西暦2196年2月。

 地球全体がかつてない歓声に沸き立っていた。

 遙か火星から脱出してきた輸送シャトルの、4ヶ月を超える航行を経た奇跡の生還!

 木星蜥蜴の侵攻が始まって以来、久しく聞かれる事の無かった明るい話題に、誰しもが喝采を上げた。

 火星を見捨てたと言われている連合宇宙軍にとっては、下落の一途を辿る軍の威信と名誉を守る、まさに救いの神だった。

 軍部はこぞって脱出劇の指揮を執った若手パイロット達を褒め称え、帰還後直ちに2階級特進する事が決まっていた。

 政府も、故郷を焼き出された火星避難民達に最大限の援助を約束し、政治家達も抗戦ムードに乗って自己の得票を伸ばした。

 武器を取れ!

 敵は慈悲のない、冷血な蜥蜴共だ。何の良心の呵責も感じる必要はない。

 皆の地球を、皆の手で守ろう!

 各地で義勇兵が組織され、宇宙軍はその規模を増した。

 反撃の気運は、いやがおうにも高まる。

 

          ◆

 

 スノー・ドロップ号は機体の損傷が激しく、大気圏の突入は不可能という事で、軌道ステーションに寄港し、その役目を終えた。

 イツキたちには身を休ませる暇もなく、報告のための出頭が命じられ、地上へと降下した。

 3月の初等、雪の舞うヨコスカ・ベイ。

 軍用シャトルを降り立ったイツキたちを出迎えたのは、フラッシュの嵐と、軍上層部の美辞麗句だった。

 地上の熱狂振りを知らぬイツキたちは等しく困惑した。

 火星からの脱出は、自分たちだけの力で行ったわけではない。今この場にいない、黒ずくめの青年の犠牲無くして為し得たものではなかった。

 あの時ほど自分たちの無力さを思い知らされた事はない。

 浴びせかけられる賞賛の言葉を上の空で聞き流し、視線を泳がせるイツキ。

 イツキたちを囲む人垣の向こうに、黒いバイザーとマント姿の青年が、じっとこちらを見つめて佇んでいる。その青年と、視線が交差した。

 一瞬の出来事。ほんの少しの間をおいて、驚愕に目を見開く。

 慌てて振り向いたが、もう青年の姿は人混みの中に掻き消えていた。

 動きを止めたイツキを訝って声を掛けてきた何とかという中将に辛うじて返事をかえし、促されるままに付いていく。

 彼女の瞳の奥に、ちらちらと炎にも似た揺らめきが浮かんでいた。

 



機動戦艦ナデシコ
ANOTHERアナザ・クロニクルCHRONICLE

 

 

第7話

「花に集うT」



 

 ネルガル重工本社ビル――その最上階に位置する会長室に、ノックの音が響く。

「はいはい、どうぞ」

「失礼いたします、会長」

 その部屋にただ一つしかない椅子に座っている青年――すなわち、ネルガル重工会長アカツキ・ナガレは、これ幸いと手にしていた書類を放る。それを 見て、隣に控えていた会長秘書エリナ・キンジョウ・ウォンの眉がぴくりと動いたが、結局は何も言わなかった。

 ノックの主――プロスペクターに笑い掛ける。

「どうしたんだい、プロス君」

「はい、少々会長のお耳に入れておきたい事がございまして……お時間の方は大丈夫ですかな?」

 むしろエリナの顔色の方を気にしながら、プロスペクターが尋ねる。

「いやいや、まったく構わないよ。スキャパレリ・プロジェクトの方で何かあったのかい?」

「いえ、そちらの方は滞り無く進んでおります。ゴート氏の協力も得られまして、これからクルーの人選に入るところです。

 今日は別件でして……」

「へえ、何だい?」

 心持ち身を乗り出すアカツキ。

「はい。実はここ最近、ネルガルの中央コンピューターにハッカーが忍び込みまして……」

「ふうん……でも、そんなこと特に珍しくもないんじゃないのかい?」

 ネルガルの管理する情報の中には、表に出れば世界を揺るがしかねない程のものまで存在する。当然それを狙ってのハッキングも、日常茶飯事的に起 こっているのだ。

 そのアカツキの問いに、プロスペクターは困った顔をしてハンカチで額を拭った。

「いえ、それがですな……」

「……ちょっと、まさか、データの流出を許したって言うんじゃないでしょうね」

 何やら言いにくそうにしているプロスペクターに、エリナが形のいい眉を顰めさせる。

「いえ、そんな事はございませんが……そのハッカーの探っていたデータというのが問題でして……」

「と言うと?」

「人類遺伝子研究所の所在と、その研究データを……」

「何ですって!?」

 エリナが声を荒らげる。アカツキは腕を組んだまま微動だにしなかったが、眉がぴくんと跳ね上がった。それでも声が落ち着き払ったままなのは、流石 と言うべきだろう。

「……君の事だ、もう犯人の目星はついているんだろう?」

「はい。最近になって頻繁にハッキングを繰り返しておりまして……別段ログを隠しているわけでもないのですぐに判明しました」

 取り出した書類を渡す。それはログの記録帳だった。

 確かに1ヶ月ほど前から同一のログのアクセスが増加している。遺伝子工学関連のデータ・バンクを彷徨い、所構わずブラウズして、唐突に回線を打ち 切っている。

 所在地が一定でないのは、携帯端末を外部の一般回線に繋いでいるため、とプロスペクターは続ける。

「ですが、さして広くもない行動範囲でしたので、ハッカーの所在は程なく掴めました。

 どうも、このハッカーには隠れる意図が無いようですな」

「それなら、とっとと捕まえればいいでしょう」

 呆れたように、エリナが言う。

 だが、それに返ってきたプロスペクターの答えは、意外なものだった。

「データがデータだけに、表だった問題にするわけにもいきませんでしたので、ハッカー確保のためにシークレット・サービスを数名向かわせたのです が……それが返り討ちに合いまして」

「はあ?」

 ネルガル・シークレット・サービス。彼等はネルガルの利益のために動く、いわば裏の実行部隊である。そのメンバーは厳しい人選と訓練を経た、プロ 中のプロだ。

 そのシークレット・サービスが、アマチュアのハッカーに白兵戦で返り討ちにあったという。

 エリナが間抜けな顔をするのも無理はなかった。

「何かの間違いじゃないのかい? シークレット・サービスの面々は、プロス君が直々に鍛えた精鋭中の精鋭じゃないか」

「お恥ずかしながら、私もそう思いまして再度人員を向かわせたのですが……それもまた失敗しまして」

「ほーう……一体何者なんだい? ただのアマチュアじゃなさそうだけど。当然その辺りの事も調べているんだろう?」

「一応写真がありますが、ご覧になられますか?」

「もちろん」

 プロスペクターが撮りだした写真には、人混みに紛れて黒いマントにバイザーを掛けた青年の姿が写っていた。

「…………これはまた、何と言うか……コスプレ趣味でもあるのかい? 彼は」

「はてさて、趣味は人それぞれですからなぁ」

「プロス君はさしずめ仕事が趣味って所かな?」

「はっはっは、いやぁ、つまらないオジさんでして」

「……ちょっと、そんな事より、この男のデータはどうなってるの? そっちの方が重要でしょう」

 彼等二人に任せていると話が一向に進まないと思ったのか、エリナが口を挟んできた。

「そんな事ってのは酷いなぁエリナく……そ、それでデータはどうなってるんだいプロス君?」

 エリナのこみかめに『ぴしぃっ』と一筋が走ったのを見て、慌ててプロスペクターに話を振る。

「はいはい。彼は約1ヶ月ほど前にこの界隈に流れて来た者だそうで、時期的には丁度ハッキングの始まった頃と一致します。

 本名・年齢・出身地・生年月日・経歴のいずれも不明……カードの使用記録が残っていますが、調べてみますと半年ほど前に突如として作られた口座で ある事が分かりました。

 特に誰とも連絡を取っている様子もなく、普段は街をふらふらと彷徨いているようですな」

「まったくもって正体不明って訳だね。それで?」

「はて、それでと申しますと?」

 言葉とは裏腹に、プロスの眼鏡がきらりと光る。

「とぼけなくても良いよ。ただ彼を処理したいなら、わざわざ僕に伝えに来るわけがないしね。君はただでさえ忙しい身なんだから。何か言いたい事があ るんだろう?」

「さすが会長、お話が早い。実はですな……」

 眼鏡の傾きをなおしながら、プロスペクターは用件を告げた。

 それを聞いたアカツキは面白そうに口元をつり上げ――エリナは唖然とし、次いで猛然と反発した。

「ちょっと、本気なの!?」

「ええ、勿論です。流石に冗談でこのような事は口に致しませんよ」

「そんな事、許可できるわけ――」

「面白い、やってみてくれたまえよ、プロス君」

「会長っ!」

「まあまあ、エリナ君も落ち着いて。ああプロス君、その件は君に一任するから、もういいよ」

「はい、それでは失礼いたします」

 癇癪を起こしている社長秘書と、それを片手を振って宥める社長に一礼をして、プロスペクターはその場を後にした。

 ドアの向こう側でまだ喧々とした声が響いているが、それには構わずプロスは交渉の手管などを練りながら歩き出す。

 君子危うきに近寄らず。

(会長も大変ですなぁ)

 自分が持ち込んだ件にも関わらず、プロスペクターは他人事のようにそんな事を考えていた。

 


 

(それで、どうしてこのようになるのでしょうか……)

 3日後、トーキョー・シティの片隅にて、プロスはこの世の不条理を噛み締めていた。

 彼の隣では、何故かエリナ嬢が偉そうに腕を組んで、シークレット・サービスの面々に指示を下している。本来、その役目はプロスのものなのだが。

 どんな場面でも、彼女は場を仕切らねば気が済まない質らしい。プロスにしてみれば迷惑な事この上ない。

 彼女を連れていけば、まとまる交渉もまとまらない可能性がある。

 若く、敏腕な社長秘書――それだけにプライドも高く、彼女はまま感情に走りやすい面がある。相手を見下したような態度をとるのも頂けない。

 何しろ、相手の持ち札が全く不明なのだ。慎重には慎重を期したいところだというのに……

「さあ、行きましょ」

 指示を出し終えたエリナが、スーツの裾を正しながら言ってくる。シークレット・サービス達は、すでに散開して姿は見えない。

 彼女はアカツキの命でお供をするという事になっている。エリナの猛抗議に耐えかねたアカツキが苦し紛れに講じた方策だろう。

 プロスは書類の山に埋もれているであろう自分の雇い主を呪った。

 

 

 まあ、何時までも呪っている訳にもいかず。

「ホントにこんな所なの?」

 目の前に建つ古ぼけたホテルを見上げて、エリナが思わず問い質した。

 そのホテルは表通りや歓楽街からも外れた裏通りの一角に、ひっそりと佇んでいる。

 パっと見は廃ビルにしか見えない。何しろ看板がない。外灯もなければポーチもない。外壁や窓ガラスにはヒビが縦横無尽に入り乱れ、果たして何時建 てられたのかも定かではなかった。

「こんな所に人が居るの? 今にも倒れそうなんだけど」

「こういった所の方が都合の良い方もいるという事ですよ。何しろお金さえ払えば、宿帳を記入する手間すらありませんからねぇ」

 なおも疑わしげに言うエリナに、プロスは親指と人差し指で輪を作って見せた。

「後ろ暗い連中が集まる場所って言うわけ?」

「そんなところですかな。さ、参りましょうか」

 さっさとそのホテルらしき建物に入っているプロスに、エリナは少しだけ躊躇したが、そのまま付いていく。

 目的のためには手段を問わぬ辣腕で今の地位を気付いたエリナである。多少の事で怖じけ付きはしなかった。

 ホテルの中は意外とまともだった。ただし、全体的に埃を被っている事を除けば、の話だ。まるで何年も掃除をしていないかの様に薄汚れ、床には綿埃 がたまっている。ホテルとしては言語道断だ。

 カウンターにいるオーナーらしき男は、薄暗い室内だというのに丸いサングラスを掛け、こちらに挨拶を寄越すどころか見向きもせずに雑誌を読みふ けっている。女性週刊誌だった。

 プロスは慣れたものなのか気にもせずに階段を上っていく。エリナはハンカチを口に当て、埃の山を何とか避けようと苦心しながら後を追った。

 階段は何故か3階までで途切れていた。その階の最も奥にある扉をプロスペクターはノックする。規律正しく3拍を2セット。しばしして、内側から押 し殺したような声が返ってくる。

「…………誰だ」

「わたくしどもはネルガル重工の者ですが、少々お時間を戴いて宜しいでしょうか」

「……開いている。入れ」

「失礼いたします」

 ドアを開けると、殺風景な風景が広がった。シングルソファーと冷蔵庫が一つずつ。家具らしい家具はそれだけだった。ほかに何もない。

 ソファーの上に、男が一人座っている。写真で見た通りの黒ずくめの格好。まさか部屋の中でまでマントを羽織っているとは思わなかった。

 困惑を浮かべるエリナとは対照的に、プロスは素晴らしい営業スマイルを男に向けた。

「どうも、私はこういう者です」

 差し出した名刺を男が受け取る。その時、一瞬だけ動きが止まったが、何事もなかったかの様に男は名刺に視線を落とした。

「ネルガル重工会計監査官プロスペクター……本名か?」

「いえ、それはまあペンネームのようなものでして……ところで、貴方は何か格闘技でもやっておいでですか?」

「さてな。そう言うあんたはどうなんだ?」

「物騒な世の中ですからな。まあ、たしなみ程度には」

「なら、俺もその程度という事だ」

「ほう、それはそれは……」

 男の口振りは酷く無愛想で素っ気ない。プロスペクターの眼が愉しげに細まる。

「わざわざネルガルの監査官が、世間話に来たわけでもあるまい。用件は何だ?」

「これはお話が早い。私どもネルガルはこの度、貴方をスカウトに参りまして」

「スカウト? ネルガルの目に止まられる様な事をした覚えはないが?」

「ご謙遜を。貴方のお力を、是非とも私どものプロジェクトに添えて戴きたいのですよ」

「惚けても無駄よ。貴方がネルガルの中央コンピューターに侵入したって言うのは、調べが付いているんですからね!」

 腰に手を当ててエリナが言う。これが彼女のスタイルだ。相手の弱みを突く事に躊躇せず、常に優位な立場に自分が在ろうとする。

 だが、その交渉術が誰にでも有効というわけではあるまい。プロスペクターは誰にも気付かれないほどに顔を顰めた。

 男の纏っている雰囲気が変わる。エリナにも分かるほどの威圧感が、男の体躯から吹き出てくる。

「それで、断ったら外にいる連中にものを言わせるという訳か?」

「そ、そうよ。貴方のやったことは犯罪だわ。捕まりたくなければ、私達の条件を呑みなさい」

 たじろぎながらも、エリナは退かない。その頬にいつの間にか汗が伝っている。

「それが、ネルガルのやり口という訳か……」

 男がソファーから立ち上がる。無意識のうちにエリナは一歩後ずさった。ワンルームの小さな部屋が緊張感で満たされる。

 そんな張りつめた糸を緩めにかかったのはプロスペクターである。

「まあまあ、ここは穏便に。エリナさんも落ち着かれてください。我々はあくまで協力をお願いする立場なのですから」

「何言っているのよ。まともにやって協力なんて得られる訳無いでしょ!?」

「いや、スカウトに乗ってやらん事もない」

「ほら本人だってそう言って……へ?」

 エリナが彼女らしからぬ間の抜けた顔を男へ向けた。プロスも驚いて男を見やる。

「承諾して戴けるので?」

「ああ。条件次第ではな」

「差し支えなければ、理由をお訊きして宜しいでしょうか?」

「俺は……クリムゾン・グループに恨みがある。敵対するネルガル・グループに協力するのもやぶさかではない」

「クリムゾンですって?」

 クリムゾン・グループは、ネルガルの最大の商売敵である。

「じゃあ、うちのコンピューターに侵入したのもその為だって言うの?」

「そういう事だ」

「先ほど仰った条件とは?」

「ふたつある。ひとつは俺の行動に関する妨害・詮索をしない事。これを守れば、こちらもそちらに最大限の協力をしよう。もうひとつは……」

「もうひとつは?」

 言い淀む。次の言葉までには、若干の間が空いた。

「もうひとつは――今はいい。最初の条件を呑むというのなら、俺はネルガルに与しよう」

「左様ですか……何か事情がおありのようですな」

「まあ、な」

 男は視線を窓の外へと向ける。景色を見ているのでない事だけは確かだ。

「まあ、詮索は致しません。詳細な契約内容は……そうですな、こちらで宿舎を用意させていただきますので、そちらに移る際にお話しいたしましょう。 それで宜しいでしょうか? え〜……そう言えば、お名前を伺っていませんでした」

「……黒百合」

「は?」

「訳あって本名は名乗れん。俺の事は黒百合と呼べばいい」

「はあ……」

「昔、そう呼ばれていた事がある。ペンネームみたいなものだ。そうだろう?」

 男――黒百合は、皮肉気に口元をつり上げた。

 


 

「貴方、どうしてあんなあからさまに怪しい奴をスカウトするなんて言い出したの?」

 帰り道、エリナがプロスにずっと疑問に思っていた事を問い掛ける。

 彼の進めるネルガルの一大プロジェクト――スキャパレリ・プロジェクト。そのメンバーの選考は能力第一主義とは言え、経歴もはっきりしない者を加 えるほど、ネルガルのチェックは甘くない。ましてや、プロスペクターは慎重には慎重を期すタイプである。

 プロスペクターは眼鏡のフレームをくいっと持ち上げて、

「ふむ、エリナさんは『スノー・ドロップの奇跡』は勿論ご存じですな?」

「ええ。ほんの1ヶ月前の事ですもの。実戦を経験した試作機が手に入って、エステバリスの開発も随分と助かったわ」

「そのスノー・ドロップ号に乗っていた民間人……それに、同行していたテスト・パイロットの方々の証言の中に、正体不明の黒ずくめの青年の話があっ たそうです」

「なんですって……?」

「その青年はテスト・パイロットよりも数段上の腕の持ち主で、I.F.S.によるオペレートもこなし、あまつさえ生身でバッタ達に対抗したそうで す。聞く所によると、『バッタ』と名付けたのも彼なのだそうですよ」

「それって……」

「似ていますなぁ、黒百合さんに。それに、私にはもう一つ気になる事があるのですよ」

「……それは?」

 話が核心に迫ってきた。

「彼は、第一次火星会戦時に火星にいた事になります。これもテスト・パイロットの方の証言によるものなのですが……彼は火星脱出の際、スノー・ド ロップ号を守るために火星に残ったそうです」

「……! まさか……」

「彼は一体どのようにして地球にやって来たのでしょうなぁ」

「ボソン……ジャンプ」

 流石に声を潜めるエリナ。ボソンジャンプの情報はネルガルの特S級のトップ・シークレットだ。

「勿論黒百合さんが話の当人である確証はございませんが、彼をこちらに確保しておいて決して損にはならないかと。

 彼の言葉を信じるならクリムゾン・グループに行かれる事はなさそうですが、明日香インダストリーに引き抜かれてもやっかいですからな」

「なるほど……そういう事」

 納得したエリナは自分の考えに引き篭もる様におとがいに手を当てた。

「未確定な危険因子ほど計算しがたいものはありません。ならば思い切って手の内に納める事で、危険を制御する方が宜しいかと」

「そうね。色々と調べなければならない事が多いけど」

 エリナとプロスの二人は、それぞれの思惑を交差させたまま頷き合った。

 

          ◆

 

 道を行く二人の背中を、窓ガラス越しに男が見ている。

「始まったな……」

 黒百合と名乗った男――テンカワ・アキトは、そう呟くとソファーに座り、部屋の中でもかけ続けていたバイザーを外した。

 陽にさらされた右の瞳が、窓から差し込む西日を受けて、琥珀色の輝きを湛えていた。




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