-さて、ロシア地域でサンダーボール作戦を言い渡されたエーリカ・ハルトマンと雁淵孝美。
二人はこれまた爆弾を積んだ爆撃機が消息を絶ったハンガリーを捜索するように言われ、ハンガリーへ飛んだ。

 

-旧ハンガリー空軍第59"デジェー・セントジョルジ"戦術航空基地

旧・ハンガリー空軍の拠点であったこの地は幸いにも、戦時の鉄人兵団の占領を免れた欧州の拠点の一つ。
また、欧州での地球連邦軍の重要拠点の一つとして機能していた。
旧・ハンガリーの首都「ブダペスト」も2200年1月末の時点では兵団の占領から開放されていたので、地球連邦軍は足がかりを得、来るべき「Xデイ」がそこまで来ている事を感じさせる。
そこに二人は舞い降りた。

「ここがハンガリーかぁ。あたし達の世界だとどこに当たるんだろう」
「オストマルクだ、中尉」
「オストマルクかぁ、確かネウロイに落とされたっていう……そうか地理的にはそうだもんな」

オストマルクとはハルトマンの世界でのオーストリア=ハンガリー帝国の国号。開戦時にネウロイに制圧されてしまったため、ウィッチでめぼしい戦果を挙げたとされる者は多いもの、カールスラントのような華々しい戦ではないため、一般の人達への認知度は低い。これは勝ち戦を求めてしまう人々の性ゆえの哀れな側面である。

ちなみに基地には、制式カラーの他に、欧州方面軍特有のカラーリングに塗られたコスモタイガーなどが複数置かれており、中には部隊の要求のため、試験的に大改造中の機体の姿が見える。
一時は指揮系統が寸断された欧州方面軍であるが、帝都や軍本部からの救援が間に合った今では、対ベルギー・ロシア方面と相対する部隊の補給基地として同基地は活用されていた。
そのために手駒の数合わせとして、旧型扱いで一線を退いていた機体も含まれており、旧エゥーゴ時代のリック・ディアスやネモなどまでも現役機として稼働していた。

 

 

「あれがリック・ディアスかぁ。グリプスの時の旧型だって聞いたけど、ここじゃまだ動いてるんだ」
「モビルスーツなら後でゆっくり見られるから急ぐぞ」
「え〜!?」

ハルトマンは初めて見るリック・ディアスに興味深々。ドイツ(カールスラント)軍戦車にも通じる重厚感がたまらないようだ。しかしそうのんびりもしてられないのが現実である。
欧州戦線は今や危ない綱渡りの様相を呈している。
今回にしても軍の策が裏目に出てしまったというのが本当のところで、この作戦が失敗したら一気に事態が暗転しかねない。そして兵団もこの戦線に地球での命運をかけている節がある。メカトピアのレジスタンス運動も活発になり、いよいよ政権の地盤が揺らぎ始めている。
メカトピア(鉄人兵団)軍内部にもレジスタンスに情報を売っている者も多数いるという噂も軍内では有名だ。

「……なんか変な目で見られてる気がするんだけど」
「連邦軍だって一枚岩じゃないからな。ウィッチを快く思わない奴だって思い切りいるさ」

雁淵はハルトマンが感じている奇異の視線の理由を解説する。ウィッチというのは平たく言えば魔女だ。
人というのは毛色の異なる者を恐れ、弾圧してきた歴史を持つ。
この世界では怪異がいないおかげで魔女狩りという、ある一種の弾劾裁判さえ数百年間まかり通っていた記録がある。
魔術そのものは絶えてはいないもの、表に出ないのはそういう歴史や価値観が存在するからだろうと。

「確かにあたしたちウィッチはいまいち信じられていない節があるからね。軍のお偉方はもちろん、政治家も」
「そーいう事だ。どこの世界も上の連中は互いに腹の探り合いさ。ミッドチルダのことだって連邦軍は全てを信じちゃいない、それが政治だ」

-そう。それが「政治」である。雁淵はこの戦争に渦巻く政治劇の一端を垣間見たらしく、呆れとも取れるため息をついているが、その通りだ。例えば連邦軍がロンド・ベルに戦力を集めたり、ヤマトを優遇する背景には軍の意志を決定する`安全保障会議`の評議会員の絡繰がある。
ティターンズのような軍閥の跳梁跋扈を打破するために、改革志向の軍人の集まりだったエゥーゴ出身者らを利用し、連邦政府の正当性を復古させるためにエゥーゴを官軍と認めたのだ。
それはレビルも承知で、逆に評議会を手駒にとるしたたかさを見せている。
連邦軍とて一枚岩とは限らないのだ。

「地球本土でフォールド爆弾なんてなんで使おうとしたんだろう」
「さあな。私達の世界より複雑怪奇だったらしいからな、国連の時代は。その時代の`しこり`がまだ残ってるんだろう。特にこの世界じゃ日本や英国が特権階級みたいなもんだし」
「形の上で一つでも、心はバラバラか……なんか複雑だね」
「地球でこんだけ争っていれば戦争に強いはずだよ、全く」

それは雁淵の地球連邦に対する皮肉かもしれない。それはおおまかでも、地球圏内の地球連邦と連邦軍に敵対した国家や組織は後を断たないし、連邦政府そのものの正当性もスペースノイド中心に疑問が呈されている。
軍人は与えられた任務をこなすのみだが、政治家らが考えるべき事も、軍人が考えなくてはならないのは軍閥時代の名残だろうか。

 

 

二人は再びアストンマーチンに乗り込み、基地を後にした。そして情報部からもたらされた情報を基に、ハンガリーを散策する。その日の夜に旧首都であったブダペストにつくと、そこで部員から欧州戦線では既に`第二攻勢は部分的に開始されている`と告げられ、またしても安全保障会議の思惑に軍が踊らされた事を暗に示していた。
そして墜落地点には爆撃機の姿は無いという報告も受けた。

-ブダペスト市内 ホテル 

「安全保障会議のノータリン共は何考えてるんだ?」
「さあ。奴らは保身しか考えてないんでしょーね。軍人には弾、我々には毒薬を用意すれば事足りると思っとるんですよ」

シャワーを浴び終え、寝間着姿の雁淵にそう告げるのは40半ばと思われる壮年のスーツ姿の男性。
急遽入った情報を告げるためにやって来た部員だ。
電話などを使わないのはジオン残党などの傍受を警戒してのことで、口頭なら口を閉ざしてしまえばいいだけであるからだ。

「やれやれ……で、将軍閣下は何と言ってるんだ?」
「将軍はせめて`戦力は好きにさせて頂きますよ`と、今後のスーパーロボット運用を、奴らに完全に承諾させました。今回の決定は完全に安全保障会議の落ち度ですから」
「それで私達には爆弾をなんとか回収しろと無茶言うんだからたまんないよ。敵だって手は打ってると思うし」
「兵団は爆撃機を回収し、どこかに移動させたと思われるとの偵察機乗員の報告も入っていますが、そうとは思えません。欧州戦線の敵司令は神経質な男ですから」
「男?奴ら、性別があるのか」
「ええ。ロンド・ベルにいる猫型ロボットからの情報です」
「写真は見たが、あれ本当にネコか?タヌキにしか見えないんだが……」
「マツシバ工場などの記録では猫型ロボットだそうです。耳を何らかの要因で失ったと思われます」
「しかしネジ一本無いのによく動くなぁ、こいつ」
「それであんな個性的になったんでしょうねぇ」

雁淵はドラえもんについてそう言及する。ドラえもんが聞いたら憤慨ものの発言である。
ドラえもんはその外見からよく狸に間違えられる。過去のアニマル惑星の冒険では、タヌキに間違えられるのを憤慨した所に本物の狸に怒られたという逸話すら持つ彼は、どこからどう見てもタヌキに間違えられる公算のほうが大である。
実際にドラえもんをあらかじめ知っている人間たち以外にはほぼ例外なく、「タヌキ?」と言われ、ドラえもんはそのたびに訂正している。

「こいつもだが、極限まで発展したロボットは性別もあれば、人間のように個々の考えもある……か」
「そこまで行くともう機械生命体と言ったほうが正しいかも知れません。メカトピアもそのような発展をしてきたといいますから」
「だからか。SFみたいな話だが、`機械を器にした生命`と考えればピンと来るな」
「だから兵団の圧政に反対するレジスタンスもまた存在するのです。我々はそこから情報を得てます」
「レジスタンスか……フランス革命の時のように革命した後で彼らが圧政者にならなければいいがな……」
「ええ。まあうまく事が運ぶことを祈りましょう」

彼女はフランス革命の後、結局権力を握った者達が圧政なり、恐怖政治を行い、共和制の崩壊とナポレオンというカリスマの台頭に繋がったという歴史を引き合いにだした。
革命が起こってもその後の権力者らが以前より質の悪い政治を行うようになったら、かえって元よりひどくなってしまう可能性を危惧していたからだろう。
レジスタンスを信用しないわけではないが、そういう懸念を持っているのはガリアで同じような事が起こったのを知っているからだろう。

「では私はこれで」
「ああ、ご苦労だったな」

情報部員はそれだけ言うと爆撃機の詳しい写真を改めて手渡して立ち去る。見ると平べったい機体。
20世紀後半に造られたステルス機`F-117 ナイトホーク`の血統を受け継ぐ機体だというのがよく分かる。
この機体にフォールド爆弾が何発か積まれているというのは聞くだけでも恐ろしい。
落とされたのか、それとも意図的に墜落させたのか。それは謎に包まれている。
いずれにしろ、反攻作戦が軍より上位の文民達の都合で予定が繰り上げられた以上はそんなに時間はないというのは事実だ。

「明日はこの地点にいってみるか。中尉にも言っておこう」

爆撃機墜落ポイント-ポイント名はSV-に足を運ぶことにし、ハルトマンがマッサージから帰るのを待って伝えることにし、先に床についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

-メカトピア首都のとある地下街

メカトピア軍事政権の正当性やその地盤はレジスタンスの反政府運動、戦線での地球連邦軍への相次ぐ敗北の報が伝えられるにつれ、薄れていった。それに伴い、反政府運動は政権にとってのテロを含めて活発化し、反戦デモが絶えないようになった。治安当局は秘密警察や親衛隊をフル動員して弾圧しているもの、それでも抑えきれず、政権にとっての悪循環が続いていた。
レジスタンスは首都の地下の前政権最後の事業で造られ、軍事政権下では忘れ去られた地下街に根城を構えていた。

 

「報告します。郊外の労働者地区の支部設立に成功しました。これで親衛隊に劣らない数を確保できます」
「ご苦労」

一見すると地球人タイプのヒューマノイドにも見える彼等はメカトピアの現体制下では、労働中間層以下に属する労働者では多数派の`人種`だ。
知識人〜一般人相当の知識を持ち、軍に入れる最下層の人権はあるが、出世は事実上、下士官までで閉ざされている。そんな彼等は現体制に対する不満が一番強い。現体制下では一番冷遇されたからだ。攻勢人員ではこの層が実働部隊を担っていた。

「いよいよ首都に手が届くまで来たわね……あとはあの虫野郎の出方を見る必要があるわね」
「そうですな」

レジスタンスのリーダー格の女性−便宜上、その容姿からこう呼ぶべきだろうか。リルルと−はメカトピア首都中央地区の地図を机に置き、信頼出来る側近や部下、アドバイザーの地球人達と評議を重ねる。地球人が持ち込んだチェスの駒を動かしながらチェックメイトを狙うかのように駒を配置する。政権のリーダーを着実に追い込み始めている。この戦争にもはや大義名分はない。
政権自身が育てた反感は大きな渦となって、メカトピアを包み込んでいく。
リルルはレジスタンスの`民衆を導く自由の女神`としての素養を十分に備えていたと言える。
彼女が何故ここまでの行動を起こしたのか。それは……。

 

−戦争は最終局面へ突入しようとしていた。地球連邦軍、メカトピアでのレジスタンス、鉄人兵団。
それぞれの思惑が複雑に入り混じりながら、地球連邦軍は第二次反攻作戦`ラグナロク`を不本意ながらも発動する。神話の神々の黄昏と終焉の名を冠するこの作戦は成功すれば鉄人兵団との戦争を終結へ持ち込めるやも知れぬ一大作戦。ハワイ沖から半年以上の歳月を経て、最終作戦はその日の目を見ののた。

欧州戦線の各地で号砲を挙げる機甲師団、続々と出撃する航空師団、空挺部隊、海上部隊。
これこそが地球連邦軍の今時大戦における最終作戦となる`神々の黄昏`であった。
鉄人兵団を一気に追い込むため、そして文化遺産を取り戻すために。
機甲師団はその先峰となって進撃を始めていた……

 

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.