外伝2『太平洋戦争編』
八十五話『当然の混乱』


――ウィッチ世界は21世紀の世界各国の思惑に振り回された結果、オラーシャ帝国の衰退、ガリア共和国の影響力減少、カールスラントの軍事力の歯止め、ブリタニアの中興と、扶桑の強大化という結果を起こした。扶桑はカールスラントの暴走の抑止力を期待されたため、装備は矢継ぎ早に更新されていったものの、扶桑軍は装備の国産化を成功させていたため、それまでの車両と規格が違う戦後の大型化した装甲戦闘車両には反発も大きかった――

――扶桑の国防省――

市ヶ谷に建設された国防省は、日本の防衛省と同一デザインで建設されており、開戦時の本土では珍しい、鉄筋コンクリート造ビルだった。そこには、前線から新兵器への苦情も届いていた。それは『新型の戦車が大きすぎる!!』、『こんなもの送られても困る』と言った末端の部隊からの苦情であった。彼らの判断基準は戦前期の国産軽戦車だったりしたため、『M41軽戦車』などを目にして、『これ、中戦車の間違いやろ』と述べるケースが常態化していた。既に戦前型軽戦車の生産ラインは閉じられ、戦中型中戦車も軒並み生産終了しており、大型化した戦後型戦車群の配備が進められている現状では、軽戦車すらも76ミリ砲装備に飛躍していたため、前線部隊の混乱ぶりは大きかった。航空分野も書類が大幅に書き換えられてしまったため、それまで『特殊戦闘機』とされたジェット機がレシプロ機と同列にされてしまったため、混乱が起きていた。

「何故、奮進機を従来機と一緒に扱うのか」

この質問は日本連邦の扶桑系高官に多い疑問であったが、日本側にとってはジェット機が当たり前であるので、その点が時代の差による齟齬だった。アメリカ軍(リベリオン軍)のように、次期主力戦闘機とする思惑は扶桑にはそもそもなかった。メッサーシュミット(ウィッチ世界では「シャルフ」だったが、未来世界にそう言われまくったのがカチーンときたのか、本当にメッサーシュミットに改名してしまった)の運用を参考にしようとしていたら、そこに色々な戦訓が入ってきたために、いつしか制空の主力になっていたというのが本当のところだ。

「いいですか、皆さん。このスチュワートは軽戦車です。で、このパーシングとウォーカーブルドックが敵の次期主力戦車です」

「これが敵の次期主力だと言うのかね!?」

「参考までに、これが21世紀米軍の主力戦車のエイブラムス、で、その隣が地球連邦軍主力のタイプ61、そのまた隣がジオン残党の砲戦車……」

扶桑軍の関係者は顔面蒼白だった。これが戦車の進化であると言わんばかりの大型化である。いずれも扶桑の九五式軽戦車や九七式中戦車がおもちゃのような車両だ。

「戦車は概ね、駆逐艦主砲級の砲を持ち、正面ならそれに耐えうる装甲を持つのが主力の条件です、皆さん。23世紀のものを省いても、特型駆逐艦級の砲を持って60キロを超える快速を発揮するのですよ」

「信じられん……それでは威力偵察に使え……」

「それは歩兵戦闘車の役割です。こちらへ」

担当者が高官らを案内していく。高官らは騎兵科華やかりし時代の名残りか、戦車を騎兵と同一視している節があった。確かに、それまで豆戦車らが担っていた役目は歩兵戦闘車などが20世紀後半に代替していったが、当時の常識では、歩兵戦闘車も贅沢に見えた。

「これが、我が自衛隊の87式偵察警戒車です」

「……これが偵察車両なのかね?」

「米軍のそれに比べれば、軽武装です。M2ブラッドレー歩兵戦闘車は対戦車ミサイルも備えていますからね」

扶桑の国防省は、地下に兵器の見学スペースを備えており、ここのところは扶桑陸軍高官らの見学コースが主な用途であった。米軍にも協力してもらい、提供してもらった装備も多い。

「車両乗員と偵察員2名を乗せる最低限の大きさですからね。小さい方が被発見性が小さくなりますし、国内の山野は農道が整備されているので、装軌である必要も小さいですので、こうなりました」

このスペースは、日本国自衛隊が運営を担当しており、その中でも連邦軍との共同戦線を経験している自衛官が充てられ、意外にもエリートコースである。二次大戦中に高官である者らにとって、戦後世代の兵器は驚異であるので、作戦の円滑な構築の意図も含め、見学コースが開かれている。地下スペースが充てられた理由は『機密保持』のためでもある。それはMSの機密を守るためでもある。学園都市がMSを警戒している事が通達されたのと、国防省ビルの竣工は同時期であり、MSを学園都市が解析しようとするのを防ぐため、地下は何層かのブロックで建造されている。その中でも、23世紀技術でガードされた最奥の広大な区間こそ、扶桑が地球連邦軍/時空管理局と組んで、ウィッチ用やMSなどの兵器開発を行う部署、通称『Nラボラトリー』である。ここに勤務する軍人は原則として、Gウィッチの関係者であり、尚且つ地球連邦軍/時空管理局との関係を持つ者に限られ、時代を超越した装備の開発に勤しんでいる。これは時空管理局の『MSとか持ちたいけど、本音と建前が……』、地球連邦軍の『残党がしょっちゅう強奪企む』という事情も絡んでの利害の一致が実現させた部署だ。従って、時空管理局が動乱後の再編で得た連邦軍系MSの多くは、この部署が改修して、『魔力兵器』化したものである。(地球連邦仕様で運用する機動六課の例もあるが、それはなのはやフェイトの特権である。最も、戦後に同仕様に改造されている。管理局の建前との兼ね合いだ。)時空管理局は質量兵器を嫌う傾向が未だあるのだが、時空管理局の悩みどころである『建前と本音』がこのような仕様を産んだと言える。地球製兵器の輸入と独自仕様の開発を容認するのも、動乱で受けた政治的/組織的ダメージが如何に甚大であったかが分かる。後にその仕組みは、主にガンダムタイプのMSやスーパーロボットに『起動認証装置』という形で取り入れられる。ガンダム試作二号機の教訓によるもので、ジオン残党が技術力で連邦に追いつけなくなり始めるのは、この装置の導入が原因であった。



――なお、この施設で生み出されつつある扶桑独自機が、前史でも活躍した『震電改二』である。扶桑メーカー群は他国製ジェット機の生産をしつつ、この施設で様々な形式のエンジン搭載方式の実験を繰り返していた。扶桑はこの施設をビル建設途中段階で稼働させ、主に工場と連動しての搭載実験を繰り返した。そのため、震電改二の本格登場は遅れ気味であり、日本側に見せた映像は、実のところ、『試作機』の飛行実験の映像と、実働する模型を使ったりしたフェイクとを組み合わせた映像である。それは同機が真の意味で完成には至っていない表れであった。これは扶桑独自のエンジンの製造が予定より遅れ気味である事が要因であった――

――震電改二の開発元の筑紫飛行機は、この施設で色々なエンジン搭載方式を試していた。胴体内蔵式(後世でポピュラーなもの)、胴体側面内蔵式(当時のメッサーシュミットが次世代機用に模索していたもの)、胴体の上下にエンジンを配置する胴体上下コンパウンド式などが試験されていた。その内の胴体上下コンパウンド式は、エンジンのパワーで胴体が千切れて空中分解すると、シミュレーショで判明し、早々に却下。(胴体下式も検討されたが、それも却下)胴体側面式は双発になる事による機体の剛性と重量の兼ね合いで没。結局、双発の胴体内蔵式と、オーソドックスな構成で決着を見た。予定されていたエンジンは旧軍系の末裔である『ネ330』エンジン二基が予定されていたが、日本が自国製を薦めた事も遅延の要因だった。系統としては、かの『ネ20』の派生型であり、扶桑の在来技術の結晶と言えるエンジンだが、あくまでも、性能が当時の標準性能の範疇であったので、日本側が量産時の性能不足を懸念し、日本から見て旧式だが、ロールスロイス製の『アドーア』エンジンの装備が勧められた。当時としては高度な技術を要するエンジンであり、流石にこれはその『次』へ先送りされた。その代わりに推されたのが、日本のJ3エンジンのターボファン改良型だった。これはベースのエンジンに永野治技師が関わっていた事もあり、ウィッチ世界の同位体がいれば作れる。また、世代的にもそれほど離れていないので、高性能な耐熱合金さえあれば製造は可能だ。それが判明し、震電改二が本格デビューするのは48年と、前史より二年遅れであったという。




――64Fの基地 講堂――

「いいか、テメーら。敵機の動きをよーく叩き込んどけよ!」

『はいっ!!』

圭子は今回のやり直しに際しては、レヴィとしてのキャラを素の姿でも通しているため、現役古参が多い64Fでも存在感を発揮している。温和そうな風貌だが、口を開くと、粗野な銃撃狂(ガンクレイジー)であるというギャップが、今回においての圭子の人間的魅力に昇華している。また、声も変えており、圭子として本来持つ優しげな声色でなく、レヴィとしての荒っぽい声色を使っている。そのため、現役復帰後のブロマイドは、前史での落ち着いた大人の女性としてではなく、『荒くれ者』の雰囲気を前面に押し出したものになっている。

「圭子、すっかり変わったわねぇ」

「あいつはこれを望んでいたのか、加藤」

「あの子は世代的には、本来はとっくに引退している年齢です。ですが、マルセイユとの出会いで、考えを変えた。あの子を本当に変えたのは、マルセイユですよ」

江藤は統合幕僚会議の参謀という形で、64Fを視察していた。現役復帰後の江藤は大佐に昇進し、参謀の職務をこなしている。位は武子が同格に追いついているが、かつての上官である故の威厳で、かつて同様の関係を保っている。ただし、中間管理職が板についているためか、苦労人属性を持つ。下からの突き上げ、上からの押さえつけがあるからで、江藤はウィッチ出身では初の参謀になったため、気苦労も多く、事変時に比べると、良くも悪くも大人になった印象を与えている。

「お前らが羨ましい。私は参謀にされたから、滅多に飛べなくてな」

「まあ、隊長の年齢層はウィッチ出身の軍人でも珍しいですから」

「黒江が昔に言っていたことの意味がやっと飲み込めたよ。まさか参謀畑を歩む事で、軍のキャリアを再開するとは思わんだ」

「時代が必要としているんですよ。MATが自衛隊に造られた以上は、特に」

軍ウィッチの年齢層は開戦後、エース達の年齢が年代的に上がっていたので、最年少で16歳、最高で30代前半と高齢化している。これは現役のちょうど脂の乗り始めた世代が44年からの流れと、MAT設立で大量に抜けた穴埋めを高年齢層の教官級のR化やG/Fウィッチでしたため、軍ウィッチの第一線活動の主力は主に、20代前半から後半の層となっている。これは扶桑では、ウィッチの新規発現率が1945年8月を境に急激に低下していることもあるが、戦争中に高練度ウィッチ達が引退すべき年齢を迎えてしまうという切実な事情も絡んでいる。ウィッチを軍に留ませる大義名分を得るには、『近代兵器に負けないだけの戦果を残す』ということが必要とされ、ウィッチと言えば、『10代の内の兵隊ごっこ』という認識すらあった近代以降の時代においては、人類同士の戦争に駆り出されるのを良しとしない現役ウィッチは大勢おり、芳佳がリーネと一時的に距離を置いたのも、この時期だ。リーネは今回に置いては、ペリーヌの体を動かす円卓の騎士のモードレッドに戸惑ったりした事から、前史より考えを割り切るのに時間がかかり、それがもとで距離を置かれてしまった。これは敵を躊躇なく殺す事も是とするモードレッドの方針についていくのに躊躇したためでもある。

「この戦争は兵器がウィッチと同等の力を持つ最初の戦争であり、ウィッチが独立兵科でいられる最初で最後の大戦です、隊長。我々が入隊した時の常識が通用するのも、今が最後ですよ」

「それは先輩方から聞いたが、お前ら、子孫から武器を得ているとはどういうことだ?」

「タイムマシン買っているので」

「いやいやいや、そういうことではなくてな」

「私達の孫娘の代になると、世界は概ね、平和になります。そうすると、MATとの住み分けが問題になって来まして。装備の実戦テストを引き受けているんですよ」

「孫の時代から装備をもらっているのか、お前!?」

「21世紀にいる孫娘が今の私と同じ地位なので」

「お、お前、結婚するのか!?」

「50年代後半以降の話ですよ?結婚は。あの三人は後継が姪の子供ですので、公的な結婚は私や芳佳くらいで」

「あの三人、結婚せんのか?」

「圭子なんて、あのキャラですよ?お見合い何連敗だと思います?」

「……だいたい想像付いた」

江藤はそれを聞いて、納得の表情。前史よりもかなりお見合いさせられる回数が増えた圭子は、開戦までに40連敗という名誉ある(?)記録を打ち立てていた。これは北海道にいる両親が30近くなった末娘を嫁に行かせようと躍起になっているためだが、圭子のキャラや武勇でだいたい破談になる。軍人と見合いすると、扶桑海七勇士の一人かつ、お上のお気に入りという事で、向こう側が断ってくる。華族(加東家は圭子のおかげで華族入りしたものの、実家そのものはありふれた平凡な家庭である)だと、武勇と、立場がお上のお気に入りかつ、黒田家を顎で使えるという事で、お見合い出来るのが、最低で伯爵家である。しかも黒田が、華族間でも、その若さと武勇、経営手腕で知られ始めた時期でもあったので、圭子のお見合いには不利に働いた。その結果、40連敗なのだ。

「黒江は姪の子供に全てを?」

「ええ。聖闘士の地位も引き継がせました。顔もそっくりなので、髪型以外は見分けつきませんよ」

「隔世遺伝って奴か?」

「そうですね。あの子、その割には隠居してないんですよ」

「あいつは行動派だしな。最近は弟子になる子供を拾ったって?」

「ええ。あの子、色々な世界に行ったので、その時に巻き込んだ子です」

「あいつも忙しいな」

「あの子は戦神の従神ですから。別の世界に行くと、存在が薄くなった誰かに成り代わってしまうそうです」

「なるほど。今回、あいつが連れている子供がそうだと?」

「ええ。ファイルは見ましたね?」

「ああ。あいつも変な事になっていたのか」

黒江は存在の位が神であるため、偶然に存在がフィーネの因子で薄くなり始めていた調を玉突きしてしまい、シンフォギア世界で調の代わりを務める羽目になった。その事は江藤に報告されている。それ故、調の事は知っている。黒江は開戦後、休暇の際には、従卒にしている調と入れ替わっていたりする。そのため、調は技能を受け継いだのが吉と出て、黒江の愛機を扱え、スコアも上げている。黒江は調の容姿と声をフル活用して、休暇時はぶりっ子することもある他、カラオケではFIRE BOMBERの『君に届け→』を得意とする。違いは瞳の色と荒い言葉遣い、待機姿勢で足下をみたらすぐわかるという立ち方であるので、ドラえもんとのび太などの『事情を知る者』は容易に見分けられる。この日はちょうどその日で、二人の前に、その当人が通りかかった。

「あれ?隊長じゃないっすか」

「黒江か。……お前、報告書は読んだが、そこまでするか?」

黒江は調に変身した姿であった。瞳の色が調当人のピンク色でなく、自分の愛機と同じ緑色であるのが外見上の違いである。(成り代わっていた時期は同色だったが)

「有名人っすよ、私。そうでないと休暇も楽しめないんですよ」

「こうも違うとは思わんだ。言葉も完全に自衛官だよな、お前さんは」

「そりゃ、20年くらい自衛官してますし。こっちの軍隊言葉使うと、正体バレる危険が以前はあったんで」

「お前、源田さんに言われて潜り込んだんだろう?向こうの背広組の50くらいの連中が30くらいの頃にやってきたお前のこと愚痴ってたぞ」

「ああ、99年に防大に潜り込みましたんで」

「どうやったんだ?」

「普通に試験受けましたよ。親父さんの口添えはありましたけど、殆ど実力で」

「一回目の時はアンキパン使ってたでしょ」

「違う世界の歴史を覚えるためだよ、武子。今回は実力だ」

「陸士トップクラスの実力のお前が勉強すれば、防大もトップクラスだろう?」

「ええ。学年が上がって、配属先の割り振りの時に親父さんの口添えがあった以外は」

黒江は二回目の防衛大学校入学後、陸戦にも高い適性がある事から、防大は陸自に割り振る事を検討していた事がある。その時期に源田実が防衛大学校を訪れ、関係者に黒江の正体を明かした事で、空自の進路が確定したわけだ。二年に上る前に適性を見られるわけだが、黒江は陸戦でも、その『技能』のために高い適性を示したため、陸自の招来を担えると期待した一部の教官らの間には、黒江を陸自に転向させる意見があったが、元・航空幕僚長でもある源田実の『子飼いの空軍将校』である正体が通達された事で、空自の進路が確定した。その際、源田は同位体が航空幕僚長であった事により、来賓扱いであった。その時は空軍の軍服の制定前であったので、移籍前の海軍軍服姿であったが。

――今回に於ける『西暦2000年の1月頃』――

「源田幕僚長、いえ、大佐。貴方が我が校に来られた理由は何なのです?」

「あー、奴(黒江)の事だ。やつは訳有りで実年齢より十以上も肉体が若いんで、体験学習って事で紛れ込まさせてもらったんだ、済まんな。 という訳で、空軍からの派遣なんで航空自衛隊へ進ませてやってくれ、頼む」

「大佐……それは反則ですよ。空軍将校を潜り込ませるのに、わざわざ試験受けさせるとは。旧軍将校と分かってれば、すぐに幹部候補生学校に行けたはずですよ」

「時間がずれとるし、言ったところで信じはすまい?まだ政府間の極秘交渉が始まった段階に過ぎんしな」

「軍人を何年も他所に置いといて良いんですか?」

「時空間をどうにかする方法が何通りか有るから、相手方の1週間を反対側の1日にする様な、場合によっては一月を一瞬に出来るような裏技が有るんだ、我々が日本に紛れ込む切っ掛けを作った来訪者の技術だがな」

「来訪者?」

「それはトップシークレットでね。今後、奴以外にも空自の入隊コースに、こちらの選抜した将校や特務士官を潜り込ませる予定だから、よろしく」

「リストを送ってください。そうでなければわかりませんよ」

「今後、改めて予定者リストを送る。そちらの記録での撃墜王の同位体だと考えていてくれ。奴を筆頭に、選抜した者達を年度をまたいで入れるのは、幹部教育を学ぶ、という目的も有る。 陸海空が喧嘩も少なく統制の取れた活動が可能なのは防大に秘密有り、と見てな。陸海の相克のことは君らもよく知っとるだろう?」

「ありがとうございます、大佐」

「今度、空軍の組織ができれば『中将』だよ、俺は」

源田は微笑う。彼が極秘に接触した事で、空軍将校らの空自入隊は確定コースになり、2006年度までにかなりの人数が防大の教育課程を終了し、航空自衛隊幹部候補生学校に進む事になる。連邦化交渉が進んだ段階で防大への潜り込みは終焉するが、後の政権交代時に『扶桑軍人出身自衛官を定年退官か早期退官扱いにできないか?』と鳩山ユキヲが防衛大臣に言ったところ、時の統合幕僚長に『扶桑との交渉に影響出ますよ?』と咎められ、冷遇に留めた理由になった。彼が政権についた2009年度には、かなりの数の幹部自衛官が扶桑軍人出身であったからだ。更に『扶桑を敵に回しますか、そうですか』とバッサリ切り捨てる体裁で述べ、更に彼の祖父である鳩山一郎に『お前は何を考えておるのだ!?』と叱責され、背広組からも『総理、これだけの人数を早期退官させたら、現場が士気下がりますよ』と忠告された事も効いた。しかし、背広組の中には、組織の主導権を扶桑軍人らに握られるのを恐れる警察系勢力もおり、彼らが黒江らの冷遇を唆した。

「いや、でも……扶桑人に乗っ取られたら…」

「内規で、扶桑籍の隊員は幕僚監部には入れない、くらいが限界ですね。今後、黒江二佐が昇進したとしても、あの年齢では将補くらいでしょうし、何らかの扶桑人用のポストの新設はご考慮ください。現場の士気に関わりますので」

「わ、分かった」

「そんなことするなら、向こうの軍にこっちの隊員送り込んで向こうの情報集めません?こちらの情報ばかり行っていては『不公平』ですから」

時の統合幕僚長はユキヲをコントロールし、扶桑側に駐在武官を送り込む事に成功するが、その後、日本が再度、政権交代をした後の時間軸で、黒江がダイ・アナザー・デイ作戦の戦功で近い内の准将昇進が確定コースになる叙爵と、大佐へ昇進した事で、その言が急速に具体化していく。作戦中に将扱いの将補になっていた黒江だが、階級の特進に相応しいほどの戦功を立て、日本連邦軍の『対外任務統括官』の任に付いている以上は相応しい階級にしなければならない。その事もあり、作戦後に空将となり、統括官と日本連邦軍のウィッチ総監のポストを兼ねる事で、彼女のついた地位が持てるはずの航空幕僚長の代替ポストとした。給与が三幕僚長と同等クラスとされた事もあり、黒江はかなり贅沢出来るようにはなっている。地球連邦軍籍も有しているので、階級が全ての組織で上がってからは贅沢出来るだけの余裕は出来ているが、遊び人気質なので、オケラになる事も相変わらず多い。釣りのための船を買ったり、バイクのチューンナップに金をかけるのもあり、黒田が金銭面でのバックアップをしている。黒田いわく、『光熱費考えてくださいよ』である。一ヶ月あたりの給与は連邦化で減っているので、そこが黒江の計算間違いである。この月の前の月は城茂への分割支払の最終月で、手持ちの金が光熱費にぎりぎり足りなくなり、黒田に立て替えてもらっている。しかしながら、この日はその次の給与が出たので、黒江はホクホクで、食事を基地で済ませた後は繁華街に泊まる予定である。そこで坂本と落ち合うのだ。坂本が『前史で泣かせた詫びだ』との事で、旅行に誘ったのだ。

「その荷物、旅行にでも行くのか?」

「坂本に誘われて、新京で遊んできます。あいつから、あじあ号のチケットももらってるんで」

「くそ!あれのチケット取るの大変なんだぞ!坂本は何したんだ?」

「なんでも、あいつの姉の旦那さんがそっちに勤務してるとかで」

坂本の姉の夫は鉄道会社の重役であり、融通を効かせられる立場である事を知らされた江藤は悔しそうであった。

「三等車ですよ、隊長」

「あのなぁ。私が若い頃、あれの三等車だって相当に高くて、手が出なかったんだぞ」

「乗りたかったんすか?なんだったら、今度、坂本に頼んで融通してもらいましょうか?隊長なら、坂本も二つ返事でしょうし」

「そ、そうか……」

嬉しそうな江藤。黒江が鞄を持って出かけて行くのを見送ると、視察の次の予定である、格納庫へ向かう。格納庫では、この時代では『あり得ない』未来的な光景が広がっていた。VFなどを格納している区画。黒江達が地球連邦軍籍を得ているからこそ可能な芸当だ。ここまで装備が充実している部隊他にない。VFも本土防空部隊で『VF-17』が配備された程度だが、ここにはそれを遥かに凌ぐ機体が置かれている。

「江藤か。参謀職ご苦労さんだな」

「赤松先輩、乗ってきたんですか?」

「31の慣らし運転をしてきたところじゃ」

「先輩達のツテで入手出来ましたが、他部隊向けの機体がどうして型落ちなのです?」

「まー、いきなり24系やAVF系は無理じゃろ?それに大量生産が難しいんじゃい、新型は」

「フォールドクォーツの都合ですか?」

「そうだ。新型の耐G装備はフォールドクォーツの使用が前提での。そのために、従来機ほどの大量生産は難しくての」

「その上で確保を?」

「ボウズが新星のほうとコネがあってのぅ。そこから融通してもらっておる。地球連邦軍でも、主力空母でないと配備されておらん機種ばかりじゃぞ」

「メーカーに直接発注を?」

「そうじゃ。ボウズのコネで開発部にも注文が効くから、無理言って独自仕様を開発してもらった」

64Fに配備されたVF-31は、ロンド・ベルの採用という形で地球連邦軍が制定した独自仕様である。デザリアム戦役後、高価なAVFに代わる次世代量産機として、YF-30をVF-31という形で採用したが、原型機の高性能を落とすことを嫌った本国では、ガトランティスの遺した技術でフォールドカーボンの高性能化に成功。また、クロースカップルドデルタ翼は意外と地球本国では受けが悪く、極東管区を中心に、運動性能重視の風潮を持つ本国軍用に前進翼を採用したモデルを開発した。それが地球本国仕様の『ジークフリート』である。性能水準がYF-29に近いモノとなっているため、極東管区の艦隊などが優先して19の後継機種として受領し始めている。本国の高練度部隊用の仕様なので、移民船団への解禁はVF-19系の解禁拡大でお茶を濁している。最も、移民船団は危険度の高い任務はS.M.Sに肩代わりさせているところも多く、過去に動乱を経験した船団以外はVF-171の生産継続だったり、VF-19Fを少数配備で対策を終わるところが多数派である。地球本国のように、第一線部隊に新型を供給している部隊は、地球本国以外では、近郊の移民星だったり、マクロス7船団、マクロス13、マクロスF船団などの動乱経験がある船団のみだ。それを思えば、64Fはロンド・ベルに準ずる装備を保有しているので、並の移民船団が裸足で逃げ出す潤沢ぶりだ。

「他の部隊はまだ日が浅いし、サンダーボルトで間に合う。向こうに行った経験がある連中には17を与えてある。かなり贅沢なんだぞ、本式のナイトメアを持つのは」

「なぜそのような選択を?」

「サンダーボルトは星の数ほど造られておるから、予備パーツも死ぬほど用意出来る。それに、操縦性がいいから、新兵にも動かせるのが理由だ」

扶桑空軍の極秘機材であるVFだが、本土防空部隊に『VF-17』が与えられた他は、連邦軍では型落ちモデルである『VF-11』が主力であった。操縦系統の更新などが施されており、一応は最終生産モデルである。64Fも練習機代わりに10機あまりを複座型含めて保有している。この『サンダーボルト』はメカトピア戦役時から後方配備に回され始めており、なのはやフェイトも搭乗経験を持つ。黒江も極初期に訓練で搭乗経験があり、そこから17、19へと乗り継いでいるが、黒江はゼネラル・ギャラクシーから新星インダストリー系に鞍替した珍しいケースだ。VFは11を終えた後、17から22へ至るケース、19から24系へ至るコースにパイロットの趣向により分けられる。黒江は24系に至ったケース、ハルトマンは22Sに至ったケースになる。

「物品扱いで置いてあるのを含めれば、かなりあるぞい。魔弾隊用のもあるからの。ボウズがかなりメーカーに言って揃えてくれての」

黒江が奔走して揃えたと明言する赤松。コネを活用するため、機体は新星インダストリー社系統が主体である。黒江であれば、EXギアに改造したVF-27も選択肢だったが、17の経験と、憧れているイサム・ダイソンが新星インダストリー系統で慣らしているのもあり、19以降は一貫して同社系である。これは17の動きの重さに耐えられず、19系を使用してみたところ、元々はドッグファイターであった性分が復活したという事だ。今回においてはイサム・ダイソンに引き込まれたらしいので、半分はイサムの布教のせいだ。それとゼネラル・ギャラクシーはギャラクシー船団の反乱の説明に追われており、アフターサービスの質が落ちており、そこもイサム・ダイソンに引き込まれた理由である。イサムは連邦軍の問題児。実は黒江と出会った時には、既にS.M.Sの引き抜きに応じていたが、フロンティア船団に協力した功績で少佐になったのと、S.M.Sの人材引き抜きを、メカトピア戦後に就任した連邦空軍司令が問題視し、強引にエース達の軍籍を復活させた措置により、軍部と同社が揉めたのだ。これはメカトピア戦の後に就任した空軍の司令官が現場叩き上げの猛者であり、移民船や移民惑星の正規軍の質の低下を嘆き、S.M.Sが引き抜いたであろうエース達の引き抜きを自分の職権でなかった事にしてしまったからだ。レビルからも『君、S.M.Sと問題を起こさんでくれ』と咎められるほどだった。問題はデザリアム戦役までに、なんとか解決され、イサムは少佐で予備役になり、普段はSMS勤務の形態を取る形で決着し、高い金で引き抜いた高練度兵を強引に軍部に引き戻された彼らも苦情を政府に入れた結果の調停案が『一部の部隊を予備役部隊として貸与する』契約である。政府がパイロットの引き抜きを没にさせた賠償金と違約金を支払うことで調停がなされた。これは空軍司令が、軍部のパイロット練度の低下の理由をSMSの引き抜きにあると考えたために起こったトラブルだが、S.M.Sとて、オズマのようなエースパイロットを得られる事はめったに無いのが実情である。民間軍事会社の過度の強大化は星間連邦政府も望んではおらず、実質的に政府の法的規制が入った事になるが、S.M.Sは『民間パイロットからの引き抜きも行っており、軍部からの引き抜きの割合は低い』と説明したが、熟練者を狙って引き抜かれては堪らないと空軍司令が猛抗議を加えたため、熟練者達は軍籍を予備役で維持したままで、S.M.Sに出向するという事となったという。

「あいつ、休暇を取りましたけど、先輩はご存知ですか?」

「坂本もボウズのことを気にしておるからの。あいつは前史でボウズとケンカ別れし、そのまま自分の人生の後半を暗転させてしまったばかりでなく、ボウズの心にも深い傷を残した。その償いも兼ねておるのだ」

「坂本も転生者だと?」

「そうだ。奴はリバウにいた時に活動を開始しておる。ボウズ達が事変の時にばら撒いた種を実らせるために。この戦争も半分は織り込み済みだ」

「織り込み済み?」

「前史でも起こったからだ。お前、その気になれば転生は出来たが、前史で『神様って柄じゃない』と言い残して死んでいったからな。今回は苦労人なわけだ」

「そういうこと、知っていいものか」

ため息をつく江藤。赤松に肩を叩かれるが、事の真相を知り、ここに至り、深い関係を持ちながら、自分がGウィッチたちの策謀の蚊帳の外だった理由を知り、肩を落とす。

「先輩、今からでも間に合いますか?」

「充分だ。今回で始めて覚醒した者も多いしな。我らの中では、参謀の立場にいるのが、北郷さん一人だけだったから、お前が加われば、より軍部を制御しやすくなる」

「軍部を?」

「山本五十六元・大臣のアイデアで、扶桑を裏で制御する委員会が作られた。日本と違って、扶桑は元老や重臣が動かしてきたが、元老は皆、死に。重臣には軍部からの求心力はない。そのための委員会だ。お前も委員になれ。北郷さんを通して、元・大臣の承認を得ればいい。江藤よ、この戦争はしばらくは小康状態だ。扶桑軍部の音頭を誰か取らなければならんが、あいにく、憲法を変えても、人の心まではそうそう変えられん。だからこそ、元・大臣は委員会を立ち上げられたのだ」

「先輩、貴方方は何を成そうとしているのです?転生してまでいったい……」

「全ての発端はボウズ達だ。ボウズたちに紐付けられておった儂らの魂魄が元の状態のまま、二度目の人生を与えられた。いわば儂らは『人を超えた』存在なのだ。中には、過去の英霊の魄と融合した者も存在している。当然、新しい出会いもある。ボウズが拾ってきた子供のように」

「ああ、あいつが変身していた姿の元の持ち主の」

「要は、ボウズがあの子に迷惑をかけたんじゃが、ボウズを慕っておっての。ここまでくっついてきた。今は下士官待遇でここにおるぞ」

「いいんですか?」

「慕って来た以上は断れんだろ?地球連邦軍にも入隊したからの、あいつ」

「黒江は色々やらかしたってわけですか」

「ボウズは強そうに装ってはいるが、その奥にはさみしがり屋の子供の顔が隠れている。だからこそ、仲間を欲しがったのだ。そこを理解せん事には、ボウズの実像は掴めんぞ」

「坂本はそれができなかったと?」

「そうだ。あいつは思い込みが強かったから、前史でボウズの表面だけを見て判断し、自分の人生を狂わせた。江藤。ボウズの事を理解していると考えているのなら、それは時期尚早と言っておくぞ」

赤松は黒江の良き理解者であり、精神的な『姉』の役目を果たしている。赤松は前史から通しで黒江を終始、可愛がってきた。前史で黒江が晩年、二人の親友に先立たれた後は、傷心の彼女を慰める役目を担っていたのもあり、黒江達の『保護者』を自認している。

「先輩、まるでアイツの保護者みたいな口ぶりですよ」

「実際にそうだったからな。若の奴はあの性格じゃろ?ボウズには、儂のほうがなつかれていての」

「でしょうね。若松先輩は堅物ですから」

黒江は若松とも聖域で同僚であるが、どちらかと言えば、赤松に懐いている。それは事実だ。

「若は父親か師で、儂が母親に見られてるのかもしれんな。儂はボウズが欲しがった理想の母親像にピタリだというしのぅ」

「あいつにも、そういうところはあったんですね」

「ボウズは、自分の家に居場所があるとは言えん過去があるからな。母親との相克は緩和したとは言え、わだかまりとなっとるところはあるからな。若の方もその辺を解って、わざとキツ目に当たってる部分は有るし、坊主も安全装置として、間違ったら叱ってくれる相手として頼りにしてるんだが、本人たちは正直には言わんな」

「でも、若松先輩がなぜあいつを?」

「ああ、若松のやつにいるんじゃよ。歳が離れた妹が。ウィッチではないが、ボウズにそっくりなんだ、それが。で、おまけに事変の時からのファンだそうで」

赤松のこの言葉は、黒江が抱える問題を表しているが、同時に人間関係を教えている。若松は黒江に、滅多に会えない妹の姿を重ねているのだと。若松は47年時点で31歳なので、その妹も18歳ほどになっている。ウィッチの素養はなかったが、黒江に風貌が似ていたのと、映画を見てからというものの、七勇士のファンなのだ。そこのところはバルクホルンに似た境遇である。若松は妹の前では優しい姉であり、妹が生来、病弱なのもあり、かなり入れ込んでいる。

「なるほど……」

「俗に言う『シスターコンプレックス』って奴だ。若はの、病弱な妹を可愛がっていてな。ボウズは知らんが、儂は知っとる。若の家に行く仲だしの」

「どうりで、あいつの電話一本で乗り付けて来たはずですよ」

「若にとって、ボウズとの関係は自慢なんじゃよ。聖域でも同じ階級だしの」

若松の秘密を江藤にバラす赤松。若松は黒江を自分なりに可愛がり、黒江もそれに応えるように慕っている。若松はその関係を妹への自慢とする、意外に妹思いな面があり、それを知っている芳佳は『大きなバルクホルンさん』と評している。

「いいんですか、バラしちゃって」

「いい。儂なら、若も笑って許すさ。あいつとは20年来の付き合いだしの」

大笑する赤松。その言葉に、若松との長い付き合いを想起させる。江藤は『いいのかなぁ』と戸惑っているが、赤松のキャラの強さに押された形となった。視察は赤松が随行し、まだまだ続くが、江藤はどこか憑き物が落ちたように、穏やかな顔だった。



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