「アナガリス?」

「そ、アナガリス」

 怪訝そうなアキトに、満足そうに頷くエリナ。

 ここは秘密工廠内の格納庫である。

 目の前にそびえ立つ巨人の名前を聞いて、アキトの感想は、

「変わった響きの名前だな」

「貴方ねぇ、そんな感想しか言えないの?」

 うって変わって不服そうに眉をひそめるエリナだ。

「キレイ……」

 ラピスがうっとりと呟くのも無理はなかった。その体長8メートルほどの機動兵器は、今まで彼女が見たどの機体よりも洗練された姿をしていた。

 青と白に彩られたボディ、背中からは瑠璃色の翼が4枚。左肩には翼と同色の、細長い楯にも似た流線型のパーツが備え付けられており、その姿は鎧を 纏った天使を連想させる。

「ブラックサレナと比べて、随分とイメージを変えたもんだ」

「ま、今までのとはコンセプトが違うからねぇ」

 アカツキが言う。

 ネルガルが今までアキトに用意した機動兵器は、ブラックサレナを含めすべて黒に統一されていた。アキトの意向があったのは確かだが、ここに来て急 激なイメージチェンジが図られたわけだ。

「正直な話、謎の黒い機動兵器は有名になり過ぎちゃって、秘密活動じゃあ差し障りがあるからね。いっそのこと外見を思いっきり変えちゃおうってわけ さ」

「死神から天使か……皮肉のつもりか?」

「とぉんでもない。至って真面目さ。全体的に狙ってやったって言うのは否定しないけどね」

「あの翼は何だ? 可変動スラスターにしては随分と意匠が凝ってるが」

「察しの通りスラスターだけどね……大型のスラスターノズルの他に、姿勢制御用の小型ノズルも取り付けたら丁度羽みたいな形になっちゃてね、どうせ ならまんま翼にしちゃおうって事になったのさ」

「あの楯は? まさか今時、楯でミサイルを防ごうってんじゃあるまいな?」

「まさか。アレは楯じゃなくてショルダー・バインダーと一体型のグラビティ・カノン。後は戦況に応じてオプションを取り付ける事になるよ。ブラック サレナは単機強襲のために機動力と装甲に特化した機体だったけど、このアナガリスはあらゆる戦況に単機で対応できるっていうのがウリでね。小型相転移エン ジンでエネルギー切れの心配も無し。単独ボソンジャンプも可能。

 ただ、通常レベルのI.F.S.じゃこいつは動かせない。全身に付けられた多数のスラスターの制御を行うには多大な処理能力が必要になるし、その 加速度も慣性制御システムの限界をオーバーしているから、その加重がダイレクトにパイロットに来る事になる。まさにパイロット泣かせの機動兵器だよ。つま るところ、テンカワ君の専用機という事になる訳かな」

「充分だ。それにしても、いいのか? 俺にここまで肩入れして」

「気にする事はないさ。話はあくまでビジネス。別に君だけのためにやっているわけじゃない。クリムゾン・グループの株が落ちれば、それだけネルガル の株は上がるんでね」

「お前らしいよ、アカツキ」

 おどけるアカツキに苦笑を返すアキト。後ろでくすくすと笑っているエリナは気にもせずに、アカツキは先を続けた。

「何にせよ、これを使って暫くは残党狩りに専念して貰う事になるよ。ご令嬢が叛乱軍の首魁に祭り上げられたとしても、クリムゾン・グループの尻尾は なかなか捕まえられなくてね」

「連絡は定期的にシークレット・ラインに入れてくれればいいわ。補給の時以外にも一報入れてくれると嬉しいんだけどね」

「わかった。ラピス、行くぞ」

「ウン」

 ラピスを引き連れその場を立ち去るアキト。その背中に思いついたようにアカツキが声を掛けた。

「あ、そうそうテンカワ君」

「何だ。まだ何かあるのか?」

「ユーチャリスに乗ると、暫くは君とラピス君の二人きりになる」

「ああ、それが……?」

 訝しむアキト。そんな事は今更言われるまでもない。

「ラピス君は、まだ11歳だ」

「ああ」

「夫婦の誓いを交わし合った仲とは言え、くれぐれも早まった真似はしないようにね?」

「……するかっ!」

 真面目くさった顔で言うアカツキに、アキトの鉄拳が突き刺さった。

 



機動戦艦ナデシコ
ANOTHERア ナザ・クロニクルCHRONICLE

 

 

第2話

「プロローグU」



 

 暗闇の中にアキトが佇んでいる。

 物言わず、ただ静かに。そこに在るだけの存在の様に。

 ルリが好きだった、暖かい木漏れ日の様な笑顔はもう見る事が出来ない。彼の表情は凍てついたまま動かない。

「アキトさん……」

 ルリは声を上げてアキトを呼んだ。

 しかしその声は届かない。

 風がルリの髪を揺らす。その風に吹かれたように、アキトは足を踏み出した。

 一歩。また一歩。

 アキトの姿が遠ざかる。彼の進む先には何もない。ゆっくりと闇に滲んでいく。

「何処へ行くんですか……」

 ルリの声が震える。

 しかし届かない。

「アキトさん……」

 更にもう一度。

 何時しかルリの瞳から涙が零れ出る。

「私達は家族だって言ったじゃないですか……」

 届かない。

「私を護ってくれるって言ったじゃないですか……」

 届かない。

「ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか……」

 届かない……

「何処へ……行くんですか……」

 アキトの姿が消える。

 ルリはそれでもずっと語りかけるのをやめなかった。

 ずっと、ずっと……

 

          ◆

 

「また、この夢……」

 自室で目を覚ましたルリは、自分の頬を伝うものに気付いて、それをそっと拭った。

「アキトさん……」

 己の肩を抱き締め、声もなく震える。

 あの時、火星極冠で、去りゆくアキトを黙って見送ったルリ。その時はそれが正しいと思った。アキトならばきっと自ら立ち直って、自分たちの処へ 帰ってきてくれると信じていた。

 しかし時が過ぎるにつれ、その想いは次第に不安へと変わっていった。

 そして最近見るようになったこの夢。

 火星の後継者の残党の叛乱鎮圧の最中、ウリバタケの発明品によって見て以来、安らかに眠れた日はなかった。

 ルリにはこの夢がアキトの未来を暗示しているように思えてならない。

 不安ばかりが募る。

 もう二度と、逢えないような気がして。

 


 

『あの人は大切な人だから……』

 そう言ったルリのおもてには微笑みが浮かんでいた。

 2年前、アキトとユリカが死んだと思われてから失われていたルリの微笑み。それまでに彼女が見せていた笑顔が偽りの物であった事は、誰の目にも明 白だった。しかしその偽りの物でさえも、ナデシコCのクルーが見れなくなって久しい。

 今日もルリはナデシコCの艦長席に座り、憂鬱そうな眼差しを宇宙へと向けている。

「艦長、どうしたのかな……」

 ナデシコCブリッジのオペレーター席を占めるマキビ・ハリ少尉は心配げに呟いた。

 彼の憧憬の対象であるホシノ・ルリ艦長は、ただでさえ少なかった口数が以前にも増して更に少なくなり、勤務中以外は自室に閉じこもりがちだ。彼で なくとも心配するだろう。

「何だか、ずっと元気がないみたいだけど……」

「何だハーリー、やっと気付いたのか?」

「うわぁっ!?」

 ウィンドウ・ボールを突き抜けて顔を出したナデシコC副長タカスギ・サブロウタ大尉に、ハーリーは盛大にのけぞった。

「さ、サブロウタさん! ウィンドウ・ボールに顔を突っ込まないでっていつも言ってるじゃないですか!」

「俺もウィンドウに艦長の姿見を映すのはやめろっていつも言ってるだろう?」

 サブロウタはひょいと手近なウィンドウを取り出す。そこにはありとあらゆる方向から映したルリの映像が。

「そ、それは……」

「それはぁ?」

「あぐぅ……」

 身を乗り出して迫られ、冷や汗をだらだらと流し進退窮まったハーリー。彼にしてみればルリに聞こえやしないかとヒヤヒヤものだったが、幸いという か何というか、ルリの注意はこちらに向いてはいない様だ。それもちょっと寂しい気もするが。

 何も答えられたいハーリーに、サブロウタはひょいと肩を竦めた。

「ま、艦長が無口なのは今に始まった事じゃないが、確かに最近はどっかおかしいな。ナデシコBの新艦長の適性試験が終わった辺りからだったか?」

「そうですね、多分……」

「あの頃なんかあったっけか?」

「さあ……」

 首を捻るハーリー。心当たりが全くないからこそ心配なのだ。

「艦長もしっかりしている様に見えて、自分の事となると省みない所があるからなぁ……」

 オオイソ・シティでミナトに引き取られていた頃の、ルリの自暴自棄な姿を知っているからこそのサブロウタの台詞だ。

 しかしハーリーにしてみれば、憧れの艦長の悪口を言われた様に感じてしまう。

「そんな事ありません。艦長はサブロウタさんと違って真面目な方です!」

「なぁーんでお前はそうやって一言多いのかねぇ」

 溜め息をつきながらハーリーの頬を引っ張るサブロウタ。

「ふへ、いはいへふ、やへてくらはい〜」

「ほ〜れ、ほれほれ」

 涙目で情けない声を上げるハーリー。調子に乗るサブロウタ。笑いを堪えているサクラ准尉。下部ブリッジの管制官シートで肩を竦めるハタノ准尉と ウッドフォード准尉。

 ナデシコCでお馴染みの、いつも賑やかな二人のやりとりだ。

 ふと、上の空で宙を見上げていたルリの視線が下がる。ぴたり……とハーリーと目があった。何となく、時が止まる。

 ハーリーはサブロウタに両頬を引っ張られ、更には鼻を人差し指で押し上げられ、情けない事この上ない。泣く寸前だ。対するルリは相変わらずの無表 情。何を考えているのか分からない。

 奇妙な間。

 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえた。

 ルリの小さな唇が、そっと言葉を紡ぐ。

「…………バカ?」

 ぴちゃん……

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 泣きながら艦橋を飛び出すハーリー。それには目もくれずに再び視線を宙に彷徨わせるルリだった。

「こりゃ、洒落にならんかな……」

 やりすぎたか、と頭をぽりぽりと掻きながら、サブロウタ。

 その時、気の毒そうな視線をハーリーの飛び出した艦橋出入口に向けていたサクラ准尉が、コンソールに入ってきた信号に気付いた。

「艦長、SOS通信です!」

 和んでいたブリッジに緊張が戻る。ルリが落ち着いた声音で訊き返した。

「識別は?」

「識別……コロニー間輸送船『くちなし』! 海賊船の襲撃を受けているとの事です!」

「場所は?」

「ポイントX−17、Y−23!」

「辺境ですね……」

「最近、多いっすね。やっぱ火星の後継者の残党ですかね?」

「恐らくは。あちらも随分と大変なんでしょう。ハーリー君、最寄りのターミナル・コロニーへの最短ルートを算出して……ハーリー君?」

 オペレーター席に向き直ったルリだったが、そこにいつも座っている少年の姿はなかった。まるで今初めてハーリーがいないことに気付いた様に、瞬き を一つしてから、

「ハーリー君……職場放棄ですか? 後でお仕置きですね」

「艦長……そりゃ酷いっすよ……」

 サブロウタがさも哀れそうに呟いた。

 


 

 『火星の後継者』事件が一応の終息を見ても、一度燻った戦火の火種は、未だ消え絶えてはいなかった。

 その2ヶ月後、火星の後継者の残党が引き起こした『南雲義政の乱』。火星の後継者bRの南雲義政と、クリムゾン・グループの社長令嬢シャロン・ ウィードリンが新地球連合政府に反旗を翻した。一時は電子の妖精ホシノ・ルリの身柄を拘束するなど、戦況を優位に運んだものの、ナデシコBクルーと艦長候 補生の活躍によりその野望は潰えた。

 それ以後、bP草壁春樹、bQシンジョウ・アリトモ、そしてbR南雲義政と、相次いで指導者を失った火星の後継者陣営は、明らかに勢力を弱めてい た。バックに付いていたと噂されるクリムゾン・グループも、南雲義政の乱に荷担していた社長令嬢の存在がマスコミに取り上げられてから、すっかりと鳴りを 潜めている。

 企業からの資金援助が受けられない今、火星の後継者陣営は当初の理念を失い、コロニー間輸送船を襲っては物資を強奪するという海賊まがいの行為を 行うまでに成り下がっていた。

 時に、西暦2201年11月。

 

 

 漆黒の宇宙空間の中に、大小のあでやかな華が咲いては消えてゆく。何も知らぬ者が見れば、真夏の空に上がる花火の様に、その儚い美しさに目を奪わ れているかもしれない。

 しかし、その一つ一つの煌めきが人の命の灯そのものだと知れば、果たしてその美しさを讃える事が出来るだろうか? いや、だからこそこの輝きは美 しいのかもしれない。

 そんな風に感じる自分を、人はどう思うだろうか?

(ふん、何を今更……)

 アキトの表情に自嘲の色が浮かぶ。もう昔には戻れない、そのことを誰よりも知っているのは、他ならぬ自分自身なのだ。

 アキトはI.F.Sコンソールを握る手に力を込めた。ナノマシン・ラインに光が走る。

 アキトの意志を受け、アナガリスが羽ばたく。ステルンクーゲルの火砲をくぐり抜け、アサルト・カノンの銃口から荷電粒子が吐き出される。

 バシュ!

 爆散する敵機。それには目もくれず、次の獲物に狙いを移す。

 隊列を組んだ積尸気がハンドガンを斉射してくる。姿勢制御スラスターを巧みに動かし、飛び交う火線を回転する様に躱しながらも、アサルト・カノン を構える。

 一つ、二つ、三つ!

 生まれた火球が三角形を描く。そのただ中を突き抜けて、敵機の後ろに回り込む。敵機は慌てて回頭しようとするが――

「遅い!」

 振り向きざまに3連射。1発外れたが、2機を撃墜。撃ち漏らした機体は逃げに入ったが、そもそものスピードが違う。追いすがり、交差ぎわに腕のイ ンストールド・ブレードを叩き込んだ。

 ザシュ!

 胴の半ばまでを抉られたステルンクーゲルは、その傷口から途切れ途切れに放電を起こし、数秒後に爆発した。これで残るは敵巡航艦のみ!

 アキトはアナガリスを駆り、弾幕の中に飛び込んでゆく。

 急激な加速にパイロットシートが軋みを上げる。トンを超えるGを感じているにもかかわらず、アキトの口元には笑みが浮かんでいた。

 禍々しき冷笑。

 意識が高揚しているのが自分でも分かる。生と死の狭間に立ってこそ、自分が生きていると実感する事が出来る!

「沈め!」

 左肩のグラビティ・カノンが火を噴く。収束した重力波はディストーション・フィールドを易々と貫き、艦体装甲を引き裂いた。

 

 

 巡洋艦は脱出艇が発進する暇もなく爆発した。百余名の乗員の命が一瞬にして閃光と散る。完全な球体を成す魂葬の業火は、音もなく宇宙の闇に滲んで 消えた。

 その様を見つめているアキト。

「兵共が夢の跡、か……」

 輸送船からのSOS信号を受け最も早くその場に駆け付けたのは、統合軍でも宇宙軍でもなく、たまたま近辺を航行していたユーチャリスだった。アナ ガリスの完熟飛行も兼ねて出撃したアキトだったが、5分とせずにカタが着いてしまった。輸送船は戦闘が始まると、後ろも省みずスタコラと逃げ去って行っ た。

 機動兵器の構成から見て、賊は明らかに火星の後継者残党である。さんざん理想をぶっておきながら今や海賊にまで落ちぶれた火星の後継者に、アキト は嘲りを浮かべた。しかしそれもすぐに治まる。

(今の俺と奴らに、どれほどの違いがある?)

 復讐を終えた今、火星の後継者の残党に対する憎しみはない。彼等は絶対の正義があると信じた、ある意味純粋な者達だ。羨ましくさえ感じてしまうか も知れない。

 翻って、自分はどうだ? 復讐の妄執に取り憑かれ、何の罪もない者の命を奪った。理想もなく、意志もなく、怨念だけを抱いて突き進み、結局は何も 得る物など無かった。

 理想を求めて夢破れ、理想を失った火星の後継者。復讐の果てに全てを失った自分。

 己の姿を歪めてしまった者ども。

(俺は……)

 ピッ。

 アナガリスのコクピットにウィンドウが開いた。

『アキト……』

 ラピスが顔を覗かせている。何時までも動かないアキトを心配しての事だろう。リンクで繋がっている彼女には、朧気ながらも思考が伝わってしまう。

「大丈夫だ、ラピス」

 アキトはふっと笑みを漏らすと、肩の力を抜いた。

(こんな小さな娘に心配をかけるとはな……)

 改めて、ラピスを見やる。

 桃色にも似た髪の色。金色の瞳は、遺伝子操作技術の粋として生まれたマシンチャイルドたる証。

 その儚げな雰囲気は、初めてあった頃のホシノ・ルリに似ている。

 

 

 初めてラピスと出逢ったのは、2200年の7月。アキトが火星の後継者の研究所を襲撃した時の事だった。

 ブラックサレナを駆り、研究所に突入するアキト。手ずから研究者達を血祭りに上げながらユリカの情報を捜す。

 その研究所に実験体として囚われていたラピス。何の感情も篭もらぬその瞳は、置き去りにしてしまった自分の家族を思わせた。

 血と硝煙、燃え上がる炎に照らされながら、無言で手をさしのべるアキト。彼女の瞳に一抹の感情が揺れ、ためらいがちにその手に応えるラピス。

 一糸纏わぬ彼女に羽織っていたマントをかけてやると、アキトは少女に名前を訊いた。

 その時彼女に与えられていた名前はコード・ナンバーのみだった。少女はそれを告げる。それがどれほど哀しい事かも理解せずに。

 憤慨するアキト。だが少女は何故彼が怒っているのかが分からない。声に出して訊いてみると、目の前の黒ずくめの青年は優しげな微笑みを浮かべて少 女にこう言った。

『君に名前をあげる』

 アキトが付けたのは家族の名前。妹のように想っていた少女の名前。瑠璃の宝石――ラピス・ラズリ。

 それ以来少女は常にアキトの傍らにいた。

 小さなその身でアキトの感覚を補い、戦場を流離い、常に共にあったラピス。

 彼女に幸せな事などあっただろうか?

 11歳と言えば小学生だ。学校に通い、友達と日が沈むまで遊び、家に帰ってからは両親との会話、夕食を食べ、お風呂に入って眠る。そんな普通の生 活など、この少女に味わわせる事は出来なかった。それが何よりも悔やまれる。

(俺が全ての元凶か……)

 アキトはそう思ってしまう。だから、彼は気付かない。ラピスがアキトと出会えた事をどれほど喜びと思っているのか。アキトの感覚を補助する事をど れほど幸せに思っているのか。どれほどに、アキトの事を想っているのか……

『アキト、センサーに反応。未確認艦接近』

 深い物思いの海に沈み込んでしまっていたアキトの思考を、ラピスの声が引き上がらせた。

「何? 気付かなかったのか?」

『ウン……ステルスでウマク隠れてて今まで気付かなカッタ……ゴメンナサイ』

「いや、ラピスを責めているわけじゃない。識別は出来るか?」

『ウン、チョット待って……出た。コレは……』

 言い淀むラピス。

「ラピス?」

『何でもナイ……識別、機動戦艦ナデシコC』

「ナデシコ……ルリちゃんか……」

 自分の迂闊さに思わず舌打ちするアキト。ユーチャリスのセンサーをくぐり抜けるだけのステルスを備え付けている艦など、全宇宙を見渡してもナデシ コCしかないのだ。

 ナデシコCの白い艦体が姿を現す。

『……アキト、ナデシコCから通信が入ってる』

「…………繋いでくれ」

 しばらくの逡巡の後、アキトは応えた。目の前にウィンドウが開く。

『……アキトさん……』

 現れたのはかつての家族。瑠璃色の髪に琥珀色の瞳。

 『電子の妖精』ホシノ・ルリ。

 

 




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