「……これは一体?」

 議会場前の広場で開かれていた催しを前に、呆気に取られるアルフィンの姿があった。
 確か炊き出しが行われていたはずだが、酒や料理を手に人々が騒ぐ光景は宴会やお祭りと言った様相だ。
 そんななか〈北の猟兵〉やノーザンブリアの住民にまじって、見慣れた顔ぶれの姿もあった。
 暁の旅団やクロスベルの警備隊。他にもラマール州から応援にかけつけた〈銀鯨〉の面々。
 そして――

「豚玉二つと、焼きそばあがりました」
「なんでアタシがこんなことを……」
「サラ様の提案で催した宴なのですから当然では? 貧困に喘ぐ故郷の方々のために、このような提案をされたのかと思っていたのですが、まさか自分がお酒を飲みたかっただけ……」
「ああ、もう! 豚玉二つと焼きそばのお客様!」

 料理の皿を両手に乗せ、エプロン姿で忙しなく動き回るサラの姿があった。
 屋台で料理を振る舞っているのは、シャロンだ。
 よく見れば、他にもアルカンシェルのシュリを始めとして顔見知りの姿がチラホラと確認できる。
 そのなかに――

「注文はいります! ミックスモダンに、にがトマトのサラダが一!」
「は、はい!」

 シュリの声が響く中、シャロンの隣で調理の手伝いに励むヴァレリーの姿もあった。
 思いもしなかった光景を前にして理解が追い付かず、その場で固まるアルフィン。
 ヴァレリーの過去についてはアルフィンも話を聞いているからだ。
 大公家に縁のある家に生まれたと言うだけで、幼い頃より『悪魔の一族』と蔑まれてきた少女。
 両親も身に覚えの無い罪で拘束され、彼女自身も命を落としかけたことがある。
 議会が住民の不満を自分たちに向けさせないために画策したこととはいえ、彼女がバルムント大公の血を引いていると言う事実に変わりはない。ノーザンブリアの人々にとってバルムント大公は国を背負う立場にありながら、一番苦しい時に自分たちを見捨てて逃げた大罪人だ。真実を話したところで、簡単に受け入れられることではないだろう。
 だから彼女がノーザンブリアの人々の前にでるのは、もう少し時間が必要だとアルフィンは考えていたのだ。
 それが住民にまじって屋台で給仕をしているなど、想像にも及ばないことだった。

「驚きましたか? この宴会はサラの提案なのです」

 ふと掛けられた声にアルフィンが振り向くと、そこにはバレスタイン大佐の姿があった。
 いつも着ている団の制服ではなく、黒いシャツに長ズボンの上に皆と同じエプロンを身に着けている。
 似合っているとはお世辞にも言えない格好に、思わず顔が強張るアルフィン。
 それでも表情にはださず、どうにか平常心を保って大佐に質問を返す。

「いまの状況で、ですか?」
「ええ、このような状況だからこそと言うべきでしょう」

 戦いの後、宴会を催す猟兵団は少なくない。
 他の団と比べるとささやかではあるが、それは〈北の猟兵〉も同じだ。
 生き残ったことを喜び、明日への糧とするため――
 そして酒と料理を振る舞うことで、戦場で命を落とした者たちに手向けるためでもあった。

「猟兵の習わしですか」
「湿っぽいことを嫌う者は多いですから」

 猟兵の間で古くから親しまれている風習のようなものなのだろうとアルフィンは理解する。
 戦えない一般人もいるが、基本的にノーザンブリアは猟兵の国と言ってもいい。
 彼等の稼ぎによって自治州が運営されてきたことから、他の国では嫌われ者の猟兵もノーザンブリアでは英雄扱いだ。
 サラも父親に憧れ、猟兵の道を志して少年猟兵隊に入り、厳しい訓練の末に実力を認められて〈北の猟兵〉に入団した過去がある。この地で生きる少年少女にとって猟兵とは生きるための糧であり、憧れを抱く職業でもあると言うことだ。
 ただの炊き出しではなくサラが宴を開こうと提案した理由も、子供たちの笑顔を見れば自ずと分かる。
 しかし、

「事情は理解しました。ですが……」

 どうしてヴァレリーまで、と怪訝な表情で尋ねるアルフィン。
 ヴァレリーのことを本気で心配している様子が見て取れる。
 そんなアルフィンを見て、苦笑を漏らしながら大佐は疑問に答える。

「皆も本気で彼女のことを嫌っている訳ではありません。実際三十六年前のことを覚えている者は、そう多くはありませんから……」

 この世界の平均寿命は六十年から七十年と言ったところだ。
 三十六年前、革命に参加した者の多くは既に亡くなっていたり、高齢の者が多い。
 いまは世代交代が進み、公国時代の記憶を持たない者の方が大半を占めていた。
 両親や祖父母の世代から話を聞き、過去にあった出来事として知っていると言うだけだ。
 議会が『悪魔の一族』と呼称することで住民の不満をヴァレリーの一族に向けさせようとしていたのは事実だが、本気で彼女に責任があると思っている人間は少ないと大佐は考えていた。

 実際、民主化されてから三十年以上の歳月が経過しているのだ。
 一向に復興が進まず、この地が貧しいのはバルムント大公の所為だけではないと大半の者は気が付いている。
 それでも皆が強い訳ではない。
 人は弱い生き物だからこそ、自らの過ちを認めることが難しい。
 他者に不満をぶつけることでしか、自尊心を保てない者も少なくないのだ。
 ノーザンブリアの議員たちもまた、そうした心の弱い人間であったのだろう。
 しかし、

「我々はやり方を間違えた。それを認めなければ、前へ進むことは出来ない」

 いまのままでは、誰も前に進めない。
 皆が不幸になるだけだと、バレスタイン大佐は感じていた。
 ヴァレリーも大佐と同じ考えを抱いたのだろう。
 だから勇気をだして、サラとシャロンに手伝いを申し出たのだ。

「すみません!」
「ほんとうにお金がなくても、たべものをわけてもらえるんですか?」
「え、はい……お代は必要ありませんよ。注文はお決まりですか?」
「おい、どうする?」
「う、うん。えっと――」

 まだ微かに戸惑いを滲ませながらも、兄妹と思しき少年少女の応対をするヴァレリーの姿があった。
 ヴァレリー自身にまだ迷いがあるように住民の多くも距離を置き、様子を見守る姿が確認できる。

「お待たせしました。串焼きが三本に、焼きそばが二つです」
「おお、いいにおい!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」

 注文の品を受け取ると御礼を言い、手を振って立ち去って行く少年少女。
 二人が向かった先には、子供たちの身内と思しき老婆の姿があった。
 アルフィンやバレスタイン大佐と視線が合い、ぺこりとお辞儀をすると子供たちを連れて立ち去る老婆。

「あの方は……?」
「古い……友人の母君です」

 大佐の様子から何かを察し、それ以上の追及を止めるアルフィン。
 恐らくあの老人はこの地が公国と呼ばれていた頃から、ノーザンブリアの歴史を見守ってきた生き証人の一人なのだろう。

「俺にも串焼きをくれ。五本……いや、十本だ」
「こっちにも頼むよ。お酒はおいてないのかい?」

 様子を窺っていた住民の中からチラホラと屋台へと近付き、料理や酒を頼む人々が現れ始める。
 戸惑いながらも一生懸命接客をするヴァレリーの姿を見て、思わず笑みが溢れるアルフィン。
 先程の子供たちとのやり取りが良い方向に働いたのだろう。
 いや、もしかすると――

「ここまで計算していたのですか?」
「まさか、偶然ですよ」

 大佐が子供たちを使って仕向けたのではないかと考えたのだが――
 そんなアルフィンの言葉を大佐は否定するのであった。


  ◆


「良い飲みっぷりじゃねえか! ほら、もっとのめのめ!」

 宴が催されている一角で、銀鯨のメンバーに交じって酒を勧める男がいた。
 左手に鉤爪の義手をつけ、顔や手足に特徴的な紋様を入れた男。
 こことは異なる世界の海で名を知られた伝説の海賊、キャプテン・リードだ。

「あなたは……何をやっているのですか?」
「おう、貴族の嬢ちゃんじゃねえか。お前さんもこっち≠ノきてたのか」
「ええ、まあ……シャーリィに無理矢理連れて来られたというか……も=H まさか他にも?」

 知り合いの姿を見かけて声を掛けて見れば気になる一言が返ってきて、ラクシャは怪訝な表情を浮かべる。
 こちらの世界にキャプテン・リードが来ていると言うだけでも驚きなのに、他にもいるような口振りだったからだ。

「うちの船員は全員連れてきてる。エレフセリア号も呼ぼうと思えば、いつでも呼べるぜ」
「船員って……騒ぎになるのでは?」

 エレフセリア号の船員――骸骨の姿が頭に浮かび、複雑な表情を浮かべるラクシャ。
 下手をすると魔物と間違えられて、味方にも攻撃されるのではないかと思ったからだ。

「あそこにいるのは、うちの船員だ」
「え? でも……」

 キャプテン・リードが指をさす先には、骸骨ではなく普通の人間にしか見えない男たちの姿があった。
 人間の姿になれると思っていなかっただけに、驚いた様子を見せるラクシャ。

「生前の姿に戻れるようになったのは最近のことだけどな。大将の力が以前にも増して強まったのが原因じゃないかって話だ」

 キャプテン・リードやエレフセリア号の船員が現世に留まれているのは、リィンとの盟約があるからだ。
 リィンの眷属となったからこそ、彼等は不死者≠ニしてこの世に繋ぎ止められている。
 そしてイオの力が生前よりも強くなっているように、彼等も例外ではなかった。
 リィンの力が増すほどに、リィンと盟約で繋がっている彼等も強化されると言う訳だ。
 実際エマの魔力も、姉のヴィータやローゼリアを超えるほどに強大になっていた。
 船員たちも生前の姿を取れるようになったのは、それだけリィンの力が強くなっているからだろう。

「それにまあ、心配は要らねえだろ。俺たちと同じような存在もまじっているみたいだしな」

 誰のことを言っているのかを察し、ラクシャは一先ず納得する。
 確かに不死者は彼等だけではない。既に命を落としていながら現世に魂を繋ぎ止められているのは、アリアンロードやバレスタイン大佐も同じだった。
 仕組みは恐らく同じなのだと推察できる。騎神との契約が、起動者の魂を現世に繋ぎ止めているのだ。
 なら起動者は全員死なないのかと言うと、そうでないことは歴史が証明している。
 恐らくは何かしらの条件があるのだろうと、ラクシャは推察していた。
 そう、進化の護人のように選ばれるための条件が――

「それで? 先程の話に戻りますが、こちらへ来ているのはあなたの仲間だけではないのでしょう?」

 船員のことなら、態々も≠ネどと付けないはずだ。
 恐らくはキャプテン・リードたちよりも先に、こちらに到着していた人物がいるのだろうと推察してラクシャは尋ねる。

「巫女様だ」
「え? まさか、クイナが?」
「ああ、ちっこい方じゃなくて、青い髪の嬢ちゃんの方だ」

 青い髪の少女。巫女と言えば、一人しか思い当たる人物はいない。ダーナだ。
 こちらの世界にダーナが来ていると聞かされて、驚きの表情を浮かべるラクシャ。
 応援を寄越すにしても、彼女が来るなどと想像もしていなかったのだろう。
 そして――

「それと、お前さんところの執事も見かけたぞ」
「フランツが!?」

 もっと思ってもいなかった人物の名前を聞かされて、ラクシャは驚きの声を上げるのであった。



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