「カズマ! 帰ってきたのか!?」

 心配そうな顔でカズマに駆け寄る少年。
 同じ孤児院で暮らすカズマよりも一つ下の少年の名前は、高幡志緒。
 一昨日の夜にこっそりと施設を抜け出してから、なかなか帰って来ないカズマのことを心配していたのだ。
 院長からありがたい説教≠貰った後なだけに疲れてはいたが、それを表情にだすことなくカズマは心配するシオに笑いかける。

「心配掛けて悪かったな。ちょっと変な奴等と出会ってな」
「変な奴等?」

 リィンたちのことを思い出しながら、遠い目を浮かべるカズマを訝しむシオ。
 いつも余裕な態度で、少しも弱音を見せることのないカズマのこんな表情を見るのは珍しかったからだ。

「どう言う奴等だったんだ?」
「ヤクザを返り討ちにして、逆に脅しをかけるようなヤバイ連中だ」

 想像していた以上に危険な話を聞いて、シオは驚きの表情を見せる。
 よく無事に帰ってきたものだと、感心するやら心配するやら複雑な感情を抱く。
 しかし、

「まあ、だが……そう悪い大人じゃないと思う」
「なんだ、そりゃ……」

 危険なのに悪い大人じゃないと口にするカズマの話に『本当に一体どこで何をしてきたんだ』と、心の底からシオは疑問に思うのだった。


  ◆


「……随分とオヤジに気に入られたみたいだな」

 部屋で寛ぐリィンたちを眺めながら、呆れた表情を浮かべるエイジ。
 ここは鷹羽組が都内に所有する高級マンションの一室だった。
 あの後、エイジに連れられて鷹羽組の組長と面会したリィンが、当座の生活費と共に拠点として借り受けたのだ。

「ちゃんと言うだけの仕事はこなしただろ?」

 どうしてそんなことになったかと言うと、事務所に殴り込みを掛けてきた鉄砲玉をリィンたちが撃退したことに理由があった。
 相手は長い間、鷹羽組とシノギを削っていた敵対組織の者たちだったのだが、何処から情報が漏れたのか?
 丁度、エイジが若い衆を連れて出掛けている隙に、事務所に襲撃を仕掛けてきたのだ。
 警備が手薄になったタイミングを狙って、一気に組長の命を取るつもりだったらしい。
 しかし、運がなかった。
 予想よりも早く問題が片付いたために、エイジの帰りが早かったこと。
 そして、リィンたちがその場に居合わせたことが彼等の不運だった。

「恩は感じてる。だがな……」

 襲撃者を返り討ちにしたところまでは、まだ納得も出来るし感謝もしている。
 しかし誰の仕業かを吐かせた上で、その日のうちに襲撃を仕掛けてきた相手の拠点を潰してしまうというのは、さすがに予想外も良いところだ。
 元よりケジメをつけるつもりだったとはいえ、知らずに虎の尾を踏んでしまった相手に同情を禁じ得ない。
 それにその後始末を押しつけられ、リィンたちが優雅な生活をエンジョイしている間もエイジは方々を駆け回ることになったのだ。

「でも、よかったじゃないか。今度のことで、正式に幹部へ取り立てられたんだろ?」
「ぐ……」

 リィンの言うように、今回の一件でエイジは三役≠ノ取り立てられることになった。
 これまでも実務的なことはエイジが担ってきたが、名実共に幹部の仲間入りを果たしたことになる。
 しかし、今一つ素直に喜べないのは、それがリィンたちのお陰という点だった。
 襲撃事件で曖昧になってしまったが、本来であればシャーリィに若い連中を病院送りにされてしまった責任を問われるところだったのだ。

「素直に喜べないって顔をしてるな。不満なら、これから実力で証明していけばいいだけの話だろ」

 組長から言われたのと同じことをリィンからも言われ、エイジは渋々と言った様子ではあるが頷く。
 元より拒否権のある話ではないと言うのも理由の一つにあった。
 と言うのも、エイジの留守を敵側にリークした人物は、鷹羽組の元本部長だったからだ。
 次の組長の椅子を狙っていたらしく、敵対組織と通じていたとの話だった。
 そうしたこともあって、空いたポストにエイジが収まったと言う訳だ。

「で? そっちは、ちゃんと仕事をしてくれたんだろうな?」
「……本当に食えない野郎だ。お前、年齢を詐称してるだろう?」

 リィンがまだ二十歳になっていないと聞いた時は、嘘だろと思わずツッコミを入れてしまったのだ。
 見た目からシャーリィやエマは分かるが、どう見てもリィンが身に纏う風格や雰囲気は十代の小僧が持つものではなかった。
 ヤクザを恐れないばかりか、組長とも対等に駆け引きを出来るような男が自分よりも年下などと俄には信じがたいと言った表情をエイジは覗かせる。

「嘘を吐いても仕方ないだろ? まあ、ちょっと特殊な環境で育ったことは間違いないけどな」

 どんな環境で育てば、こんな風に育つのかとエイジは心の底から疑問に思う。

「そんなことよりも、話を聞かせてもらおうか?」

 そう言って鋭い双眸を向けながら尋ねてくるリィンに、エイジは真剣な表情で答えるのだった。


  ◆


 以前、下見で訪れた北都グループの本社ビルにリィンの姿があった。
 エイジの紹介で、北都グループの会長≠ニ面会できることになったからだ。
 とはいえ、こういう交渉事に向かないので、シャーリィはエマと一緒にマンションで留守番をしている。
 そもそも、リィン一人で来ることが相手側の条件でもあったのだ。
 シャーリィの話は聞いているはずなので、恐らくは警戒してのことだろうと察せられる。

「会長、失礼します。お客様をお連れしました」
「入りたまえ」

 案内の女性がコンコンと二度ノックをすると、扉の向こうから渋い男性の声が返ってくる。
 そのまま女性に促され、部屋の中へと案内されるリィン。

「はじめまして。キミが噂≠フリィンくんだね?」

 どう言う話を聞いているのかは知らないが、少し含みを持たせながら尋ねてくる部屋の主にリィンは「そうだ」と答える。
 そして、

「まあ、大体の予想は付くけど、アンタが?」
「北都征十郎だ。会長をやらせてもらっている」

 リィンの質問に、名乗りを返す男性。
 恐らく歳の頃は六十前後と言ったところだろうか?
 年齢の割に鍛え上げられた身体が、スーツの上からでもはっきりと分かる。
 筋骨隆々な初老の男性。彼こそ、この北都グループの会長――北斗征十郎だった。

「立ち話もなんだ。たいした持て成しは出来ないが、お茶くらいはだそう。それともコーヒーの方が良いかね?」
「じゃあ、遠慮なくコーヒーを。砂糖は二つ、ミルクはなしで」

 促されるままソファーに腰掛けると、秘書と思しき女性に注文を付けるリィン。
 畏まりました、と丁寧に頭を下げて女性が退室するのを見計らって、セイジュウロウは本題に入る。

「大凡の話は聞いている。キミたちが腕の立つ傭兵≠セと言うことも――」

 そう言えばそんな話をエイジにしたなと、セイジュウロウの話を聞いて思い出すリィン。
 異世界のことを説明したところで理解できるはずもなく、頭のおかしい奴と思われるのがオチだ。
 それに『猟兵』という言葉自体は普通にこの世界でもあるが、そもそもリィンたちの世界とこの世界の猟兵は微妙に意味が異なる。
 だから手っ取り早く理解しやすい説明として、猟兵ではなく傭兵と名乗ったのだ。

「探し物をしていると言う話だったな」
「ああ、かなり特殊な形状の武器≠探している」

 そう言ってエイジにも見せた写真を懐から取りだし、セイジュウロウにも見えるように机の上に置くリィン。
 写真には、機械仕掛けの武器――ブレードライフルが写っていた。
 無くした形見の武器ではないが、ゼムリアストーンで作られた同じ形状のブレードライフルだ。
 銃剣と呼ばれる武器はこの世界にもあるが、これほど複雑で異様な雰囲気を放つ武器をセイジュウロウは目にしたことがない。
 写真越しにも伝わってくる凄み。特に青みを帯びた刀身には、思わず目を奪われる輝きがあった。
 しかし、

「信じてもらえるかどうかは分からないが見覚えはない」

 写真を手に取りながら、セイジュウロウは首を横に振る。
 こんな武器を一度でも目にしていれば、印象に残っているはずだ。忘れるはずもない。
 リィンが〈北都〉を疑っているのは理解しているが、それでも知らないものは知らないとしか答えようがなかった。
 とはいえ、それではリィンも納得はしないだろうとセイジュウロウは考え、話すべきか迷っていた情報を口にする。

「だが、知っていそうな人物に心当たりはある」

 確実にとは言えないが、その場凌ぎの嘘と言う訳ではなかった。
 とはいえ、その人物をリィンに紹介して良い物かどうかの判断にセイジュウロウは迷っていた。

「しかし、キミにその人物を紹介して良い物かどうか、正直に言って迷っている」

 鷹羽組は最近では珍しい義理や人情を重んじるヤクザだ。
 リィンはそんな彼等が紹介してきた相手だ。信用できないとまでは言わない。
 それでも大丈夫だと確信を持てない人物を紹介する訳には行かなかった。
 立場上、人を見る目に自信はあるが、リィンのすべてを知っている訳ではないからだ。
 そんなセイジュウロウの考えはリィンも理解していた。
 互いのことをよく知らないのだから慎重になるのは当然だからだ。

「なら、どうするつもりだ?」

 だが、最初から教えるつもりがないのであれば、話さなければ良いだけの話だ。
 こんな風に話を振ってきたと言うことは何かしらの条件があるのだと考え、リィンはセイジュウロウに尋ねる。
 そんなリィンの質問に満足しながら鷹揚に頷くと、一呼吸間を置いてセイジュウロウは答えるのだった。


  ◆


 杜宮市を一望できる小高い丘。長い階段を登った先に、その神社はあった。
 ――九重神社。古くから、この辺り一帯の土地を見守り続けてきた社だ。
 神主の九重宗介は人気のない道場で座禅を組み、瞑想に耽っていた。

「ジッちゃん……朝からずっと一人で道場に籠もってるらしいけど、どうしたんだ?」
「さあ? 私も『今日は客が訪ねてくるから誰も道場に近付けるな』と言われただけだから……」

 詳しくは話を聞いていないと首を横に振る少女に、訝しげな表情を見せる少年。
 セーラー服のよく似合う小柄な少女の名は、九重永遠。ここの神主の孫娘で、市内の公立校に通う中学生だ。
 一方で、少女よりも六つ年下の黒髪の少年の名は、時坂洸。彼もソウスケの孫で、トワとは従姉弟の関係になる。

「型を見てもらおうと思ったのに……」

 幼い頃から祖父に武術を習っていた従姉への対抗心もあったのだろう。
 この春からコウも道場に通い、祖父から武術を習うようになっていた。
 しかし、覚えたての型を見て貰おうと神社へやってきてみれば、今日は道場が使えないとトワから教えられたのだ。
 稽古の日ではないので別にソウスケが悪い訳ではないのだが、やる気をだしていただけにコウは肩を落とす。

「それじゃあ、今日は私が見てあげようか?」
「ええ……」

 思いもしなかったトワの提案に、微妙な表情を見せるコウ。
 普段の稽古で、トワの実力は嫌と言うほど理解している。
 現状では逆立ちをしてもトワに勝てないと分かっているため、余り気乗りがしないのだ。
 しかし結局トワの押しに負けて、少しだけならと溜め息交じりに観念するコウ。
 そんなコウの返答に満足し、「それじゃあ着替えてくるね」と言って踵を返すトワ。
 着替えに一旦家に戻ろうとした、その時だった。

「お祖父ちゃんの言ってたお客さんが来たのかな?」

 車のブレーキ音に気付き、石段の下へ視線を向けるトワとコウ。
 境内から見下ろすと、黒塗りの高級車が一台、鳥居の前に止まっていた。

「あの二人がジッちゃんの客か?」
「あの人は……」

 車の中から二人の男性が姿を見せる。
 一人は、高そうなブランドのスーツに身を包んだ初老の男性。
 もう一人は、黒いジャケットを羽織った二十歳前後と思しき黒髪の青年。
 余り接点のなさそうな毛色の違う組み合わせに、コウは訝しげな表情でトワに尋ねるのだが――

「お久し振りです。お祖父ちゃんのお客さんって会長さん≠セったんですね」
「ああ、ソウスケはいるかな?」
「はい。道場の方に」

 知り合いだったみたいで、初老の男性――セイジュウロウに親しげに声を掛けるトワ。
 そんななか――

「……トワ?」
「え?」

 黒髪の青年――リィンに名前を呼ばれて、トワは目を丸くするのだった。



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