第一章[因果の繰り手と紅蓮の少女]
四話【それぞれの思いと策略】

 

翌朝も快晴だった。
その朝の光りの中、悠二とベルペオルは同じベッドの中で、すやすやと規則正しい寝息を同じ間隔で立てていた。
前と同じくベルペオルが悠二を抱く形で眠っている。
その時、コツコツ、コツコツ、と悠二の部屋の窓を叩く音でベルペオルは意識を覚醒させた。
悠二は目覚ましが鳴るまではめったに起きないので、無視を決め込んでこの幸せな時間をもう少し満喫することにした。
意識はあるが目を開けずに悠二を強く抱いて頬擦りしながら幸せそうな表情を浮かべる。
この窓を叩く者の正体を確信してはいたが、敢えて聞こえていないふりをした。
突如、窓を叩く音がやさしいものから、ガンガン、ガンガン、と激しいものへと次第に変わっていた。

「はぁ〜〜、まったく、しょうがないね。着替えたら開けてやるからちょいとお待ちよ。このままじゃ気持ちよさそうに寝てる悠二が起きてしまうじゃないか」

そう言うと音が止み、ベルペオルは上半身を起こすと寝ている悠二の額に軽く自分の唇で触れてベッドの中から出る。
ベッドから出てきたベルペオルの姿はいつものタイトドレスではなく、黒い下着一枚を身に着けた姿で壁に掛けてある、昨日千草に見立ててもらったロングタイトスーツに手を伸ばし、それに袖を通す。
スーツを身に纏うと部屋の中と外の視界を遮るカーテンを開けた。
外には仏頂面をする少女、"炎髪灼眼の討ち手"シャナが立っていた。
ベルペオルは溜め息を付きつつ鍵を外して窓を開ける。

「おはよう、おチビちゃん。それにしても、そんな不機嫌そうな顔をしてどうしたんだい?」

シャナのこの顔の理由をベルペオルは知っていたが、敢えて聞くことにした。

「どうしたんだい?じゃないわよ!!何で鍵閉めてるのよ、おかげで一晩外で過ごすことになったじゃない。家に入っていいよって言ってたのに」

シャナは悠二に文句を言ってやろう思って起こそうとする。
ちなみに悠二は鍵を開けて寝ていたが、後でベルペオルがこっそりと鍵を全て閉めていた。
部屋の窓の鍵だけではなく、家の全ての鍵を。

「これ、お待ち悠二を起こすんじゃないよ。それに悠二は鍵は開けて寝てたさ」

「じゃあ、何で閉まってるの、普通に考えておかしいでしょ?」

「夜中に人の寝所に入り込んで頭に刀を叩きつける奴がいるらしくてね。それに最近物騒だから私が戸締りをしっかりやっておいたのさ。」

「むっ………」

ベルペオルは挑発的な笑みを浮かべ正論を並べてシャナを黙らせる。

「それにしても朝っぱら何の用だい?見ての通り私達はまだ寝てたんだが」

ベルペオルに痛いところを突かれて、文句を言ってやろうとしていたのに言えなくなってしまった。
なので代わりに別なことを言ってごまかした。

「……今後の事よ、今後の」

「ふむ、それなら悠二が起きるまでしばらく待ってもらえないかね?もう少しで目覚ましが鳴るから、その時には起きるさ」

十分後、目覚まし時計から電子音が鳴った。
その音の発信源をすばやく察知した悠二は、音の方向には見向きもせず腕だけを動かしてアラームを止めた。

「ふ、ふぁ〜〜っあ……おはよう、ベル……それと、シャナとアラストールもおはよう。」

シャナとアラストールは窓の外にいた。
悠二は上半身を起こして、まだ眠いのか目をこすりつつ更に続ける。

「どうしたの?三人そろって何か話しでもしてたの?」

「なにやら今後のことで話があるようだよ、悠二」

ベルペオルがそう言ったのでシャナに目線を移した。
対するシャナは文句を言うつもりで起こそうとしていたので、とっさに振られたことに少し戸惑っていっこうに口を開かない。
そんなシャナの代わりにアラストールが言った。

「現段階では、今だトーチの数は、フリアグネが『都喰らい』を発動させるだけ用意されていない様だが、その可能性がある以上、早急に討滅すべき手立てを打っておくことはなんら変わらん。しかし彼奴らも、我らに察知されることを恐れてか、一昨日以来、封絶と乱獲を行っていない」

「つまり、どうにかしてフリアグネを誘い出す方法を考えようとそういうことだね」

「うむ」

先ほどまで口を開かなかったシャナ何かいい案を思いついたのか口を開いた。

「私達の『贄殿遮那』とお前達の『零時迷子』、『タルタロス』を使ったらどう?こうやって睨み合ってる内に、トーチはどんどん消えていくから、その内、連中も焦れて出てくるでしょ」

ところがこれに、思いもかけない答えが返ってきた。

「いや、それじゃ駄目だ」

「なんですって?」

悠二がシャナを真剣な眼差しで見ていた。
シャナは、この反論に不快さを感じない。ただ訊き返す。

「どういう意味よ?」

悠二もそれを……シャナが道理が通っていれば素直に受け入れる少女だということを、分かっている。

「向こうに主導権を与えちゃ駄目だ。こっちが待つってのはつまり、相手に何かを準備させたり、次に行動を起こすのを受け止めて動くってことだろ。それじゃ罠の中に自分から飛び込むようなもんだ」

「じゃあ、どうしようっての?向こうが動かないから、こっちは苦労してるんじゃない」

「呼び寄せる方法ならあるよ。昨日のうちにベルと話しておいた。」

ベルペオルがにやり、と笑って悠二に代わって続きを述べる。

「"狩人"が『都喰らい』を企んでいようが、そうでないにしても、絶対に食いついてくる方法さ」

「………?」

「どういうことだ」

不審気なシャナの胸元からアラストールが訊く。

「なぁーに、"狩人"の企みのキモは分かってるんだよ。だったら、その布石を潰してやればいいのさ。そうすれば"狩人"が何をするにせよ、トーチに何かを仕掛けたってことは事実なんだからね。」

「貴様ら、まさか」

悠二とベルペオルの意図を察してアラストールは驚いた。
悠二は、うん、と頷いて言う。

「もう悠長に手段を選んでいる余裕もなくなってると思う。ベルの情報がもし"徒"側に漏れたら≪"仮面舞踏会"(バルマスケ)≫も必ず動き出すと思う。待ってればこっちが不利になるだけだ。それにまだ無事な連中から、きっちり守っていかないと」

ふうん、と同じく察したシャナが、楽しそうに声を上げた。
今のシャナを見ると、とびっきり明るく強い笑みが……名案を評価するだけではない悠二という存在への言い知れない嬉しさを感じた笑みがその顔にはあった。

「いいわ、乗ったげる。昼食を取ったら、すぐに学校を出るわよ。忙しくなりそうね」

「あら、平井さん」

「あ」

ベランダの下から掛けられた呑気な声に、悠二は今までの冷静さを吹き飛ばされた。
悠二の母・千草だ。
うっかりしていた。
悠二の部屋のベランダは玄関の真上にある。新聞と牛乳を取りに出た千草が上での会話に気付いたらしい。自分の母にはまだシャナがフレイムヘイズであることを話していない。まぁ話しても別にいいのだが余計な心配を掛けないために話すのは辞めていた。
昨日の今日なので、あらぬ誤解を受けるのでないかと心配していたがどうやら心配だけで済んだようだ。

「おはよう。どうしたの、こんなに朝早くから?」

千草の呑気さが、こんなときはありがたい。

「どうしてそんな所に?」

「えーと、ちょっと一跳び」

シャナも根本的なところでずれた答えを返す。

「あらあら、お転婆さんね」

千草も負けてはいない。
悠二とベルペオルは二人して頭が痛くなってきて、まったく同じ動作で首を振りつつ額に手を当てる。

「おチビちゃんも相当だが……千草もさすがと言うべきかね」

「まぁ、母さんだし……ね……」

悠二は力なくベルペオルに答えた。
結局シャナは、朝食も坂井家でご馳走になった。

 

三日目の授業は、三種類に割れていた。
始めてシャナの授業を受ける教師は、例のごとく自爆で、プライドと権威を粉砕された教師のその後を、ベルペオルが引き継ぐ。
これは前日、前々日と同じ。
顕著な変化があったのは二度目以降の教師で、これは、正反対の反応を示した。
ベルペオルへの授業の丸投げか、対立である。
前者は『触らぬ神に祟りなし』という様子で、授業の全てをベルペオルに後輩教師を育てるとか言って一任した。教師としてどうかと思ったが、ベルペオルが楽しそうに授業を進めるので気にしないことにした。
若干、いや結構問題が悠二にばかり集中するのだが皆は気にしてないようだ。
後者は、悔しさと熱意から自分なりの研究と勉強を行って、シャナに是非を問うという、なんだが主客逆転なものだが、前者に比べれば後者のほうが幾分か好感が持てた。
生徒達の方は、三日目ともなれば彼女の態度に慣れたのか授業を楽しむ余裕も出てきていた。
シャナは今までと相変わらず。自分とベルペオルを意味深な目で見つめる以外はこれまでどおりだった。
求められれば、ひたすらシビアな、反論の余地のない事実を突きつける。まるで教師を査定してる理事会の監査官のようだった。
結果、三日目の午前四時間で、粉砕が一、丸投げが二、対決が一のスコアである。

 

昼休みになったが、もう用事もなしに出て行く者はいなくなっていた。
池ら三人と吉田も、悠二、ベルペオル、シャナと一緒に昼飯を取ることが当然のように、机を固めている。
周囲のクラスメートも各々、昼食とおしゃべりを楽しんでいて、もうシャナが現れる前の光景に戻りつつあった。
やっぱ、慣れってことかな、と思いつつ例によってコンビニのオニギリを、ベルペオルと二人して海苔をパリパリわって食べ始める。

「ところで、坂井」

池がホカ弁を開けつつ何気なく切り出した。

「ん?」

「いったい昨日あんなに急いで、どこいってたんだ?」

「んっ!!……ゴッハッ」

いきなり予想外の質問で咳き込んでしまった。
その悠二をみてベルペオルが優しく背中をさする。

「だいじょうぶかい?悠二」

「ゲホゲホッ……ああ、ベル、ありがとう大丈夫だよ」

「いきなり、何言い出すんだよ」

「いやだって、昨日放課後にベルペオル先生の手を引いて、平井さんも一緒にダブルデートぽいことしてたろ?」

「でーと?」

シャナはデートを知らないのか頭に疑問符を浮かべた。
悠二は、シャナの疑問をそっちのけで口を開く。

「………おまえ、つけてたのか」

すると、答えは意外な所から返ってきた。

「ご、ご、ごめんなさい……私が、どこにいったのかな、って、その、池君に、訊いたから……」

「吉田さん?」

悠二は、『本物の平井ゆかり』はそんなに吉田さんと仲が良かったっけ、とここ一ヶ月の二人の行動を思い出そうとする。悠二の知る平井ゆかりの存在がもともとトーチだったせいもあるのか、ほとんど思い浮かんでこないが、それにしては彼女の様子はどうも深刻そうだ。
そんな彼女を、池がフォローする。

「まぁ、追いかけたのは後になってからだよ、最初からつけようと思ってたわけじゃない。御崎大橋で追いついて面白そうだから観察してたんだ。おまえらがどこかに寄ったら声をかけようと思ってたのに、いつの間にか見失って後を探したんだけどその内、吉田さんが疲れたんで、皆でジュースを飲んで普通に帰った、それだけさ」

「田中があそこで力説しなければ、見失うこともなかったのにな」

「俺のせいかよ、俺はただ後学のためにだな……まぁ、それでどうなったんだ坂井?」

例によって佐藤と田中が続ける。

「おまえらもか……」

悠二が頭を抱える。
ベルペオルはクスクス、と笑いながら昼食を食べる。
シャナはそもそも何が話題になっているのか理解していない。
そんな彼女が涼しい顔で吉田に訊く。

「なにか、私に様でもあったの?」

「う、ううん、そうじゃ、なくて………」

吉田は複雑そうな表情をして悠二に視線を移すと顔を伏せてしまう。

「じゃあ、こっちに用が?」

シャナは消去法で、三人引く自分で残った二人は悠二とベルペオルだが、彼女とベルペオルは昨日以前に面識がある様でもなかったので悠二を指差した。
いきなり、伏せられた吉田の顔が、耳まで真っ赤になる。ほとんど中身の減ってない小さな弁当箱に、箸が刺さって止まった。
この吉田の心情をベルペオルは鋭い視線で見抜いて、素早く悠二の視線が彼女方に向かないようにと、両手で悠二の顔を自分の方に向ける。

「うわっ、ちょっとベル……どうしたの?」

「うふふ、ちょっとした予防策さ。このままだと私にとって、非常に面白くない展開に突入しそうでね。だから悠二の視線を私が奪ったんだよ」

ベルペオルがにっこり笑いながら答えた。
池が、悠二とベルペオル、吉田の三人をみて、情勢を図る。佐藤は楽しそうに、田中は固唾を飲んで、次の展開を見守る。
その間も、シャナだけがメロンパンをもぐもぐと食べていた。
ベルペオルに顔を固定されて、見詰め合っている状態の自分に声がかかる。

「あ、あの、昨日、その……格好よかった、です」

吉田は必死に絞り出した声を切って、忘れていたように、息を継ぐ。
悠二は自分の顔を固定していた、ベルペオルの両手から逃れて吉田を見て口を開いた。

「あ、でも、実際にあれをするきっかけをくれたのは平井さんで、僕はそんなような事……してないけど」

ベルペオルはこの二人の様子を見て、「チッ!……あれぐらいじゃ牽制としては弱かったかね」、と誰にも聞こえない声で呟いた。
悠二は自分で言っておいて、情けない台詞だなと思ってしまった。
ところが、吉田は真っ赤な顔を上げて、ようやく吸った息を、また全部吐くように行った。

「そんなことありません!」

彼女の声は声量にすればそれほど大きくはなかったが、それでも教室にいた全員が、驚いてこちらを見た。
クラスメート達の注視の中、悠二はその声に呆然となったていた。

「格好よかったです、とっても!私、助けてくれたり、せ、先生に、きちんと、ものを言ったり、すごく、格好よかったです、本当です」

「……はあ、ええ、と……あ、ありがとう」

また倒れるんではないか、と思わせられる吉田の危なっかしい気迫に押されて、悠二はひたすら間抜けな答えを返した。どうしようもない気恥ずかしさと照れに、頬が緩み熱くなる。
吉田の方も実は、本当に言いたいことにまで言葉が届いてないのだが、元来が内気な彼女としては、ここらが勇気の限界だった。

「……」

「…………」

お互いに視線を合わせて見詰め合う。
シャナは何故か急に、悠二の真っ赤な笑う直前のような困りきったような顔に、むっとなった。
ベルペオルは笑みの端を引きつらせながら笑っている、彼女にしてはかなり珍しい。わずかだが怒っているように見えた。
そんな悠二をシャナは、なんだか許せない生き物のようにギロリと睨んで訊く。

「もう食べ終わった?」

「え、いや、まだだけど」

そんな悠二の答えを聞いてベルペオルが、引きつらせたわずかな怒りを乗せた笑みで間髪入れずに言葉を告げる。

「悠二、一日やそこらで腐りゃしないさ、帰ってからお食べ」

「え、あ、うん」

返事なのかどうなのかも分からないその声を無理矢理、肯定と解釈して、二人は席を立って言葉を重ねた。

「「じゃあ、行(こうかね)(くわよ)」」

元々昼食を取ったら出て行く予定だったから、帰る用意はしてある。
ベルペオルは自分の荷物と悠二の鞄を取り、シャナは鞄とメロンパンが大量に入っていたであろう食料袋を素早く取って、二人して悠二の手を引く。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「やだ」

「やだ、って……」

悠二の左手を引っ張るシャナは待つのを拒む。

「ベルもシャナと一緒になって手を引っ張ってないでちょっと待ってよ」

「それはできない相談さ。悠二、今のあの子はどんな"徒"よりも危険な存在なんだよ、だから待てないのさ」

「は?吉田さんが危険どういうこと……」

「悠二はこういうことには鈍いねぇ、まぁそのおかげで私は助かってるんだがね」

「え?なんのこと」

「なんでもないよ、こっちの話だから気にしないでおくれ。」

二人の予想外の行動に悠二は慌て、吉田の方を見る。
彼女は二人の言動にわずかに怯えを走らせている。
その顔が、その光景が、右手を引っ張るベルペオルと左手を引っ張るシャナによって小さくなっていった。
今度は吉田がむっとなって、三人が消えていった教室の入り口を見つめていた。

 

三人は今、校舎を出て校門までの道のりを走っていた。
シャナとベルペオルは悠二の手を繋いだままでいた。
ベルペオルはシャナが悠二の手を、いまだにつないだままでいるのが面白くないように言った。

「おチビちゃん、いつまで悠二の手を握ってるんだい。いい加減離してくれないかね」

「うるさいうるさいうるさい。お前だっていまだに握ってるじゃないの」

「おやおや、やきもちかい?」

「ち、ち、ち、違うわよ!!ふんっ」

シャナはそう言うと手を離してくれた。

「ほら、二人とも喧嘩しないでこれから一緒にフリアグネを倒すんだろ?こんなところで仲違いしてどうすんの?」

言った悠二に、シャナは不機嫌そうに眉を吊り上げて抗議する。

「だいたいお前が悪いのよ、いつまでも教室でもたもたしてるから……」

「だからって、それは二人が喧嘩する理由にはならないだろ」

「な・る・の!!」

凄まじい迫力で断言されたので、悠二は黙って走ることにした。
ちなみに今もベルペオルは、悠二の手をちゃっかりと指まで絡めて握っていた。
校門を抜けて抜けてしばらく走ると、ベルペオルが先頭を走るシャナとは違う方向に反れる。悠二もベルペオルと手をつないでるためベルペオルに引っ張られる形でわきの人の気配のない小道へと入っていく。
ベルペオルが道を反れる時に声を出そうとしたが、ベルペオルは繋いでいない方の手で人差し指を自分の唇に当てて声を出さないように指示してきたのでそれに従った。
その人のいない小道をしばらく進んで二人は立ち止まった。

「ベル、いったいどうしたの?」

「悠二、突然なんだが、私のお願いをきいてはくれないかい?」

「ん?僕に出来ることならいいよ」

悠二の返事を聞くとベルペオルは悠二にだけ見せる笑みをして嬉しそうに抱きしめると、言葉という爆弾を投下した。

 

「私と悠二、二人の子供を作ろうか!!」

 

いきなり言われたその台詞に悠二は焦る。

「えっ、ちょ、ちょ、ちょ、何を、いきなり、唐突に、言い出すんだよ。」

悠二の顔が赤に染まる。先ほどの吉田の比じゃないほどに真っ赤になった。

「別に……嫌ってわけじゃないよ……ベルのこと嫌いじゃないし……でも、ほらフレイムヘイズって…それに、今は"狩人"の事もあるし…だから、その…」

必死になって言葉を発する悠二を見て、ベルペオルは頬を上気させて悠二の耳元で言った。

「んふふふふ、実は――――――――――――、と言うことさ。もちろんそっちだって悠二が求めてくれるなら私はいつでも拒みはしないよ」

「べ、ベルそれを最初に言って!!こんな場所に連れ込まれてあんな言い方された誰だって……」

安心したような、でもちょっぴり残念なような、そんな複雑な表情で悠二は言った。

「ごめんよ悠二、だけど悠二の本音が聞けたみたいで、とても嬉しいよ。さっきの昼休みの事も許してやろうかね」

悠二はベルペオルの言葉に、自分は昼休みにベルペオルの怒るようなこと一切していないと抗議するつもりだったが、追求するとまた機嫌が悪くなりそうだったのでそのまま流した。

「それじゃ、そうと決まったらさっさと済ませていこうか」

「そうさね、私と悠二、二人とも消えたとあったら、おチビちゃんが探しにきかねないからね」

シャナと分かれた数分後、悠二はベルペオルと分かれた小道から出てきたところでシャナにつかまった。
シャナは何か言いたげな表情でこちらを見つめていたが深く追求されてはたまらないとこちらから話を切り出す。

「ごめん、シャナ道に迷っちゃって」

「ちょっと、しっかりしなさいよね。これから絶対に一戦やらかすんだから。」

そのとき、アラストールが一人いないのに気付いた。

「坂井悠二、ベルペオルはどうした?」

「ああ、ベルなら時間もないし別行動してるよ。それにフリアグネは僕が今ベルを顕現できないと思ってるから、そう思わせておいたほうが都合がいいだろ?それで僕はシャナを探してここまで戻ってきたってわけ、こっちから話しかければ"カナン" を通して話せるけど話す?」

「いや、よい先を急ごう」

悠二とシャナは再び走り出した。

 

広がりを無限に思わせる暗闇に、数十を数える薄白い火が灯り、彷徨っている。それら薄白い火の一つが突如大きく膨れ上がって、やがて火は優美な男の形を取る。長衣の中で、灯火を逆に映す黒い鏡のような床を。軽く踏む。
"狩人"フリアグネだった。戸惑いを顔に見せ、しきりに首をひねっている。

「マリアンヌ、これは、いったい何事だい?」

フリアグネの視線の先に、巨大な箱庭がライトアップされるように浮かんでいた。
その箱庭は、御崎市の全域を精巧に模して作られている。その中には、無数の鬼火のような灯火が散らばり、蠢(うごめ)いている。
トーチを示す印だった。

「ご、ご主人様!」

"燐子" マリアンヌが動揺を声に表して言う、箱庭の一番高いビルを模したプラスチックの箱の上に、その粗末な人形の体を載せている。

「崩れていいるじゃないか?私の『都喰らい』の布石が」

「フレイムヘイズです!あの者達が、封絶でトーチをどんどん消費して……っは!?」

マリアンヌが指もないフェルトの手で、市街地をさすのと同時に、御崎市全域をモニターする宝具『玻璃壇(はりだん)』からトーチを表す印は消えて、それと同時に封絶を示す光りの半球が現れた。しかし、この光りの半球は発生すると、すぐに薄れて消えてゆく。

「………どういうことなんだ?」

フリアグネは眉を顰めた。フレイムヘイズがトーチを消費するなど、普通では考えられない。彼らはこの世界のバランスを保つために戦っているのだから当然だ。
マリアンヌが短い手足をばたつかせて言う。

「まさか、トーチを消費して世界の歪みを故意に生み、他のフレイムヘイズを、この地に呼び寄せようとしているのでは?」

「まさか……いや……そうか、やるものだね」

フリアグネは、マリアンヌの言葉から相手の意図を看破した。それが、彼の美麗の容貌に、刃のような薄笑いを結ばせる。

「なるほど、あのフレイムヘイズ達には参謀閣下殿と、恐い恐い魔神が付いているんだったね。まぁおそらく、こんな大胆な手を考えるのは参謀閣下殿の方だろうが」

「どういうことですか?ご主人様」

「つまりね、そういう危機的な状況を作ることによって私を誘ってるんだ」

「誘う?」

「そうさ、君が言ったように、他のフレイムヘイズを呼び寄せるポーズを取りつつ、私の計画の根幹たるトーチを潰して、私が出て行かなければトーチの数はどんどん減っていき、私達の計画は潰える。それは同時に周囲のフレイムヘイズの集結と私の討滅を意味する、というわけさ」

「そ、そんな」

マリアンヌが恐怖に満ちた声音を上げる。

「そんなに深刻になることはない。これはつまり、挑戦状なんだ。"狩人"の前に獲物が見せた足跡さ。」

フリアグネの眉が上がり、口元が引き締まった。真剣そのものの顔で言う。

「獲物に、こう好き勝手やられたら……"狩人"として取るべき道は一つ、そうだろう?」

「は、はい、ご主人様!」

フリアグネはマリアンヌのもとまで歩み寄り、優しく抱き上げる。

「もうすぐ、もうすぐだよマリアンヌ、あと少しで君に編み込んだ、自在式を起動させることが出来る………そのために必要だった莫大な存在の力が、もうすぐ手に入るんだ」

マリアンヌに編み込んだ自在式とは、内蔵するモノの在り様を組み換え、他者の存在の力に依存することなく、この世に適合・定着させる『転生の自在式』だった。

「この自在式が起動したとき、君は生まれ変わる。誰に頼ることもない、まごうことなき、一つの存在へと」

フリアグネはそこまで言うと、マリアンヌを優しく撫でて元の場所にそっと置いた。

「マリアンヌ、おまえはここで、全体のバランスを見張っているんだ。状況によってはすぐに始めるからね。」

「はい、分かりました………ご主人様は」

マリアンヌの言葉は、問いではなく、確認。
闇の中、フリアグネとマリアンヌの二人を取り巻いて、薄白い炎が数十、浮かび上がる。

「もちろん、"狩人"の仕事をするよ」

炎に照らされたフリアグネの笑みが深まり、黒々とした影を作る。

 

市街地の一角、人通りの少ないとある裏路地を、シャナと悠二の二人は歩く。
ベルペオルは今だ別行動中でその姿はここにはない。
悠二とシャナが歩いた軌跡に金と紅蓮の小さい半球状のドームが数個出来ては、またすぐに消えゆく。

「また、……この世界から……」

そう呟く悠二は、とても悲しそうな顔をしていた。

「言い出しっぺが今さら何を。だいたいお前達が考えた作戦でしょ」

顔も向けずに言うシャナに、悠二は苦笑する。

「うん、分かってるよ。」

「どうだか………これで六十八個目ね」

悠二は、何でも深く考えすぎだな、と自嘲に似た溜め息をついて言った。

「………そろそろ向こうも痛くなってくる頃だと思う」

アラストールが答えた。

「うむ。貴様の言った通り、数や規模に意味があるのなら、それを減らしてゆくことで、遠からず彼奴も出て来るだろう。」

悠二は小さく頷く。

「シャナ、アラストール、僕はこの町を、母さんを、友達を、そしてベルを守りたい。そのために君達を利用する。だから、君達も僕が利用できるというのなら、そうするといいたとえ僕を殺してでも。僕もそうする。」

「うん」

シャナはためらうことなく頷いた。
アラストールは黙っていた。
シャナは自ら頷き返事をした後で、自問していた。
これは冷たいやり取りか、と。
そして自答した。
違う、むしろその反対だ、と。
そのことを、はっきりと確信できた。そのことが、何故かとても嬉しかった。
しかし、頭に浮かんできたいくつかの光景、ベルペオルの腕の中で気持ちよさそうに寝てた悠二。吉田とかいう奴を相手に笑ったり困ったりしている悠二。
それらいくつもの光景が頭の中に浮かんで、その嬉しさが逆転してしまった。
だからシャナは、早く出て来い、と思っていた。余計なものを全て吹き払ってくれる戦いが、今、いちばん欲しかった。

「よおし、どんどん行くわよ」

その欲求を声にだしてシャナが踏み出した。
刹那、悠二が呟く。

「来る!」

悠二は呟くと同時にその姿がフレイムヘイズのものへと変わってゆく。
纏う衣は灰色。両腕に三対の鉄の輪とそれらをつなぐ『タルタロス』の鎖。そして両眼と髪は金色へと変貌を遂げていた。
"因果の操り手"坂井悠二としての姿がそこにあった。
シャナも悠二の変化の意味を察した。
わだかまりの全てを消し去る嬉しさを、強い笑みに変えて、その笑みの中に、灼眼が煌く。
フレイムヘイズとしての彼女が、燃え上がる。

「"狩人"のご登場ね」

路地裏を埋めるように、薄白い炎が真下から立ち上がった。
地面に紋章が浮かび、周囲に陽炎が残され、その中の空間が静止する。
薄白い炎、"狩人"の封絶だった。

「いやはや、まったく困った子達だね。」

シャナと悠二そろって見上げた先、フェンスの支柱に結われた街頭に、薄白い炎が一つ、それが突如膨れ上がって、純白のスーツに純白の長衣を纏った"狩人"フリアグネの姿が現れた。

「真名のわりに、辛抱がたりないんじゃないの?"狩人"フリアグネ」

「ふふ、せっかく描いた絵を、無粋な鼠の足跡で汚されては、いかに温厚をもって鳴る私でも怒るさ……最悪の気分だよ」

フリアグネは苦笑で答え、凄みの効いた最後の一言に悠二が不適に返した。

「じゃあ、どうするの?今日はいつもの役立たずな人形はいないみたいだけど、一人で僕達二人を相手にする?」

フリアグネが一転、形相を凶悪なものに変え、凄まじい殺気と共に悠二に向かって言い放つ。

「貴様ぁーーーー!!」

怒気を孕んだこの叫びは、悠二にはまったく効果がない。平然とフリアグネを見ているだけだ。
それは、シャナも同様で平然と言葉を放つ。

「事実じゃない。どうせ呼んでも、またいつもの通りズタボロに変えてあげるわ」

フリアグネは怒りに肩をふるわしながら叫ぶ。

「こ」

の音を上げるうちに、シャナは足裏に爆発を起こして跳んで『贄殿遮那』を握る。

「ろ」

の声を紡ぐフリアグネは、大太刀の一閃を至近に、しかし余裕の表情で交わす。

「す」

飛燕の舞うように下に跳びつつ体を返して、宙にあるシャナへと、手袋をはめた掌を差し出す。その表面から純白の炎がほとばしった。
悠二はそれを見て、手首の鉄の輪同士をつなげる『タルタロス』の鎖を中間で砕くと、一方をシャナに、もう一方をフリアグネに向かって放った。
結果、フリアグネの放った炎弾はシャナに当たることはなかった。悠二のシャナに向けて投げた方の鎖がシャナの体に巻きつき、空中で悠二の方へと引き寄せられる。もう片方のフリアグネに放った方はかわされてしまった。
そして、シャナは自分の横に、フリアグネは自分達からはなれた場所に着地。
シャナは小さく礼を言う。

「ありがと」

悠二は黙って頷いた。
シャナはどっしりと前、やや低めの体制で大太刀を構える。
悠二は普通に両腕から伸びた鎖を地面に這わせて自然体で立っている。
フリアグネは優雅に身長を反らして、これに対峙する。

「今日は、お人形遊びじゃないの?」

シャナがあからさまな挑発の声を投げるが、フリアグネは余裕の表情で、ショーの開幕を知らせるように両腕を大きく広げる。

「もちろん、用意してあるとも」

突如、数十のもの薄白い炎が悠二とシャナを取り囲む形で湧き上がる。
それらは全て少女型でマネキン、観賞用の人形、企業のマスコットやらアクションフィギュアまで非常にマニアックな種類のものだった。
フリアグネはそれらを満足気に見ると、袖から一枚のカードを出した。
それは先々日、学校での襲撃のさいに疲れた宝具『レギュラー・シャープ』だった。
フリアグネはカードを天へ向けてほおり投げると瞬く間に五十二枚のカードへと増えていった。

「ふうん、なるほど」

「か、かなり気持ち悪いかも」

シャナが嘲笑い、悠二が"燐子"に対する本音を吐いた。
ちなみに、人形の格好はカジュアルやゴスロリから、パンクルック、メイド、巫女、スクール水着、ナース、メガネにブレザー、他もあげていけばきりがない。
得意げなフリアグネの声が人形とカードの包囲の向こうからかかる。

「うふふ、ご期待に添えたかな?」

「さあ?それは、やってみないと」

シャナは、デザインなど気にもかけていないが、悠二は毒気を抜かれ、げんなりした顔をしている。
いささか以上にがっかりした顔になって、フリアグネが告げる。

「さみしい感想だねえ。じゃあ、やろうか」

その言葉を皮切りに戦闘開始
五十二枚のカードと数えれば五十は超える人形の群れが悠二たちを襲う。
悠二はシャナに声を掛けた。

「シャナ、『レギュラーシャープ』とこの"燐子"は僕が出来るだけ抑える。その間にフリアグネをたのむ」

「うん!」

悠二はそういうとフリアグネまでの道を開けるために、右手で鞭のように『タルタロス』の鎖を操って、人形やカードの襲撃を防ぎつつ、左手をフリアグネの方向に向けて、金色の大きな炎弾を放った。それによってフリアグネまでの道が開ける。
シャナはその炎弾の後ろを駆けてゆく。数体の人形がそのシャナに気付いて後を追うが、それを悠二は残りの二つの鉄の輪を繋げている鎖の中間を砕いて、シャナを追う数体の人形へと閃光を走らせるが如く放った。
四つの閃光が貫いた人形は薄白い火の粉を撒き散らして霧散していった。
シャナが無事なのを確認した悠二は、自分の意思のまま自在に動く六つの鎖を自在に操り、カードと人形の数をあっという間に減らしていく。

そんな悠二を背にシャナはフリアグネに向かって駆ける。
シャナの前の金色の大きな炎弾は包囲している人形たちを抜けると、分裂し軌道を変えてその人形たちの数を減らしていった。
こちらへ向かってくるシャナを見たフリアグネは新たな"燐子"を数体だして向かってくるシャナを襲わせる。
シャナの眼前に二体、ゴスロリとブレザーの人形が襲い掛かった。二体が動き出すのと同時にシャナはゴスロリの懐に踏み込み、その一歩目で横薙(な)ぎに斬って、その反動で体を百八十度回し、ブレザーの背後にまわると、気合一声。

「っだあ!!」

シャナの声と共にブレザーが粉々に吹き飛んだ。
その二体の人形をしとめるとシャナは、フリアグネに向かって駆ける。今度はランジェリーとチャイナドレスを着た人形が立ちふさがる。

「はっ!!」

それを袈裟(けさ)斬りの一線を斜に引いて、ランジェリーとチャイナの上半身が斬り飛ばされ、下半身は力なく地面に崩れ落ちた。
まだ数体フリアグネの横に"燐子"が残っているが、本命のフリアグネとシャナの間に邪魔する障害はなかった。
シャナはこれを好機と踏んで足裏に爆発を起こして一瞬で間合いを詰める。フリアグネを逆袈裟(けさ)に斬り上げようと一歩、踏み切りの足を地面に打ち付ける。

「っふふ……!」

それとは同時に、フリアグネは不適に笑うと、純白の手袋をはめた右手の拳、その握りこんだ親指を勢いよく上に向けて弾いていた。
弾かれて宙に舞ったそれは一枚の金貨、くるくる回るたびに残像を残して宙を上へと昇ってゆく。
シャナが斬りこんでくるそのタイミングでその残像は金の鎖へと変わり、大太刀の刀身を幾重にも巻き絡めてしまう。
シャナはこれが、武器殺しの宝具であることを理解した。

「うふふふ、どうだい、私の『バブルルート』は。その剣がどれ程の業物でも、こいつを斬ることはできないよ」

『バブルルート』の端を引くフリアグネが、自分の宝具を誇る。

「なら、持ち主を斬るまでよ」

当然のようにシャナは言って、いったん間合いを取る。その時にはフリアグネの横に控えていた"燐子"がシャナとフリアグネの間に割って入るようにフリアグネの前にいた。
再び刀を構えた時、フリアグネがまた新たに一つの宝具を出した。簡素な、しかし上品な作りのハンドベル。
何かされる前に、とシャナは気を引き締める。間にいる"燐子"など問題ない、一気に斬り進んで、フリアグネを叩き斬るだけ。

(!)

悠二は戦いながらも感じていた。

(共鳴している!?)

フリアグネに向かって跳ぶシャナ・間に居る人形達・その後ろで笑うフリアグネ……笑う?…その手で揺れているハンドベル・そこに感じる・旋律の共鳴・人形達の灯火に・今の自分と同じ間隔の響きがある………

「シャナ下がれ!!」

危機感だけを拾って悠二は叫んだ。

「な!?」

「!!」

前へ跳んでいたシャナは、次の一歩を地に突き立てて爆発させ、逆進したが間に合わない。
目の前の人形達が凝縮され、破裂する。大爆発が巻き起こった。その衝撃で吹っ飛ぶ。
フリアグネはシャナが吹っ飛ぶ様子をみて自分まで引っ張られないように『バブルルート』の太刀に絡まる鎖を解いた。

「ぐ、あうっ!!」

悠二の下まで吹っ飛ばされて体を地に打ち付けられた。
得意気なフリアグネの声が耳に響く。

「はは、素晴らしい威力だろう、私の『ダンスパーティ』は。"燐子"を弾けさせて、爆弾にする宝具さ!!」

興奮を表にして、フリアグネは『ダンスパーティ』をまた一振りする。
悠二はこの動作をみて焦った。『レギュラーシャープ』は全て排除したが、自分の周りにはまだ数体"燐子"が残っている。自分一人なら用意に逃げられるし防げるが、今はシャナが足元に横たわっていた。
とっさにかばう様にシャナに覆いかぶさる。
そして凄まじい爆発が起こった。

「ぐっ、ああ!!」

「なっ!!お前、どうして」

「す、少し、だ、まって、て」

驚愕と爆発の衝撃で顔を歪めるシャナに、悠二は痛々しい笑みで答える。

「シャ、ナ、僕が、言ったこ、と、忘れる、な、よ…」

悠二の意識はそこで途切れた。
服は学校の制服へ、髪と瞳の色は元の色へと戻る。
下で倒れているシャナに悠二の全ての重さが圧し掛かる事はなかった。
力なく倒れている悠二の体に『バブルルート』金色の鎖が巻きつき、その鎖を引いてフリアグネが悠二の体を自分の方へ引き寄せ、つかみ上げる。
シャナは走る痛みを堪えて立ち上がるとフリアグネを見据える。

「………中に、なにが、あるのかな?」

耽溺(たんでき)の愉悦(ゆえつ)に美麗の容貌を歪めて、フリアグネが意識なき悠二の体を足の爪の先から頭の先まで眺める。
その背後から、銀光が迫る。
炎髪をなびかせて、灼眼で獲物を捕らえるシャナ、横薙ぎ必殺の一刀。
その軌道にフリアグネは首を鷲づかみにした悠二を無造作に突き出していた。
そこであり得ないことが起こった。シャナが躊躇(ちゅうちょ)して、大太刀の運びを止めてしまった。

「っ!?」

その一瞬の間にフリアグネは悠二を連れて飛び上がっていた。

「………ははは、はははははは!!」

フリアグネは狂った音程で嘲笑う。彼女に斬らせて宝具を持ち去ろうとしただけなのに。互いの秘技の応酬にこそ、備えていたというのに。
まさか、まさかフレイムヘイズが刀を止めるとは、私を倒せるかもしれない最大のチャンスで!!
おかしくてたまらない。どうやらこの"因果の操り手"には、まだ利用価値がありそうだった。

「ははは!君たちは実に面白いね、フレイムヘイズが傷付いた一方を庇い、それ以上の瀕死に近い傷を受け、その庇われた者が、その者によって与えられた一瞬の好機を無駄にする……面白すぎて笑いが止まらないよ……アラストールのフレイムヘイズ!まだ戦う気があるのなら、この"因果の繰り手"が惜しければ、街の一番高い場所まで来るがいい……最高の舞台を用意して待っているよ!!」

そのフリアグネの去ってゆく飛翔に、絞首刑のように吊られ力なきまま動かない悠二を見て。
シャナは、"炎髪灼眼の討ち手"たる自身への怒りと失望の表情を浮かべていた。
その様を嘲笑するフリアグネがハンドベルを振った。

「っくく、そぉれ!!」

シャナを中心に残っていた人形たちがいっせいに弾けた。
やがてフリアグネはシャナの姿が小さくなり見えなくなると、自身の力を消費して行っていた封絶を解く。

 

今までの一連の戦闘を遥か遠くから、人、一人を抱きながら見ていた三眼の美女は呟く。

「まったくもって………ままならぬ」

そう言うと自分の抱いている者の頭を優しく撫でてその耳元でささやくように言った。

「計画が少し狂ってしまったようだ……それと、やらなければならない事が一つ増えてしまったね」

彼女はその者を抱いたまま、狩人が去っていった方向へと姿を消した。

 


《あとがき》
四話完成!!( * ゜‐゜)b
今回は読み返し前回よりがんばったし誤字は無いと………思う……たぶん……(TдT;)
さて今回は謎を残しての終わりとなりましたが、もうその謎が解けた人はいるのかな(*゜▽゜)?
もし分かっていたら分からない人のためにナイショにしててあげてくださいね。
おそらく次の五話が、一章の最終話となると思うのでそこで明らかにします。
皆様のたくさんのメッセージや感想本当にありがとう御座います。それを見ながら喜声(奇声)を上げている作者ですが、なにとぞこれからも応援よろしくです。


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