短編『菅野と芳佳の出会い』
(ドラえもん×多重クロス)



――坂本の奴が周囲から孤立していった最大のきっかけは、46年の末頃のあの新聞記事だったな。その時、私は空軍設立関連の任務を終えて、一息ついた頃だった。


これは黒江が1973年に書いた回想録からの引用である。坂本はあるインタビュー記事により、現役復帰組、現役古参組、若手の一部から白眼視されてしまった。それは旭新聞社が掲載したインタビュー記事がきっかけだった。




――1946年末頃 南洋島 64Fの黒江の執務室。

「黒江!!」

「どーした坂本?やぶから坊に。何か用か?」

「この新聞記事を見てくれ」

青ざめた顔でやって来た坂本は、黒江に新聞記事を見せる。黒江もその記事の内容を読み、坂本に思わず言う。

「お前、本当にそんな事言ったのか?」

「言うわけないだろ。確かに現役の頃は若返っての現役復帰に不満はあったが、お前らや先生達が選んだ道であるのは分かっている。確かに『往生際悪すぎるだろう、そんなズルい方法使ってまでウィッチにしがみつくなんて』とは言ったが、前置きしたはずなんだ」

「その部分は匿名化されてるが、文脈的にはお前が侮蔑的に言ったように取られるな……」

「そうなんだ。同期の一人から文句言われたから、訳がわからなくて、新聞を買って読んだら……」

「……クソ新聞め!早急に手を打たないと、このままじゃお前、戦友会から縁切りされかねねーぞ」

「ど、どうする!?」

「落ち着け、こういうマスコミ方面はヒガシだ。あいつに相談しよう」

二人は新聞記事を持って、圭子の自室に向かった。

「ヒガシ、私だ。寝てんのかー?」

「昨日、マルセイユに誘われてバーで飲んで、二日酔いなのよ。用なら後にして……」

「二日酔いどころじゃねーって!坂本が大変なんだよ。お前の助けがいるんだ!頼む!」

「わ、わかった!着替えるから、ちょっと待って!いつつ……」

圭子は二日酔いであったが、なんとか着替えて応対する。坂本から事のあらましを説明されると、二日酔いが一気に吹き飛んだ。

「大体わかったわ。私の知り合いが『経産新聞』と『中桑新聞』にいるから、アポ取るわ。私も同行するわ。黒江ちゃん、車を用意して」

「OK。その前にフジに外出許可もらってくる。車のキーを渡しとくから、エンジンかけておいてくれ」


――こうして、二人は坂本を連れて、前線からは数百キロ離れた新京にある、同新聞社支社を訪れた。


――経産新聞 支社

この経産新聞はどちらかと言えば軍寄りの新聞であり、国民の国防意識を適度に高める記事を出している事から、軍部の最近の『お気入り』の新聞であった。圭子の著書『来た、飛んだ、落っこちた』を最初におすすめ本のコーナーで紹介し、レビュー記事まで書いてくれた縁から、圭子は同新聞社と関係を持っていたのだ。

「なるほど。あそこは最近、ウチに御用達の地位を奪われてると錯覚しておりますからな。それに……大きい声では言えませんが、あそこは話を盛るんですよ」

「盛るとは?」

「彼らにとって、『面白くない』内容のインタビューな場合、内容を手前勝手に書き換えるんですよ。バレない程度にね。あそこじゃよくある手法だそうです」

「このままでは坂本少佐は周囲から誤解を受けてしまいます。なんとか出来ませんか?」

「その新聞記事を貸してもらえませんか?」

「はい」

圭子が旭新聞の件の記事を報道部部長に渡す。すると彼は思いついたようだ。

「坂本少佐。このインタビューの後に揉めてしまった同僚のウィッチはいますか?」

「元・同期の米川正子です。彼女は現役復帰組で、私とはリバウで同じ釜の飯を食った仲です」

「よろしい。見出しは『旭新聞社の不適切なインタビュー内容カット!』で、明日か明後日の朝刊に載せましょう。ヘタすれば一大スキャンダルになりますぞ、これは」

「何故ですか?」

「我々のような『ブンヤ』は出来事を報道する社会的責任や道義があります。しかし、彼らは発行部数のためならば、『捏造』すら平然と行います。私はそれを許せんのです」

彼は20世紀後半以後の時代では見ないような、気骨ある『ブンヤ』であった。21世紀以後のようにメディアが多様化を迎える前の時代において、新聞が国民世論を誘導し得た例は枚挙に暇がない。ナチス・ドイツの誕生の一因なども新聞などが好意的な論調をおこなったりしたのが一因であるように、『メディアが国を戦争に突き進める指導者を生み出してしまう』事例は多い。彼はその社会的責任を重んじていた。そんな彼の言葉に、圭子、黒江、坂本は安堵した。

「おい、明日か明後日に特集記事を組むぞ。紙面のレイアウト考えておけよ」

「はいっ」

彼は早速、部下に紙面レイアウトを考えるように命令を出し、彼自ら記事を書く準備を行う。三人は数時間ほど彼と協議し、第一報で出すべき内容や、どうやって旭新聞社を痛烈に皮肉るのか、などの内容を協議した。

「これでよしっと……。明日か明後日には載せられるでしょう。あ、それと。ウチの社長と会ってもらえませんか?ウチの社長、8年前に『扶桑海の閃光』を見てからというものの、あなた方のファンでして…」

「は、はぁ……」

言われるままに社長と会うと、社長は大感激し、圭子の著書の映画化をその場で提案。圭子も悪い気はしなかったので、承諾した。彼は勇んで、軍広報部にその場で電話をかけ、映画化に当たっての軍部の承諾と協力を取り付ける行動力を発揮。映画会社とも話をつけ、あれよあれよで、1947年度のクランクインが決定し、年初の段階で制作発表記者会見が行われる事が僅か40分で決定してしまった。次の目的地へは遠いため、支社から近くにあるホテルに宿泊することにした。

――ホテルの一室

「良かったな、坂本。これで喧嘩した奴の誤解は解けるぜ」

「ああ、助かった……礼を言うよ。それはそれで良かったが、加東さん、大丈夫か?さっきから上の空だぞ」

「ああ、あれはあまりの衝撃で放心状態なだけだ。放っときゃ治る」

と、意外にクールな反応の黒江。圭子は著書の映画化がひょんな事から実現してしまった事、作者として、大勢のマスコミの前で記者会見を行う事になったことへの衝撃で頭がオーバーヒートしていたのだ。

「私が…私が…記者会見……映画化……」

頭から湯気を出し、ブツブツ譫言をつぶやく圭子。あまりの急転直下に、頭がオーバーヒートしたのだ。

「お〜い。ヒガシ〜?飯食いにいくぞ〜お〜い」

「……ハッ!なんか言った?」

「飯だよ、飯。今、黒田や樫田に聞いてみたら、ここのディナーとスィーツは絶品だそうだ。衝撃で固まるのはいいけどよ、しっかりしろよな」

「え、ええ……」

圭子はここでようやく、調子が元に戻った。ディナーとスィーツをやけ食いし、頭を切り替える。その後の夜。


「ねえ、坂本。前々から聞きたかったけど、古参の連中が『あの作戦』に反対が多かった理由、あなたなら分かるでしょ?」

「ああ。今だから言えるが、私もそうだが、『先輩達から引き継いだバトンを放棄するような真似が出来るか!』、『引退した先輩たちに、後は任せると言われたのに、今更頼れるか!』なんていう論調が主流だったんだ。所謂、感情論って奴だ。私からしてそうだったろ?」

「そうだなぁ。あの時の貴方、焦ってたものね。あがりに」

「ああ。あの時は宮藤達の大成を見届けてから、第一線を去りたいのが本音だった。だから、『往生際悪すぎるだろう、そんなズルい方法使ってまで……』と思っていたのは確かなんだ。古参は『お前らの世代』から受け取ったバトンを、自分たちの後の世代に渡すのを最後の責務と考えてるのさ。お前らだって、経験あるだろう?後の世代に自分の持つ技能を伝えようとした事。それだよ。ウィッチは本来、近代軍隊には向いてなかったのかもしれんな……。一部の例外はあれど、20代になれば自動的に世代交代が来る技能だったからな。今後、この戦争の様相如何によっては、ウィッチは二分化するかもしれんな。怪異専任部隊と、通常任務従事部隊に。そうでなければ組織を維持できんかもしれん」

「坂本……」


――坂本はウィッチの世代交代の摂理を指して、近代軍隊には向かない技能だったのかもしれないと言う。おおよそ人材育成に多大な経費がかかる割には、実働時間が最低、数年程度と極めて短いウィッチは、『金食い虫』だとする批判があったし、『女どもの兵隊ごっこ』とさえ揶揄されたこともある。そのため、近代軍隊の時代になると、育成経費の問題が各国にのしかかる。第一次大戦と扶桑海事変の勝利がウィッチの増長を招いたとも言え、ティターンズがそれを打ち砕く役目を果たした。そして、ティターンズは図らずしも、この世界の近代で確立された『戦争=怪異との戦い』という図式を打ち壊し、本来の『人対人の戦い』に回帰させた。それを鑑み、ウィッチ同士の殺し合いを憂いての発言だった。その思想は、実際にベトナム戦争後、民間軍事会社に近い形式の軍嘱託の怪異専任部隊として、『自衛隊』の名を持つ自主防衛組織が設立される事で的中するのだった。この自衛隊は、怪異からの自主防衛を題目に、ベトナム戦争後に退役軍人が設立に関わった組織で、軍で一定の教練を受けたが、完全な職業軍人になるのが嫌なウィッチはそちらへ志願するケースが増加したほか、太平洋戦争時に自主退役していた者が『相手が怪異ならば』と再入隊、そちらで活躍したケースも多かったとか。そのため、軍単体としてのウィッチの『世代交代』が遅々として進まず、太平洋戦争で活躍したウィッチが、次代のベトナム戦争でも現場で飛ぶ事が多かったという。結果として、この時の予見は的中(黒江達が軍人としての時間の半分以上を前線勤務に費やしたのはそのためである)したのであった。






――車で次の目的地の中桑新聞支社に向かうと思いきや、今度は飛行機で南洋島西端の第5の都市まで向かう事になった。これは同社の支社が新京にはなかったためで、正にちょっとした旅行と言えた。

「今度は飛行機か。なんで民間の飛行機使うんだ?」

「軍用使うと目立つだろ。民間人に紛れていった方がむしろ気分的に楽だぜ」

「そそ。ここんとこずっと、戦闘続きだったから、偶には休みたいわ」

黒江と圭子はアイマスクを使って、仮眠を取る。所要時間はプロペラ機なので、およそ5時間。百式輸送機改造の民間機なためだ。軍の定期空輸便を使えば早いのだが、お世辞にも乗り心地は良くない。半分は私用な都合もあり、(実は寝たいだけ)敢えて、行きのみは民間機を選んだのだった。

「わざわざ民間機で行かなくても……定期空輸便で行けばいいだろ?護衛もついてるし」

「乗り心地悪いだろーが。確かに護衛もついてるし、早いけど、別に急ぐわけでもないし、偶には民間機を使ってやらないと、航空会社うるさいしな」

――扶桑の半国営航空会社『大扶桑航空』は、軍から払い下げの輸送機を受領する代わりに、軍人の平時における利用需要が約束されていた。しかし戦時故にその需要は予想外れであり、軍部としてはその取り扱いに難儀していた。そのため、黒江も行きは同社の国内便を使ったのだ。その間にも、経産から連絡が入った扶桑本土の統合参謀本部の広報部はてんやわんやであった。




「誰だ!こんな記事書いた記者は!急いで旭に問い合わせろ!」

「先方は担当者は留守だと」

「居留守を使ってるなら、事務方からソイツの住所を聞け!何なら警務隊を使っても構わん!」

「了解」

「報道課課長が出ました」

「あー、旭さん。宅の先日の記事、あれはどういうことですかな?少佐の趣旨と違う意味に捉えかねないようになっているんですが?御社はどういう教育をしておられるんですかねぇ?ウチとしては困りますね。こんな嘘を書かれちゃ」

「それは我が社への圧力、ですかな?」

「いえ、我が軍としては『嘘を書くな』と言っているだけですよ。宅の先代社長が築き上げた、ウチとのパイプを潰したくはないでしょう?貴方方の力を持ってすれば、人一人の人生を破滅させる事は赤子の手をひねるように簡単だ。それは分かっておいでですな?あ、それと、経産に宅の記事の検証記事が載りますので、あしからず」

「あ、貴方方は我々に大恥をかかせるつもりなのですか!?あんな新参の二流ペーパーごときにネタを……」

報道課課長の傲慢で高飛車な態度にムカッ腹が立った広報部部長は思わず怒鳴りつける。

「あんたらはそうやって、自分たち以外の全ての他社を見下すのか!?そんな態度で、今まで何人の民間人、軍人、芸能人、スポーツ選手、政治家、同業他社を破滅に追いやってきた!?その傲慢さを償え!!」

と。その怒声にこちらもムカッ腹が立った旭新聞社報道課課長は売り言葉に買い言葉で、軍部との決別を宣言する。

「この田舎っぺの陸軍のイモの脳筋ジジイめ!よろしい!あんたらとはこの時を以て、敵対関係になった。そう思って頂けますかな?」

「いいでしょう。おい!誰か記者クラブ行って旭の取材許可証取り上げてこい!! 出入り禁止だ!」

『くたばりやがれ!!このイモやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

なんと、彼は電話のボリュームを限界に上げた挙句、大学の応援団上がりの大声を出すという、小学生並の行為を独断で敢行。旭新聞社の『総意』として、感情で宣言してしまったのだ。広報部部長はその騒音をモロに聞いてしまい、鼓膜を痛めてしまった。無論、向こうの電話機はお釈迦になったのは言うまでもなく、雑音の後いきなり無音になる。一瞬でも電話機が壊れなかったのが不思議だ。

「ぶ、部長!!」

ショックで気絶してしまった部長に変わり、副長が指示を出す。

「おい、みんな聞いたな?郵政に連絡して、奴さんの郵便物は突き返せ!中尉、郵政に連絡を。この電話機は念のために修理するので、下の階のを使え」

「ハッ!」

こうして、旭新聞社は課長の独断で軍部と決別し、軍の粗探しと、有る事無い事の批判記事を載せまくる事になるが、しかしそれらは彼らの首を占めるだけだと、同業社らからは物笑いの種にされ、経産の躍進と入れ替わる形で、彼らはゆっくりと没落への道に足を踏み入れてゆくのである。なお、もう一つの大手新聞社であり、読継巨人軍を抱える『読継新聞』は局外者ポジションで騒動を最後に報道。旭新聞社の姿勢を『子どもじみている』と切り捨て、足掻く同社に引導を渡したという。このように、黒江の予想を遥かに超えた大事になっていたのだった。







――中桑新聞 支社

「ここはちょっと軍批判強いから、覚悟しといて」

「未来でのあそこだろ?相当あっちに寄ってないか?」

「ええ。でも、これから会うのは違うわよ」

「どういうことだ?」

圭子がそう注意を促す。同社の名物主筆は扶桑海事変の際に大陸の自宅と故郷を失った過去があり、その関係で、この時代としては珍しく、軍部に批判的な論調であった。圭子はここに再就職した、飛行学校の同期がいたために訪れたのだ。

「光子!」

「おー、なんだ加東じゃないか。久しぶりだな貴様!」

――垂井光子。かつて、扶桑海事変の撃墜スコア二位を誇ったエースであり、圭子と幼少期の飛行学校で同期であった豪傑であった。彼女は家が報道関係であったため、上がりを迎えた後に、親が同社へ無理矢理入れたという経緯があり、航空兵に戻りたいと圭子に愚痴っていた。

「お前から話があるとか言うから、なんだと思ったぞ。お、今日は後輩のガキ共連れてきたな?」

「黒江綾香っす。先輩のご高名は聞いています」

「坂本美緒です」

「おー、江藤さんとこの娘っ子か。まぁ、楽にしろ」

「は、はい」

圭子と同期であるので、当然ながら彼女に取っては、黒江も『娘っ子』扱いである。

「光子、これ見て」

「ん?何々……こりゃ旭の記事じゃないか?」

「実はね。この子が受けたインタビューなんだけど、内容がいじられてるのよ」

「はい。そうなんです、先輩」

「あー、あそこお得意の捏造か。ウチの親父がよく怒ってるよ。これは大事になるぞ」

「どうして?」

「いくらあそこの先代社長が軍部と蜜月を作ったとしても、現場単位はかなり入れ替わってる。課長級でもそれは同じだ。広報部が文句言えば、いつでも解消するだろう……はい。こちら……。はい……はい。明後日ですね?分かりました」

「どうしたの?」

報道関係社の一部は携帯電話を持てるため、彼女も保有していた。電話は直属の上司からだった。

「早速、予感的中だ。明後日、本土で広報部が記者会見を行うそうだ。えーと、坂本だったな?」

「は、はい。」

「お前にはすぐに本土召還の指令が下るだろう。当事者だしな」

その通りに、黒江の携帯にも、武子から坂本の本土召還指令が下った事が伝えられる。

「本当に今でした。私の方にこいつの召還指令の通達がありました」

「だろうな。よし、今の時間だと、民間機の最終便には間に合わん。社の車で軍の基地に行って、定期空輸便を使おう」

「先輩、大丈夫なんですか?それ。あらゆる意味で」

「なあに、こういう緊急事態に備えて、軍時代の軍服は捨てておらん。いざとなれば、軍服姿で入ればよかろう」

と、度胸あり過ぎな垂井。圭子が一応、たしなめる。

「大丈夫だって。記者証持っていけば、私の名を出せば普通に取材搭乗出来るから」

「ちぇ、つまらん。せっかく久しぶりに着れると思ったんだが」

「ぼやかないの。戦友会で着ればいいでしょ?」

「スーツは嫌いなんだよ!ああ、戦闘服が恋しいぜ。親父が海外いったらその隙に……いや、今やっちゃおう!」

「おーい……。もう、これだよ」

彼女は跡継ぎを欲しがった父親によって、無理矢理に『あがり』を大義名分に、この新聞社に入れられたという経緯がある。彼女は本質的に『ブンヤ』の気質でなく、『職業軍人』の気質であるため、現役復帰の理由を考えていた。そこで、この機会に、休職届け(退職でないのは、親への気づかい)を出し、軍隊に戻る決意を固めた。そこで、懐かしの階級章付きの軍服に着替え、記者証と軍隊時代のドッグタグを持参し、社の車を使い、付近の基地に入る。

――基地の入り口

「すみません。身分証を」

「ほい」

垂井は記者証を提示し、更に軍隊時代のドッグタグも見せ、名乗る。

「垂井光子。扶桑陸軍の元・大尉だ。通っていいか?」

「今日は再就職先のお仕事で?」

「そんなところだ。同期の加東圭子の取材で来た」

「どうぞ」

車は基地内に入り、定期空輸便への搭乗手続きのため、基地の建物に入った。彼女に取って運のいいところは、偶々、基地内でばったり出会った空軍の人事課幹部が、彼女の元・上官であり、ものの数分で軍への復帰を決められたのだ。その為、若返り作業と、軍への復帰手続きがなんと30分以内に行われた。

「新しいドッグタグと、軍服と階級章だ。」

「いやあ、さすが早いっすね。私を見るなり、いきなり『軍に戻れ』なんて」

「今は一人でも多くのウィッチが必要だ。この際だ。お前のご両親は俺が説得しておく。今日は記者としての最後の務めを果たせ。明後日からは64F行きだ。加東がいるし、ちょうどいい」

――こうして、垂井光子は軍へ少佐として復帰、書類上は広報部付きながら、実際の任地は最前線部隊である64Fであり、その第一中隊に配属された。同第一中隊はローテーションで出撃するメンバーが変わるが、大抵は扶桑海事変や第二次怪異大戦の撃墜王であったので、本土防空部隊の帝都直掩部隊『飛行244戦隊』すら霞む超絶的陣容と、部内で称された。

――連邦軍のミデアに同乗した4人は、その中で、この先日に帝都直掩部隊『飛行244戦隊』から人員交流の話があったが、適任者がこの当時に244F側にいないため、断った事が話題に出た。

「244Fか。あそこは大林の娘っ子のワンマン飛行隊に近いからな。あいつのことを前に取材したが、あの時でまだ13、今でやっと15歳になるかならないかの若手だからな。奴は天才だが、若いから、古参が反発するんだよ。だから、あそこは幹部で15歳と若めだ。扶桑海上がりのお前らを要する64Fとは釣り合わん。それに、リウィッチが多いんじゃ、源田さんもそうそうは人員を動かせんからな。人員交流は最低でも、若手が育つ来年度だろう」


垂井は244Fの実態をそう評する。64Fは源田が直接スカウトした、若返り処置を受けた元エクスウィッチ、通称『リセッテッドウィッチ』が多い都合上、下手に人員を動かせず、若手の育成が途上である故、本土部隊との人員交流は避けていた。だが、古参から『若僧』と敵視されている事に気づいている大林少佐は、それを黙らせられる人物を求め、源田に直接、電話で懇願した。源田は『一年だ。一年待て。若手で仕上がりがいいのがいたら、貴様のところに優先で回す。その代わり、貴様の配下で最も練度がある鷹見忠江をもらうぞ』と約束した。これが記録されている限りでは、64Fと本土防空部隊との初の人員交流であった。これに大林少佐は大感激し、以後、彼女は源田実に心酔していくのであった。

「編成表は見させてもらったが、加東、お前は第二中隊長なんだな」

「第一中隊には穴拭智子と、この子がいるからね。バランスの都合よ。まぁ。前線じゃ一緒に跳んでるから、中隊の違いは気にしない程度よ」

「そうか、思い出した。江藤さんの秘蔵っ子と言われたのが貴様か」

「いやあ、恥ずいす。そんな評判だったんすか?」

「おう。私らのところにも轟いていたぞ。あの時、『戦技を丸裸にされる恐ろしいのが若手にいる』、『江藤の秘蔵っ子の若手のホープ』とか噂になっていたからな」

扶桑海事変の際に暴れまくった黒江。その評判は当時に在籍していた者らの間で、そのように噂になっており、旧・飛行審査部が配属決定の際に喜んだのもそのためだ。

「あの時の開戦の時はまだ16だったな?貴様」

「はい。終戦で17になったかならないくらいでした」

「ある空軍高官が貴様の事を『10年に一度の逸材』と絶賛していたのを思い出した。これからは同じ釜の飯を食う仲だ。よろしく頼む」

「こちらこそ」

垂井は「ガハハ」と笑う。以後、彼女は圭子をよく補佐し、リウィッチの利点を身を以て示した。また、世代的に圭子と同世代であり、64Fでも最年長級である都合上、突っ走り気味な黒江や智子らを叱れるなど、彼女らを余裕で制御出来るため、この事は事務方としても大喜びな出来事だった。



――4時間後には調布飛行場に着き、坂本は警務隊に伴われ、記者会見場に向かった。垂井は記者としての最後の仕事を果たすために別れた。黒江と圭子は会見場には入れないため、坂本を勇気づけ、会見の模様は会場のホテルの一室から見守った。

『え〜、これより記者会見を開始いたします』

会見をTV越しに見つめる二人。TVには、功二級金鵄勲章などを佩用した珍しい姿の坂本が映っている。会見は旭新聞社への軍部としての見解、坂本自身の口からの発言の真意が語られる内容だった。

「旭新聞社の記事に於いて、小官の言葉として書かれております事は、自分の真意とはまったく異なると申し上げます。小官がこのような発言をしたのには――」


TVで自らの真意を語る坂本。大々的な記者会見で自分の真意を語り、軍広報部が旭新聞社を痛烈に皮肉る。こうして、軍広報部と坂本が自身の言葉で旭新聞社の記事を否定したことにより、旭新聞社の捏造が公にされた。同時に経産新聞が検証記事を最初に載せ、中桑新聞も続いた。旭新聞社は抵抗を続けたが、5日後、最後まで沈黙を続けていた読継新聞が記事にした事で引導を渡された。だが、不幸にも、坂本についてしまった悪評は2年前までの彼女の行為もあり、完全には拭う事は出来ずじまいであった。旭新聞社が最後まで訂正記事を出さないという抵抗を見せた事もあり、坂本の人生の歯車はここから少しづつい始める。黒江がそれに気がついたのは、1970年代に入ってからで、時、既に遅しであった。遅配した手紙のすれ違いもあり、坂本が軍に在籍中に坂本へ救いの手を差し伸べる事は出来なかった。それは1979年以後の黒江に深い悔恨を残し、2000年に坂本の死去の報を聞かされた時には、その感情が爆発し、『坂本ぉ―――ッ!!』と人目も憚らずに絶叫し、大粒の涙を流したという。



(ちなみに、金鵄勲章とは、史実の旧日本陸海軍の叙勲制度を担った勲章。史実では1986年まで公の場での佩用が禁止されていたり、戦後のキャバレーなどでガラクタ同然に扱われたりしている。後に、21世紀で黒江の存在がクロースアップされる際に、陸軍時代と、空軍軍人として叙勲を受けた際の金鵄勲章を佩用した姿を見せ、自身が旧日本軍の将校である事を示す格好の材料となった。同時に、当時の野党から『いくら旧日本軍の軍人だからって、今や廃止された勲章を佩用するのは如何なものか』と文句が出たが、黒江は正確には旧軍の人間であり、彼女の故郷の世界では、『1946年以後も旧軍が存続しているし、旧勲章も現役で運用中である。更に、既に1986年以後、旧勲章の名誉は回復されているので、特に問題は無し』との趣旨の答弁が防衛庁長官からなされ、公に問題は無しとされた。)(この事で、他の自衛官から『不公平だ』という声があがり、時の総理も既に運用開始していた危険業務従事者叙勲を更に再検討し、現役期間中でも叙勲可能なように制度を改正した。これは既に原隊で、高位の金鵄勲章を叙勲していた黒江と他の自衛官との見栄えの差を無くすためのものが当初の趣旨だったが、2005年からは黒江以外にも、『旧軍に在籍しながら、自衛官になった』者が続々と登場した事もあり、『航空自衛隊は旧軍航空部隊の同窓会か?』と生え抜きの自衛官や、背広組から揶揄されたという)



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