この世界に住むのは、何も人間ばかりではない。

 自分が『魔物』だということを隠して生きるものがいる。

 自分の欲望を押さえ込み、人間とのふれあいを求めて生きるもの。

 人間でも、魔物でもない中途半端な存在。


『半魔』



 それが、これから始まる物語の主人公達である。




BEAST BIND 〜Alice's child〜
第一夜 荒木




 誰もいない森の中で俺は倒れていた。

 ポツリポツリと雨が降り、俺を濡らす。

 大学の夏休みを利用しての一人登山。

 雄大な景色を眺めた帰り道。うっかり足を滑らせて谷底へ。

 気がつけば鬱蒼と茂る森の中、俺の耳に聞こえてきたのは小川のせせらぎ。目に映るのは木々の隙間から見える雨雲に覆われた黒い空。

 足が動かない。腕も動かない。声も出ない。肺に肋骨が刺さっているのか、呼吸も変だ。

 降りしきる雨の中、俺は死というものがまじかに迫っているのを感じていた。

 思えば大してろくでもない人生だった。

 小学校の頃に両親を亡くし、親戚をたらいまわしにされて、中学、高校で札付きの悪になって、何とか大学に入ってはみたものの、大して面白くもなかった。
 
 しかも、気晴らしに登山なんかしてみればこの様。

 俺らしい最後か……。

「あら?」

 俺の耳に少女の声が聞こえる。

 草を掻き分け歩いてくる音が聞こえる。

 一瞬、俺に振りかかかる雨が止む。

 俺がゆっくりと目を開けると、そこには黒いドレスを纏い、傘を差した少女がいた。

 長い黒髪で、白い肌の美しい少女だ。

 天使ってのは白い服じゃなかったのか?

 俺はそんなことを思いながら少女を見る。

 少女は微笑みながらかがんで俺を見る。

「貴方、助からないわよ?」

 そんなことは分かってる。そういいたくても声が出ない。

「……生きたい?」

 生きれるもんならな。

「クスッ。生きたいんだ」

 俺の心を読んだかのように、少女は笑いながらそういう。

「それじゃ、生かしてあげる。でも、私の言うことにはしたがってもらうわね……」

 そういって、少女の顔が俺に迫ってきたところで、俺は意識を失った。






 ブラインドを締め切った薄暗い事務所の中で、俺は目を覚ました。

「夢……か」

 俺はそう呟くと、散らかった事務机からタバコを探し出し、火をつけると首の左側をさする。

 俺の名前は荒木保。

 この葛城市にある古ぼけた雑居ビルに事務所を構える荒木探偵事務所の所長だ。

 収入は、まぁボチボチ。生活にそんなに困るってほどではない稼ぎ。

 コンクリートの階段を駆け上ってくる音が聞こえる。

「所長っ!!」

 入り口のドアを勢いよく開け、ジーンズに白いパーカーを着込んだ女が、大声を上げて飛び込んでくる。

 彼女の名前は、美和絵里19歳。この事務所唯一の職員だ。ま、バイトだが。

「まぁたブラインド締め切って!それとタバコを吸うときは窓を開けてくださいって何度言えば分かるんですか!!」

 絵里はそういうと締め切っていたブラインドを一気に開き、窓を開ける。

 夏が過ぎ、秋口の匂いがする日差しが俺を指す。俺は一瞬顔をしかめる。

「全く!三丁目の柊さんの猫探し終わったんですか!?」

「……昨日届けた」

「鈴木商事の社長さんのうわき調査は?」

「午前中に報告書を届けた」

 俺は絵里の問いかけに、タバコをもみ消しながら答える。

「はい、よく出来ました!」
 絵里はくったくの無い笑顔を浮かべ、俺の頭を撫でてくる。

「やめろ」
 俺は絵里の手を振り払う。

 こいつはいちいち口うるさく、俺に注意してくる。黙ってりゃそれなりに美人なんだが。
「そういえば所長、新聞読みました?」

 給湯室に向った絵里が問いかける。

「一応読んでる」

「なら、小さい子供たちの連続行方不明事件も知ってますよね?」

「ああ」

 絵里の言葉に、俺は軽く返事をする。

 連続行方不明事件というのは、今この街で起きている事件だ。

 目撃者なし、遺留品なし。共通点は小さな子供、大体5〜7歳くらいの子供ということだけということだけで、警察もお手上げの事件だ。

「もし、これをうちで解決したら、うちの株はうなぎのぼり!所長も名探偵の仲間入りですよ!!」

 ……どうもこいつはドラマと実際の探偵を勘違いしている節がある。

 実際の探偵の仕事なんて、素行調査にうわき調査、猫探しにイヌ探し。ドラマや漫画のような事件なんて入ってくるわけがない。

 絵里がコーヒーを持ってくると同時に、電話がなる。

「はい、荒木探偵事務所です!」

 絵里が元気よく、電話を取る。

「あ、新倉さん!いつもお世話様です!所長ですか、少々お待ちください!!」

 俺は新倉という言葉を聞き、顔をしかめる。

 絵里はそんなことも気にせず、電話を保留すると俺に受話器を差し出してくる。

「はい、荒木です」

『相変わらず美和さんは元気ね?』

 受話器からりんとした若い女の声が聞こえてくる。

『仕事よ、来て頂戴。お母様がお呼びよ』

「わかった」

 俺はそういうと受話器を置くと、かけておいたくたびれたスーツに袖を通す。

「仕事だ。いってくる。あとは適当に過ごして帰れ」

「はいは〜い」

 俺は絵里にそういうと、事務所を後にする。

 ドアを閉めるとき、ポテトチップスを頬張りながら返事をする絵里の姿が見えた。





 
 葛城市北部にある閑静な住宅街、そこから少し離れた丘の上に大きな屋敷がある。

 フェイリング邸と呼ばれ、この街に本社を置く複合企業体、フェイリングコーポレーショングループの総帥が住む屋敷だ。

 延々と続く大きな壁、所々に見える監視カメラ。

 俺はそれを眺めながら、愛車のバイクを止めると正面の門に立ち、呼び鈴を押す。

「荒木だ」

 俺は短くインターホンにいう。それと同時に門が開く。

 俺はゆっくりとバイクを屋敷内へ進めた。

 正面玄関にバイクを止めて降りると、中から紺のスーツを着た二十代後半のキャリアウーマン風の女が現れる。

 新倉玲那。さっき俺に電話をかけてきた女だ。

「よくきたわね。姫がお待ちよ」

 新倉はそういうと、俺に背を向け屋敷の中へ入っていく。

 俺はため息を付くと、彼女の後を追う。

 屋敷の中は窓がたくさんある割には、薄手のカーテンが全て取り付けられている。時間帯も夕方に近いためか屋敷の中全体が薄暗く感
る。
 俺達二人は、無言のまま屋敷を進み、一番奥の部屋にたどり着く。


 新倉がドアをノックすると中から

「開いているわ」

 という少女の声が聞こえ、新倉がドアを開ける。

 その部屋はやたらと広く、窓にはレース柄のカーテンが取り付けられ、様々なぬいぐるみが所狭しと並べられている。

 そして、部屋の中は、屋敷の中でも他に比べて薄暗い。

 その部屋の真ん中に、椅子に腰掛けティーカップを持ち、黒いドレスに身を包んだ一人の少女がいた。

「お母様、荒木をお連れいたしました」

 新倉が方膝をつき、頭をたれる。

「ご苦労様、新倉。お久しぶりね、荒木」

「ああ、そうだな。アリス」

「荒木!何度言えば……!!」

「いいのよ」

 新倉が立ち上がり、俺につかみかかろうとするがアリスがそれを制する。

 少女の名はアリス・イラージュ・フェイリング。フィリンググループの若き総帥だ。

 アリスがクスリと微笑む。

 その口元から少し長めの犬歯が見え、肌も異様に白い。

 それもそのはず、アリスは人間じゃない。

 彼女だけじゃない。

 俺も、新倉も、この屋敷の大半のものが人間じゃない。


 ――ヴァンパイア……吸血鬼と呼ばれる存在だ。


 そして、人外であることを隠して人間達の中で過ごす半魔と呼ばれる存在。


 アリスは数年前、死に掛けてくれた俺を助けてくれた。そして、同時に俺は吸血鬼となりアリスの僕―ブラッドチャイルドとなった。

 俺達ブラッドチャイルドは、マスターには逆らえない。

 逆らえば組織から追放され、その存在すらなかったことにされる。それだけならまざしも、下手をすると様々な組織、特に俺達半魔を敵視する組織に命を狙わ れかねない。

「さて荒木、今回の仕事のお話をさせていただくわね」

 アリスはそういってティーカップをテーブルに置く。

「今、この街で子供たちが次々に行方不明になる事件が起こっているのはわかってるわね?」

「ああ」

 アリスの問いに、俺は短く答える。

「貴方にこの事件の解決を依頼したいの。この街は私たちフィリング家のテリトリー。その中で好き勝手されては困るの。それに、将来美味しい血液を提供して くれる子供たちを攫うなんてゆるせないわ」

 そういうと、今まで微笑んでいたアリスの顔が冷徹なものに変わる。

 吸血鬼は自分のテリトリーを荒らされるのを嫌う。ましてや、人間は吸血鬼にとっては家畜だ。

 自分の庭をあらされ、飼っていた家畜を奪われたのでは誰しも内心穏やかではないはず。

 テリトリーを荒らす連中を狩るのが、俺の仕事だ。

「犯人を抹殺なさい」

 アリスから何か冷たいものが放たれ、適温だった室温が冷蔵庫の中のように一気に冷える。

「了解した」

 俺はそういうと、部屋を後にする。






 屋敷を後にすると、日は傾き、夜の帳がおり始めていた。

 人間の時間が終わり、潜んでいた魔が活動を始める。

 俺はバイクを走らせ、一軒の高級クラブの前で止める。

 『リリス』この街で最も高い高級会員制クラブだ。

 俺は入り口に立っている店員に、カードを見せると中に入る。店内は静かな曲がなれ、落ち着いた雰囲気だ。

 俺は一番端のカウンターに腰掛ける。

「いらっしゃい。珍しいじゃない」

 扇情的なドレスを纏った女性が声を掛ける。

 腰まである美しい金髪、透き通るような青い瞳が特徴的な女性だ。

「久しぶりだな、パウリナ」

 俺は軽く挨拶をすると、ウィスキーをオンザロックで注文する。

 パウリナも人間じゃない。

 俺達同様、半魔であり、夢触みと呼ばれる存在だ。

 彼女達は俺達吸血鬼とは違い、血液を糧にするのではなく、人間達の特に男の精気を糧としている。そのため、女だけの種族だ。

 一説にはリリスの子孫だとも言われ、歴史上の男達も彼女達の色香に惑わされたらしい。

「最近、全然きてくれないんだもん」

 パウリナが美しい眉をひそめながら話す。

「貧乏探偵がここにちょくちょくこれるわけ無いだろ」

 俺はそういって、ウィスキーを一口飲む。

「まぁね、うちは一見さんお断りだし、それなりのお金を持って無いとね。……で、その貧乏探偵さんがうちに来たってことは何かお探し物?」

 パウリナが怪しく微笑む。

「正解だ」

 こういう所には、人間達の闇の部分が転がっている。

 飲みにきた人間がこぼしてしまう愚痴や、何気ない一言に大切なヒントが隠されているときがある。

「最近、起こっている子供たちの行方不明事件についてだ」

「ああ、そのこと」

 俺はウィスキーを一気に飲み干し、グラスをパウリナに手渡す。

「うちの常連さんに警察の上層部の人たちがいるけど、頭を抱えてるわよ」

「ま、そうだろうな」

 俺はパウリナから手渡されたウィスキーを一口飲む。

「これは警察でも掴んでない情報なんだけ……」

 パウリナが顔を近づけ、俺にささやく。

「行方不明事件がおきるころと、丁度同じ頃、一人の人物が現れたわ」

 俺はその話に真剣な表情になる。

「葛城中央公園に一人の大道芸人が現れたの。それからよ、子供たちが行方不明になり始めたのは。それに、その子供たちと話しているのを見たって話もね」

 大道芸人……か。

 俺はタバコに火をつける。

「うふふ、荒木さんのその真剣な表情が好き。どう、今夜?」

「いや、やめておく」

「クスクス、そうね。シマをあらされて、お姫様お怒りでしょ?大道芸人なら夕方から十時ぐらいまでいるわ」

「ああ、すまない」

 俺はそういって、ウィスキーの代金を支払い店を後にする。時間は八時半、例の男がいなくなるまで時間があるな。
 





 葛城中央公園、この街のほぼ中央に存在し、休日は家族連れでにぎわい、朝夕はジョキングなどでにぎわう。

 その一角、中央の目立つ場所の外套の下に、一人のやせた男が大道芸の道具を片付けていた。

 俺はそれを少し離れたところで見ていた。

 男は細身で、長身。にやけた笑みを浮かべている三十前半ぐらいか。

 片づけが終わったのか、男が歩き出す。

 俺は一定距離をとりその後をつける。

 男は次第に住宅街に向っていく。

 男が角を曲がり、俺もそれに従い曲がるがそこにはもう男はいなかった。

「チッ!」

 俺は舌打ちをし、あたりを見回す。

「何かお探しですか?」

 俺が振り返ると、そこにはにやけた笑みを浮かべていた男がいた。

「もしかして、私をお探しですか?吸血鬼さん?」

 こいつ……。

「気付いていたのか?」

「ええ、僕も同じ半魔ですから。アリスズチャイルド、荒木保君」

 そういって、男は両手を広げてサーカスの団員のように挨拶する。

「そこまで知っているか?」

「ええ、この葛城市は吸血鬼アリス・イラージュ・フェイリングが仕切る街。そして、その子供たちの中でもテリトリーを荒らす存在を抹殺する荒木保は有名で すよ」

「ほう、そこまで知っているか。ならば率直に聞こう。お前が子供たちの連続行方不明の犯人か?」

「……イエス……といったら?」

 俺は人間の姿から吸血鬼の姿へと変化する。

 目は赤く光り、犬歯は伸び、爪は鋭く尖る。

 変化が完了すると、すかさず俺は右手から衝撃波を放つ。

「おおっと!怖い怖い」

 男はへらへらと笑いながら、衝撃波を避ける。

「我が君主の名の下に貴様を抹殺する」

「やれやれ、人の話は聞くものですよ?」

「黙れ」

 俺は爪を構えて、男に飛び掛る。

「げひっ!」

 俺の爪が男を切り裂いたが、それと同時に男の体が破裂する。

「風船だとっ!」

「ダメダメ、相手をしっかり捕らえないとね」

 いつの間にか男は近くの屋根の上にいた。

「こいつ!!」

 俺は再度爪を構えて飛び掛るが、それを男の手が抑える。

「ボクが行方不明の犯人かという答えはノー。だけど、正体は知っている」

 男が俺の耳元でささやく。

「犯人を知っているだと?」

「そうそう。でも、今日は答えられない。何せ、僕たちの戦いで騒がしくなったからね」

 耳を澄ますと、確かに大勢の人間が近付いてくる音が聞こえる。パトカーのサイレンもだ。

「ひとまず、今夜はさようなら。また明日同じ場所、同じ時間にお会いしましょう」

 そういって、男は闇に溶けるように消えた。

『そうそう!忘れてた。僕の名前は麻生一馬。覚えておいておくれ』

 気配は完全に消えたか……。

 俺は人間に戻ると、その場を後にした。

「続きは明日……か」











あとがき
 
 皆様始めまして、A.Kと申します。
 ビーストバインドはテーブルトークRPGというゲームの一つで、人間界で生きる魔物たちを描く作品です。
 人間達の中に潜み、姿を隠して生きる魔物たち。
 自分の中の魔物としての欲望と、自分を愛してくれる人間達との絆に悩みながら生きていく彼らを描けたら幸いです。

初めてということで、感想を付けさせていただきます黒い鳩です。

お話はダークシリアス系ですね、感じとしてはBLACK BLOOD BROTHERSなんかが近いかな?

でも、不思議な事を書いていましたね、”逆らえば組織から追放される”でしたっけ。

吸血鬼ものでは珍しいパターンですね、

普通吸血鬼に血を吸われたものは血を吸ったものに対し逆らうような行動をすることが出来ないものだと思うのですが。

ビーストバインドというゲーム内ではその辺の縛りが薄いんでしょうかね。

ゲーム自体良く知りませんので申し訳ないのですが。


話の内容は、主人公が探偵兼吸血鬼の殺し屋という二面性を持った人物ですね。

内面に葛藤を抱えているのか現在の所では分かりませんが、人生にあまり積極的ではない様子。

ですが、吸血鬼の殺し屋となった以上は以前から暴力とは縁のある場所にいたのでしょう。

彼の望みはどこにあるのかとか、彼は生きていく事をどう思っているのかといった感情がこれから明かされていくと期待させますねw

短期的には敵となっている存在、同じ魔族なのでしょうからバトルアクションも見逃せない所です♪

今回は伏線を多く張っていますので、回収作業をどう進めていくか期待しております!


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