外伝2『太平洋戦争編』
第十一話


――扶桑軍は1945年以後、急激にジェット戦闘機化を推し進めたため、旧来の複座戦闘機やナイトウィッチ用機材が在庫処分もため、昼間戦闘にも使われ、予定通りに損耗を重ねていた。その中で、ナイトウィッチから転向を余儀なくされた者がいた。飛行第4戦隊の対重爆エース『樫田勇美』大尉である。彼女はかつて、黒江らの部下だった経験がある戦歴を持つエース。この時代には『あがり』を迎えていたが、本土が戦争に再度巻き込まれたのを期に、若返りの措置を受けて戦線復帰。旧式化したキ45を使って、B29を迎撃していたのだが……。

「クソ、届かない……これが新鋭重爆の力なのか!?」

キ45の限界高度は、カタログスペックで10000mだが、実際のところは2000mほどの誤差があった。そのため、P-51Dの護衛付きのB29の迎撃は無謀に等しかったが、彼女は『最後のナイトウィッチ』としての維持を見せ、B-17を落とし、『ドラゴンスレイヤー』と異名を取った撃墜王。これまで重爆だけを狙う事で戦果を挙げてきたが、遂に武運が尽きる時がやって来た。

「!?な、なに!?」

ハ102エンジンが不意に不安定な挙動を見せ、可視状態の飛行魔法(プロペラ状)が乱れる。その数秒後、彼女は失速し、落ちた。ストライカーユニットが爆発する。エンジントラブルであった。

「こ、この高度じゃ助からんか……。遂に私の武運も尽きたか……」

死を覚悟するが、ふと、誰かに抱きかかえられる。その人物の顔は、彼女が遠い昔に世話になった人物の一人だった。

「久しいな、樫田。オメーがガキの頃以来か?」

「その声……黒江先輩?」

黒江だった。この時の黒江の格好はいつもの巫女装束でも、IS姿でも、レーバテイン姿ではなかった。その身に纏っていたのは、なんと聖戦後、正当な継承者が無く、空位の状態であった『山羊座の黄金聖衣』であった。彼女が山羊座の黄金聖衣を纏った理由は、先代山羊座の黄金聖闘士『シュラ』がその身に宿した聖剣『エクスカリバー』を継承した龍星座の紫龍は師の童虎の後を継ぎ、天秤座を継承するのが内定している事、黒江が希望していた水瓶座は当然ながら、先代水瓶座の黄金聖闘士『カミュ』の弟子筋である白鳥座の氷河が継ぐのが確定している事によるもので、黒江には求道者的側面があった事もあり、山羊座の黄金聖衣を纏う資格があると判断された事もあり、黒江はフェイトや箒共々、部外者でありながらも聖衣を纏うに当たって、凄まじい努力の果てに、聖域の許可を得た(城戸沙織=アテナへ許可を得るべく、しばし滞在し、正規の修行を積んだ。ドラえもんらが聖戦の功労者となったおかげもあり、認められた。その代価として、危機が起こるときは参陣が義務付けられた。時の聖域では、聖戦を生き抜いた星矢・紫龍・瞬・氷河らの将来的な黄金聖闘士への昇格は確定していたが、双子座のサガの乱を鑑みたアテナの憂慮により、当面は見送られた。(これは過去、10代半ばだったサガが教皇に選任されなかった事で、悪人格の目覚めを誘発してしまい、教皇シオンが死んでしまい、サガの専横を招いた事への反省によるもの。かと言って、白銀聖闘士も数を減らしていた聖域には、白銀聖闘士最高レベルの実力者である魔鈴やシャイナを昇格させる余裕もなかった。それにアテナは星矢にかかった呪いを解くべく、クロノスに懇願して、過去に向かったため、聖域は手薄だった。黄金聖闘士は死に絶え、今の聖域一の実力者である青銅聖闘士の星矢は呪いで廃人となり、アテナ=城戸沙織は瞬を伴って過去に行き、他の3人も続いた。その直前、万が一の防衛戦力として、亡き黄金聖闘士の残留思念の許可を得ていたフェイトや箒、また、修行で小宇宙を発現させた黒江に協力を仰いだのである。聖域側の事情としては、激しい聖戦で主要聖闘士の大半が死に、内乱で白銀聖闘士の数も大きく減らしている事(白銀聖闘士で、頼りになるのが魔鈴やシャイナしかいない)、亡き黄金聖闘士の取っていた弟子たちは幼齢であったり、実力不足であったりしている。黄金聖闘士、白銀聖闘士には年齢的都合で弟子を取っていない者も多く、星矢たちを黄金にしたとしても、抜けた聖闘士の穴を埋める数には到底、到達しない有様であった。かと言って、大々的に『聖闘士を募集しま〜す』とは言えない事、星矢達以外の者らの大成を待つには、10年単位で時が必要な事、新規候補生らの数がそもそも期待できないと言った窮状であった。それ故に、黒江達に相応の対価を求めるしかなかったのだ。

「説明は後でする。この10年で色々とあったんでな。お前をテキトーな場所で降ろすから、しばらく待ってろ」

「は、はい」

黒江は樫田を降ろすと、再度跳躍する。聖域で数年の修行を積み、強さに磨きをかけた彼女だが、山羊座のアイデンティティの技にして、聖剣『エクスカリバー』は紫龍に受け継がれているため、その聖剣に準じる剣の力をアテナが新たに与えた。『カリバーン』である。アテナには、聖剣の力を与える力もあり、大昔にエクスカリバーの力を与えたのが、山羊座の黄金聖闘士の技『エクスカリバー』の由来とされる。その不文律はシュラの代に破られ、将来的に天秤座につくであろう紫龍が受け継いだので、沙織=アテナは、黒江に山羊座の黄金聖衣を借用という形で与える際に、エクスカリバーとは別個に『カリバーン』という名で力を与えた。カリバーンはエクスカリバーの前身とも、カリバーンを鍛え直した結果がエクスカリバーであるともされる聖剣で、技としては『エクスカリバー』の下位互換に当たる。鍛えていけば完成形の『エクスカリバー』へ進化するが、それには聖闘士としてのキャリアが必要故、今の所はカリバーンで落ち着いていた。(ちなみに、山羊座の黄金聖衣はシュラが纏っていた際には、ヘルメットタイプのヘッドギアであったが、黒江が纏う際にはヘルメット状ではなくなっている)

「さて……うちらの領土を荒らしてくれた礼だ。どっかの漫画の指パッチンする超能力者じゃないが、まっ二つになって地獄へ行け!!聖剣抜刀(カリバーン)!!」

黒江は不本意ながら、山羊座(本人は水瓶座希望だった)の聖衣を纏う際の技をここで披露した。手刀を振るうと同時に、空を裂く衝撃波が真正面から光速でB29と護衛機の一群に襲いかかり、一瞬でまっ二つにして葬った。それは非現実的な光景であり、それを見上げていた樫田は呆然とし、これが現実かどうか確かめるため、頬を引っ張ってみる。

「いっつ!やっぱり夢じゃない……先輩、この10年で何があったんですか……?」

樫田は空中で西洋の黄金の鎧(黄金聖衣)を纏い、B29を叩き落す黒江へこうつぶやく。それほどに驚きの光景だった。


――このように、黒江がこの頃には、ある程度は聖闘士としての修行を終えていたのかがわかる。未来世界で仮面ライダー三号に重傷を負わされた後故か、『強さ』を求める傾向が強まったのだ。その求道的傾向故、山羊座の聖衣に認められたのである。そしてその身に聖剣を宿す(武器越しでも放つ事が可能)事となった故の使命故に、長年戦い続ける羽目になったのである。この日、黒江は聖剣抜刀を駆使して、30機のB29、50機のP-51を撃墜。樫田を回収し、黄金聖衣を解除し、ボックスへ入れ、樫田を乗ってきた側車へ乗せる。その道中、黒江はもちろんながら、質問攻めにあった。

――道中

「せ、先輩!何ですかあれ!!何がなんだが分からないですよ!」

「一言じゃ言えねーよ。10年ぶりだな」

「は、はい。私が新米だった頃以来ですから……」

「お前、あがりを迎えてたはずだが?」

「上から呼び戻されたんですよ。予備役に編入されてた所を例の措置で」

「お前もか。人員不足は極まってるな。三年前以来、新規志願者は減ってるからな」

「どうして、先輩や私みたいなロートルを呼び戻すことを?」

「お前も知ってるとは思うが、軍のウィッチの中には『殺し合い』を嫌がって、軍を抜ける者も出ててな。特に最近の連中はウィッチの力を人へ向けられない倫理観があるだろ?そこが落とし穴だった。本式の戦争に移行するに従って、それを嫌がって脱走したりするケースが多くなったんだ。おまけに敵が情け容赦なく攻撃するだろ?あれで、全ての国の国民に厭戦気分が広まった。『ウィッチは儚い高嶺の花』だからこそ、志願者が多かったのが、今じゃ普通の軍人と同じ期間の兵役も可能になったんだ。志願者は減るのは当たり前、更にその倫理観もあって、新規志願者の数の確保が絶望的に難しくなった。そこで私達のような『エクスウィッチ』にスポットが当たったんだよ。既に穴拭やヒガシ、フジも戦線に復帰しているし、江藤隊長も呼び戻された」

「隊長が!?」

「そうだ。梅津閣下直々の直談判でな。今は本国で書類と格闘してるよ。あの時のメンバーは大半が呼び戻されたよ」

「そう……ですか。先輩達に申し訳ないです。こんな事になってしまって」

「いいさ。私はこの仕事を天職と思ってるし、あいつらも納得してのことだ。だが、今回は一国の大事じゃすまんぞ。真の世界大戦だ。血で血を洗う、な。私らはその当事者になっちまってるんだ。よく頭に入れておけ」

「は、はい」

「おし。あ、そうだ。お前の身柄だが、第4戦隊が大打撃を受けて、再編を余儀なくされたから、当面は64戦隊預かりになるぞ」

「え!?」

「フジから連絡があった。お前の部隊の他の連中は敵の新鋭、『F3Hデーモン』に手もなくひねられたそうだ。幸い、死傷者は出なかったものの、機材が壊滅的で、92%が喪失した」

黒江は重要な話を、雑談に織り交ぜて説明していく。樫田の原隊『飛行第4戦隊』はキ45改乗りが多く、重爆迎撃で定評がある部隊だったが、敵が本格配備を進める新鋭機『F3Hデーモン』には太刀打ちできず、キルレシオは一対六という圧倒的な大差、更にハンガーへの爆撃を許してしまい、機材を喪失してしまった事を。樫田の表情が曇る。キ45ではやはりジェット戦闘機には太刀打ち出来ないのを妙実に示されたからだ。

「やはり、キ45では無理なんですね。寂しいです」

「あれは重爆迎撃なら、けして悪くはないユニットだが、敵の飛行高度は10000mを超えてる。雷電や紫電改でもヒーヒー言うような高度を、与圧服無しで飛べる。今の時勢じゃキ45は時代遅れの機体としか言えん。寂しいが」

「私はこれから、何を使えばいいのでしょうか?」

「旭光や栄光、あるいはA-4だろうな。ユニット型の生産も始まったからな。それなら37ミリ砲も運べるだろう」

「なんか馴染みない名前ですけど?」

「向こうの世界の自衛隊が一時的に用いていた愛称だよ。普及しなかったから、すぐに忘れ去られたけどな。海軍は花の名称をつけたがったが、向こうの世界での忌まわしい記憶から没った。その兼ね合いで、当面は『〜光』で行くという事になったんだよ。ライセンス生産でのジェット機は」

「なんか、向こうの思惑に乗せられてませんか?」

「しゃーない。向こうには、今の時点で中枢に居た連中のせいで国が滅んだ歴史があるんだ。そいつらが人間爆弾に使った名前なんぞ、戦闘機に付けたくないのはわかるからな」

「人間爆弾か……なんか鬱になりそうな単語ですね」

「ああ。博物館で見たが、ありゃ狂気の沙汰だよ」

会話を続ける二人。黒江にとっては、自分らが一度目の現役最盛時に新兵だった世代もとうとう、『あがり』を迎える年代になったかとと実感し、年をとったと実感する。だが、彼女は既に常人としては相当に鍛えられていたにも関わらず、聖闘士の門戸を叩いた。あくまで自分の限界を超えようとするその姿はどこか、求道者な雰囲気を醸し出し、亡き黄金聖闘士『シュラ』を思わせる。彼女が山羊座の聖衣を纏えた理由はそこにあるのかも知れない。









――武子は、友人らが飽くなき強さを求めていき、遂に人間の限界を超越する力にたどり着いた事に、疎外感を感じていた。オリンポス十二神の内の知恵と防戦の女神『アテナ』に忠誠を誓い、その守護者としての資格を血の滲むような努力で勝ち取った事、ウィッチとしての自らに慢心せずに修行を続ける姿勢。黒江には『教え子を自らの無力により、目の前で失った』という負い目があり、その負い目を自分への怒りに転化し、生きてきたところがあると分析している武子には、愚直までに力を求める姿勢が眩しく見えた。

(あの子は自分の無力さに怒り、それがあそこまで行動的にさせてる根源なのよね。そこが塞ぎこんでた私との違い……羨しいわ)

黒江は1944年からの『三年間』を自らの修行と弟子の育成に費やし、圧倒的に強力な敵が現れたら、それに並び立たんと、血反吐を吐いてでも努力する。その求道者とも思える姿勢の根源が『教え子の死への自責の念』といいうのは、武子と共通する。武子は塞ぎ込んでしまった自分が情けなく思えると同時に、その念を強さに変えた黒江を羨しく思った。

「加藤隊長。飛行第4戦隊が機材をほぼ全喪失して、再編になったようです。それと、黒江先輩が同隊の樫田勇美大尉を保護して、こちらへ連れてくるとのことです」

「あの子を?」

「知っておられるんですか?」

「第一戦隊にいた時の部下よ。そうか、あの子も前線に呼び戻されていたのか……。人材不足ね」

「戦争がこうなってからは、辞めるウィッチの数が入るよりも多くなりましたからね。世代交代ができなくなったに等しいですよ」

「1950年代生まれが今の私達の年代になるには、あと15年以上かかる。下手したら70年代になっても飛ぶ事になるわね」

「その頃、あたしは四十路、先輩達も五十路ですよ?まさか」

「肉体年齢は今や操作可能になったものの。それにゲッター線の作用で『あがりがない』体質になった者も生じ始めてる。軍は良心的兵役拒否が生じ始めた時勢もあって、現在、軍にいる職業軍人ウィッチでやりくりしようとするのは目に見えてるわ。世代交代が円滑に行かなくなった弊害って奴よ」

「まぁ、あたしは危険手当貰えれば、四十路になっても最前線行きますけどね」

「はぁ……あなたらしいわね。とても華族とは思えないわね」

「家継ぐ羽目になって、侯爵の爵位をもらったのは本意じゃなかったんですけどね。本家の娘さんが亡くなった事で表面化したお家騒動で本家嫡男が廃嫡と勘当されたから、あたしが継ぐことになっただけですよ。その気になれば、国会に顔パスで行けますよ」

「そういえばそうだったわね。でも、なんで貴族院と華族が存続したのかしら?当初の案だと貴族院に代わる議会上院を作るとかどうの」

「なんでも、参議院になった後に『衆議院さえあればいいだろ』、『憲法改正の邪魔!』とかの悪評が称じた未来世界の過去の日本の反省だそうです。それで歴代総理大臣はなんだかんだで衆議院出身者なんで、貴族院の存在が必要になったそうで」

黒田は流すものの、内心では本家の息女を肺結核から救えなかった事への悔恨があり、その息女の無念を晴らしたいがため、黒田家16代当主となったのだと。この時点で未来世界における黒田家の系譜とは別の歴史に枝分かれした事がわかる。そのため、今や黒田家の財産は彼女の好きなようにできる(同時に貴族院議員となった。ノーブルウィッチーズがある都合もあり、憲法改正後も華族と貴族院が存続したため、黒田は家が持っていた議席を受け継いだ)が、守銭奴な性格もあり、あまり浪費していない。また、貴族院が1946年以後も存続した要因が『参議院にしても、時々の政局に利用されて政情不安定になるだけだったし、参議院出身の総理大臣は日本国が連邦に取り込まれるその日まで出ていなかった』という、なんとも身も蓋もない理由によるものであった事に幻滅しているのが伺える。

「結局、この国を変えるには外圧か、信長公みたいな強力なリーダーシップが必要なのね」

「ええ。特に戦争やってない期間が長かった戦後日本は、完全な憲法改正ですらも、戦後から21世紀の半ばに差し掛かった頃まで長引きましたからね。日本人は『こうだ』ってルール決めちゃうと、ルールを事情が変わった後の世に変えようとする人間が現れると弾圧したがる性質ありますから、外から圧力かかんないと、ルール変えようとしない民族性かもしれません。あたしも今じゃ当主さまですけど、養子縁組した時は露骨な嫌がらせ受けましたから」

意外に扶桑(日本)人の本質を見抜いている黒田。扶桑は織田家が天下統一した影響で、日本よりは柔軟な傾向があるが、民族性そのものは日本と同じである。柔軟な思考が可能な側面と『伝統墨守』な矛盾した双方の側面が存在すると。それは自身が養子縁組した際に、本家の人間達が『分家如き』と軽んじていたのが、手のひら返しで自分に媚び始め、それが当主継承で頂点に達した経緯に由来するからだろう。

「どこも大変ねぇ。うちは祖父の代に屯田兵で北海道に入植した出で、1904年の事変で祖父は死に、父と姉も後継いで軍人だったの。ウィッチだった年の離れた姉が病死した時はそりゃ落ち込んでね。それで姉さんの見たかったものはなんだろうと考えるようになって、私も軍に入ったのよ」

「隊長にも、そんな過去があるんですね。って隊長……、末っ子ったんすね」

「す、末っ子で悪かったわね!ふーんだ。昔、智子には腰抜かされたし、綾香には事変の時に大笑いされたし……」

「すねないすねない。今度、椰子の実ジュースを新京で買って来ますから」

武子には、姉が二人いる。その内の長姉は陸戦ウィッチとして将来を嘱望されたが、インフルエンザが悪化し、16歳で死去。幼少時の武子は酷く落ち込んだが、その後に一念発起して軍に志願。航空士官学校で智子と出会い、意気投合したのが始まりである。このように、お姉さんキャラである武子だが、実生活では意外にも末っ子だったのだ。そこが泣き所のようで、机に「だら〜」っと頭を付け、拗ねてしまう。意外な一面だ。黒田はすっかり先輩たちの扱いに慣れたようで、椰子の実ジュースに言及し、武子をなだめる。椰子の実ジュースというのに武子はニュータイプのごとく反応し、なんとまとめて買ってこいと指令を出す。しかも正式な命令書まで作って。

「隊長、いいんですか?それって」

「綾香が釣り竿とかを隊の経費で落としてるのは知ってるわ。こうなったら私もやるのよ!」

「は、はあ」

「ついでに、コンタックス用の望遠レンズとフィルム、公用に使うポラロイドカメラを買ってきなさい。経費は統合参謀本部に落とさせるから」

「はいな。カメラ、どれ買ったらいいのか……」

「圭子を連れて行きなさい。あの子ならわかるから」

と、鶴の一声で椰子の実ジュースとポラロイドカメラを南洋島中央部に位置する同地最大の都市『新京』に買いに行く事になった黒田。経理の書類と格闘していた圭子に事情を説明し、休暇も兼ねて、南洋島横断鉄道(これは南洋島に初めて鉄道ができた頃から、少しづつレールを引いていき、1941年ごろに全線が開通した路線。当然ながら戦争中でも運行している)を使って、ゆっくりとした旅にした(経費節減目的が多分にあるが、それでも一等車を取った)。


――南洋島横断鉄道は、史実での南満州鉄道株式会社に相当する『南洋島鉄道株式会社』によって運行される旅客列車である。日本列島よりも広い南洋島向けの鉄道網整備を進めた同社の車両は国内と違って、広軌のレール規格で敷設されている。また、同社が1930年代に導入した旅客列車『あじあ号』は扶桑の当時における技術力の限界で、時速は130キロ程度だった(当時は既に、ブリタリアが誇るマラード号が160kmの速度で疾走していた)ものの、アジア初の旅客列車として人気がある。時勢的にモータリゼーションに対抗して、電化された後継車両の導入も検討されているという。

――あじあ号 食堂車

「軍に入ってて良かったぁ。まさか、あじあ号の食堂車で食えるなんて」

「未来じゃ大衆化が進んでる上に、高速化が進んで、本格旅客列車が富裕層のお遊び用になってるから、こういう食堂車は廃れてるのよ。たまにはこういうゆったりした旅もいいものよ」

――あじあ号は史実では中国北部の連絡線を走っていたが、このウィッチ世界では、真逆の気候(常夏)の南洋島横断鉄道としての勇姿を見せていた。仕様その他は概ね史実とそれほど差異はないが、大日本帝国との国力差を反映し、食事はより豪勢なものが出されているし、乗り心地も上だ。これは列車の構成部材が遥かに良い事に由来する。

「お前が侯爵のおかげで、こんな豪勢な食事を大手振って頼めるんだ、思い切って活用させてもらうぞ、那佳」

「いいんですか?こんなたか〜いステーキ頼んじゃって」

「参謀本部にツケておくそうだし、今の空軍にはあたし達に逆らえるのはいないしね」

「は、ハハ……」

圭子は空軍の高官コースは確定している上に、扶桑海以来、天皇陛下の覚えもめでたい。そのため、アフリカで抑えていた節約のタガが外れた今では、逆に黒田のほうが金銭管理をしている(元来は相続と縁がない分家の出だった故)。


「そういえばペリーヌ中尉、506の隊長職を引き受けるつもりだったみたいです」

「本当か?」

「ガリアが復興し始めた事と、ロザリー隊長が退役する年頃になったからなんですけど、506が活動停止状態なんで、話が通るかどうか」

「あの部隊、結成前からケチ付いてたものね。リベリオンのB部隊の連中には連絡ついた?」

「何人かに連絡ついて、こっちに向かうそうです。コーラ持ってくる約束で」

「ペ○シ?コ○・コーラ?」

「両方です。でも、分裂して、質がいい兵士とかはこっちにあるけど、行動できないって歯痒いですね」

「しゃーない。奴さんは予備戦力が過小なんだ。少数をこっちに組み込むしか今のところは無理だ」

黒田は506の同僚たちに連絡つけて、既に数人を呼び寄せることに成功したと伝える。リベリオンが良識派&愛国者派で構成される亡命リベリオンと、ティターンズ傀儡の本国とに分裂し、避難民と軍人含め、既に10万の避難民が南洋島に集まり、『米国街』を建設しつつあるが、506のリベリオン出身者らは黒田との友情から、亡命リベリオン側についたのだ。亡命リベリオンは質が高い兵士と指揮官が在籍するが、問題は自前の兵力の予備戦力の少なさであり、そこが大規模行動を躊躇う理由であるとのこと。

「お、ここまで行けば、中間地点まであと一駅だ」

あじあ号は郊外のベッドタウンの駅に停車し、新京行きの路線に接続する。ここまで行けばあと2日程度で新京駅だ。食事を終え、部屋で休みことにし、二人は部屋で一眠りした……。








――扶桑は1930年代以後は南洋島で鉄道網と道路網のテストを行うようになった。これは国内技術力が一応の水準に達したのを期に、本土よりも土地が確保しやすい南洋島でテストが可能になったためだ。1930年代にそれまで別の市名であり、最大都市であった地を『新京』として作り変える都市計画が起こったのもこの時だ。同時に南洋島の鉄道事業は1006年に設立された『南洋島鉄道株式会社』に集約され、南洋島全土の鉄道網が全て繋がった。新京建設と同時に計画され、都市計画が軌道に乗ってきた1934年に登場したのが、あじあ号である。名高きオリエント急行の東洋版を目指したこの車両は人気があるが、乗車券の値段がお高いのである。一等車になれば、軍人で士官以上の階級、あるいは一流企業のサラリーマンか、裕福な華族でなければ懐寒しになるほどのお値段である。走行距離が史実よりも広大(総延長が日本列島より広い)なため、あじあ号の快速でも、端っこから中央部の新京までは3日かかる(石炭補給や乗員交代や天候に左右されるため)。そのため、新京に行くのはちょっとした旅行と言えた。因みに1947年度の運賃は三等で十一円、二等で二十三円、一等で三十五円(この当時は銭が使われていた。二一世紀で言うならば、一銭が一円に相当する程度の価値。大正期には一円で贅沢が出来たとされている)と、当時としてはお高い値段だった。拳銃が数百円から千円で買える(この当時の千円は21世紀の十万に近い価値があった)時代なので、現在の紙幣価値での十数万程度の値段があじあ号の一等客車乗車の価値なのだ。車体はこの時期は青に塗られており、未来世界における過去の記録と一致する。そのため、未来の鉄道ファンからは歓喜を持って迎えられ、旅行者が駅で写真を撮る例が多い。このような輩は大抵、未来からの観光旅行者だ。奇しくも、史実では戦前日本と共に消えていったあじあ号は、この世界においては別の目的で平穏な姿を見せていたのだ。同年、あじあ号は未来世界で放映されるTVドラマの撮影にも使われ、人気が加速したとか。




――戦争中でありながらも、一見して平穏な光景は、軍隊の懸命の努力によって都市部の被害を抑えているからである。それでも一個の都市は全滅してしまった。敵の『白鯨』の恐ろしさを身にしみて理解した民衆は、軍の施策に協力的であるのも、軍隊の作戦行動の一助となっていた。圭子たちがあじあ号に乗っている間にも、空では死闘が展開される。ネウロイの行動も活発化しつつあり、情勢は不透明だった。



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