「……はあ? もう見つかっただと?」

 対象が見つかったとの報告を聞き、唖然とした声を漏らすエイジ。
 てっきり、もう二〜三日は捜索に時間が掛かると考えていただけに戸惑いを見せる。
 まさか、捜索を命じてから半刻と経たずに発見の報告があるとは思ってもいなかったからだ。

「それで、何処にいたんだ?」
「それが……」

 答えにくそうな表情で言い淀む手下の男をエイジは訝しむ。
 何やら戸惑っていると言った様子が、その曖昧な態度からも感じ取れた。

「蓬莱町のゲームセンターに奴等はいます」
「……なッ」

 言葉を失い、驚きの表情を見せるエイジ。
 蓬莱町というのは、飲み屋や風俗などの店が建ち並ぶ杜宮市で一番大きな歓楽街だ。
 そして、鷹羽組の事務所がある――エイジたちにとって自分たちの庭とも言える場所だった。

「男が一人に女が二人という話だったな。仲間と合流した気配は?」
「いえ、見張らせていますが、そういう動きはまったく……」

 どういうつもりだ? と、罠を警戒してエイジは訝しむ。
 逃げるのではなく自分たちの方から懐に飛び込んでくるなど正気の沙汰ではない。
 腕が立つにしても限度がある。多勢に無勢なはずだ。
 あっさりと尾行に気付いたような手練れが、そんなことも分からないとは思えなかった。
 何かあると嫌な予感を覚えつつも、エイジは険しい表情で席を立つ。

「行くぞ」

 分からないなら直接会って確かめるしかない。
 そう覚悟を決めて、エイジはリィンたちが待つ蓬莱町のゲームセンターへ向かうのだった。


  ◆


「ちょっ! なんだよ。その超反応!?」
「この手のゲームは前世≠ナよく遊んだしな」
「なんだよ、前世ってバカにして――うわッ! また負けた!?」

 筐体を挟み、流行の格闘ゲームで対戦するリィンとカズマの姿があった。
 人間離れした反応を見せるリィンに一方的に叩きのめされ、悲鳴にも似た声を上げるエイジ。
 多少は腕に自信があったのだろう。悔しげな表情を滲ませながら、画面を睨み付ける。
 そして、

「もう一回だ!」

 諦めきれず、もう一度リィンに勝負を挑むカズマ。
 しかし、リィンはそんなカズマの声を無視するかのように席を立つ。

「悪いが、ここまでだ。客がきたみたいなんでな」

 客? と首を傾げながら周囲を見渡すカズマ。
 自分たち以外の客が一人もいないことに、そこでようやく気付く。
 普通は帰宅途中の学生や仕事帰りのサラリーマンなどで賑わう時間帯だ。
 何かがおかしいとカズマも気付いたのだろう。席を立ち、リィンたちの傍に駆け寄る。

「私の傍から離れないでくださいね」

 有無を言わせぬエマの言葉に、無言で頷くカズマ。
 そうこうしていると、店内にスーツ姿の男たちが入ってきた。
 数は十――いや、二十人はいるだろうか? 仕事帰りのサラリーマンと言った風には見えない。
 そんな男たちの中から、一人の男が前へでる。

「テメエが……」

 睨み付けるような視線をリィンに向ける男――エイジ。
 だが、次の言葉が出て来ない。いや、口にすることが出来なかった。
 リィンを見て、呆然と固まるエイジを訝しむ男たち。
 そこに――

「へえ……そこそこマシ≠ネのもいるみたいだね」

 女の声が響く。
 ギョッとした表情で振り返るエイジ。他の男たちも一斉に声のした方へ顔を向ける。
 いつの間に接近を許したのか? 男たちの背後に、赤い髪の少女が立っていた。

(なんだ……この化け物≠ヘ……)

 見た目は十代半ばの少女と言った感じだが、エイジの目には目の前の少女が得体の知れない怪物に映る。
 シャーリィ・オルランド。血塗れの二つ名を持つ猟兵だ。
 数々の修羅場を潜ってきたからこそ、理解できるシャーリィの異常性。
 その身に秘めた狂気を、エイジは直感で悟ったのだろう。

「この――」

 懐に手を忍ばせ、男の一人が銃口をシャーリィに向けようとした次の瞬間――

「ぐああああああッ!」

 鈍い音を響かせ、男の腕があらぬ方向へと曲がる。
 目で追いきれないほどの速度で接近したシャーリィが男の手を掴み、地面に叩き付けると同時に腕の骨をへし折ったのだ。
 直ぐ様、仲間を助けようと他の男たちもシャーリィに銃口を向けようとするが――
 視界からシャーリィの姿が消えたかと思った次の瞬間、男たちの身体はボールのように弾け飛んでいた。

「な……」

 床に蹲る自分の手下たちを見て、エイジは唖然とした声を漏らす。
 時間にして十秒と掛からず、連れてきた手下たちが無力化されたのだ。
 戸惑いと驚きを隠せないのも無理はない。
 しかも、それをやった少女は溜め息を溢しながら、物足りなさそうな表情を浮かべている。

「次は、お兄さんがシャーリィと遊んでくれる?」

 シャーリィに殺気を纏った獰猛な笑みを向けられ、思わず身構えるエイジ。
 そこで、ようやく気付かされる。
 逃げなかったのではない。逃げる必要がなかったのだと――
 罠に嵌められたのは自分たちの方だと、額に汗を滲ませ覚悟を決めたところで、

「シャーリィ。その辺にしとけ」

 溜め息交じりのリィンの声が割って入るのだった。


  ◆


「自己紹介がまだだったな。リィン・クラウゼルだ。で、こっちの二人が――」
「シャーリィ・オルランドだよ」
「エマ・ミルスティンです」

 エイジに案内された高級クラブで、自己紹介を交わすリィンたち。
 奢りだと聞いて遠慮無く料理や飲み物を注文するシャーリィに苦笑しながら、エイジも名乗り返す。

「鷹羽組の梧桐英二ってもんだ」
「鷹羽組!?」

 思わず声を上げるカズマを『なんだこのガキは?』と言った顔で睨み付けるエイジ。
 エイジの視線に気付き、カズマは慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
 そんな二人のやり取りを見て、やれやれと肩をすくめると、

「ただのおまけだ。こいつのことは気にするな」

 リィンは間に割って入る。
 おまけ扱いされて不満げな表情を見せるも、場違いなのは自覚してか大人しく状況を見守るカズマ。
 本音を言えば、もっと早くにリィンたちと別れておくべきだったと半ば後悔しているくらいだった。
 というのも鷹羽組と言えば、この街で暮らす者なら知らない者はいないとまで言われるほど有名なヤクザだ。
 表の北都、裏の鷹羽組。下手に目を付けられれば、この街で平穏に生きていくのは難しい。
 今後のことを考え、カズマが頭を抱えるのも無理のない状況だった。

「――俺だ」

 店内に着信音が鳴り響き、懐からサイフォンを取り出すと電話にでるエイジ。
 蓬莱町の外れにある倉庫で、行方不明になっていた組員を無事に保護したとの報告を受け、眉をひそめる。
 眠らされているだけで命に別状はないと聞いて、拷問を受けた形跡もないことからリィンたちの狙いが益々分からなくなったからだ。
 そんなエイジの表情の変化に気付き、リィンは疑問に答えるように口を動かす。

「殺してしまったら落としどころがなくなるからな」

 お前等だって後に引けなくなるだろ?
 と問われれば、なるほどとエイジも頷くしかなかった。
 その気になれば、あっさりと皆殺しに出来るだけの力をリィンたちが持っていることは既に理解している。
 なのに先程の戦闘でも怪我を負った者はいるが、死んだ者は一人としていなかった。

(はったりじゃねえな……)

 ヤクザ者とは違う。歴戦の傭兵とよく似た凄みをリィンたちからは感じる。
 いざとなれば、躊躇いなく人を殺せる類の人間だと、エイジはリィンたちのことを見抜いていた。
 正直に言って、今回ばかりは相手が悪すぎた。殺されなかったのは運≠ェ良かっただけだ。
 それだけに――

「何が望み≠セ?」

 殺さずに生かしたと言うことは、そうする理由があったと言うことだ。
 だとすれば、裏の人間――自分たちのような人間に用があったからだとエイジは考える。

「察しは付いているんだろ?」
「……北都だな」

 リィンが北都グループについて、いろいろと聞き回っていたことは知っている。
 これまでにも企業スパイから週刊誌の記者まで、北都について嗅ぎ回る連中は大勢いた。
 だが、どうもリィンたちからは、そう言った連中とは違う空気をエイジは感じ取っていた。
 とはいえ、だからと言ってリィンたちに協力するかと言えば、話は別だ。
 北都には義理がある。よく知らない相手に情報を売るような不義理な真似は出来ない。
 しかし、仮に協力を拒んだところで、素直に諦めるような相手には見えない。
 どうしたものかとエイジは考え、一つの質問をリィンにぶつける。

「どうして、北都のことを探っている?」

 最低限それだけでも確かめないことには、リィンの質問に答えようがなかった。
 正直に言って勝てるとは思えないが、返答によっては命懸けでリィンたちとやり合う必要も出て来る。
 そんな覚悟を匂わせながら尋ねてくるエイジに、リィンは隠すことなく正直に答える。

「探し物をしている」
「それに北都が関わっていると?」
「まだ、可能性の話だけどな。それを確かめたい」

 リィンたちが探している物がどう言ったものかは分からないが、嘘は吐いていないとエイジは判断する。

「分かった。可能な限り、協力しよう。ただし、やり方は俺たちに任せてもらう」

 その上で、メリットとデメリットを瞬時に比較して、エイジは条件付きで協力を約束する。
 仮にリィンたちと本気でやり合うことになった場合、勝っても負けても組織は致命的なダメージを負うことになる。
 それにリィンたちのような腕利きを敵に回すリスクが理解できないほど、北都も愚かではない。
 なら、間に入って落としどころを探るべきだとエイジは考えたのだ。

「もう少し悩むかと思ったが、即決だな」
「他に選択肢などないからな。断ったところで諦めるような性格はしていないだろう?」

 確かにな、と口にしながら笑うリィンを見て、エイジは心底呆れた表情を見せる。
 一番の悪手は、このままリィンたちとの関係を断ち切ることだとエイジは考えていた。
 勝手に動かれるよりは、まだ目の届く範囲にいてくれた方が助かるというのが本音でもあったからだ。
 それに――

(危険な連中ではあるが、恩を売っておくのも悪くない)

 これまでの行動から察するに、ただ強いだけでなく理性的な判断の出来る相手だと分かる。その上、裏の流儀にも理解がある。
 リィンが北都のことを嗅ぎ回ったのが直接の原因とはいえ、尾行を付けるような真似をしたのはエイジたちの方だ。
 ゲームセンターでの一件も、先に手をだしたのは鷹羽組の組員の方だった。
 死人がでたのならともかく、怪我を負わされたくらいで文句を言える立場にない。
 となれば、人質が無事に帰ってきた以上、この辺りで手打ちにするしかないと考え、エイジは和解を受け入れたのだ。
 これほどの手練れと顔を繋げたことを考えれば、親父(組長)も納得してくれるだろうと考えてのことでもあった。

「ああ、そうだ。ついでに、すぐに金になりそうな仕事があったら紹介してくれないか?」
「……は?」
「潰して欲しい相手とかいたら格安で請けてあげてもいいよ」
「おいおい……」

 微妙に物騒なことを口走るリィンとシャーリィに、エイジは頬をひくつかせる。
 ヤクザすらもドン引きさせる二人に苦笑するエマと、やっぱり危ない奴等だったと頭を抱えるカズマ。
 そんな彼等を見て、協力を約束したのは少しだけ早まったかもしれないと、エイジは後悔することになるのだった。



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