外伝2『太平洋戦争編』
第十五話


――扶桑軍は教育課程も未来世界によって、大きく変えられた。陸軍幼年学校は在校生の卒業と共に廃止、(純粋培養の将校は史実太平洋戦争での醜態もあり、未来人に嫌われたため)陸軍大学校は陸上自衛隊及び国防陸軍の同ポジションであった幹部学校へ改組された(史実での教育硬直性と英語教育排除が問題視された)他、海軍兵学校は分学校の増設とカリキュラム強化。当然ながら、陸軍航空士官学校は空軍士官学校へ改組された。この急激な改革に反発した者は多く、先のクーデター未遂事件では、排斥される形になった幼年学校出身者がクーデター軍の実働将校の多くを占めていた事からもわかる。






――1947年 

「そう言えば、あなた、坂本を芳佳や静夏ごと引き抜くのに失敗したわね?どういう事があったの?」

「ああ、あの事か。坂本は前々から海軍残留を示唆してたから、ダメ元で誘ったんだが……オヤジさんが宮藤と服部を引き抜いた事が腹に据えかねたらしく、『私は宮藤と服部を海軍軍人として育てたかったんだ!』って愚痴られてな。空海の統合任務部隊への理解もなかったから、ちょっとシメてやった」

「シメたって…やりすぎてないわよね?」

「オーバーだな。ちょっとばかり、あいつがトレーニングに使ってる巻き藁をカリバーンで細切れにしてやっただけだ」

黒江は坂本が頑固な事を知っていたので、坂本に物事を理解させるには荒療治が必要と考えた。そこで右腕に宿したカリバーンのトレーニングも兼ねて、巻き藁を粉砕してみせたのだ。小宇宙で坂本の動きを縛った上で、大地を深く抉る衝撃波を『何もせずに』放った。坂本はこの圧倒的光景に言葉も無く、立ち尽くした。

『……学べよ』

「私はその一言だけ言って、その場を立ち去ったんだ。できることといえば、それしかなかったからな。坂本の奴、顔を青くしてたから、やり過ぎたか?なんて思ってたけど、安心したよ。空母の航空指揮管制のほうに行ったからな」

「そう。あまり脅かさないように。あの子、意外に泣き虫なんだし」

武子はそういうと、黒江を諌める。黒江もやり過ぎた感はあったようで、頭を掻きながら「あちゃー」という顔を見せた。

「結果オーライだから良かったけど、坂本を引っ張れなかったのは残念ね」

「あいつは、北郷さんや宮藤の親父さんに恩を返すことが責務って考えてるからな。仕方ないさ。一応、共同作戦は話を通しておいたし、それで良しとしよう」

「ええ。それでどうなの?連邦軍との交渉は?」

「デザリウム戦役で使ったMSやVFを回してもらう事になったよ。お前、あの時に色々使ったろ?どれが良いかって」

「Σガンダムにしてちょうだい。員数外の試作機だから、こっちに配備させやすいだろうから」

「あとで返事しとく」

――アナハイム・エレクトロニクスはデザリウム戦役のどさくさに紛れて、近代化改装を施したエゥーゴ・カラバ時代の試作ガンダムタイプを『データ収集』と称し、パルチザンに複数を提供し、実戦で運用させた。Ξの発展型次期ガンダムタイプへ弾みをつけたい同社の策であったが、これは大成功であり、パルチザン出身者が軍の中枢を握ったのと相まって、サナリィの台頭で地盤沈下気味だった同社の中興に繋げることに成功したのだ。

「しかし、Σガンダムなんて渋いの選ぶなぁ。私はZの三号機系だぞ?Sは免許がややこしいからパスしたからな」

「なのはは取ったそうじゃないの?」

「あいつは執念で取ってたからな。戦役中に取って、数回はSに乗れたから、いいんじゃないか?」

「かもね。今の状況だと、私達はMSをよほどのことじゃないと使えないしねぇ。昔、あなた達が無茶しすぎて、上が誤魔化しに苦労した教訓らしいし」

「……あの時か。あれは、まぁ……やり過ぎたかもな」

「私なんて、本当にハラハラし通しだったんだから。参謀たちを前にして、ハッタリかますわ、あの大将に啖呵切るわ……」

「あれは、うまくいくかは分かんなかったんだよ。マジで。だから、お上や五十六のおっちゃん達便りだったんだ」

黒江は扶桑海事変の御前会議の時は自信満々にハッタリかましまくったが、実際は物事がご都合主義的とも思えるくらいに上手く行ったおかげだと告白する。こういうところで強運を発揮するのも一種の才能である。

「はぁ……。無茶するんだから」

「無茶しなけりゃ、山羊座の黄金聖闘士になっちゃないさ」

「確かに」

武子は溜め息つきつつも納得する。今の黒江は山羊座の黄金聖闘士でもあるのだ。その気になれば、聖剣で戦艦を一刀両断するのも容易にできるのだ。ウィッチとしての限界に突き当たっても、別のアプローチの力を得るというのは、中々できる事ではない。

「この戦争で、自分のウィッチとしての限界に気づいた奴は多い。あのマルセイユでさえ、アフリカ失陥で自分の限界に気づいて、思い悩んだしな」

「圭子が言ってたわよ?『どこがどうして、忍者になったのよ』って」

「なんでも、磁雷矢さんと知り合いになっておいたんだって。それで戸隠流を習って、極めたそうだ」

「いろいろあったのね」

――カールスラント最強クラスのエースであるマルセイユも、アフリカ戦線敗北後に自らの力が及ばない領域に気づき、精神的重圧に押し潰されたのもあって、酒浸りになってしまった。それを見かねたハルトマンと村雨良(仮面ライダーZX)が強引に未来世界にいるスカイライダー=筑波洋のもとへ連れ出し、彼のもとで、2201年からの数年ほど療養させた。その後は以前の快活さを取り戻し、その過程で戸隠流免許皆伝という忍者の技能を身につけたと話す。元々、圭子が転出して以来、隊長代理という責務を負っていた都合上、その時に習っていた物を本格的に極めたと聞き及んでいると話す黒江。武子も自分の無力に思い悩んだ時期があるので、納得しているという表情だ。

「お前も何かやってみたらどうだ?空手とか」

「これでも剣術の免許皆伝なのよ?まぁ、敢えてっていうなら、別の流派に手を出してみようかしら」

「今度、本郷さんや一文字さんとかとやってみたらどうだ?あの人達にゃ私も手が出ないからな」

「あの人達と?あなたが手が出ないってどういう事?」

「ああ。あの人達は改造人間に頑健でスポーツ万能な人間が必要になっていた時代の中でも最高の人材だ。元から柔道・空手・剣道を極めてたから、私も数年前に手合わせした時にはこっぴどく負けたもんだ」

本郷猛・一文字隼人の両名は素体的意味でも、歴代仮面ライダーの中でも指折りの逸材である。そのため、手合わせした黒江をのす事も容易な事である。本郷や一文字曰く、『頭で考える前に、体で感じて動くんだ』との事。

「へぇ。あなたが隊長以外に負けるなんて……」

「な、なんだよ、負けちゃ悪いのかよ?」

ニヤニヤと笑いながら、物珍しそうに言う武子。黒江は『剣術では、歴代でも指折りの逸材』とされ、江藤や北郷以外には負けないというイメージだからだ。

「いえ、あなたでも勝てなかった相手がいるなんてね。面白いものね、世界は」

「世界は広いって事さ。だから、私は聖闘士としての道を選んだ。もう、505を離れる時の無力感は味わいたかぁねーからな」

聖闘士としての道に入り、アテナに忠誠を誓った理由をこう話す黒江。生え抜きの聖闘士ではない(聖域で幼いころから訓練を受けたわけではない)のと、城戸沙織が女性聖闘士の掟を『古臭い』と感じていた事もあり、女性聖闘士でお馴染みの仮面は着用していない。ハーデスとの聖戦終結後は、シャイナや魔鈴などの『昔気質』の女性聖闘士しかつけていないなど、有名無実化しているからだ。

「でも、飛び入り参加のあなたを黄金にするなんて、よほどの人材不足なのね、聖域」

「しゃーない。聖戦で黄金は根こそぎ死亡、白銀も過半数が死亡済み、青銅で一番強く、黄金の素養がある者を抜擢する話が上がってるくらいなんだ。特に黄金が全滅してるってのが誤算だったんだ。だから、素養があれば抜擢するのは分かるよ」

黒江の口から語られる『聖闘士星矢の原作終了後の聖域』の様子。生え抜き聖闘士の多くが内ゲバと聖戦で死亡し、生き残ったもので有力な聖闘士は、白銀のシャイナと魔鈴を除けば、頼りにになる星矢達のみという有様であった。黒江を山羊座に抜擢するのは、もはやなりふり構わってもいられない現状を表していた。

「いきなり黄金になれるものなの?」

「教皇かアテナが指名すれば可能さ。老師童虎や先代の教皇はそうして指名されてる。私もそのクチだ。特例措置に近かったけど。青銅を経てないからな。見せびらかすような力じゃないから、聞かれたら答える程度にしておくよ」

「それと、もう一つ」

「なんだ?」

「あの時に使った蹴り技、どこで覚えたのよ」

「ああ、イナズマキックか?あれはストロンガーさんからの伝統ある技だぞ。連邦軍の付属高校でトレーニング積んで覚えたが、覚えるのに数年はかかったし」

――イナズマキックの正確な起源は一号ライダーとも言われるが、通説では最強の技ということで、仮面ライダーストロンガーの最強技『超電稲妻キック』に由来する。地球連邦軍が有事の人手不足を解消するために、メカトピア戦争から数十年前に設立した沖縄女子宇宙高等学校では伝統技として伝えられており、同校出身かつ、連邦軍のエースの一人『タカヤ・ノリコ』、『オオタカズミ』(旧姓・アマノ)が使い手として知られる。黒江は同校流の特訓で習得したのである。

「本当、あなたって強さに貪欲ね」

「お前と一緒だよ。教え子を目の前で殺されて、私はそれを怒りや強さへの欲求に変えて、これまで生きてきた。そこが山羊座の聖闘士になれた要因かもな」

武子は本質的に情に脆いためと、個人単位での強さへの欲求は薄いため、『強さ』への欲は黒江ほどではない。黒江が修行で聖闘士になったのに呆れつつも、ちょっぴりと興味がある様を見せるのは、歳相応のライバル心と部隊長としての責務とのせめぎあいの産物だ。

「隊長、黒江先輩。燃料補給が終わったそうです。それと、黒田から連絡があって、これから帰りのあじあ号に乗るそうです」

「了解だ。さて、オヤジさんと基地司令の会議が終わり次第、こっちも帰るぞ」

「あ、フジ。帰ったら、西沢の報告書の続き読んでくれよな」

「はいはい。支度するわよ」

それから数時間後、源田と基地司令の会議が終わり、ドラケンで自分達の基地に帰還したが、そこでシャーリーが出迎えた。

「あれ?シャーリー。お前、いつ来たんだ」

「宮藤とハルトマンがここに来たから、あたしもくっついてきたんですよ。スオムスとオラーシャの連中は足止め食ってるんで」

「何でだ?」

「運悪く、途中で船が敵に襲われたそうな。連邦海軍とブリタニア海軍が共同で救援作戦を展開中だから、その成否待ちです」

「なるほど。来れたのはカールスラントのハルトマンだけか?」

「うんにゃ、どさくさに紛れて便乗してたルーデル大佐がいますよ。バルクホルンとミーナ隊長は許可が降りなかったみたいで」

「大佐が?また、凄い手使ったんだろうなぁ、あの人」

「中佐、それは心外だぞ。私とて、手続きくらい心得ている」

「た、大佐」

「武器はこちらで用意した。連邦に頼んで、A-10用のGAU-8を改造してもらった。それをサイドアームにして、ガンガン戦車を血祭りに上げられるというわけだ、ハッハッハ!」

と、ご満悦なルーデル。その横では相棒のガーデルマンがため息をついている。階級章が変わっており、どうやら少佐になったらしい。

(いいのか、ガーデルマン。大佐がご機嫌だぞ?)

(いいんですよ、もう慣れました……)

ルーデルは相棒が何人もいるが、ここ数年はガーデルマンと組んでいる。ルーデルは年齢的には20代半ばを過ぎているはずだが、特に減衰はなく、むしろ元気に対地エースぶりを発揮、ティターンズからも恐れられている。しかしながら相棒は何代かの代替わりをしており、今はガーデルマンがバディを務めているのは周知の通り。

「宮藤がお前に医者の勉強を聞きたがってたから、その辺は頼む」

「ハルトマン少佐から聞いてます。参考書や医学書を持ち込んでありますよ」

「そりゃあいつも喜ぶだろう。よろしく頼む。医学はちんぷんかんぷんでなぁ」

ガーデルマンは既にカールスラントで医師免許を取得済みである、れっきとした軍医である。芳佳はハルトマンからガーデルマンを紹介してもらい、知己になった。この後芳佳の欧州留学が有耶無耶になってしまった埋め合わせも兼ねて、ガーデルマンは芳佳に医学知識を伝授していくのであった。

「お〜い、黒江中佐。こっちの梱包を開けるの手伝ってよ〜」

「あいあい」

ハルトマンが呼び、黒江はそちらに向かう。ハルトマンに、太平洋戦線での使用機体として充てがわれたのは、カールスラント仕様のF-104である。ハルトマンは当初、この機体の導入に反対しており、空軍総監のガランドを前にして、こう言い放った。

『こんな曲がれない機体で何しようってのさ!?制空?対艦?爆撃?あれで無茶な任務やらせるなんて、何考えてるのさ!?』

と、凄い剣幕で乗り込んできたため、ガランドも思わず「お、おう」と引いてしまったほどだ。そこで黒江にタイムテレビで史実空自のF-104の運用術と模擬戦を見せてもらい、ハルトマンをどうにか丸め込むことに成功した。その時の感想は「……ふ〜ん、高速だと動きはいいんだ。これなら戦闘機としてなら使えるね」で、ハルトマンは暗に運用法を絞れとガランドに告げ、ガランドは急遽、未来世界に飛び、専用爆撃機として、F-105のライセンスを交渉するハメになったとか。


「なんか丸め込まれた感あるなぁ……」

「まあまぁ。第二世代じゃ、これが最善なんだ。ゼータク言ってるとバチ当るぞ」

「う〜ん……」

ハルトマンは珍しく、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。F-104の採用を『乗せられた』と考えているのだろう。ウィッチ達がそんなこんな事をしている間にも、扶桑皇国内では不穏な動きが続いていた。







――外務省内でも公職追放令に伴う、天皇陛下直々の勅諭が下された影響で、次々と官僚が処分に処された。例えば、曽野明などの対オラーシャ方面の外務官僚は史実での杉原千畝氏への冷遇を未来世界のユダヤ人からこれでもかと責め立てられ、その影響で家族が村八分に等しい制裁を食らう事になった。杉原千畝氏の偉業の話を聞かされ、その仕打ちに激昂した天皇陛下から非国民に等しいほどの叱責をされたのもあり、彼は逃げるように、アリューシャン諸島へ家族ともども赴任していった。外務省はこの粛清人事に恐怖した。天皇陛下も加担しての粛清など前代未聞だからだ。彼らは杉原千畝外務官への扱いを『腫れ物に触るように』し、形式上の高等文官試験で彼を大公使に任ずるなどの措置を急いで講じたが、時、既に遅しの感が否めず、粛清人事で多くの外務官僚が追放(恩給なしの懲戒免職処分)、あるいはアリューシャン諸島への島流しにあった。これに外務省は大反発し、1945年9月のクーデター事件に肩入れしたが、逆にそれが天皇陛下の逆鱗に触れ、近衛師団での外務省制圧も示唆するほどであった。その為、吉田内閣は新憲法が有効になったその日、天皇陛下の意志の通りに『大粛清』を敢行。表向きは人員削減とし、相当数の外務官僚を追放し、連邦軍の推薦する人材で新たに情報網を構築した。この時に追放された官僚の中には未来から伝わった共産主義にかぶれ、アナーキストになった者も大勢おり、軍部の一部と結託し、ロシア革命や扶桑の共産主義化を自分達で引き起こそうとした武装蜂起事件が、1946年までに三度も起きるなどの内乱の処理に追われた。そして更に1947年3月21日、ウィッチ万能主義に囚われたエクスウィッチ出身の将校らによる騒乱事件が勃発してしまう。



――1947年3月下旬

「何ぃ、エクスウィッチ共が反乱軍を立ち上げただと!?」


吉田茂総理は起き抜けに電話の報告を受け、思わず怒鳴ってしまう。エクスウィッチ閥が不穏な動きを見せていたのは知っていたが、戦争勃発後に事を起こすのは予想外だったからだ。

「また騒乱か!いい加減にしろ!もうこの数年で4回目だぞ」

「しかし総理、奴等は衰えたとは言え、ウィッチです。通常部隊では歯が立ちません」

「空軍に連絡を取る。戦時中故、選抜の討伐隊を編成させ、それを以て鎮圧する」

「ハッ」

その日の緊急閣僚会議にて、空軍から選抜した現役の精鋭ウィッチでエクスウィッチ反乱軍を鎮圧する事が決議され、その日の内に六四戦隊に通達され、代表で黒江が行くことになった。

「伏見宮殿下が凄い剣幕よ。自ら指揮取ると息巻いてるそうよ?」

「殿下が?錦の御旗でも掲げるつもりかよ。ただ、今の憲法だと、皇族軍人の皇族としての権利は任官中は停止されるはずだぞ?」

「錦の御旗を挙げる分にはいいそうよ。皇族がいるんだし」

「うーむ……。ややこしいぜ。ほんじゃ、本土行ってくる」

こうして、黒江は討伐隊に組み入れられ、エクスウィッチを討伐しに、本土へ一時的に召還された。隊長は黒江の恩師でもある『坂川』中佐であった。だが、エクスウィッチは第一次大戦を生き残った者、扶桑海事変を経験した者も多かったため、意外な強さを発揮した。奇しくも、それは黒江にとっては『守りたかった大切な人との永遠の別れ』になってしまう……。









――3月23日 帝都 銀座


「ぐっ!」

「坂川。お前の癖は見切っている。お前を育てたのは私なのを忘れたか?」

討伐隊の隊長に任ぜられた黒江の恩師の一人である坂川中佐はなんと、自身の師が反乱軍に加わっていた事により、苦戦を余儀なくされていた。そして、もつれ合っている内に低空飛行に追い込まれたその時だった。

「……ぐぁあっ!」

坂川の胸を、師の突きが貫く。激痛に顔をしかめる坂川。彼女はビルの煉瓦の壁に叩きつけられ、壁にめり込む。それを目撃してしまった黒江は悲痛な声を上げる。黒江にしては珍しい、悲鳴とも取れる声だった。

「坂川隊長!?」

「来るな黒江……この人は私が刺し違えてでも倒さなくてはならないん……ぐ…ふ…っ…!」

「で、でも……!たいちょぉ……」

坂川は自分がもう、如何な措置でも助からない事を悟ったのか、懸命に声を絞りだす。血を吐きながら。声色は掠れ、息をする度に血反吐を吐くその姿から、黒江は坂川の死を悟り、子供のように泣きじゃくる。飼い殺しされ、腐っていた自分を立ち直らせてくれた恩師との永遠の別れが訪れるからだった。

「師匠……これが私の最期の剣です」

「いいだろう。来い」

「……すまんな、黒江。欧州戦線で交わした皆との約束、守れそうにない」

坂川は黒江にそう詫びると、魔力を限界にまで高め、生涯最期の剣を放つために居合の構えを見せる。魔力を集中させ、そこから最期の力を振り絞った、扶桑に伝わる奥義を放つ。

『烈風ゥゥゥ斬ッ!』

それが彼女の命の最期の輝きだった。敵は烈風斬を防げず、衝撃波で吹き飛ぶ。坂川は命中の瞬間、微笑を浮かべる。それが黒江へ向けた最期の笑顔だった。坂川は糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちる。

「たいちょぉぉぉぉぉぉ!!」

黒江はその瞬間、大粒の涙を流して慟哭した。坂川を抱え、子供のように泣きじゃくる。坂川の顔は安らかだった。黒江はこんな形で別れたくはなかったと泣くが、皮肉にも坂川の『死』が黒江の怒りの導火線を点火させた。

「うおああああああああっ!」

何かが切れたように、獣のような叫びを上げる黒江。小宇宙を高め、空中に浮かび上がると同時に、ストライカーは魔力供給が止まったために作動を停止し、体から外れる。同時に、彼女の体を山羊の幻影が包み込み、叫ぶ。

「私の身体に宿る小宇宙よ!今こそ究極にまで高まれぇぇぇ!」

黄金の光に包まれる黒江。それと同時に、彼女が得た新たな力の名を叫ぶ。

カプリコ―――ン(山羊座)!」

黄金の光に包まれた山羊座の黄金聖衣が飛来し、彼女の身体に誂えたかのように身を包む。

「もう許さんぞ……テメーら……!」

小宇宙のオーラが迸る。聖域での修行の賜物、その戦闘力はもはや超人の粋に達しており、たかだかエクスウィッチでどうにかできるものではなかった。

「!」

「喰らえ!!ジャンピングストーン!!」

黒江は相手の脇に自分のつま先をかけると同時に、足を振りあげて相手を投げ飛ばす。今は亡き黄金聖闘士のシュラが得意とした技の一つだ。山羊座の聖闘士の伝統技でもある。それを行い、相手を吹き飛ばす。光速で吹き飛ばしたので、相手のストライカーは対圧強度限界を瞬く間に超え、分解する。それを目撃した他のエクスウィッチが突撃を敢行するが、黒江の抜き手からのカリバーンの衝撃波で内から神経系を切られ、剣を振るえなくなる者、脊髄に衝撃波を加えられ、半身不随にされる者が続出した。

――辛うじて、動ける者が黒江へ向け、こう言った。『化物め……』と。師を殺された形の黒江は、『汚物を見るような』目をしながら、こう返した。

「……あんたらは斬る価値もねーよ」

この言葉は、もはやエクスウィッチらを敵として扱っていないも同然であると示すのに十分な効果を挙げた。錦の御旗が戦場に掲げられたのは、それからまもなくだった。

「に、錦の御旗……!?」

伏見宮殿下が戦場に到着し、持ち込んだ錦の御旗を掲げたのだ。これによりエクスウィッチ軍は瞬く間に戦意喪失し、投降勧告にあっさりと応じた。事後、坂川の遺体を抱え、黄金聖衣姿で歩く黒江の前に、連邦軍の救命ヘリが到着した。

「中佐、その遺体は死後どのくらいが低下しているのか」

「多分、20分ほどだと……」

「よし、今ならタイムふろしきによる救命措置が間に合う。彼女の体は私達が預かろう」

「ほ、本当ですか!?」

「私達のタイムふろしきは、リバースエンジニアリングが完全ではないので、オリジナルと違って、死者蘇生には時間制限があるのだ。ヘリの中で措置を行う。安心したまえ」

「よ、良かったぁ〜〜!」

と、永遠の別れにならずに済んだことに安堵し、思わず体の力が抜ける黒江。安心したのか、嬉し涙が流れていた。

「このウィッチの経過は部下にに報告させる。その他にも捕虜などはいるかね?」

「あそこに負傷させた奴らなら転がってますよ」

「よし。まとめて搬送だ!みんな来い!」

連邦軍の衛生兵らが投降者や負傷者を救命ヘリに運び込んで行く。黒江は黄金聖衣姿で伏見宮殿下へ報告をした後に、前線へ戻った。それから数日後のこと。

「はい。黒江です。……坂川隊長が目を覚ました!?で、隊長はどこに?」

連邦軍からの連絡があり、連邦軍管轄の軍病院に足を運ぶ。すると……。

「よう」

「………隊長?」

なんと、坂川は若返っていた。目測で8歳から9歳程のローティーンにしか見えない。

「隊長、生きてたのは嬉しいんですが、なんすかその姿」

「奴さんのタイムふろしきの不具合でな。若返りの制動が甘くなっていたそうだ。それで子供になってしまったわけだ。本来は30近いから、思わぬプレゼントというわけだ。そうそう、言っとくが、退院したら、数年はお前らとはおさらばになるな」

「何でです?」

「ミッドチルダとの交換留学に志願した。今の姿で家族に会うわけにはいかんからな。療養も兼ねて、数年ほど行って来ることにした」

「なるほど」

「お前だって、10代半ばの外見に戻るまで、こっちにはいなかっただろう?それと同じだ。今生の別れかと思ったが、不本意ながらも生きながらえた身だ。今度は大事に使うさ」

坂川は大笑する。外見に比例して、声の高さは青年時と変わっているが、態度は変わっていない。数年前に同様の体験をした黒江には分かる。

「今の戦いは人同士の戦争だ。若い連中の中には『逃げる』者が多いが、ウィッチである以上は何かを成さなければならん。お前らのような、気概のある者はめっきり減ったからな……今、志願済みの連中を大事に使え」

それが坂川が留学前に、黒江へ残したアドバイスだった。ウィッチの新規志願が大きく目減りしているのを憂いての発言だったが、それは同時に『新規志願者の数は宛に出来ないから、世代交代は進まないだろう』という事実も伝える一言だった。陸王で病院から基地に戻る途中、黒江は考える。

(隊長の言う通り、新規志願者の数は大きく目減りしてる。確かに、魔法は人を殺める力じゃないが、かと言って、脅威を前にして、何もしなければ、それは偽善的な言い分にすぎない。大きな危機があっても、人って存外、まとまんねーんだな……)

大きな危機に直面しても、派閥抗争に明け暮れる自軍へ溜息をついて落胆する。地球連邦でも見てきた光景だが、利権争いというのはどこでもあるものかと呆れると同時に、扶桑海事変の頃から改革派に与してきた自覚があるためなんとも言えない気持ちになる。陸王を飛ばしながら、黒江はそう考えをまとめた。



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