外伝その40


――大和型戦艦。未来世界に於いては『時代遅れの大艦巨砲主義の権化』と誹られる事も多い。だが、他国がモンタナ級やアルザス級などの大和型戦艦に匹敵しうる戦艦を複数計画していた事が判明した23世紀には『自らの手で機会を奪った』との同情的評価も出てきた。これはモンタナ級が完成し、大和型戦艦が存在しなかった場合、米軍の鉄壁の対空防御で航空隊を蹴散らされ、長門型以前が束になっても鎧袖一触で屠られる最悪の事態が生じたと、もしもボックスでの試験で判明したからだ。その場合、『モンタナ級に対抗するために、空母を潰してでも作る』という泥沼な事態となったからだとの事。


――2201年 佐世保

「あれは?」

「大和型戦艦を近代化改装してるのさ。今回は大和を近代化してるが、より高度に近代化するらしい」

「近代化か……未来の連中は何故、大和型にこだわるんだ?」

「悲劇のシンボルだからだ。のび太んとこで見たろ?一度は世界三大海軍に数えられたのが、終戦までの2年で急速に崩壊していった歴史を」

「ああ……大和型戦艦が時代遅れと言われるのは納得いかん。他の国の新世代戦艦が完成しなかっただけで、罵るのは間違っている!モンタナ級が来たら長門型で勝てるわけがないのに」

のび太の時代から更に、2201年にタイムトラベルした坂本は大和型戦艦の存在意義を罵る一般の未来人に憤っていた。連合艦隊も低評価を払拭せんと、大和型戦艦を前線で用いているのだと聞いている。

「大和は何のために生まれ、死んたと思う?黒江」

「箱入り娘として大事に育てられたけど、秘めた実力を発揮しないまま夭折した子供さ。ぶっちゃけ、ここでの日本軍にとっての大和型戦艦はそんな感じさ。だから骸が宇宙戦艦ヤマトへ魔改造されたり、上に大和型戦艦を戦線に出せと圧力かけまくってるんだよ」

「箱入り娘、か……上が躍起になったように、大和を出してるのはそういうわけか?」

「そう。戦艦は空母と違って、作ろうと思えば10隻くらい数年で揃えられる。戦力を出し惜しみして負けた記録をこれでもかと見させられ、陛下を抑えた上で文句言われちゃ海軍は何も言えない」

「扶桑海の時もそうだったな。陛下がお怒りになられたら、堀井は何も言えなくなったからな」

「当たり前だ。陛下や元老に逆らう事は、国家反逆と同じこと。一族郎党、首を跳ねられても文句いえない。上はそれをあの時に再認識した。地球連邦もそれをよく知ってるから、陛下から抑えに入ったのさ。陛下さえ押されれば、作戦の認可が下りないからな」

「陛下、か……。何故、未来の連中は一箇所に大型空母のほとんどを集めた?戦線では航空基地が足りんというのに」

「正直言って、アレでも戦力不足だ」

「なにぃ!?」

「エセックスやミッドウェイという高性能大型空母が続々登場している。艦載機は最大で100機以上積めるような怪物だぞ?それが20隻以上出てきてるんだぞ?マリアナ沖海戦じゃぼ似た陣容の第一機動部隊がこいつらに蹂躙されてる」

「……」

坂本はショックでまたも落ち込む。自分達に取って最大の陣容でも、リベリオンの国力を以ってすればそれを遥かに超える陣容を容易く揃えられるというのは衝撃だったからだ。

「いくらこっちが烈風や紫電改を揃えても、向こうにゃスカイレーダーやコルセア、ベアキャットが配備されているんだ。勝てるかどうか……。軍人ってのは楽観的にモノを考えていい職業じゃねえ。常に最悪を想定しろ。ここじゃそれで負けてるんだからな」

「お前は現実的だな」

「昔からよく言われるよ」

黒江は元々、職業軍人らしく、合理的な考えを持っていた。それ故、未来世界にも適応できたし、考えが未来人に近くなった。坂本はそういう黒江の姿に寂しさを感じていた。北郷の姿に憧れ、自分は『武士』であるという自負を持つ坂本と、『軍人』として生きる黒江の違いとも言えた。

「近代軍隊は現実的でないと負ける。楽観視でモノを語れば、ここでの1945年8月15日を迎えた日本のような最期を迎えるって事だ。ついこの間、大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹の航空機輸送部隊がそいつらにまとめて血祭りに挙げられたってニュースは知ってるか?」

「何だと!?初耳だぞ!?」

「軽空母といっても、実質的に航空機輸送艦と言っていいあれらでは正規空母の一団に対抗できなかった。ウィッチ隊も散り散りになり、15人ほどいたウィッチで、生き残れたのは数人だけだそうだ」

「……!」





ウィッチ隊はその人材的希少性から、少数精鋭を是非とし、正規空母でさえ10人前後で運用されていた。だが、航空機輸送部隊は異例とも入れる人数がいた。軽空母では第一線級戦闘機の運用が不可能な点からの措置で、彼女たちもウィッチ隊としての自負があった。だが、無慈悲にもその誇りはエセックス級の一団が打ち砕いた。300機を優に超える高性能艦載機の猛攻に晒され、なんとか100機前後は退けたものの、母艦は全滅、護衛艦も半数が大破の惨劇となった。戦線に輸送予定の航空機100機以上が海の藻屑になり、生き残ったウィッチも恐慌状態になり、失語症に陥った者も出ている有様であった。坂本はそれを知らされ、ゾッとする坂本。

「ウィッチも無敵じゃない。比較的技能に優れた奴らでも、多数の近代兵器に踏み潰された。坂本、ウィッチを万能の存在と思うな。人間は神様に近づけても、神様そのものにはなれないからな」

「だが、若いころのお前らは不可能を可能にした!ウィッチに不可能はないと教えてくれたのはお前らじゃないか!?」

「確かに人間、努力すりゃそれなりの見返りは来る。……しゃーねーから、タネ明かしする。『あれ』は強くてニューゲームしたからできた事、つまり、大人になった状態の魂と記憶を持ってあの時に戻ったから、成し得た事だ。これは既に親父さんには言ってある。それでも多少良くした程度だった」

「お前たち、あの直後に記憶が無いとか言ってたそうだが、まさか、そのためなのか!?」

「そうだ。魂が元の時間軸に戻ったと言うべきか。今はむしろ1940年からの数年間のほうが記憶ないからなあ。だから今は、上の一部から、私らは『危険人物』と見られている」

「危険人物だと!?」

「A級軍機だった大和や武蔵を国民にリークしたんだぞ?海軍にはモンタナやアルザス、ライオンを造らせる大義を与えたとか言って恨み節言われるわ、陸軍にゃ陛下に可愛がられてとか言われて左遷させられた。だが、事実、紀伊型を前線に引っ張りだす口実を作るには大和型をリークするしかなかった。米内光政閣下の後ろ盾がなかったら、私らはとうに予備役に編入されているさ」

「なんだって……!?」

「そりゃそうだ。海軍の秘蔵っ子をばらしたんだ。しかもほぼ正確なスペックごとだぞ?危険視されるには十分さ」

坂本は政治的駆け引きを徹底して嫌う。それ故、黒江たちが大和型をリークしたという行為の結果、色々な名目で左遷させられた事に怒りを滲ませ、腕を握りしめて涙さえ浮かべた。それは大人として、そういう事を割り切っている黒江と、まだ少女らしい純朴さを残す坂本の差かもしれなかった。


――黒江の言う通り、扶桑海軍は扶桑海事変以後、皮肉にも、彼女ら自身の働きが原因で、ウィッチ至上主義が蔓延ったため、通常部隊としての空母機動部隊の整備は遅れていたが、未来世界主導で、第一航空艦隊が編成に加わった後、更に根こそぎ統合した第一機動部隊が新設され、主力空母の大半が同隊に所属となった。これにウィッチ達は猛反発した。『戦線では航空戦力が足りないというのに、何故、熟練ウィッチや空母を一箇所に集めたのか』と。だが、ティターンズがエセックス級やミッドウェイ級を集中運用し始め、500機を優に超える一大航空戦力で扶桑軍軽空母部隊を踏み潰すという悲劇が起こった結果、懐疑的であった空母集中運用の意義が再確認され、腕利きウィッチの多くは空母に集められた。ただし、大型空母は通常艦載機で埋まったがため、余った雲龍型に載せられる形となった。

「今後、空母の役割はウィッチ専用の強襲揚陸艦と、純粋な空母に分化するだろう。艦載機搭載数を航空ウィッチのスペースに取られるのは本末転倒だからな。ウィッチ専用艦を作っておいたほうが費用対効果も高いからな」

「ウィッチ専用母艦?」

「そうだ。今は余った雲龍型を転用したものになってるが、数年で最適化された設計の新造艦が生まれると思う」

ジェット化時代を迎えるこれからは、大型空母(80000トン超え)、軽空母(65000トンまで)、強襲揚陸艦(35000トンから50000トン程度)という風に空母型艦艇が分化していくのを説明する。陸軍船舶部が建造したあきつ丸もマスコミの多大なクレームの結果、組織ごと海軍に編入された(陸軍が空母を持つように見えたため、陛下からさえ文句言われたからである)。雲龍型の一部は(坂本から見れば)あきつ丸の親戚になったのだ。

「ん?それじゃお前、あの時……『知ってて』からかったな?」

「そういうこった。あの時のお前可愛かったしな」

「お前って奴はぁ〜!」

「おっ、腕上げたな」

坂本の木刀を片腕で受け止める黒江。小気味いい音から、子供の頃の太刀筋より鋭くなったのを感じる。

「当たり前だ。あれからもう7年にもなるんだ。私だって、お前達に追いつこうと鍛錬を積んできたんだ!」

「そうか……本来ならもう私も24だしなぁ。まぁ例の措置でこんななりだが」

「お前が最初に受けたそうだな?例の措置を」

「ああ。もっとも私は治療を兼ねたロリコン野郎のせいだがな……ゲッター線が濃い場所にいたんで、宮藤のやつと同じ体質になったよ」

「そうか……確かにアレだとウィッチに変化をもたらしそうだしなぁ。」


二人は、市内観光を楽しんだ。この時代には佐世保は軍港を中心に復興し始め、軍港機能が増強されていた。これは宇宙移民が進行した時勢故に、商港としての機能をあまり考慮せずに済んだためである。大和はここで近代化を受けていた。船体がある一定のところまで解体され、内部構造にも手が入れられていた。無論、武装などは撤去され、信濃や甲斐と同型の50口径46cm砲が搬入されている。歩哨に、軍服姿と、身分証を見せて、軍港に入ると、大和が近代化されている様子を確認する。

「随分と大掛かりだな」

「内部隔壁や注水可能区間を増大させるから、長くかかるそうだ。信濃や甲斐は今んところは現地改修に留まるが、コイツはその成果を反映した、より高度な改修が行われるって」

「あれ?武蔵で実験されたっていう、51cm砲にはしないのか?」

「うちらの技術で作ると、どうしても砲身命数が150発以下になっちまうそうだ。それは戦艦としては致命的な短さだ。だから46cmに留める。地上への艦砲射撃の精度も下がるしな」

そう。未来技術で作れば56cm砲も作れるが、時代相応の技術で実用に耐えうる限界は46cm砲であると、武蔵での実験で明らかになった。51cm砲以上に対応した防御の艦は完全新造の方が早くなるので、三笠型が新造された。大和型の上部構造物の改装度合いが割と低いのは、扶桑での保守整備との兼ね合いである。

「なるほど。ん?なんだあれは?」

「ああ、うちらに売り込む戦闘機を分解して輸送艦に積み込むんだろう。もう空軍第一世代は決まってるし、ライセンス生産が始まっているぞ」


「本当か?」

「ノースリベリオンのF-86。後退翼の先進的な機体だ。尾輪式じゃなくて前輪式の降着装置持ち。ジェット機時代迎えた後はレシプロでもこの方式が主流さ」

「国産機は採用しなかったのか?」

「国産のはまだ発展途上だし、リベリオンは愚か、カールスラントの後塵を拝してる程度の技術しかない。南方方面がきな臭い時勢には手っ取り早く高性能機を得たほうが早い。そこでライセンス生産になったのさ。技術覚えて、次の世代に生かせるしな」

「確かに飛行機は初めは外国から買ってたわけだし、技術習得にはいいかもな」

二人が見たのは、扶桑皇国に評価試験ということで搬入されるF-104、F-100、F-106である。扶桑空軍が設立間近である1945年8月時点では、空軍編入確定の343空や64戦隊など、各軍の高練度部隊へ配備が初められた。空軍司令人事は難航し、『史実』同様に内務省に属している官僚の上村健太郎氏を押す声があったが、これは内務省が存続し、警察官僚であった彼の都合上、不可能であった。その為に、職業軍人出身で、後の空自で航空幕僚長を務めたとされる者達を将官にすることが決定され、佐薙毅大佐、源田実大佐、松田武大佐らが空軍大将となる事が内定し、彼らはその前段階として、それぞれの軍で少将に任官されたという。

「まぁうちらは空自より金あるから、二種以上は採用されるだろう。太平洋戦争の航空戦に怯えてるから、主力機を一種に限定するのを嫌がるようになったからな、上は」


そう。航空戦力は主力戦闘機が陳腐化してしまえば、その軍隊の保有戦力の全体的な質をも低下させてしまう危険性がある。例としては太平洋戦争後期の日本海軍航空隊は零式艦上戦闘機の陳腐化が急速に進んだ事で、航空戦力が物の役に立たなくなり、最後には特攻という道を選んだ。それを嫌というほど示された扶桑皇国は主力機を一種に絞ることをせず、数種用意することで防空体制の盤石化を図るつもりなのだ。

「どんなのが有力だ?」

「まず、F-100『スーパーセイバー』の改型。コイツは世界初の実用超音速戦闘機。と言っても、当時の技術だと軽重状態でしか速度が超音速に達しないという欠点があって、すぐに性能は陳腐化した。と言っても設計的には優秀で、設計的には模範になった。うちに進められてるのは原型通りに作るんじゃなくて、アビオニクス、つまり計器類をもっと高度なものに積み替えて、エンジンをもっと新型のJ79に変えた独自仕様だ。次にF-104『スターファイター』。これは航空自衛隊の二代目主力機になった機体で、アビオニクスを強化した以外はほぼ史実通り。次にF-106。元々は防空システムと一体化した機体だが、うちら向けはその点を排除した仕様だ。ミサイルを減らして機関砲を搭載してる。もう迎撃機はドラケンで決まったそうだが、制空戦闘機が問題なんだよ」


――扶桑空軍の次期主力迎撃機の一角に食い込んだのは、なんとJ35ドラケンである事がここで明らかにされた。これは筑紫飛行機が戦闘機としての震電をダブルデルタ翼機に発展させる計画を実行させており、その技術習得を要望した事との兼ね合いである。ドラケンに試乗した横須賀航空隊のパイロットが絶賛した事もあって、ドラケンはインターセプトを主任務にする局地戦闘機として採用され、切迫していた時勢も重なり、南洋島防空部隊と本土防空部隊のいくつかを配備先にし、1946年度から予算が計上された。だが、改良はされたものの、あくまで扶桑にとって、『迎撃機であって、制空戦闘機には使えない』航続距離がネックであった。そこで別途、制空戦闘機を選定する必要があるのだ。F-106が候補に残っているのは、飛行性能面で扶桑好みの特性を持つからである。

「制空戦闘機、か……。なんか信じられんな。一年前までは650キロも出れば『高速機』なのに、亜音速、ひいては超音速機が急激に現れていってるとは」

「必要に迫られば、技術は発達する。レシプロ機だって、ついこの間まで500馬力のが飛んでたのが、一年で2000馬力級が現れたんだぜ?戦争ってのは皮肉だが、平時の10年分の技術革新が2年で達成されるような情勢が現れる。科学者にとっては天国のような状態だ。だから青天井の予算が与えられて、核兵器が造られちまうのさ」

「核兵器……あんな地獄のような光景を作るものをルーズベルトは……!」

「ルーズベルトはおそらく、核兵器で巣をぶっ飛ばすつもりだったんだろう。後の問題なんて、この時代の人間にゃわからんし」

核兵器の初期型は残留放射能の問題が大きかった。広島や長崎を使って行った『実験』の結果、アメリカは原爆から水爆に切り替えていき、やがてそれは反応兵器へと発展されていくという未来世界の記録を頼りに黒江は話す。

「核エネルギーはそれまでのエネルギーに比べて膨大なエネルギーを得れる。破壊力に転化したら都市一個は簡単にぶっ飛ばすほどのな。お前も地球連邦の歴史を見たならわかるだろう?」

「だからといって、40万人をいっぺんに殺す権利があるはずがないだろう!?戦争にもルールが有るはずだ!」

「ルールなんて、大国がいくらでも変えられる。それが戦争だ。非情になれなかった日本と違って、連合国は大和民族を根絶やしにする計画を実行する腹づもりだった。ダウンフォール作戦として」

坂本は広島や長崎の惨状からか、ルーズベルトを呪いたい気持ちを持っているようだ。扶桑嫌いで有名だった彼が、別の世界で実行したプロジェクトのせいで40万もの一般市民が死に追いやられたという事実。もし、8月15日に降伏しなかったら、本土決戦で大和民族が絶えた、あるいは東西分断の事態が確実視された。それがこの23世紀では歴史の一ページに刻まれているのだ。

「核兵器が出現した後は、反戦運動が常態化して、数百万人が死ぬのが確実になり、戦争をおいそれ起こせなくなった大国は代理戦争という形で小競り合いを起こして、軍需産業を満足させた。大戦の後は東西の超大国が睨み合う状態が半世紀は続いたそうだ。アメリカとソ連邦という」

「ソ連邦?」

「ロシアで革命が起きて、ロマノフ王朝が打倒された場合に成立する国家だそうだ。共産主義という考えを国是として生まれたそうだが、時を経るに従って矛盾点が表に出始めて、90年代初めには崩壊するそうな」

「90年代か……50年も先のことを話すなんて変な気持ちだよ」

「その時代にこの間までいたんだぜ?」

「そうだが、なんか妙な気分だったよ。新宿や渋谷、原宿からはなんといおうか、ニューヨークにいるみたいで……帝都にいるという感覚が感じられなかった」

「私だって、最初はそうだった。だけど、その時代の雰囲気を知れば納得さ。経済にひたすら邁進した繁栄の最後の時代だからな、あの辺り」

「資本主義という奴か?なんでもアメリカだな、あの時代は」

「日本は扶桑と違って、1868年から急に近代化した国だ。手本を必要としたんだよ、近代化の。明治からドイツびいきが多かったのは、ドイツがかっこ良く見えたからなのさ。うちらだってその毛はあるだろ?」

「確かに」

「だけど、ドイツ式を手本にしたら、時代が進むにつれて矛盾点が大きくなっていった。第二次大戦で、ドイツの独裁体制と手を組んだ戦争の結果、皇国は見事に崩壊した。その後にイギリスやアメリカ式の国家に生まれ代わった姿だよ。だけど完全に戦前期の要素が消えたわけでもない。その状態が今の23世紀まで続いている。アメリカとは途中で仲違いしたが」

「何故だ?」

「統合戦争の時期には、衰退が始まって久しかったアメリカだが、国際秩序の崩壊を恐れた先進国への建前上、軍事力は維持していた。だが、色々な問題もあって、白人至上主義者が大統領になっちまった。そいつの発言が日本の怒りのボルテージをMAXにし、統合戦争の最後の一ページに『凄絶な報復』なんて書かれちまったのさ。しかし軍事的遺産は大きいぜ。今言った機種は、ほとんど米国の機種だしな」

――そう。米国の国そのものは衰退した状態で地球連邦時代を迎えたものの、軍需産業はアナハイム・エレクトロニクスの台頭などのおかげで、往年よりもむしろ繁栄していた。旧米軍の機種の再製造・保守点検などはその軍需産業の血を受け継ぐ者達がアナハイム・エレクトロニクスなどの『大手の傘下』として行っていた。ただし旧各国の航空機もライセンスで製造可能なため、その辺は連邦時代の恩恵でもあった。

「政治的に衰退しても軍事的には変わらず栄えたか。いいのか悪いのか……ドラケンはどこの国のだ?」

「たしか、スウェーデンだったような……。震電のメーカーが導入を後押ししたらしい」

「あそこが?」

「なんでもジェット化した震電の参考にしたいそうな。レシプロ機としては中止だけど、ジェット機としての有望株としては、開発が承認されたと聞いた」

「空軍のは国産機の入る余地ないが、海軍なら十分に入れる。米軍のが日本のに適合するとは限らないという事で、海軍はしばし独自路線でいくそうだ」

――坂本はそこに扶桑海軍の誇りを垣間見たらしく、安心した顔を見せる。しかし裏を返せば、設計段階からの完全な国産戦闘機が飛んだのが21世紀半ば頃以降であるという事実が横たわっていることでもある。黒江としてはそのような点から、独自路線を心配していたりする。

「ところで黒江」

「なんだ?」

「最近、同期の藤田から聞いたんだが……軍の一部で未来人への反感が高まってるというのは本当か」

「ああ。ご老人達や既得権益にすがりつく前大戦世代のエクスウィッチとか、地主とか色々だよ。意外に青年将校達は思想的に追放に合わなかった思想の奴らを中心に迎合してるから、向こうからは驚かれている」

「何故だ?」

「ここの記録にある戦争前のわりと近い時期のクーデターは、全て血気に逸る青年将校達が独断で起こしたものだ。それで未来人達は青年将校達を極秘に思想調査するほどアレルギー反応があるのさ。それでアウトだと、即追放さ。それでも機械化に適応できない連中や、暁部隊を海軍に取られたことで恨みを持っている者とかが裏で手を組んでクーデターを計画してるというのは掴んだらしい」

「だったら何故、未然に潰さない?」

「敢えて暴発させることで、国民にクーデターの非正当性をアピールして、陛下の名のもとに不満分子を根こそぎ潰す大義名分を得るためだろう。未来の日本人達は第二次大戦にボロ負けしてからというものの、大義名分に異様なほど拘るからな」

黒江は感性が現在人に極めて近くなったとは言え、『戦前の職業軍人』的気質も残っている。それから見ると、地球連邦を事実上、牛耳る旧・日本国の体質は異様に見えるのだ。戦後、統合戦争に至るまでの日本国の軍事政策は『大義名分』を欲しがっているように見えた。大義名分など、勝てば官軍の論理で後世が判断するのに、再軍備に至るまでに100年近くを費やした理由が、『その時々の国民の思想や論理に振り回されていたから』というのはなんとも情けないらしい。



――クーデター後、扶桑陸軍は急速な機械化と引き換えに、大陸領土奪還名目で拡大した組織規模を縮小され始め、陸軍船舶部である暁部隊が全員、組織ごと海軍に編入された。これは国防軍時代でも陸軍が船を持つことは禁じられていた事が要因で、サイパン島やガダルカナル、ペリリューの虐殺のトラウマを持つ日本人達は陸軍は『陸のことだけ考えればいい』と言い放ち、独自に輸送潜水艇として設計したまるゆ(三式輸送潜航艇)の建造用資材を全て戦車製造に回してしまった。また、海軍陸戦隊を改編し、常設組織化して事実上の海兵隊化させてしまうという軍の頭ごなしに行われる軍政行為は当然ながら陸海軍の高官らの怒りを買った。だが、彼らには負い目があった。『彼らの故郷を自分達が一度破滅させた』という罪の意識にさいなまれた者は陸海軍問わず多く、地球連邦が議会と皇室、軍組織の中枢を押さえて実行する軍政に表立って反抗する者はいなかった。だが、反感はやはり育っていた。地球連邦による間接的統治に気が付き、既得権益を守らんとするもの、扶桑に根付く伝統を守らんとし、西洋的文化のこれ以上の流入を防ごうとする者と様々。黒江が『暴発する』といったのは、この時期にはクーデター準備に入っていたからでもあった。だが、様々な技術を以ってして盗聴していた地球連邦軍は既に事前に鎮圧に動いており、彼らの行為は既に『徒花』となっていた。


「大義名分か……確かに織田信長公も大義名分を得ることで、足利を一時的に匿ったが、世界が違えど、同じような気質を持っていたのが一度の破滅で更に加速されたという事か……」

「そういうことだ。さて、この近くのテスト場にいくぞ。オメーのご執心の烈風の改善型の三速が試作されたそうだし」

「すると、完成したのか?」

「ああ。ただし二段過給器付きに改善されたから、形が変化したそうだぞ」

――坂本が欲しがっていた烈風は量産が遅延している間に紫電改が性能面で追い抜いてしまったため、改善型の開発が進められた。もっとも、ジェットに注力する宮菱にとってレシプロストライカーはそれほど重要ではなくなっていたが、戦線のウィッチの要望も高かったため、未来世界で工場を開いて生産する方法で生産ラインを維持した。そして、当初から設計を改善した烈風三速が実用化され、テストが二人によって行われた。



「ふむ……速度は720キロほどか。もっと速度出ないのか?」

「艦上脚ですから。それに740以上出すには2500馬力が必要です。2200馬力級としては上々です。P-51が異常ですって。」

坂本は他国で開発が進められているシーファングやF8Fなどと比較して、不安を述べた。だが、烈風は機体設計年度が1943年度で有る事を差し引いても実用日本機(扶桑機)最高速度を更新し、武装も五式三十粍機銃とされるなどの改良が加えられている。レシプロ機としては最高レベルの機体には違いない。ジェットまでの繋ぎ役には丁度いいが、それ以下でもそれ以上でもない。事実、扶桑はこれ以上のレシプロ機の新規開発を打ち切っている。

「そうか……」

「実用化される課程で工作精度が上がるから10キロ程度は伸びるから、それで我慢しろ。F8Fよりは十分に優速だし、元々が艦上脚なんだから、これ以上の贅沢をいうな」

「うむ……。もしかしたら、これが私が最後に使う機体になるかもしれんな」

「そうか。お前、そろそろ『来始めた』か…」

「ああ。20になったからな…。急激に来るとは」

「個人差だしな。私はもともと減衰が遅い体質だったが、それでも前の時は20が限界だった。たぶん私達は貯水タンクから水をちびちび汲んで飲むようなもんなんだよ。リンカーコアがある時空管理局にいる弟子たちは一生魔法を使えるからな……私や穴拭、ヒガシは今はそっちよりになっているが、歴史を弄くる前はお前と同じ悩みを抱えた。お前は小学校からそのまま軍に入った最後の世代だからな……余計に不安なんだろ?」


「ああ。事変後に除隊した同期が言ってたが、小学校から軍隊に入ると、それ以外の生き方を知らないから『女性としての幸せ』を掴めなくなる。私もそうさ。小学校以外は軍しか知らない。だから、戦場で死ぬ覚悟はいつでもあった。だが、たかだか20になったくらいで力を失うというのは、耐えられないんだよ」


――扶桑皇国海軍は1945年以後、兵器の高度化などを理由に、付属小学校からの軍入隊を取りやめていた。これは坂本ら世代が扶桑海事変後に一旦除隊したりしたものの、市井の生活に馴染めずに軍に復帰する事例があったからで、これを重く見たからだ。結果的に坂本らは付属小学校からそのまま入隊が約束されていた最後の世代となったが、坂本は軍人として、その青春を費やしてきたために、一介の女性としての幸せには馴染めない。武士として生きるしかないという決意を固めたものの、無情にも魔力減衰は少しづつ坂本から力を奪っていく。故に不安なのだ。坂本はロマーニャでの戦を死に場所と考えている。老兵と揶揄されている自分の最後の花道として。

「だから黒江。引退するまでにもう一度、お前と同じ部隊になれて良かったよ。これで私の腹は決まった」

「坂本、まさかお前……!」

「ああ……この戦が終わって、生き残った暁には、私は一線から退く。若い世代にウィッチとしてあるべき姿を示すのが私ら世代の最後の務めだ」

坂本は微かであるが、一線から退いて、教官の任務につきたいという心を吐露した。北郷から受け継いだものを宮藤達に伝えるのが現役最後の責務と考えているのだ。

「お前らしいな……しかしお前が教官ねぇ。若い頃からは想像つかないなぁ。昔はいつも泣いてたし」

「う、うるさいっ!これでも15くらいの頃はリバウで、醇子達を鍛えてたんだぞ?宮藤や菅野達を一人前に育てて、後を託したい。エースと言われ始めた頃が一番危ういしな。ほら、穴拭の奴だって、若いころに深追いしすぎて落とされそうになっただろう」

「あー……あれか。アイツは突撃馬鹿だからな」

「お前も若い頃は似たようなもんじゃないか?」

「うるせい」

テストをしつつ、雑談する二人。テストの結果、烈風三速は良好な性能を持つことが確認され、2ヶ月後に同機の戦闘機が完成したのを期に、初期型紫電改を代替する補助戦闘機として、一定数が発注された。そして烈風のポテンシャルを限界まで向上させた同機はジェット機である震電改二型が採用され、F8Uの補助という名目で、ストライカーとしての同機の配備が完了した1950年代後半まで生産が続行されたという。

「ん…通信か?……お、西沢か。お前、今何してるんだ?そうか、おごるって?マジか、いいのか…サンキュー」

「義子からか?なんだって?」

「ちょうど教官任務でこっちにいるそうだから、飯おごるってよ」

「……もう一回言ってくれ?義子が?なんだって?」

「教官だって」

「……はあ!?無謀な!上は訓練生を殺すつもりか!」

「おいおい、そりゃ言いすぎじゃねえのか?」

「お前はあいつの性格や、リバウの事を知らないからそう言えるんだ!ああ、死人出てないか……?」

完全に顔面蒼白で、大いに狼狽える坂本だが、実際のところは西沢も中尉昇進と共に、教官任務を否応なしに押し付けられる様になったので、実はそれなりに様になっていたりする。テストを終え、待ち合わせ先のファミレスに行くと、西沢が席を取っていてくれた。

「おーい、お二人さーん。ここだここ」

「義子……お前、中尉になぜ昇進した!万年曹長じゃ?」

「陛下があたしの事を言及して、答えに窮した軍が、今更言い訳がましく、昇進させたのが本当のところだ。注文は?」

「私はマグロ丼だ。坂本は?」

「そうだな、カツ丼で」

ウェイトレスに注文を伝えると、三人は日頃の愚痴や事情、未来世界への適応などをしゃべりあった。坂本はどうにも戦後日本のアメリカナイズされたところには馴染めないらしいが、食べ物に関しては満足気。西沢は士官となった事で増えた仕事の苦労や新型機のテストをやらされている事を、黒江は空軍で中佐となることが内定し、飛行隊司令に収まりそうだという事を話した。

「しかし、なぜ上は急激にジェット機の導入を推し進めている?烈風や紫電改の採用からだって、まだ一年と経ってはいない」

「戦時だと、軍用機の機種寿命は一気に縮まる。一年もあれば飛行機は旧型になる事がここでの第二次大戦中にはままあった。それを三年以上使えば勝てる戦も勝てなくなる。それを未来人から思い知らされた上の連中はm当分、更新の必要が無くなるくらいの高性能機を求めた。それが戦後世代のジェット機っつーわけだ」

「何故だ?ジェット機と言えど、同じような状況は起き得るはずだが」

「高性能ジェット機を作るには色々な技術の壁があんの。耐熱合金の性能。機体設計の優秀製、そして火器管制装置や電探の性能……第3世代を迎えた頃にゃ価格が高騰化してきて、ある機種を数十年は使い潰すなんて、よくあったそうだぜ」

三人は軍機に触れない程度の会話(この頃には地球連邦のニュースで扶桑軍の機種選定については知られており、特段問題はない)

「金、か……なんかそれ聞くとみみっちくなるなぁ」

「しゃーない。軍用機ってのはお高いんだ。零戦だって、うちらの貨幣価値換算で5万円で、コスモタイガーで日本円換算で、数十億円程度とサラリーマンが一生働いても稼げない金額するんだ。軍事予算は限られるし、数ヶ年とかの計画で揃えていくのが当たり前だってよ」

「つまり私達の時代のように、車を作る感覚で1000機とか一気に揃えられないというんだな?」

「そういうこった」

――そう。曲がりなりにも第二次大戦後の民主主義国家の軍事予算はたとえ大国といえど、少なめに計上される傾向がある。戦時状況が数年ごとに繰り返されるこの時代の地球連邦政府でもそれは例外ではない。それを四軍で分け合う(空間騎兵隊は宇宙軍の付属部隊である)都合上、航空機の更新は割と優先順位は高いものの、新コスモタイガーは重要拠点や高練度な空母部隊、宇宙戦艦ヤマトなどの有事即応部隊が優先され、可変戦闘機との食い合いもあり、連邦軍は思うように航空機の更新を進められていない。扶桑軍もそれを承知で、『たとえ、少数でも自分たちが手の届く範囲内で高性能機を』とジェット機を導入してきているのだ。これは南洋島へのティターンズの空襲が現実味を帯びてきており、南洋島を失えば扶桑は史実日本同様の少資源国に転落してしまうのは確実。南洋島防衛に国の存続を賭けるあたり、その重大性が伺える。


「しかし、ジェットの導入を進めたところでパイロットやウィッチの育成が追いつくとは限らんだろ?」

「即応性が高いところの部隊の奴らを連邦軍に送り込んで研修させたり、地球連邦軍からの出向とかいう形でパイロットは確保している。ウィッチは時空管理局からの出向とか、私達が育てて使えるようにするとか……そうだお前、臨時で講師してくれ。実は私、筋肉痛になっちまって、明日は病院の予約入ってるんだよ。軍病院に行って、シップもらってくる」

「そういうことならお安いご用だが、大丈夫か?」

「昨日、プールでクロールしたのが不味かった…。普段泳ぎ慣れてないからなぁ」

「お前は陸軍だからなぁ……。義子、そういうことだが、いいか?」

「あたしはいいぜ。久しぶりにお前と飛べそうだしな」

呵呵と大笑する西沢。教官任務は気苦労が多いらしく、さしもの彼女も若干痩せている。坂本はなんだかんだで教官を務める彼女の様子が気になるようだった。この時ばかりは坂本も若手時代の気楽さに戻れたようだった。これが坂本にとって、西沢と現役期間中に雑談した最後の機会となった。坂本の最終的な撃墜スコアは公式記録で、大小50機のネウロイ、10機のMSを撃墜したとされる。現役引退後は教官や空母や強襲揚陸艦の航空指揮管制官としての道を歩む。軍隊を退役したのは、土方と結婚した70年代頃であったとされるが、その後にどのような人生を送ったかは、定かで無い。黒江がその詳細を知るのは、そこから随分と後の事である…。



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