僕はそこで笑い、自分が恥ずかしいのだろう? ならば、これ以上に累を及ぼすまえに死んでしまえばよいだろう、と言った。これまでの彼の人生がいかに取るに足らない事象の積み合わせにすぎぬのか、それはみているこちらにも充分すぎるほど理解できる。家族に捨てられ、友には嫌われ、周囲の人間ことごとくに呪われた、それが貴方だ、と言いそえてみた僕に何も返せない一切の沈黙をつづけている、それが彼。その彼を見据えるこの目の残酷といったらそれ以上のものを知るまい、見つめられた顔には、たしかな怖れがみてとれるし、有様といったら歯はガチガチ、目はきょろきょろ、視線をあちこちに散らしてしまって、誰もいないというのに、ああ情けない。なんて無様だ。それに、身体を震わしているのも格好悪いな。矢張りおまえに生きてる価値なんてないよ、と言った僕の親切ああ親切だに彼はあろうことか、今度は何処から調達してきたのか、急ごしらえの蛮勇でもって睨みを利かしてくる、その双眸が反撃をみせる。だが、それは所詮急ごしらえなのでした。僕が気をとりなおして見据える両目を軋ませると相手は再び黙り込む。表情の沈黙だ。風が渡ってゆく。そうしてしばらく経つか経たぬかに空は落ち込んでいき、ああ先程までは晴れやかそうだったのに、今はとても暗くなってしまった、何時だろう? と思い、時計を凝視する僕の目といったら、きしみ、きしみ、短針は七時のところを指すし、長針はそれと対をなしている、のをみとめた。そろそろ夕飯の時刻だ、と思いなして、早くしないと怒られてしまうなあと心に浮かんだ自分は、それじゃあ君ばいばいと、振り向くとそこに貴方はもう居なく、ずっしりと悲しく、そして僕は家路に着くと、そっとまぶたをあいた。天井は薄暗く、部屋は白く、カーテンのまぶゆさといったら夜のしらじら明けで、チクリとした痛みにそちらを見ると、血のりがべっとりと付いていて、精気のなくなった鈍色の刃がすぐ脇に、左手首の傷は塞ぎはじめて、血のりがべっとりへばり付いている。ぼんやりとした頭を軽く振ると、もう朝ごはんの時間だ。

(2010/07/16)



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