外伝2『太平洋戦争編』
四十話『宇宙艦隊戦とイオナ』


――作戦の発動と同時に動き出す艦娘達。伊401潜の艦娘は「しおい」という名を持つが、それとは別に『イオナ』という姿を持つ。そのため、他の潜水艦娘達よりも格段の戦闘能力を持っていた。宇宙に出たアルバトロスへ情報を送信しつつ、通商破壊を敢行出来るほどの余裕ぶりだった。

「と、言うわけだ」

「分かった。……で、その姿だと、しおいじゃなく、『イオナ』と呼ぶべきだな、お前」

黒江は自室でイオナからの通信を受信した。イオナとしての彼女の能力は間違いなく、帝国海軍潜水艦最強である。本来は実戦経験皆無である分、むしろ『イオナ』として振る舞う方が気が楽であるのか、変身している事が常態な『珍しい』艦娘である。

「私にとっては、この姿でいたほうが気が楽だからな。艦娘本来の姿では諸先輩方の足元にも及ばん。」

「新参者って、か。お前も意外に苦労してんなぁ。知り合いにそっくりな声だから、誰かと思ったぜ」

イオナの声色は、西住みほとほぼ瓜二つである。みほと比較すると『おちゃらけた』側面があるのを反映して、『おっさん系』女子の毛を窺せる。それで区別がついたのだ。

「それは何かと言われる。敵の情報ネットをハッキングして、そちらに必要と思われるデータを送信した。あとで端末から確認しておいて」

「了解。ん?お前、今、雷撃中か?」

「敵泊地の威力偵察中。どの道、この姿になった私に1940年代の対潜武器では傷もつけられない。」

イオナとしての彼女は、『メンタルモデル』能力の見本であった。艤装を変形させ、超潜水艦として形成。それに乗り込んで戦闘を行う。23世紀水準の科学でも『最先端』なほどの装備を使えるため、当然ながら、1940年代水準の駆逐艦など物の数ではない。ただし、自衛隊が知る、その『姿』のモデルとも言うべきメンタルモデルとの微妙な差異がある。超重力砲ではなく、『波動砲』が代わりにあるため、単位面積当たりの破壊力ではむしろ上回る。

「お前なぁ。超絶ハイパーチートじゃん……。霧の艦隊してるお前に、フレッチャー級が一万隻かかろうが敵うかよ」

「それもそう」

「うーむ。お前のそのメンタル、『原作版』がベースか?饒舌だし」

「特に意識はしていないのだが、どちらかと言うとそう」

黒江も、イオナのその姿のモデルとなった漫画は読んでおり、自衛隊連中が変身能力を『メンタルモデルモード』と呼ぶ理由を知っていて、それに加担した。モデル元はメディアによって、キャラクター像に差異があるが、しおいとしてのメンタリティが多少なりとも影響したらしく、どちらかと言うと饒舌な『原作漫画版』がベースになっている印象を受ける。

「敵巡洋艦を撃沈。撃沈前の推進音などから推測すると、『ブルックリン級』」

「うわーお。先輩達が聞いたら血の涙もんだぞ。前世では伊号潜水艦は『ボカチン』の象徴だったんだし」

黒江の言う通り、伊号潜水艦は静粛性能の低さなどから、戦果よりも『悲惨な生存率』のほうが後世に著名だ。奮戦した巡潜乙型にしても『日本潜水艦はダメダメ』の評価を拭うまでには至っていない。そのため、格段の高性能を誇る自衛隊型潜水艦がその主役の座を奪い、伊号潜水艦との交代が進んでいる事実もある。

「仕方がない。私の能力であれば、太平洋艦隊を一隻で沈める事も理論上は可能。だけど、そうは問屋が卸さない。魚雷の生成にもタイムラグはあるし、補給整備も必要」

「それで釣り合いとってるってか。んじゃ、情報サンキュー。ダウンロードして見るわ。切るぞ―」

「そちらの武運を祈る」

「ありがとよ」

イオナとの通信を終え、情報端末に送られてきた敵の情報をダウンロード・解凍して閲覧する。ティターンズの宇宙艦隊はその残存部隊が主だが、この二年間に正規軍を脱走したティターンズ出身兵らを飲み込んだらしく、意外に大規模な宇宙艦隊を形成していた。その旗艦はアレキサンドリア級宇宙重巡洋艦であり、その二番艦にあたる『アル・ギザ』である。元アルビオンのクルーの少なからずはこの艦のクルーへ転身していた。彼らはデラーズフリートとの戦いの後、横滑りでティターンズ入りしており、ティターンズから弾かれたコウ・ウラキやチャック・キース、一時は収監中であったエイパー・シナプスがエゥーゴ/連邦改革派の中興でエリートコースを邁進しているのとは対照的に、転落人生まっしぐらであった。エリートから一転して『反政府過激派テロリスト』のレッテルを受け、多くが不当な処罰を受けている。そのため、ティターンズ残存部隊の誘いに乗る形で、元アルビオンクルーの半数は残党に加入していた。

「アル・ギザ?確か、元のアルビオンのクルーがグリプス戦役の時に回された艦だったな。彼らも敵に回っていたとは。旧式だが、サラミスやマゼランよりは遥かに手強い相手だな」

ティターンズ艦隊の多くはラー・カイラム級とクラップ級の就役前の前世代艦で、最新のでアレキサンドリア級とペガサス級の改型、アンティータム級補助空母と『戦争博物館』ものだった。特に戦艦の大半はマゼラン級で、ラー・カイラム級が一隻援軍に来れば、『一隻で二艦を相手取れる』程度の性能差があり、ペガサス級でも単艦であれば圧倒可能な程度の戦力だ。

「MSさえありゃ、マゼランなんぞ演習の的みたいなもんだが、サラミスは意外に侮れないからな。気をつけよう」

マゼラン級が急速にラー・カイラム級へ取って代わられた背景には『ミノフスキー粒子で近接防御システムが無効化された上、戦前と異なり、ビームが艦砲となったためと、MSが主役に躍り出た事で生存率が下がった』事があり、戦後はアレキサンドリアかペガサス級が旗艦の任を担うことも増え、ラー・カイラム級の完成と量産に前後し、正規軍では退役している。むしろ、ミノフスキー粒子の薄い状況下では、元々の性格上、サラミス級のほうがよほど手強い相手であり、サラミスがまだ現役の理由である。

「イオナのデータによると、サラミス改の後期型と防空型が半々か。それで、マゼラン改級の前期型か。まぁ、機動戦でマゼランは的だから、落としやすい分、スコアは稼げるか」

艦艇エースという分野は昔で言えば、雷撃機・爆撃機の領分であったが、現在ではMS/戦闘機パイロット共通の分野になった。23世紀では、『外洋艦』は波動エンジン/フォールド機関/思考制御機関搭載艦が、それ以前の艦は沿岸警備隊用の船のような扱いである。ロンド・ベルが外洋に繰り出すことを想定して、シナノが回されたのも『外洋』任務のためだ。

「さて、フジに報告するか」




――艦長室――

「と、いうわけだ」

「なるほど。まぁ、今となっては、艦艇はそれほど脅威ではないわ。問題はMSね」

「宇宙には優先して新鋭機が回されてるだろうから、最低でもマラサイだろうな」


武子と黒江は推測し合う。MSについては詳しいデータはないが、ネオ・ジオンの援助を受けたのであれば、ギラ・ドーガやドーベン・ウルフ、ザクVが出て来る可能性もある。それらは腕が比較的良い自分達が引き受けるしかない。

「直掩部隊はどう編成する?」

「隊長を智子にやって貰おう。雁渕のお守りもしなけりゃならんしな」

「アムロ少佐の護衛は任せたわ。敵が出てきたら、なるべく貴方達で片付けて」

「まぁ、雁渕はMSの経験は浅いし、前線にゃまだ出せん。あいつの適正を見定めない事には、上位機種は与えられん」

RX系、Z系、ジェスタなどの上位機種を扱えるウィッチは数少ない。コスモストライカーも量産ペースには乗っていないので、64Fも全てのメンバーは連れてきていない。そのため、なるべく攻勢部隊が敵を撃破する事が求められ、アムロがそれを率いる形であった。アムロのハイν、Zプルトニウス(ライトニングガンダムフルバーニアン)、EX-Sの三機が主軸であり、それで敵の半数を接敵段階で屠る事が求められた。

「ライトニングガンダム、どうなの?」

「リ・ガズィの系列に属するが、使い勝手は遥かにいい。射撃主体だから、44や84と似たような扱いで使う」

ライトニングガンダムを実機として開発した場合、リ・ガズィの発展・後継機という形になる。リ・ガズィ系は低評価されがちだが、大半のZ系にない『頑丈さ』が売りであり、その長所を伸ばしたのだ。

「リ・ガズィは何がダメなの?」

「それは俺から説明しよう」

「アムロさん」

「リ・ガズィはあくまで量産を目指したから、可変機構の代替にバックウエポンシステムというので代用したんだが、いささか戦場だと使い勝手悪くてね。離脱の時の隙を突かれて、丸腰にされたりした事もあって、結局は可変機構の弾力的運用に方向性が行ったのさ」

リ・ガズィの『失敗』は開発チームを愕然とさせたが、アムロが駆ればニュータイプ専用機に伍する能力ポテンシャルはある。その点は評価されたが、第二次ネオ・ジオン戦争での事例を鑑み、結局は可変機構を保持しての量産の方向性に進み、ZUの設計を用いての『リゼル』の量産となる。これは大成功であるが、性能ポテンシャルは『ジェガンの最終型がメタスになれる程度』であり、これまた問題となり、リ・ガズィカスタムが量産ペースに載せられた。なので、Zの量産アプローチは困難であるのが分かる。

「アムロさん、リ・ガズィ嫌いなんスか?」

「好きではないな。運用法がZ系ではないから、苦労もあったからね」

アムロはZ系を好むので、リ・ガズィには辛辣な感想であり、Zガンダム三号機を予備機にしているあたり、可変機構も好むらしい。

「ZZは?」

「あれはZというより、火力重視のRX系に近いから、また別にカウントしている。リ・ガズィ乗るんなら、ディジェに乗るな」

「うわーお」

「ディジェも悪い機体じゃない。リック・ディアスの素直さを継いでる分、楽に乗りこなせる」

「リック・ディアス、んなに楽なんスか?」

「ああ。乗りこなせば、ジムUやハイザックなら物の数じゃない。奴もエゥーゴ時代にそれを証明している」

シャア・アズナブルもリック・ディアスについては高く評価しており、その性能的優位性をグリーンノア潜入で証明している。系統としてはサイサリスの後継のような立ち位置なので、サイサリスはZ系の源流の一つと言える。

「今でも、一部は使用されてるよ。旧式だが、機動性は今でも通用するから」

「へぇ」

「敵は恐らく、ジオン残党狩りの際の鹵獲機や、ネオ・ジオンからの援助でもらった機体も出すと思う。連邦・ジオンの雑多な混成だ。問題は相手方にイフリートがいるかどうかだ」

「イフリート?」

「旧ジオンが作り出した、接近戦では最高クラスの能力を持つMSだ。侮れない敵だが、現存数は少ないのが救いか」

――第二期MS(ガンダムF90以後のMS)が現れる時代となっても、イフリートは強烈な印象を連邦に与えていた。元々、イフリートは地上用であったが、極僅かな機体が宇宙用に改造され、連邦軍に恐怖を与えたという未確認記録もあるため、グフ・カスタムと並び、現在でも連邦の恐れる機体の筆頭ともされる。(エース級パイロットが接近戦重視の機体に乗った場合、機体の真価を発揮するという証明)

「接近戦重視の機体にエース級が乗れば、汎用型MSに優る局面を作り出す例だ。哨戒機からの報告は?」

「報告によると、ここから数時間ほどの距離に敵の演習中の艦隊があります。陽動の意味も兼ねて、これを叩きます。距離があるので、ハイνで行くのであれば、ヘビーウェポンを使用してください」

「了解だ。よし、出撃だ。皆をブリーフィングルームに集めてくれ」


――ブリーフィングルームで作戦の説明がなされる。攻勢部隊が敵を奇襲、ヒットアンドアウェイで艦艇から撃沈。次いで、第二波がMSを、それで撃ち漏らし、接近したた敵を直掩部隊が落とすという事になった――


――アルバトロスはアレキサンドリアの試験も兼ねていたのか、アルビオンよりMSデッキ容積が拡大されると同時に、艦の大きさも拡大しており、正確に言えば『改アルビオン級』となる。連邦の主力機の多くが小型化した時代では、デッキに余裕ができており、建艦当初の想定より搭載数は多くなっていた。(当時の想定通りの大きさのMSがガンダム系だけであるのも大きいが)また、大気圏再突入用の前部胴体の変形機構を入れたため、アルビオンよりかなり大きい印象を受ける。それに従い、MS搭載数もこの作戦当時はかなり積み込んでおり、哨戒機を入れれば、かなり大がかりな戦力である――



(本当にMSで宇宙戦?私、デザリウムの時にちょびっと触れただけなんだけど…)

ブリーフィングルームにいる間、雁渕はかなり冷や汗をかいていた。MSでの操縦経験はあるが、宇宙での経験は殆ど皆無で、素人よりはマシ程度の実力である。デザリウム戦役では、従軍が割と遅かったのもあり、出撃の機会もあまりなく、今回は『員数合わせ』で連れてこられたのは否めない。そのため、いくら訓練を積んだと言っても、まだ『よちよち歩き』の粋であり、これが孝美が妹を理解する第一歩となった。妹がやる気があっても、天性の才能に恵まれていないように、孝美は本来、畑違いと言える『機動兵器』の操縦には多大な苦労を強いられていた。スリーレイブンズと違い、機械に強いわけでもなく、自分で車の運転すらしたことがなかったのだ。(士官である故、従卒がいたためもある)当然ながら、スリーレイブンズ、その中でもとりわけ智子のお叱りが飛び、日々苦労している。スリーレイブンズは必要に迫られた&元々の素養もあり、すぐに機動兵器にも適応できたが、そのような事例はむしろ少数派で、普通は雁渕のように、四苦八苦するのが当たり前である。ましてや本来なら、ウィッチ達は自家用車は愚か、単車すら一般国民の多くが保有していないような時代の人間なのだ。(扶桑皇国でも、当時、自家用車は軍人でも佐官級以上でないと持てない金額であった)特に扶桑皇国でも、自家用車を持つのは、華族や資産家、皇室、高級軍人に限られており、大衆は自家用車と単車を『お金持ちの道楽』と認識していたため、連邦の援助で『道路網が整備』される事に不要論すら生じた。だが、軍隊の円滑な輸送には道路網は必須であり、当時は戦車兵の不足が問題となっていたのもあり、それを確保する土壌作りをするためもあり、大衆車計画が進められた。

――しかしながら、扶桑にモータリゼーションの風を吹かすのは、双子国・日本から大量に持ち込まれた軽トラックであった。日本の資本で開発される地域の建築に携わる人々の軽トラックを見て、扶桑国民の多くが自家用車へ憧れを抱くようになるのだ。その後、雁渕もその流れに乗り、大衆車を買うことになるが、それは別の機会に――



――さて、アムロ達は出撃した。アムロは腕はそこそこだが、装備は良い二人の『お守り』も兼ね、ハイνガンダムにヘビーウェポンシステムの高機動仕様を施していた。また、アムロの意向でフロントスカートに大型対艦ミサイルを携行したため、彼としては珍しいほどの重武装だった。

「アムロさん、今日は重武装ですね」

「今日は君らのお守り以外にもやることは多いからな。それでヘビーウェポンを装備した」

ハイνのヘビーウェポンの武装は当時の連邦系18m級MSの考えられるだけの最高クラスの武装を揃えており、ヴェスバーやGバードこそ装備していないが、むしろそれ以上に凄いものを積んでいる。それでいて、可変MSに追従できる速度を叩き出すという『ハイスペック』ぶりだ。

「なんかそれ凄すぎですよ。ライトニングガンダムとかGクルーザーに追従できるなんて、ハミングバードくらいだと思ってました」

「何、シャアの新型は素でハイνに匹敵する速度を叩き出すと聞いてね、それでバージョンアップをしたわけだ。おかげで重量増を打ち消すどころか、余剰推力で機動力アップしたんだ」

「アナハイムの奴ら、相変わらずバケモン作りますね」

「あそこは金さえ積めば、V2でも作ってくれるよ。工場も独立採算制だから、フォン・ブラウンとグラナダでライバル意識強いし」

アナハイム・エレクトロニクスはこの頃、次第に連邦内部で影響力を持っていたビスト財団の影響下を抜け出しつつあった。ビスト財団は宇宙移民開始前後に身を立てたサイアム・ビストが設立した財団で、最盛期にはアナハイム・エレクトロニクスさえも影響下に置いていた。サイアム・ビストは子孫に受け継がせる形で、財団を維持していた。だが、宇宙大航海時代においては、ビスト財団はその栄華に綻びを見せ始める。元々、創設者のサイアム・ビスト自体、『大航海時代になった以上、財団の役目は終わりつつある』と悟っていたが、彼の孫娘はアナハイム・エレクトロニクス社長の妻であり、その立場とビスト財団の中枢にいるという点を利用し、長年、月の専制君主のように振る舞っていたが、その事がレビルを始めとする改革派を動かす事になる。レビルはサイアムから、ある事を依頼されており、それがマーサ・ビスト・カーバインの逆鱗に触れた。だが、ビスト財団と言えど、レビルの排除は流石に無理であった。国民から絶大な支持があり、一年戦争最大の英雄であるため、当然ながらレビルに心酔する者も大勢いる。旧OZの精鋭であるプリベンター上層部、はたまたスーパーヒーロー、あるいはデューク東郷までもが雇われているため、彼らも手が出せない。正に鉄壁の防御であるため、ビスト財団の暗殺部隊が逆に返り討ちに遭う事もこの数年は常態化していた。

「アナハイム・エレクトロニクスの中でも、いよいよ以て、ビスト財団の影響力は弱まり始めた。レビル将軍の暗殺も何回か試したようだが、全て阻止された上、ビスト財団の一部の企みを週刊誌にプリベンターがリークした。そのおかげでバッシングが始まっているから、ビスト財団もそう長くは持たんだろう」

アムロの言う通り、ビスト財団はその終焉への道を歩み出した。サイアム・ビスト自体がニュータイプ達を見た事で、希望を後世へ託す選択を取っていたのも財団の多くの人々にとっては予期せぬ出来事だった。アナハイム・エレクトロニクスの筆頭株主であったものの、改革派の人々が彼らを『人類には必要無くなったもの』と見なしている事で、ビスト財団は力を失い始める。それは緩やかであったが、確実に、かつてのローマ帝国が滅びに向かう時のように、ビスト財団を蝕み始める。関わった人々の思いとは裏腹に、歴史に必要とされなくなった『存在』の解体はゆっくりと始まるのだった。

「持たないとは?」

「ローマ帝国もだが、終焉の時と言うのは、何かかしらのきっかけがある。ローマ帝国はある時に民族大移動や疫病が起こって滅んでいったように、今回の場合も、連邦憲章もガトランティス戦の直後に変わっている。その改正はビスト財団の力の根源を揺るがすものだった」

――連邦憲章はガトランティス戦役を期に大改正が行われ、ビスト財団の力の根源たる『ラプラスの箱』の威力は大きく減じた。右派議員を焚き付けた事で、財団の権益を『乱す』リリーナ・ピースクラフト(現ドーリアン)の失脚の道筋こそつけたものの、リリーナ・ピースクラフトの真意は『軍備の完全放棄』ではなく、『防衛的軍備への転換』である事が退任後に公表された事がビスト財団、とりわけマーサ・ビスト・カーバインに痛手となった。リリーナ・ピースクラフトは本来、『軍備を整理して、銀河系を防衛するに必要最低限の防衛装備を持つ』という考えを持っており、その際には国民投票を行う腹づもりだった。これは公式文章にも残されており、彼女はバッシングであるような『若さで突っ走った夢想家』ではなく『現実と向き合い、その上で然るべき選択を取っていた』事を意味する。マーサの誤算は、このリリーナ・ピースクラフトの聡明さであり、その高潔さであった。また、彼女の理解者と言えるレビルの帰還も予想外であった。そのため、レビルの『帰還』そのものは何億分の確率で生じた奇跡であったが、ビスト財団のマーサ・ビスト・カーバインにとっては苦々しいもの以外の何物でもなかった。レビルは改革派の首魁であるので、その改革派が勢いづけば、軍需産業で膨大な利益を得ているアナハイム・エレクトロニクス、ひいては財団を排除するのではないかという危惧(実際は軍備再建でアナハイム・エレクトロニクスを重宝した)がマーサにはあった。その危惧がやがてビスト財団を混乱させ、財団そのものの解体へ向かわせるのであった。――



――戦場――


「目標を捕捉した。上から仕掛けるぞ、続け!」

アムロは対艦戦の折には、一年戦争以来、上方からヒットアンドアウェイで痛打を与える手法を好む。ミノフスキー粒子でレーダーの効果が下がっている事、味方が敵を引きつけている事を前提にしているが、宇宙艦隊戦は三次元の戦いであることを改めて示す。対艦戦では艦砲・艦橋を同時に撃ち抜く彼のやり方は、白き流星の名をジオンに知らしめた神業。圭子でも攻撃の確実性を得るため、一箇所に的を絞るのに対し、アムロは短時間で複数の目標へ連射し、ほぼ同時に破壊する。一年戦争でムサイに対して行った手法だ。


――ティターンズ艦隊

「あれはガンダ……!?」

と、叫ぶ間もなく、サラミス防空型の一隻が轟沈する。隣のマゼラン改の艦橋要員が慌てて、モニターで上方を確認すると……

「アムロ・レイ……白い悪魔……」

と、艦長が固まる。アムロはグリプス戦役頃からパーソナルエンブレムを持つようになっており、HI-νガンダムに描かれたエンブレムは、『戦場にアムロ・レイとガンダムがいる』ことの誇示としての役割を果たす。連邦軍保守派が恐れた『ニュータイプ+ガンダム』の組み合わせの中でも、最良と言われる『ガンダムとアムロ』。その正統後継機が更にフルアーマーになって襲いかかるのだから、ティターンズもパニックに陥るのは当然だった。

「撃ち落とせ!」

マゼランとサラミスの弾幕が張られるが、三機は紙一重に回避していく。すでにEx-S、ライトニングガンダム共にMS形態になっており、二機を操る二人は、アムロに追従するための操縦を必死に行う。アムロが超人じみているだけで、他の二人も充分にエース級の動きである。アムロについていこうと必死になる事で、操縦のコツを掴んでいく。ある意味では二人の運命の暗示でもある。

「落ちろ!」

アムロは、マゼランをハイメガシールドで沈め、敵MSをフィン・ファンネルで始末する。ファンネルを操りながらの機動戦闘は、アムロでなくても、一定水準のニュータイプ(強化人間)であれば可能だが、フィン・ファンネルを陽動に、本体による格闘攻撃で仕留めるというのは高等戦術であり、意外に難易度は高い。アムロやシャアほどの手練になると、ファンネルは陽動と本命に分けて使い、格闘攻撃も織り交ぜて用いる。そのため、ファンネルを避けても、本命による追撃が待っている。νガンダム系はバルカン砲の口径も90ミリへ上がっている。ティーガーの主砲を連射するようなもので、通常のバルカン砲より遥かに高威力である。そのため、バルカンで敵の頭部破壊もやってのける。

「すげえ、あれがアムロさんの戦い方か……」

黒江はアムロの遠近に万能な戦いぶりに圧倒される。黒江もエースで名が通ったが、歴史改変後の現在では、遠距離というよりは近距離での格闘を好む傾向が強い。そのため、ライトニングガンダムの遠距離重視の武器を扱うのは意外に苦戦している。

「遠距離戦は得意じゃねーが、やるっきゃねー!」

ライトニングガンダムのビームライフルは改良されたバックウェポンシステムを活用する事で、肩部とビームキャノンと接続し、オープンバレルのハイビームライフルになる。狙撃は圭子の領分だが、敵をなるべく多く射線に巻き込み、撃つ。

「た〜ま〜や♪」

ビームが背後のサラミス改ごとMS隊の一群を消し去る。そして、黒江の本分たる格闘に入る。この分野は得意分野であるので、グレートマジンカイザーとも剣で渡り合えると豪語している。そのため、MSパイロットとしては、格闘とマニューバが得意であり、ウィッチとしての原初の特性に立ち戻っていた。MSパイロットとしての癖に、元来の技能における昔の癖が反映されるという例だった。

「喰らえぇ!!」

ビーム・サーベルを振るい、マラサイを流れるように一刀両断する。そのあたりの動きは剣のプロの黒江が苦心して作った剣戟プログラムを『噛ませてある』ので、黒江の癖が反映されている。その秘密はMSの制御OSにある。コズミック・イラ出身者が23世紀世界のMSに驚くのは、MSの動きを『モーション別』に記憶させる事で、それで千差万別の動きを再現できる事による一定の『オートマチック化』である。この恩恵により、連邦軍やネオ・ジオン軍では、使えるモーションが兵士達の間で、高値で取引されている。作成ソフトの登場により、最近は独自のモーションを自分で造れるようになったので、ウィッチ達の内、コンピュータに触れる者は自分で最適なモーションを作成して組み込めるし、そうでない者もネットワーク間で自動アップデートされるので、モーション選択だけで済む。整備兵の負担軽減にもなるので、愛機の既存モーションが気に入らない場合は自己作成が奨励されている。そのため、連邦・ジオン両軍では兵士・士官を問わずのモーションづくりが盛んであった。ただし、デバックが大変なため、最終調整の際には整備兵を手伝うように両軍で通達されている。ロンド・ベルにはアストナージという『メカニックのプロ』がいるので、ロンド・ベル所属であれば彼のチェックが入るので、ロンド・ベルでは、比較的円滑に新モーションが随時アップデートされている。アストナージであれば、失敗しないようにアドバイスが出来るので、アムロ、カミーユ、ジュドーと言った猛者達からも絶大な信頼を受けている。MSのみならず、VFであろうが、ストライカーの機械部分であろうと、デバイスであろうとも、スーパーロボットであろうと、全て完璧な整備がこなせるという点で、真田志郎、大山敏郎(トチロー)と並び称される『三種の神器』である。そのため、黒江がストライカーなり、聖闘士としてする『癖』が反映されていて、ライトニングガンダムは『剣豪』じみた動きを見せていくのだった。


――アルバトロスの艦砲射撃はウィッチの中で『砲術の心得』を教えられた世代の古参が制御しており、ミノフスキー粒子散布下での砲戦をすぐに飲み込み、支援攻撃を的確に行う。宇宙艦では『陸も空も海も無い』ので、砲術に関しては、海軍出身者が責任者である。そのため、砲術は海軍出身者、それも促成世代でない古参達の手に委ねられており、縁の下の力持ちと言える。

「バイタルパートをやったな」

「ですな。砲塔をぶっ飛ばした模様です」

彼女達はスリーレイブンズよりも遥かに年上の世代で、1930年代初頭に士官なり、曹長以上だった世代。北郷と江藤から見ても『先輩』と呼ばれる年代のリウィッチだ。

「おし、もう一発行くぞー!」

メガ粒子砲が動き、遠隔コントロールで照準が合わせられる。海軍ウィッチで航空分野がない時代は、砲術を担当する事もあり、彼女達はそのような教育を受けた最後期の世代。実年齢は既に30代前半に達しており、中には子持ちである者も出てきている。砲術訓練は武子&智子の世代までは行われていたが、戦艦の砲術となると、海軍出身者を駆り出す必要があった。それは的を射ており、砲撃戦でも、サラミスを圧倒する戦いを見せる64F。戦いはこれからだ。



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