「聖戦≠ヒ。相変わらずバカな連中だ」

 七耀教会の号令によって集められた二十万の軍勢を、幻想機動要塞から呆れた様子で見下ろす赤毛の男の姿があった。
 熊のように大きな身体に、素人目にも分かる鍛え上げられた肉体。
 炎のように揺らめく赤い髪と、野獣のように研ぎ澄まされた鋭い瞳。
 ランドルフことランディ・オルランドの血を分けた親にして、赤い星座の元団長。
 ――闘神、バルデル・オルランドだ。

「とはいえ、俺も奴等のことを言えないか」

 バカなことをしているのは自分も同じかと、バルデルは自嘲する。
 幻想機動要塞を手に入れ、帝国軍を味方につけた僧兵たちは自分たちの勝利を確信しているみたいだが、追い詰められているのは自分たちの方だとバルデルは考えていた。
 十万の軍勢が為す術なく壊滅させられたのだ。数を倍に増やしたところで勝てるとは思えない。
 僧兵たちは幻想機動要塞の力を過信している様子だが、それだけの力をこの要塞が持っているのならアルベリヒ自身がやればいいだけのことだ。
 そうせずに捕まった振りをして教会に幻想機動要塞を接収させたのは、彼等を捨て駒として使うつもりだからだとバルデルはアルベリヒの考えを読んでいた。
 そして、その捨て駒のなかには自分も含まれていると分かっていて、アルベリヒの計画に乗ったのだ。

「東部で網を張っていた仲間から連絡があった。ベイオウルフ≠フ姿を確認した、と」
「ようやくきたか」

 漆黒のプロテクトアーマーを纏った猟兵の報告に、ニヤリと笑みを浮かべるバルデル。
 ベイオウルフと言うのは、赤い星座の強襲揚陸艦の名称だ。
 バルデルが生きていた頃にはなかったが、先のクロスベルでの仕事で〈赤い星座〉が手に入れた飛空艇だった。

「悪いが、お前たちにはもう少し付き合ってもらうぞ」
「前金でたんまりと貰っているからな。報酬分の働きはするさ」

 バルデルの言葉に、ニヤリと笑みを浮かべながら答える黒い猟兵。
 彼――彼等はバルデルの部下と言う訳ではなかった。
 西風や〈赤い星座〉ほどではないが、名の知れた高位の猟兵団。
 組織の規模は〈北の猟兵〉に次ぐと噂されるニーズヘッグ≠フ猟兵たちだ。
 北の猟兵の仕業とされていた一連の騒ぎもバルデルの指揮の下、彼等が行ったことだ。
 ミラのためなら戦争への参加だけでなく、魔獣の密漁や軍需物資の密輸など非合法な仕事も平然と請け負う。
 ある意味で、最も猟兵らしい活動をしているのが彼等だと言えるだろう。
 もっとも彼等がこの仕事を請けたのは、バルデルからの依頼と言う部分が大きかった。

 死んだと思われていた〈赤い星座〉の団長。
 戦場で武器を交えたこともあるが、同時に助けられたこともある。
 彼等にとってバルデルは猟兵王≠竍大佐≠ニ同じく一目を置く人物の一人だった。
 だからこそバルデルが生きていると知って、彼からの依頼ならばと請ける気になったのだろう。
 それに先の内戦で彼等の仲間はリィンに大勢殺された。
 戦場の出来事である以上、恨み言を口にするつもりはないが、戦場で受けた借りは戦場で返す。
 それが猟兵の流儀だ。
 勝てないまでも、ひと泡吹かせることが出来れば死んでいった仲間への供養になると考えたのだろう。

「だが、よかったのか? 奴等から受け取った報酬をすべて俺たちに渡してしまって」

 ニーズヘッグを雇うのに使ったミラは、バルデルがアルベリヒから活動資金として受け取ったものだ。
 そのなかにはバルデルの取り分も含まれており、億を超えるミラがニーズヘッグの懐には入っていた。
 危険な仕事ではあったが、それでも過分な報酬だと彼等は感じていた。
 だからこそ、尋ねずにはいられなかったのだろう。
 そんな彼等に――

「俺の我が儘に最後まで付き合ってくれた礼だ。それに死人に大金は不要だろ。これだけあれば十分だ」

 三途の川の渡し賃とでも言いたいのか?
 バルデルは五十ミラのコインを指に挟んで見せるのであった。


  ◆


「姉さんは僕が守る。僕が守るんだ。アイツから、僕が……」

 ノーザンブリアへと向かう軍勢の中――
 魔煌機兵のコクピットで、念仏のように同じ言葉を繰り返す青年の姿があった。
 目元を隠す奇妙な仮面を被った金髪の彼の名は、コーディ。
 カルバード共和国のハーキュリーズ部隊に所属する隊員の一人だ。
 そして共和国の中央情報省に籍を置く諜報員、カエラ特務少尉の弟でもあった。

「見たことのない機体だな。これも新型なのか?」
「モルドレッドとか言うらしいぜ。ケストレルの同型機らしい」

 兵士たちが噂しているように機甲兵で言うところのケストレルに当たる機体。
 それが、この高機動型・魔煌機兵モルドレッドだった。
 装甲は薄いが、スピードと機動力だけならリヴァイアサンをも凌駕する。そんな〈黒の工房〉とラインフォルト社が共同開発した最新鋭の機体に共和国の軍人であるはずのコーディが搭乗しているのには、彼がつけている仮面に理由があった。
 コーディだけでなく帝国軍の中にも、仮面を付けている軍人の姿がチラホラと目立つ。
 彼等は二週間前に創設されたばかりの政府直轄の部隊に所属する精鋭たちだ。
 全員が同じ仮面をつけていることから、味方であるはずの兵士たちからも距離を置かれていた。
 無理もない。政府の直轄部隊とはいえ、正体不明の相手を信用しろと言うのは無理がある。
 分かっているのは人間離れした身体能力を持ち、とてつもなく腕が立つと言うことだけだ。
 しかし、兵士たちが不気味に思いながらも彼等の存在を受け入れ、黙っているのには理由があった。

「やはり避けられているようだな」
「無理もあるまい。このような仮面をつけていてはな」

 それが、この二人。
 代々皇家の守護を任されてきたヴァンダール家の当主、雷神マテウス・ヴァンダールと――
 そんなヴァンダールと双璧を為すアルゼイド流の総師範、光の剣匠ヴィクター・S・アルゼイドの存在にあった。
 二人ともオーレリアに負けず劣らず、帝国最高峰の剣士として名を連ねる人物だ。
 他の者たちと同様に仮面で顔を隠しているが、全身から漂う強者のオーラは隠しきれるものではない。
 ましてや二人が腰に下げている武器は、同じものが二つと存在しない獅子戦役の時代から伝わる宝剣だ。
 身に付けている装備を見れば、素顔を隠そうとも正体を察するのは容易であった。

「あの者と剣を交えたことがある卿に聞きたい。この戦、勝てると思うか?」

 マテウスの問いに逡巡するヴィクター。
 あの者と言うのが、リィンのことを指していると気付いたが故だ。
 確かにヴィクターはリィンと剣を交えたことがある。
 しかしそれは命の奪い合いではなく、あくまで剣術≠フ勝負であった。

「剣士としてなら我等の方が上だろう。しかし、戦場でまみえたなら我等に勝ち目はない」

 剣士としての実力なら自身の方がリィンよりも上だと言う自負がヴィクターにはある。
 しかし命を懸けた戦いになれば、万が一つにも自分に勝ち目はないだろうとリィンの実力を高く評価していた。

「数で圧倒的に勝っていても、か」
「数を揃えてどうにかなる相手なら先の戦いで勝利している」

 確かに、とヴィクターの考えに頷くマテウス。
 剣だけの勝負なら勝ち目もあるだろうが、これから始めようとしているのは戦争だ。
 十万の兵を壊滅させたリィンの異能と、ヴァリマールの力は想像を絶する。
 近代兵器を遥かに凌駕する力を有した災厄≠ニも呼べる存在だ。
 天災と同じようなものと考えれば、数を揃えたくらいで勝てるとは到底思えなかった。
 実際ノーザンブリアへと侵攻した軍は、たった二千の兵を残して壊滅させられている。
 本当にリィン一人でやったのだとしたら、まさに『魔王』の再来と呼ぶに相応しい力だ。

「軍を率い、魔王に挑むか……」

 獅子戦役を彷彿とさせる、とマテウスは呟く。
 魔王と化した〈緋の騎神〉に聖女と共に挑み、勝利を収めたドライケルス帝。
 その活躍の裏で軍を率い、偽帝オルトロスの軍勢と戦ったのがヴァンダールとアルゼイドの祖先だった。
 戦後その功績が認められ、ヴァンダールは皇家の守護者の任を与えられ――
 アルゼイドは魔王との戦いでドライケルスを庇って死亡した〈槍の聖女〉の領地と家名を受け継ぎこととなったのだ。
 ヴィクター・S・アルゼイドのSは『サンドロット』の略称と言うことだ。

「二百五十年前にはドライケルス帝と聖女がいた。しかし、いま我等を率いているのは……」

 ヴィクターの視線の先には、白い外套を羽織った一団の姿があった。
 七耀教会の僧兵たちだ。
 普段は法国の守護を任されていると言うだけあって、その一糸乱れぬ統率力には目を瞠るものがある。
 一人一人の実力も遊撃士ならBランク相当。帝国軍の精鋭に匹敵すると言って良いだろう。
 しかし彼等の仕事は法国の守護であって、これまで異変の解決や汚れ仕事は星杯騎士団が担ってきた。
 実力はあっても経験が足りない。謂わば、これは彼等にとっての初陣≠ニ言う訳だ。
 地精から接収した幻想機動要塞の力を過信している様子だが、力に溺れた者が持つ危うさをヴィクターは感じていた。

「思い止まるように提言するか?」
「無駄だ。奴等は何かに取り憑かれている。我等の言葉は耳に届かぬだろう。それに――」

 間違っていようとも、これは勅命だ。
 貴族である以上、従う義務が自分たちにはあるとヴィクターの問いにマテウスは答える。
 それにコーディや他の者たちのように精神を侵されている訳ではないが、仮面の強制力≠燗人の行動を縛っていた。
 このような手段にでるしかないほどに、アルベリヒは追い込まれているのだろう。

「戦いが始まる前に、もう一つだけ聞いておきたい」
「珍しく今日はよく喋るな」
「茶化すな。卿だけなら逃げられたはずだ。大人しく仮面をつけたのはオリヴァルト皇子≠フ命か?」

 寡黙なマテウスにしてはよく喋ると茶化すヴィクターに、構わず質問を続けるマテウス。
 通商会議にヴィクターの同行が許されなかったのは、マテウスの耳にも入っている。
 恐らくはオリヴァルトを孤立させ、各国の代表と共に抹殺するのがアルベリヒの目論見だったのだろう。
 そうと分かっていてヴィクターが帝都に残ったのは、オリヴァルトから別の指示を受けたからだとマテウスは考えていた。
 でなければ一切の抵抗をせず、ヴィクターほどの男が大人しく仮面を付けるはずがないからだ。

「逆に尋ねるが、貴殿はどうして大人しく従っている」
「ヴァンダールは皇家の守護者だ。皇帝陛下の命に従うのは当然であろう」
「……本当にそれだけか?」

 質問に質問を返すヴィクターに、無言を貫くマテウス。
 こうなったらマテウスが本心を語ることはないと、ヴィクターは分かっていた。
 しかし答える気がないのは、お互い様と言ったところだ。
 ヴィクターも本心を口にするつもりはなかった。
 例え、この戦いで命を落とすことになってもだ。

(ラウラなら何れ、私を越える剣士となれるはずだ)

 次代に受け継がれ、アルゼイドの剣はこの先も続いていく。
 故に心残りは何一つない。思いのままに剣を振るうだけだ――
 と、ヴィクターは自身を言い聞かせるように己が剣に誓うのだった。


  ◆


 七耀教会の呼び掛けに応え、帝国軍が帝都を出立したのと同じ頃――
 ここノーザンブリアにも、各地から戦力が集まりつつあった。

「総数四万ですか」
「もう少し数を手配できればよかったのですが、オルディスの守りもあるので……」

 これが限界でした、と険しい表情を浮かべるアルフィンに事情を説明するミュゼ。
 ミュゼの率いる領邦軍を主体とした決起軍≠フ兵力は三万強。
 そして、クロスベルから応援に駆けつけた警備隊が四千。
 北の猟兵と〈暁の旅団〉の戦力を合わせて総数四万というのが、アルフィンたちのだせる最大の戦力だった。
 敵は二十万を超える軍勢であることを考えれば、心許ない数ではある。
 しかし、

「ノルンの結界もありますし、元よりこの戦いは敵を倒すのではなく時間を稼ぐのが目的」

 防衛に徹すれば、騎神抜きでも時間を稼ぐ程度のことは出来るとアルフィンは自身の考えを話す。
 それに本命は幻想機動要塞へ突入させる別働隊の方だ。
 暁の旅団のメンバーを中心に構成された精鋭部隊。
 彼等なら必ずやり遂げてくれるはずだとアルフィンは信じていた。

「気掛かりな点が一つあるとすれば……」
「二人の感じた強大な気配ですか」

 ノルンとキーアの感じた正体不明の気配。
 それがどう動くかで、この戦いの結末は変わるとミュゼとアルフィンは考えていた。
 少なくともあの二人が警戒するほどの存在を、リィン抜きで対処できるとは思えないからだ。
 騎神が動かせれば話はまた違ったであろうが、残り少ない霊力では動かすこともままならない。
 この戦い、騎神抜きで切り抜ける必要があった。

「それにもう一つ気になる報告が、敵軍の中に雷神≠ニ光の剣匠≠フ姿を確認したそうです」
「それは……」

 帝国最高峰の剣士が二人。
 この戦争に参加しているとミュゼに聞かされ、アルフィンの表情が曇る。
 雑兵では束になっても敵わない――帝国が誇る一騎当千の猛者たちだ。
 将としての能力も高く、あの二人が指揮する軍を相手に出来る人物は限られると考えたのだろう。

「仮面のようなものをつけていたという話です。恐らくは……」

 以前、リィンたちから報告のあったコーディがつけていた仮面と同じものだろうとミュゼは話す。
 リィンたちの話では、姉であるカエラの言葉にも反応せず、まるで人形のようだったと報告を受けていた。
 となれば洗脳のようなものを受け、操られているという可能性が考えられる。

「あの二人が操られるなど、俄には信じがたいのですが……」
「私もです。ですが、可能性は考慮しておくべきかと」

 他にも仮面をつけた兵士の姿は確認されている。
 だとすれば幻想機動要塞を奪っても、停戦の呼び掛けに応えない可能性がある。
 最後の一人となるまで死兵となって向かってくる最悪の可能性もあることをミュゼは示唆する。
 そうなったら時間を稼ぐという計画自体が破綻する恐れがあった。

「何か手がないか、ベルに相談した方が良さそうですね」
「そう言うだろうと思って、エリィさんに頼んでおきました」
「さすがというか……あなたらしいわね」

 直接ベルに頼むではなくエリィに相談するあたり――
 ミュゼらしいと感心した様子で、アルフィンは苦笑を漏らすのだった。



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