心して任せることが出来ると判断したのだろう。
 だが、

『その必要はないわ。クロウに頼みたいのは足止めではなく伝言≠諱x

 ヴィータの口から返ってきた答えに、どういうことだと首を傾げるクロウ。
 この下にいるのは呪いに侵され、理性を失った聖獣だと話を聞いている。
 とてもではないが会話が通じるような相手とは思えなかったからだ。
 しかし、その疑問はすぐに解決する。

「――な」

 地の底から聖獣と共に飛び出してきたのは、黄金の炎を纏った魔人だった。
 炎で形作られた翼で羽ばたく姿は、神話に登場する天使や悪魔のようにも見える。
 しかし姿は変わっても、顔立ちや背格好まで変わるわけではない。
 見覚えのある顔に瞠目し、

「リィン・クラウゼル!?」

 クロウはその名を叫ぶのであった。


  ◆


「なんか、いま名前を呼ばれたような……」

 聞き覚えのある声に気付き、声のした方を振り返るリィン。
 するとそこには、見覚えのある騎神の姿があった。
 そう、蒼の騎神オルディーヌだ。

「あれはオルディーヌ。ということは、さっきの声はクロウか」

 道理で聞き覚えのある声だと納得するリィン。
 しかし同時に『クロウがどうしてここに?』という疑問が湧く。
 もしもの時に備え、クロウはヴィータと共にラマール州に残っていたはずだからだ。

「なんで、あいつがここにいるのかは気になるが……こっちを片付けるのが先か」

 近くにいるオルディーヌには目もくれず、リィンに襲い掛かる黒い聖獣――アルグレス。
 いまのアルグレスは理性を失い、本能だけで動く獣と化している。
 騎神が同じ騎神と引き合うように、呪いも根源を同じくする力だ。
 リィンが持つ呪い≠フ力を感じ取り、襲い掛かってきているのだろう。
 セイレン島で戦った古代種や、この世界の高位の幻獣と比較してもアルグレスの力は圧倒的と言っていい。
 スピード、パワー共に以前戦った時の〈紅き終焉の魔王〉すらも凌駕していた。
 騎神抜きで、生身の人間が立ち向かえるような相手ではない。
 しかし――

「たいしたパワーだ。だが、俺も力≠ノは自信があるんだ」

 化け物なのはリィンも同じだ。
 既にリィンは種の限界を超え、純粋な人間とは言えないほどの力を身に付けている。
 剣技だけなら、リィンよりも上の達人は大勢いる。
 経験の蓄積と言う意味では、アリアンロードにも遠く及ばないだろう。
 しかし単純に力≠比べるのであれば、現在のリィンに敵う存在はほとんどいない。
 神すらも弑逆し得る力だ。女神の眷属である聖獣に力で劣るはずがなかった。

「遅い」

 紙一重でアルグレスの顎を回避すると、リィンは右頬目掛けて鋭い蹴りを放つ。
 大気を震わせるような轟音が響き、物凄いスピードで壁に叩き付けられるアルグレス。
 そして一瞬で間合いを詰めると、リィンはアルグレスの懐に潜り込み、弧を描くように二本のブレードライフルを振り払う。

「――ッ!?」

 胸元から血を噴き出し、全身を炎に包まれながら絶叫を上げるアルグレス。
 並の相手であれば、これだけで全身を燃やし尽くされ、灰と化すほどの力がリィンの炎にはある。
 例え高位の幻獣であろうとも、いまのリィンの一撃に耐えられる存在はそうはいないだろう。
 しかし、

「これでも倒し切れないか。タフな奴だ」

 アルグレスの体力はリィンの想定さえも超えていた。
 恐らくは呪い≠フ力が、アルグレスの聖獣としての力を限界以上に強化しているのだろう。
 傷を追うごとに弱るどころか、更に力が増していっているようにも見える。
 辺り一帯に漂う禍々しいまでの瘴気。
 恐らくは――

「こいつ地脈を通じて力を集めているのか?」

 ずっと帝国の人々を苦しめてきた巨イナル一の呪い。
 その呪いの力を、アルグレスは地脈を通じて帝国全土から吸い上げているのだとリィンは察する。
 恐らくはこれが呪いをその身に受け、自ら贄となることでアルグレスが得た力なのだろう。
 厄介な力だと思う一方で、この能力があったからこそ帝国の人々は繁栄を享受できたのだと分かる。
 勿論、帝国の歴史が血に塗れたものであったことは確かだ。しかし、それは他の国にも言えることだ。
 共和国とて民主化革命によって大勢の命が奪われ、いまも移民政策に反対する勢力との衝突が国内の各地で起きている。
 帝国だけが特別≠ネのではなく、争いの火種は世界中にあると言うことだ。
 その点を考えると、呪いという特殊な問題を抱えているにも拘わらず、帝国の人々が比較的平和な日常を送れていたのはアルグレスのお陰とも言える。
 そうでなければ、この国は暗黒時代のように争いの絶えない地獄と化していた可能性が高い。
 滅びの道を一直線に辿っていたことだろう。

「回復されるのは厄介だな。となれば……」

 中途半端な攻撃は逆に相手を強くすると考えれば、一撃で決めるしかない。
 全力の〈黄金の剣(レーヴァティン)〉であれば、間違いなくアルグレスを消し去ることが可能だろう。
 問題があるとすれば、ここが屋内≠ナあると言う点にあった。
 レーヴァティンの効果範囲はラグナロクと比べると狭いが、それでも威力は絶大だ。
 攻撃の余波だけで建物が崩れる危険がある。いや、全力で放てばそうなるだろうという確信がリィンにはあった。
 ノルンやエマがいれば、結界を張って攻撃の余波を防いでもらうという手段もあるのだが――

「待てよ?」

 オルディーヌへ視線を向けるリィン。
 クロウがいると言うことは、ヴィータも近くに来ていると言うことだ。
 仮にも『蒼の深淵』の異名を持つ魔女だ。
 エマに出来ることが、ヴィータに出来ないとは思えない。
 それに――

(俺の想像通りなら、ここは〈黒の工房〉の本拠地である可能性が高い)

 状況から考えて、ここは〈黒の工房〉の本拠地である可能性が高いとリィンは考えていた。
 仮にそうだとすれば、まだアリサたちも施設内に残っている可能性がある。
 クロウはともかく団の仲間を危険に晒す訳にはいかないと考え、

「おい、クロウ――」

 クロウに声を掛けようとしたところで、リィンの視界が闇に染まるのだった。



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