外伝2『太平洋戦争編』
第二十二話


――飛行64戦隊が太平洋戦争中に政治的にも自由に動けた理由の一つに、扶桑海の影の功労者であり、扶桑海軍のかつて有した艦艇の意志であり、思念の集合体と言える『艦精』、通称、艦娘達の存在があったからだ。

「HEY、アヤカ〜、ニシザワ中尉の正式な転籍と配属の手続きが終わったネー!」

「おお、ご苦労さん、金剛」

黒江の執務室に入ってきた十代後半の英語交じりのしゃべり方の少女は、金剛型戦艦一番艦『金剛』の意志が具現化した艦娘である。当然ながら後世の宇宙戦艦としての記憶、海上自衛隊のこんごう型護衛艦としての記憶も有しているため、戦艦時代の高機動戦、イージス艦時代の対空戦闘が得意という特徴があるため、艦娘の中でも高い戦闘力を誇る。ただし、ベースが扶桑海軍最古参の金剛型戦艦であるため、見かけの若々しさとは裏腹に、『船としての年齢』は最年長である。そのため、正体が知れると驚かれるのが常だった。

「う〜、また折衝先の官僚軍人に年のことを突っ込まれたデース!」

「お前は『最古参』だしな……。どうせ赤レンガの若い官僚か、引退寸前のジジイか何かが言ったんだろう?」

「デース!赤レンガの連中はレディーに年齢の事は禁句なのをわかってないネー!」

「しゃーねーよ。ウィッチだって、18超えれば『肩たたき』されるのが今までの常識なんだ。お前の『正体』が分かったら、ヤローどもは突っ込みたくなるんだろうな。これが21世紀ならセクハラで訴訟の嵐だっつーの、赤レンガのむさ苦しい連中はわかってねーな」

と、嘆く黒江。艦娘の存在は扶桑海の戦いの後に軍機に指定され、その存在を知る者は扶桑海当時に彼女らを目撃したりした者達に限られる上に、その存在自体が他国と政治的問題に発展しかねない要素を含んでいたため、連邦軍以外には公表されていない。(日本の艦しか存在が確認されていなかったのも大きいが、逆に言えば、世界主要国の軍艦が『少女』として生まれ変わる可能性がある事が示唆された)

「私が軍艦と言っても信じないから、主砲で移動用の車両をぶっ飛ばして、ギャフンと言わせたデース!憲兵にも通報して、連行してもらったデスヨ!」

「おお、やったな。赤レンガのバカ共にはいい薬になったろうよ」

14インチ砲を有する金剛型戦艦の斉射は壮観だが、赤レンガ(国防省に統合後、旧海軍省は国防省の海軍部として再編された)官僚らは溜まったものではないだろう。車両を壊された上に、憲兵にセクハラを通報されて連行された者が出たのだ(自業自得だが)。そこで彼女が金剛型戦艦の化神であると知らされ、愕然としたとのこと。

「お前が戦艦の化神なんて、普通はまず信じないからな。私の部下だってそうだったろ?」

「デスネ。坂本少佐は眉唾って感じでしたし。主砲で敵をぶっ飛ばしたら、あんぐりとしたケド」

「坂本は船が女って事は知ってるが、軍艦には武人然としたようなイメージを持ってたからな。あの時に長門たちを見てるはずだが、お前と実艦がどうしても結びつかなかったんだろうな。しゃべり方とかで」

金剛の出自は、ブリタニアに依頼して建造してもらった扶桑(日本)最後の主力艦である。その事が金剛のパーソナリティに強く影響を与え、帰国子女を想起させるような、英語交じりのしゃべり方をするようになった。坂本が、『金剛が戦艦金剛の化神である』と言われても、眉唾と捉えたという点の一つに、金剛の出自は知っていても、扶桑で終始運用された点を重視していたからである。(正体を否応なく示された後は、金剛の竣工年を知っているため、敬語を使って接するようになった)

「う〜私はブリタニア帰りなのに〜!」

拗ねる金剛。

「まあ、そう拗ねるなって。未来に駐在してる北郷さんと話したそうだが、彼女はなんて?」

「『扶桑海』に加賀が参戦した時、戦艦の艦影が空母に変わってから、加賀が現れたのが一番の衝撃だったって言ってましたヨ」

「あれなー。加賀のパーソナリティが戦艦改装空母な事のほうが多いからなんだけど、この世界じゃ関東大震災が起きなくて、東南海地震が起こり、ワシントン海軍軍縮条約の成立が遅れた上、その時にかなりの完成率だったから、普通に土佐共々に竣工したんだけど、普通はそこまで行かずに、土佐は海没処分、加賀だけが空母として完成するからなー。この世界の経緯がイレギュラーなんだよな。北郷さんが驚くのは無理ないぜ」

金剛いわく、北郷は加賀が空母として参戦した事が一番の驚きだったようだ。空母搭乗員の経験もあったため、加賀から『自分は空母として生まれるほうが当たり前だ』と言われ、『空母天城』が生まれない(赤城はどのみち空母として生まれる)世界がある事を知らされ、驚愕しきりだったようだ。

「あ、それとその時に尾張の艦長だった、宮里秀徳中将にも会ったんデスが、大和が参戦した時は尾張や長門、陸奥とかの乗員に大和の艤装員になるのが内定してた人たちがいたから、歓声が湧き出たそうデスヨ。」

「そりゃそうだったろうな。目測で70000トン、260m超えの巨艦で、しかも18インチはある砲を備えた艦影が尾張と長門の間に割り込んで現れた上に、他の艦が巡洋艦に見えるくらいの存在感だしな、大和型。まぁ、私らがリークしたのもあって、当時の艦政本部のジジイ共からは恨まれたがな」

金剛の話からは、扶桑海の当事者らが大和の威容を目の当たりにし、実際に建艦している最中の新鋭艦の全容が図らずも有名になってしまったことが分かる。それが陛下の耳にも入り、『扶桑海の際に多くが見ているのなら、今更、隠し通せる理由はない。それに世界が一丸となって戦うべき時に、我が国が『機密兵器』を持つ必要はない』と発言した事、三羽烏がマスコミに情報をリークしたなどの要因で、大和型戦艦の存在は公表され、結果としては国威発揚に活用された。しかしながら、黒江達が戦後に上層部に疎まれた一因は、大和型戦艦を秘密兵器として、『然るべき時』まで隠しておきたかった艦政本部高官らから恨みを買ったためでもあったのだ。

「あ、こんなところにいたんですね、お姉さま」

「ん?比叡か。どうした?」

「あ、はい、中佐。先ほど、高雄と愛宕が出現したと通報がありまして」

「何ぃ!?本当か!?」

「はい、榛名が連れてくるはずです」

「うーむ。実艦がまだ健在なもんも現れるたぁな。と、なると高雄型は全艦来るな……。みっちゃんが聞いたら喜びそうだなあ」

そう。高雄型はこの時期、デモインの出現で第一線級の性能では見なされなくなってきており、後継艦の竣工と配備を待って、順次、第一線から引退する手筈となっていた。その矢先の出現だった。

「よし、皆で出迎えよう。榛名が迎えに行ってるなら、そろそろ来るはずだ。フジにも報告してくれ」

「分かりました」

と、いうわけで榛名が迎えに行った高雄と愛宕を出迎えるべく、港に行った64Fの幹部ら。ここで面食らう事になる。それは愛宕の強烈なキャラが原因だった。

『ぱんぱかぱ〜ん!私は愛宕。皆さん、覚えてくださいね♪』

高雄型の初期の二人の外見は19歳前後だが、真面目っ子である高雄よりも、妹である愛宕のほうが強烈なキャラだったのだ。愛宕は跡継ぎが海自のイージス護衛艦だったのも影響したか、金髪ロングで巨乳という特徴を持っており、日本艦でありながらも、米艦に近い印象であった。

「え〜と、愛宕、お前に聞くが、なんでそんな姿なんだ?まるでアメリカ人だぞ?」

「多分、私の跡継ぎができた頃になると、21世紀でグローバリゼーションが進んだ頃だからじゃ?高雄と違って、今の時点でもイージス艦の力も持ってますから、私」

「なるほど。高雄の跡継ぎが海自の時代に造られたって記録はまだ発見されてないんだっけか……」

そう。高雄は21世紀の頃に後継が出るとも囁かれたが、それがどうなったかの正確な記録は散逸のために不明であるが、愛宕は21世紀前半期に海自の主力であった確かな記録がある。

「これで高雄型の初期艦は揃ったな。だが、お前らの能力だと、打撃戦では宇宙艦時代の能力でないと不利だぞ。デモインが続々登場してきたからな」

「ええ、わかっています。対艦ミサイル含めても、デモイン級の装甲は抜けるか微妙ですから、その時にはショックカノンで対応します。いささかオーバーキルですけど」

「頼むぞ」

そう。実艦の彼女らが退役を余儀なくされた理由は、史実での史上最大かつ最強、最後の重巡『デモイン級』の整備である。かつての弩級戦艦に匹敵する規模の船体と速射砲を備えた同艦は戦艦を交えない戦いでは、ほぼ無敵を誇る。そのため、扶桑海軍は本来なら空母重視にしたいが、ウィッチ閥の妨害や高雄型などの陳腐化、金剛型戦艦の半数喪失などもあり、その代替も兼ね、廃案になったはずのB65型超甲巡の計画を復活させたのだ。


「あなた達の取り扱いは追って通達が来るでしょう。とりあえずは我が隊で身柄を預かります」

「お願いします」

空軍が海軍の艦である彼女らを預かるのは、お門違いであるという批判がこの頃、海軍からあったが、艦娘の存在を大々的に公表すると、連合軍内部で『不公平だ!』という声が出るのを懸念する声が首脳部などから出ており、当時の空軍司令が海軍出身の源田実であった事もあり、空軍が艦娘の身柄を引き受けていたのだ。武子の決定もあり、高雄と愛宕は64F預かりとなった。




――ベルギカ(ベルギー)と旧カールスラント本土の国境線

「分かりました。よろしくお願いします」

「Okデース。私に任せてくださーい」

と、電話を終えるミーナ。扶桑からの連絡事項を金剛から伝えられたが、金剛のアクが強いキャラに圧倒され通しであった。

「とても戦艦金剛の化神とは思えないわね、金剛さんは」

「まったく、あれで軍艦とはな。もう少し落ち着いた態度を取って欲しいものだ」

バルクホルンは金剛の明るいキャラに振り回された事があるためか、微妙な態度を見せる。『軍艦は女である説』が裏付けられたため、カールスラント海軍の提督の一人『リンデマン』大佐が大いに嘆いていた(彼は「軍艦は彼と呼ぶべきだ」と主張していたが、艦娘の存在で『軍艦は女である』説が実証されてしまった)のを見ており、金剛の見かけ相応とは言え、シャーリーのような明るい性格なのには軍艦かしらぬ態度と考え、難色を示していた。

「仕方がないわ。ブリタニア生まれの帰国子女のような経歴だもの、金剛さんは。でも、扶桑戦艦最古参の実力は伊達じゃないわ。見かけよりもずっと落ち着いてるような一面もあるもの」

金剛は最古参の戦艦であった都合、見かけよりも落ち着いた側面がある。それは連合艦隊旗艦経験者でもあるからで、実戦での統率力も坂本やミーナ、黒江らに引けを取らないほどである。

「連合艦隊旗艦の経験があるからな、金剛には。最も、私達の世代には旗艦は長門のイメージが強いがな」

「そうね。でも、何故公表していないのかしら?彼女らの力を公にすれば、戦いも…」

「恐らくは、今のところだが、扶桑の軍艦しか出現していない事による不公平感の噴出、仕事を奪われると誤解する海軍ウィッチ閥の動きを警戒しているのだろう。そもそも我々と彼女らは空と海とで領域が全く異なる。が、空母もいるので『自分達の役目を奪われる』と恐れ、クーデターを起こすし、扶桑に傾くミリタリーバランスを警戒しているのだろう。だから、彼女らを表向きは秘書官としてるのだろう」

バルクホルンの推測は合っていた。艦娘の出現は空母ウィッチの領域を一部犯す事が確実で、空母ウィッチが持ち得ない『戦艦の火力』を高機動戦で行使可能というのは、確実にミリタリーバランスを大きく扶桑に傾かせる。それは大いに政治的問題に他国がしかねないため、艦娘の公表を控えているのだ。

「なんとも言いがたいわね。ウィッチに向けられていた怨嗟が今度は彼女らに行くなんて」

「未来世界の兵器のおかげで、男達のウィッチへの劣等感が薄れたろう?そのウィッチが今度は彼女らへ怨嗟を向ける可能性を危惧せねばならんとは……。皮肉なものだな」

「因果応報って奴ね……ん?電話?誰からかしら。……はい、こちら……。は!?ビスマルクが!?」


驚きの情報が伝えられたらしく、ミーナは顔を青くする。そして、すぐに出撃準備に移る。

「お、おいどうしたんだ、ミーナ」

「ビスマルクが現れたのよ!」

「な!?」

「その金剛さんから連絡よ。艦娘のビスマルクが今、ティターンズ艦隊を中央突破しながら航行しているらしいわ。現地に行って、彼女と合流しろと命令が下ったわ」

「なぁ!?ここはベルギカとの国境線だぞ!ストライカーの航続距離が……」

「連邦軍の空中空母でストライカーを履けばいいわ。格納庫の三座型コスモタイガーで向かうわ」

「何、お前、いつの間に操縦を!?」

「実はコツコツと覚えてたのよ。一昨年は恥をかいたから、それを覆すためよ」

「なるほど……」

「行くわよ、トゥルーデ」

「わ、分かった!」

金剛からの通報で、高雄らと同時に欧州に現れたビスマルクの救援に向かうミーナとバルクホルン。金剛は意外に年の功か、秘書官としても有能で、顕現からの2年あまりの間に各国海軍上層部や末端に多くのファンを獲得し、そのネットワークを活用していた。三羽烏の1945年夏以後に得たのコネの多くは、金剛や長門などの艦娘方面からのコネだったのだ。


――1947年の太平洋戦争を裏で支える艦娘達。扶桑海事変中から出現し始めた『艦娘』達は、この太平洋戦争に至る運命を暗示するかのように現れ、一部の将官らはその準備を行っていた。



――扶桑海軍艦隊旗艦『三笠』

「そうか、ビスマルクが現れたか」

「欧州方面はやっぱり欧州艦のようだね、多聞丸」

「うむ。あわよくばこのままカールスラント海軍をそこそこにしてくれればいいがね」

1946年度に再編された扶桑海軍の司令長官になった山口多聞は傍らにいる秘書官からの報告を受ける。袴姿で、額に日の丸の鉢巻をしたこの少女の秘書官こそ、史実で彼が最期を共にした乗艦『飛龍』だった。

「でも、あの時のドイツ海軍はめちゃんこに弱いよ。せいぜいプリンツ・オイゲンとティルピッツくらいしか……」

「ポケット戦艦を忘れてるぞ、飛龍。……が、あれが来たところで心許ないがな。まあ、カールスラント海軍の水上艦は昔と違って、宛にならんから、仕方がないが」

「あそこは技術が20年遅れてるしね」

山口多聞と飛龍は公然とカールスラント海軍を『技術が遅れている』と発言する。それはミッド動乱で明らかになった他国との技術格差を実感したからだろう。

「せっかく天城型を提供したというのに、早くも沈めたからな。奴らには空母機動部隊を作る気がないのか?まったく」

「と、いうよりは単にノウハウ不足じゃないかな?私達には鳳翔さんや赤城さんたちが培った運用ノウハウがあるけどさ、向こうは0なんだし」

飛龍は間接的にカールスラントを擁護した。運用ノウハウを確立した自分達と、第一次大戦の痛手で水上艦のノウハウの継承を失敗したカールスラントは比べるべくもないからだ。

「それもそうだがね」

タバコを吹かし、戦闘指揮所の様子を見つめる山口多聞。本来なら、『この時代にあってはならない』ほどの高度なコンピュータ装備。そして、別の世界で末後を共にした乗艦の化神が傍らにいる。不思議な状況になりつつも、かつての連合艦隊司令長官のポジションについた自分の状況を思う山口多聞だった。





――この1947年度に、圭子によって撮影された、秘書官の仕事に勤しむ金剛の写真が、圭子が1956年に出版した太平洋戦争の回想録に載せられている。年代の都合上、白黒写真であったが、普段の巫女装束のスタイルではなく、ごく一般的なスーツ姿で、机に溜まった書類と格闘しながらも、圭子の撮影に気づいて、困惑する姿が克明に記録されており、意外に秘書官としての仕事にも真摯に取り組んでいた証だった。金剛の奮闘は扶桑海軍上層部も知っており、金剛にお茶を送った提督がいたとか、いないとか。



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