外伝その87『ロマーニャ戦への再びの序曲』


――二度目においてのロマーニャ戦は連邦にネオ・ジオンの介入が知らされた事もあり、連邦軍はジオン残党相当には張り切る性質がある二度目において、ジオン脅威のメカニズムを体現したのが、ザメルの投入であった。偵察に出た孝美が目撃したのは、その攻撃をしている最中のザメル部隊であった。

「せ、先輩!」

「なんだ騒々しい。怪異ならお前一人でも……」

「そんなんじゃありません!ジオンの重モビルスーツが!」

「ジオンだと!?特徴はわかるか!?」

「背中に大きな……大和以上に大きい砲を担いだ機体が何機も!」

「弾道を解析しろ!ザメルの主砲弾危害判定は700m以上だ!お前にはまだ情報端末は渡してなかったから、口頭でそいつの射程を伝える!」

「ええ!?そそ、その場で弾道計算を!?」

「ジオンが来ているなら、悠長にこっちで計算してる余裕はねー!お前、今は海軍だろ!兵学校で砲術やってないのか!?」

「無茶言わないでくださいよ!私の代くらいからは砲術はカリキュラムから省かれてるんですよ!?」

「無理でもやれ!状況は急を要するんだぞ!」

応対した黒江は、ブライトばりの無理難題にチャレンジさせた。ロンド・ベル流の『無理でもやれ』である。ロンド・ベルがあらゆる状況に対応するための部隊であるため、門外漢な事でもやらされ、機関要員以外の全ての経験がある。それを孝美にやらせたのである。孝美は、この時にロンド・ベル流教育の洗礼を受けたと言える。通話中の黒江は基地でロマーニャ半島の大地図を広げ、手持ちのザメルのガレージキットを確認された座標に重なる位置に置き、そこから予測される攻撃目標を推測していく。ザメルのスペックはガレージキット作りやゲームで覚えているが、実機は差異がある。手伝いにシャーリーやハルトマン、菅野を駆り出して、基地はてんやわんやだった。

「黒江さん、ザメルの砲の射程は何キロだ!?」

「50キロって、ジオニック社とかの情報にあるぞ!」

「近くに連合軍の基地はねーぞ!」

「物資集積所と飛行場もか!?」

「ああ!飛行場は地下化したはずだしな」

「待った!その射程だと……、スカファーティが射程に入るぞ!」

菅野が気づく。

「この時点での人口は?」

「21世紀で5万人だから……この時点だと、数万人じゃないか!?」

「そこを砲で殲滅でしようって腹か!?孝美!弾道計算はどうだ!?」

「……間違いありません。敵の目標はスカファーティです」

「付近に連邦軍の部隊はいない、か。お前はすぐに帰還しろ!私達がVFで叩く!」

「せめて、フリーガーハマーか対物ライフルを持ってくれば…」

「モビルスーツの装甲には、ウィッチの射撃武器は通用しない。それに歩兵まで携帯型の誘導弾を持ってる軍隊に対策なしで挑むなんてのは、21世紀の途上国でも、テロリストさえやらん。とにかく帰投しろ」

「り、了解…」

MSに対応可能な武装を有するパワードスーツを着込んでいるならともかく、孝美は生身で、しかも13ミリ機関銃が手持ち武装である。黒江達のように聖闘士でもなく、接近戦技能があるわけでもないため、引き下がるしかなかった。彼女もこの事で『ウィッチとしての力が及ばない領域の力』を実感し、力を求めるようになるのだった。


――基地では、一度目では使用許可が最終決戦まで出なかったVFの使用に入った。操縦技能ありの者を数人選び、格納庫でエンジンを起動させる。

「お、おい!なんだよ、これは!?」

「何って、可変戦闘機だけど」

「なんで持ってんだよ!?ずるいぞー!」

早合点して、格納庫に来たマリアンが抗議する。

「大尉、もしかして、ストライカーで出ると思ったのか?」

「サイレン鳴ったから反射的に……。でも、こんなすげえの初めて見た!?」

「大尉、飛行機の操縦技能は?」

「ライセンスは取ってます。それと、航空力学を普通学校にいた時に専攻していましたが……」

「飛行機乗れるんなら、ガウォークまでならどうにかなるな。よし、あそこにある予備機の一つを使え」

「待ってください。なんで翼が逆V字についてるんすか、あれ」

「前進翼だ。ジェット時代では用いられるものだ。飛行機の動かし方が分かるんなら、後は体で覚えろ。シートにパイロットスーツがあるから、隅のロッカーかどっかで着ておけ」

「は、はい」

「あ、それと、サイズ合わせないと膨らんで動けなくなるからな!ヘルメットに照準器が付いてるから忘れるなよ!」

――広報室では、坂本が日本向けのプロパガンダに苦心していた。坂本は前史で扶桑が日本の流布した情報に散々に振り回された教訓から、黒江達の調達していたVFを宣伝に使用した。

「美緒、可変戦闘機をプロパガンダに使うなんていいの?オーバーテクノロジー過ぎないいかしら?」

「日本の大衆は軍事に無知だ。我々を何でも屋だと思っとる。おかげで元の夜間戦闘機閥や局地戦闘機閥はかなり泣かされた。要するに、奴等は『高度10000mの爆撃機を叩き潰せば』黙る」

坂本の言う通り、扶桑軍は前史/今生の両方で日本の大衆からのクレームに直面している。その代表的なのが『高度8000以上で行動不能な飛行機なんて使うな』、『防空体制はどうなっているのか』、『時速600キロも出ない飛行機なんてガラクタ』で、二つの歴史で共通する事項だ。日本人は軍事、それも第二次世界大戦のレベルにすら無知で、かつての自国を嘲る傾向が強い。坂本が前史で痛感したのは、漫画などの影響もあり、『日本軍の使用していた航空機の殆どはB-29に低空でも敵わないガラクタ』とする認識で、異常な700キロという速度へのこだわりだった。扶桑/日本は速度よりも軽快さを選び、搭乗員がそれを好んだ事を考慮せず、ガラクタ呼ばわりされるのは、二回目でも腹が立つ事である。実際の空戦では、カタログスペックに劣る日本機がF6FやF4Uを捻り潰した事例がいくらでもあるし、日本機の機動力であれば、ヒラリと避けられる。それこそがパイロットが求めたものだ。

「大衆は戦果を欲しがるものだ。目に見える、な。特に日本は特別だ。太平洋戦争で『戦争』そのものに数世代は解消されぬほどのトラウマを負い、アメリカの後追いが正しいと信じている。だから、彼らにしてみれば『ウチの国は技術音痴』だそうだ。聞いて呆れるがな。奴等の政治音痴にはかなわんよ」

「彼らはどうして、この時代に造られた自国の飛行機よりも、P-51を盲信しているの?」

「空襲のせいだ。パイロットの練度低下と機数の低下、散発的な行動で、日本は全国の空襲を防げなかった。マスタングが速いからって、それが最強だと信じている。子供のようにな」

「速さが全てを決する、か。空戦は車のレースじゃないというのにね」

「奴等の認識は『米軍の高性能機にゼロ戦は歯が立たなかった』だからな。日本は資源も燃料も、工業力も無かったから、試作段階では強い機体をそのまま量産できなかった。それが知られているから、長嶋飛行機も泣いとるよ」

「どうして?」

「日本の新鋭機不調の原因の半分以上は、長島飛行機の同位にあたり、戦後に自動車メーカーに転身した『中島飛行機』の作った誉エンジンにあってな。無理な小型化を軍が押し通したから、前線では不調が常態、精鋭で鳴らした343空ですら、エンジンが完調の機は半分もない有様だったんだよ」

坂本は二度目では、一度目と真逆に、長島飛行機に同情的であった。『日本ではこうだったから、欠陥品だ』という理不尽なクレームで、誉エンジンの大量生産契約が取り下げられ、建設中のエンジン工場の生産品をジェットエンジンに切り替える必要が生ずるなどの損害をこの時は既に、長島は被っていたからだ。また、誉エンジンの細かい部品製作を手作業で行っていたのも彼らの不幸であった。エースに送った試作品のいくつか(レイブンズへのも含めて)が前線で不調を起こしたのがとどめになった。特に黒江や智子が未来で使用したキ84に使われた個体は、エンジンの排気が不均等、発電機が度々不調を起こすなどの不具合が多い不良品だった。二人が未来での使用時に墜落しかけたのを知った陸軍航空行政の長(当時)が『我が軍の至宝と言えるウィッチを殺すつもりかね!?』と怒鳴り込む事態となった。その結果、ハ43(マ43)が誉に代わって主力となり、ジェット/ターボプロップまでの繋ぎを果たすのである。智子はその事もあり、84よりも100を好むようになった他、黒江もキ100を使用する事が多くなる。その為、二人は前身のキ44で名を上げた筆頭格でありながら、あまり84を好かないようになってしまった。

「おまけに、あいつらの出したレポートがトドメになった。前身と言える機体で名を上げたという経歴があるから、それが彼らのエンジンの軍用エンジンとしての命脈を断ってしまったのさ」

「可哀想ね」

「長島の技術者が不憫だったもんだから、今回の事になってから、黒江が写真に取っていた『機体の銘板から製造元の工場を辿って』調べてやったよ。そうしたら、下請けの下請けの下請け、末端の町工場に毛が生えたくらいの製作所が制作した個体だった。流石に彼らに同情したが、エンジンの鋳造に使う金型が崩れていたんではな」


「あ、ああ……。それじゃ駄目ね」

「これが日本の言うクレームなんだなと悟ったよ。それ以来、あいつらは川瀧のキ100をレシプロでは好んでいるんだが、諌めておいたよ。製作所の努力は認めてやらんとな。近代の国家総力戦に求められるのは、ベルトコンベアで生産される生産品だとは分かるがな」

「彼女らの気持ちも分かるわ。マルセイユ中佐も、そういう事態で墜落した事があるもの」

ミーナは二人がその時に抱いた感情に理解を示しつつ、坂本が『技術者の罪ではないんだ。許してやれ』と諌める理由も分かる。製造工程での不備が原因であるので、技術側の罪ではないが、死にかけた側としての『文句を言いたい気持ちも』もマルセイユに起こった事件の事から知っている。恐らく、実戦の最中に起こり、力に覚醒していない時期であったため、二人に『死の恐怖』がよぎったのだろうと推測する。今となってはどうということはないことだが、当時は死活問題だったのだろう。なので、坂本がその解決と和解に動いたのも当然であると考えた。

「お、この写真は使えそうだな」

「VF-19系なんて出していいの?」

「インパクトがなきゃいかんからな、プロパガンダっていうのは。日本人は鎖国やってたせいか、どうにもすぐに誰かに責任押し付けて『スケープゴート』にしたがる傾向が強い。今回もかなりその被害にあった者は多い」

「何故なの?」

「民族性だ。日本は東条大将が戦中に統制に必死になっていたのを否定しているから、彼がしたような統制に加担した者を悪と決めつけて排除したがる。確かに前田侯爵が前線送りになったのはいけないことだが、彼の復権を駄目にするために、彼を蟄居させたのはな」

「つまり戦争に全てを集中させるのは間違いだと?」

「そういう事だろうな。彼はこの世界でも、扶桑海の戦争指導に失敗した。だが、いくらなんでも、同位体が国家を破滅させる引き金を引いたという理由で名誉剥奪はやりすぎだろう?」

坂本は東条に同情的だった。確かに、東条はトップになるべき人材では無かった。永田鉄山亡き後の統制派の人身御供にされ、天皇陛下に忠臣と評価されていた故に総理大臣にされた。が、肝心の当人にトップの素養がなかった事、憲兵司令上がりという経歴から、国民統制に憲兵も用いていたのが彼の総理としての手腕に疑問符をつけざるを得ないところで、A世界でも、浦塩防衛に無策であった。

「日本は東条大将とその腰巾着になっていた者達、それとある期の青年将校を敵視している。その上、今の作戦参謀達を無能呼ばわりしている。純粋培養の無知なノータリンとさえ罵ってな」

「扶桑はそんな目に?」

「ああ。作戦参謀の多くは史実で負けた作戦を立てたとか言って、尽くが僻地送りで、仕方がないから、自衛隊の同職種の幹部が作戦を立ててる始末だよ。まったく、日本人の一部は我々を原始人並に見下すんだからな」

扶桑軍の大本営の統合作戦参謀本部準備室の中枢にいた『将校』は作戦立案を得意とする日本の幹部自衛官と地球連邦軍の参謀達で占められ、生え抜きの扶桑軍参謀の殆どは関わることすら許されなかった。これには対人作戦に無知な事、もう一つは思考が普仏戦争相当でしかなく、立体戦が考えられない事も関係しており、これがウィッチの存亡に関わってくるのである。黒江が危惧しているように、ウィッチは少数精鋭である上、この時期には対人戦など範疇に入っていない教育と倫理観になっている。それがいきなり、近代以後の殲滅戦もありの戦いに投入出来る訳がない。その事実があるのと、近代兵器のシステム化には異質な存在であるので、ウィッチ側から歩み寄らなければ、儀仗的立場でしかウィッチに居場所は無くなる。黒江達が戦果を常に求められるのも、加速度的に進歩する戦場で、ウィッチの居場所を守るという政治的理由がある。

「私達はこれからは政治的意味合いでも戦果を求められる。『居場所』を守るためにもな。だから、スリーレイブンズの現役復帰が歓迎された。今までなら、現役達が疎んじるはずだからな。前史の私やお前のように」

「あの三人の威光にすがるしか出来ないのね、私達は……」

「それが現実だ。若い連中に『人を殺せ』といきなり命令できるほど、今のお前たちは軍人ではない。あいつらも『ウィッチ』ではあっても『軍人』ではない。それが悲哀なのだ。これからの、な…。レイブンズは未来でも生き抜き、ジオン残党狩りをしてきた。それが私達の倫理観的に褒めるべきことかは分からんが、政治的には喜ばれるだろうさ」

「美緒、貴方はレイブンズの全てを無条件には受け入れてはいないのね?」

「私人としては親友であるのには変わりはないが、戦人としては、私とは違うスタンスだからな。あいつらは話し合いの余地がない敵には容赦せん。それが先史でのお前が抱いた反感だったよ」

「レイブンズは良くも悪くも、『戦士』だと?」

「そうだ。複数の世界を渡り歩いて完成された戦士。私は近世の武士であろうとしたが、あいつらは近代の兵士と、それ以前の時代の武士/騎士とが混在している存在とでも言うべきだろう」

レイブンズはメンバーが聖闘士に在任してもいるため、士道や騎士道を重んじる面と、近代兵士としての合理性が混在する思考を持つ。坂本は情け容赦の無さには反感があるが、相手が化物のような相手なので、仕方がないと割り切った。ミーナにそれを言ったのは、前史の経緯があるからだろう。

「お前やサーシャ大尉らの気持ちはよく分かる。だが、世界は『残酷』だ。綺麗事で回るほど甘くはない。それを受け入れなくては、軍隊にウィッチはいられなくなる。そして、愛する者も守れん。お前はそれを知っているはずだ」

「あの人のことを引き合いに出さないで…!」

「前史でも、お前はそうやって現実から目を逸らし、三人に敵対心を抱いた。……ミーナ。クルトを失った悲しみは分かる。が、現実から目を背けるな。今のお前の家族は……あいつらなのだろう?」

「美緒……あなた…」

「私は自分が築いた実の家族の絆を守れなかった。前史の晩年は娘と不仲でな…。だから、お前には、私が憧れていた『お前』であってほしいんだよ」

逆行した者として、ミーナの姿に羨望を感じていたと告白する。それは魂からの言葉である。前史で実子と不仲になり、親友である黒江の心に闇を残してしまう結果に終わったからこそ、ミーナには『光』であって欲しかったのだ。

「年寄りの戯れ言と思ってくれてもいいが、頭の片隅にでも置いておいてくれ………頼む」

坂本は前史を生き抜いた者としての意味合いで、自らを『年寄り』と表現した。1945年当時は20歳であるが、逆行前の歳月を加えるなら、老年と言って良い。ミーナは坂本の手を握りしめる。強く。

「逆行しても、貴方は貴方じゃない。だから、そんな自虐的な物言いは止めて……。前回が駄目なら、今回に全力を尽くせばいいじゃない!貴方は貴方のままでいて……『坂本美緒』として……」

「すまない。『歳をくって』弱気になっていたようだな……。お前とこうして語らえたのも、私に取っては何十年ぶりかなんでな…」

坂本個人の感覚では、ミーナと語らったのは、前史でのベトナム戦争以来の事である。ミーナが先に亡くなっていた事もあり、今生で語らえた事は坂本には幸福な事だった。ミーナは坂本の逆行者としての姿を見る事で、成長していくのだった。




――それは黒江にも言える事であった。黒江は前史での後悔を引きずっていた事もあり、智子や芳佳、圭子などの理解者と言える者達には純真な少女『あーや』の作用した状態の主人格『あやか』を見せる。これはあーやと綾香が融合した状態と言える『最終的な』人格で『言葉づかいは綾香だが、あーやの純真な面が強く作用した行動原理を持つ』。普段の外見がミドルティーンとなったり、後輩達の前で、ストロンガーの活躍に興奮したのは、それまでの二つの人格が融合した影響によるものだ。言動は『綾香』の荒さを保つが、『あーや』としての純真さも垣間見える。それが圭子との『別れ』を経て完成された精神なのだろう。

(先輩、話に聞いていたより……優しい?噂では『戦闘狂』だっていうけれど……)

孝美は帰還途上、新たな上官となった黒江への印象を思う。黒江には妹のひかりのような純真な面があるように思えた。同時に背中に寂しさをも感じさせた。

(直枝は言っていた。あの人は純粋だと。直枝、貴方は知っているの?あの人の心を。どうして貴方が慕っているの?教えて……直枝、邦佳先輩…)

孝美は年齢は黒田より年上だが、入隊年度が遅いため、黒田を『先輩』と呼ぶ。黒田も孝美には先輩として接しており、意外な関係と見られている。孝美は14歳で海軍少尉任官、リバウ撤退戦が初陣だが、黒田は陸軍とは言え、扶桑海が初陣である。この時期は、このような『実年齢が自分より下な先輩を持つ』ウィッチは扶桑には少なからずいる。黒田はお気楽極楽ウィッチであるので、後輩としても付き合いがしやすい。孝美は黒田とは、上官の偵察という意味もあって付き合っているが、それが打算ではない真の友情に昇華するには、今しばらくの時間と、『先史の自分』を知り、自分を第三者として見つめ直す事、黒江の人となりを理解する必要があった。それを『知る』黒田は、基地の黒江の部屋の清掃作業の折に何かを見つけ、微笑んでいた。その何かは、前史における黒江との友情の証と言えるもの、また、孝美が前史でたどり着いたであろう答えの片鱗だった……。

(先輩……。持ち込んでたんだ……前の時に渡してたこれ……。いや、写しかな?)

黒田が逆行者であるかは定かではない。だが、前史の記憶を確かに受け継いでいるらしき節々も窺わせる。黒江の理解者であり、その腹心として行動している事実、菅野を『従えている』事から、逆行者である事を裏づける証明が点在している。見つけたのは何であろうか?また、黒江が逆行で神域に達した証拠としては、赤ズボン隊との模擬戦の後に起こった、前史では配属されていなかった中島錦との模擬戦の際に、キ44Vで黒江に挑み、剣でも食い下がってきた時だった。

「ふむ、キ44の最終型を持ってくるとは思わんだ。お前が今の44使いか、小僧」

「小僧ってなんだよ、小僧って!オレは17だぞ!」

「そういうキャラ飽きた!菅野と被ってんだよ!それに、なんかサーフボード乗ってそうな声しやがって!」

「はぁ!?」

黒江は錦の声質が、2000年代にヒットした『交響詩篇エウレカセ○ン』の主人公にそっくりで、一人称も『俺』である事から、そう突っ込んだ。当然ながら、錦は当惑する。(エウレカセ○ンのヒロインはリーネのような声なので、錦とリーネを組み合わせると、脳内でエウレカセ○ンのOPが再生されると、智子に言っている)それと、錦はそのキャラが菅野と被るため、そこに文句も言いたくなったらしい。

「あんなガキと一緒にすんなよな!オレのほうが先に入隊してるんだぞー!」

「それに!44は私と智子の専売特許だぞー!」

「あんたら、三型の時には引退してたろーが!」

と、世代差も絡んだ喧嘩を始める。黒江と智子はキ44の実用化の時期に絶頂期だった世代で、第一次現役時代ではキ44-Uが最後の乗機であった、その為、84までの繋ぎと延命で生み出された三型は使用経験がない。錦にしてみれば、『事変の時の出戻り組』である年齢であろう黒江を侮っていた。が、黒江の真価はここからだ。

金属音と共に、錦の軍刀を素手で受け止める。白刃取りではなく、刃先を腕そのもので受け止めたのだ。

「生憎だが、そんな量産品のなまくら刀で私は傷つけられねぇよ。天下五剣でも持ってくるんだったな」

「嘘だろ……!?軍刀を素手で、それも腕そのもので止めるなんて!?」

「私の右腕は……、神も斬り裂く聖剣『エクスカリバー』!!切れないのは同格の戦士くらいだぜ」

軍刀を腕そのもので止め、軍刀に罅を入れた上で、右腕にエクスカリバーが宿っている事を高らかに宣言する。黒江の聖剣の内のエクスカリバーは『同格の聖剣持ち』とは、打ち合う必要があるため、そう表現したのだ。そして、日本刀を鞘から抜くようなルーティンからエクスカリバーを放った。

「唸れ!聖剣『エクスカリバー!!』」

錦が防御に構えた軍刀を手刀でまっ二つに切っただけでなく、軍服をはだけさせた。

「な、なぁあああっ!?」

「お前、キャラクターが被ってるし、機体も被ってるんだよ!どこか変えろ!属性も私達と丸かぶりなんだよ!」

「知るかァ!扶桑人なのに、なんでエクスカリバーなんだよ!扶桑人だったらクサナギとかだろ!?」

「オリンポス十二神に仕えてるんだから、その辺はご愛敬だ。欧州で修行して得たんだよ!」

「オリンポス十二神、ブリタニアの神話じゃねーやん!どう繋がってるんだよ!」

「その辺は管轄外だ!」

「なぁ!?なんだよそれ!?」

「るせぇ!ごちゃごちゃぬかすと、おねーさんが雷光食らわすぞ〜?(はぁと)」

「アンタの固有魔法のこたぁ聞いてるよ。雷撃食らわすんだろう?モーションを見切ればっ!つーか、おねーさんって歳かよ」

「バカめ、モーション見えた時点で当たってんだよ」

黒江は高電圧と低電流で一時麻痺の一撃を当てて麻痺を起こさせる。

「言ったろ?モーション見えた時点で当たって」

「何をしやがった!?」

「高電圧と低電流でお前の体を麻痺させてもらった。ガキ相手にはこれで充分だろ」

「てめぇ……!」

「錦ちゃん!」

「……諏訪真寿々の妹か。遊んでる暇はねぇんだ、すっこんでてもらおう。厳霊乃焔(ライトニングフレイム)!!」


『殺さない程度』に加減した上で、アーク放電を起こし、ライトニングプラズマと同様に雷撃を乗せた乱打と同時に、そこから巻き起こる焔を、援護に入った天姫に放った。本来の威力からは相当に威力を抑制しているが、アーク放電だけで相手が焦げそうな勢いの技だ。その為、天姫は焔の熱がシールド越しに伝わり、銃の銃身が赤熱化して曲がり、ストライカーも外板が歪む。焔の熱が収まった頃には、天姫は意識を失っており、エイラに回収される。

「天姫!!くそ、くそ、くそ!!動かねぇ!?」

「いたぶるのは趣味じゃねぇが、黄金聖闘士を舐めてくれた礼はきっちり返さんとな」

黒江はSMのS側のような表情を浮かべる。体の自由を奪われた錦は『生きながら捕食されていく小動物』のような気分であった。

「さて、やりすぎてもミーナがうるさい。おい、シャーリー。このガキの回収頼むぜ」

「はいはい、分かってますよ。換えのストライカーもニミッツのおっちゃんに頼むから、思い切りどーぞ」

「んなわけで……!ライトニングボルト!!」

手加減しているか疑問だが、急所は外した。当たる瞬間に『これが……『スリーレイブンズの鉄砲玉』って噂だった人の……』と思考したのが錦の記憶に残る、この時の様子だった。



――黒江は扶桑海での奔走と戦間期の騒動、大戦初期の活躍と、『戦線で抜群の働きをするが、平時に用いるには扱いにくい』という評価になっており、錦の時代でも、黒江の武勇伝や航空審査部を揺るがした騒動は言い伝えられており、『戻ってほしくない』ウィッチと陰口を叩かれていた。特に、審査部に最適な固有魔法であったのが災いし、審査部所属者の七割がいじめる側に回っていた騒動は有名で、源田実が怒鳴り込み、山本五十六が電撃訪問し、遂には天皇陛下直々に審査部幹部の皇居呼び出しに至った騒動。天皇陛下はレイブンズを『真の忠臣』と高く評価しており、その中でも一番の武功を誇った黒江が審査部で理不尽ないじめにあっていると山本から上奏されると、陛下は『審査部の長は誰か?私自ら真意を正そう』と述べられ、その上位の部署の航空総監部の鈴木率道航空総監までもが近衛師団に連行され、皇居へ呼び出される事態になった。彼らは陛下の眼前でみっともない言い訳をし、それが陛下のそばに控えていた山本の逆鱗に触れ、山本は『それでも栄えある皇国軍人か!』と彼らに怒鳴っている。鈴木中将は『私の不徳の致すところでありまして……』と泣いて詫びる事態となった。彼が辞表を一時、提出するに至り、当時の参謀本部が人事異動という名目で、黒江をいじめていた者達を追い出す一方、黒江を疎んじるようになり、黒江を『合法的に死なせよう』と前線送りにしようとし、それを嗅ぎつけて、当時は引退していた江藤が同期の坂川中佐に依頼し、坂川中佐が47Fに引き抜いた。これが大戦初期の頃に当たる。この頃の事は『胸クソ悪いぜ』と、あまり後輩には語ってないが、黒江の『ウィッチの力に酔わない』という思考に繋がったのは言うまでもない。また、あーやとの人格融合が二度目の逆行で起こった影響か、ストロンガーなど、好意を持つヒーローやスーパーロボットのことになると、子供のように純真な言動を見せる。その純真さと戦闘時の荒さとの、あまりに落差がある二面性から、サーシャやロスマン、ロザリーなどからはやはり警戒感を持たれている。その事から、『黒江が強い戦闘ストレス反応から、二重人格を患っていた『過去』がある』事を公表すべきか、黒江と親しいウィッチ達の間で協議が行われる事になる。黒江は505壊滅が全ての始まりであり、力を求める根源になっている。それを知らせたほうがいいと、芳佳が進言した事から、『冥土帰し』を学園都市から呼んできて、診断書を見せてもらったら、とか、佐渡酒造に来てもらおうという事になった。議論の末、手間がかからない『佐渡酒造大先生を呼ぼう』ということになり、模擬戦から三日後、黒江への疑念の払拭も兼ねて、坂本と竹井の主導で『佐渡酒造』とその助手のカウンセラー『新見薫』が招かれる事になった。芳佳が佐渡への連絡の担当になり、芳佳からの連絡を受けた佐渡が、いつもの格好で現れ、ミー君を傍らに、カウンセラーの新見を引き連れてやって来たという。そこで新見は黒江が前史から患っている『症状』を説明し、佐渡がその総括を執り行う事になる。

「そう言う事なら専門家の方が良いじゃろうと、新見君に来てもらった、心理カウンセラーで敵性宇宙人の心理分析なんかも手掛ける凄腕じゃよ」

との紹介を受けた新見は、黒江の『症状』を説明する。この説明が、列席する幹部達に『戦闘ストレス反応』を強く意識させるきっかけとなるのだった。黒江は『自分が無力であった事が心理的外傷の根源である』という極めて珍しいタイプの戦闘ストレス反応である事が新見からこのように説明される。


『中佐は505統合戦闘団が壊滅した精神的ショックにより、闘う欲求の過大化と防衛本能の暴走が起こるようになり、遂には二重人格という形で理性と本能が分裂しました。彼女は自分が無力であったという精神的ショックにより、戦う欲求が過大になり、自分が深層から大事に思う何かを守るという本能が抑えられなくなっているのです。自分だけ闘えない状況に曝されたせいで、多くを失ったことによる防衛本能の暴走、闘争欲の過大化が起きているため、戦闘そのものはともかく、『守るべきもの』を与えて、守っている実感が無いと強迫観念でボロボロになってしまいます。それが彼女なのです』

『だからこそ、『訓練、学習等の現場に置いておき、有事には先頭きって戦わせておけば問題は無かろう』と連邦軍も判断しておるんじゃ。その一方で『仮面ライダー』らに守ってもらう事が彼女の救いになっておる』

『彼ら仮面ライダーは、彼女に残された唯一の憧れであり、兄弟的意味での精神的安定を求める存在でもあります。彼らへの侮辱は自分への侮辱。そう彼女は考えています』

二人はそう総括した。黒江の精神状態は歪つで、とても脆いと。戦い続けなくては、いつか強迫観念に押し潰されてしまうという『傷』は、幹部らに衝撃を与えた。黒江が抱える『戦わなくてはならない』という強迫観念。坂本はそれを悟れず、前史では『泣き崩れさせてしまった』という負い目から、名だたる幹部らの中で、最も哀しげに俯いていた。竹井は、坂本が『…すまなかった……』と誰にも聞こえないように呟いたのを目撃し、坂本を気づかったという。



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